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■オープニング本文 ●海辺のけんか 夏を迎えた泰の浜辺。水着と言う、泰で独特に発達した服を着込んだ若者が、ぽつぽつ姿を表していた。 筋肉質でもないが、それなりに引き締まった身体。茶虎模様の猫しっぽと白い虎しっぽを揺らし、海に繰り出す猫族が三人。 「勇喜(ゆうき)伽羅(きゃら)!」 「がるる‥‥嫌なのです!」 「うにゃ‥‥嫌なのです!」 「二人とも、海でアヤカシ退治の練習するって、兄上と約束したよね?」 「嫌なものは‥‥」 「嫌なのです!」 砂地で踏ん張る、虎少年と猫娘。兄の新人ギルド員は、容赦なく双子を海へ引きずっていく。 「もうすぐ、秋刀魚の漁の時期も近いのに。アヤカシのせいで、皆さんが、お月さまにお供えできなかったら、どうするわけ?」 「でも、お顔がぬれるのは‥‥」 「嫌なのです!」 新人ギルド員の足に、波が押し寄せる。海は目前。虎少年と猫娘のしっぽが、一気に膨れた。 「にゃー!」 「こら、伽羅、どこ行くの!」 猫娘は、回避に優れる泰拳士。兄の手を振り切り、砂浜に逃げ出す 「がう!」 「勇喜も、逃げようたって許さないよ!」 白い虎しっぽを膨らしたまま、横に首を振る虎少年。新人ギルド員は、素早く足払いをかけた。 「がるる‥‥」 「僕だって、泰拳士の修行はしているんだからね。仙人骨が無いから、開拓者になれないだけで」 吟遊詩人の虎少年は避けきれず、砂浜に突っ伏す。不機嫌そうに、新人ギルド員の猫しっぽが揺れた。兄強し。 「‥‥勇喜、本当に泳がないの?」 砂に顔を埋めたまま、動かない虎少年。しゃがみこみ、新人ギルド員は尋ねる。弟は虎しっぽも動かさず、完全無視の構え。 「伽羅も」 下を向き、離れた所にいる猫娘。猫しっぽは、逆立ったまま。兄の問いかけに答えない。 「‥‥はぁ、二人の意志は分かったよ。もう帰ろうか」 「がう♪」 「にゃ♪」 ため息をつき、新人ギルド員は立ち上がる。兄の呼び掛けに、嬉しそうに顔を上げる弟妹。 新人ギルド員の目が細められる。怒られる前触れ、虎少年と猫娘は身構えた。 「泳げ無くてもいいよ。その変わり、開拓者は止めさせるから」 思わぬ台詞に、双子は動きを止める。 「もし、今ここで、海の中にアヤカシが現れたらどうするの?」 「‥‥他の皆様に」 「お願いするのです」 「自分の努力を怠って、困っている人を助けないんだ。見過ごせるんだ。 ‥‥僕はギルド員として、そんな開拓者を認めるわけにはいかないよ!」 新人ギルド員は静かに、しかし強く言い放った。双子を見ずに、帰路をとる。 「‥‥兄上? 待ってです、ごめんなさいです!」 「兄上、兄上! 伽羅が悪かったのです!」 必死で呼び掛ける、幼い弟妹。声を振り切るように、兄は歩を進めた。 ●姉の心配 神楽の都の、ギルドの入り口。白虎しっぽと三毛猫しっぽが揺れ動く。目標を見付けると、猫又は虎娘の腕から飛び出し、受付台に飛び乗った。 「‥‥ん? 喜多(きた)の妹さんに、猫又の嬢ちゃんじゃないか」 ベテランギルド員は、お客に驚く。鎮座する猫又と、後ろにたたずむ虎娘に、話しかけた。 「お願い、弟と、妹を助けて! 伽羅、泰においてきぼりにされたの!」 天儀で留守番をしていた、虎娘は告げた。珍しく、怒りの白い虎耳。 