すいえい冒険記
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/03 23:18



■オープニング本文

●海辺のけんか
 夏を迎えた泰の浜辺。水着と言う、泰で独特に発達した服を着込んだ若者が、ぽつぽつ姿を表していた。
 筋肉質でもないが、それなりに引き締まった身体。茶虎模様の猫しっぽと白い虎しっぽを揺らし、海に繰り出す猫族が三人。
「勇喜(ゆうき)伽羅(きゃら)!」
「がるる‥‥嫌なのです!」
「うにゃ‥‥嫌なのです!」
「二人とも、海でアヤカシ退治の練習するって、兄上と約束したよね?」
「嫌なものは‥‥」
「嫌なのです!」
 砂地で踏ん張る、虎少年と猫娘。兄の新人ギルド員は、容赦なく双子を海へ引きずっていく。
「もうすぐ、秋刀魚の漁の時期も近いのに。アヤカシのせいで、皆さんが、お月さまにお供えできなかったら、どうするわけ?」
「でも、お顔がぬれるのは‥‥」
「嫌なのです!」
 新人ギルド員の足に、波が押し寄せる。海は目前。虎少年と猫娘のしっぽが、一気に膨れた。
「にゃー!」
「こら、伽羅、どこ行くの!」
 猫娘は、回避に優れる泰拳士。兄の手を振り切り、砂浜に逃げ出す
「がう!」
「勇喜も、逃げようたって許さないよ!」
 白い虎しっぽを膨らしたまま、横に首を振る虎少年。新人ギルド員は、素早く足払いをかけた。
「がるる‥‥」
「僕だって、泰拳士の修行はしているんだからね。仙人骨が無いから、開拓者になれないだけで」
 吟遊詩人の虎少年は避けきれず、砂浜に突っ伏す。不機嫌そうに、新人ギルド員の猫しっぽが揺れた。兄強し。
「‥‥勇喜、本当に泳がないの?」
 砂に顔を埋めたまま、動かない虎少年。しゃがみこみ、新人ギルド員は尋ねる。弟は虎しっぽも動かさず、完全無視の構え。
「伽羅も」
 下を向き、離れた所にいる猫娘。猫しっぽは、逆立ったまま。兄の問いかけに答えない。
「‥‥はぁ、二人の意志は分かったよ。もう帰ろうか」
「がう♪」
「にゃ♪」
 ため息をつき、新人ギルド員は立ち上がる。兄の呼び掛けに、嬉しそうに顔を上げる弟妹。
 新人ギルド員の目が細められる。怒られる前触れ、虎少年と猫娘は身構えた。
「泳げ無くてもいいよ。その変わり、開拓者は止めさせるから」
 思わぬ台詞に、双子は動きを止める。
「もし、今ここで、海の中にアヤカシが現れたらどうするの?」
「‥‥他の皆様に」
「お願いするのです」
「自分の努力を怠って、困っている人を助けないんだ。見過ごせるんだ。
‥‥僕はギルド員として、そんな開拓者を認めるわけにはいかないよ!」
 新人ギルド員は静かに、しかし強く言い放った。双子を見ずに、帰路をとる。
「‥‥兄上? 待ってです、ごめんなさいです!」
「兄上、兄上! 伽羅が悪かったのです!」
 必死で呼び掛ける、幼い弟妹。声を振り切るように、兄は歩を進めた。


