【槍砲】 大切なもの
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/09 20:59



■オープニング本文


 魔槍砲。それは本来アル=カマル製の特殊銃を指す。
 宝珠が組み込まれた長銃身型であり、先端には槍のような刃が装着可能。宝珠近くの樋口から火薬や専用の薬品を詰め込む構造を持つ。
 しかし魔槍砲には銃口が存在しない。そして多くの魔槍砲は弾丸を込める手順さえ必要とせず、練力消費によるスキルを代替えとする。
 銃身の先端から時に放たれる火炎、爆炎は一見すれば精霊魔法のようだが物理的な攻撃能力を有す。
 これまで改良が続けられてきた魔槍砲だがここにきて停滞気味。アル=カマルの宝珠加工技術の行き詰まりが原因といわれている。
 このような状況下で朱藩国王『興志宗末』と万屋商店代表『万屋黒藍』は魔槍砲に注目していた。



 壁に打ち付けられた、小さな身体。赤く染まった衣服。力無く垂れ下がる、茶虎模様の猫しっぽ。
 構わず襲い掛かってくる、アヤカシ。一か八か、渾身の一撃を浴びせた。
 アヤカシは消え失せ、宝珠が転がる。見届けると、小さな身体は崩れ落ちた。
 血まみれの手で、お守りの符水を取り出す。もしものときにと、兄がくれた体力が回復する薬。
 上から呼び掛けてくる声が、やけに遠い。目の前が、暗くなってきた。そして意識は、闇の中へ。


「探索して頂きたいのは、神楽の都近くの遺跡のひとつです。入口から左右に細長く伸びていますので、今回は西側の探索と宝珠集めをお願いします」
 虚ろな表情で、新人ギルド員は説明する。全く生気が感じられない。
「東側は、二日前に探索が終わりました。奥で狂骨のアヤカシが四体確認されました。討伐し、宝珠も回収済みです」
 からくり仕掛けのように、淡々と言葉を紡ぐ新人ギルド員。
「戦闘の際、一部の床の崩落が認められましたので、注意をお願いします。前回の探索は、崩落騒ぎで中断されてしまいました。開拓者が一名、アヤカシと共に崩落に巻き込まれ、犠牲になっています」
 急に新人ギルド員の声が震えた。依頼書から、顔をあげようとしない。
「‥‥犠牲と言うが、まだ死亡したと決まったわけじゃない」
「弥次先輩は、黙っていて下さい。僕の担当の依頼です」
「お前に任せられないから、口を出すんだ。落ちた開拓者は、十才の子供。未だ、救助できてない」
「止めて下さい。伽羅は死んだんです、救助は必要ありません!」
「妹さんを見捨てるのか!? 崩落口が小さくて、同行していた大人達は入れなかっただけだ。誰も生死を確認していないんだぞ」
「人魂で、動かないことを確かめてくれています」
「崩落口からの明りだけで、薄暗い中を見たんだ。当てになるか!」
「とにかく、この依頼は僕の担当です。妹の事は気にせず、探索と宝珠の収集をお願いします。以上です」
「待て、喜多!」
 ベテランギルド員の怒声。新人ギルド員は、ギルドの奥へと逃げ出す。
「‥‥取り乱して、すまない」
 茫然と見守る開拓者に、ベテランギルド員は謝った。


「未探索の西側にも、アヤカシが残っているかもしれない。足場も悪いだろうから、気をつけてくれ。東側は狂骨を討伐して、宝珠を集めてきたらしい。‥‥結果が崩落だ」
 机に残された、前回の報告書を手に取る。ベテランギルド員の声が、やけに低く感じられた。
「‥‥気になるにのは、人魂で見たとき、地下の壁は岩ではなく、まるで石垣のようだったという報告だな。遺跡には、地下の可能性あるかもしれん。まぁ、階段も発見されていないが」
 一通りの説明は受けた。遺跡に向かおうとする開拓者。
「待ってくれ! これは俺の個人的な願いなんだが‥‥。できれば落ちた開拓者を、救助してくれないか? さっきのギルド員の妹さんなんだ」
 呼びとめたベテランギルド員。真剣な眼差しが、請う。
「そばに空っぽの符水の竹筒が転がっていた、という報告もあってな。俺は、まだ死んでいないと思う」
 ベテランギルド員は、信じていた。落ちた開拓者は、必ず生きていると。
「もし不可能なら、救助しなくても構わない。遺跡の内部構造さえ分かれば、俺が助けに行く。これでも元開拓者だ、なんとかなるだろう」
 ベテランギルド員は、八年ぶりの開拓者活動。以前のように、動けるかどうか分からない。
 それでも決意した、助けに行こうと。


