【浪志】剣と虎と大捕物
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/22 20:50



■オープニング本文

●畜生働き
 暗闇に、白刃がきらめいた。
 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。
「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」
 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。
「‥‥ふん。連れて行け」
 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。
「引き上げだ」
 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。


●道場主
「ひでぇことしやがる‥‥」
 屋敷に広がる惨状を前に、青年は思わず呟いた。
 歩き回るに従って、血に濡れた足跡が増えていく。遺体は、既に近隣住民が庭先に茣蓙を敷いて並べ始めていた‥‥が、青年――真田悠は、ふと違和感を覚えて遺体を眺めた。
「なぁ、娘さんの遺体はどうした?」
「え? ‥‥あっ」
 悠に指摘されて改めて遺体を見回した男の顔が、みるみる青くなる。
 だが、対する彼は慌てる様子も無く、じっと考え込んで屋敷を後にする。刀の鍔に手を掛け、その手触りを確かめるようにして、ずかずかと歩み去る。
「売り物にする気なら、まだ無事な筈だ‥‥!」


●怒れる娘たち
「弥次さん、まだ分かりませんか?」
「‥‥今、確かめて貰っている。もう少し、待ってくれ」
「もう少しって!」
 サムライ娘は、ベテランギルド員に食いかかる。視線を伏せる相手に、唇を噛んだ。
「先輩!」
「喜多(きた)、どうだった?」
「あの宿に、間違いありません!」
「良くやった!」
 新人ギルド員は勢いよく、ギルドに飛び込む。ベテランギルド員が、待ち焦がれていた報告だった。
「娘さん、行方不明者の、居場所が分かったぞ。町外れの宿屋だ!」
「本当ですか!?」
 ベテランギルド員は、向き直る。サムライ娘は、声を張り上げた。
 神楽の都では、強盗に押し入れられる事件が頻発。サムライ娘の友人の家も、何軒か被害にあっている。
 家族が死体となって発見されるなか、決まって年頃の娘だけ居ない。強盗に連れ去られたのだろうと、憶測が流れた。


「亜祈(あき)、見てきたことを伝えてあげられるね?」
「ええ。昨夜は眠れなくて、ネズミにした人魂で、遊んでいたの」
 新人ギルド員は後ろを振り返る。眉を潜め、険しい表情で、小柄な娘は話し始めた。
「道を散歩していたら、いかつい十人くらいの男の人が来たわ。‥‥女の子や、木箱を担いでね」
「偶然とは言え、犯人が分かったわけだ。続けてくれるか」
 ベテランギルド員の促しに、小柄な娘は頷く。
「変だなと思って、人魂を使いながら後を追ったの。ある宿屋の裏口に、入って行ったわ。
庭の奥の倉に、二人の女の子が閉じ込められていたのよ! 木箱も一緒にね」
「今は倉に、被害者の三人の娘さんが居るわけか。奪った財産も、置いているんだな」
「男の人は、宿屋に戻っていったの。さっき確かめたら、全員、宿屋の従業員だったわ」
「強盗団が、宿屋に成り済ましたんですよ。言語道断です!」
「きっと、強盗団『蝮党(まむしとう)』の一味だな。ギルドでも、行方を探していた」
 新人ギルド員は、拳を振り上げた。腕組みをする、ベテランギルド員。
「早急に、助ける必要があるな」
「私が行きます!」
「娘さん、良いか。生かして、捕まえるんだ! 仲間の居場所を、吐かせる必要があるからな」
 サムライ娘は、迷わず叫ぶ。ベテランギルド員は、釘をさした。
 神楽の都中で、似たような事件が、起こっている。ギルドも重い腰をあげて、捜索していた真っ最中。
 強盗団を一気に根絶やしにするには、情報が不可欠だった。千載一遇の機会を、逃す訳にはいかない。
「私も一緒に行くわ、見取り図を書けるもの。それに女の子を捕らえるなんて、許せないんだから!」
「亜祈が行けば、間違いないですよ。治癒も使えるから、ちょっとくらいやり過ぎても、大丈夫です!」
 小柄な人物も、申し出た。新人ギルド員は手を打ち、多いに賛同。「やり過ぎ」の意味は、色々とれそうだ。
「あの‥‥喜多さん、その人は?」
「あ、すみません、花梨(かりん)さん。陰陽師をしている、僕の妹です」
「はじめまして、亜祈です。兄が、いつもお世話になっています」
 新人ギルド員の後ろで、白い虎しっぽを揺らす相手。遠慮がちに、サムライ娘は尋ねる。
 思い出したように説明する、新人ギルド員。白い虎耳が、深々と頭を下げた。

