【槍砲】 雨
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/30 18:05



■オープニング本文


 魔槍砲。それは本来アル=カマル製の特殊銃を指す。
 宝珠が組み込まれた長銃身型であり、先端には槍のような刃が装着可能。宝珠近くの樋口から火薬や専用の薬品を詰め込む構造を持つ。
 しかし魔槍砲には銃口が存在しない。そして多くの魔槍砲は弾丸を込める手順さえ必要とせず、練力消費によるスキルを代替えとする。
 銃身の先端から時に放たれる火炎、爆炎は一見すれば精霊魔法のようだが物理的な攻撃能力を有す。
 これまで改良が続けられてきた魔槍砲だが、ここにきて停滞気味。アル=カマルの宝珠加工技術の行き詰まりが、原因といわれている。
 このような状況下で朱藩国王『興志宗末』と万屋商店代表『万屋黒藍』は、魔槍砲に注目していた。



 降りしきる雨。水煙の向こうに居るのは、親しい人達だった。愛すべき家族だった。
 群れなす群集は、一様に口を歪める。この世の者ではない、笑いを浮かべた。
 今は人では無く、「アヤカシ」と、呼ばれる存在。
 伝わらぬ叫び、届かぬ思い。三途の川から溢れた水が、全てを隔てた。


 神楽の都の、開拓者ギルド。受付のベテランギルド員は、開拓者をまっすぐ見る。
「朱藩のある村が、アヤカシによって滅んだ。平野に固まって、二十ほどの家があったが、村人は全滅。
始まりは、食屍鬼だったらしい。亡くなった者は、屍人や大首として、新たなアヤカシになった。今や、数は五十を超える。
‥‥今回は、このアヤカシ達を、すべて退治して貰いたい。」
 梅雨のせいか、外には薄暗い空が広がる。黒い雲が増え、ギルドの中も曇ってきたように感じた。
「依頼を受ける上で、条件が一つ。この武器のどれかを、一度で良いから使ってくれ。武器は個人で好きなものを選んでも、全員が同じものでも、構わない」
 ベテランギルド員は、三つの少し重そうな武器を取りだした。
受付台に置かれたのは、銃口の無い、銃らしきもの。先端には、宝珠が取り付けられている。
「武器は魔槍砲という。先端の宝珠に練力を込めると、砲撃ができる仕組みだ。銃の一種だが、先端に槍があり、普通の攻撃もできるぞ。
魔槍砲は練力の消費が激しいうえに、まだ試作品。撃てる弾は、多くても一挺で三発が限界らしい。
弾の射程は『弩』くらいだが‥‥武器全体の重さは、もう少しあるぞ。長さは『ロングボウ』と同じか、少し短い感じがするな。
ほら、万商店にある、泰の機械弓とジルベリアの弓だ! ‥‥分かりづらくて、すまん」
 説明の最中で視線を反らす、ベテランギルド員。つい弓に例えてしまうのは、弓術士の習慣。
 気を取り直し、説明を再開する。それぞれを、指差した。

『魔槍砲改・壱式』
 宝珠を質の良い物に交換し、練力変換効率を上げた物。消費練力が若干減り、威力は若干向上。

『魔槍砲改・弐式』
 砲撃を最大限に活かすため、暴走ぎりぎりまで火力を上げた物。暴走防止用に、逆止弁を取り付け済み。

『魔槍砲改・参式』
 宝珠を小型の物に取り換え、砲撃一発にかかる練力と威力を抑え、安定性を持たせたもの。威力にはかけるが、連射性を同時に得ている。

「ああ、そうだ。魔槍砲の扱いや、他の道具を含めて、運ぶ心配があるなら言ってくれ。
村を見張っている、朱藩の臣下の者に願うから。志体持ちがいいなら、俺がついていこう」
 朱藩の臣下の者は、魔槍砲の扱いを心得ている。そう多くはないが、開拓者の人数に少し上乗せする数の、魔槍砲をそろえて貰えるだろう。
 ‥‥しかし志体がない以上、村の入口が近づける限界。

 ベテランギルド員は、元開拓者の弓術士。一線を退いて久しいが、自分の身を守るぐらいの技量は、持ち合わせている。
 ‥‥魔槍砲は人数分しか望めないが、村の奥深くまで同行してもらえるのが利点。

 どっちに頼むにしろ、万商店で揃う道具なら、多少の融通も利かせて貰えそうだ。
 ‥‥魔槍砲の本数にこだわらず、人数分を規定回数のみ使用。あとは慣れた武器で戦うのも、一つの方法か。


