|
■オープニング本文 ●南国へ行こう! 神楽の都は、本日も晴天。開拓者ギルド本部も、大勢の人でにぎわう。 「なぁなぁ、泰国旅行に来うへん? 無料で泰国料理食べ放題の旅やで!」 開拓者ギルドの受付で、三毛の子猫又に話しかけられた。美味しすぎる話に、小首を傾げる開拓者。 「コラッ! 藤(ふじ)、勝手に依頼しないで! まだ、依頼書も作ってないのに!」 子猫又の飼い主、虎猫獣人は慌わてふためく。受付のギルド員は、子猫又を抱き上げた。 「あ…僕の妻が、泰国で料理修行しているんです。僕の実家は料亭ですから、将来の女将になるため必要なんですよ。 で、お客様に注文を聞いて、料理をお出しするのも練習中ですが…接客が下手らしくて」 ギルド員の新妻の花月(かげつ)は、一昨年まで深窓の令嬢だった。おっとりした性格は、忙しい調理場に向かないらしい。 「うちの両親から『本格的に接客の練習をさせるから、お客役の依頼を出しておいて』と、連絡があったんですよ」 「五日間、料亭で練習期間を設けるんや。町の人々や開拓者の皆はんを、お客に迎えるねん♪」 「…ただ、料理食べ放題、お酒も飲み放題なので、皆さんの依頼料は出ません。材料費と相殺します。 町の人も同じく無料なので、少々の料理の遅れや間違い、接客の不備は、我慢していただくことになりますが」 料亭の跡取り喜多(きた)は、商売人の跡取りでもある。経営観念は、しっかりしていた。 神楽の都には、浪志組もある。虎猫ギルド員の妹、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)が在籍中。 白虎娘の率いる九番隊は、医師を志す者が多い。虎娘は、隊士たちにある提案をしていた。 「研修旅行ですか? 泰国って、隊長の故郷ですよね?」 「ええ、うちの実家って、薬膳料理を扱っているのよ。お医者さまになるなら、薬膳の知識は役に立つわ。 近々、実家で義理の姉上が接客練習をするのよ。その間なら、調理場を手伝うついでに自由に料理できるわ。 材料も使い放題だから、皆さんに本場の薬膳料理を教えてあげられるもの」 「あの…食べ放題、飲み放題って本当ですか? ギルドの見周りのときに、小耳にはさんだのですが」 「本当よ。私は、飲み放題に反対したのだけれど…。ほら、酔っ払った人って、大変な事をすることがあるでしょ? もし喧嘩でもして、町の皆さんに怪我をさせたり、料亭が壊されたら、困るんですもの」 「大丈夫ですよ、警備なら任せて下さい! 治安維持は、我らの得意とする所ですから」 胸を叩く、浪志組隊士たち。おおらかな虎娘は、嬉しそうに虎しっぽを振った。 「おー? お前さんも、食べ放題の旅か。うちも家族でお邪魔することにしてな」 ギルドの受付で、栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)と話しこむ。 「泰国の南部は、常夏だろう。息子たちが近くの海で泳げると、楽しみにしてるんだ。 料亭へのお土産に、魚を捕まえろとは言った。料亭の経営者一家は猫族だ、魚が大好きだからな。 それから、女房には、天儀酒と菜の花を持って行けとは伝えた。きっと、天儀の酒や食材は珍しいだろう」 四十路を越えたギルド員は、一家の大黒柱。家族サービスも、職場付き合いも、大切な仕事である。 「泊る所か? うちは砂浜で野宿の予定だが。南国だし、裸で寝ても風邪をひくまい。 火事を起こさないなら、料亭の裏山で野宿をしても良いとは言っていたな。 裏山には、料亭所有の南国の果物畑があるから、自由に収穫して食べても良いそうだぞ。 まぁ、料亭で料理してもらってから食うのも、美味いだろうが」 開拓者は、生唾を飲み込む。苺や、マンゴー、バナナなど、色鮮やかな南国の果物を思い浮かべた。 |
■参加者一覧 / 柊沢 霞澄(ia0067) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 乃木亜(ia1245) / 海神 雪音(ib1498) / 浅葱 恋華(ib3116) / 綺咲・桜狐(ib3118) / イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138) / 羽喰 琥珀(ib3263) / 劉 星晶(ib3478) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108) / ミーリエ・ピサレット(ib8851) / 戸隠 菫(ib9794) / 花漣(ic1216) |