 そのころ、新人ギルド員は外でうずくまっていた。
「行かせるんじゃなかった、伽羅‥‥」
 この前の誕生日に、妹から贈られた瑠璃の腕輪。新人ギルド員は、血がにじむほど握りしめる。
 折れ曲がった猫耳に、茶虎模様の猫しっぽ。兄上と全部お揃いと、笑っていた妹はもう居ない。
「僕に仙人骨があれば‥‥!」
 新人ギルド員は、志体を持たなかった。妹を助けに行ってやれない、悲しみ。押し寄せる、自己嫌悪。
 嗚咽は、いつまでも続いた。




■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073
27歳・男・サ
西中島 導仁(ia9595
25歳・男・サ
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文


「喜多の采配の宝珠探しですが、妹の行方が絡んでるのですね?」
「‥‥やっかいな事にな」
「以前、志体持ち云々で、どうも焦ってる様子が見受けられたのは‥‥そういう訳なのですね」
 杉野 九寿重(ib3226)の、犬耳が伏せぎみだ。弥次の声も、渋さを増すばかり
「喜多の妹が、大変なんだって?」
「ああ、そうなんだ」
「大丈夫だよ、弥次! 喜多の妹は、必ず助けてあげるからさ♪」
 とがったエルフ耳のアムルタート(ib6632)が、受付に乗り出す。落ち込み気味の弥次に、明るく声を張り上げた。
「最初に聞いた時は、ただの遺跡探索って話だったが。あんな話を聞いたら、放って置けないよな」
「光の速さで、現場にDASHするぜえっ!」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は、ぐっと眉を寄せた。村雨 紫狼(ia9073)の、熱血を宿した指が、天を示す。
「依頼は宝珠の入手だけど‥‥、神音は助けられるものなら、伽羅ちゃんを助けたい。宝珠は他でも手に入るけど、人の命に代わりはないもん!」
「ふむ‥‥義を見てせざるは何とやら、というところか。弥次殿の思い、確かに受け取った」
 石動 神音(ib2662)の、遠い記憶が重なる。七つのとき、両親をアヤカシのせいで亡くした。
 言葉を受け、西中島 導仁(ia9595)は、胸に手を当てる。
「おーおー、泣かせる話じゃねえの‥‥。まあ、俺は適当に、仕事するだけだけどな」
 少々の同情はしつつも、ドライなアルバルク(ib6635)。本来の依頼を考える。
「喜多君は、どこにいるかね?」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が問う。案内されたのは、なぜかギルドの建物裏だった。
 地面にうずくまる猫影。暗く、淀んだ空気。すべて日陰の中にある。
「喜多君、君の為すべきは、そうやって蹲る事じゃないだろう!」
 ブーツの踵を鳴らし、フランヴェルが喜多の前に立った。腰に手を当てて、怒鳴る。
「聞いてる?」
 アムルタートはしゃがみこみ、喜多の猫しっぽを掴んだ。
「にゃー!」
 手加減なしの荒療法。とどろく悲鳴。喜多は、日向に飛び出した。
「伽羅‥‥は、もう‥‥生きて‥‥」
 ようやく現実に戻る。たどたどしく、紡がれる言葉。
「‥‥絶望には、まだ早い。最善を尽くす!」
 フランヴェルの強い言葉。喜多の気持ちを、揺さぶる。
「家族なんだろ? あんたが信じないで、誰が信じてやるんだよ! 俺たちも全力を尽くすから」
「神音は家族を失う辛さを、誰にも味わって欲しくないんだよ!」
 盟約のジャンビーヤを握りしめる、クロウ。困っている人達の力になる事が、育ててくれた両親の恩に報いる行為。
 神音の心からの声は、暗闇に光をともす。喜多の目から、こぼれる涙。
「‥‥妹を、助けてくれますか?」
「必ず助け出して、且つ、求める要求も達成してみせますね」
 力強く、頷く九寿重。獣人開拓者は、言わば同輩。見捨てられない。
「後は、俺に任せてくれよ。お義兄さ・・・げふげふ、お兄さん!」
「乗りかかった船だ、付き合うか‥‥」
 咳払いをしつつ、紫狼は力たすきを締める。頭をかき、諦め口調のアルバルク。
「すまぬが、伽羅殿を救出に来たと分かるものを、預かっていきたい」
「この腕輪を、持って行って下さい。妹が、誕生日にくれたものです」
「しかと」
 喜多の、瑠璃の腕輪。導仁は、護真鎧の内側に収めた。
「あ、喜多も号泣して待ってるって、ちゃんと伝えとくから!」
「えっ?」
 思いつく、アムルタート。喜多の声は、無視。



