夏色!浪漫譚
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/25 21:33



■オープニング本文

●開拓者ギルド本部
 伊織の里が騒がしくなる、ほんの少し前。猫族一家が泰から戻った、少し後の頃の話。
 セミの鳴き声が聞こえる。神楽の都も暑かった。
「僕が、初めて受け持った依頼人ですね」
「開けてみるぞ。こりゃ、蜜じゃないか」
 ギルドに届いた、大きな木箱。見覚えのある差出人の名前に、新人ギルド員は考えこむ。指導役のベテランギルドも、覗きこんだ。
「手紙が入っているな。えーと‥‥『暑中お見舞い、申し上げます。雪のおりには、開拓者の皆様には、大変お世話になりました。
初節句を祝って頂いた我が子も、すくすくと育っております。ようやく自分で、座ることができるようになりました』‥‥か」
「絵も添えられていますね。わぁ、可愛いらしい子ですよ♪」
 ベテランギルド員が、手紙を読み上げる。新人ギルド員が広げた紙には、すいかを抱えて座る赤子の絵が、描かれていた。
 生き、生きとした筆遣い。自分より大きな丸いすいかに、赤子のはしゃぎ声まで聞こえそうだ。
「続きを読むぞ。『開拓者の方の中には、氷を作り出せる方も居ると、お聞きしました。まだまだ続く暑い日、皆様でお召しあがり下さい』」
「つまり、お礼の品ですね♪」
「理穴の蜜はうまいぞ! 俺が全身全霊をかけて、保証する!」
 故郷の理穴からの贈り物に、ベテランギルド員は饒舌だ。甘味所としても有名な国、味わいにも期待がかかる。
「弥次(やじ)先輩の、お国自慢ですね。でも僕も負けませんよ、泰には『めろぉん』がありますからね!」
「くっ、そうきたか!?」
 ベテランギルド員は身構える。折れ猫耳は威張っていた、泰生まれの猫族に隙はない。
「この間、泰に帰ったときのお土産なんです。ちゃんと先輩の分もありますよ」
「おお! 嬉しいことを言ってくれるな」
「おとーしゃん、おべーとー!」
「旦那、忘れ物でやんす」
「尚武(なおたけ)に与一(よいち)?」
 可愛らしい子供の声がした。話しこんでいたギルド員たちは、入口を向く。人妖に連れられた、ベテランギルド員の一人息子が居た。
「あっ、昼飯! 届けてくれたんだな、ありがとう」
「女将が怒っていたでさ」
「うっ‥‥帰ったら謝る」
 ようやく思い至った、ベテランギルド員。小さな弓を背負った人妖は、顔色が変わった相手の胸を突いた。
「先輩、この人妖は?」
「ああ、こいつは与一」
「我は、旦那の開拓者時代の相棒でやんすよ。今は、尚武坊ちゃんの世話係でさ」
 ベテランギルド員の台詞に割り込み、くるくると回る人妖。現在は、一人息子のお目付け役をしているらしい。
「‥‥こいつを作った友人は、アヤカシとの戦いで亡くなってな。忘れ形見というやつだ」
「‥‥先輩」
 ベテランギルド員は、さびしげに笑う。子供好きだった陰陽師は、息子と遊ぶ人妖を見れば、さぞ喜んだことだろう。
「それより喜多(きた)、お土産を持って、家族全員で遊びにこい。尚武と一緒にスイカ割りでも、どうだ。陰殻産のスイカだぞ!」
「しゅいかわりー、しゅるー!」
「坊ちゃん、よかったでやんすね♪」
 手を叩く一人息子と、嬉しそうに見守る人妖。
「ありがとうございます! そうだ‥‥開拓者の皆さんにも、声をかけてみませんか?」
「そうだな‥‥氷を作れる者が居るかもしれん。かき氷をするか」
「はい! もし居なかったら、僕が寒天を作ります♪」
 豪快に笑い声をあげる、ベテランギルド員。新人ギルド員の虎猫しっぽも踊る。
 皆で味わう夏の味覚は、どんな味がするだろう。弾む心は、誰にも止められなかった。