●姉の心配
 神楽の都の、ギルドの入り口。白虎しっぽと三毛猫しっぽが揺れ動く。目標を見付けると、猫又は虎娘の腕から飛び出し、受付台に飛び乗った。
「‥‥ん? 喜多(きた)の妹さんに、猫又の嬢ちゃんじゃないか」
 ベテランギルド員は、お客に驚く。鎮座する猫又と、後ろにたたずむ虎娘に、話しかけた。
「お願い、弟と、妹を助けて! 伽羅、泰においてきぼりにされたの!」
 天儀で留守番をしていた、虎娘は告げた。珍しく、怒りの白い虎耳。
「泰住まいの勇喜はんも、開拓者、廃業やねん」
 同じく留守番の猫又も、悲しそうに続ける。
「‥‥けんかでも、したのか?」
「話しが早くて、助かるわ。兄上に、説教してよ!」
「うちらの言葉なんて、聞く耳を持ってくれへん」
「‥‥原因は?」
「二人は泳げないの。そしたら兄上、『努力しない者は、開拓者失格』って言ったのよ!」
「まぁ、一理あると思うが‥‥」
「兄上の理論は『一日で到達! 水の中で、一人でアヤカシ退治! 泳ぐ練習は、後から!』なのよ」
「一日で到達、しかも一人でアヤカシ退治だと? 泳ぐのは後って、喜多は何を考えているんだ。‥‥仕方ない、説教は任せろ」
 ベテランギルド員は、頭を抱えた。新人ギルド員の性格は『思いこんだら、一直線』、短所にも、長所にもなる。


「二人の泳ぎの特訓依頼も、出してくれないかしら? もうすぐ故郷で、秋刀魚の漁があるのよ」
「八月は、秋刀魚を月に供える季節やねん」
「もしアヤカシが出て、漁ができなかったら、猫族全体が困るの。アヤカシ退治できるように、泳げる開拓者は、一人でも多く欲しいわ」
 虎娘と猫又は、ベテランギルド員を見上げる。
「‥‥猫族の習慣は分かったが、なんで、そんなに壮大な話になるんだ」
 無垢な瞳の訴えに、天を仰ぐベテランギルド員。断れそうもない。
「どれくらい、泳げないんだ?」
「水に顔を付けたら、しばらく動きが止まるわ。お風呂も、顔や頭を洗うのも、平気なのよ?」
「喜多はんや、亜祈はんに手を引かれて、水から顔を出しとったら、足は動かせるんやけどな」
「たぶん、息つぎが、下手なんだ。依頼も出しておくが、成果は、本人たち次第だからな」
「良かったわ、お願いするわね♪」
「ほんまに頼むな。弥次はんが呼んどったちゅうて、喜多はん連れてくるわ」
「行きましょう、藤。兄上に、反省してもらうんだから!」
 言いたいだけ言うと、三毛猫しっぽを揺らし、猫又は飛び降りる。虎娘は猫又を抱えあげると、怒りの足取りでギルドの外へ。
「‥‥やれやれ。喜多の給料から、依頼料は差っ引くしかないな」
 マイペースな虎娘も、ふてぶてしい猫又も、心配している。弟妹や、猫族の近い将来のことを。
 文句も言えず、ベテランギルド員は軽くため息をついた。



■参加者一覧
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
フラウ・ノート(ib0009
18歳・女・魔
橘(ib3121
20歳・男・陰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
フェムト・パダッツ(ib5633
21歳・男・砲
リリアーナ・ピサレット(ib5752
19歳・女・泰
フレス(ib6696
11歳・女・ジ
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●波で、がばがば
「海に行くのは久しぶりだな。これも訓練だな」
 仁王立ちで海を睨む魔神。水着の紫色は譲れない。瀧鷲 漸(ia8176)の手は、水の抵抗を受けやすい胸を、支えるように腕組みされている。
 打ち寄せる波を、しっぽが膨らんだまま眺める、双子の猫族。
「‥‥まあ、猫ですしね」
 橘(ib3121)の口元が、かすかに笑う。シャツと水着、サンダルに、髪は上で結わえたまま、ゆるく三つ編みにして海仕様。
「猫族の風習は遠いながらも、同じ種族として聞いた事がありますね」
 ピンと犬耳を立てつつ、杉野 九寿重(ib3226)は思い出す。
「初めましてね。あたしフラウよ。よろしく〜♪」
 笑顔で手を挙げる、水着の紐ショーツを着たフラウ・ノート(ib0009)。レースのついた、清純な白色が眩しい。
「勇喜さん、伽羅さん初めまして。頑張って泳げる様になりましょう」
 表情抑え目のリリアーナ・ピサレット(ib5752)。礼儀正しい口調をマネをして、双子も頭を下げてご挨拶。
「どうして、泳ぐのが苦手なのですか?」
「がう。ぶくぶくなのです」
「にゃ。がばがばなのです」
「‥‥はい?」
 陰殻西瓜を持ったまま、神座早紀(ib6735)は固まる。泰の子猫語は解りづらい。
 勇喜は、息を吸っている間に沈む。伽羅は息を吸う時に、水を飲んでしまう。と言っていた。
「通訳、お願いしたいんだよ」
「えーっ、無理、無理!」
「あれ、伽羅さんと同じ猫‥‥」
「猫って言うな! 黒猫違う!」
 フレス(ib6696)に会話をふられ、慌てて断るフェムト・パダッツ(ib5633)。弾みのひと言に、黒豹しっぽが逆立った。


