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■オープニング本文 ●「からくり」 アル=カマル、神砂船の船室より発見された、人間大の動く人形。 陶磁器のように美しい肌は、継ぎ目ひとつ無い球体を関節に繋がれて、表情は無感動的ながらも人間さながらに柔らかく変化する、不思議な、生きた人形。 あの日、アル=カマルにおいて神砂船が起動され、「からくり」の瞳に魂が灯ったその日から、世界各地で、ぽつり、ぽつりと、新たな遺跡の発見例が増えつつあった。何らかの関連性は疑うべくもない。開拓者ギルドは、まず先んじて十名ほどからなる偵察隊を出した。 「ふうむ‥‥」 もたらされた報告書を一読して、大伴定家はあご髭を撫でる。 彼らは、足を踏み入れた遺跡にて奇怪な姿の人形に襲われたと言うのである。しかも、これと戦ってみた彼らの所見によれば、それらはアヤカシとはまた違ったというのだ。 なんとも奇怪な話であるが、それだけではない。 そうした人形兵を撃破して奥へと進んでみるや、そこには、落盤に押し潰された倉庫のような部屋があり、精巧な人形が――辛うじて一体だけ無事だったものだが、精巧な人形の残骸が回収されたのだ。 「‥‥まるで、今にも動き出しそうじゃのう」 敷き布の上に横たえられた「人形」を前に、大伴はつい苦笑を洩らした。 ●おてんば猫の見た景色 「‥‥突然、洞窟が現れた?」 「はい。伽羅から連絡があったのですが‥‥」 「末の妹さんか。泰で養生していたな」 「養生どころか、うちの猫又と野山を遊びまわっていますよ」 怪訝な顔をするベテランギルド員。微妙な表情で、新人ギルド員は答えた。 新人ギルド員の妹は、泰拳士である。先日、遺跡の探索中に、幼い命を散らしかけた。心ある開拓者たちに救い出され、しばらく故郷で過ごしている。 「とにかく、遊びに行った近所の山で、洞窟を発見したらしいのです」 「洞窟なんて、いくらでもあるだろう」 「いえ、僕も遊んでいた山です。洞窟なんて、まったく記憶にありません」 「単に、記憶違いだろう」 「そうでしょうか‥‥」 ベテランギルド員は、取り合わない。思いこみなど、良くある。ぺたんこになる、新人ギルド員の垂れた猫耳。虎猫しっぽも、元気なく揺れた。 「先輩! やっぱり開拓者の皆さんに、洞窟を調査して貰ってください!」 新人ギルド員は、開拓者ギルドに出勤すると同時に、受付の机を叩いた。 「伽羅が襲われました!」 「なに!? 妹さんは、大丈夫なのか?」 「伽羅は、お元気なのです♪」 眉間にしわがよる、ベテランギルド員。ギルドの入口から、ひょっこり猫娘が顔を出した。 「伽羅! お留守番は!?」 「うにゃ‥‥、ごめんなさいです」 「喜多はん、怒らんといて。うちが伽羅はんに、ギルド行こうって言うたんや」 怒られ、しょんぼりする折れ猫耳。猫娘の抱えた猫又が、口を出した。 「ギルドの大人は、うちらの話を信用せんねん。せやから、直接言いに来たんや」 猫又は金色の瞳を、ベテランギルド員に向ける。ふてぶてしく、三毛模様のしっぽが揺れた。 「妹さんと猫又‥‥」 「うちは、藤(ふじ)や」 「あー、すまん。嬢ちゃん、詳しく話せるか?」 「‥‥まぁ、ええやろ。新しい洞窟に、冒険に行ったんや」 「藤しゃんと歩いてたら、迷子になったです」 「うにょうにょやろ、分かれているやろ」 「うにょうにょか‥‥大変だったね」 「あやかしもいたです」 「それは、ぽんだね」 「にゃ、ぽんです」 「ぽんや」 要領を得ない、猫娘と猫又の台詞。覗きこみ、普通に会話をする新人ギルド員。 「喜多、通訳しろ。