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■オープニング本文 ●開拓者ギルド本部 伊織の里が騒がしくなる、ほんの少し前。猫族一家が泰から戻った、少し後の頃の話。 セミの鳴き声が聞こえる。神楽の都も暑かった。 「僕が、初めて受け持った依頼人ですね」 「開けてみるぞ。こりゃ、蜜じゃないか」 ギルドに届いた、大きな木箱。見覚えのある差出人の名前に、新人ギルド員は考えこむ。指導役のベテランギルドも、覗きこんだ。 「手紙が入っているな。えーと‥‥『暑中お見舞い、申し上げます。雪のおりには、開拓者の皆様には、大変お世話になりました。 初節句を祝って頂いた我が子も、すくすくと育っております。ようやく自分で、座ることができるようになりました』‥‥か」 「絵も添えられていますね。わぁ、可愛いらしい子ですよ♪」 ベテランギルド員が、手紙を読み上げる。新人ギルド員が広げた紙には、すいかを抱えて座る赤子の絵が、描かれていた。 生き、生きとした筆遣い。自分より大きな丸いすいかに、赤子のはしゃぎ声まで聞こえそうだ。 「続きを読むぞ。『開拓者の方の中には、氷を作り出せる方も居ると、お聞きしました。まだまだ続く暑い日、皆様でお召しあがり下さい』」 「つまり、お礼の品ですね♪」 「理穴の蜜はうまいぞ! 俺が全身全霊をかけて、保証する!」 故郷の理穴からの贈り物に、ベテランギルド員は饒舌だ。甘味所としても有名な国、味わいにも期待がかかる。 「弥次(やじ)先輩の、お国自慢ですね。でも僕も負けませんよ、泰には『めろぉん』がありますからね!」 「くっ、そうきたか!?」 ベテランギルド員は身構える。折れ猫耳は威張っていた、泰生まれの猫族に隙はない。 「この間、泰に帰ったときのお土産なんです。ちゃんと先輩の分もありますよ」 「おお! 嬉しいことを言ってくれるな」 「おとーしゃん、おべーとー!」 「旦那、忘れ物でやんす」 「尚武(なおたけ)に与一(よいち)?」 可愛らしい子供の声がした。話しこんでいたギルド員たちは、入口を向く。人妖に連れられた、ベテランギルド員の一人息子が居た。 「あっ、昼飯! 届けてくれたんだな、ありがとう」 「女将が怒っていたでさ」 「うっ‥‥帰ったら謝る」 ようやく思い至った、ベテランギルド員。小さな弓を背負った人妖は、顔色が変わった相手の胸を突いた。 「先輩、この人妖は?」 「ああ、こいつは与一」 「我は、旦那の開拓者時代の相棒でやんすよ。今は、尚武坊ちゃんの世話係でさ」 ベテランギルド員の台詞に割り込み、くるくると回る人妖。現在は、一人息子のお目付け役をしているらしい。 「‥‥こいつを作った友人は、アヤカシとの戦いで亡くなってな。忘れ形見というやつだ」 「‥‥先輩」 ベテランギルド員は、さびしげに笑う。子供好きだった陰陽師は、息子と遊ぶ人妖を見れば、さぞ喜んだことだろう。 「それより喜多(きた)、お土産を持って、家族全員で遊びにこい。尚武と一緒にスイカ割りでも、どうだ。陰殻産のスイカだぞ!」 「しゅいかわりー、しゅるー!」 「坊ちゃん、よかったでやんすね♪」 手を叩く一人息子と、嬉しそうに見守る人妖。 「ありがとうございます! そうだ‥‥開拓者の皆さんにも、声をかけてみませんか?」 「そうだな‥‥氷を作れる者が居るかもしれん。かき氷をするか」 「はい! もし居なかったら、僕が寒天を作ります♪」 豪快に笑い声をあげる、ベテランギルド員。新人ギルド員の虎猫しっぽも踊る。 皆で味わう夏の味覚は、どんな味がするだろう。弾む心は、誰にも止められなかった。 ●訪問者たちの事情 サムライ娘と虎娘が知り合ったのは、蝮党(まむしとう)がらみの縁。そのときに救出されたサムライ娘の友人は、遭都の親戚へ。サムライ娘も同行し、一緒に旅に出ていた。 