「私の妹弟も、何れ習わせなければなりませんし。その為の手解きを覚えたいですね」
 海を眺めつつ、最もたる、言い分。でも九寿重の実際は、暑気払いを目的とした、水辺遊び。
「まず桶で、息を止める練習をしましょう」
 橘は、近くの店先で借りた二つの桶を振った。双子のしっぽが一気に逆立つ。
「自由に泳げるようになったら、お魚取り放題の食べ放題ですよ!」
 早紀の声かけに、伽羅の視線が輝く。少し、やる気が出てきた。
「好きなお魚は?」
「さんまです!」
 フラウの質問に、口をそろえる双子。入手は難しい、初漁は来月の予定。
「がう。あとはイカに‥‥」
「にゃ。あとはカツオに‥‥」
 指折り数える猫族たち。フラウは、無口になっていく。膨大な数に、日が暮れそうな気配。
「私が訓練に付き合うんだ、ありがたく思え」
「がるる‥‥やっぱり嫌なのです」
 しびれをきらした漸は問答無用で、しりごみする勇喜を引っ張った。
「伽羅さん、わたくし達、泰拳士は身軽で素手でも戦えるクラスです。水中行動が必要な場合、率先して‥‥」
「‥‥にゃあ」
「伽羅さん!」
 リリアーナは行く前に、伽羅に泰拳士の心構えを伝授。講義は退屈だ。あくびする猫耳に、厳しい声がとんだ。
「‥‥泳ぎの特訓かぁ」
 フェムトは右足を海に踏み出す、波がかかった。急いで持ち上げ、後ろに逃げる。次は左足を一歩前へ。
「まずは息継ぎのしやすい平泳ぎから、初めたらいいと思うんだよ」
 極めて明るく活発な、お元気娘。フレスは心躍る。初めて見た海には、終わりがないようだった。
 二人とも、海は初体験。噂に聞いていても、現実は想像を凌駕する。


「後で、これを追い掛けて遊びますか?」
 橘の手には、小魚の形をした人魂がある。双子の元気な返事。
「‥‥人魂は呼吸できましたっけ?」
「がう。人魂は、『えらこきゅー』しないのです!」
「小さいのに、よく知っていますね」
 橘の小さな疑問。勇喜は一生懸命、伝える。
「そう言えば、姉は陰陽師でしたね」
「にゃ。教えたら、イケナイのです!」
 九寿重の種明かしに、お揃いのお団子頭にして貰っていた伽羅は抗議する。やりとりに狐しっぽは、目尻を緩めた。
「勇喜さん。息を吸ったり、はいたり、止めたりする力を鍛える事に繋がります」
 リリアーナの思う所は、もっと難しい曲も歌えるようになる。勇喜は、少し考え込こんだ。
「俺は泳げるけど、海は初めてだな。波とかあるし‥‥ちょっと泳ぎの練習しようかな?」
 波が押し寄せ、波しぶきが頬にかかる。舌なめずりすると、フェムトの黒豹しっぽが逆立った。いつも泳ぐ川と違って、塩辛い。
「私も海で泳いだ事ないけど‥‥水、やっぱりしょっぱいんだなあぁ」
 フレスは臆せず進み、波を蹴飛ばし、天に跳ね飛ばす。次は手にすくって、一口飲んだ。表情が歪み、舌を出して涙目に。
「心の中で『五』数えたら息継ぎよ。顔は前に上げるんじゃなくて、横を向く感じでね?」
 桶の前に息継ぎの仕方の確認。フラウの教えの元、水のない所で双子は予行練習。
「一度泳ぐ楽しさを覚えたら、きっとどんどん上達すると思います。ファイトですよ!」
 泳ぐのが好きな早紀は、応援にも力が入る。何とか泳ぐ楽しさを、双子に覚えて欲しい。
「ふぅ‥‥どうやって水の抵抗を減らし、槍を扱うか。難問だ」
 頭の中は、教えの最終段階を予想中。漸の得物はハルバード種で、非常に重量級。伽羅なら会得できる、たぶん。