泰の子猫語なんぞ、俺には分からん!」 「僕も、理穴の子供語は、わからないときがありますよ?」 ベテランギルド員のしかめ面に、不思議そうな新人ギルド員。思わぬ揚げ足取りに、拳を握るベテランギルド員。ゲンコツをお見舞いしてやりたい。 しかし、幼い猫娘はどう思うだろう。新人ギルド員が、もし長子たる兄の尊厳を、失うことになったら‥‥。 そして暴力は、子供の教育上、良くない。ベテランギルド員にも、三才の一人息子が居るから、身にしみてわかる。 「とにかく、わかるように話せ!」 「洞窟が曲がりくねっていて、途中で幾つかに分かれているようですね。アヤカシも居るようです」 「‥‥最初から、そう言えばいい」 大人の気力で耐え忍び、ベテランギルド員は声を振りしぼった。 「二人とも、きちんとした言葉で話せるかな?」 「はいです」 「もちろんや」 兄の新人ギルド員はしゃがみ、妹と目線を合わせる。家で飼っている猫又にも、尋ねた。 「入口の二つになった分かれ道の前で、転んだのです。床の真ん中が引っ込んで、右の道は霧に包まれたのです」 「仕方ないから、左に行ったんや。途中で床が一つ引っ込んで、奥の方で音がしたで?」 「途中で道がもう一つあったです。今度は右に行ったのです」 「奥は広場や。見たことのないアヤカシがおった。病み上がりの伽羅はんには、厳しそうな相手やったな」 「霧がいっぱいきたけど、藤しゃんと一緒だったので、なんとか逃げられたのです」 「帰りは必至やったから、どの道を通ったか分からんな。伽羅はん、転びまくりや。落とし穴あるし、後ろからも、壁からもアヤカシ来るし、砂も飛んでくるし」 10才の猫娘の表現に、お伴の猫又も、まだ幼い。子猫たちの言い表せる、限界だった。 「うーん、床に仕掛けが多いみたいだね。どんなアヤカシだったか、言えるかな?」 「手が伸びたです」 「胸がぱかっと割れたんや」 「刀が襲ってきたです」 「そうや、そうや」 「刀をもってるんだね。小鬼だったのかな?」 「人形です」 「壊れた人形やな」 「人形‥‥? じゃあ、付喪人形だね」 「違うです」 「人形やけど、付喪人形ちゃうで」 「あの、よくわからないんだけど‥‥」 「うにゃ‥‥、伽羅も上手く言えないのです」 「‥‥大人みたいに、でっかい人形たちやったな。生きとるみたいやったで」 困った顔の新人ギルド員、付喪人形とは違うアヤカシ。猫娘も表現できず、しっぽが垂れ下がる。猫又も目を細めた。 「ちょっと待って。人形たちって、いくついたの?」 「兄上、いっぱいです!」 「ぎょうさんや!」 「‥‥そう」 元気いっぱい答える、猫娘と猫又。新人ギルド員の背中が、哀愁を帯びる。役に立たない情報を、ありがとう。 「どっちにしろ、調査が必要だな」 これ以上の問答は無駄と判断した、ベテランギルド員が声をかけた。 「伽羅が案内するのです! 洞窟の奥には、きっと宝ものがあるのです♪」 「そうと決まったら、旅立ちの準備や♪」 「伽羅、藤、待って! ああ、もう‥‥おてんばなんだから」 入口から外に飛び出す、猫娘と猫又。人の言葉なんぞ、聞いていない。立ち上がった新人ギルド員から、ため息が漏れる。恐縮に満ちたつぶやきが、床にこぼれた。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
水野 清華(ib3296)
13歳・女・魔
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
如月 瑠璃(ib6253)