 ギルドの屋根から、雨音が聞こえ始めた。嵐の前の静けさ。
「依頼と武器の経緯か? 逃げてきた村人を保護したのが、朱藩の臣下でな。
『‥‥生きていようと、亡くなっていようと、アヤカシだろうと、朱藩の民。依頼に役立てて欲しい』と、新しい武器を貸しだしてくれた。
同郷の者たちが苦しんでいるのを、見過ごせなかったのだろう」
 ゆっくりと息を吐き、ベテランギルド員は腕組みをした。目を閉じ、思い出す。


 あの日、神楽の都は、どしゃぶりの雨だった。
 入口から飛び込んできた依頼人は、悲壮な表情をした中年の男。ずぶぬれの龍の背には、赤い雨が流れていた。
 龍の背に乗せた者が、唯一の村の生き残り。神楽の都を目前にして、息絶えてしまった。
 村の皆を助けて欲しいと、最後まで訴えていたと。朱藩の臣下と名乗った男は、涙ながらに語る。
 悲しげに鳴く龍の声と、ギルドに居合わせた者のすすり泣き。雨音は、すべてを飲み込んだ。


「‥‥辛い依頼になると思う。それでも、頼めるか?」
 目を伏せたままのベテランギルド員の声が、やけに耳につく。光る空と、雷鳴。
 雨は、激しさを増していった。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
ルーンワース(ib0092
20歳・男・魔
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文


 五月闇と錯覚しそうな暗さ。朱藩の臣下から、村の見取り図を見せて貰う。村でうごめくアヤカシが、指差す先に見えた。
「また‥‥繰り返すしか、ないのか」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)の、脳裏を掠める思い出。眼前に染まりゆく白、雪に閉ざされた村。季節は違うというのに。
「あの村のような悲劇を起こさせないよう尽くすと、心に誓ったばかりだというのにな‥‥」
 村人たちは、雪解けの陽気を知ることも、桜を眺めることもできない。もう二度と。
「壊滅した村か‥‥ボク達がいれば、理穴の‥‥あの村の様に守れたのに‥‥」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)に、熱いものが走る。以前、仲間と守った村は、田植えの季節を迎えていた。
「いや、傲慢な考えだな、力を持つ者の」
 ジルベリアの地方貴族は、権力と己を思う。何よりも大きくて、何よりも小さな力を。
「そうですか? 私はそう思いませんけど」
 目指すは、力による正義。檄征 令琳(ia0043)は、鬼面をかぶる。
「弱き者の、慣れの果てとは憐れなものですね。‥‥力を持たなかった、己を恨む事です」
 般若を模した、木彫りの面。どこか悲しげな表情なのは、きっと薄暗いから。
「けど‥‥元は住人、だよね。お年寄りや子供も居たんだろうし、目覚めはあんまり、良くないな」
 天然ぬこ様は、おっとりと呟いた。雨にぬれた黒髪から、しずくが滴り落ちる。
「‥‥それだけに『アヤカシ』を斃す気には、なるけれど」
 ルーンワース(ib0092)の握る魔杖「ドラコアーテム」には、竜の装飾がなされている。その眼の宝珠が、応えるように光った。
「所詮アヤカシ。言葉を交わす事に、意味は無い」
 腕組みをしたバロン(ia6062)は、静かに答える。頑固親爺は、厳しい顔を崩さない。
「奴等が死者を冒涜する事について、とやかく言うつもりも無い。ただ、全力で滅ぼすのみだ」
 ここは戦場。悲しき存在たちに、無慈悲と言う名の、慈悲を。
「ボクは絶対に、許さないんだからね〜!!」
 頬を膨らませる、プレシア・ベルティーニ(ib3541)。おでこの狐の面も、目がつりあがっている。
「村人に酷い事するなんて、もう怒ったんだから〜!」
 怒りを帯びた、狐耳。背中の狐しっぽも、ぱんぱんに膨らんでいた。
「場所は違っても、ルールはおんなじ」
 魔槍砲を肩に担ぎ、前方を睨むアルバルク(ib6635)。興志王の頼みで魔槍砲を買い求め、改良に協力したこともある。
「死人は、ぐーすか寝てるもんだぜ‥‥」
 亡くなったものが、奔放に日々を楽しむことはできない。アル=カマルだろうと、天儀だろうと。
「‥‥俺にできること」
 アヤカシの襲撃から村を守ってくれた、泰拳士。その背を追っていた子供は、龍袍「江湖」をまとう青年になった。
「せめて村人に、死後の平穏が訪れるよう、全力を尽くそう」
 江湖とは、簡易に言えば、義侠を尊び、生きる者達。羅喉丸(ia0347)には、武をもって侠を為す龍がついている。