●海で、ぶくぶく
 沈む小箱を、目を開けたまま、拾って来る遊び。ご褒美は、中の板に書かれたおやつ。
「大丈夫ですか?」
「うにゃ‥‥」
「少し潜る時間は増えたが、半人前だ」
「水練は、慣れて泳げる様になってくると楽しくなってきますから」
 息の続く限り頑張った伽羅、とうとう水面へ。市松模様のセパレート水着の九寿重に捕まりながら、悠々と戻る漸とリリアーナを見る。
「もう一度、行くんだよ! 努力するのなにより大事だって、父様や母様言っていたんだよ」
 砂浜から、フレスの声援が飛ぶ。成功すれば、おやつの時間の約束を取り付けた。
「まだやるのか? それよりも、武器を使った本格的な戦い方を‥‥」
「頑張るんだよ!」
 見兼ねた漸が声をかけるも、フレスの声に無視される。
「わたくし、同じ泰拳士として容赦はしません!」
「にゃ、望むところです!」
「‥‥行ってしまいましたね」
 泰拳士の意地をかけた、水中戦は再開。九寿重は困った顔で、海を覗きこんだ。


「伽羅しゃん、勇喜の分も、頑張ってです」
「ちゃんと練習をしましょう?」
「顔を浸けられる様になったら、息継ぎの練習だな」
 砂浜から応援する勇喜は、橘に背中を押された。フェムトのすすめに、白い虎しっぽは膨れる。
「華麗に泳げる男の子って、素敵だと思いますよ!」
「がんばって、泳げるようになれるといいんだよ」
 手を握り励ます早紀。まとう羽衣「天女」が、はためいた。
「がるる‥‥? お魚の匂いです!」
「正解よ。泳げるようになったら、あげるわね」
「頑張らないと、ごはんも、おやつも無いんだよ」
 フラウはフローズをかけ直すため、少しだけ蓋を開けて、中身をみせた。フラウは、悲しげに告げる。
「ま、とにかく楽しく練習が出来れば良いよな。頑張れよ!」
 ご褒美は、あとから。フェムトは、しょんぼりする勇喜を海に追いやる。
「海に慣れる意味も込めて、ダルマ浮きをしますか?」
「あら、良いわね。ちょっと自信があるわよ」
「みんなで行くんだよ♪」
 顎に人差指をやりながら、早紀は提案。頷きながら笑うフラウと、紅色のビキニ姿のフレス。
 突き付けられた台詞に、橘の時間が止まった。乙女たちの水着姿より、しっぽが大事。
「‥‥覚悟を、決めますか」
 小さな開拓者の為、塩に塗れるのは致し方なし。出来るだけ高くあげられた狐しっぽは、ささやかな抵抗をみせた。