●訪問者たちの事情
 サムライ娘と虎娘が知り合ったのは、蝮党(まむしとう)がらみの縁。そのときに救出されたサムライ娘の友人は、遭都の親戚へ。サムライ娘も同行し、一緒に旅に出ていた。
「花梨(かりん)さんのお友達、大丈夫なのね」
「はい。別れるときには、笑顔で送り出してくれましたから」
「そう‥‥良かったわ」
 虎娘は弟妹たちと買い物に出たついでに、サムライ娘の家を覗きにきた。
 実際に着いてみてば、サムライ娘の従兄の新婚夫婦が、新妻の弟と訪問中。旅ついでに寄った朱藩の白梅の里から、一緒に遊びに来たという。


 生まれて初めて食べる『梅干し』は、ひどくすっぱかった。
「がるる‥‥勇喜(ゆうき)は、もういらないのです!」
涙目になりながら、虎少年は種を吐き出す。
「はい、お水をどうぞ」
「がう、ありがとうです」
 青年の新妻から、つめたい井戸水を渡された。虎少年は、一気に飲み干す。
「へへーん、捕まえたで! 次は良助(りょうすけ)はんが、捕まえる番や」
「わぁ、藤(ふじ)は早いなぁ‥‥」
「にゃ、伽羅(きゃら)は足に自信があるのです♪」
「えー! 絶対、追いついて見せるから!」
 庭で三毛猫しっぽを揺らす、猫又。爪を立てて、少年の着物にぶら下がった。少年は、悔しそうにぼやく。
 折れ猫耳が楽しげに告げる、泰拳士の猫娘は逃げ足が早い。普通の村の少年に追い付けるのか、怪しかった。


「それにしても、勇喜君と伽羅ちゃんは、似てませんね」
「白い虎と茶色の虎猫の双子か」
「人間から見れば、不思議みたいね」
 武天育ちのサムライ娘は一つに束ねた黒髪を揺らし、従兄の青年と顔を見合わせた。泰の猫族の姉は、面白そうに白い虎しっぽを動かす。
「あの‥‥亜祈(あき)さん。本当に私たちが、お邪魔しても良いのですか?」
「ええ、おりんさんも来てね。清太郎(せいたろう)さんや、良助君も♪」
「弥次さんの家から、花火大会が見えるんですよね?」
「線香花火セットも、用意してあるそうよ」
 新妻は振り返り、尋ねる。大きく頷く虎娘。
「姉上。勇喜、開拓者の皆様のお話が、いっぱい聞きたいのです!」
「あら、皆さんが来てくれると良いわね」
「がう♪」
 初めて訪れた天儀には、姉が心ひかれた陰陽師という職業があった。 他にもジルベリアや、アル=カマルという儀があるという。
 泰しか知らない小さな吟遊詩人は、期待に胸を躍らせた。


■参加者一覧
/ 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 菊池 志郎(ia5584) / バロン(ia6062) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / シータル・ラートリー(ib4533) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 神座真紀(ib6579) / アムルタート(ib6632) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / セロリ→(ib7422) / 不知火 呀竜(ib7426


■リプレイ本文

●世界、食事紀行
「昼からなら、お腹すく人もいますよね。何か作って、持って行きましょうか?」
「まゆちゃん、皆に美味しい物を食べて貰いましょう」
 礼野 真夢紀(ia1144)は首を傾げた。十野間 月与(ib0343)は、ジルベリア製のエプロンドレスを躍らせている。
「鮭のちらし寿司作っていきましょうか、お寿司なら半日で悪くなる事ないでしょうし」
 真夢紀は、去年の七月、山木家で同じ寿司を作った。今回、マヨネーズの出番はないと思うが。
 手回し式かき氷削り器を運びこむ二人は、去年の六月に夏に先駆けて、かき氷の蜜作りをした。朱藩の首都の安州にある、一階が飯処、二階が宿屋の店でつちかった技術が活きる。
「今回は宜しくお願いします」
 倉城 紬(ia5229)は満遍なく挨拶する。
「ども♪ 今回も宜しくね」
「魚の人です!」
 左手を挙げ、笑顔で挨拶をしたフラウ・ノート(ib0009)を双子は指差す。この前、海辺で食べたお魚のクッキーは、双子のお気に入り。
「また魚は今度ね」
ほほ笑みを浮かべると、双子の頭を撫でて約束した。
「お土産は、紅茶の風味が残る蜜よ。ジルベリアでは、シロップって言うの」
 フラウから初めて聞く言葉に、猫族たちは目を丸くする。
「弥次、喜多、やっほー♪ 伽羅や尚武は、久しぶり〜」
 手を振り、アムルタート(ib6632)は元気良く駆けてくる。
「スイカ割りとか、かき氷とかやるんだって? 天儀でいう縁日だね!」
「にゃ♪」
「わ〜い祭り〜♪」
「まついー♪」
 伽羅と尚武の手を握り、三人は跳びはねた。
「まずは氷の準備からなんですね」
 紬の因幡の白兎は跳ねながら、呟く和奏(ia8807)の側を通り過ぎる。井戸の周囲を三回周り、消えた。