 コケに覆われた壁。ところどころ欠けた石垣。名もなき遺跡。
「伽羅殿を連れ帰るのは、女性に任せる方が良いかもしれんな」
 気がかりがあった導仁は、入口で考え込む。
「間違いなく怪我しているだろうし、衣服も万全ではないやもしれぬ」
「任せたまえ。衣服は準備してある」
 フランヴェルは、意気揚々と旗袍「紅雀」を取りだした。幼い少女の着替えに、ついつい期待が‥‥いや、理性は残っているはず。
「神音も、薬を持って来たよ! あとね、ふんわり提灯♪」
 明るく素直な神音は、手をあげて答える。優しい提灯の光の中、ゼムゼム水と符水を、飲ませる予定だ。
「お腹が空いてると思って、食べ物を用意したんだよね」
「私は休めるように、小型天幕を携帯しました」
 お気楽なアムルタートは、大切な手作りクッキーと、緑茶「陽香」を確認。甘い物を食べて、元気を出してもらう作戦だ。
 背負った荷物を、指差す九寿重。自分より、他人の面倒を優先する性格が、表れていた。
「俺も子猫たん、神音たん、アムルタートたんに、人情本「百合」を‥‥」
 言いかけた紫狼の足元に、ダマスクスナイフが突き刺さる。
「宝珠を削り出すんなら、そいつを貸そうか?」
「イイエ、ケッコウデス」
 アルバルクのモノクル「ホークアイ」が、鋭い光を放った。片言で答える紫狼。
 適当で気まぐれな不良中年でも、芸人体質の若者のボケは、許せなかったらしい。
「地図は、俺に任せてくれ」
 すでに羽根ペンと手帳を、構えているクロウ。極めて現実主義な、根っこの部分が見え隠れ。
「‥‥呼子笛を持ってきた!」
 最後は、携帯していた武天の呼子笛を取りだす導仁。気ままな開拓者生活には、機転も大事。


 遺跡の壁に埋め込まれた宝珠が、ほのかに照らしていた。
「薄暗いな‥‥なんとかなるか」
 呟くクロウは、ゆっくりと呼吸した。青い瞳の中の、瞳孔が開く。飛躍的に伸びる視力。
「あれが崩落口‥‥」
 探索済みの東。行き止まりの床に、黒い穴が待ち構える。
「西は‥‥アヤカシが居るぞ!」
 未探索の反対側。クロウが警告を発する、皆に緊張が走った。
「おにーさん、いくつ?」
「すぐ手前にニ体、奥に一体」
 尋ねると、短く返答があった。神音は先陣をきり、飛びだす。
「十歳‥‥生ネコ耳‥‥はあはあ、萌え尽きるぜ! ヒィィィト!」
 やけに、紫狼の息が荒い。雄叫びをあげ、二本の獲物を手にした。
「行きます! これ、お願いしますね」
 松明をアムルタートに押しつけ、九寿重も前線へ赴く。土の指輪をはめた指が、腰の刀を抜いた。
「なんだ?」
 クロウは転がる宝珠を、拾おうとする。近くが見えないのが、バダドサイトの欠点。
「危ない!」
 フランヴェルが、つまずくクロウの腕を掴んだ。崩れ始める床。
「大丈夫!?」
 驚いたアムルタートの、歩みが止まる。動けない。フランヴェルとクロウの足元が、無くなった。
「しっかりせよ!」
 宙ぶらりんの二人の服を掴み、導仁が叱咤する。強力を使った筋肉が、悲鳴を上げた。
「手を離すんじゃねえぞ!」
 カンテラを放り出し、アルバルクも加勢。安全な床に、ようやく二人を引き揚げる。