「もう一度勝負ですよ、わたくし負けませんから」
「にゃ、伽羅もです!」
 小箱の前で待ち受けるリリアーナの掛け声で、一斉に潜る。泰拳士同士の攻防は白熱。
 リリアーナは二本指を立てた、自分の鼻の穴に突っ込む。白目を向いた。
 両手を使った、伽羅。自分の口の端を親指に引っかけ、人差し指で目尻を引っ張る。
 二人は世に言う、変な顔を披露。潜って見守っていた漸と九寿重の口から、大きな泡が吐き出された。
「あれは、反則だ! 私は勝てないぞ」
「今こそ、根性ですね‥‥自信ありませんが」
 慌てて水面に戻り、漸と九寿重は深呼吸。本気でついて行くのが難しい、泰拳士の世界。


「くっ‥‥くっくっ‥‥!」
 狐しっぽは、砂浜で笑いをこらえる。橘が人魂ごしに見たのは、世にも奇妙な光景。
 同時に巨大な水泡が、水面にいくつも上がる。
「‥‥げほっ、げほっ!」
「がるる‥‥」
 咳込む黒豹耳に捕まり、白虎耳が帰ってきた。早々に離脱する、フェムトと勇喜。
「勇喜、もうだめなのです♪」
「あれは俺でも、厳しい!」
 勇喜は、楽しげに砂浜に転がった。ぬれて細くなった黒豹しっぽの水を飛ばしながら、フェムトも大の字になり、大笑いを始める。
「フェムトさん、どうしたの?」
「勇喜さん、何があったのですか?」
 刺身用のお魚をさばく手が止まった。フラウは怪訝そうに尋ねる。
 たき火を起こし、調理器具セットを広げていた早紀も二人を見やった。
「いや、気にしないでください。あれに打ち勝つには、忍耐強さが必要ですから」
 目尻の涙を拭いつつ、橘は苦笑を浮かべる。
「あたしたちには秘密なの?」
「教えてくれてもいいですのにね」
 フラウと早紀は、顔を見合わせた。揃って首を捻る。


●砂浜で、どんちゃん
 開拓者と双子の成果を披露する日。
「喜多兄様、亜祈姉様の登場だよ!」
「この子もね」
 フレスの合図で、サプライズゲスト登場。猫好きなフラウの肩では、藤の三毛猫しっぽが揺れる。
 家族を前に、緊張する双子。声援を受けつつ、海に入る。
 漸の槍と、海の中で打ち合い演武を披露する伽羅。橘のヒトデと、歌いながら踊ってみせる勇喜。成果としては、申し分ない。
「筋が良いのですから、時間が無いからと慌てさせる事は無いのですよ」
 浴衣姿の九寿重、犬耳は誇らしげだった。双子を褒めて、兄姉に報告する。
「二人とも泣かずに‥‥兄上!」
「うん、開拓者解禁だね」
「二人の天儀行きもやで?」
 亜祈は、白虎しっぽを立てる。藤の催促に、喜多は頷いた。
「やりましたね!」
「がう♪」
「にゃ♪」
 砂浜に上がってきた双子は、早紀と手を取り合い喜ぶ。どさくさに紛れて、勇喜の天儀、初訪問も決定。
「『泳げるようになった記念パーティー』開くんだよ♪」
 フレスの提案に、盛大な拍手が渦巻いた。


