七夕を祝おう
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/19 20:40



■オープニング本文

 神楽の都の開拓者ギルド。ご機嫌うるわしく、虎猫しっぽが踊っていた。
「喜多(きた)。今日はずいぶん、しっぽが動いているな」
「えっ?」
「何かあったのか?」
「いえ、これからです。明日、伽羅(きゃら)と、遊ぶ約束をしていて‥‥」
「なるほど、楽しみなわけだ」
「はい、ちょうど天儀の七夕ですよね。その飾りつけをするんですよ♪」
「妹さん、喜びそうだな! 後片付けは置いといて、もう帰れ。俺がやっておこう」
「えっ、でも‥‥」
「ほら、妹さんと嬢ちゃんが、迎えにきているぞ」
「あ‥‥すみません」
 入り口から、猫又を抱えた、猫娘が覗きこんでいる。ベテランギルド員は、新人ギルド員の背中を押した。
「弥次(やじ)先輩、ありがとうございます」
「またな、気をつけて帰れよ」
 礼を述べる、新人ギルド員。猫娘と仲良く手を繋ぎ、ギルドを出て行く。後を追い、猫又のしっぽも外に消えた。
「‥‥そう言えば、喜多のやつ。天儀の七夕がどんなものか、知っているのか?」
 兄妹を見送った、ベテランギルド員の眉が動いた。腕組みをして、難しい顔になる。
 新人ギルド員は、笹に飾りつける事すら、知らないかもしれない。笹くらいは、ベテランギルド員の家から、わけてやれるが。
「ちょっと、すまん。明日の予定は、決まっているのか? もし暇なら、頼みがあるんだ」
 ベテランギルド員は、居合わせた開拓者に、声をかける。泰出身の猫族たちの、七夕の様子を、見てきてくれるように。


「兄上、帰りにお買い物するです?」
「そうだね、どこかに寄ろうか」
「七夕の飾りも、買うんやろ?」
「いっぱい、いっぱい、魚を飾りたいのです!」
「伽羅。お魚だったら、干物にしないと腐っちゃうよ」
「にゃ?」
「荷物が、ぎょうさんになりそうやな」
「じゃあ、買い出しは、明日にしようか。朝ご飯を食べたら、出かけようね」
「昼から、お家を飾るのです!」
「玄関も、一緒に飾ろうで♪」
 のんきに、七夕の会話をする猫たち。ベテランギルド員の悪い予感は、的中しそうだった。


「この先のお店で、飾るための、太い糸を発見したのです。買ってほしいのです!」
「すみません、このキュウリを‥‥」
「兄上、兄上! 伽羅のお話、聞いてるです?」
 奥様たちに混ざり、野菜を吟味する新人ギルド員。幼い妹は、兄の服を引っ張り、気をひこうとする。
「ごめんね、兄上は手が離せないんだ。おかずを買わないと、今日の晩ご飯がないんだよ?」
「うにゃ‥‥」
 猫娘の折れ曲がった猫耳が、ぺたんこになった。虎猫しっぽも、悲しそうに揺れる。
 晩御飯抜きは、嫌だ。でも、お話も聞いて欲しい。泣き出しそうになる妹に、兄は慌てた。
「そうだ。藤(ふじ)と一緒に、買ってきてくれるかな。お使い、できるよね?」
「はいです! 藤しゃん、行くのです♪」
「行こ、行こ♪ えらい太い糸やったから、きっと切れへんで」
 猫娘と猫又は、嬉しそうに、はしゃぐ。代金を貰うと、意気揚々と八百屋を出た。


「この束が、欲しいのです」
「おや、お嬢ちゃん、お使いかい?」
「そうです!」
「えらいね」
「ありがとうです♪」
 お店の女将さんに、包んでもらった大きな紙包み。大事に、大事に、猫娘は抱えこむ。
「伽羅はん。おつりは、大丈夫なんか?」
「にゃ‥‥大丈夫です♪」
「ほな、帰ろう♪」
 猫又の一言に立ち止まり、お金を数える猫娘。猫又を肩に乗せ、帰路を急ぐ。
 太い糸の束を見て、兄は喜ぶだろう。‥‥今夜のご飯は、そうめんだと。



■参加者一覧
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
フェムト・パダッツ(ib5633
21歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
神爪 沙輝(ib7047
14歳・女・シ