 村の入口から少し入った場所の広場は、村を一望できた。群れなす人々が、獲物を求めて、さ迷っている。
「さて、魔槍砲とやらのテストですか。私向きでは無いですが、依頼なので、文句も言えないですね」
「連射型か‥‥ふむ、興味深いな。この技術は、銃や機械弓にも応用できない物だろうか」
 参式を手にした、令琳とバロンの異なる感想。同じため息でも、意味は違う。
「まっ、弾を込める手間が要らないのは、便利ですね」
 魔槍砲の先端に、令琳は手をかざした。宝珠が、淡く輝きだす。
「さぁ、本気でお願いしますよ。そうしないと、私が楽しめませんのでね」
 練力と引き換えに、どんどん輝きを増す宝珠。令琳の目が、細い三日月を形作る。口角が持ち上がった。
「犠牲になった者達の無念を、晴らしてやることは、できないかも知れん」
 令琳の隣で、鳥銃「狙い撃ち」の照準眼鏡を、覗き込むウルグ。遠くの屍人の、身体の真ん中が映った。
「だが‥‥背負っていってやることは、できる!」
 雨の幕を突き抜け、一発。ウルグには弾道が、屍人を貫く様子が見えた。
 アヤカシたちが、一斉に広場を向く。押し寄せる、群れ。
「汝らの魂に、幸いがあらん事を」
 朱藩の臣下の想いを汲み、羅喉丸は、静かに一歩を踏み出す。消える姿。次の一歩は、アヤカシの手前にいた。
「この一射が、弔砲とならん事を」
 アヤカシの密集地帯に、撃ち込む。弐式から放たれた炎は、雨すらも蒸発させた。
急速に失われる練力と、襲いくる倦怠感。村人の苦しみに比べれば、いかほどのものか。
 羅喉丸は、さらなる一歩を踏み出す。
 同じく前線に立つフランヴェルは、歩みを止めた。
「‥‥これも、アヤカシ」
 血が出るほど、唇を噛みしめる。アヤカシに、狙うはずだった足は無い。襲ってくる大首は、子供の顔。
「今は、やるべき事をやるしかない!」
 一時の情で、仲間の危険を招くわけには、いかない。フランヴェルは、一気に距離を詰めた。参式の槍先が、大首をなぐ。


「俺は術師だから、練力管理は命綱だけど‥」
 ルーンワースは、ゆっくりと壱式を構える。狙うは、長い髪を振り乱す、大首。
撃った。怒りの赤い炎が、大首を燃やす。
「依頼人や朱藩の人達の無念を乗せる一発だけは、惜しまないよ」
 引き金をひく指には、水の指輪があった。雫の形をした青い宝珠は、魔術師のかわりに、泣いていたのかもしれない。
「んっと、重いよ〜」
 手になじまぬ金属の重さに、自分よりも大きな銃。おまけに降り続く小雨で、手元が滑る。プレシアは、小さな悲鳴をあげた。
「慌てず、各個撃破するんじゃ」
 銃身を持ち上げてくれる、修練を重ねた手。バロンだった。
「行っくよぉ〜!」
 しゃきんと、銃口をアヤカシに向けた。
「全力全開、プレシアぁぁぁぁ、ブレイカぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 弐式は、練力を根こそぎ持っていこうとする。陰陽師はものともせず、ぶっ放した。
「ついでにかまちゃん、さくっとやっちゃえ〜♪」
 かまいたちの姿をした斬撃符が、追撃する。道符「仙神」が、青い炎をあげつつ、プレシアの足元に焼けおちた。
「後は頼めるかの?」
 バロンは返事も聞かず、プレシアの銃を弥次に任せる。瞳に精霊力を集め、引き金に手をかけた。アヤカシの動きのすべてが、手に取るように見える。
「撃つだけが、使い方じゃねぇ」
 参式を槍として使う、アルバルクの姿も、認められていた。


「むっ」
 姿勢を低くした、羅喉丸の感じた違和感。突き出した槍先が、折れる。
 一瞬とまる動き。間髪入れず、羅喉丸を狙った食屍鬼を炎が焼く。
「大丈夫か?」
 壱式を放った、ウルグが遠くから声をかける。
「すまない」
 数秒後に聞こえた返事は、ウルグの隣からだった。魔槍砲を置き、旋棍「竜巻」を手にした羅喉丸は、軽く頭を下げる。
「別に気にするな‥‥って居ないのか」
 ウルグが隣に目をやると、再び戦場へ戻っていた。
 羅喉丸の棍から起こる竜巻は、雨を巻き込み、小さな台風のよう。近くのアヤカシを、確実に仕留めていく。
「俺も、相棒の出番かな」
 ウルグは外套をひるがえし、袋で二重に包んでいた、愛銃に手をかける。火薬と一緒に、耐水防御をかけてあった。