「泰住まいの勇喜はんも、開拓者、廃業やねん」 同じく留守番の猫又も、悲しそうに続ける。 「‥‥けんかでも、したのか?」 「話しが早くて、助かるわ。兄上に、説教してよ!」 「うちらの言葉なんて、聞く耳を持ってくれへん」 「‥‥原因は?」 「二人は泳げないの。そしたら兄上、『努力しない者は、開拓者失格』って言ったのよ!」 「まぁ、一理あると思うが‥‥」 「兄上の理論は『一日で到達! 水の中で、一人でアヤカシ退治! 泳ぐ練習は、後から!』なのよ」 「一日で到達、しかも一人でアヤカシ退治だと? 泳ぐのは後って、喜多は何を考えているんだ。‥‥仕方ない、説教は任せろ」 ベテランギルド員は、頭を抱えた。新人ギルド員の性格は『思いこんだら、一直線』、短所にも、長所にもなる。 「二人の泳ぎの特訓依頼も、出してくれないかしら? もうすぐ故郷で、秋刀魚の漁があるのよ」 「八月は、秋刀魚を月に供える季節やねん」 「もしアヤカシが出て、漁ができなかったら、猫族全体が困るの。アヤカシ退治できるように、泳げる開拓者は、一人でも多く欲しいわ」 虎娘と猫又は、ベテランギルド員を見上げる。 「‥‥猫族の習慣は分かったが、なんで、そんなに壮大な話になるんだ」 無垢な瞳の訴えに、天を仰ぐベテランギルド員。断れそうもない。 「どれくらい、泳げないんだ?」 「水に顔を付けたら、しばらく動きが止まるわ。お風呂も、顔や頭を洗うのも、平気なのよ?」 「喜多はんや、亜祈はんに手を引かれて、水から顔を出しとったら、足は動かせるんやけどな」 「たぶん、息つぎが、下手なんだ。依頼も出しておくが、成果は、本人たち次第だからな」 「良かったわ、お願いするわね♪」 「ほんまに頼むな。弥次はんが呼んどったちゅうて、喜多はん連れてくるわ」 「行きましょう、藤。兄上に、反省してもらうんだから!」 言いたいだけ言うと、三毛猫しっぽを揺らし、猫又は飛び降りる。虎娘は猫又を抱えあげると、怒りの足取りでギルドの外へ。 「‥‥やれやれ。喜多の給料から、依頼料は差っ引くしかないな」 マイペースな虎娘も、ふてぶてしい猫又も、心配している。弟妹や、猫族の近い将来のことを。 文句も言えず、ベテランギルド員は軽くため息をついた。 |
■参加者一覧
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
橘(ib3121)
20歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
フェムト・パダッツ(ib5633)
21歳・男・砲
リリアーナ・ピサレット(ib5752)
19歳・女・泰
フレス(ib6696)
11歳・女・ジ
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●波で、がばがば 「海に行くのは久しぶりだな。これも訓練だな」 仁王立ちで海を睨む魔神。水着の紫色は譲れない。瀧鷲 漸(ia8176)の手は、水の抵抗を受けやすい胸を、支えるように腕組みされている。 打ち寄せる波を、しっぽが膨らんだまま眺める、双子の猫族。 「‥‥まあ、猫ですしね」 橘(ib3121)の口元が、かすかに笑う。シャツと水着、サンダルに、髪は上で結わえたまま、ゆるく三つ編みにして海仕様。 「猫族の風習は遠いながらも、同じ種族として聞いた事がありますね」 ピンと犬耳を立てつつ、杉野 九寿重(ib3226)は思い出す。 