「おりんさん、良助さん、清太郎さんに花梨さん。またお会い出来て本当に嬉しいです」
 微笑むアルーシュ・リトナ(ib0119)に、白梅の里の人々と花梨は挨拶を述べる。
「皆さんとカキ氷が食べてみたくて、頑張って氷作りに来ました」
「今回は宜しくお願いしますわ♪」
 アルーシュに遅れて、シータル・ラートリー(ib4533) も笑顔で、やってくる。
「さあ、氷を削りましょう。良助さんも手伝って下さいな」
 アルーシュは良助の手を引き、座敷に連れ出す。先に来ていた、真夢紀、月与、紬、フラウが出迎えた。
 手回し式の削り器を前に、慣れた真夢紀、月与が使い方を教える。
「はい、氷です。砕くの大変でした」
「容器はフローズで冷やしておいたわよ」
 紬は額の汗を拭いながら、氷を差し出した。フラウは削り器の下に、皿を置く。
「氷をセットするのは、こうなんですね」
「あ、ちゃんとここを押さえてくださいね」
 真似して、シータルは氷を準備する。隣で真夢紀は、削り器を指し示した。
「リズム良く氷を削ってくださいね。溶けないうちに早く、早く!」
「そうそう、回すの上手ですよ♪」
「わぁ‥‥すごいすごい♪」
 アルーシュは、良助に手拍子で促す。月与は楽しげに見守った。
 出来上がるかき氷に、アルムタートは手を叩く。
「えと。どのシロップをかけますか? 勿論、フラウさんがこしらえたシロップでも問題ありません♪」
「私は抹茶蜜を。天儀のお茶も大好きなんです」
 アルーシュからのリクエスト。紬は蜜をかけるついでに、自分の抹茶も作る。二つの、かき氷が出来た。
「ほろりと苦くて甘くて‥‥ん、冷たい‥‥。喉がすっと冷えますね」
 風鈴が鳴っている。アルーシュは、涼やかな音を聞きながら、氷を飲み込んだ。
「皮を剥いて切ったぶどうや桃、果汁の寒天を乗せても美味しそうですね」
「今度、やってみる?」
 思いつきが口に出る。アルーシュの呟きに、食べながらフラウが反応した。
「じゃーん、アル=カマルのフルーツ持ってきたよ♪」
 アムルタートはお土産を取り出した。星型のスターフルーツに似たものや、独特の味わいのパッションフルーツみたいなものを取り出す。三人は、はしゃぎ出した。
「そろそろ、器やスプーンの洗浄をしないといけませんね」
「そうですね、次の方の食器がなくなりそうです」
「手伝いますわ」
 アルーシュの台詞に、井戸の側に向かう紬とシータル。良助も真似して、食器を持って行く。
 真夢紀は梅シロップや栗の実の甘煮の汁、梅酒や練乳、トッピングの白玉やミニ大福、小豆などを取出した。
「お土産の蜜だけじゃ、足りなくなるかもね」
 悩める月与は、行動に移す。西瓜とメロンの果汁や、蜂蜜漬け生姜、擦り黒ゴマを甘辛い醤油と合わせたものを使って、追加の蜜を作ってしまった。
「冷たい物ばかりは体に悪いですし。夏野菜一杯刻み込んで、今日は焼きそばにしましょう♪」
 ひと月前には、新作お好み焼きも作った。真夢紀の氷霊結を使用した氷式冷蔵庫から『そぉ〜す』を取出す。
 月与は、食欲をそそり、スタミナのつく料理を振舞う予定。まずは鰻の蒲焼を半熟卵に包んだ、鰻の柳川風丼。焼きおにぎりは、刻みニンニクをバター醤油で炒ったタレで味付け済み。
 二人の腕前に、期待がかかる。