「きみは、痛かったかもしれないね」
 フランヴェルは、左手でディスターシャを脱いだ。白い服の裾が汚れるのも構わず、子供の大首の遺体にかける。雪が降ってきた。
「先ずは少しでも、減らす事が最優先‥‥かな」
 淡々と告げるルーンワークの杖の龍が、吹雪を吐く。仕事は仕事。たそがれるには、まだ早い。
「‥‥待っていてくれたまえ。ボクが戻るまで」
 魔槍砲を捨てたフランヴェルは、上着の下に背負っていた、降魔刀を引き抜く。魔を断ち、退ける力を持つといわれる名刀を、大首の上で空振りした。
 右腕が下がったまま、村の中心へ走り出す。
「そう言うことは‥‥、なるべく早く言ってね」
 ルーンワークは困ったように、白き精霊に働きかけた。フランヴェルの右腕を、ほのかに輝く白い光が包む。
 負傷していた右腕をあげ、無言の礼を述べながら、フランヴェルの背は遠くなった。


「どわっ、どこ狙ってんだ」
「少し、手元が狂っただけですよ」
アルバルクのマスケッターコートに、火の粉が飛んできた。すぐ隣に、令琳の狙ったアヤカシがいたらしい。令琳はさっさと、武器を持ちかえる
「‥‥災難だぜ」
 悪びれない相手に、アルバルクは顔をしかめる。雨のおかげで焦げずにすんだが、心中は大火事だった。
「ハハハ‥‥」
 高笑いと共に陰陽槍「瘴鬼」の黒い宝珠が、不気味に光った。瘴気が集まり、式の力が宿る。
「消えていただきましょう」
 令琳は楽しそうに、手近の屍人に振り下ろす。
「帰る所へ帰りなさい。来世で強者となり、合間見えましょう」
 式の力を宿した槍は、一撃のもとに、食屍鬼を下した。どこか空しそうな呟きを、残して。


「ちゅうちゅうたこかいな〜、この部屋に敵は残ってないかな〜?」
 プレシアの前を、人魂が先導する。壁の隙間から、家にもぐりこんだ。
「魔槍砲も、なかなか面白い。だが‥‥やはりわしには、こちらの方が性に合っているな」
 弓に持ちかえたバロンは、周囲をうかがう。どこにアヤカシが居るか、分からない。
「居たよ、追いだすね〜」
「上出来じゃ」
 ネズミが家の外で騒ぎ立てた。出てきた食屍鬼をバロンの弓が容赦なく、射抜いていく。
「そこだよ〜☆ 燃え燃え〜きゅん♪」
 プレシアも人差指を立て、片目を閉じる。足元に炎がちらつき、一直線に走った。
「ふむ、これで終わりのようじゃな」
 すべての家屋を確かめ、バロンは顎ひげをなでた。