「花梨(かりん)さんのお友達、大丈夫なのね」 「はい。別れるときには、笑顔で送り出してくれましたから」 「そう‥‥良かったわ」 虎娘は弟妹たちと買い物に出たついでに、サムライ娘の家を覗きにきた。 実際に着いてみてば、サムライ娘の従兄の新婚夫婦が、新妻の弟と訪問中。旅ついでに寄った朱藩の白梅の里から、一緒に遊びに来たという。 生まれて初めて食べる『梅干し』は、ひどくすっぱかった。 「がるる‥‥勇喜(ゆうき)は、もういらないのです!」 涙目になりながら、虎少年は種を吐き出す。 「はい、お水をどうぞ」 「がう、ありがとうです」 青年の新妻から、つめたい井戸水を渡された。虎少年は、一気に飲み干す。 「へへーん、捕まえたで! 次は良助(りょうすけ)はんが、捕まえる番や」 「わぁ、藤(ふじ)は早いなぁ‥‥」 「にゃ、伽羅(きゃら)は足に自信があるのです♪」 「えー! 絶対、追いついて見せるから!」 庭で三毛猫しっぽを揺らす、猫又。爪を立てて、少年の着物にぶら下がった。少年は、悔しそうにぼやく。 折れ猫耳が楽しげに告げる、泰拳士の猫娘は逃げ足が早い。普通の村の少年に追い付けるのか、怪しかった。 「それにしても、勇喜君と伽羅ちゃんは、似てませんね」 「白い虎と茶色の虎猫の双子か」 「人間から見れば、不思議みたいね」 武天育ちのサムライ娘は一つに束ねた黒髪を揺らし、従兄の青年と顔を見合わせた。泰の猫族の姉は、面白そうに白い虎しっぽを動かす。 「あの‥‥亜祈(あき)さん。本当に私たちが、お邪魔しても良いのですか?」 「ええ、おりんさんも来てね。清太郎(せいたろう)さんや、良助君も♪」 「弥次さんの家から、花火大会が見えるんですよね?」 「線香花火セットも、用意してあるそうよ」 新妻は振り返り、尋ねる。大きく頷く虎娘。 「姉上。勇喜、開拓者の皆様のお話が、いっぱい聞きたいのです!」 「あら、皆さんが来てくれると良いわね」 「がう♪」 初めて訪れた天儀には、姉が心ひかれた陰陽師という職業があった。 他にもジルベリアや、アル=カマルという儀があるという。 泰しか知らない小さな吟遊詩人は、期待に胸を躍らせた。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 倉城 紬(ia5229) / 菊池 志郎(ia5584) / バロン(ia6062) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / フラウ・ノート(ib0009) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 十野間 月与(ib0343) / シータル・ラートリー(ib4533) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / 神座真紀(ib6579) / アムルタート(ib6632) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / セロリ→(ib7422) / 不知火 呀竜(ib7426) |
■リプレイ本文 ●世界、食事紀行 「昼からなら、お腹すく人もいますよね。何か作って、持って行きましょうか?」 「まゆちゃん、皆に美味しい物を食べて貰いましょう」 礼野 真夢紀(ia1144)は首を傾げた。十野間 月与(ib0343)は、ジルベリア製のエプロンドレスを躍らせている。 「鮭のちらし寿司作っていきましょうか、お寿司なら半日で悪くなる事ないでしょうし」 真夢紀は、去年の七月、山木家で同じ寿司を作った。今回、マヨネーズの出番はないと思うが。 手回し式かき氷削り器を運びこむ二人は、去年の六月に夏に先駆けて、かき氷の蜜作りをした。