【未来】終!鍛練学科
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/20 19:47



■オープニング本文

※注意
このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。
年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

●泰国の国家武拳士
 山岳部「天山」には泰拳士の総本山、「崇山丹(すうざんたん)」があるといわれるが、あくまで伝説に過ぎない。
 天山は一年中霧に覆われており、立ち入った者は二度と戻れないと言われている。
 実はアヤカシに対抗する泰国の兵「国家武拳士」の最終試験は、崇山丹で行われていた。
 天山の崇山丹の場所は秘密。試験を受ける者は、目隠し等をして連れて行かれる。
 仙人とも呼称される老泰拳士が、そこで待っていた。若き泰拳士と戦うために。


●泰大学の鍛練学科
 春王朝歴、一五三三年。天儀歴に換算して、一〇一三年。
 泰国で国家転覆を狙った事件が起こる。後に【泰動】と名づけられし出来事。
 国家転覆事件は、開拓者たちの力を借りて、なんとか解決と相成る。
 いたく感銘された「春華王」は、開拓者達に恩返しをしたいと願った。画期的な恩返しを思いつく。
 泰国に置いて最高位に位置する、「泰大学」への入学を翌年の四月から許可されたのだ。
 泰大学の「鍛練学科」は、国家武拳士を目指す者が入学してくる。
 泰拳士の技を極めるための学科。いわば、士官学校的な意味合いを持つ、兵士訓練所。
 そして、鍛練学科卒業と言えども、国家武拳士試験に合格しなくては、兵士になれぬ定めだった。

 泰国の春王朝歴、一五三八年。天儀歴に換算して、一〇一八年。
 三月吉日、泰大学は四年生の卒業式を迎えていた。
 鍛練学科の使う運動場の一角には、桜のつぼみが膨らみ始めている。
「いやいや、先生、もう感激ですよ! 嬉しいですよ!」
 鍛練学科の講師、関 漢寿(せき かんじゅ)は涙が止まらない。教え子たちが学び舎を去る日が来た。
 口元に生やした、ハの字型のちょびひげも、涙でしっとりと濡れていそうだ。
「先生、泣きすぎってんだ」
 天儀からの留学生は、鼻をすすりながら言う。一本角を持つ修羅のシノビの仁(じん)は、十八才になっていた。
「がるる…先生、泣くの早いです。勇喜(ゆうき)、お別れの演奏、まだなのです」
 白虎しっぽを揺らす、白虎獣人の吟遊詩人。内気だった勇喜は十七才。もう泣き虫は卒業した。
「がう、華彩歌で、桜咲かせて、皆さまとお別れするって約束したのです!」
「おう、天儀式の別れの儀式ってんだ♪」
 華彩歌は、精霊力によって花を咲かせる、吟遊詩人の技法。修羅のシノビが教えてくれた。
「勇喜さは、卒業した後はどうするつもり? 名前変わるって、言ってたってんだ」
「がう、勇喜、旅一座のおじいさま達の所に行くです。母上、一人娘です。勇喜、跡継ぎなるです。
今度、仁しゃんと会うときは、巴 勇喜(は ゆうき)になってるです」
 吟遊詩人は、母方の祖父の所へ養子に出る。演劇旅一座の将来を背負う為に。
「名前変わるって、葛藤ない? おいら、とーちゃんの息子になるとき、さすがに悩んだってんだ」
 冥越の出身のシノビ。故郷を失い、神楽の都で出会った養父に引き取られた事を思い出す。
 泰大学に留学したのも、アヤカシから冥越を取り返す力を欲したためだ。在学中に、願いは実現した。
「無いです。あちこち旅して、文化交流の発展に貢献する、ずっと夢だったです♪」
 虎しっぽは楽しげに踊る。幼いころからの夢が、ようやく叶う日が来たのだから。
「仁しゃんは、天儀帰るです?」
「おう! おいらは開拓者を続けるってんだ。もうすぐ弟が開拓者になるから、指導してやらないと」
 一本角を揺らすシノビ。七つ離れた養父の実子は十才になった。弓術師として、開拓者デビューの予定。
「そういや、伽羅(きゃら)さは?」
「伽羅しゃん、まだ特訓中です。国家武拳士試験の受験資格、先生から貰えてないです。
試験会場、泰国の最高秘密の一つです。先生の許可ないと、受験できないのです。」
 心配そうに窓に向かう、吟遊詩人。双子の妹が、運動場の隅で演武に励んでいる姿が見えた。