■リプレイ本文 ●ようこそ料亭へ 開拓者ギルドの受付で半ベソをかく、真っ白な子猫又。ミャーミャーと、自己主張。 「こゆきもいくー! ふじちゃといっしょがいー!」 「はいはい、行くから泣かないで」 小雪をだきあげ、ため息をつく礼野 真夢紀(ia1144)。白毛の子猫又のダダに負けて、旅行決定だ。 「弥次さん、ご無沙汰しておりました、皆さんお元気そうで・・」 「霞澄か、ひさしぶりだな!」 「その節は、本当に世話になったでやんす」 柊沢 霞澄(ia0067)は、料亭で一緒になった弥次に頭を下げる。弥次の肩から、相棒の人妖が飛び降りた。 弥次の親友だった、与一の制作者の仇打ち。尽力してくれた霞澄は、弥次が名前で呼ぶ数少ない開拓者である。 「親父の遺灰と理穴の森の種、仁坊ちゃんと一緒に、旦那の家の庭に埋めたでさ」 「与一さんの事も忘れていませんよ、良い顔をなされるようになりました・・」 霞澄の肩に乗り、与一は。霞澄は柔かな笑みを浮かべる。 埋めた種から彼岸花の花が咲くのは、もう少し未来の話だ。 「あ、栃面さんの奥様?」 戸隠 菫(ib9794)の青い瞳が、大きく見開かれた。瞳が輝いている。 「一度お会いしたかったんだよー」 握手を求めながら、大喜び。お辞儀をする前に、右手が前に伸びたのは、ジルベリア人の両親の影響だろう。 「初めまして。夫と息子がお世話になり、ありがとうございます」 握手に戸惑いながらも、お初はほほ笑む。元呉服問屋の看板娘の笑顔は健在だ。 「聞きたい事もあったし。こういう素敵な男性をどうやったら掴まえられるのかとか、円満にする秘訣とかね」 「あらまあ…。弥次様は、『理穴の魔の森を、緑の森にしたい』と常々申していましたの。 わたくしは、そのお手伝いをしていただけですわ」 染まった頬を左手で隠す、お初。口説かれていた時代を思い出し、照れてるようだ。 「へー、栃面さんには、駆け出しの頃からお世話になってるけど、昔から変わらないんだね。 あ、知り合った切欠は、迷子の尚武くんに出会った事なんだ」 「尚武様でしたら、あちらですわ。ぜひお会いして下さいませ」 優美な仕草で、我が子を指し示すお初。内助の功と言う言葉がふさわしいと、菫は感じた。 「尚武くん…本当に大きくなったなあ…」 ぽてぽてと八曜丸に近づく尚武を、遠巻きに眺める。菫は眼を細めた。 迷子になって、肩車をしてあげた頃より、ずっとずっと大きく育っていた。 「いらしゃいませ」 「喜多さん、お世話になります。藤さんのお誘いを受けて、カミヅチの藍玉と参加します」 料亭の入口で、緊張気味に頭を下げる乃木亜(ia1245)。料亭の外では、藍玉もマネしてぺこり。 「亜祈さん、お久しぶりです、もう三年になるでしょうか・・。ご活躍はかねがね伺っております・・」 接客に来た亜祈に、霞澄は視線を向ける。浪志組の隊長になる直前の亜祈が思い出された。 「活躍と言っても、まだお医者様になる勉強中よ?」 「良い方向に動き始めたようでなによりです・・」 困った顔の亜祈の声。霞澄は柔らかな笑みを浮かべた。 「泰国の料理を教わることはできますか? 巫女として参考になる事も多いと思うので・・」 「そうね…簡単なニラ玉なんてどうかしら。滋養強壮に効くのよ」 亜祈は新鮮な卵を指差す。案内された厨房には先客がいた。 薬膳に興味がある、真夢紀。先日、とある天儀の飯屋の従業員になったらしい。 「天儀の食材…春ゴボウ辺り珍しいでしょうか? 『木の根っこ』と勘違いする、異国の方は多いと聞きますし。 それから、蕗とフキノトウ、草餅にする蓬はどうですか?」 猫族の大旦那に、お土産の食材を見せてみる。泰国育ちの大旦那は、あまり見たことがないようだ。 「ゴボウって、風薬よね? のどの痛みや頭痛に効くって、お医者の先生に習ったわ」 「…本当に、最初の冬は双子ちゃんと藤ちゃんが、風邪引いちゃいましたしねぇ」 ゴボウを見た、天儀帰りの亜祈の一言。真夢紀は苦笑する。南国育ちの猫族一家、初めての冬の思い出だ。 「小雪はん、おる?」 「ふじちゃ?」 真夢紀の足元に、藤がかけよった。真夢紀の肩に陣取る子猫又を見上げる。 「海行こうで。あっちのお客さん、魚釣りするんやって!」 「おさかな? うん、いくー!」 「あ…自分の子猫又から目が離せないので、藤ちゃんと一緒に行ってきますね」 薬膳のお勉強は後回し。真夢紀は、海辺へ向かう事にした。 藤の視線の先には、乃木亜がいた。カミヅチの藍玉と一緒となれば、鬼に金棒の存在である。 「ごめんなさい、お代わりはもうできないのですね?」 気が付けば厄介ごとを抱え込むことの多い、乃木亜。苦労人気質は、今日も健在だ。 猫族おすすめの海鮮鍋をごちそうになったのだが。藍玉があっという間に、たいらげてしまった。 乃木亜の心中など、藍玉はまったく気にして無い。のんきにしっぽを揺らしている。 「お世話になるばかりなのも悪いですし、藍玉と海に入って魚や貝などを捕まえてお土産にします。 お客さんも沢山集まるでしょうし、料理や接客のお手伝いもさせて貰いますね」 「まぁ、よろしいんですの!?」 花月の問いかけに緊張で右腕を触りながらも、乃木亜は頷いた。 「がう? 花月しゃん、お酒まだです? お客しゃんが呼んでるです」 「ああ、まだでしたわ!」 「ふふ…花月さんの手本になれるほどではないですけれど、お客さんに喜んで貰えるよう頑張らせてもらいますね」 乃木亜はにっこり笑う。