朱藩の首都の安州にある、一階が飯処、二階が宿屋の店でつちかった技術が活きる。 「今回は宜しくお願いします」 倉城 紬(ia5229)は満遍なく挨拶する。 「ども♪ 今回も宜しくね」 「魚の人です!」 左手を挙げ、笑顔で挨拶をしたフラウ・ノート(ib0009)を双子は指差す。この前、海辺で食べたお魚のクッキーは、双子のお気に入り。 「また魚は今度ね」 ほほ笑みを浮かべると、双子の頭を撫でて約束した。 「お土産は、紅茶の風味が残る蜜よ。ジルベリアでは、シロップって言うの」 フラウから初めて聞く言葉に、猫族たちは目を丸くする。 「弥次、喜多、やっほー♪ 伽羅や尚武は、久しぶり〜」 手を振り、アムルタート(ib6632)は元気良く駆けてくる。 「スイカ割りとか、かき氷とかやるんだって? 天儀でいう縁日だね!」 「にゃ♪」 「わ〜い祭り〜♪」 「まついー♪」 伽羅と尚武の手を握り、三人は跳びはねた。 「まずは氷の準備からなんですね」 紬の因幡の白兎は跳ねながら、呟く和奏(ia8807)の側を通り過ぎる。井戸の周囲を三回周り、消えた。 「おりんさん、良助さん、清太郎さんに花梨さん。またお会い出来て本当に嬉しいです」 微笑むアルーシュ・リトナ(ib0119)に、白梅の里の人々と花梨は挨拶を述べる。 「皆さんとカキ氷が食べてみたくて、頑張って氷作りに来ました」 「今回は宜しくお願いしますわ♪」 アルーシュに遅れて、シータル・ラートリー(ib4533) も笑顔で、やってくる。 「さあ、氷を削りましょう。良助さんも手伝って下さいな」 アルーシュは良助の手を引き、座敷に連れ出す。先に来ていた、真夢紀、月与、紬、フラウが出迎えた。 手回し式の削り器を前に、慣れた真夢紀、月与が使い方を教える。 「はい、氷です。砕くの大変でした」 「容器はフローズで冷やしておいたわよ」 紬は額の汗を拭いながら、氷を差し出した。フラウは削り器の下に、皿を置く。 「氷をセットするのは、こうなんですね」 「あ、ちゃんとここを押さえてくださいね」 真似して、シータルは氷を準備する。隣で真夢紀は、削り器を指し示した。 「リズム良く氷を削ってくださいね。溶けないうちに早く、早く!」 「そうそう、回すの上手ですよ♪」 「わぁ‥‥すごいすごい♪」 アルーシュは、良助に手拍子で促す。月与は楽しげに見守った。 出来上がるかき氷に、アルムタートは手を叩く。 「えと。どのシロップをかけますか? 勿論、フラウさんがこしらえたシロップでも問題ありません♪」 「私は抹茶蜜を。天儀のお茶も大好きなんです」 アルーシュからのリクエスト。紬は蜜をかけるついでに、自分の抹茶も作る。二つの、かき氷が出来た。 「ほろりと苦くて甘くて‥‥ん、冷たい‥‥。喉がすっと冷えますね」 風鈴が鳴っている。アルーシュは、涼やかな音を聞きながら、氷を飲み込んだ。 「皮を剥いて切ったぶどうや桃、果汁の寒天を乗せても美味しそうですね」 「今度、やってみる?」 思いつきが口に出る。アルーシュの呟きに、食べながらフラウが反応した。 「じゃーん、アル=カマルのフルーツ持ってきたよ♪」 アムルタートはお土産を取り出した。星型のスターフルーツに似たものや、独特の味わいのパッションフルーツみたいなものを取り出す。三人は、はしゃぎ出した。 「そろそろ、器やスプーンの洗浄をしないといけませんね」 「そうですね、次の方の食器がなくなりそうです」 「手伝いますわ」 アルーシュの台詞に、井戸の側に向かう紬とシータル。良助も真似して、食器を持って行く。 真夢紀は梅シロップや栗の実の甘煮の汁、梅酒や練乳、トッピングの白玉やミニ大福、小豆などを取出した。 「お土産の蜜だけじゃ、足りなくなるかもね」 悩める月与は、行動に移す。西瓜とメロンの果汁や、蜂蜜漬け生姜、擦り黒ゴマを甘辛い醤油と合わせたものを使って、追加の蜜を作ってしまった。 