■リプレイ本文

●目利き、味利き
 出かけようとした猫族は、玄関で立ち止まった。
「伽羅も、喜多も、久しぶり〜♪」
 大きく手を振る人影に、見覚えがある。伽羅の命の恩人の一人、アムルタート(ib6632)だった。
「七夕ってやつ、やるんだって? 一緒に混ぜて♪」
 弥次から預かった笹を、運んできた。飾る為の糸役の木の葉っぱ、シュロも忘れていない。
「兄妹で七夕を、かぁ‥‥駄目駄目っ。ちゃんと、楽しむ手伝いをしないとっ」
 神爪 沙輝(ib7047)も、笹の影から顔をのぞかせる。家族を失ってから、初の七夕は、賑やかに過ごせるだろうか。
「でも、羨ましいな‥‥」
 仮初を使用した顔は、笑顔のまま。足元の小石を、蹴飛ばした。
「七夕ねぇ。こっちの夏の風物詩、楽しんでもらいたいねぇ」
 流しそうめん用の竹を担いだ、不破 颯(ib0495)。理穴の武家の長男は、口元に笑みを浮かべる。
「参加してみたものの、実は七夕を知らないんだよね」
 黒豹耳をかいてごまかす、フェムト・パダッツ(ib5633)。手首の琥珀珠の勾玉が、さわやかに輝く。
「天儀の七夕は、織り姫と彦星の七夕伝説とかぁ。短冊には願い事書くと、織り姫と彦星が叶えてくれるとかぁ」
「楽しみだ♪」
 颯の話に、黒豹しっぽは興味津々。
「ちゃらららん、陰穀西瓜〜。冷やしておいて、おやつに食べよう!」
 颯の後ろから、白猫のお面が顔をだした。お土産のスイカを差し出す。
「藤ちゃん、また会えたね!」
 お面の下の素顔は、神座亜紀(ib6736)。膝まで届く、少し癖のある自慢のロングヘアをなびかせる。
「‥‥そうだ、お芝居をやらないかい? 織姫と彦星が、一年に一度だけ、会う事を許された日の」
「私、先約があるの。藤ちゃんと花火するから」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の呼びかけに、少し考えるそぶり。亜紀は藤を指差し、真顔で答えた。
 誘いを断るのは、照れ隠し。フランヴェルは、都合よく脳内変換。
「じゃあ、ボクが彦星、伽羅ちゃんが織姫さ! きっと楽しいよ!」
「にゃ♪」
 次は伽羅の肩に手を。嬉しそうに猫しっぽが揺れた。


「さて、皆様が買い物に出ている間に、私達は料理のほうを準備しておきましょうか」
「そうめんがある事じゃし、天の川に見立ててみるかのう」
 灼狼の垂れた狼耳が動く。古龍の角も、材料を点検中。言ノ葉 薺(ib3225)と東鬼 護刃(ib3264)は、台所にいた。
「折角の七夕ですし、やはりそれらしい料理がいいですよね。断面が星に見えるオクラや、ニンジンを星型に切ったサラダを用意してみましょうか?」
「後は、ちらし寿司辺りかえ。薺には下拵えや、飾り付けでも頼むとするかの」
「料理の細かい部分や調理は護刃に任せて‥‥っと、私が飾り付けを?」
 神無武平簪を揺らす護刃から、皿を渡され、戸惑う薺。
「飾り付けに、頭悩ませるのも楽しかろう?」
「えぇっと、こういうのはやったことが無いのですが」
 ふところで、白鞘に納められた守刀「護刃」も、手伝えと言っている。薺は気合を入れた。


「伽羅さん、暑いから帽子を被らないとだめだよ」
「ありがとです」
 亜紀の蜻蛉帽子を貸してもらい、ご機嫌な猫しっぽ。
「なに買うの?」
「飾り付けの材料に、ボクは折紙かな」
「いろいろ飾りつくれるね」
 アムルタートの質問に、亜紀は答える。沙輝も思案顔。
「楽しみにしておくよ」
 少女たちの保護者をかってでた、フランヴェル。今回は皆で楽しい時間を過ごす事に、専念中。


「むぅ、これでいいんでしょうか?」。
 酢飯を作るのは大変。うちわで扇ぎながら、手早く混ぜる薺。
「ただいまぁ、材料だよぉ」
 買い出し組が戻って来た。颯はトマト、オクラ、トウモロコシ、キュウリにニンジンをみせる。
 なぜか梅干し、辛いシシトウや、サクランボ。塩辛や漬け物も。
「おぬしたちを、待っておったのじゃ!」
 護刃から、喜多に押し付けられた、かっぽう着。猫の手も借りたい。
「料理、はっきり言って鉄板焼きくらいしか作れないから、俺に期待するなよ?」
 かっぽう着が似合う、フェムト。卵焼き係、やる気満々である。


