|
■オープニング本文 ●オリジナル・サンドシップ アル=カマルでの戦いを通じて、古代の遺産は遂に動き始めた。 上級アヤカシに一撃で致命傷を与えるほどの砲台に、巨大で頑丈な船体はまさしく移動要塞と呼んでも良い威容を兼ね備えている。ジャウアドらによる独占も阻止され、この成功に人々は大いに沸いた。 とはいえ、問題はまだまだ山積みだ。 起動したとはいえ、神砂船はまだ完全に把握された訳ではない。 詳細な調査や修復のため、まずは首都近郊までこれを回航することとなった。また、一通りのアヤカシは撃破されたとはいえ、長年アヤカシの巣になっていた船だ。まだどこかにアヤカシが潜んでいるとも知れないし、封印されたままの区画や部屋も残っている。 「よし、宝珠を起動しろ」 艦橋でメヒ・ジェフゥティが指示を出す。振動と共に移動を開始するオリジナル・サンドシップ。砂塵がごうごうと舞い上がる。やがて、サンドシップは、ゆっくりと移動を開始した。 ●砂漠の願い 街中と言うのに、物静かな眼差しが、辺りをうかがった。何かを恐れるように。 追手は来ていない。素早く、ある建物に滑り込む。アル=カマルに設けられた、開拓者ギルド。 頭の白い布を緩めると、黄色い狐耳が見えた。小麦色の素肌は、砂漠の中で生きてきた証。 息を整え、狐娘は告げる。 「私の集落を、アヤカシから守ってください」 疲れ切り、やせこけた頬。それでも瞳の奥は、しっかりとギルド職員を見ていた。 さかのぼること、天儀との国交が結ばれ始めた時期。小さな集落は、壊滅的な被害を受ける。 はぐれアヤカシによって、砂漠の白い大地は、赤く染まった。崩れ落ちた建物、傾いた砂上船。 頭をなでてくれた、父の手はもう無い。笑い合った恋人の声は、二度と聞けない。大切な人たちは、この世を去った。 はぐれアヤカシは、異邦人の開拓者。そして、アル=カマルの砂迅騎たちの活躍により、退治される。 「ラマ・シュトゥ? そのアヤカシのせいで、私の集落は‥‥」 狐娘の集落は、開拓者の手により復興が支援された。それに伴い、昔は小規模だったが、次第に大きな集落となったという。 はぐれアヤカシの襲撃を受けた、近辺の集落の生き残りが、集まった場所。その影響で、狐娘の父や恋人を含め、男手はほとんど居ない。 ラマ・シュトゥは、配下のアヤカシを使って、赤ん坊や子供を生贄に要求する。女子供が大半を占める村は、格好の標的だった。 「ジンの力を持つ者たちは、捉えられました。ジプシー二人です。私はアヤカシが隣の集落を襲撃に行っている隙に、反対の西の入口から逃げました」 集落にいた、ジンの加護を持つ者。アヤカシに捉えられ、東の入口の建物に閉じ込められているらしい。 南の入口は、アヤカシに壊された建物で、入れなくなっている。北側はオアシスで、行き止まり。 「助けを求めた、隣の集落のベドウィンたちにも、退治は無理だと。七人居たのですが、四人まで負傷していました‥‥」 快速小型の砂上船で、狐娘は逃げた。隣の集落にも、同じ船や、小型砂走船があったらしい。 乗り手の砂迅騎は、アヤカシの襲撃がもとで、半分以上が傷ついている。自分たちの集落すら守れるか、危うい状態らしい。 「最後の望みをかけて、ここまで来ました。どうか助けて下さい」 ギルドの建物の中に、夕陽が差し込む。日が沈み、砂漠に夜が来ようとしていた。 ―――崇める月もない、真っ暗な闇が。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
空(ia1704)
33歳・男・砂
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