 急を要する事柄。ギルドに居合わせた開拓者も、助力を申し出てくれた。
 サムライ娘と虎娘をお供に、悪党捕物の幕開けである。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
バロン(ia6062
45歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
神座真紀(ib6579
19歳・女・サ
凹次郎(ib6668
15歳・男・サ


■リプレイ本文

●開幕
 ギルドの開拓者たちは、怒れる娘たちを心配する。人の命がかかっているのならば、尚更。
 琥龍 蒼羅(ib0214)とバロン(ia6062)は、一点を見つめる。二人の視線の先には、花梨がいた。以前、修業を手伝った、駆け出しのサムライ。
「今回は、同じ任務に付く仲間だ。どれだけ成長したか、見せて貰うとするかの」
「迂闊な行動は、自分だけでなく、仲間を危険に晒す事に繋がる。花梨は、覚えているだろうか?」
 珍しいことだった。蒼羅は、懸念を口にする。感情を表に出さず、どんな状況でも落ち着き払っているのに。
 バロンの心眼の巻物は、鋭い洞察を促す。仕事中の厳しい表情で、花梨を観察。
「‥‥多少、血気に逸っておるようじゃな」
「気持ちは分からなくは無いが、な」
 呟く蒼羅の今回の相棒は、手裏剣「鶴」。捕縛が目的である以上、刀は使わない方が良いだろうと判断した。
「仲間と力を合わせる事さえ忘れなければ、大丈夫じゃ」
「俺は裏口側に行く。花梨、亜祈の二人も、こちら側だ。無茶をしないように、注意しておこう」
 話は終わった。蒼羅は、きびすを返す。
「‥‥ふむ。皆、己の判断と責任で、行動するのが良かろうぞ」
 若者達の成長を見守り、導く事に生き甲斐を見出してきた、バロン。独り、顎ひげをなでた。


 花梨と亜祈の二人の前に、佇む人影。海神 雪音(ib1498)は、ゆっくりと口を開く。
「行く前に、私たちの目的を、きちんと覚えておいて」
 淡々とした口調は、冷たいというより「冷静」。
「私も奴らの非道を許すつもりはない‥‥でも、冷静にならなければ、助けられるものも助けられなくなる」
 サムライの父と陰陽師の母を持つ弓術師は、両親と同じ職業の花梨と亜祈の性質を射ぬく。
「良いか。凶賊共は、裁きの場に送り込めば、悉く死罪となろう。我等が手を下す必要はない!」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、存在感と自信に溢れる。ジルベリアの貴族の跡取りは、偉大な女領主の背を見て育った。
「一つ、人質を無事に助け出す事。二つ、賊を生かして捕え、蝮党を壊滅に追い込む糸口を掴む事」
 民草を安んずるのは、貴族の義務。龍の子は、力無き者を助けようと邁進する。
「人質の救出が、最優先でござるよ」
 ひと言添える、凹次郎(ib6668)の姿も。腰の荒縄は、強盗捕縛に一役買ってくれそうだ。
「我等の役目、ゆめゆめ忘れてはならぬ!」
 黄金の獅子の盾は、騎士としてのリンスガルトの勇猛な精神を代弁している。
「拙者も花梨殿も、剣の出番がないように、気をつけるべきでござる」
 凹次郎の少剣「狼」は、神威の郷からの輸出品。天儀風にこしらえ直すべきか、否か。捕物が終わってから、考えよう。
「心に、とどめておいて」
 雪音の背負う弓「天」から放たれた矢は、黄金の光のように見えるという。花梨と亜祈にも、光が見えただろうか。