●笹も、木だよね
「これなら、天の川っぽいよね!」
 アムルタートが持ってきたのは、左右に飾りの宝珠がついたジプシークロース。
「それは後だね」
『世界からアヤカシも争いも無くなりますように』
 自分の短冊を飾ろうとしたフランヴェルは、意見を述べる。
「できたよ、か・ざ・り♪」
 違う、ひな人形と言うやつだ。フェムトは黒豹しっぽを揺らし、てっぺんに取りつける。
「はい、折り紙の飾り‥‥って、あれ?」
 隣室から、たくさんの飾りを手に出てきた、沙輝の動きが止まる。
「これ、何?」
「彦星と織り姫」
『たくさん不思議に出会えますように』
 短冊に願いを書いた亜紀も、輪飾りを持ったまま、笹を凝視。お内裏さまとお雛様は、すまし顔で鎮座している。
「‥‥え、人形吊るんじゃないのか? いいじゃん可愛いから、吊っちゃえ☆」
 フェムトは、泰南方の少数部族出身。向こうの風習だろうと、都合よく解釈された。
「雨降ったら二人が会えないからなぁ。そのための個人的な願掛け、みたいなもんだぁ」
『三食団子が食べたい! 四つの儀巡り世界一周の旅!』
 颯も短冊と一緒に、てるてる坊主をつるす。あらぬ方向へ転がっていた飾り付けは、加速。
「伽羅〜、短冊書こ〜♪ なに書こうかな〜?」
 猫しっぽを揺らす伽羅の前で、アムルタートは短冊をかく。
『楽しい人生! 色んな踊りもっと見たい! それから‥‥』
「踊りたいって事に関しては、特にないかな。だってそれは、頼む事じゃないもん! 私次第だし♪」
 短冊は、どんどん継ぎ足されていく。


 紫電一閃。
「とぅっ!」
 沙輝の死鼠の短刀は、糸束を叩き切る。半分ずつにして、二つの吹き流しの完成。
「すごい、すごい」
 手を叩き、喜ぶフェムト。白い虎しっぽが、自慢げに揺れた。台所から近づく、二つの影。
「そうめんが無いと思ったら。何をしとるんじゃ!」
「ああ、なんてことを‥‥」
 軽く怒り、護刃は糸束を没収する。短くなったそうめんを前に、薺は頭を抱えた。
「食べ物で、遊んだらダメじゃよ」
「このそうめんは流さず、器に盛り付けましょう」
「ずいぶん堅い糸と思ったら、そうめんかぁ。ごめんなさい」
 龍の角を揺らし、護刃は言い聞かせる。狼耳を伏せ、ため息をつく薺。しょんぼりして、沙輝は謝った。
「あれ、食べ物なんだ」
「糸を食べる文化って、不思議だね」
「砂漠でも、糸は食べた記憶ないよ!」
 泰のフェムトの隣で、ジルベリアのフランヴェルは感心。アル=カマルのアムルタートも、驚きの声。
 間違った天儀の文化を学習中。


 外に運び出し、布をかけた笹を立てらせる。沙輝とフェムトと颯が屋根の上から、荒縄で引っ張り上げた。
「甘酒が、冷えましたよ」
「はよう飲むのじゃ」
「三時のおやつさ」
 料理が一段落した、薺と護刃が声をかけた。フランヴェルは、縁側で甘酒を、竹筒に汲み分けている。
「甘酒?」
「美味しいから♪」
 アムルタートが聞き返した。亜紀の目が輝き、共に家に入るように促す。
「甘酒だって♪」
「美味しそうだね」
 沙輝も、嬉しそうに続く。のんきに追い掛ける、フェムトの姿も。
『大切な人達の幸せな人生を願う』
 笹を引っ張り、こっそりとてっぺんに短冊をつるしていた颯。
「‥‥あれぇ?」
 隣にいたはずの者たちが居ない。慌てて上から覗きこむと、白虎しっぽと黒豹しっぽが庭で揺れている。
 完全に出遅れた。酒好きで、大の甘党の颯。どこか鬼気迫る表情で、はしごを降りる。
「大人用の、甘くない酒も無いのかなぁ?」
「お酒なら、台所にありましたよ。調味料に混ざっていました」
 甘酒を手に持ち、皆に配っていた薺。颯の台詞を聞き、口を挟んだ。
「ああ、お土産に貰った、泰の古酒ですよ」
 手を打つ、喜多。にへらと、颯が笑った。薺を引っ張り、台所に連れ出す。
「確かここに‥‥ほら、これです!」
「いい匂いだねぇ♪」
 薺は、古びた酒瓶を見つけだした。少し匂いをかぎ、颯は蓋を元に戻す。楽しみは、夜にとっておこう。