アイラ=エルシャ(ib6631)
27歳・女・砂
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●黄昏 砂に影が長く伸びる。停泊した砂上船の甲板から、オアシスの方向を眺める人影。 「相変わらず、苦労の多い地元じゃねえの」 誕生日を間近に控え、砂漠の国に戻ってきたアルバルク(ib6635)。ジルベリアの軍に属していたこともあるが、今はアル=カマルを棲家と決めている。 「ここにも、あの時の戦いの傷跡が、残ってるのね」 アイラ=エルシャ(ib6631)の外套には、水晶の連星が悲しそうに光っている。神砂船再起動を祝して作成された、水晶製のブローチ。 「‥‥しかし、麗しの故郷ってヤツだ」 「アル=カマルの今後のためにも、こういうことは、しっかり解決しておきたいわね」 「すみません、皆さんが呼んでいます」 狐耳が声をかけた、痩せこけた頬のルル。狐しっぽに、以前のような活発さはない。 「久し振りに見たと思ったら、まーたしけた顔してんのか」 「きゃっ」 「女の子に、なにするのよ!」 「いでっ、叩くことないだろ」 でき心でルルに、デコピンを仕掛けたアルバルク。背中にアイラの平手打ちを食い、文句を言う。 「遅いから、見にきたら。なにしてんねん!」 「これ以上の狼藉は、見逃せませんね」 厳しい口調の神座真紀(ib6579)が、軽く睨んでいた。眉を寄せた表情で、志野宮 鳴瀬(ia0009)も佇む。 「痛いことあらへん? 顔に傷でも残ったら、大変や」 「閃癒の必要は、ないようですね。良かった‥‥」 真紀は額を覗き込み、傷がないことを確認した。鳴瀬も、一安心。 「ルル殿、このような殿方は捨て置いて、あちらに行きましょう!」 鳴瀬は、紫水晶の指輪をはめた手で、移動を促す。 「この砂漠にも、あんなのが居たなんて。がさつって、嫌よね」 「ほんま、ほんま。あんなんに引っかかったら、あかんで!」 アイラは、小麦色の頬を膨らます。怒れる真紀の気持ちを代弁するように、炎の世界に住む動明王のお守りも揺れていた。 ルルを取り囲み、娘たちは去っていく。話題に上るのは、無粋な不良中年への非難。 「おい、ちょっと‥‥」 弁解の余地なく、悪者にされたアルバルク。伸ばした片手が、空しかった。 入り口で作戦会議を開くつもりが、一連の出来事を目撃してしまった男たち。 「アヤカシが居て、危険と聞いたはずなのですが。もっと危険な‥‥もご」 「しっー、それ以上言うたらあかん! 失礼にあたるで」 茫然と呟きかけた、只木 岑(ia6834)の口をふさぐ手。ジルベール(ia9952)が、真剣な眼差しで、止めていた。 「ええか。俺みたいに、可愛い妻をめとりたいなら、すべて忘れるんや」 「はぁ‥‥。できるでしょうか?」 「できるか、どうかちゃうな。恋したらわかるで、人生バラ色や♪」 「うーん‥‥まだ分からなくても、良いです」 駆け落ちして、一緒になった妻がいる、ジルベール。ルーンローブをひるがえし、大人の理論を語った。 聞いていた岑は、難しそうに唸る。飴色の華妖弓を抱え込み、娘たちから視線をそらすことにした。 「‥‥女ッて奴はァ、怖いねェ。くわばら、くわばら」 「えっ、空ちゃんにも、怖いものあるんだ?」 「うるせィ。俺はテメェみたいに、口が上手いわけじャない」 狐耳を揺らし、問いかけてくるアルマ・ムリフェイン(ib3629)。空(ia1704)は、手で追い払うマネをする。 「ひっどーい、差別、断固反対! 第一ね、僕は歌うのが仕事なんだよ。そりゃ、楽器も演奏するけど、歌もね‥‥」 「黙れ、黙れ。