【武炎】泰からの贈り物
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/30 21:45



■オープニング本文

●蟲の置き土産
 守将鍋島何某は、やれやれといった様子で床机に腰を下した。
「ふむ。まず第一波は撃退、といったところかな」
 部下が桶に水を汲んで現れ、差し出す。
「しかし、平野部での激突もはじまったとお聞きしました」
「うむ‥‥そちら次第だ、まだ警戒を緩めるなよ」
 柄杓で水を煽り、守将は口元を拭った。
「南郷砦が陥落したとの報もあった。アヤカシどもめ、本腰を入れて攻勢に出ているのかもしれん」
 やがて、彼は櫓に登って連なる山々を見回した。
 偵察も必要だが、何より――余裕のあるうちに、はぐれアヤカシだけでも始末しておくべきかもしれない。頭の中で頷き、彼は新たな指示を飛ばした。


 神楽の都の開拓者ギルドで、久しぶりの猫族兄妹の再会。
「南郷砦の陥落、岩屋城の孤立、はぐれアヤカシの台頭。これが武州の伊織の里の現状なのよ!」
「亜祈(あき)、そんなにひどかったの!?」
「もっと花ノ山城に留まりたかったけど、藤(ふじ)が倒れたから」
「ごめんな‥‥うち、限界やったんや」
 あちこちが破れた服を着た虎娘は、見てきてことを新人ギルド員の兄に伝える。しょんぼり謝る、ボサボサの毛並みの猫又。虎娘に抱えられたまま、見上げる元気もない。
「ううん。二人とも、本当に頑張ったよ!」
 兄はとびきりの笑顔を浮かべ、二人の頭を撫でた。


●大事なことは、三回復唱
 糠秋刀魚(ぬかさんま)。それは、猫族たちのごちそう。
 糠秋刀魚(ぬかさんま)。それは、読んで字のごとくのさんま。
 糠秋刀魚(ぬかさんま)。それは、ぬか床につけ込まれた、保存食。


 虎娘と猫又が帰還した、二日後。
「長期休暇の希望?」
「はい。武州を直接見てきた、二人の話を聞いたら、じっとしていられません!」
「何をするつもりだ?」
 熱血漢の新人ギルド員は、拳を振り上げた。折れ猫耳も虎猫しっぽも、元気に動く。ベテランギルド員は怪訝な表情をした。
「漁師の皆さんと一緒に、さんまの初漁に行ってきます。保存食のぬかさんまを、武州に送ろうと思って。漁師の皆さんも快諾してくれました♪」
「‥‥ぬかさんま? ああ、前にくれた、ぬか床に漬けた魚か」
「はい、家々によって違うんですが。我が家はぬか床に唐辛子をいれて、さんまの頭とはらわたは取り除くんですよね。
夏のさんまはあっさりしていて、天儀で言う『刺身』とかも美味しいですよ♪」
「さんま、そんなに早く獲れるのか‥‥どうやって獲るんだ?」
「僕のお願いした熟練の漁師の皆さんは、船団で行いますね。夜、かがり火のもと行われる、旋網(まきあみ)漁です。
灯船(とうせん)で明りをつけて、寄ってきたさんまの群れを網船(あみぶね)の網で囲むんです。最後は運搬船に引き揚げて、そのまま陸に運ぶんですよ」
「ほう、夜に行うのか。面白いな」
 泰は海の国。好物については、新人ギルド員も多少、知識はあるらしい。
 山育ちのベテランギルド員は感心する。故郷は理穴の田舎の片隅、海の漁は考えられなかった。
「先輩。僕、家族全員を連れて、泰に帰ります」
「全員って、陰陽師や泰拳士の妹さんと、猫又の嬢ちゃんは分かるが‥‥弟さんは何をやるんだ?」
「舟歌です、吟遊詩人ですからね♪ 泰から縁起のよさと、応援の気持ちと、初物のさんま。武州でがんばっている皆さんに、届けたいんです」
「よし、喜多(きた)行ってこい!」
「はい、両親に連絡をとって、もう準備はできています!」
 猫族一家の両親は、穏やかな夫婦。司空(しくう)家のなれそめ話は、地元でも知られる。
 元開拓者の父と、旅一座の一員だった母。折れ耳の虎猫の泰拳士は命懸けで、白い虎の歌姫をアヤカシから救った。
「あ‥‥漁のお手伝いの依頼、出して良いですよね? 漁師の皆さんは、僕と同じ、一般人ですから。
ついでに開拓者の皆さんが神楽の都に帰るときに、ぬかさんまを持って行ってくれたら嬉しいのですが」
「漁の警備と荷物の運搬か、構わんぞ。精霊門を経由すれば、泰もすぐ隣だろう」
「ありがとうございます!」
 すでに出来上がった依頼書を、新人ギルド員は後ろ手に隠していた。ベテランギルド員は苦笑しつつ、依頼書が張り出される様子を眺める。