「清太郎さん、りんさん、良助さんも‥‥お久しぶりです。お父様のお体は、その後どうですか‥‥?」
 ファムニス・ピサレット(ib5896)は、清太郎の父親を治療してくれた恩人。
「おじさん、清兄ちゃんを怒鳴ってたよ」
「‥‥元気になった親父に小突かれながら、田植えをした」
「私のおむすびは美味しいって、二人から誉めていただきました♪」
 良助の言葉に、清太郎は眉をしかめる。田植えは、りんの作った弁当だけが楽しみだった。
「お二人はとても幸せそうです‥‥なんだか、眩しい位ですね。あの時、お手伝いが出来て本当によかったです‥‥今日はいっぱい楽しみましょうね!」
 ファムニスは嬉しそうに、二つに分けた髪を揺らした。
「ボク好みの可愛らしい子がいっぱいだ‥‥。来てよかっ‥‥あ! 伽羅ちゃん!」
「にゃ?」
「今日は思い切り楽しもうね!」
「にゃ♪」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は猫族の双子の片割れを見つけた。返事に虎猫しっぽが振られる。
「これだけの人数の前で下手な真似は出来ないな‥‥本性は隠し通すとしよう」
 ざっと周りを見渡し、状況確認するフランヴェル。
「私も、他の巫女様と協力して氷霊結でかき氷用の氷を作りますね」
「氷が大きくて削り器に入らない場合は、ボクに言ってね。この手で砕いてあげるよ」
 連れ立ってやってきたファムニスの耳元に息を吹き掛けながら、フランヴェルはささやく。二人の世界を邪魔する者は居ない。
「伽羅ちゃんも、楽しみにしていてね」
「お友達だちです?」
「ボクの子猫ちゃんのうちの一人だよ」
「フランヴェルさんは活動的で、いつも根拠のない自信に溢れた素敵な人で、それに‥‥い、色々手伝ってくれるそうです‥‥」
 頬を染めながら、ファムニスは説明する。猫族の子猫には、人間の言う『子猫』の意味が分からなかった。不思議そうに見上げる。
 フランヴェルはファムニスの手を握り、エスコート。二人は、かき氷作りの現場に向かっていった。


 春風 たんぽぽ(ib6888)は気合いを入れ、目隠しをした。下を向き、セロリ→(ib7422)の持ってきた竹刀をおでこに当てる。
「やらないのかい?」
「見てるだけで十分です」
 シフォニア・L・ロール(ib7113)は、闇野 ハヤテ(ib6970)に尋ねる。
「一回でいいから、スイカ割りをやってみたかったんです!」
 竹刀を軸にくるくる十回転、たんぽぽ色の髪も一緒に回った。尚武は、手を叩き誘導開始。
「おねーしゃん、みいー、みいー」
「もう少し左です、左」
 セロリ→(ib7422)も声で誘導する。
「みいーと左?」
 目を回しながら、考えるたんぽぽ。閃いた!進行方向を左にして進む。
「こっちですね!」
「まっしゅー、まっしゅー」
「お、分かりましたね」
 たんぽぽと、向かい合わせの尚武からは右側。次の順番待ちをする後ろのセロリ→からは、左側。
「しょこー!」
「頑張れ!」
「いけ!」
思わず、ハヤテとシフォニアは叫ぶ。
「えいっ!」
 力いっぱい、たんぽぽは振り下ろした。棒の先っぽは、スイカをかすめる。
「叩いたはずなんですけど、割れてない‥‥ですね。がーん」
 目隠しをとったたんぽぽが目にしたのは、少しばかりヒビの入ったスイカ。
「惜しかったですね」
 セロリ→は棒と目隠しを受け取りながら、たんぽぽに声をかけた。
「力が弱すぎて、割れなかったみたいですけど‥‥まぁ、それも一つの風物詩ですよね♪」
 スイカには、棒がかすめた跡が残っている。当たっただけでも、初体験の身では上等だ。
「まっしゅー、ひりゃー」
「頑張ってください」
 足元がふらつきながらも、右側に突き進むセロリ→。たんぽぽは声援を送る。
「しょこー」
「もらいました、地断撃!」
 竹刀を振りかざし、一刀両断。セロリ→の前で、スイカは真っ二つになった。
「スイカには、味噌ですね」
「みしょー♪」
 目隠しを外しつつ、ご機嫌なセロリ→。味噌の意味が分からないまま、尚武は手を叩く。
「たんぽぽ、喜びますね」
「飛びはねてる」
 ハヤテとシフォニアも拍手。たんぽぽご所望のスイカは、無事、お腹に入ることが確定した。