「花梨も、焦らない様にですね」
 身じろぎできない花梨の肩に、手を置く者。黒い刀身の名刀「ソメイヨシノ」を帯びた、杉野 九寿重(ib3226)だった。花梨は、神妙に頷く。
「あの‥‥妹を助けて頂いて、ありがとうございます」
 ピンと犬耳を立てる九寿重に呼びかけ、亜祈は頭を下げる。末っ子の、命の恩人の一人。
「当然の事です。それにしても喜多は、何人兄弟が居るんですか? ひょっとして男は、喜多だけとか?」
「私たちは四人よ、泰に住んでいる弟がいるわ。伽羅の双子の兄ね」
「なるほど、跡取りですね」
「違うわ」
 亜祈は、即座に否定。白虎耳が伏せられ、視線は遠くを見ている。
「もしかして‥‥実家で修行中ですか?」
「‥‥ええ。あの子、泣き虫なのよ」
 五人姉妹弟の筆頭は、無言で犬耳を倒した。姉の心配する気持ちは、どこの儀でも同じらしい。
「あき!‥‥さん」
 同じく三人姉妹の筆頭は、白虎耳に声をかける。呼びかけに、微妙な間があった。
「相手を許せん気持ちは、あたしも同じやけど。暴走せんよう、抑えてな」
 神座真紀(ib6579)は、釘をさした。亜祈は、視線を反らせる。自信がない。
「あたしらが怪我とかするだけならともかく、人質の命がかかっとるからな!」
「‥‥気をつけるわ」
 真紀は思う、もしこの場に猫好きな下の妹が居たらと。うな垂れる白虎しっぽに、もふりたがっただろう。
「‥‥せやけど亜祈さんて、上の妹と読みが同じやな。呼ぶと、何か変な感じやで」
 結いあげた長い黒髪が、考え込むように揺れる。刀「蛍」をいじりながら、真紀はぼやいた。


 一足先に、盗人宿に向かう、鴇ノ宮 風葉(ia0799)。
「何ともまぁ、ふっつーの宿ねぇ。‥‥これでサービスが良ければ、もう少しゆっくりしていくんだけどなぁ」
 古びた玄関から宿の中に入ると、ほほに傷のある番頭が出迎える。
「あによ?」
「武器を預かりします」
 いらしゃいませの一言も無い。仏頂面で、手を突き付けられた。
 駄々をこねる訳にはいかない、今の目的は潜入。陰陽の指輪をはめた手は、黙って武器を差し出した。
「‥‥サービス最っ悪!」
 野菜だけの食事を出されても「絶対、食べない」と心に誓う。いくら菜食主義でも、譲れないものはある。


●悪党捕物
 できの悪い宿屋には、即刻、閉店を願おう。
 風葉は庭を散歩する。小さなハエは、宿屋と仕切り塀の向こう側を探った。
 武器は一つではない。靴のなかにも、ふところにもある。
 世間はおやつの時間、客は自分一人。宿屋の従業員は、全員、西の建物に集まっている。神楽の都の地図を広げていた。
「‥‥ふん、今夜の襲撃場所ね」
 面白くなさそうに呟き、風葉は自室に戻る。ハエは、ツバメに姿を変えた。手紙を、足元に結わえつける。ツバメは裏口のスズメを誘い、表口で待つ仲間のところへ。
「さて‥‥こちらに敵を引き付けないといけないでござるな」
「行動開始は、五分後じゃ。客が来る前に、片づけるぞ」
 手紙を覗きこむ、凹次郎。静かなる闘志を燃やす、バロンの一声。
「ぎょーさんの人から、明日を奪った連中や。斬る訳にはいかんけど、ぎりぎりで遠慮のうやらせてもらおか」
「一人残らず捕縛し、必ず然るべき報いを与えてくれようぞ!」
 不屈の魂を持つ真紀の台詞に、生来の激しい気性を見せる、リンスガルト。足元のツバメと、スズメが表口の会話を、全て聞いていた。


「五分後に、行動開始だそうよ」
 スズメの人魂経由で、裏口の亜祈は情報を伝える。
「先ずは、倉の鍵を見つけるか? 事が済んだ後で、娘たちを救出と言う手もあるが」
「余裕があるならば、私が取って返して、倉まで行きますね」
「なるほど、それが良いかもしれませんね」
 まず倉に向かう蒼羅が尋ねると、侵入経路を断つ役の九寿重は提案した。感心する、花梨。
「カギは、南の玄関に近い部屋にあるわよ?」
「娘さん達には、中で待っていてもらう。私は倉を守りながら、裏口へ逃げてきた賊を迎撃ね」
 困ったように、亜祈は告げる。雪音の素早い決断。皆の、肯定の頷きが返った。