そっと花月の両手を包みこみながら。 「はい、お待たせなのです」 「竹叶青酒か、名酒じゃな♪」 花月の代わりに、勇喜が酒を運ぶ。羅喉丸(ia0347)の相棒、蓮華に頼まれたものだ。 ほろ酔い加減の天妖は、歓喜の声をあげる。酒の匂いを確かめ、うっとりとした。 「勇喜君、伽羅ちゃんはあの後の鍛練学科での生活はどうだったかな?」 義侠心に厚く、義理堅い羅喉丸。今年の初めに泰国の武芸会で、伽羅に諭した事が気になっていた。 離れた所の伽羅を指差す勇喜。両手にお盆を持って歩く姿。足運びは、武芸会のときより安定性を増している。 「士別れて三日なれば刮目して相待すべしなどというが、日々鍛錬する者の成長は早いな」 「伽羅しゃん、『自分だけの奥義開発する』って、がんばってるのです」 「そうだな、このまま修練に励めば、俺を越える日も遠くはないかもしれないな」 「がう、まずは先生に勝つのです!」 「…関先生は強かったな、俺も腕を磨いておかなければな」 武芸会の戦いを思い出し、目を細める羅喉丸。盃に酒を注ぐ。酔拳使いの先生と、再戦出来る日を楽しみに。 ●海は広いな大きいな 油揚げ大好き銀狐をお持ち帰りした、赤毛のワンコ。変態ハンターとして、にゃんこがワンコに挑む! …と言う事があったかどうかは知らない。 ともかく、銀狐の綺咲・桜狐(ib3118)は、赤毛の犬系神威人、浅葱 恋華(ib3116)の家で御厄介になっていた。 アル=カマル出身の猫獣人、イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)も、一緒に御厄介になっていた。 同居生活し、彼女達の食の一切合財を担う恋華は考える。南国に行こうと。許可を取って、砂浜で野外調理だ。 名付けて「愛でて愛して、順風満帆♪素敵南国ライフ!水着もあるよ☆(ぽろりは分かんない)」作戦。 砂浜に天幕をはり、たき火場も準備した。あとは材料の確保だけ。 「たくさんお魚穫って来ますね…」 ツーピースのビキニをまとう桜狐は、料亭で借りた銛を手に、立ち上がる。ちょっとよろめいた。 「じゃあ、私は果物を分けて貰ってくるわ」 すっと手を伸ばし、桜狐を支える恋華。二人の顔の距離がとっても近い。 「素潜りで魚捕まえてこようじゃないの」 恋華から桜狐をかっさらった、イゥラ。猫しっぽをふりふり、海に向かう。 「引かぬ媚びぬ顧みぬ、それが私の生き方よ。誰にも文句なんて言わせはしないわ」 ちらりと振り返り、言い放った。猫に魚。負ける要素は、何もない。 「私は自分自身にしか服従しないわよ? ふふふ、うふふふ」 ふさふさの犬しっぽをふりながら、恋華も応戦。微かに火花が散った気がする。 ジルベリア出身のピサレット家は、四姉妹で泰国旅行。 「折角ですし、野宿は前半は海岸、後半は裏山でしましょう」 「キャンプなのだ!」 長女リリアーナ・ピサレット(ib5752)の声に、末っ子のミーリエ・ピサレット(ib8851)は飛びはねる。 「念の為に天幕と薄手の毛布を用意しました。リィムナは、絶対に毛布を使うこと、いいですね?」 「暖かいから大丈夫なのにー」 姉の言いつけに、次女のリィムナ・ピサレット(ib5201)は少々不満。姉ちゃんは怖いから逆らわないけど。 リィムナの双子の妹、ファムニス・ピサレット(ib5896)が姉たちに声をかけた。 「リリアーナ姉さん、天幕がはれました」 姉妹をよそに、テキパキと仕事をこなす三女。オドオドしながらも、やるときはやる。 「だい姉、早く海で泳ぐのだ」 末っ子は八重歯を見せながら、リリアーナの服を引っ張る。 「楽しく海水浴ですね。魚が獲れたら料亭へのお土産にするんですよ」 「はーい!」 押し合いへしあい天幕に入って行く四姉妹。水着に着替えたら、南国を満喫だ! 「綺麗な海…。そして雲。藍玉、少し飛んでみましょうか?」 「ピィッ♪」 喜多のお勧め、南国の海。水着姿の乃木亜は、相棒を見上げる。 「海や!」 「おさかなー♪」 真夢紀の腕から飛び降りる子猫又達。嬉しそうに、藍玉の背中へ。 「もう小雪! 藤ちゃん!」 「一緒に行きましょう」 乃木亜はくすりと笑うと、真夢紀を抱き上げ、相棒にまたがる。宝珠「水蛇」を光らせながら、藍玉は海上に繰り出した。 砂浜を嬉しそうに飛ぶ、天妖。天河 ひみつは、いきなり波打ち際に降り立った。 後を追いかけていた天河 ふしぎ(ia1037)は、妹と可愛がる天妖に追いつく。 「ひみつそんなに慌てちゃ…はぶっ」 「ふしぎ兄が遅いのが悪いのじゃ♪」 いきなりひみつに海水をかけられ、びしょぬれのふしぎ。ポニーテールをなびかせ、ひみつは楽しげに笑った。 「五日間、目一杯遊ぶぞ」 「おうってんだ!」 空に突き上げた拳。羽喰 琥珀(ib3263)の声に、仁が同調する。砂浜で出会った、遊び友達。 「なぁなぁ、この板を使って波乗りしようぜ」 虎しっぽをフリフリ、ニカッと笑う琥珀。等身大のぶ厚い板を、どこで手に入れたかは、企業秘密だ。 