16歳・女・サ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●しっぽ探検隊 「報告、完了♪」 しっぽ探検隊の名付け親は、狐しっぽを揺らした。プレシア・ベルティーニ(ib3541)が代表して、受付に洞窟の地図を差し出す。背がちょっと低い事を気にしているらしく、こっそりつま先立ち。 「遺跡の探索も終わり!」 お狐さまのお面を被った水野 清華(ib3296)も、誇らしげに胸をはる。好奇心は、十分満たされた。お面を贈ってくれた家族も、活躍を聞けば、喜んでくれるだろう。 「これでまた一つ、不思議が解明されたね!」 受付台によじ登り、神座亜紀(ib6736)は、地図を覗き込む。白猫の顔を模したお面が、地図に影を落とした。今は、年相応の子供っぽさが、顔をのぞかせる。 「いいんですか?」 忍刀「暁」を背負い直す、菊池 志郎(ia5584)。実際通った洞窟の様子を、細かくまとめていた一人。地図を清書してくれたライ・ネック(ib5781)に、一応、尋ねる。 「子供たちには、敵いませんから」 誠の鉢金をしめると、気持ちが引き締まり、気合いも入るはずだが。今日はそうもいかず、苦笑を浮かべるライ。 予想通りの解答。シノビたちは穏やかに笑い、影に徹することに決めた。 「‥‥とーぶん、探検はこりごりだぜ」 風のキャスケットを深くかぶるアルバルク(ib6635)の背中は、お疲れ。最年長は、しっぽ探検隊の隊長に、祭り上げられた。その実態は、探検隊の保護者。 「隊長は、苦労する立場じゃからのう」 狐耳をピンと立て、如月 瑠璃(ib6253)がねぎらう。瑠璃は長柄の武器を好むが、狭い洞窟内では見習いの刀しか、持ちこめなかった経緯がある。自分も苦労したが、その素振りは見せない。 「伽羅ちゃん、案内ありがとう」 「にゃ♪」 洞窟で、誕生日を迎えたフランヴェル・ギーベリ(ib5897)。案内した伽羅の頭を撫で、耳の後ろをかく。 穏やかな瞳の奥は、捕食者の視線。今は信頼を積み重ねる、いずれ頂かせて貰う日のために。 ●結成! 「ってー‥‥獣人のお嬢ちゃん、まーた今度は洞窟探検かい?」 「にゃ?」 「普通は遺跡で死にかけりゃあ、後をひきそうなもんだが。子供ってのは、案外頑丈なんかねえ‥‥」 不思議そうに猫しっぽを振るう相手に、アルバルクは頭をかく。子供には、大人のジョーシキが通じない。 「やあ、伽羅ちゃん! また会えて、本当に嬉しいよ! 体の調子はいいのかい?」 「伽羅は、お元気なのです♪」 フランヴェルに、元気よく答える伽羅。命の恩人たちに再び出会え、猫耳も嬉しそう。 「今回は宜しく頼むよ、同じ開拓者‥‥仲間として、ね」 フランヴェルの目が、意味ありげに細められた。 「伽羅さんも、藤も、怪我がなくて何よりでしたね」 「ほんまやで」 「わ、猫又! ボク、猫が大好きなんだよ!」 志郎の声に、藤の三毛しっぽが動いた。亜紀は見下ろし、藤に手を伸ばす。つぶらな目をした猫の面を片手に、接近を試みた。 「‥‥藤ちゃんの言葉使いって、ボクのお姉ちゃんに、なんだか似てるなぁ」 「へー、そうなんですか」 誘惑に成功した亜紀は、藤を抱えあげた。奇妙な近親感。志郎に喉をなでられ、藤は金の目を細めた。 「遺跡の探索! ‥‥ハッ、いけない、危険な調査だもんね。浮かれちゃだめだよね、うんうん」 「あの‥‥」 「‥‥でも、面白いものとか、あったらいいのになぁ」 「すみません」 「はい?」 「私はシノビのライ・ネックと申します。よろしくお願いします」 清華は輝く瞳で空中を見ていたかと思えば、両手で頬を叩いている。遠慮がちにライは声をかけ、お辞儀をした。 よくわからない百面相を披露する、清華の現象。