●猫族の風習
 猫族には、八月の月夜に行われる、ある風習がある。八月五日から二十五日の間に、月にさんまを三匹お供えして、祈るのだ。祈りの言葉は様々だが、月を敬う内容がほとんどだと言う。
「伽羅(きゃら)、いっぱい、いっぱい、さんまを捕まえるのです!」
「勇喜(ゆうき)も、勇喜も! 兄上、早く帰って来てほしいのです」
 帰省の準備をする猫族一家、双子は初めての漁体験。長兄の新人ギルド員の帰宅を、待ちかねていた。
「二人とも、開拓者の皆さんに、泳ぎ方を教わって良かったわね」
「がう♪」
「にゃ♪」
 白虎耳と折れ猫耳を動かし、虎少年と猫娘は返事をする。姉は白い虎しっぽを、頼もしそうに揺らした。
「うちも頑張るで。ほんで亜祈はんにも、さんまをあげるな」
「あら。藤は休んでても、いいわよ」
「八月二十日は、亜祈はんの十七歳の誕生日やろ? うちからのお祝いや♪」
「がるる‥‥藤しゃん、ずるいです! 勇喜も、お祝いしたいのです!」
「にゃー! 伽羅も姉上に、さんまをあげるのです!」
 三毛猫しっぽがへばったままでも、猫又のふてぶてしさは健在。白い虎しっぽと虎猫しっぽを逆立て、双子は大騒ぎを始める。
「じゃあ、一人一匹づつ貰おうかしら。それを私が、お月様にお供えするわね。お月様も、きっと喜んでくれるわよ♪」
 ほほ笑む虎娘の提案に、双子と猫又は嬉しそうに返事をした。



■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
バロン(ia6062
45歳・男・弓
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
利穏(ia9760
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
霧雁(ib6739
30歳・男・シ


■リプレイ本文

●海は戦場
 泰から天儀は遠い。でも、思いやる気持ちは、世界共通。
「この世界の主役は、日々を穏やかに生きる多くの一般人だ。謹んで、依頼遂行させて頂くよ」
 巴 渓(ia1334)は、内に秘めた正義感は誰よりも熱く、他者の為に血を流す事を厭わない。
「戦う人を支える重要な一つが、ご飯です! 腹が減っては戦は出来ないと言うけど‥‥ご飯が不味いと、それはそれでやる気が‥‥」
 九法 慧介(ia2194)は、言葉尻に力がこもる。どこか遠い眼差しで。
「美味い物を食えば士気も上がる。腹がいっぱいになれば、しっかり戦えるだろう」
「確かに美味しい物を、陣中食として食べられれば、やる気も出てきますよね!」
 最年長のバロン(ia6062)の意見に、利穏(ia9760)は頷く。
「アヤカシの攻勢は押し留めてるとは言え‥‥何時、更なる勢いが訪れるか、判らない状況ですね」
 亜祈と一緒に、武州に赴いた杉野 九寿重(ib3226)も険しい表情。
「私の友達も岩屋城で人々を守りながら、諦めず戦ってる。だから今、自分に出来る事を精一杯頑張らなくちゃ」
 フェンリエッタ(ib0018)は、懸命に生きる人を尊敬し、誰にも恥じぬ生き方を志す。