「いやいや、探しましたよ。伽羅君、教室に居ませんでしたからね」
「にゃ! 先生、いつの間に来たです!?」
「はいはい、今ですよ。伽羅君は総合的に優秀なのですが、一点に集中し過ぎるのが欠点ですね」
 虎猫しっぽを一気に膨ませ、演武を止める泰拳士。近づく、ちょびひげ先生の気配に気付かなかった。
 優秀な成績を収めているのだが、性格に難なりと評されていた。
「ではでは、伽羅君、改めて問いますよ。どうして、国家武拳士になりたいのですか?」
「何度でも言うです。伽羅の故郷を守ってくれた皆様と、約束したです。今度は伽羅が国家武拳士になって、泰国を守るです」
「はいはい、卒業まで答えは変わらないんですね。次は、少し悲しい質問をしますよ。
伽羅君は僵屍(キョンシー)になった、知り合いと戦えますか?
大事な人が目の前でアヤカシになっても、戦えますか?」
「にゃ! もちろん戦えるです」
「はいはい、口で言うだけなら誰でも言えますからね」
「…伽羅、入学前に大事な人たちと戦ったです。僵屍と戦ったです」
「おやおや、初耳ですよ?」
「うにゃ…【泰動】のとき、伽羅の町の兵士の皆様、殺されたです。僵屍にされたです。
開拓者の皆様と占領された町、取り返したです。そのとき暴れる僵屍の皆様と戦ったのです」
「…それはそれは、辛かったですね。先生は、いじわるな質問をしましたね」
「にゃ、先生悪くないです。国家武拳士なるなら、精神鍛練大切って、先生が教えてくれたです」
 ちょびひげ先生は腰を落とす。小柄な相手と視線を合わせた。涙一つこぼさず、泰拳士は頭を下げる。
「伽羅、僵屍の皆様を埋葬したとき、約束したです。天に召された皆様の代わりに、泰国を守るって、約束したです。
だから、国家武拳士なりたいのです。お願いだから、伽羅も試験、受けさせてです」
 幼いころから憧れた、英雄たちの墓前で誓った。強くなると。国家武拳士になると。
「はいはい、分かりました。一次試験は、伽羅君の故郷の町で行われますから、すぐに連絡しますよ。
試験内容は、町を治める大守が決めますからね。先生は、伽羅君なら合格すると信じていますよ!」
 ちょびひげ先生は、大きく頷く。教え子の両肩を、力強く叩きながら。


■参加者一覧
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
花漣(ic1216
16歳・女・吟


■リプレイ本文

●卒業式〜愛し学び舎〜
 天儀の神楽の都にある、開拓者ギルド本部。乾坤弓を背負った海神 雪音(ib1498)は、受付係たちと話し込む。
「じゃあ、謝恩会の手伝い、よろしくお願いします。うちの実家の料亭で、行われますので♪」
 双子たちの兄の喜多(きた)は、嬉しそうに虎猫しっぽを震わした。
「…あの子達も卒業ですか、早いものですね…」
 茶色い瞳が、少しだけ細められる。僅かだけ現われる感情。四年前、一緒に鍛錬寮へ見学に行ったことが懐かしい。
「…私は入学はしませんでしたけど」
「お前さんは教える方が向いてるだろう。うちの尚武(なおたけ)で実証済みじゃないか」
 仁の父親・弥次(やじ)は、豪快に笑う。雪音はときおり、仁の弟に弓の指導をしていた。
 後進の育成をするため、弓道場を開く事を決意してから、弥次は応援してくれている。
「土地は見つかりそうか?」
「…はい、郊外に。…流鏑馬もできそうです」
 弥次の質問に、うなずく雪音。弓道場開設に奔走する、忙しい日々を送っていた。