「海産物だ、喜べ大漁だぞ!」
「ここで料理しますか?」
「俺も手伝うよ、魚焼くくらいしかできないけどね!」
 漸の獲ってきた魚や貝を、たき火の番をしていたリリアーナは見上げる。
 妙に威張るフェムト、不動明王のお守りも任せろと言っている。川魚を焼くのと、同じで要領で良いだろう。きっと。
「この料理、美味しそうですね。教えてもらえますか?」
「良いわよ。二つとも淡白な白身魚のすり身を使うのよ」
 フラウの料理は、他人に食べさせても恥ずかしくない位の腕を持つ。双子に大好評だった料理を、喜多は教えて貰う。
 一つは、こんがり焼けた狐色クッキー。もう一つは、すり身をケーキのスポンジ状にして、パイ生地に包み焼き。
 泰特産のめろぉんや、スイカで飾り付けをして完成だ。
「氷、包丁でかけるでしょうか?」
「手伝うわ」
 山姥包丁を片手に、自分の作った氷の塊の前で悩む早紀。海に向かって、亜祈の斬撃符が舞った。
「私にもできそうだな」
 見物していた漸の身体から、薄っすらとオーラが立ち上り、斧槍「ヴィルヘルム」が輝く。振り下ろされた太刀筋が見えない。
「おもっしろーいんだよ♪」
 次々と、かき氷が出来上がる。氷が珍しい、アル=カマル出身のフレス。羽織っていた水姫の外套を揺らしながら、手を叩いて大喜び。
「‥‥すごい光景ですね」
 橘は狐しっぽを下げて眺める。清楚からほど遠い娘たちに、雫の髪飾りもうな垂れた。
「喜多も、亜祈も、料理を作るのですか?」
「がう。兄上は美味しいけど、時間がかかるのです」
「にゃ。姉上は量が多いけど、味がないのです」
「‥‥上は、どこも苦労するのですね。心中、お察しいたします」
 わがままな双子。質問をした九寿重は、犬耳を倒した。リリアーナは伊達眼鏡を押し上げる。
 五人姉妹弟と四人姉妹の長姉たちの視線は、海の彼方へ。猫族一家の食事風景が、垣間見えた。


「魚が焼けたぞ」
「行きましょう!」
 フェムトの声に、フラウは真っ先に反応。焼き魚に軽く塩をかけて食べるのが、大好き。
「焼け具合が上手ですね」
「ふっ、たき火でのあぶり焼きなら、得意だ♪」
 感心する九寿重に、フェムトは片目を閉じて応える。
「嬉しくて、ついつい身体が動いちゃうんだよ♪」
 フレスは、ステップを踏み出す。右手にかき氷、左手は焼き魚。喜びのダンスで、たき火の周りを踊る。
「バダッツさんと藤さん、七夕の折は妹が怖い思いをさせてすみません」
「妹?」
「亜紀です」
「ああ、俺は大丈夫、気にしないでくれよ♪」
 早紀はたき火を囲む面々に近寄り、こわごわ頭を下げた。子供の行動を、フェムトは笑い飛ばす。
「似ていると思ったら、亜紀さんの姉上なんですね」
 喜多も近寄り、なにげなく早紀の肩に手を置いた。
「触らないでください!」
 怒気をはらんだ声、反射で早紀の右ストレートが飛ぶ。喜多はとっさに、早紀の右腕を払う。
「いやー!」
 男性嫌悪症の早紀は目を閉じ、砂浜を踏み切った。全身を回転させつつ、華麗に空中を舞う。
 巫女のコークスクリューは、志体がない泰拳士の胸を捉え、遠くに吹き飛ばした。
「漸さんと亜祈さんにも、あげてください。皆で食べると美味しいですよ」
 魚を差し出し、穏やかに狐耳は笑う。橘から貰った焼き魚を片手に、双子と藤は嬉しそうに駆けだした。
 迫る、蹴り飛ばされた喜多の背中。砂浜に、猫族一家の悲鳴がとどろいた。
「貴様は、なにをしておる!」
 騒ぎに漸と亜祈が気付いた。漸は喜多を投げ飛ばし、下敷きになった者たちの救出に奮闘。見た目は怖いが、性格は優しい。
「お互い、一番上の兄、姉をやるのは大変ですよね」
 リリアーナは、砂まみれの喜多を覗き込んだ。無言で喜多の猫しっぽが振られる。
「でもわたくし、妹達から教えられる事も多いですし、何より、妹達が好きなんです」
 両親と死別後、幼い妹たちを養ってきた。リリアーナの言葉は重い。
「長姉として生まれて、本当に良かったと思っていますよ」
 笑顔を見せるリリアーナの後ろで、泣き声や喜多を責める声が聞こえる。長兄は、砂浜に力尽きた。