「初めましてね。あたしフラウよ。よろしく〜♪」 笑顔で手を挙げる、水着の紐ショーツを着たフラウ・ノート(ib0009)。レースのついた、清純な白色が眩しい。 「勇喜さん、伽羅さん初めまして。頑張って泳げる様になりましょう」 表情抑え目のリリアーナ・ピサレット(ib5752)。礼儀正しい口調をマネをして、双子も頭を下げてご挨拶。 「どうして、泳ぐのが苦手なのですか?」 「がう。ぶくぶくなのです」 「にゃ。がばがばなのです」 「‥‥はい?」 陰殻西瓜を持ったまま、神座早紀(ib6735)は固まる。泰の子猫語は解りづらい。 勇喜は、息を吸っている間に沈む。伽羅は息を吸う時に、水を飲んでしまう。と言っていた。 「通訳、お願いしたいんだよ」 「えーっ、無理、無理!」 「あれ、伽羅さんと同じ猫‥‥」 「猫って言うな! 黒猫違う!」 フレス(ib6696)に会話をふられ、慌てて断るフェムト・パダッツ(ib5633)。弾みのひと言に、黒豹しっぽが逆立った。 「私の妹弟も、何れ習わせなければなりませんし。その為の手解きを覚えたいですね」 海を眺めつつ、最もたる、言い分。でも九寿重の実際は、暑気払いを目的とした、水辺遊び。 「まず桶で、息を止める練習をしましょう」 橘は、近くの店先で借りた二つの桶を振った。双子のしっぽが一気に逆立つ。 「自由に泳げるようになったら、お魚取り放題の食べ放題ですよ!」 早紀の声かけに、伽羅の視線が輝く。少し、やる気が出てきた。 「好きなお魚は?」 「さんまです!」 フラウの質問に、口をそろえる双子。入手は難しい、初漁は来月の予定。 「がう。あとはイカに‥‥」 「にゃ。あとはカツオに‥‥」 指折り数える猫族たち。フラウは、無口になっていく。膨大な数に、日が暮れそうな気配。 「私が訓練に付き合うんだ、ありがたく思え」 「がるる‥‥やっぱり嫌なのです」 しびれをきらした漸は問答無用で、しりごみする勇喜を引っ張った。 「伽羅さん、わたくし達、泰拳士は身軽で素手でも戦えるクラスです。水中行動が必要な場合、率先して‥‥」 「‥‥にゃあ」 「伽羅さん!」 リリアーナは行く前に、伽羅に泰拳士の心構えを伝授。講義は退屈だ。あくびする猫耳に、厳しい声がとんだ。 「‥‥泳ぎの特訓かぁ」 フェムトは右足を海に踏み出す、波がかかった。急いで持ち上げ、後ろに逃げる。次は左足を一歩前へ。 「まずは息継ぎのしやすい平泳ぎから、初めたらいいと思うんだよ」 極めて明るく活発な、お元気娘。フレスは心躍る。初めて見た海には、終わりがないようだった。 二人とも、海は初体験。噂に聞いていても、現実は想像を凌駕する。 「後で、これを追い掛けて遊びますか?」 橘の手には、小魚の形をした人魂がある。双子の元気な返事。 「‥‥人魂は呼吸できましたっけ?」 「がう。人魂は、『えらこきゅー』しないのです!」 「小さいのに、よく知っていますね」 橘の小さな疑問。勇喜は一生懸命、伝える。 「そう言えば、姉は陰陽師でしたね」 「にゃ。教えたら、イケナイのです!」 九寿重の種明かしに、お揃いのお団子頭にして貰っていた伽羅は抗議する。やりとりに狐しっぽは、目尻を緩めた。 「勇喜さん。息を吸ったり、はいたり、止めたりする力を鍛える事に繋がります」 リリアーナの思う所は、もっと難しい曲も歌えるようになる。