黒のビキニ姿のリリアーナ。金髪をなびかせ、黒ぶち眼鏡を押し上げる。 「…似合っているでしょうか?」 「リリアーナ姉さん、大胆…よく似合ってるよっ」 紺色ワンピースタイプのファムニスは、姉を褒めたたえた。 「じゃーん、前掛ビキニ『海祭』だよっ!」 「リィム姉のセンスは、よく分からないのだ」 スク水型の日焼け跡の残る肢体に、自分でデザインした水着を着るリィムナ。 胸部分を覆う小型の赤い前掛けと、白い黒猫褌がセットになったセパレートタイプの水着を、末っ子は酷評する。 「ミーリエの水着は白ワンピースなのだ」 くるりと回り、次女にひらひらのスカートを強調して見せる。 明るく天真爛漫な末っ子。だが、狡猾で冷徹な面も併せ持つのは、シノビだからかもしれない。 水面の板を拠点にして、海に飛び込む。少し深い部分を泳ぐ魚を、追いかける虎しっぽ。 「へへっ、獲ったぜ!」 拠点に戻った琥珀の右手には、素手で捕まえた色鮮やかな魚が一尾。 「ほら、エビ捕まえちゃった!っ」 泰大学で仁の同級生でもある、リィムナも一緒に遊ぶ。砂底でエビをみつけてきたらしい。 「ホタテなのだ!」 「おいらだって!」 リィムナに助けて貰いながら、ミーリエも戦利品を見つける。負けじと仁は海に潜った。 恋華の帰宅は早かった。ヤシの実をくりぬき、中の果汁を飲みながら、海に居る仲間を待つ。 「はっ、イカが身体に!?」 不意に海上で、桜狐の悲鳴が上がった。どこか抜けている狐は、イゥラに助けを求める。 「こんなもの…こっちに来ないで!」 引っぺがそうとした猫は、一気にしっぽを膨らませた。一目散に、陸を目指す。 イカの足が、桜狐の身体に巻き付いたらしい。大イカをまとわせたまま、二人は天幕に飛びこむ。 「大丈夫?」 「穫ってください…わふ!?」 犬耳を伏せ、恋華は天幕を覗きこんだ。うるんだ瞳で桜狐がイカと戦っている。 イゥラが思いっきりイカを引っ張った。ぽろりと取れるイカ。ぽろりととれる、胸の水着。 「可愛いわね〜うふふふ、それに水着も……はぁはぁ……!」 「からかわないでください…」 恋華やイゥラより大人しめの胸を隠し、地面にへたり込む桜狐。恋華の声に、へたりとする狐しっぽ、ぽろりと流れる涙。 「ほら、泣かないで」 イゥラはしゃがみこみ、桜狐の頬の涙を舌でなめとった。 空に輝く太陽。その下で、大きな白いリボンと、黒髪ポニーテールをなびかせ、颯爽と歩く。 「ふっ、あたしはこれを楽しみに来たんやで!」 真っ赤なビキニ姿で、妹たちにポーズを決める、神座家長女の神座真紀(ib6579)。 いたって男前な性格と、不屈の魂が反映されているような水着の色だ。 「姉さんの水着姿が眩しくて、目を開けていられません!」 両手で眼を覆いながらも、手の隙間から、ちらちら眺めるのは二女の神座早紀(ib6735)。 こちらは、大人しく控えめな、黄色いワンピース水着だ。 「おい、目がハートになってるぞ」 「そんなことありません!」 金髪を掻きあげながら、早紀の相棒の上級からくり・月詠が突っ込みを入れる。 すぐに反論する。が、顔を真っ赤にしながら言っても、効果無しだ。 「亜紀、水着は?」 「ボクは後で藤ちゃんを連れて、裏山へ果物取りに行くよ」 薄着で潮干狩りを楽しんでいた、三女の神座亜紀(ib6736)は顔をあげた。 「亜紀は果物取りにいくんか。気ぃつけや」 「雪那がお供に来てくれるって。高い所のは雪那が肩車してくれるし、バッチリ取れるもんね♪」 「せやったら、安心やな」 亜紀は自分の相棒、上級からくりの名前を挙げる。からくり三兄妹の長男はしっかり者。真紀は、信頼の笑みを浮かべた。 「月ねぇ、待たせたのデス!」 「遅いぜ」 スタイル抜群の月詠は、砂浜の向こうからノロノロ近付く覚醒からくり、花漣(ic1216)を睨んだ。 「ミーの水着、おかしくないデスか?」 「似合うに決まってるだろ、俺の妹なんだから!」 パレオで身体を隠す花漣。恥ずかしそうに、頭の赤いハイビスカスを直す。いつもの明るさは、どこへやら。 月詠はハイレグ水着の腰に手をやり、軽く妹を小突いた。からくり三兄妹の二番目は、末っ子に弱いらしい。 「じゃあ、行ってくるね」 「春音も連れて行き」 「お供しますぅ」 お土産の貝殻を手に、亜紀は立ち上がった。真紀はお昼寝大好き翼妖精、相棒の春音を末っ子に預ける。 亜紀は姉や相棒達に手を振り、翼妖精を頭に乗せて、料亭へ向かう。 「早紀、うちらは泳ごうで」 「はい、姉さん♪」 「ミーは何して遊ぼうデスかね」 連れだって海に入って行く二人を見送りながら、花漣は悩む。 「一緒に砂で像を作ろうぜ」 月詠は妹の肩に手を置き、そのまま強制連行した。 少し先では、琥珀の相棒の嵐龍は、海上を低空飛行中。後ろ足で荒縄を掴んでいた。 荒縄の先には板が結ばれており、悪戯坊主たちが乗りこむ。速度の出る水遊びだ。 水上滑りを楽しむ琥珀の隣を、旅するイルカが通り過ぎた。軽やかに水面に飛び上がる。 「菫青、ジャンプだ!」 