その口が、何よりの証拠だろうが!」 「人の話くらい、聞いてよ!」 耳を押さえる空と、手を外させようとするアルマの攻防戦。砂埃をあげて、二人は走りまくる。 その騒ぎに、集落の子供たちが顔を出した。大人も警戒の眼差し。一様に、疲労の濃い表情で。 「‥‥こちらの集落のこともあるし、あまり無理は言えないかしらね。出来れば一人くらいは、力を借りたいところだけど」 アイラは銃を持つ住人を見つけた、集落の砂迅騎だろう。仲間にそっと尋ねる。 「ま、自分トコに余裕がねェのに、ヨソなんぞ助ける道理はねェか。あるとしたら余裕を作ッてヤるコトだが、相手がコッチを信用するかだな」 攻防戦を忘れ、天下無双羽織のふところに手をいれて、歩きだした空。 「‥‥アガッッ」 「ふふっ。空ちゃん、いってらっしゃい、また後でね?」 ここぞとばかりにアルマは、髪を引っ張った。同じ狐獣人のルルの背に隠れ、満足そうに手を振る。 「自分たちの集落は、自分たちで守るのが一番ですね。手伝いが出来れば」 喧嘩をしそうな二人の間に、何気なく岑が割り込んだ。マイペースな性格は、功を奏する。 「解放されたいと願うなら、これが最大のチャンスや。この先ずっと、奴らに踏みにじられたまま生きるんか? 俺らが力貸すで」 ジルベールは、一歩を踏み出した。大声で、集落の人々に語りかける。 「襲撃を受け、護り手も複数負傷されているのならば、多少なりとお役に立てるやも知れませんし」 怪我をした者に手をかざし、鳴瀬の身体は淡く輝く。数呼吸のうちに、癒えてしまう傷。 「ルルさんは、明日を諦めんかった。あたしは今日を生きる人が、明日を諦めん為に、この刀を振るうんや! その為にあると、信じとるからな!」 長巻「焔」を抜いて見せる、真紀。刃が振るわれると同時に、炎の幻影を浮かび上がらせる。動き始める、砂漠の人々。 「報酬分、まるっと取り返しにでもいくかねぇ。次はこういうのナシで来れるように、な」 顔見知りの砂迅騎の肩を叩き、アルバルクは笑う。いつもは家で転がっている『ガラクタ』のアメトリンの望遠鏡と、ドラグヴァンデルも勢いづいていた。 ●明けの明星 暁の中で、輝きを失わない星が一つ。 鳴瀬は空を見上げる、約束の時間が近い。東の入口近くで、瘴索結界「念」を張った身体が、微かな光を帯びる。右手に四本、左手に二本の指が立てられた。 「北側に骨が三つに、犬っころ一匹。南は、犬が二匹ってか」 教えて貰ったアヤカシの数を、望遠鏡で確かめるアルバルク。 「砂漠の民の誇りは、枯れてへん筈やろ? あんたらの強さ、見せつけてや」 「元を断つのに、協力してもらえるのね。もちろん、そちらに被害が及ばないような作戦は立てたと思うわ。よろしくお願い」 ジルベールとアイラは、隣の集落の砂迅騎と頷き合った。 「聞こえるかー、アヤカシ共! 今からお前らぶっ飛ばして、町を開放させてもらうで! 防げるもんなら、防いでみい!」 西側の入り口付近で、大音声の咆哮。真紀につられ、アヤカシが寄ってきた。住人たちも、窓から様子をうかがう。 「アヤカシ討伐に来ました。家に篭って、絶対に出ないでください」 故郷で作られた理穴の足袋で、砂の大地を踏みしめる。岑は叫びながら、牽制の矢を放った。眼が怪しく輝き、マミーの動きを見切る。 「ッイヒヒッッ。余所見ヲォッ、スンナァァッ!」 走りながらの戦闘はお手のもの、空は獲物を追う。かん高い鶴の泣き声。手裏剣「鶴」が、マミーを切り裂いた。 「引き付けられると、良いんだけれど」 焙烙玉を砂迅騎たちに預け、アルマは怪の遠吠えを響かせる。東の入口のアヤカシも反応を示した。併せて炸裂する、爆発音。 