勇喜は、少し考え込こんだ。 「俺は泳げるけど、海は初めてだな。波とかあるし‥‥ちょっと泳ぎの練習しようかな?」 波が押し寄せ、波しぶきが頬にかかる。舌なめずりすると、フェムトの黒豹しっぽが逆立った。いつも泳ぐ川と違って、塩辛い。 「私も海で泳いだ事ないけど‥‥水、やっぱりしょっぱいんだなあぁ」 フレスは臆せず進み、波を蹴飛ばし、天に跳ね飛ばす。次は手にすくって、一口飲んだ。表情が歪み、舌を出して涙目に。 「心の中で『五』数えたら息継ぎよ。顔は前に上げるんじゃなくて、横を向く感じでね?」 桶の前に息継ぎの仕方の確認。フラウの教えの元、水のない所で双子は予行練習。 「一度泳ぐ楽しさを覚えたら、きっとどんどん上達すると思います。ファイトですよ!」 泳ぐのが好きな早紀は、応援にも力が入る。何とか泳ぐ楽しさを、双子に覚えて欲しい。 「ふぅ‥‥どうやって水の抵抗を減らし、槍を扱うか。難問だ」 頭の中は、教えの最終段階を予想中。漸の得物はハルバード種で、非常に重量級。伽羅なら会得できる、たぶん。 ●海で、ぶくぶく 沈む小箱を、目を開けたまま、拾って来る遊び。ご褒美は、中の板に書かれたおやつ。 「大丈夫ですか?」 「うにゃ‥‥」 「少し潜る時間は増えたが、半人前だ」 「水練は、慣れて泳げる様になってくると楽しくなってきますから」 息の続く限り頑張った伽羅、とうとう水面へ。市松模様のセパレート水着の九寿重に捕まりながら、悠々と戻る漸とリリアーナを見る。 「もう一度、行くんだよ! 努力するのなにより大事だって、父様や母様言っていたんだよ」 砂浜から、フレスの声援が飛ぶ。成功すれば、おやつの時間の約束を取り付けた。 「まだやるのか? それよりも、武器を使った本格的な戦い方を‥‥」 「頑張るんだよ!」 見兼ねた漸が声をかけるも、フレスの声に無視される。 「わたくし、同じ泰拳士として容赦はしません!」 「にゃ、望むところです!」 「‥‥行ってしまいましたね」 泰拳士の意地をかけた、水中戦は再開。九寿重は困った顔で、海を覗きこんだ。 「伽羅しゃん、勇喜の分も、頑張ってです」 「ちゃんと練習をしましょう?」 「顔を浸けられる様になったら、息継ぎの練習だな」 砂浜から応援する勇喜は、橘に背中を押された。フェムトのすすめに、白い虎しっぽは膨れる。 「華麗に泳げる男の子って、素敵だと思いますよ!」 「がんばって、泳げるようになれるといいんだよ」 手を握り励ます早紀。まとう羽衣「天女」が、はためいた。 「がるる‥‥? お魚の匂いです!」 「正解よ。泳げるようになったら、あげるわね」 「頑張らないと、ごはんも、おやつも無いんだよ」 フラウはフローズをかけ直すため、少しだけ蓋を開けて、中身をみせた。フラウは、悲しげに告げる。 「ま、とにかく楽しく練習が出来れば良いよな。頑張れよ!」 ご褒美は、あとから。フェムトは、しょんぼりする勇喜を海に追いやる。 「海に慣れる意味も込めて、ダルマ浮きをしますか?」 「あら、良いわね。ちょっと自信があるわよ」 「みんなで行くんだよ♪」 顎に人差指をやりながら、早紀は提案。頷きながら笑うフラウと、紅色のビキニ姿のフレス。 突き付けられた台詞に、橘の時間が止まった。乙女たちの水着姿より、しっぽが大事。 「‥‥覚悟を、決めますか」 小さな開拓者の為、塩に塗れるのは致し方なし。出来るだけ高くあげられた狐しっぽは、ささやかな抵抗をみせた。 