 バロン(ia6062)は、弥次と縁側に陣取る。かき氷作りやスイカ割りの様子を眺めた。
「あの‥‥かき氷です」
「すまんな」
 花梨が差し出すかき氷を、バロンは受け取る。一礼した花梨は、急いで喜多の所に行き何事か語りかけた。驚きの表情の二人。
「ふっ‥‥花梨や喜多などにはよく厳しく接していたからのう。違和感を感じるのかもしれんな」
 好々爺と化しているバロンは、厳しい表情を解いている弥次と笑った。
「平和な午後か。開拓者が守る、小さな幸せじゃな」
 尚武が小さなスイカを持って、父親の弥次の所に来る。バロンは尚武の頭をなでて迎えた。子供の笑顔は宝物、穏やかな表情で楽しむ。
 みぞれのかき氷片手に、菊池 志郎(ia5584)も縁側に。白いかき氷が不思議なのか、猫又が寄ってきた。三毛猫しっぽを揺らし、志郎の膝に飛び乗る。
「藤、先日はお世話になりました」
「こっちこそ、世話になったで♪」
 挨拶しながらも、かき氷の匂いをかぐ藤。頭を撫でながら、可愛い仕草に志郎は笑う。
「へー、亜紀が藤いう子猫があたしと口調が似てるゆうてたけど‥‥あの子なんやな」
 神座真紀(ib6579)は、下の妹の神座亜紀(ib6736)指差す方向を見た。
「真紀姉さん、亜紀」
「あ、真紀ちゃんや早紀ちゃんと、ご挨拶しなきゃ」
 姉妹に促す神座早紀(ib6735)に声をかけられ、亜紀は「こんにちは」と頭を下げた。
「喜多さん、この間は動揺してしまってすみません。お詫びに、今日は頑張って氷を作らせていただきます!」
「気にしないでください」
 張り切り、袖をまくる早紀。喜多は虎猫しっぽを揺らした。
「勇喜君と伽羅さん、その後、泳ぎの方はどうですか?」
「毎晩、風呂場で潜り競争です」
「大変ですね♪」
「はい、大変です♪」
 ちっとも大変ではない。早紀と喜多は、同時に吹き出した。
「花梨さん、ちょっとぶりやな」
 真紀は、旅から戻ったばかりの花梨を見る。花梨は微笑みを浮かべ、会釈した。
 この様子ならば、真紀が一緒に救出した花梨の友人も、心配無いだろう。
「早紀が氷作るみたいやけど‥‥人手は足りとるかな?」
 真紀は、削り器の現場を眺める。上の妹がいれば、十分そうだ。
「早紀、調理器具セット借して。生クリームとプリン作って、めろぉん飾ってプリンアラモード作るわ」
「はい♪ かき氷用の氷を作りながら、姉さんのお手伝いもしますね」
「忙しかったら、無理せんでええで」
「私、姉さんの役に立っていると思えたら、とても幸せですから!」
「おおきに♪」
 張りきり通しの早紀。姉の真紀は視線を合わせると、人差し指でおでこを突く。お礼を言った。
「勇喜君、初めまして。藤ちゃん、この間はごめんね」
 双子から藤を受け取り、亜紀はむぎゅと抱きしめた。
「今日はヘビ玉持ってきてないから、一緒に花火やろうよ」
 亜紀は、安心させるように声をかける。藤の目が輝いた。


「例えばこんな物は、喜ばれるだろうか?」
 神座姉妹と琥龍 蒼羅(ib0214)は、からす(ia6525)の手にした物に注目する。
「アルカマルの飲料、テュルク・カフヴェスィ。此方では珈琲だね」
「『こーひー』、また新しい不思議を知ったよ」
 亜紀は満足そうに、手帳に書き込みを行う。様々な言語を知りたい。
「苦いけど飲んでみるかね?」
「興味はあるな」
 からすの申し出に、蒼羅は頷く。
「よければ作って振舞おう。お湯があれば良いのだが」
「お湯沸かしましょうか?」
「俺も手伝おう、運ぶくらいだがな」
 火種の使える早紀を伴い、からすは台所に立つ。遅れて蒼羅も来た、何杯かの珈琲を表に運び出す。
「飲むか?」
「‥‥えらい、苦いんやな」
 良い匂いにつられたが、中身は想像と違うらしい。蒼羅から珈琲を受け取り、一口飲んだ真紀は顔をしかめた。
「砂糖を忘れずに。珈琲に合うクッキーもどうぞ」
「おおきに」
「真紀ちゃん、これ美味しいよ♪」
 真紀はからすに差し出された、白い砂糖を珈琲に入れる。末っ子の亜紀は、クッキーにかじりっていた。