「アヤカシが集落の真ん中に、向かっています」 「チャッチャといくぜぇ」 「今のうちよ、早く」 鳴瀬の合図。ジプシーの救出に動く、二丁短銃の砲撃音が二つ。アルバルクの銃は、屍狼の胴体を狙った。 アイラも銃身から白と黒の羽根を散らし、足を撃ち抜く。その後ろを、守られる鳴瀬が駆けた。 「相手は、こっちや!」 飛びかかろうとする屍狼の前に、ジン・ストールを揺らすジルベールの姿。埋伏りは、悟られる前に屍狼を断つ。 建物に入り、二人のジプシーを見つけた。相手の顔色は、さえない。 「毒に侵されていますね」 色鮮やかなエレメンタルローブを揺らし、鳴瀬は解毒を施す。 「あなたたちも戦える状態なら、一緒に戦ってちょうだい。この集落の、今後のためにも!」 砂迅騎は、短剣を差し出した。アイラの呼びかけに、短剣を受け取り、ジプシーたちは立ち上がる。 「前進だ。敵のうすーい部分へ」 「行くで!! オアシスも、自由も、その手に取り戻す日が来た!!」 相手が屍狼なら、こちらは砂漠を駆ける群狼。アルバルクの戦陣「砂狼」を受け、狼の小楯を掲げるジルベール。 「救出、成功だね」 呼子笛と、狼煙銃の合図。アルマの狐耳が動いた。集まるアヤカシに備え、曲が剣の舞いになる。 「天儀、泰、ジルベリアから、開拓者もいつでも力を貸します。自信を持って、集落を守ってください!」 アヤカシの数が多い、一人の砂迅騎が押され始めた。激励を飛ばす岑は、マミーの肩を射抜く。 「当たるかよォ。やれェ!」 暁を宿した忍刀は、少し離れた所にあった。次の瞬間、空はマミーの攻撃を避け、胴体を凪いでいる。命令口調に続き、砂迅騎は真っ二つにした。 「体に触れさせんようにちゅうんは、厄介やな」 紫色が毒々しい、ウルジュワーンマミーの攻撃。真紀は一度、身を退き、踏み込んだ。大上段と下段と続け、袈裟懸けに切り倒す。 「これ以上、アヤカシなんかに奪われるのなんて‥‥ゴメンだから!」 集落の外に溢れ出す、屍狼を見つけた。アルマの夜の子守唄が響き、屍狼はその場に伏せる。 「壊れ、潰れ、腐れ、崩れロッ!」 曲の変化に、気づいた空。狂喜とも思える速度で近寄り、死せる狼たちを霧散させた。 「あたしの剣、受けてみるか?」 立ち上る剣気を携えた真紀は、アーマースケルトンを睨む。 「加勢をお願いします」 砂迅騎の銃は、アヤカシの右足へ。岑の矢も、続け様に左足を捕らえる。揺らぐ骨の身体。 瞬間、真紀は一気に踏む。新陰流は、アヤカシの頭領を葬り去った。 ●砂漠の自由 闇空から、細い三日月が顔を覗かせる。南側の壊れた建物も、新たな土台が完成していた。 「今日は、これぐらいで良いかしら?」 夜のオアシスで、子供たちに取り囲まれる、アイラ。砂迅騎やジプシーと共に、ベドウィンの心構えを伝授する。 砂漠の民の証の短剣を膝におき、真剣に聴き入る子供たち。なぜか真紀の姿も混ざっていた。 「ほんま、勉強になるわ♪ 家に帰ったら、妹たちにも教えんとあかんな」 「あら、たいしたことでは無いわよ。当たり前の事だから」 「うちは天儀の育ちやから、アル=カマルの文化は珍しいねん」 笑い合う、砂迅騎とサムライ。天儀のアヤカシ退治を生業とする神座家の次期当主は、異国の文化に触れる。良き教えを、郷里の妹たちにも伝えてやりたいと。 「また危険があったら、ギルドに言ってね。私はすぐに駆けつけるわよ。今後の復興を祈ってるわ」 子供たちの頭を、なでる。アイラがこよなく愛する澄んだ星空は、身近にもあった。 「本当ならアル=カマルの人達の手で町を取り戻したかったやろけど、あたしらを頼ってくれた。あたしは、その思いに応えて、ほんまに良かった」 もふらのぬいぐるみを渡し、真紀も手を振って送り出す。