目を輝かせ、相棒に頼む琥珀。嵐龍は大きく翼を広げ、太陽を目指す。イルカに負けないくらい、板は跳ねあがった。 「リリアーナ姉さん、行きますよ!」 「はいはい」 砂浜で、球を手にしたファムニスは、リリアーナとビーチバレーを楽しんでいる。 引っ込みじあんな三女のワガママ。長女は優しい目付きで付き合っていた。 「姉さん、先に上がりますね」 しばらく泳ぎ、疲れた早紀。真紀に声をかけ、砂浜に戻る。 ふと月詠たちの方を見ると、砂で何か作っている様子。興味津々で覗きこんだ。 「ミーの砂のお城デス♪」 嬉しそうな花漣。早紀は月詠の作品にも視線を向け、顔色が変わった。 思わず怒鳴った。着替えの所に走り、対月詠兵器を握りしめる。 尋常じゃない、妹の声。真紀も急いで戻ってきた。 「何造ってるんですか!」 「俺の傑作が!」 憤怒の顔で、ハリセンを振るう早紀。月詠の頭をはたき、像をぶっこわしていく。 「流石に、これは弁護出来ないのデス」 「よう出来とるけど、流石にこれはあかんやろ。子供もおるんやで」 花漣は、真紀を振り返った。覗きこんだ真紀は、地元の子供達の視界を遮るように、像の前に立つ。 なんと、月詠は、大胆な女性のヌードを作っていたのである。大事な所には、自分の予備の水着を着せて。 ●裏山探検隊 ものすごいもふら、八曜丸のお腹が鳴った。出された食事を食べつくしたが、足りないらしい。 「今日は裏山に行こうぜ!」 面白い事や楽しい事が大好きな元気少年、琥珀の声が聞えた。栃面家の子供達を誘っている。 「うー? ぎょはんは?」 外に出てきた尚武が、空っぽの丼ぶりの前に居る八曜丸に気付いた。もふもふの相手を、真ん丸な瞳で見つめる。 「そこな、ちみっ子。我らも一緒に裏山の果物畑へ行こうぞ。それでお菓子を作り、皆で食べるとするかの」 八曜丸の隣に座る、真っ白い神仙猫翁。愛用の座布団の上で、見事な箱座りをしている。 「ちゃれ?」 「尚武坊よ。一部ではお馴染みの、謎のご隠居さまじゃ」 不思議そうな尚武に応える翁様。小隊は『ラ・オブリ・アビスで変身☆』した、柚乃(ia0638)である。 「勇喜、伽羅、案内してあげなさい」 一度、武帝との謁見で変身☆をみたことがある、亜祈。柚乃に軽く目配せをして、弟妹に声をかけた。 興味を示したのは、苺をかじっていた菫。尚武を見下ろす。 「裏山に行くの? 亜祈さん、前に作ったあの窯って、使えるよね?」 「ええ、もちろんだけど。どうするの?」 「良く熟した南国果物を使って、デザートにトロピカルなピザを作ってあげるよ」 料亭の脇には、泰国では珍しいジルベリア風の石窯が設置されている。数年前、菫の発案で作られたものだ。 「がるる…誰が果物運ぶです?」 「ほっほっほ。力持ちの八曜丸も一緒じゃ、案ずるでない。さぁて収穫収穫〜♪」 柚乃はもふらが大大大好き。自慢された八曜丸は、藤色の毛を揺らし、荷台の前に移動する。 変身☆している柚乃は、大切な相棒だ。なにより、お菓子が待っている。頑張らねば! 「おかち、おかち!」 八曜丸の胴体に、荷車が装着された。荷車に乗せて貰った尚武は、両手を叩いて満面の笑みを浮かべた。 「ライチ…リリアーナ姉さん皮をむいて下さい」 「ファムニス、自分で…」 「姉さんが果実を剥いてくれないと嫌、です」 「はいはい」 ツインテールを振り乱し、そっぱを向くファムニス。今日は長女にべったりだ。 「ミーリエ、マンゴー食べたいのだ」 「こっちが熟れてるから、たべるといいよっ!」 そっぱを向いた先では、二女と末っ子が食事にいそしむ。仲が良いのやら、悪いのやら。 「リィムナ姉さん、いくら美味しいからって、そんなに食べたり飲んだりしたら、またおねしょしちゃうよ…?」 「へーき、へーき、注意は聞かないよ♪」 遠慮なく、果物を口に運ぶリィムナ。ファムニスの声に涼しい顔だ。 (リィム姉…わざとおねしょするつもりなのだ?) バナナを食べながら、末っ子は小首をかしげた。 「お腹一杯食べるんだ♪ 藤ちゃんには、ボクが皮を剥いてあげるからね」 「おおきに」 パパイヤを手にした亜紀は、小刀を取り出した。子猫又はしっぽをふって、期待の視線を向ける。 「これ硬いね…あいた!」 力の向きを間違えた。亜紀の左手に小刀がチクリと刺さる。涙目で果実と小刀を取り落とした。 「血でたん?」 「大丈夫です、少し刺しただけですから」 冷静に亜紀の手を観察した、雪那。小刀と果実を拾いあげる。 「某が剥きますから、お嬢様は見ていて下さい」 「手際がええな。うちの料亭でも、やっていけるで♪ 亜紀はんは、もっと練習せんと」 「藤ちゃん、そんな可哀想な子を見る目で見ないでよ!」 雪那の流れるような手つきを見ていた子猫又。素直な感想に、亜紀は言い返した。 「亜紀、雪那。春音はええ子にしとった?」 「お姉ちゃん! うん、ヤシの木の下で昼寝してたよ」 「今も、ずっと寝ています」 迎えに来た長女に、亜紀は嬉しそうな声。雪那は春音を背負っている。会話中も、寝息が聞こえた。 