「もう一度勝負ですよ、わたくし負けませんから」 「にゃ、伽羅もです!」 小箱の前で待ち受けるリリアーナの掛け声で、一斉に潜る。泰拳士同士の攻防は白熱。 リリアーナは二本指を立てた、自分の鼻の穴に突っ込む。白目を向いた。 両手を使った、伽羅。自分の口の端を親指に引っかけ、人差し指で目尻を引っ張る。 二人は世に言う、変な顔を披露。潜って見守っていた漸と九寿重の口から、大きな泡が吐き出された。 「あれは、反則だ! 私は勝てないぞ」 「今こそ、根性ですね‥‥自信ありませんが」 慌てて水面に戻り、漸と九寿重は深呼吸。本気でついて行くのが難しい、泰拳士の世界。 「くっ‥‥くっくっ‥‥!」 狐しっぽは、砂浜で笑いをこらえる。橘が人魂ごしに見たのは、世にも奇妙な光景。 同時に巨大な水泡が、水面にいくつも上がる。 「‥‥げほっ、げほっ!」 「がるる‥‥」 咳込む黒豹耳に捕まり、白虎耳が帰ってきた。早々に離脱する、フェムトと勇喜。 「勇喜、もうだめなのです♪」 「あれは俺でも、厳しい!」 勇喜は、楽しげに砂浜に転がった。ぬれて細くなった黒豹しっぽの水を飛ばしながら、フェムトも大の字になり、大笑いを始める。 「フェムトさん、どうしたの?」 「勇喜さん、何があったのですか?」 刺身用のお魚をさばく手が止まった。フラウは怪訝そうに尋ねる。 たき火を起こし、調理器具セットを広げていた早紀も二人を見やった。 「いや、気にしないでください。あれに打ち勝つには、忍耐強さが必要ですから」 目尻の涙を拭いつつ、橘は苦笑を浮かべる。 「あたしたちには秘密なの?」 「教えてくれてもいいですのにね」 フラウと早紀は、顔を見合わせた。揃って首を捻る。 ●砂浜で、どんちゃん 開拓者と双子の成果を披露する日。 「喜多兄様、亜祈姉様の登場だよ!」 「この子もね」 フレスの合図で、サプライズゲスト登場。猫好きなフラウの肩では、藤の三毛猫しっぽが揺れる。 家族を前に、緊張する双子。声援を受けつつ、海に入る。 漸の槍と、海の中で打ち合い演武を披露する伽羅。橘のヒトデと、歌いながら踊ってみせる勇喜。成果としては、申し分ない。 「筋が良いのですから、時間が無いからと慌てさせる事は無いのですよ」 浴衣姿の九寿重、犬耳は誇らしげだった。双子を褒めて、兄姉に報告する。 「二人とも泣かずに‥‥兄上!」 「うん、開拓者解禁だね」 「二人の天儀行きもやで?」 亜祈は、白虎しっぽを立てる。藤の催促に、喜多は頷いた。 「やりましたね!」 「がう♪」 「にゃ♪」 砂浜に上がってきた双子は、早紀と手を取り合い喜ぶ。どさくさに紛れて、勇喜の天儀、初訪問も決定。 「『泳げるようになった記念パーティー』開くんだよ♪」 フレスの提案に、盛大な拍手が渦巻いた。 「海産物だ、喜べ大漁だぞ!」 「ここで料理しますか?」 「俺も手伝うよ、魚焼くくらいしかできないけどね!」 漸の獲ってきた魚や貝を、たき火の番をしていたリリアーナは見上げる。 妙に威張るフェムト、不動明王のお守りも任せろと言っている。川魚を焼くのと、同じで要領で良いだろう。きっと。 「この料理、美味しそうですね。教えてもらえますか?」 「良いわよ。二つとも淡白な白身魚のすり身を使うのよ」 フラウの料理は、他人に食べさせても恥ずかしくない位の腕を持つ。双子に大好評だった料理を、喜多は教えて貰う。 一つは、こんがり焼けた狐色クッキー。