「冷たい物ばかりは体に悪いですし。夏野菜一杯刻み込んで、今日は焼きそばにしましょう♪」 ひと月前には、新作お好み焼きも作った。真夢紀の氷霊結を使用した氷式冷蔵庫から『そぉ〜す』を取出す。 月与は、食欲をそそり、スタミナのつく料理を振舞う予定。まずは鰻の蒲焼を半熟卵に包んだ、鰻の柳川風丼。焼きおにぎりは、刻みニンニクをバター醤油で炒ったタレで味付け済み。 二人の腕前に、期待がかかる。 「清太郎さん、りんさん、良助さんも‥‥お久しぶりです。お父様のお体は、その後どうですか‥‥?」 ファムニス・ピサレット(ib5896)は、清太郎の父親を治療してくれた恩人。 「おじさん、清兄ちゃんを怒鳴ってたよ」 「‥‥元気になった親父に小突かれながら、田植えをした」 「私のおむすびは美味しいって、二人から誉めていただきました♪」 良助の言葉に、清太郎は眉をしかめる。田植えは、りんの作った弁当だけが楽しみだった。 「お二人はとても幸せそうです‥‥なんだか、眩しい位ですね。あの時、お手伝いが出来て本当によかったです‥‥今日はいっぱい楽しみましょうね!」 ファムニスは嬉しそうに、二つに分けた髪を揺らした。 「ボク好みの可愛らしい子がいっぱいだ‥‥。来てよかっ‥‥あ! 伽羅ちゃん!」 「にゃ?」 「今日は思い切り楽しもうね!」 「にゃ♪」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は猫族の双子の片割れを見つけた。返事に虎猫しっぽが振られる。 「これだけの人数の前で下手な真似は出来ないな‥‥本性は隠し通すとしよう」 ざっと周りを見渡し、状況確認するフランヴェル。 「私も、他の巫女様と協力して氷霊結でかき氷用の氷を作りますね」 「氷が大きくて削り器に入らない場合は、ボクに言ってね。この手で砕いてあげるよ」 連れ立ってやってきたファムニスの耳元に息を吹き掛けながら、フランヴェルはささやく。二人の世界を邪魔する者は居ない。 「伽羅ちゃんも、楽しみにしていてね」 「お友達だちです?」 「ボクの子猫ちゃんのうちの一人だよ」 「フランヴェルさんは活動的で、いつも根拠のない自信に溢れた素敵な人で、それに‥‥い、色々手伝ってくれるそうです‥‥」 頬を染めながら、ファムニスは説明する。猫族の子猫には、人間の言う『子猫』の意味が分からなかった。不思議そうに見上げる。 フランヴェルはファムニスの手を握り、エスコート。二人は、かき氷作りの現場に向かっていった。 春風 たんぽぽ(ib6888)は気合いを入れ、目隠しをした。下を向き、セロリ→(ib7422)の持ってきた竹刀をおでこに当てる。 「やらないのかい?」 「見てるだけで十分です」 シフォニア・L・ロール(ib7113)は、闇野 ハヤテ(ib6970)に尋ねる。 「一回でいいから、スイカ割りをやってみたかったんです!」 竹刀を軸にくるくる十回転、たんぽぽ色の髪も一緒に回った。尚武は、手を叩き誘導開始。 「おねーしゃん、みいー、みいー」 「もう少し左です、左」 セロリ→(ib7422)も声で誘導する。 「みいーと左?」 目を回しながら、考えるたんぽぽ。閃いた!進行方向を左にして進む。 「こっちですね!」 「まっしゅー、まっしゅー」 「お、分かりましたね」 たんぽぽと、向かい合わせの尚武からは右側。次の順番待ちをする後ろのセロリ→からは、左側。 「しょこー!」 「頑張れ!」 「いけ!」 思わず、ハヤテとシフォニアは叫ぶ。 「えいっ!」 力いっぱい、たんぽぽは振り下ろした。棒の先っぽは、スイカをかすめる。 「叩いたはずなんですけど、割れてない‥‥ですね。がーん」 目隠しをとったたんぽぽが目にしたのは、少しばかりヒビの入ったスイカ。 「惜しかったですね」 セロリ→は棒と目隠しを受け取りながら、たんぽぽに声をかけた。 