「…この暑さでよう寝れるなと、むしろ感心するわ」 ジト目になる真紀。ねぼすけ春の翼妖精の蝶の羽をつつきながら、ため息をついた。 そうこうするうちに、荷車は料亭に到着する。 「石窯、使わせて貰って良いかな、花月さん?」 「薪は料亭の裏にありますわ」 厨房の中は賑やかだ。花月はてんてこ舞いで、動き続ける。 神座家御一行様やら、ピサレット姉妹が来店の時点で、覚悟はしていたけど。 「材料は何にするの?」 マンゴーを手にした亜紀は、期待の眼差しを向けて来る。 「そう思って、果物に合うクリームチーズとか粉とか材料は仕入れてきてあるんだ」 左目を閉じてウインクする、菫。準備は抜かりない。なにせ、不動明王のお守りが守ってくれているのだから♪ ●泰国料理万歳 早紀は仁王立ちになっていた。料亭で皿洗いにいそしむ月詠と花漣を監督する。 「あんなの作った罰です!」 「ミーは関係ないデス」 「止めなかった花漣にも、責任があります!」 「理不尽なのデス!」 泣きそうな顔で皿を洗う花漣。月詠は悔しそうだが、手を止めない。 「くっそう、覚えてやがれ!」 自分を目覚めさせた早紀には、逆らえない。からくりの宿命。 「月詠、花漣」 「兄貴?」 「雪にぃ、どうしたのデスか?」 責任感が強い長男は、花漣の大皿を取り上げる。妹たちに並び、皿を洗いだした。 「…妹の不始末は、某の不始末です」 迎えに来た真紀から、妹たちの皿洗いの経緯を聞いた雪那。食べ放題の、膨大な数の皿を洗いだした。 「こうして兄妹で作業するのもいい物デスね」 「俺のお蔭…痛っ! 兄貴、なにしやがる!」 「調子に乗らないでください」 「全く月ねぇには、やれやれデスね」 三人に奇妙な連帯感が生まれる。ちょっと嬉しそうな花漣の声に、胸を張る月詠。雪那に怒られ、どつかれた。 お腹をすかせるための準備運動、海水浴は終り。ふしぎは街に繰り出す。人だかりの料亭に辿りついた。 「ふしぎ兄、ここのお店じゃ!」 瞳を輝かせ、料亭を見つめるひみつ。兄と慕う、ふしぎの服を引っ張った。 「美味しい泰国料理を五日間食べ放題、飲み放題と聞いて…って、ひみつが言ってたんだぞ、僕が釣られたわけじゃないんだからなっ!」 ひみつと同じく、瞳を輝かせていたふしぎは、我に返る。軽く咳払いをしながら、入口から中へ。 「いらっしゃいませ」 「お世話になるんだぞ。ほら、ひみつも」 「お世話になるのじゃ」 出迎える喜多に、ぺこりと頭を下げるふしぎ。兄をマネして、ひみつも頭をさげる。 「これはご丁寧に。こちらの席にどうぞ」 長兄である喜多は、兄の苦労を知っている。笑みを浮かべ、席に案内した。 「やっぱり本場の泰料理は一味違いますね♪」 「ほほほ、美味じゃな」 監督業を終り、朱春焼きそばを食べ、ご機嫌の早紀。貧血に効く、人参とほうれん草が入っているという。 おすそ開けを貰った、真っ白な猫の翁様も同席中。変身☆中の柚乃、料亭の中を好き勝手に跋扈していた。 猫大好き亜紀、膝の上に子猫又達を乗せ御満悦。それから、猫の翁様とご飯をはんぶんこ。幸せは皆で分かち合おう♪ 亜紀は友達の花月を見つけ、手を振った。接客の練習相手に来たと、胸を張る。 「あ、花月さん。ボクは肉まんに餃子、フカヒレ料理も食べたいな」 「少々お待ち下さい。えっと、一人前ですね?」 「ううん、五人前よろしく♪」 「亜紀、そんなに沢山食べたら太りますよ?」 「じゃあ、早紀ちゃんは食べないといいよ。全部、ボクが食べるから」 馬鹿みたいに食べるつもりの妹を見て、あきれ顔の早紀。末っ子は姉の気持ちなど知らない。 おっとり厨房に向かう真っ白な虎の後ろ姿。見送った亜紀は、眉を寄せる。 肝心の注文票は亜紀の机に置いて行ってしまった。 「…花月さん大丈夫かな。心配だけど修行なんだから駄目な所は、ちゃんと言ってあげた方がいいよね? だって友達だもん!」 注文票を手に、亜紀は席を立つ。真紀も一緒に、厨房へ。お願いついでに、料理の手伝いを申し出た。 「亜祈さんに本場の薬膳料理を教えてもらえん?」 「いいわよ」 「最近、父さん研究室に籠りっぱなしで…」 「マスター、病気なのデスか!?」 何気ない真紀の声に、大皿を取り落としそうになる花漣。人形の自分たちを『家族』と言ってくれる、優しい主人の危機!? 「ちゃう、ちゃう、父さん運動せんし、健康が心配なんや。そう言った人にええ料理、教えてもらえると有難い思ただけや」 「驚かせないで欲しいデス」 真紀は慌てて手を振り、否定する。大皿を抱え込んだ花漣は、安堵の表情を浮かべた。 「どの料理も美味しくて満足なのじゃ♪」 「ほんといくらでも入っちゃうよね」 水餃子を食べ終え、ひみつはご満悦。ふしぎもニコニコだ。お盆を 「桃包をお持ちしました。ご注文は、以上ですわね」 「あれ、僕の叉焼包は?」 虎耳が伏せられた。接客慣れしてない花月、ふしぎの注文を聞き逃したらしい。 「申し訳ないですわ」 「妾の桃包をはんぶんこすれば解決じゃ!」 泣きそうな花月に、ひみつは名案を出す。