「蝮党! ここが、あんたらの根城やて解ってるんやで! 大人しく、お縄につきや!」
 玄関から踏み込み、真紀は怒鳴りつける。強盗は分かりやすい。目の前の番頭が、すぐに刀を抜いた。
「まあ、死なない程度に加減はしよう」
 言いながらも、ちっとも容赦ない。刀を持つ強盗の腕の両肩を、バロンの矢が次々に射抜く。
「バルバロッサ様、おおきに!」
 剣気は、番頭を怯ませる。威圧をまとい、真紀は一歩踏み込む。番頭は武器を捨てて、建物の奥に逃げだした。
「ほほにある傷は、こけおどしかのう。‥‥脅すならば、あやつじゃな」
 ぶっそうなことを、口にするバロン。フルネームは、アレックス=バロン=バルバロッサ。とっさでも間違わない真紀の活舌は、素晴らしいものがある。


 凹次郎の目の前で、強盗の斬撃符が、人質の首を落とそうとしている。人質らしく、大人しく振る舞う、風葉。演技の中で、本気は強盗、ただ一人。
「卑怯でござる!」
 歯ぎしりしながら、棒読みの咆哮が響いた。注意の逸れた強盗の身体が、大きく揺らぐ。襲ってくる、激しい眠り。
「早く助けなさいよ!」
 アムルリープを放った、風葉の命令。盛りあがった凹次郎の二の腕は、符ごと強盗の片手を握りつぶした。ついでにふすまに向かって、投げ飛ばす。
「加減が、難しいでござるが‥‥」
「ったく‥‥折角陰陽師の後輩がいるってのに、陰陽術の出番がほとんど無いなんてね。あんたのせいよ!」
 ふすまに抱きかかえられる、強盗を見下ろす凹次郎。気絶など関係ない。風葉の怒りの蹴りが、強盗にお見舞いされた。


「三人居る、あとは任せた」
 蒼羅は心眼で、倉の中の人数を確かめた。すぐに庭に走る。槍を持つ強盗が一人、迫っていた。
「‥‥蝮党、こんな非道な行い‥‥絶対に許さない」
 精霊力を込めた雪音の矢は、強盗の右足を狙い撃つ。続けて左足。強盗の歩みが止まった。
「命まで奪うつもりは無い、だが‥‥」
 抜刀術を利用した、瞬速の抜き撃ち。蒼羅にとっては、刀も、手裏剣も変わらない。
「あくまで抵抗するのであれば、相応の対応をさせて貰う」
 槍先は、一瞬で下へ払われる。蒼羅の脇を抜け、槍を持つ手を、矢が貫いた。
「蒼羅さんは皆の元へ。花梨さん、亜祈さんは私と」
 雪音の声を背に受けながら、蒼羅は宿屋へ向かう。


 裏口に逃げかけた強盗は、たじろぐ。前門の犬に、後門の龍。
「世間を揺るがす蝮党。正しき心を持つ開拓者なら、当然、放ってはおけませんね」
「金品を奪うだけでなく、無辜(むこ)の民の命を奪い、婦女子を攫うとはの」
 九寿重とリンスガルトの挟み打ち。武器を構え、二人は歩み寄る。
 逃げるならば、子供の方。強盗の判断は、甘かった。刀は、リンスガルトの盾に阻まれる。
「妾に敵うと思うたか!」
 強盗の足に突き立てられた剣は、ねじるように引き抜かれた。野太い悲鳴が、あがる。
 九寿重は、隙を逃さない。素早く脚を踏み出し、一撃。
「‥‥峰打ちです」
 呟きとともに、強盗の身体が崩れ落ちた。


●終幕
 荒縄に縛られ、庭に転がされる、蝮党の郎党一味。脅す相手は、眉の繋がった強盗。ではなく、開拓者だった。
「はいはい、御疲れ様。‥‥あんたらね、今度宿屋やる時は、もう少し元気に挨拶した方がいーと思うよ? やっぱ、笑顔が癒されるからさ。ね?」
 入口の番頭役の強盗に、風葉は黒死符をちらつかせる。自分の空気だけを大事にする自由人の、機嫌を損ねたのが運の尽き。
 顔を背ける強盗の目線の先を、矢が通った。バロンは、二本目の矢をつがえる。
「仕方ないのう。少し痛めつけるか。幸い治療する者も居る事だし、死ぬ前に治療はさせるゆえ、安心して良いぞ」
「仲間は、どこにいるのかしら?」
 白い虎しっぽが揺れ動き、亜祈は狩人のほほ笑みを浮かべた。先輩の陰陽師直伝の笑顔は、効果抜群。
「別にあんたが吐かなくても、問題は無いし」
 無言を貫く相手に、しびれを切らす。風葉は、強盗どもを見渡した。代わりは、八人いる。
「情報を得るだけなら、誰か一人が吐けばいい話じゃ。次は当てるぞ、どうする?」
 バロンの弓「幻」を引き絞る音が、無情に響く。最終通告に、ほほに傷のある強盗の喉仏が動いた。