 卒業式の当日。鍛練学科の教室は、朝から賑やかだった。
「長いようで短かった大学生活も、残すは卒業式だけなのデス!」
 とびきりのオシャレをした、花漣(ic1216)。頭も服も、真っ白な衣装で統一している。
「嬉しいような哀しいような、これが感慨深いという奴なのデスかね?」
 両手を胸に当て、目を閉じてみる。覚醒からくりは、感情豊かになっていた。
 最後に教室に駆けこんできたのは、リィムナ・ピサレット(ib5201)。少し息がはずんでいる。
「リィムナさ、来ないかと思った。遅刻ぎりぎりってんだ」
「…あたし学部掛け持ちしてるから、卒業式が忙しくって!
流石に鏡像作って身代わりに出席させるわけにはいかないしねー♪」
 心配そうな仁の声。紫色の前髪をかきあげながら、リィムナははにかむ。
 芸術学科、文学科、鍛錬学科に彫金学科。四つの学部を卒業までこぎつけるのは、大変だった。
 本来、三つまでしか、学部の掛け持ちを許されていない。学業に専念できないと、懸念されているから。
 リィムナは、特例中の特例。泰大学で学びながらも、ずっと開拓者を続けてきた姿勢が評価されていた。
「いよいよ卒業だねっ♪」
「がう? ハンコです?」
「うん、安定判。二時間だけ痛覚を消す、秘密道具だよ。卒業式で技を見せるのに、痛がれないからっ!」
 卒業式直前。急いで小さな判子を腕に押し付けるリィムナ。勇喜の質問に笑った。
「いよいよ卒業するんだね! みんな、泣いちゃ駄目だよ!」
 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は、小さく拳を握り気合いを入れる。特に目元へ。
「にゃー、ルゥミしゃん、目がうるんでるです?」
「そんなこと…うえーん!」
 伽羅の指摘に否定しかけたが、感情は正直。ルゥミは、真っ先に泣き始めてしまった。


 卒業証書の授与式。壇上で四年間の成果を見せるのが、鍛練学科風。
「花漣君」
「ひゃい!」
 先生に名前を呼ばれ、飛び上がるように席を立つ花漣。壇上に上がったが、同じ側の手足が同時に出ている。
(これが緊張という奴デスか!?)
 ギギギと、からくり特有の音を大きく響かせ、皆の方に向き直った。
 花漣を見つめる沢山の目。頭がグルグルしてくる。走らす視線。ふと、伽羅達の顔が見えた。
 走馬灯のように、四年間の楽しかった事、大変だった事…だけど皆で頑張った日々が思い出される。
(そうデス。皆に出来てミーに出来ない事は無いのデス!)
 人間のように、深呼吸のマネをする。少し落ち着ついてきた。懐から、笛を取り出す。
(きっとミーみたいに緊張してる人もいるのデス。その人達に「大丈夫、きっと出来る」、その思いを届けたいのデス)
 ゆったりと、再生されし平穏を演奏し始めた。笛の音に合わせるかのように、小鳥の鳴き声が聞えて来る。
 奏で終わり、一礼をした。観客たちから、温かい拍手を贈られる。
 校長先生から、卒業証書を受け取った花漣の顔は、にこやかになっていた。


「リィムナ・ピサレット君」
「はいっ!」
 セイントローブをはためかせ、颯爽と壇上に。泰の拳術の演武を披露し始める。
 泰拳士に転職はしなかったが、泰拳術の基本的な型は全てマスターした。
 型を決めるとリィムナの奥義「無限ノ鏡像」を発動させる。自分自身に似た、陰陽術の式を作り出した。
 まず、リィムナが二人になった。次の型を決めるとリィムナが三人に。
 型を決めるリィムナ本体は、白い光を放つ。二人の鏡像が回復のレ・リカルをかけていた。
 更に増えて行く、リィムナ。最終的に五人になり、それぞれ違う流派の演武を披露し始める。
「いっくよっ!」
 掛け声とともに五人のリィムナは飛び蹴りを。空中で一人に戻る。着地し、一礼した。


「ルゥミ・ケイユカイネン君」
「はい!」
 壇上に上がったルゥミ。卒業証書の変わりに、身長の二倍近い魔槍砲「赤刃」を受け取る。
 不思議そうな卒業生たちの先頭に立ち、外の運動場まで退場を。自分だけの奥義を発動する。
「ルゥミちゃん最強モード! アルティメットスノーフェアリー発動!」
 余剰練力が白い翼の形となって、背中から噴出する。周囲に雪の結晶の幻影が舞い始めた。
「ルゥミさ、行くよ!」
 仁が空高く投げた苦無に向かって、魔槍砲を発射する。
 強烈な閃光と共に、空で小さな爆発が起こった。二発、三発と続く、スパークボム。
「祝砲だよ!」
 爆発音に負けないぐらいの拍手が、周りで鳴り響く。見上げる、卒業生たちの顔は、晴れ晴れとしていた。