「力が弱すぎて、割れなかったみたいですけど‥‥まぁ、それも一つの風物詩ですよね♪」 スイカには、棒がかすめた跡が残っている。当たっただけでも、初体験の身では上等だ。 「まっしゅー、ひりゃー」 「頑張ってください」 足元がふらつきながらも、右側に突き進むセロリ→。たんぽぽは声援を送る。 「しょこー」 「もらいました、地断撃!」 竹刀を振りかざし、一刀両断。セロリ→の前で、スイカは真っ二つになった。 「スイカには、味噌ですね」 「みしょー♪」 目隠しを外しつつ、ご機嫌なセロリ→。味噌の意味が分からないまま、尚武は手を叩く。 「たんぽぽ、喜びますね」 「飛びはねてる」 ハヤテとシフォニアも拍手。たんぽぽご所望のスイカは、無事、お腹に入ることが確定した。 バロン(ia6062)は、弥次と縁側に陣取る。かき氷作りやスイカ割りの様子を眺めた。 「あの‥‥かき氷です」 「すまんな」 花梨が差し出すかき氷を、バロンは受け取る。一礼した花梨は、急いで喜多の所に行き何事か語りかけた。驚きの表情の二人。 「ふっ‥‥花梨や喜多などにはよく厳しく接していたからのう。違和感を感じるのかもしれんな」 好々爺と化しているバロンは、厳しい表情を解いている弥次と笑った。 「平和な午後か。開拓者が守る、小さな幸せじゃな」 尚武が小さなスイカを持って、父親の弥次の所に来る。バロンは尚武の頭をなでて迎えた。子供の笑顔は宝物、穏やかな表情で楽しむ。 みぞれのかき氷片手に、菊池 志郎(ia5584)も縁側に。白いかき氷が不思議なのか、猫又が寄ってきた。三毛猫しっぽを揺らし、志郎の膝に飛び乗る。 「藤、先日はお世話になりました」 「こっちこそ、世話になったで♪」 挨拶しながらも、かき氷の匂いをかぐ藤。頭を撫でながら、可愛い仕草に志郎は笑う。 「へー、亜紀が藤いう子猫があたしと口調が似てるゆうてたけど‥‥あの子なんやな」 神座真紀(ib6579)は、下の妹の神座亜紀(ib6736)指差す方向を見た。 「真紀姉さん、亜紀」 「あ、真紀ちゃんや早紀ちゃんと、ご挨拶しなきゃ」 姉妹に促す神座早紀(ib6735)に声をかけられ、亜紀は「こんにちは」と頭を下げた。 「喜多さん、この間は動揺してしまってすみません。お詫びに、今日は頑張って氷を作らせていただきます!」 「気にしないでください」 張り切り、袖をまくる早紀。喜多は虎猫しっぽを揺らした。 「勇喜君と伽羅さん、その後、泳ぎの方はどうですか?」 「毎晩、風呂場で潜り競争です」 「大変ですね♪」 「はい、大変です♪」 ちっとも大変ではない。早紀と喜多は、同時に吹き出した。 「花梨さん、ちょっとぶりやな」 真紀は、旅から戻ったばかりの花梨を見る。花梨は微笑みを浮かべ、会釈した。 この様子ならば、真紀が一緒に救出した花梨の友人も、心配無いだろう。 「早紀が氷作るみたいやけど‥‥人手は足りとるかな?」 真紀は、削り器の現場を眺める。上の妹がいれば、十分そうだ。 「早紀、調理器具セット借して。生クリームとプリン作って、めろぉん飾ってプリンアラモード作るわ」 「はい♪ かき氷用の氷を作りながら、姉さんのお手伝いもしますね」 「忙しかったら、無理せんでええで」 「私、姉さんの役に立っていると思えたら、とても幸せですから!」 「おおきに♪」 張りきり通しの早紀。姉の真紀は視線を合わせると、人差し指でおでこを突く。お礼を言った。 「勇喜君、初めまして。藤ちゃん、この間はごめんね」 双子から藤を受け取り、亜紀はむぎゅと抱きしめた。 「今日はヘビ玉持ってきてないから、一緒に花火やろうよ」 亜紀は、安心させるように声をかける。藤の目が輝いた。 「例えばこんな物は、喜ばれるだろうか?」 神座姉妹と琥龍 蒼羅(ib0214)は、からす(ia6525)の手にした物に注目する。 