 強盗の口割情報を元に、リンスガルトと雪音はカギを探しに走る。南の玄関近くの、西の一室。
「強盗が隠すなんて、お笑いね」
 雪音は茶色い髪を払い、眼鏡を押し上げた。感情として、めずらしく嫌悪が表れている。
「この中に、あるはずじゃ」
 カギがあるはずの部屋は、戦闘の結果、荒れ放題。カギが保管されていたタンスは、ひっくり返っていた。
「妾は、このような乱雑な輩は、大嫌いじゃ!」
 金のサークレットをつけた頭が、かぶりを振る。リンスガルトは、龍翼を動かした。タンスに突っ込まれている着物は、片袖が破れている。
「あった、倉のカギ!」
 一番下の引き出しの隅に、風呂敷包みを見つけた。雪音が開くと、何本かのカギがくるまれている。
 どれかが合うはずだ。二人は頷き合い、庭に走る。


 暗闇に、光が射した。倉の錠前が外される音に、見上げる娘たち。
「皆、生きとるで!」
 重い扉を開けながら、護身羽織を羽織った真紀が叫んだ。焦る半面、安堵が浮かぶ。見上げる元気が、まだ残っていると。
「もう大丈夫ですから!」
 友人の縄を必死で解き始める、花梨。縛られている娘から、涙がこぼれ落ちた。
「水は、飲めますか?」
 被害者の娘たちに、岩清水と干飯、梅干しを差し出す、九寿重。安心したのか、娘は水を口に運ぶ。
「皆、お疲れさんやったな。ように休んでや」
 のどをうるおす、岩の間から湧き出た水。身体に染みいる、梅の味をかみしめる。泣きじゃくる一人の娘の背を、真紀はさすった。
「ここから、出ましょう」
 九寿重は娘の手を引き、倉の外へ。娘は、おぼつかない足取り。それでも久しぶりの土の感触と、頬をなでる風は嬉しかった。


 二、三日後、ギルドに顔を出した蒼羅。受付に、知り合いのギルド員の姿はない。かわりに、エルフ耳と白虎しっぽを見つけた。
「久しぶりだな」
「おお。琥龍殿では、ござらぬか」
 落ち着いた物腰で、サムライが振り返る。新緑の手拭を頭に巻いた、凹次郎。
「あら、皆さん」
 二人の声に、亜祈も近づいてきた。蒼羅は、一番の気がかりを尋ねる。
「亜祈、娘たちはどうなった?」
「皆さん、親戚を頼るんですって。花梨さんもお友達に付き添い、少しの間、旅に出るそうよ」
「娘さんたちを解放できたのは、本当に良かったでござる」
 凹次郎は煙管型のインセンスホルダーを取り出した。サムライ氏族の養子となった今も、ジプシーの子としての癖は抜けない。
「これも氷山の一角に過ぎない、か。ともあれ、今は無事救出できた事を、喜ぶとしよう」
 犠牲は大きい、心の傷跡も大きい。それでも、まだ、命は消えていない。救出された娘たちが、いつか生きていることを喜べたら。
「蝮退治‥‥と言いたいところでござったが。精々、尻尾を捕らえるくらいのもので、あったでござろう?」
 一服しようとして、香を切らしていたことに気づく。凹次郎は、肩を落とした。
「ええ‥‥。でも皆さんのお陰で、ギルドも強盗団の情報を掴めたわ。兄上と弥次さんも、動いているの。壊滅も、近いはずよ!」
「そうか」
 ひと言だけ残し、蒼羅はギルドを出る。まぶしい夏の太陽に、手をかざした。
 かざした手首には腕輪の、パンジャ「ミッドナイトブルー」。捕らわれていた娘たちの、心の静謐(せいひつ)を願うように、日光にきらめいた。