これも「アヤカシの仕業です」と、周りに説明しても良いのだろうか。ライは内心、悩む。 「ほみ、伽羅ちゃん見っけ♪ よろしく〜なんだよ〜」 「にゃ♪」 「うーむ、場所は狭い洞窟か‥‥」 伽羅に後ろから抱きつき、プレシアの狐しっぽが元気に振られた。後ろの瑠璃は、深刻な表情で唸っている。 「あ、藤さんだね〜? にゃ〜にゃ〜にゃ〜☆」 「長柄の武器を思い切りふれんとは、些か不満じゃのう‥‥」 プレシアが振り返ると、亜紀に抱っこされた藤がいた。その前を、悩める狐耳の瑠璃が、行き来する。 「なんじゃ?」 「しっぽ探検隊だ〜! よぉ〜し、それじゃあしゅっぱ〜つ! お〜♪」 プレシアは、ぽむっと手を打つ。伽羅を連れて、いきなり瑠璃の手をとった。両手を掲げ、二人の手ごと、ばんざいする。 しっぽ探検隊の誕生であった。 ●道は、うにょうにょ 入口から左に行ったところ。二つ目の分かれ道に、一行の姿があった。 「ここを、右に行ったんですね?」 伽羅と藤に確認をとる。地図と前を見比べ、白墨で地面に印をつける志郎。 「暗くて、よく見えないね」 栄光の手で、左奥を照らしてみる亜紀。大きく掌を開いている杖の先には、フランヴェルから渡された、香蝋燭「果実」が揺らめく。 「ボクの出番、コウモリだけ〜が知っている〜♪」 呪殺符「深愛」をプレシアは、とりだす。閉じた翼を広げ、コウモリが羽ばたきした。 「扉、はっけ〜ん!」 「やったね!」 すぐ、もたらされる知らせ。清華は近寄り、扉を覗き込んだ。 「‥‥あ、あれ、もしかして人の顔!?」 「顔だって?」 「待って下さい、罠が!」 清華の驚く声に、アルバルクは走り出す。忍眼を使って察知するも、ライの制止は間に合わない。 「おっと!」 「そこ踏んだら、奥で音がしたのです」 アルバルクは、床を踏みつけた。おもいっきり。伽羅がのんきに、解説をする。 「‥‥あ、違った。人形だよ、ごめんなさい」 「下がってください」 こちらを見る清華の頭の上に、刀が伸びていた。志郎の姿が、かき消える。声は清華のすぐ隣からした。刀を持つ相手を、切りつけている。 「敵じゃ!」 蝙蝠外套をひるがえし、瑠璃も続く。一行の前に、人形たちが姿を現した。 「確かに、大きいようだね」 亜紀を背中に、フランヴェルは呟く。二本足の人形は、刀を持っていた。手が伸び、切りつけようとする。 「早く下がるんじゃ!」 「こ、今回はここまでにするのもいいと思うな! どんな罠があるかとか、どんな敵がどんな風に出てくるとか、わかったし!」 「燃え燃え〜きゅん♪も、できないよ〜」 瑠璃に手をひかれ、戦線離脱を図る清華。仲間たちを巻き込みそうで、プレシアは手が出せない。 「時間を稼いで、閉じ込めるから!」 言うが早いか、亜紀は呪文の詠唱を始める。六本足の人形は、クモのように壁をはい、扉から出てこようとしていた。 「なにか仕掛けるつもりですよ」 前にでるフランヴェルに、声をかける。ライの研ぎ澄まされた耳は、きしむ音を捉えた。とたんに、クモのような人形の胸が割れる。何か、が飛び出した。 「甘いね」 事前情報から、対策済み。砂つぶては、伊達眼鏡と巻いた布によって阻まれる。 「行くよ」 亜紀の合図で、退避に移る。後を追う人形の前に、石の壁が出現し、通路を二分。一行は右の通路へ、逃げ込んだ。 ●罠で、ぽん 「何もないけど」 「にゃ?」 がらんとした広場で、途方に暮れる面々。伽羅の言った、人形の山は無い。 歩いているとに床が沈み、鈍い音がした。天井が光り、部屋の中を昼間の如く照らす。 「‥‥えっと、動いちゃったよ〜」 何か仕掛けが働いた様子に、狐耳が伏せられる。プレシアの顔が青ざめた。 