少し成長した妹に、ふしぎは眼を細めた。 「民間人への暴力行為は止めて下さい」 酔っ払い相手に奮闘する、浪志組九番隊の隊士たち。基本的に医学を志す集団だ。 志体を持つ酔っ払い相手の獲り物は、少々向いて無かった。宙を舞う酔拳士に、翻弄される。 突如、勇喜の琵琶が鳴り響いた。酔拳士の前に立ちふさがる、二つの影。 「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。少し落ち着けと友は言う」 「誰だ!」 「だーくひーろー黒猫仮面です」 つぶらな瞳の黒猫の面をかぶった人物。頭では、自前の黒猫耳がぴこぴこ動く。 「同じく、だーくひーろー鬼面! 悪党は許さないってんだ!」 自前の一本角が天を突く、鬼女のお面なのは御愛嬌。劉 星晶(ib3478)と仁のお面コンビ。 影縫やら、三角飛びやら、シノビの技法を駆使して酔拳士を鎮圧する。そして、お客の拍手と共に、天井裏に消えた。 「ああ、楽しかったですね♪」 「うん!」 料亭の外で、満足そうな猫族と修羅族。出番の無かった隊士たちは、ぼやく。 「…隊長、お面をかぶれば、我々も強くなれますかね?」 「そうね…今度、真田さんに提案してみるわ」 虎娘の提案に、浪志組局長が頭を抱えるのは、また別の話。 ●満月の夜 青いビキニに着替えた、霞澄。パレオで腰回りを隠すと、浜辺をゆっくり歩く。 月や星の光と、波の音。ふっと、心に浮かぶ感情が口をついた。 「一人だと寂しいでしょうか・・?」 「ねーたん、ちゃんぽ?」 舌足らずの声が聞えた。霞澄が見渡すと浴衣姿の尚武が。 「一緒に飯でも食うか?」 「はい・・」 焼き魚を手に、弥次が呼びとめる。霞澄は柔らかな笑みを浮かべ、たき火の方に寄って行った。 隣の小さなたき火の下では、魚の包み焼きが眠る。恋華がバナナの葉に包んで準備した、トロピカル果物と魚の包み。 桜狐のお腹が小さくなった。待ち切れずに、ぱたぱたと狐しっぽが振られる。 「もう直ぐ焼けるわよ、桜狐。」 桜狐を抱きよせながら、恋華は狐耳にささやく。今こそ、愛でて愛でて愛で倒すとき。 「イゥラも、もう少し待っていてね♪」 そっと近づいて来たはずの猫に振りかえり、赤毛の犬は笑った。 「美味じゃな」 「おー、お前さん、行ける口だな」 天妖、蓮華はお椀の白酒を飲み干した。弥次は嬉しそうに手を叩く。 「羅喉丸も呑むのじゃ!」 蓮華は弟子足る羅喉丸にも、酒を勧めた。 「ありがとうございます」 弥次に注がれた酒を、ちびちびと呑み進めて行く。酒の肴は、開拓者の冒険譚。 「まさか、魔の森が無くなる日が来るなんてな」 話しは弾む。ほろ酔い加減の弥次は饒舌だ。羅喉丸は盃を持ったまま、弥次を見た。 「…大アヤカシを打倒し、魔の森が消えるなんて自分の代でも無理だと思っていましたよ」 だからこそ、羅喉丸にとって、緑茂の戦いは衝撃だった。初めて大アヤカシが討伐されたのだから。 「自分は時代の分岐点に立っていると感じ、興奮したものでしたよ」 視線を緩めると、盃を一気にあおる。 「さぁて…来てみたはいいが、最低限の用事だけ済ませてしまうか…。 全くあのチビ助は、どこまで世話を掛けさせやがる…」 砂浜で腕組みをする、破軍(ib8103)。同行してきた相手とはぐれてしまった。 夜以外は出歩かず、旅館の部屋で時間をつぶした相手。白子の修羅の娘。 日没にふらりと出歩く月雲 左京(ib8108)は、どこに居るやら。 苛立ちを隠せず、辺りを見渡すと、知り合いを見つけた。 「黒猫の旦那か。チビ助を見なかったか?」 「左京さんですか? 料亭からお酒を運ぶと、亜祈と話していましたが」 星晶と破軍が話しこむ間に、二人の気配が近づいて来た。 「あ、二人とも探したのよ♪」 いくつかの瓢箪を手に、にこやかに手を振る亜祈。左京も、瓢箪を両手に抱えている。 破軍がどなりつけるが、星晶の仲介で事なきを得た。 たき火の側で、酒を飲み交わすことしばし。破軍はようやく目的を口にする。 「黒猫の旦那と司空に、別れを言いに来た。俺は諸国を回るつもりだ…諸国を巡り、アヤカシ狩り兼修行の旅に出る」 当然の選択肢だった。降魔の剣術に造旨の深い同族に拾われ、その人物の元で剣術の修業を積んだ者として。 「さびしゅうなりまするね…」 白銀の前髪の下に隠した、緋色の瞳が破軍を見る。左京の率直な気持ち。 「チビ助はどうするんだ?」 「これから…で、ございますか? わたくしはにに様と…里へ帰ろうかと思います」 アヤカシによって失った故郷。それでも、愛おしい冥越の隠れ里。 「人は、未だに嫌いでございます。ねね様を奪う浪志も、朝廷も…「嫌い」は沢山増えました。 何よりも愛しい者を手に入れることができぬ、己も」 心から敬愛する修羅の娘。亜祈の所属する浪志組や天儀朝廷は、大切なものを奪っていく。 「故に、此度は別れの挨拶をせねばなりませぬ。大切な親友、亜祈様、星晶様。 そして…恋敵であった破軍様に」 破軍と共に、冥越を滅ぼした相手を追った。