「ほら、伽羅ちゃん、亜紀ちゃん」
 おいでおいでと、フランヴェルは手招きする。藤も、しっぽを揺らし寄って来た。
「藤君も、飲むのかい?」
「‥‥藤ちゃん、これあげるよ」
 亜紀は手の平に甘酒を少しとり、藤にみせる。
「うまいな♪」
「ふふっ、美味しい」
 満足そうに顔を洗う藤。亜紀も一口飲んで、頬を緩ませる。冷たい甘酒は、喉越しが良い。
「亜紀ちゃんは、美味しいか。伽羅ちゃんは?」
 返事の代わりに、猫しっぽが振られた。フランヴェルと幼女たちとの信頼関係は、一歩前進。


「七夕って、オリヒメとヒコボシが審査して、一番綺麗な笹の願いを叶えるって聞いたよ!」
「初耳じゃな。昔は針子の腕が向上するように、願うものだったらしいが‥‥さて」
 甘酒を飲みながら、アムルタートは仕入れた知識を披露。酒に弱い護刃は、片付け係。
「短冊は、学問や芸事の上達祈願。吹流しは、織姫の織り糸や長寿祈願だよ」
「ほう、物知りじゃのう」
 沙輝は、昔、兄に教わった知識を思い出す。護刃は興味を示した。
「一番上の紙衣は、神様に捧げた衣で、病気災害を除く身代わり人形と、裁縫の上達祈願の二つの意味とか」
「あれ、豊作と豊漁を願う投網って習った! 猟師の俺には、縁薄いけど」
 甘酒を飲み干したフェムトは、指さす。網飾りの側には、猫族用飾りの干物とスルメも揺れる。
「私も覚えたよ。巾着は節約と貯蓄で、千羽鶴は家族の健康と長寿祈願!」
 アムルタートの手の平には、教えて貰った折り紙の鞠。あとで、喜多と伽羅にあげる予定だ。
「あれは、なんじゃ?」
「くずかご、清潔と節約の心がけ♪」
「おぬし、主婦の鏡になれるのう。わしが保証するぞ」
 護刃のお墨付きをもらい、沙輝の白い虎しっぽが笑った。



●星に願いを
「おお、織姫。どうしてきみは、織姫なんだ」
「にゃ、彦星様。どうしてあなたは、彦星様なのです?」
 烏帽子に狩衣「雪兎」、繍靴を身に付ける彦星役のフランヴェル。旗袍「白鳳」をまとう織姫の伽羅に、手を伸ばした。二人を隔てるのは、流しそうめんの川。
「なんて悲しい話‥‥」
 目頭を抑える、アムルタート。その場のノリで、感情が突っ走る。
「泣くのはおよし、彦星やぁ」
 陣羽織「白鳥」を着た、颯。はしを流しそうめんの上にかける。
 橋とお箸。若干違うが、気にしたら負け。
 流れてくるそうめんを、フランヴェルはすくおうとした。そうめんは引っかからず、すべてタライへ。
「ああ、そうめんよ。どうして逃げるんだい?」
「なんて、可哀相な彦星‥‥」
 ジルベリアの貴族には、乗り越えるべき障害物が高かったらしい。大地に崩れ落ち、悲しみもあらわ。
 もらい泣き。再び目頭を抑えるアムルタートも、悲嘆にくれる。
「織姫。さあ、今こそぉ」
「彦星様、一緒に食べるのです」
 白鳥は織姫の手を引き、彦星の元へ誘導する。織姫は、そうめんの入ったお椀を差し出した。
「見てごらん。夜空の星々は皆、ボク達の再会を祝福して、瞬いているんだ!」
 彦星は立ち上がった。お椀を受け取り、夜空の星を指し示す。見上げる織姫。
「こうして、二人はそうめんを仲良く食べるのでしたぁ」
「ついに出会えたよ、本当に良かったね♪」
 劇は大縁談。まとめる白鳥の颯とアムルタートは、握手を交わす。
 二人は火のついた線香花火を両手に、花火二刀流で祝福。影の立役者たちにも、盛大な拍手を。