 西の奥の階段。警戒しながら、競うように駆け降りた。
「まずい、アヤカシが、近くにいるぞ! ‥‥この先に誰かいる‥‥しっぽだ!」
 地下の端に、伽羅を見つけたクロウ。声が、緊張を帯びる。こちらに近づく狂骨も、視界に捉えた。
「邪魔するなー!」
 先頭を走る、神音の姿勢が沈む。赤毛をかすめ損ねる、狂骨の槍。
 身体のばねを利かせ、伸びあがる。気を凝縮した突きが、狂骨の胸にお見舞いされた。
「汚い手で、神音君の柔肌に触れるな! 全ての美少女は、ボクのものだ!」
 咆哮と共に、フランヴェルの左手の赤い鞭がうねる。強力がかかった渦巻く炎は、神音に近づく、一体の狂骨を弾き飛ばした。
「しつこいな、当たんないよ?」
 右、右、後ろ、最後は一回転。踊るアムルタートに、狂骨はついていけない。刃こぼれした刀は、右往左往する。
 入口近くで崩落した床は、地下では瓦礫の山。
 ぴくっと動く犬耳。岩の転がる音。心眼に感じる気配。九寿重は本能的に、横に避けた。
「隠れても、無駄ですね」
 すぐに踏み出される右足。刀でなぐ。金属音がして、受け止められた。
「待てぃ! 貴様らに名乗る名前は、ない! たぁっ!」
 不意討ちを警戒して、後列に回っていた導仁。九寿重と対峙する狂骨を、蹴り飛ばした。
 遭遇時に口上を述べても、狂骨には理解されないだろう。
「ふうーははー! 今の俺は、阿修羅をも凌駕すらあっ!」
 転がる狂骨の前で、紫狼の咆哮が上がる。ぞろぞろと他の狂骨も、瓦礫の影からお目見え。
「ほい、お先にどうぞってな! 行け!」
 出てきた狂骨に、アルバルクの銃が狙いを定める。連続して上がる紫煙。焦り、急かす声。
「お先に行くよー!」
 瞬脚を使った神音の声は、一気に遠くなる。少しでも早く、伽羅の所へ。
 きっと生きていると、信じて。
「こっちは任せたからね」
 狂骨とのダンスは、おしまい。からかうように、攻撃してくる刀を弾く。
 大きく身をひるがえし、アムルタートは神音を追った。
「すみませんが、お願いしますね」
 黒髪をなびかせ、九寿重も駆け出す。後ろ髪を引かれるのか、犬耳は伏せられていた。
「ボクも子猫ちゃんを、助けなければ」
 フランヴェルの刀が、一閃。狂骨を斬る。見届けずに、奥へ向かった。
「新たに得た力、ここに見せる! 報いを受けろっ‥‥震空烈斬!」
 大きく踏み込む、導仁。大上段から振り下ろされる、朱色の刀。
 放たれた真空の刃が、奥へ進もうとする狂骨をなぎ倒した。
「行かせないさ」
 練力が充填された銃弾。連射できるとは言え、外さないように、クロウは狙う。
「フルボッコに、してやんよおおっ!」
 妙に力のこもった、紫狼の台詞。柄から、這いあがる炎。二本の刀身が、燃え上がる。
「貰ったぜ!」
 赤く輝く、アルバルクの瞳。紫狼の攻撃を受けた狂骨に、追撃をかけた。



 遠くにギルドの建物が見えてきた。靴音が早くなる。
「子猫たん、お義兄さ‥‥お兄さんの所へ、行こうぜ!」
 もどかしくなり、紫狼は伽羅の左手を引っ張る。
「ボクと一緒に行こうか」
 フランヴェルが、間に割り込んだ。紫狼の手を、振りほどく。
「フランヴェルお姉さん、今は頑張らなくていいZE!」
「何を言うかね、報告も大事な仕事だよ!」
 茶色と金の瞳が火花を散らした。浪漫ニストと貴族の、借り子猫競争。
「喜多が、心配していましたね」
「一刻も早く、喜多殿に伝えたいものだ」
 九寿重は、五人姉妹弟の筆頭。導仁は、武天のサムライ一族の長子。弟妹を心配する気持ちは、よくわかる。
「きっと家族を信じて、待っているさ」
 捨て子だったクロウは、ダークエルフの養父母に、兄姉達と分け隔てなく育てられた。種族を超えた、家族の愛情を知っている。
「ねぇ、ギルドまで競争しようか?」
「あ、負けないんだから♪」
「いきなり駆けっこたぁな。若いのは、元気だねえ」
 アムルタートと神音は、笑いつつ相談。小耳に挟んだアルバルクは、のんきにぼやく。
「早く、行きませんか? 競争ですよ」
「ぼやぼやしてたら、置いていっちゃうよ!」
 神音が振り返り、アルバルクに叫んだ。アムルタートも、大きく手を振る。
「おっさん、疲れちまうぜー」
 泣きごと一つ。アルバルクは、二人とは一回り以上、年齢が違う。
 背中には、皆でたんまり拾った、宝珠の袋。
「ほら行こうってば、頑張って」
「引っ張りますから、ついてきて下さいよ」
「おう?」
 動こうとしないアルバルクの手を、アムルタートと神音が引っ張る。しかし体格の差は埋まらない。
「仕方ありませんね」
 先行く九寿重が、戻ってきた。アルバルクの背中を、押し始める。それでも進まぬ歩み。
「俺が持とう」
「もうひと頑張り、するだろ?」
「あ、ああ」
 見かねた導仁が、袋を取り上げた。クロウも、一つ請け負う。
 ようやくアルバルクの身体が軽くなり、娘たちに引きずって行かれた。