「雨が上がったな」
 羅喉丸は片手をあげ、確かめる。雲の切れ間が見えていた。
「朱藩臣下の者にも、協力して貰えると有難いんだが」
 ウルグの申し出に、外で待機する朱藩臣下が入ってくる。白い包みを抱えていた。
「それは?」
「‥‥最後の生き残りってか」
 陶器の容器を見せられ、羅喉丸が尋ねる。朱藩臣下の説明。アルバルクのジュエルタリスマンが、目を反らすようにひっくり返った。
「責任を持って、村人と一緒に埋めてやろう」
「ここで‥‥良い?」
 羅喉丸は容器を受け取り、ルーンワースの掘った穴に、丁寧に置く。湿った土が被せられた。
「きっと、泥だらけで元気に遊ぶ、子供達だったんだ」
 子供の遺体の前で、フランヴェルはひざまずく。豊かな実りをもたらしたであろう、田の土を手に握りしめた。嗚咽がもれる。
「お墓を建てたり、手を合わせたりするの〜。出来る限りで、供養するんだよ〜」 
 心配したプレシアは、フランヴェルの服を引っ張った。動かない相手に、狐しっぽが悲しそうに垂れ下がる。
「自分のなすべきことを、見失うでないぞ」
「娘さん、泣くのは後だ」
 バロンは、フランヴェルの背に手を添える。弥次も、静かに語りかけた。若者達の成長を見守り、導くのも先達の役目。
「‥‥戦いに空しさを感じてしまったら、私の存在意義がなくなってしまう」
 令琳は、足もとに転がる遺体をみる。首のない三つの遺体は、大人が子供をかばっていた。
 大首は三体だけ。この親子に、間違いないだろう。
「たぶん、この人が母親だよ」
 ルーンワースが最初に撃った、髪の長い大首だった者。なぜか髪だけは、燃えていない。悲しみの雨は、小さな奇跡を起こしていた。
「ほれ、探してきたぜ」
 離れた所から、アルバルクが大首を持ってきた。律儀に顔に着いた泥を払い、子供の方を向かせてやる。
「ボクは忘れない。此処にも連綿と受け継がれ、そして伝えられていく筈だった、生命の営みと穏やかな日々があったという事を」
「ん‥‥そうだね。俺も忘れないよ」
 ようやく立ち上がったフランヴェルも、上着をかけていた子供の大首を並べた。涙をこらえ、上着をまとう。
 深く、深く、ルーンワースは頷く。村にあったクワで、穴を掘り始めた。
「こいつは仕事の範囲外だが。たまにゃ、無料奉仕もわるかーないぜ」
 クワを渡され、ぶっきらぼうに言うアルバルク。鼻をすする音が聞こえた。
「今は眠れ、母と共に‥‥」
 令琳はふところから、袋をとりだした。中身を親子の数だけ、墓に盛った土に埋める。
「それ、なんなの〜?」
 興味深そうに、プレシアは覗き込み、尋ねた。狐しっぽの先が、何度も上を行き来する。
「べっべつに、花が好きなだけですよ! ここの村人が成仏しようがしまいが、私には関係のないことです」
 令琳は、慌てて後ろ手に隠した。拍子に袋から、花の種が転がり落ちる。
「ひまわりか、太陽みたいな花が咲くな」
 羅喉丸は一粒、拾い上げて観察した。だ円形で、しましま模様の種。
「そう言えば、花言葉にも、光輝というのがあったぞ」
「太陽と光か。雨が降ったあとには、ちょうど良いな」
 弥次が、ぼそりと補足する。羅喉丸は目を細めた。ひとり納得し、種を近くの墓にうずめる。
「ちょうだい〜♪」
「ま、花も弱ければ、育ちませんけどね」
 嬉しそうに、狐耳が動いた。両手を差し出し、プレシアが催促する。もったいぶりながら、令琳は袋の中身を半分渡した。
「ボクにも、くれるよね?」
「俺もか? 構わないが」
 プレシアはにこにこと、フランヴェルに種を渡す。ついでにその隣に居た人物にも、種のお裾わけ。
 銀の瞳を瞬かせ、ウルグは巻き込まれ体質を発揮。花の種が、村いっぱいに植えられ始める。
 お人好しな青年の腰で、お守り「希望の翼」が満足そうに揺れていた。


 皆は宿屋へ泊り、疲れを癒した。朱藩の臣下が用意してくれた、感謝の印。
 夜も更けた頃。酒を囲んで語らう姿があった。
「あのような物まで出てくるか‥‥弓が戦場から姿を消すのも、そう遠くない話かもしれぬな」
「魔槍砲か。‥‥陰陽師も治癒が使えるからと言って、巫女がいらないなんて話は、聞いたことないぞ。同じじゃ、ないのか?」
 天儀酒「武烈」を一気にあおり、バロンは口を開く。弥次は盃を持ち、うなった。
「ま、わしはこの弓以外を、使う気は無いがな‥‥」
 バロンは壁に立てかけた、愛用の弓を見やる。弥次もつられて、墨色の弓を見た。
「こんな所で、故郷の弓にお目にかかるとは、思わなかったな」
 じっくり眺めた理穴の弓術師は、ジルベリアの弓術士が持つ弓におどろく。
弓「幻」。特に優れた弓術士にのみ、与えられるという。弐儀王からの要請に従って、生産される弓。
「緑茂の戦の頃からの相棒ゆえ、愛着がな‥‥ふ、頭の固い老人なのさ」
 どこかさみしげに語り、バロンはもう一口あおる。
「お前さんとその弓は、頭の固さ以上に、固い絆だろ。年寄りの酌だが、もういっぱい飲め!」
 袖をまくりあげ、とっくりを押しつける弥次。
「同じ年寄りの酒では、断れぬな」
 強引な酌を受け、バロンは笑う。どこか子供っぽい笑顔だった。