 村雨 紫狼(ia9073)は、昔助けた「にゃん娘」に、ご挨拶。
「きゃらたん、あんときの怪我は大丈夫だった? 跡に残ってねーよな?? もー、俺心配だったんだぜー、ずっとさ!」
 紫狼は、伽羅を抱きしめる。『YESロリータ NOタッチ』がモットーだが、たまにはハメが外れる日もある。
「はっはー、俺のことは、おにいちゃ‥」
 伽羅に言いかけ、紫狼は思い止まる。
「いや、『ダーリン☆』で、よーし!!」
「‥‥村雨の馬鹿たれ。余計な言動かますな!」
 再び伽羅を抱きしめかけた紫狼に、渓の鉄拳が飛ぶ。
「あーもう、俺と同年代ってすくねーし!」
「‥‥なんでこざるか?」
 たんこぶをさする紫狼の目の前を、パステルピンク色の猫しっぽが通り過ぎる。霧雁(ib6739)の肩に手を置いた。
「美幼女や人妻の魅力を語り合わないか?」
「稲妻の魅力は、分からんでござるが‥‥美少女ならば、そこら中に居ると思うでござるよ? 」
「おお、同士よ!」
 『ひとづま』と『いなずま』、『びよーじょ』と『びしょーじょ』。聞き間違いは、会話の成立をもたらした。
「魚を食べると‥‥頭が良くなると聞いた事が?」
 二人のやり取りを見つめ、小首を傾げる利穏。魚の摂取に傾きかけた思考は、当初の目的を思い出す。
「武州の為、そして猫族一家のみなさんの為に頑張ります!」
 開拓者としての力を持っている事には、何か意味があるはず。そう信じている利穏。疑問は横に置いて、決意を固めた。


「私は黒猫獣人に変装ですにゃ♪」
 フェンリエッタは、獣耳カチューシャを装備する。皆も笑った、支援する人の笑顔も大事。
「しかし、普段から修羅場に首まで浸かっていると、それ以外が見えなくなるな。さも己が世界の中心と、ふてぶてしい態度の開拓者の何と多い事か!」
「うちの藤は、ふてぶてしい猫又ですけどね」
 笑う漁師を見渡し嘆く渓に、茶々を入れる声は喜多だった。
「‥‥訂正する、ふてぶてしい態度のギルド員の多いことか!」
 気分を害した渓、新人ギルド員に人差し指を突き付けた。
「どれくらい水泳が上達しましたか?」
「藤しゃんより上手です♪」
 双子に、水泳を教えた一人の九寿重は尋ねる。判断に迷う解答。
「泳ぎを覚えたてとの事だけど、夜の海だから気を付けて」
 フェンリエッタは注意を促す。親愛と信頼を語る翠の瞳は優しく、真摯に満ちていた。
「喜多、こういう時こそ、ちゃんと成果を褒めて下さい」
 五人姉妹弟の筆頭の九寿重は困った顔で、猫族の兄に耳打ちする。
「あ、そうですね」
 あいまいな返事の長兄。渓と九寿重とフェンリエッタと妹の四人から、説教を食らう。


「前は弥次さんのお子さんで、今度は喜多さんの妹さんで。俺は誕生日に縁があるのかな?」
 慧介は首を傾げる。
「さんまと言えば秋のイメージが強いですが‥‥夏も乙な物ですね」
「何を隠そう、秋刀魚は拙者の大好物にござる!」
 利穏と霧雁は、さんま談に花が咲く。慧介も参加してきた。
「さんまとぬか床の話ですか?」
「旨味と強い塩味が絡み合い、この世の物とは思えぬ美味が‥‥いかん、よだれが出たでござる」
 霧雁は口をぬぐう、色気より食い気。 プライドがあったところで、別に晩のおかずが増える訳でもない。
「俺は刺身も楽しみですね」
「‥‥食べたいなあ」
「勿論、刺身も好きでござる!」
 慧介と利穏の台詞に、霧雁は叫ぶ。真面目に仕事をしていれば、きっと味見をさせてくれる!
 三人は、意欲を燃やしていた。