●思い出はキラキラ
「思い出話、ですか?」
 不意に良助が尋ね、アルーシュは小首を傾げた。
「おりんさん達が結ばれるまで見届けられた事。華やぐ音楽、異国の舞手さんと共に舞う白い花吹雪‥‥おりんさんも本当にお綺麗で」
 アルーシュは新婚夫婦に視線を向ける。新妻はスイカを差し出し、笑っている。夫は照れくさそうに受け取り、かぶりついた。
「幸せの歌と記憶を紡ぐ事、吟遊詩人にとってこの上ない幸福です」
 アルーシュは穏やかに目を細める。


「思い出話‥‥ね。自分の事でいいかしら? 私はジルベリアの奥深い街の出身なのよ」
 かき氷作りを見つめる勇喜にせがまれ、フラウは考えこむ。
「故郷の母親が大食いで、何軒も店を一時休業させたわ」
 フラウは苦笑を浮かべた。目の前にいる育ち盛りの勇喜も、食欲は負けないかもしれない。
「私は、故郷である、アル=カマルの話をしましょうか。天儀と違い砂の海なんです」
「がう? 砂浜ばかりです」
「オアシスと言って、砂の中にも湖はありますよ。それでも、緑や水は少ないですけど」
 勇喜の質問に、シータは優しく答える。
「‥‥故郷の風は、酷く乾燥して砂の匂いのみですが、ここの風は緑の匂いが心地よくて素敵ですわね」
「がるる‥‥アル=カマルは嫌いです?」
「いいえ、大好きですわ♪」
 柔らかな笑顔で、シータルは言い切った。


 からすはかき氷を受け取り、日陰の座敷に上がり込む。
「理穴の蜜か。これはいいものだよ」
「理穴のご出身ですか?」
「別に理穴の出身ではないが。開拓者故、依頼ついでや暇な時に、観光したりする時もあるから」
 二杯目のカキ氷を突いていた和奏が尋ねる。からすの名前の由来らしい、烏の濡れ羽色と表される黒髪は、否定の動きをした。
 勇喜と目があった。思い出話をせがまれる。
「ジルベリアは今の時期は避暑にいいかな。アルカマルは砂漠だから、対策しないと倒れちゃう」
 かき氷を一口飲み込み、からすは口を開いた。詳しい説明を求める小さな開拓者に、かぶりを振る。
「見聞せよ。自分の足で歩いて、確かめて、味わって」
 からすの諭すような台詞に、勇喜は考えこむ。
「知識と経験は何よりも、己の力になるのだ」
「まずは天儀を知ると良いですよ」
 からすに続き、志郎も声をかけた。
「‥‥泰にも、見落としているものがあるかも」
「世界には、本当に色々なものがありますからね」
 めろぉんにかぶりつきながら、セロリ→は呟く。スイカとにらめっこしていた和奏は、食べることを決意した。


「勇喜君への話かい?」
 縁側のファムニスの隣で、かき氷を食べ終わったフランヴェル。めろぉんを、双子から受け取った。
「開拓者といえど、百戦して百勝するという訳にはいかない。敵に敗北を喫し逃げ帰る事もあるし、強烈な攻撃を受け重傷を負う事もあるんだ」
 真剣な表情で語るのは、開拓者としての経験。
「ボクも巨大な‥‥茶色の塊型アヤカシの下敷きになって、重傷を負った事がある。だが、開拓者は決して挫けない! 何度でも挑み最後には勝利を掴むんだ」
 小さな開拓者たちは、神妙に虎耳と猫耳を傾ける。
「何故なら、それが開拓者の使命だからさ!」
 フランヴェルは、片目を閉じて締めくくった。