次の仕掛けは、鉄球の出現か、落ちてくる天井か。予想に反し、壁の側面がひっくり返り、居並ぶ人形たちが、睨みつけていた。 「何だか、マズイ気配だね」 「逃げ道は、ないんじゃぞ!」 フランヴェルの困った声と、瑠璃の戸惑う表情。人形たちは、一斉に突撃してきた。 「もちませんよ!」 「数が多すぎます」 最前列で盾になる、志郎とライの悲鳴。おしくらまんじゅうして、人形が攻め入る。 「奥に走れ!」 アルバルクにつられ、駆け出す一行。最奥の壁は割れ、中に部屋らしきものが見える。丸い水色の床に、大きな木箱が乗っていた。床は、最初から沈みこんでいる。 「先に行け、嬢ちゃん」 「わわっ、待って」 待てない。アルバルクは、亜紀の首ねっこを捕まえた。問答無用で、隠し部屋に放り込む。 「いったい〜」 亜紀は、床に転がる。勢い余って、木箱にぶつかった。その拍子に床から少し、木箱がずれる。 「‥‥あれ?」 一瞬、人形たちが動きをとめる。 「ほれ、嬢ちゃんもだ」 「にゃー!」 「痛いってば!」 続いて、伽羅。とっさに片足でバランスを取るが、止まらない。亜紀を木箱との間に、挟んでしまった。木箱が少しずれる。 「やっぱり、止まったのかい?」 「‥‥止まっておらんのじゃ!」 目に見えて、伸びる腕が動きを止めた。いぶかしむ、フランヴェル。 瑠璃の目の前で、刀を構えた人形も静止。数秒ののち、振り下ろされる刀を受け止め、叫んだ。 「止まる‥‥動き?」 ライは、視線を巡らす。人形たちは少しだが、動きを止めた。二回も。止まるときの共通点は、なんだろう。 「嬢ちゃんも、後ろだ」 「投げないでよ」 アルバルクは清華も、隠し部屋に投げ込む。非難は無視。 「痛い!」 床を転がる、清華。亜紀と伽羅は、とっさに避けた。 背中が木箱にぶつかり、清華はようやく停止。木箱を少し押し、床の中心からずらした。 「また止まりましたよ!」 つばぜり合いをする人形の刀から、力が抜けた。志郎は蹴り飛ばし、人形を遠くに追いやる。床に転んだあと、思い出したように振り下ろされる、人形の刀。 「‥‥声? 隠し部屋に、何かありませんか?」 ライは、片眉を上げた。人形が止まる直前は、必ず仲間たちの悲鳴が聞こえる。 「隠し部屋だね〜?」 プレシアは身をひるがえし、隠し部屋に迫る。 「嬢ちゃんたち、何か仕掛けはないか」 「仕掛け? この木箱くらいだけど‥‥」 アルバルクは、部屋を覗きこんだ。困った顔で、亜紀は答える。部屋には、色つきの床と木箱しかない。 「わー、そこ、どいて〜!」 「どわっ」 プレシアは足がもつれ、アルバルクを突き飛ばす。大きな身体は、肩から木箱に倒れかかった。大きく揺らぐ、木箱。 「また止まったのじゃ!」 「分かった。木箱を、床から外すんだよ〜!」 「いって‥‥、外すったって、重いぞこりゃ」 驚く、瑠璃の声。プレシアは鼻を押さえつつ、涙目で教える。肩をさすりつつ、木箱を押して唸るアルバルク。 「私がやるよ」 宣言し、呪文を唱え始める清華。いつの間にか、床から離れている。 「危ないぞ」 「にゃ?」 身の危険を感じた、アルバルク。事態を理解していない伽羅を抱え、水色の床から退避する。 「いっくよ!」 石の壁が、木箱の下から競り上がった。ストーンウォールは、水色の床から、木箱を押し出す。 沈みこんだ床が、回りと高さを合わすように、ゆっくりと持ち上がってきた。 「くっ‥‥」 フランヴェルの上に、人形がのしかかる。刀の切っ先が、頭を狙っていた。 「危ない!」 「させませんよ」 気づいた志郎とライが、刹手裏剣と手裏剣「八握剣」を、それぞれ投げつける。人形が傾き、刀を取り落とした。 