 伽羅を奪いあいながら、ギルドに飛び込む影。受付の、喜多の動きが止まる。
「やあ依頼人さん、妹さんの救出依頼は成功だよ!」
「今、大切なものは、だって? ふっ、宝珠よりも当然、人の命だZE☆」
「‥‥兄上、ただいまなのです」
 フランヴェルと紫狼の、得意げな笑顔。はにかみながら、挨拶する伽羅。
「‥‥伽羅!」
 悟るのに数瞬。
 なりふり構わず、喜多は飛びだした。涙だらけの顔で、妹を抱きしめる。
「どんなに辛く苦しい時でも、諦めず前を向き進んでいれば、いつか必ず辿り着く事が出来る。‥‥人それを『希望』という‥‥」
 遅れて入ってきた導仁。袋を降ろし、嬉しさ混ざりの長口上。
「皆さん、本当にありがとうございます!」
「礼なら要らないさ。困った時は、お互い様だろ」
「報酬は、もう貰っているよ。君達の笑顔さ!」
「ですが‥‥」
 喜多の猫しっぽが、滅茶苦茶に振られる。嬉しさと、困惑で、いっぱいらしい。
「どうしてもってなら。あんた達が今後、誰か困った人を見かけたら、その人の助けになってやってくれれば良いさ」
「兄妹揃って、笑う方がいいよな!」
「伽羅ちゃんが元気になったら、また会いに来るよ。‥‥ボクの子猫ちゃんに、したいからね」
 クロウが、穏やかにほほ笑みを浮かべた。鼻をこすりながら、紫狼も照れる。
 フランヴェルは伽羅の頭をなでた。悪戯な笑みに、最後の呟きを隠して。
「良かったね〜♪ やっぱ家族揃うのが一番だね♪」
 アムルタートは、喜多と伽羅の手を取る。三人で喜びのダンスを披露。情熱を宿した、パンジャ「黄金の月」も踊った。
「喜多さんと伽羅ちゃん、良かったね」
「これくらいの障害は、絶対に突破してみせるですね!」
 神音は、貰い泣き。護身羽織の裾で、そっと涙をぬぐう。踊る三人を見守る、九寿重の犬耳も、誇らしげであった。
「やれやれ。子守も悪かねえが、仕事もやっとかねえとな」
 感動を横目で見つつ、アルバルクは受付に向かう。依頼料を貰うと、さっさと入口へ。
「そうだ。これ、あげるのです」
「あ、宝珠だ!」
「お仕事、完了なのです。伽羅、偉いです?」
「うん、うん。偉いね」
 踊り疲れた三人は、休憩。アムルタートが指差す。
 伽羅の小さな手には、宝珠が握られていた。受け取り、何度も頷く喜多。
「おかしいな。手渡した覚えは、ないのだが‥‥」
「おにーさんの勘違い?」
「袋からこぼれたのか?」
「問題ないぜ」
 いぶかしむ導仁は、袋をひっくり返す。神音も受付で、覗き込んだ。
 クロウと紫狼の袋にも、穴はあいていない。深まる謎。
「いつの間に、宝珠を手に入れたのですか?」
「にゃ。頑張った、ご褒美なのです♪」
 不思議がる犬耳を揺らし、九寿重が尋ねる。ますます分からない、伽羅の答え。
「‥‥今宵の酒は、美味そうだな」
 アルバルクは、忍び笑う。明日より、今、楽しい方が良い。
 宝珠を渡した犯人は、外へ消えた。