見送ったあと、嬉しそうな呟きがもれた。 弓の扱いを教える、ジルベールと岑の姿もあった。 「最初のうちは、弓を持たずに練習や。弓を引く動作を覚えるんが、一番大事やからな」 「そろそろ弓を持ってみましょう。左手は握りこむんです。弓に対して、下から手を当ててきます」 剣を教えてと言われた元弓術師は、現弓術師を引っ張ってきた。剣だけが武器ではない。見識を広めるために志士になった、ジルベールが一番知っている。 「恐怖に晒され続けると、そこから抜け出す気力さえも、奪われてしまうもんや」 「はい。でも個々の集落だけではアヤカシに立ち向かえなくても、より多くの協力を得られれば、脅威を退けることはできると」 ジルベールの言葉に、岑は大きく頷く。徒手練習(としゅれんしゅう)や素引き練習(すびきれんしゅう)をする、子供たちを見渡した。 「自由への渇望を取り戻した時こそが、アヤカシからの真の解放なんかもしれんな」 「皆の気持ちがまとまれば、これかも戦っていけると思います!」 やる気の芽をつんでしまうのは、簡単だ。しかし、自分たちの集落を、守りたい気持ちを尊重したい。 今は小さな芽でも、きっと将来花開く。未来を担う子供たちの、自らの意志だから。 「ま、人ッてなァ案外しぶといモンさ、傷が残るかは知らんが」 「疲れたあとの一杯は、美味いねぇ! 身体に染み入るねぇ!」 「オヤジの発想だァな‥‥」 「おっさん、もう年だから」 「自分で言ッてりャ、世話ねェ」 「そうだろ、そうだろ♪」 オアシスの喧騒から離れ、ルルの家で酒盛りをする男たち。ほろ酔い加減のアルバルクは、空が何を言っても笑い飛ばす。 「酒がねぇ‥‥」 「おいおい、出来上がッてるぞ。足元、大丈夫かァ?」 お代わりを貰おうと立ち上がりかけ、ふらつくアルバルク。まだ酔う域まで達してしない空は、渋い顔をした。他人に体を触られるのが心底嫌いだから、声をかけるだけ。 「おっと‥‥ぐー」 「あの、寝てしまいました?」 「平和なァ酒が、一番だな。その気があるなら、時間こそかかれど、復興はするだろうぜ」 アルバルクは上手く立てずに座り込み、うずくまった。そのままイビキが聞こえ始める。狐耳を伏せ、困った顔のルル。 空の酒にアルバルクの姿が、映っている。ルルに答えず独り言、酒をあおった。 オアシスの脇では、母親たちが見ていた。鳴瀬とアルマの姿もある。 今日の訓練は終わりだ。心構えや弓を教えて貰った子供たちは、はしゃぎながら母親の方へ寄ってきた。 「待ってください、顔に弦の筋が入ってますよ。冷やしましょうね」 鳴瀬は怪我がないか、観察に余念がない。水に浸した手拭「竹林」を、子供の額に当てる。 感情を表すのが苦手だが、お礼をいう子供の笑顔につられ、ほほ笑みを浮かべた。 「笑い声が、一番いいよね」 半分に欠けた古いメダルを入れたペンダントが、アルマの首元で揺れた。幼い頃から見続ける夢の世界でも、子供たちの笑い声が聞こえていた気がする。追憶のメダルは、いつか答えてくれるだろう。 「アルマさんの歌が、聞きたいそうですよ」 子供たちと両手を繋ぎ、鳴瀬がアルマの方にやってくる。 「じゃあ、自由のために、奏楽をね」 バイオリン「サンクトペトロ」が、優しく落ち着いた音色を奏でる。 「‥‥空に浮かぶ月星と、生きている人。 僕にはどっちも照らすもので、希望そのもの。 ‥‥ありがと、生きていてくれて」 「なんですか? そうですね、とても素敵な歌ですね♪」 鳴瀬の服を引っ張る子供は、恥ずかしそうに耳元で囁く。内容に、目を細めた。 星たちが、いくつも空で瞬く。子供たちの拍手と重なった。 |