わずかに軌道がそれ、顔の横に突き刺さる。フランヴェルの髪が数本、切られた。 「髪は、女の子の命じゃ!」 人形を交わし、狐耳が走り込む。瑠璃の、渾身の一撃。人形の肩を刀で叩きつけ、吹き飛ばした。 「ありがとう!」 フランヴェルは、ピストル「アースィファ」を構えた。緑色に輝く宝珠。 そして人形たちの動きが止まる。放たれた弾は、嵐のように人形の頭部を砕いた。 ●宝もの 「中味、なんだろうね?」 「きっと宝もの♪」 蓋が少し外れた木箱を、子供たちは覗きこんだ。滑らかで、白い肌が見える。外に居たのとは、違う人形。 亜紀は驚き、しりもちをつく。藤は全身の毛を逆立て、庇うように立ち塞がった。清華を背に隠し、伽羅も戦いの構え。 「どうした?」 「なに〜?」 尋常ではない、子供たちの様子。アルバルクとプレシアも武器を構えて、木箱を取り囲む。 「中に、人形が!」 高まる緊張。アルバルクは蓋を蹴り飛ばした、黄金短筒が人形を狙う。陰陽の指輪をはめたプレシアは、斬撃符のかまちゃんを放つ構え。 「‥‥大丈夫?」 「起動点から外れたから、動かないんだね。きっと」 恐る恐る、尋ねる清華。まるで人のように目を閉じて、眠り続ける人形。しばらく取り囲むが、動く気配はない。 服の埃を払い、亜紀は立ち上がった。腕には用心棒の猫又を、しっかり抱えている。 「‥‥おどかすんじゃねぇ」 「びっくりした〜」 冷や汗を拭い、脱力するアルバルク。プレシアの狐しっぽも、力無くうなだれた。 「仕掛けが、止まったようですね。アヤカシならば、倒した後は瘴気に戻りますが、これは形を保っています」 刀をもつ人形をさわり、志郎は呟く。胸がひらいた人形も、操り糸が切れたように崩れ落ち、静止したまま。 「さすがに仕掛けが止まらないと、少し危なかったね」 「おぬしは前向きじゃのう。髪が短くなったんじゃぞ?」 「ボクの髪は元々短いから、揃うのは早いよ」 少し短くなった横髪を触る、フランヴェル。軽く笑いを浮かべる相手に、瑠璃は怪訝そうに問う。 瑠璃は、天儀の武家の娘。ジルベリアの文化に興味があっても、天儀の教えが、心に根付いているのだろう。 「キミこそ、髪や耳に傷がなくてよかった」 「くすぐったいのじゃ!」 「ごめんね、傷がないか確かめていたから」 フランヴェルは瑠璃の髪に手を伸ばし、狐耳に触れた。感触を、堪能する。 普段は幼女が標的だが、瑠璃も一応、年下。フランヴェルより幼い女の子には、変わりない。 狐耳を伏せ、逃げ出す瑠璃。悪戯な笑みを浮かべながら、フランヴェルは謝った。 「こちらにも、道がありますよ」 「地図には無い、道ですよね」 ライの指差す先には、行きとは違う道があった。志郎は手帳を広げ、確認する。 「まだ罠が起動するとも、限りませんが‥‥行きますか?」 どこかライの口調が、警戒を示している。途中の分かれ道の、思い出が苦い。 「行きましょう、空白を埋めなくては」 「そうですね、仕事ですから」 志郎が催促すると、ライは頷いた。 明るい光が見える、洞窟の入り口だった。広場から一本道。 「あー、矢印はっけん!」 「最初の道に、繋がってたんだ」 でかでかと書かれた白墨の矢印。清華と亜紀が、取り囲む。 「灯台、もと暗しってか」 「最初の霧の罠は、この道に行かせないためだったんだ」 「面倒じゃったのう」 アルバルクのため息に、瑠璃のあくび。ついでにフランヴェルは、大きく背伸びをした。 「これで地図は完成〜?」 「ええ、繋がりましたね」 「ギルドに報告すれば、終わりです」 プレシアは、嬉しそうに狐しっぽをふる。志郎とライは、笑い、手帳をしまった。 しっぽ探検隊、任務完了である。 |