「喜多め、以前教えた事は、しっかりと身に付いているようだな」
「勇喜には、できないのです」
 舟を満足そうに眺めるバロン。元気のない、子虎の呟き。
「前線で戦うだけが戦にあらず。後ろで支える者が居てこそ、前で戦う者は全力を出せるのだ」
 語りかけるバロンは、心身を鍛え、道を説く「弓道」の完成を志している。職業は違えど、後ろで支える役目は同じ。
「自分にできる事から、すれば良いさ。皆、悩み、試し、前に進むんだZE☆」
 紫狼も諭す、根は真面目で素直。そしてひたすらに前向きで明るい。
 覗き込む紫狼に、勇喜は頷く。目を細めて、バロンは見守った。


●さんま戦線
 沖に出る船団。
「さー、一緒にがんばりましょうお義父さ‥‥げふげふ御父さん!」
 司空家のママンと娘たちに、いいところを見せたい(注:紫狼目線)。
「どっちが、多く網を引けるか勝負だZE☆」
 眼前の舟の喜多に、勝負を申し込む紫狼。
「ふふーん、ガンバらねーと、俺がきゃらたん、げっちゅしちまうぜー!」
 のんきに答える喜多に、余裕の笑み。
「さんまや、さんまや♪」
「さんま、さんま、にゃーですね」
 はしゃぐ藤に、利穏のからかう声。
「藤さんは可愛らしいでござる!」
 猫大好きな霧雁、顔を洗う藤に大満足。
「拙者の相棒も猫又でござるが‥‥これがまた太っていて態度も大きくて、拙者をこき使うのでござるよ!」
 何故か嬉しそうに語る、霧雁。朋友の枠を越えた、家族だ。
 藤は海中の網を覗きこんだ。次の瞬間、水しぶきがあがる。
「落ちたでござる!?」
 霧雁は叫ぶ。慌てる利穏と漁師たち。息を合わせて、いっきに水揚げを進める。
「ぉー‥‥凄いなぁ」
 離れた舟でも、水揚げが進む。なかなかお目にかかれない、沢山のさんまに慧介は感心。
「普段は魚屋さんでしか見たこと無いから、新鮮‥‥えっ!?」
 網の上で、さんまが跳ねる。さんまと一緒に、猫又も暴れていた。
「もう大丈夫ですよ」
 慧介は泣きじゃくる藤を、網から外す。見かねた漁師から、初さんまが一匹進呈された。


 砂浜近くの海の家で、漬け込み開始。
 手甲だけを外した渓。無粋なのは承知だが、今は非常事態。武州の事を思うと、油断はできない。
「なあに、この秋刀魚が誰かの活力になるなら、漬けこむ俺たちがシケたツラは出来んさ!」
 頼もしく渓の口許が笑う。
「ふむ‥‥はらわたを抜くのは、長期保存には向かぬからか。唐辛子は殺菌や保存、夏バテの防止にも効果がある。この時期の糧食としても、申し分無いな」
 渓の混ぜるぬか床に、唐辛子を放り込むバロン。兵の糧食としての効果について、分析していた。
「そう言えば、さんまは網から外すときに、うろこを飲み込むらしいですね」
 九寿重は、調理一式を賄える身の上。切り開いたさんまのお腹に、ぬか床を塗り込みながら教えて貰った事を口にした。


 ぬかさんまに手紙を入れたい。双子の訴えに、フェンリエッタは少し考える。
「容器にお手紙や絵を書き込む‥‥とか如何かしら?」
 フェンリエッタの提案に大喜び。からっぽのツボをひっくり返し、落書きを始める。
「一生懸命な応援の気持ちも、しっかりこめて届けましょう」
 ツボに書かれた絵手紙は、武州で戦う友人も読むかもしれない。フェンリエッタは、口許をほころばせた。