もう一つは、すり身をケーキのスポンジ状にして、パイ生地に包み焼き。 泰特産のめろぉんや、スイカで飾り付けをして完成だ。 「氷、包丁でかけるでしょうか?」 「手伝うわ」 山姥包丁を片手に、自分の作った氷の塊の前で悩む早紀。海に向かって、亜祈の斬撃符が舞った。 「私にもできそうだな」 見物していた漸の身体から、薄っすらとオーラが立ち上り、斧槍「ヴィルヘルム」が輝く。振り下ろされた太刀筋が見えない。 「おもっしろーいんだよ♪」 次々と、かき氷が出来上がる。氷が珍しい、アル=カマル出身のフレス。羽織っていた水姫の外套を揺らしながら、手を叩いて大喜び。 「‥‥すごい光景ですね」 橘は狐しっぽを下げて眺める。清楚からほど遠い娘たちに、雫の髪飾りもうな垂れた。 「喜多も、亜祈も、料理を作るのですか?」 「がう。兄上は美味しいけど、時間がかかるのです」 「にゃ。姉上は量が多いけど、味がないのです」 「‥‥上は、どこも苦労するのですね。心中、お察しいたします」 わがままな双子。質問をした九寿重は、犬耳を倒した。リリアーナは伊達眼鏡を押し上げる。 五人姉妹弟と四人姉妹の長姉たちの視線は、海の彼方へ。猫族一家の食事風景が、垣間見えた。 「魚が焼けたぞ」 「行きましょう!」 フェムトの声に、フラウは真っ先に反応。焼き魚に軽く塩をかけて食べるのが、大好き。 「焼け具合が上手ですね」 「ふっ、たき火でのあぶり焼きなら、得意だ♪」 感心する九寿重に、フェムトは片目を閉じて応える。 「嬉しくて、ついつい身体が動いちゃうんだよ♪」 フレスは、ステップを踏み出す。右手にかき氷、左手は焼き魚。喜びのダンスで、たき火の周りを踊る。 「バダッツさんと藤さん、七夕の折は妹が怖い思いをさせてすみません」 「妹?」 「亜紀です」 「ああ、俺は大丈夫、気にしないでくれよ♪」 早紀はたき火を囲む面々に近寄り、こわごわ頭を下げた。子供の行動を、フェムトは笑い飛ばす。 「似ていると思ったら、亜紀さんの姉上なんですね」 喜多も近寄り、なにげなく早紀の肩に手を置いた。 「触らないでください!」 怒気をはらんだ声、反射で早紀の右ストレートが飛ぶ。喜多はとっさに、早紀の右腕を払う。 「いやー!」 男性嫌悪症の早紀は目を閉じ、砂浜を踏み切った。全身を回転させつつ、華麗に空中を舞う。 巫女のコークスクリューは、志体がない泰拳士の胸を捉え、遠くに吹き飛ばした。 「漸さんと亜祈さんにも、あげてください。皆で食べると美味しいですよ」 魚を差し出し、穏やかに狐耳は笑う。橘から貰った焼き魚を片手に、双子と藤は嬉しそうに駆けだした。 迫る、蹴り飛ばされた喜多の背中。砂浜に、猫族一家の悲鳴がとどろいた。 「貴様は、なにをしておる!」 騒ぎに漸と亜祈が気付いた。漸は喜多を投げ飛ばし、下敷きになった者たちの救出に奮闘。見た目は怖いが、性格は優しい。 「お互い、一番上の兄、姉をやるのは大変ですよね」 リリアーナは、砂まみれの喜多を覗き込んだ。無言で喜多の猫しっぽが振られる。 「でもわたくし、妹達から教えられる事も多いですし、何より、妹達が好きなんです」 両親と死別後、幼い妹たちを養ってきた。リリアーナの言葉は重い。 「長姉として生まれて、本当に良かったと思っていますよ」 笑顔を見せるリリアーナの後ろで、泣き声や喜多を責める声が聞こえる。長兄は、砂浜に力尽きた。 |