「アルカマルの飲料、テュルク・カフヴェスィ。此方では珈琲だね」 「『こーひー』、また新しい不思議を知ったよ」 亜紀は満足そうに、手帳に書き込みを行う。様々な言語を知りたい。 「苦いけど飲んでみるかね?」 「興味はあるな」 からすの申し出に、蒼羅は頷く。 「よければ作って振舞おう。お湯があれば良いのだが」 「お湯沸かしましょうか?」 「俺も手伝おう、運ぶくらいだがな」 火種の使える早紀を伴い、からすは台所に立つ。遅れて蒼羅も来た、何杯かの珈琲を表に運び出す。 「飲むか?」 「‥‥えらい、苦いんやな」 良い匂いにつられたが、中身は想像と違うらしい。蒼羅から珈琲を受け取り、一口飲んだ真紀は顔をしかめた。 「砂糖を忘れずに。珈琲に合うクッキーもどうぞ」 「おおきに」 「真紀ちゃん、これ美味しいよ♪」 真紀はからすに差し出された、白い砂糖を珈琲に入れる。末っ子の亜紀は、クッキーにかじりっていた。 ●思い出はキラキラ 「思い出話、ですか?」 不意に良助が尋ね、アルーシュは小首を傾げた。 「おりんさん達が結ばれるまで見届けられた事。華やぐ音楽、異国の舞手さんと共に舞う白い花吹雪‥‥おりんさんも本当にお綺麗で」 アルーシュは新婚夫婦に視線を向ける。新妻はスイカを差し出し、笑っている。夫は照れくさそうに受け取り、かぶりついた。 「幸せの歌と記憶を紡ぐ事、吟遊詩人にとってこの上ない幸福です」 アルーシュは穏やかに目を細める。 「思い出話‥‥ね。自分の事でいいかしら? 私はジルベリアの奥深い街の出身なのよ」 かき氷作りを見つめる勇喜にせがまれ、フラウは考えこむ。 「故郷の母親が大食いで、何軒も店を一時休業させたわ」 フラウは苦笑を浮かべた。目の前にいる育ち盛りの勇喜も、食欲は負けないかもしれない。 「私は、故郷である、アル=カマルの話をしましょうか。天儀と違い砂の海なんです」 「がう? 砂浜ばかりです」 「オアシスと言って、砂の中にも湖はありますよ。それでも、緑や水は少ないですけど」 勇喜の質問に、シータは優しく答える。 「‥‥故郷の風は、酷く乾燥して砂の匂いのみですが、ここの風は緑の匂いが心地よくて素敵ですわね」 「がるる‥‥アル=カマルは嫌いです?」 「いいえ、大好きですわ♪」 柔らかな笑顔で、シータルは言い切った。 からすはかき氷を受け取り、日陰の座敷に上がり込む。 「理穴の蜜か。これはいいものだよ」 「理穴のご出身ですか?」 「別に理穴の出身ではないが。開拓者故、依頼ついでや暇な時に、観光したりする時もあるから」 二杯目のカキ氷を突いていた和奏が尋ねる。からすの名前の由来らしい、烏の濡れ羽色と表される黒髪は、否定の動きをした。 勇喜と目があった。思い出話をせがまれる。 「ジルベリアは今の時期は避暑にいいかな。アルカマルは砂漠だから、対策しないと倒れちゃう」 かき氷を一口飲み込み、からすは口を開いた。詳しい説明を求める小さな開拓者に、かぶりを振る。 「見聞せよ。自分の足で歩いて、確かめて、味わって」 からすの諭すような台詞に、勇喜は考えこむ。 「知識と経験は何よりも、己の力になるのだ」 「まずは天儀を知ると良いですよ」 からすに続き、志郎も声をかけた。 「‥‥泰にも、見落としているものがあるかも」 「世界には、本当に色々なものがありますからね」 めろぉんにかぶりつきながら、セロリ→は呟く。スイカとにらめっこしていた和奏は、食べることを決意した。 「勇喜君への話かい?」 縁側のファムニスの隣で、かき氷を食べ終わったフランヴェル。めろぉんを、双子から受け取った。 「開拓者といえど、百戦して百勝するという訳にはいかない。敵に敗北を喫し逃げ帰る事もあるし、強烈な攻撃を受け重傷を負う事もあるんだ」 真剣な表情で語るのは、開拓者としての経験。 「ボクも巨大な‥‥茶色の塊型アヤカシの下敷きになって、重傷を負った事がある。