 短冊を握りしめ、笹の側から離れない、沙輝に呼びかける声。
「なにか、大切な願い事ですか」
「な、何が?」
 後ろ手に隠した短冊には、叶うことなき願い事。
『兄様や、弟に会いたい』
 沙輝は、喜多の顔色をうかがう。喜多は目を細めた。
「向こうで、花火をします。誰もいなくなりますから、今のうちですよ」
 優しい眼差しは、どこの兄でも同じかもしれない。沙輝によぎる、思い。
「‥‥ありがとう」
 きびすを返し、去っていく喜多の背に、つぶやくお礼。背伸びして、短冊を飾る。我慢できずに、仮初を解いた。
 「兄様ぁ‥‥聖也ぁ‥‥逢いたいよぅ。‥‥沙輝を置いてかないで」
 切なかった。沙輝を大切にしてれた兄や弟は、雲の上。笹に顔をうずめて、泣き声を殺す。流れ星がいくつも、頬から流れた。


「沙輝さん、ここに居たんだ。花火しよう?」
「あ、うん、行く」
 亜紀は笹の側で座りこむ、沙輝を見つけた。沙輝は、笑顔で返事。とっさに心を守る仮面を被る。
「この花火、面白いんだよ」
「花火? 見たい、見たい!」
 花火を取り出す、亜紀。喜ぶフェムトと、藤の目の前で、火をつけた。
「おおっ!? 追い掛けてくる!」
「なんや、これ!」
 黒豹しっぽと三毛猫しっぽが、一気に膨らんだ。ヘビ玉花火の先っぽから逃げ惑う、藤。フェムトもスイカ片手に、黒豹君踊りを発表する。
「二人とも、この花火、苦手なんだ」
 亜紀の隣で、首を傾げる沙輝の手には線香花火。大きな炎は苦手だが、花火は大丈夫らしい。
「亜紀はん、ひどいわ‥‥」
「ごめんね、そんなつもりは無かったんだ」
 亜紀は、泣きじゃくる猫又を抱え上げる。謝り、頭をなでた。
「ヘビ玉は、伸びるんだよ」
「‥‥次は説明してから、点火してくれると嬉しいな」
 沙輝の遅い説明に、フェムトは黒豹しっぽを膨らましたまま、お願いを口にした。


「天に流れる数多の星に隔たれ、ただ想い焦がれた逢瀬の時。何を想うんじゃろうなぁ‥‥」
 屋根の上に、星を眺める護刃の姿。
「空が曇りましたね」
 恋人を追い、はしごを登る薺。ただ一人の女性だけを愛すると、今は心に誓いを立てている。
「いや然し曇っておらんと、織姫も彦星も大変とは思わぬか? 折角の年に一度の逢瀬を、皆から見守られているんじゃからの」
「そうですね、しばらくは我慢しましょう」
 護刃は、軽く笑みを浮かべる。薺は腰を降ろしながら、同意した。
「なんじゃ?」
 屋根の上の織姫に、彦星は勇気を振り絞る。ぐっと手を握った。照れ臭くなり、顔は前をむいたままである。
 予想外の出来事、織姫は彦星の鼻を突いた。固まる彦星に、織姫は無垢な笑みで答える。
「短冊、何を書いたのですか?」
 照れ隠しの質問を、薺はぶつけた。
「おぬしこそ」
「『小さな幸せが、訪れますように』ですよ。果たし望むべき事は幾つもありますが、それは、私が自分で叶えますので」
「わしの事では、ないのか?」
「織姫と彦星に願うのは、酷というものでしょう。護刃は?」
 悪戯っこの笑みで、薺は尋ねた。屋根の上の織姫は、彦星にささやく。
『月が翳らず、欠けず、満ちる事を』
 想いを違わず、育てて行ける事。それが護刃の願い。今度は道を違わぬように、愛する者と共に、目指すべき道を歩むために。
 寄り添う二人の上に、今宵流れる、星の川。空に掛かるは、心の橋。想いを謳い、祝福を‥‥。
 願わくば、こうして笑みと幸せを。いつまでも。