●月と猫族
 十三夜月に向かって、猫族一家は正座した。
「同属の風習を見かけられる、良い機会ですね」
「拙者は神威人にて、泰の風習には疎いでござるが‥‥月を崇める心は同じでござる」
 天儀生まれの犬耳と猫耳は、猫族一家を見守る。獣人には、月を敬う習慣がある。
「ふむ‥‥どんな事をするのかのう? 見学させて貰うとしようか」
 バロンはジルベリアの小数民族の出身。猫族の文化や風習は興味深い。
 亜祈が進み出た。お盆の上に、さんまを三匹供える。
 猫族一家は深々と頭を下げ、祈りの言葉を唱えた。
「月様、月様、守給、幸給」
 お月様、お月様、どうかお守りを、どうか幸せを。
「月に、さんまでお祈り‥‥何だか不思議」
 満ちる月に希望をかける、真摯な祈り。フェンリエッタは言葉に、偽らざる想いを託す。
「綺麗なお月様と、美味しいさんまと‥‥それらを敬う気持ち。何だか、僕にも分かる気がするな」
 優しく輝く月を見ていると、心が静まるのは何故だろう。
 利穏は幼少時代の記憶を失っている。小さな利穏も、両親に抱かれながら、月を見上げていたのかもしれない。


「さて、ここらで一杯いこうぜ」
 渓は個人的に尊敬するバロンや仲間たちと、酒盛りでもしたい気分。酒の肴は、さんまの刺身。
 子供たちには、昼間から冷やしておいた、スイカ。歓声があがる。
「うーん、俺は獲れたてサンマを焼いて、醤油垂らして食う!」
 紫狼は有言実行、さんまを焼く。
「はい、きゃらたん♪」
「にゃ‥‥ダーリン☆ありがとうです♪」
 さんまの魔力は素晴らしい。紫狼と伽羅の距離は、一気に十歩くらい縮まった。
「んんん〜〜〜〜まああああいいっ! ディ・モールト美味いんだZE☆」
 伽羅を挟んで、慧介と紫狼は舟に腰かける。紫狼持参のしょうゆをかけ、舌包み。
「‥‥大根おろし、欲しいですね」
 ぼそりと呟く慧介。焼き魚には、大根おろしが似合う。譲れない思い。