「わしの思い出話は、緑茂や楼港での古い話じゃ」
 めろぉんを持ってきた勇喜を隣に、バロンは語り始める。
「懐かしいのう。緑茂の戦いは初の合戦であり、皆が慣れない大規模作戦の中で試行錯誤しながら戦っていた。また大アヤカシ『炎羅』との戦いも印象的だったな」
 バロンは目を細める。仲間と励まし合い、弓を構えたのは、昨日のことのようだった。
「個人的な思い出もか? ふむ‥‥弓「幻」を手にしたのも、この頃か。優れた弓術士にのみ付与されるとされるこの弓を手にし、この弓を持つに相応しい弓術士であろうと決意を新たにした物だ」
 弥次が初めて見たとき、目を丸くした名品。
「楼港防衛戦は初の空中戦もあり、また小隊【白獅子】を発足したのもこの頃じゃったな」
 傍らの弓を手に、バロンは続ける。
「おぬしも弓に興味津々か? 弓術師の血筋は争えんのう」
 スイカを食べ終わった尚武は、バロンの弓の前にしゃがみ込み、じっと見つめる。バロンの台詞に、弥次は照れ臭さそうに頭をかいた。


 たんぽぽがスイカ割りを楽しんでいる間、ハヤテとシフォニアは、勇喜に思い出を語っていた。
「俺が育ったのは船の上。長い長い船旅を終え、この土地に来たのさ」
 シフォニアがかき氷を突くと、少し溶けた水の部分が見えた。海の水は、もっと広いが。
「海の上は面白いぞ。地上では見られない生き物が沢山見えるからな」
 溶けた氷を救うと、スプーンの中で光る。輝く海の水面を思い出しながら、シフォニアは口に運んだ。
「そうそう、俺はゴシック服なんで少し場違いに見えるかもしれないが‥‥これも思い出の一つさ。はははっ」
「思い出話ではないけど‥‥一つだけ言えるとしたら」
 庭でたんぽぽが遊ぶ。隣のシフォニアが語り終わったとみたハヤテは、淡々と喋り始めた。
「‥‥信じられる仲間が居るって、悪いことではないよ」
「たんぽぽとハヤテは、なんだかんだ言って、可愛い子達だからな」
 ハヤテの口調は、冷めているように感じられるかもしれないと、シフォニアは付け加える。
「俺は、二人と一緒に居る時が一番楽しいんです」
 ハヤテは目を細めて、小さな開拓者に語る。この子にも、いつか心から信じられる仲間ができるだろう。


「藤は朋友なんですね」
「違うです、藤しゃんは家族です」
「‥‥同じですね。駿龍は小さな時から一緒だったので、自分にとっても家族のような存在です」
 藤を迎えにきた双子は、志郎の言葉に立ち止まる。
「龍の背に乗って見下ろす景色は、とてもきれいですよ。どこまででも、飛んでいきたくなります」
 雲海を突き抜け飛ぶ、龍の背中を思い出す。志郎は藤を抱え上げ、飛行を体験して貰うことにした。
「今まで見た景色は、天儀のものが殆どですが。泰の眺めも、とてもきれいでしたね」
 空飛ぶ藤を、志郎から受け取った猫族の双子。猫族たちの故郷は泰である。志郎の誉め言葉に、白虎と虎猫しっぽは嬉しそうに笑った。