恋敵とも言える、大アヤカシとの決着。 走馬灯の如く過ぎ去った日々。今では、遠い遠い、夢のように感じていた。 ●それぞれの明日 天幕から荷物を引っ張り出した琥珀は、辺りの開拓者に声をかけた。やんちゃ坊主の頼みに、ふしぎもひみつも乗り気だ。 「最後のお楽しみ、花火あげよーぜ!」 「面白そうだね、手伝うよ!」 「楽しみなのじゃ♪」 お祝い事に花火や爆竹を仕掛けることもある、泰の土地柄。泰国人の亜祈や星晶も、止めたりしない。 天儀から持ち込んだ中玉花火十発を、砂浜に等間隔に並べた。たき火から取り出した火で、点火する。 「下から見上げる打ち上げ花火ってのも新鮮だなー、菫青」 爆音と共に、空に花が咲いた。琥珀の声に、隣に並び空を見上げた嵐龍も鳴き声をあげる。 花火の準備を待つ間に、食事を進める三人の娘たち。 「いい匂いです。恋華、イゥラ、あーん?」 「桜狐も、あーん♪ イゥラも、あーん♪」 「相変わらず恋華のお料理は美味しいわ…」 「うふふふ、美味しそうに食べてくれて嬉しいわ♪」 恋華と桜狐は、ご飯の食べさしあいっこ。必然的に、イゥラが食べさせてもらう回数が多いのは、猫だから。 自分で料理ができないわけではないが、自分で作るよりは誰かに作って貰ったものを食べる方が美味と感じるのだとか。 「…ってか、寧ろ前より上手くなってない? 何か秘訣でも?」 「それは…」 「…は、恥ずかしい台詞は言っちゃダメよ!?」 「恥ずかしい台詞?」 「その、なんか私が恥ずかしくなっちゃうんだもの…」 一人で百面相をするイゥラを、きょとんと見つめる恋華。目を細めると、意地悪な笑みを浮かべる。 猫耳のそばに寄り、こそこそ秘訣を暴露。ついでに腰に手を回し、抱き寄せる。 「あん、もう…」 赤くなりながらも、恋華に身を摺り寄せるイゥラ。何処か気恥ずかしさと、それ故の心地よさを覚えていた。 花火の準備が進められる砂浜。少し離れた所で、布で口元を隠した星晶が佇む。 「……ん。やあ、亜祈。呼び出してすみません」 「どうしたの?」 「少し話したい事がありまして…それ程時間は掛からないと、思います、はい」 思いつめた星晶の表情。亜祈は心配そうに見上げる。 「…亜祈。俺は君が好きです」 しばらく沈黙したのち、布を首元までずりおろした。青い瞳は、亜祈を見つめる。 「大らかで芯が強くて、自分の決めた道を自分らしく突き進む君が好き。 そんな君を俺はこれからも傍で支えていけたらと思っている。 それだけなら今のままでも構わない、のかもしれないけれど…平和になったら欲が出てしまって。 大切なものを、もっと大切にしたいと思ったんです」 星晶は一気にまくし立てた。突然の事に、亜祈の思考は停止している。 「亜祈。俺の家族に、なってくれませんか。つまり、ええと……」 一歩踏み出す足。両手を広げ、愛しい人を包み込んだ。白虎耳に向かってささやく。 「結婚、して下さい」 遠くで音がした。少し置いて、夜空に一つ目の光の花が咲く。亜祈の返事は、音にかき消された。 二発目の発射音。顔を近づける二人の頭上で、二つ目の光の花が咲いた。 「帰るぞ、チビ助」 別れの盃を交わし、破軍は立ち上がる。しばらく無言で歩き、ぼそりと切りだした。 「今度はこの前の祭りじゃねぇ…本気の勝負をしようじゃねぇか。一年後『アイツの屋敷』で、再度一対一での決闘だ」 「ねね様の屋敷…で、御座いますか…」 急な決闘の申し込みに、左京は眼を丸くする。何度か瞬き、普段の表情に戻った。 「えぇ…では、『一年後』必ずや参上致しましょう」 日付は決めない。けれど、同月同日に必ず会える。確信を持って、左京は頷いた。 足を止め、見届けた破軍は、左京を見下ろす。旅支度はもう、整えていた。 「さて…俺は天儀まで戻ったら、この足でそのまま出立させて貰う。またな『左京』」 「わたくしの名前、知って…」 眼を丸くして、心底驚いている相手の頭を、破軍は軽く叩いた。 同じ小隊に所属する同族、相棒のような者。顔を合わせれば口論の絶えない仲。だが信頼する者。 動かない相手に背を向け、修羅頭巾をかぶり直す。さっさと歩きだした。遠くで花火が上がる。 「…破軍様、無事をお祈りしております!」 我に返った左京は、去りゆく背中に声を。無言で右手を軽くあげる返事が返ってきた。 泰国から帰ってきた乃木亜。開拓者ギルド本部に顔を出した。受けてきた依頼の内容を記録係に伝えて行く。 「記録係さんもお疲れ様です」 藍玉と一緒に潜った、泰国の海。どこまでも続く海の青さに、藍玉はおおはしゃぎだったようだ。 「舵天照の語り部としての経験が、この先も活きていけるよう願わせて頂きます」 依頼内容を報告し終えた、乃木亜はぺこりと頭を下げた。そのまま、開拓者ギルドの外へ。 雲ひとつない、良い天気。軽く背伸びをして、乃木亜は歩き始める。 記録係が報告書に書き記した、最後の一文を思い出すと、温かい笑みが浮かんだ。 ―――開拓者の実りある未来を、希(こいねが)う。どこまでも続く、青空のように。 |