だが、開拓者は決して挫けない! 何度でも挑み最後には勝利を掴むんだ」 小さな開拓者たちは、神妙に虎耳と猫耳を傾ける。 「何故なら、それが開拓者の使命だからさ!」 フランヴェルは、片目を閉じて締めくくった。 「わしの思い出話は、緑茂や楼港での古い話じゃ」 めろぉんを持ってきた勇喜を隣に、バロンは語り始める。 「懐かしいのう。緑茂の戦いは初の合戦であり、皆が慣れない大規模作戦の中で試行錯誤しながら戦っていた。また大アヤカシ『炎羅』との戦いも印象的だったな」 バロンは目を細める。仲間と励まし合い、弓を構えたのは、昨日のことのようだった。 「個人的な思い出もか? ふむ‥‥弓「幻」を手にしたのも、この頃か。優れた弓術士にのみ付与されるとされるこの弓を手にし、この弓を持つに相応しい弓術士であろうと決意を新たにした物だ」 弥次が初めて見たとき、目を丸くした名品。 「楼港防衛戦は初の空中戦もあり、また小隊【白獅子】を発足したのもこの頃じゃったな」 傍らの弓を手に、バロンは続ける。 「おぬしも弓に興味津々か? 弓術師の血筋は争えんのう」 スイカを食べ終わった尚武は、バロンの弓の前にしゃがみ込み、じっと見つめる。バロンの台詞に、弥次は照れ臭さそうに頭をかいた。 たんぽぽがスイカ割りを楽しんでいる間、ハヤテとシフォニアは、勇喜に思い出を語っていた。 「俺が育ったのは船の上。長い長い船旅を終え、この土地に来たのさ」 シフォニアがかき氷を突くと、少し溶けた水の部分が見えた。海の水は、もっと広いが。 「海の上は面白いぞ。地上では見られない生き物が沢山見えるからな」 溶けた氷を救うと、スプーンの中で光る。輝く海の水面を思い出しながら、シフォニアは口に運んだ。 「そうそう、俺はゴシック服なんで少し場違いに見えるかもしれないが‥‥これも思い出の一つさ。はははっ」 「思い出話ではないけど‥‥一つだけ言えるとしたら」 庭でたんぽぽが遊ぶ。隣のシフォニアが語り終わったとみたハヤテは、淡々と喋り始めた。 「‥‥信じられる仲間が居るって、悪いことではないよ」 「たんぽぽとハヤテは、なんだかんだ言って、可愛い子達だからな」 ハヤテの口調は、冷めているように感じられるかもしれないと、シフォニアは付け加える。 「俺は、二人と一緒に居る時が一番楽しいんです」 ハヤテは目を細めて、小さな開拓者に語る。この子にも、いつか心から信じられる仲間ができるだろう。 「藤は朋友なんですね」 「違うです、藤しゃんは家族です」 「‥‥同じですね。駿龍は小さな時から一緒だったので、自分にとっても家族のような存在です」 藤を迎えにきた双子は、志郎の言葉に立ち止まる。 「龍の背に乗って見下ろす景色は、とてもきれいですよ。どこまででも、飛んでいきたくなります」 雲海を突き抜け飛ぶ、龍の背中を思い出す。志郎は藤を抱え上げ、飛行を体験して貰うことにした。 「今まで見た景色は、天儀のものが殆どですが。泰の眺めも、とてもきれいでしたね」 空飛ぶ藤を、志郎から受け取った猫族の双子。猫族たちの故郷は泰である。志郎の誉め言葉に、白虎と虎猫しっぽは嬉しそうに笑った。 ●さよなら花火 夕暮れ。花火大会を待てずに、子供たちは線香花火にご執心。「静かな線香花火の方が好き」と言った蒼羅を保護者に任命した。 火を点けてもらった花火を片手に、勇喜は尋ねる。 「思い出話、か‥‥。開拓者となってから様々な事があったが、その分逆に何を話すか悩むな」 線香花火を見つめながら、蒼羅は言葉を探す。 「‥‥そうだな、特に関わりの深い、雑技団の話にするか。俺が開拓者になってすぐの頃からの付き合いだ」 花火を受け取りに来た、亜祈と花梨。蒼羅は二人を見上げて、口にした。 「そう言えば、花梨とは字は違うが同じ発音だな。あちらは、香る鈴と書く」 花梨は花火を受け取りながら、小首を傾げた。 