●さよなら花火
 夕暮れ。花火大会を待てずに、子供たちは線香花火にご執心。「静かな線香花火の方が好き」と言った蒼羅を保護者に任命した。
 火を点けてもらった花火を片手に、勇喜は尋ねる。
「思い出話、か‥‥。開拓者となってから様々な事があったが、その分逆に何を話すか悩むな」
 線香花火を見つめながら、蒼羅は言葉を探す。
「‥‥そうだな、特に関わりの深い、雑技団の話にするか。俺が開拓者になってすぐの頃からの付き合いだ」
 花火を受け取りに来た、亜祈と花梨。蒼羅は二人を見上げて、口にした。
「そう言えば、花梨とは字は違うが同じ発音だな。あちらは、香る鈴と書く」
 花梨は花火を受け取りながら、小首を傾げた。
「悩みを相談される事もあれば、街を守る為に蛇神と戦った事もある」
 勇喜の線香花火が尽きた。白虎耳が悲しげに、倒される。蒼羅は、新しい花火を差し出した。
「俺と雑技団は、開拓者と依頼人と言うより、『仲間』と言う言葉がしっくりくるな」
 蒼羅と勇喜のやり取りを、猫族の姉は眺める。蒼羅の最後の言葉に、白い虎しっぽを揺らした。
「ボクは伽羅さん達と洞窟を探検したよ」
「その洞窟って、勇喜はんが拒否した場所やな?」
「伽羅が誘っても『絶対行かない』って、泣いたのです」
「勇喜、怖いのは嫌なのです!」
「不思議には、立ち向かわないと♪」
 線香花火片手に、子供たちは座談会。内気な勇喜は白虎耳を倒し、亜紀や妹の小言に耐える。
「他には、怪盗と対決してきたよ」
 亜紀に、尊敬の眼差しが集まる。
「ジルベリアでは、大きなエンジンを回収したんだ。その時、空飛ぶ魚を‥‥」
「空飛ぶ魚やて!?」
 亜紀の肩に、藤がよじ登ってきた。
「アヤカシだったけどね」
 がっかりする藤。亜紀は藤を降ろし、胸に抱きしめる。片時も放さず、独占していた。


「花火のすそわけでさ♪」
 与一は線香花火を担ぎ、開拓者に手渡す。
「花火♪ 花火♪」
「いきましょう!」
「まだ片付けが‥‥」
「花火は逃げませんよ」
「すみません、後はお願いしますわ」
 アムルタートとたんぽぽは、削り機の片付け中の真夢紀とファムニスとシータルを引っ張り出した。
「片付け係は、引き受けました」
「先に行っていて下さい」
「ボクもすぐに行くよ」
 食器を拭いていたアルーシュ、月与、フランヴェルは、引っ張って行かれた者に声をかける。
「早く片付けしませんと」
「花火大会までは、時間があるわ」
 焦る紬に、フラウは落ち着くように声をかけた。
「楽しそうですよ」
「どれ、童心に帰るのも悪くなかろう」
「そうですね、自分も混ざります」
「シフォニア、行きましょう」
「真っ先はたんぽぽらしいが」
 志郎に手招きされ、縁側のバロンや和奏、ハヤテとシフォニアも庭に出てくる。笑い声が弾けた。
「早紀ちゃんは?」
「私もやりたいです!」
「花火、いかへんの?」
「嫌いではないよ」
 我慢できずに早紀は妹の亜紀の側へ、苦笑する姉。真紀に尋ねられ、からすも慌てず騒がず参戦。
「水はそこだ」
「火の用心です」
 蒼羅が指差す水桶に、セロリ→は花火を突っ込み、火を消した。


 夜の花火大会。庭に敷かれたムシロの上で、思い思いに過ごす。
「スイカとかき氷にホイホイされたのは、私だけではないはず‥‥と信じています!」
 たんぽぽの手には、昼間の戦利品のスイカ。
「まあ、たまにはこういうのも悪くないかもな‥‥」
「本当にたんぽぽは、面白い事や、楽しい事が大好きだな」
 スイカを手渡され、ハヤテとシフォニアも、のんびりかぶりつく。三人揃って眺める花火、仲間と一緒に居る時が一番楽しかった。
 フランヴェルは、隣のファムニスの肩に手を回した。優しく、胸元に抱き寄せる。ファムニスは身を任せ、うっとりと花火を見上げた。
 真紀と早紀、亜紀姉妹も並んで花火大会を見物。一生懸命な亜紀と違い、早紀は花火のついでに、姉の横顔を見つめてしまう。顔がほわんとなった。
 照れ隠しに、身体をずらして姉にくっつく。真紀はびっくりしつつも、妹の頭をなでた。
 輝く花火を見上げた子供たち。線香花火がなくなる頃には、座敷で頭を並べて寝ていた。
「どこも上は大変やな」
 末っ子の亜紀を背負い、真紀は語りかける。眼前には、同じように双子を背負った、猫族の兄と姉。揃って、上の兄弟たちは苦笑する。
 真ん中の早紀は、少しご機嫌斜め。姉に背負われる妹を、羨ましそうに見ている。
 ぺこりと頭を下げると、長姉の真紀に連れられ、神座家の姉妹は帰っていった。
 眠る子供達には、キラキラ花火の夢が咲く。美味しいおやつと食事をお供にして。