●いろいろ猫族
「猫族には彼らなりの祝い方があり‥‥」
 言いかけたバロンの前で、亜祈に贈り物が渡されていく。
「亜祈さん、お誕生日が近いんだってね? これ、お祝いのドレスさっ」
 伽羅をげっちゅ☆するには、まず家族から。将を欲すれば、まず騎馬から狙う、クレバー(自称:賢い)紫狼。
 左脇に抱えた包みを、差し出した。中身はゴシックドレス「ナイトパピヨン」。
「お誕生日おめでとう、亜祈ちゃん。健やかで楽しい一年でありますように」
 亜祈の掌に、慧介は自分の手を重ねた。数字を数えて、手を離す。
 亜祈の驚きの声があがった。掌には、螺鈿蒔絵簪「綾雲」が置かれている。
 端午の節句でも見せた、慧介の手品。同じように贈られた豚の貯金箱は、子供の宝物の一つ。起源は幼少まで遡り、楼港にやって来た旅芸人から習った。
「おめでとうございま〜〜〜す! プレゼントは、またたび茶にござる」
 特に何も考えていないと評されたこともあるが、今日の霧雁はそんなことない。
「恥ずかしながら拙者、年頃の娘さんが何をもらえば喜ぶのか、皆目見当もつかぬので‥‥自分の好物を持って来たでござる!」
 受け取った亜祈の白虎しっぽは、嬉しそう。「のんべんだらりと生きてきて、もうすぐ三十路でござるよ」と、扇子を広げ隠れる霧雁。
「亜祈の誕生日も近いのなら、友人として相応しいプレゼントを贈りますね」
 九寿重は懐から、小さな包みを取り出した。
「月に因んだという事もありますが‥‥何より知覚を鋭くする効果は、良き力となるでしょうから」
 風呂敷の中から、精霊の加護を受けたムーンメダリオンが顔を出す。三日月模様が光った。
「はい、目を見てお話をしてくださいね」
 積極的な開拓者の影で、もじもじする双子。利穏は、優しく背を押した。
「姉上、贈り物です」
「誕生日おめでとうなのです」
 勇喜は恥ずかしそうに、瑠璃の腕輪を差し出した。伽羅も言葉を紡ぐ。
「‥‥なるほど、俺の将来のお義兄さんとお揃いか」
「喜多の腕輪は、伽羅が贈ったと言っていましたね」
 贈り物を目にした紫狼は、何度も頷く。九寿重も、懐かしそうに犬耳を動かした。
 伽羅の命の恩人の二人。かつての救出依頼でも、瑠璃の腕輪に見覚えがあった。喜多が誕生日に妹から贈られたという、大切なもの。
「亜祈だったな? 懐の指輪をやろう」
 渓は月蝕の指輪を投げてよこした。
「それと月に合う穏やかなバイオリンの曲を披露だ。ふ‥‥即興だが合わせてみせろよ、吟遊詩人の小僧」
 渓はバイオリン「サンクトペトロ」を取り出した。黒い瞳の挑戦者は勇喜に、にやりと笑う。
「皆で一緒に歌いましょう、お誕生日おめでとうございます♪」
 フェンリエッタも鈴を鳴らしながら、リュートに手をかけた。三人の即興の共演に利穏も参加して、お祝いの歌が紡ぎだされる。
「我々のそれとは違うかもしれんと思ったが‥‥まあ良いか」
 霧雁の紙吹雪が舞う。苦笑しつつ、バロンも手拍子を送った。



「私もお礼に歌うわ」
 亜祈の申し出に、再び伴奏が流れ始めた。青ざめた喜多が止めるが、間に合わない。
 なんとも調子外れな歌が響く。双子も猫又も耳を押さえて、地面にへたり込んだ。
「‥‥歌姫の娘さんでしたよね?」
「‥‥吟遊詩人の姉だよな?」
 フェンリエッタのリュートと、渓のバイオリンの音が一気に乱れる。思わず手を止め、顔を見合わせた。
「なんじゃ、この歌は? 忍耐を要するのう」
 例えるならば、料理の鍋に絵の具を混ぜたような光景。若者達の成長を見守るのが信条のバロンですら、ぼやくほど。装黙頭巾を耳元まで、引き下げる。
「‥‥もはや、音感やリズム感を超越していますね」
 九寿重はシルクのストラを被って、犬耳を押さえた。すべての音を遮断しようと努める。
「亜祈たん、亜祈たん、亜祈たーん!」
 同じく耳を押さえる紫狼、滝涙が頬を伝った。今だけは、亜祈の存在がひどく遠い。身にまとう朽葉黄虎衣の背中の虎も、白い虎の歌に降参の様子。
「風の吹くまま、気の向くままに。‥‥さて、あちらでさんまでも食べましょうか」
 闇よりもさらに濃い、漆黒の忍装束「影」に身を包む慧介。影のように、夜に溶け込もうとする。
「ずるいでござる、拙者も好物を食べたいでござる!」
「僕も、一緒に連れて行ってください!」
 ピンクの猫耳は、逃げる相手を目ざとく見つけた。霧雁の薄手の皮手袋は細かな作業がしやすい、慧介の衣服をしっかり掴む。
 灯火の耳飾りは、利穏の迷いを振り払い、前向き思考に導いた。いつもは苦手な女性相手に、失礼が及ばない様に気をつけているが、そんな状況ではない。
 三人は地獄絵図から逃亡。


 猫又を伴い、神楽の都に帰ってきた開拓者たち。無言でぬかさんまの入ったツボを、ギルドの床に置いた。
「‥‥歌があれば、漁から網がいらなくなる日が来るかもしれない」
 さんま漁の様子を聞かれ、言葉少なに語ったという。