「悩みを相談される事もあれば、街を守る為に蛇神と戦った事もある」 勇喜の線香花火が尽きた。白虎耳が悲しげに、倒される。蒼羅は、新しい花火を差し出した。 「俺と雑技団は、開拓者と依頼人と言うより、『仲間』と言う言葉がしっくりくるな」 蒼羅と勇喜のやり取りを、猫族の姉は眺める。蒼羅の最後の言葉に、白い虎しっぽを揺らした。 「ボクは伽羅さん達と洞窟を探検したよ」 「その洞窟って、勇喜はんが拒否した場所やな?」 「伽羅が誘っても『絶対行かない』って、泣いたのです」 「勇喜、怖いのは嫌なのです!」 「不思議には、立ち向かわないと♪」 線香花火片手に、子供たちは座談会。内気な勇喜は白虎耳を倒し、亜紀や妹の小言に耐える。 「他には、怪盗と対決してきたよ」 亜紀に、尊敬の眼差しが集まる。 「ジルベリアでは、大きなエンジンを回収したんだ。その時、空飛ぶ魚を‥‥」 「空飛ぶ魚やて!?」 亜紀の肩に、藤がよじ登ってきた。 「アヤカシだったけどね」 がっかりする藤。亜紀は藤を降ろし、胸に抱きしめる。片時も放さず、独占していた。 「花火のすそわけでさ♪」 与一は線香花火を担ぎ、開拓者に手渡す。 「花火♪ 花火♪」 「いきましょう!」 「まだ片付けが‥‥」 「花火は逃げませんよ」 「すみません、後はお願いしますわ」 アムルタートとたんぽぽは、削り機の片付け中の真夢紀とファムニスとシータルを引っ張り出した。 「片付け係は、引き受けました」 「先に行っていて下さい」 「ボクもすぐに行くよ」 食器を拭いていたアルーシュ、月与、フランヴェルは、引っ張って行かれた者に声をかける。 「早く片付けしませんと」 「花火大会までは、時間があるわ」 焦る紬に、フラウは落ち着くように声をかけた。 「楽しそうですよ」 「どれ、童心に帰るのも悪くなかろう」 「そうですね、自分も混ざります」 「シフォニア、行きましょう」 「真っ先はたんぽぽらしいが」 志郎に手招きされ、縁側のバロンや和奏、ハヤテとシフォニアも庭に出てくる。笑い声が弾けた。 「早紀ちゃんは?」 「私もやりたいです!」 「花火、いかへんの?」 「嫌いではないよ」 我慢できずに早紀は妹の亜紀の側へ、苦笑する姉。真紀に尋ねられ、からすも慌てず騒がず参戦。 「水はそこだ」 「火の用心です」 蒼羅が指差す水桶に、セロリ→は花火を突っ込み、火を消した。 夜の花火大会。庭に敷かれたムシロの上で、思い思いに過ごす。 「スイカとかき氷にホイホイされたのは、私だけではないはず‥‥と信じています!」 たんぽぽの手には、昼間の戦利品のスイカ。 「まあ、たまにはこういうのも悪くないかもな‥‥」 「本当にたんぽぽは、面白い事や、楽しい事が大好きだな」 スイカを手渡され、ハヤテとシフォニアも、のんびりかぶりつく。三人揃って眺める花火、仲間と一緒に居る時が一番楽しかった。 フランヴェルは、隣のファムニスの肩に手を回した。優しく、胸元に抱き寄せる。ファムニスは身を任せ、うっとりと花火を見上げた。 真紀と早紀、亜紀姉妹も並んで花火大会を見物。一生懸命な亜紀と違い、早紀は花火のついでに、姉の横顔を見つめてしまう。顔がほわんとなった。 照れ隠しに、身体をずらして姉にくっつく。真紀はびっくりしつつも、妹の頭をなでた。 輝く花火を見上げた子供たち。線香花火がなくなる頃には、座敷で頭を並べて寝ていた。 「どこも上は大変やな」 末っ子の亜紀を背負い、真紀は語りかける。眼前には、同じように双子を背負った、猫族の兄と姉。揃って、上の兄弟たちは苦笑する。 真ん中の早紀は、少しご機嫌斜め。姉に背負われる妹を、羨ましそうに見ている。 ぺこりと頭を下げると、長姉の真紀に連れられ、神座家の姉妹は帰っていった。 眠る子供達には、キラキラ花火の夢が咲く。美味しいおやつと食事をお供にして。 |