●謝恩会〜さらば友よ〜
 吟遊詩人たちの演奏で謝恩会は幕を開けた。拍手の中、花漣と勇喜が壁際から先生の方へやってくる。
「いやいや、素晴らしかったですよ。君達の演奏も、聞納めですね」
「関先生、四年間ありがとうございましたデス!」
 立ち止れば、深々と頭を下げる花漣。百日紅とカスミ花で編んだ花冠が、目をひく。
「仰げば尊しわが師の恩、その言葉の意味を初めて理解できたのデス。先生の事はずっと忘れないのデス!」
 頭を上げ、まっすぐに先生を見た。伽羅が花束を持ってきて、花漣の隣に立つ。
「先生は、花言葉を知っているデスか? 百日紅は敬愛、カスミ草は感謝を表すのデス」
 花漣の言葉と共に、花束が渡される。花漣の花冠と同じ花々が、束ねられていた。
「今迄ありがとーごさいましたっ!」
 花束を受け取った先生に、抱きついたのはリィムナだった。次いで、涙で顔をぐしょぐしょにしたルゥミも飛びつく。
「せんせ…うわーん!」
 入学したときのまま、幼い外見の二人。先生の身体に顔をうずめ、頬擦りしている。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。皆さんのような教え子を持って、先生は幸せですよ」
「先生、泣きすぎってんだ」
「がう!」
 先生は涙腺が崩壊ぎみだ。ちょっとしたことで泣いてしまう。
 泣き過ぎて、泣き過ぎて、周りにも伝染。仁と勇喜も、盛大に男泣きしてしまった。


「これ美味しいね♪」
「にゃ、当然です!」
 いっぱい食べて満足したルゥミは、ニコニコ顔。伽羅が大切にする、苺畑の苺は美味しい。
 昔、故郷を守ってくれた英雄たちと約束した、思い出の苺畑だと説明を受けた。
「今後の発表をするのデス」
 春巻を食べ終えた花漣、右手を挙げた。咳払いをしつつ、重大発表を。
「ミーは、しばらく旅をしてみようかと思うのデス」
「がう? 花漣しゃんも、旅です?」
「まだジルべリアやアル=カマルへは行った事無いデスし、もっと沢山の人や文化に触れてみたいのデス。
そして全てを吸収したら、晴れてマスターの元へ戻るのデス!」
 泰大学への入学をすすめてくれた、学者。人形の自分を『家族』と言ってくれる、優しい主人。
 たくさんの知識を蓄え、主人の役に立ちたい。花漣の夢は、純粋で、真っ直ぐだ。
「リィムナしゃんは?」
「…うん、もう決めてある♪ 何があっても、あたしは元気だから、心配しないでね♪」
 伽羅の問いかけに、明るく答えるリィムナ。こちらも、天儀に帰ってから、旅立つつもりだった。
 …恋人の少女と共に天儀から姿を消し、そのまま消息が途絶える事になるのは、もう少し先の話。
「あたいは開拓者を続けるよ! 困ってる人を助けるんだっ!」
 先生の前で、魔槍砲を勇ましく構えて見せるルゥミ。餃子を運んできた雪音の声に、仁は明るい笑みを。
「…仁も天儀に戻って、開拓者を続けるんでしたね…」
「うん、尚武さに会うのが楽しみってんだ♪」
「そうですか…尚武も、もうすぐ開拓者になるのでしたね。
…要らぬ心配だとは思いますが、先輩として良く面倒を見てあげて下さいね」
「おう! 兄ちゃんが、手取り足取り教えてやるってんだ!」
 渡されたプーアール茶を飲み干し、一息ついた勇気も、会話に加わった。
「勇喜は旅一座の跡継ぎですか…頑張って下さいね」
「がう!」
「…神楽の都には来るのでしょうか? もし公演に来た時は、成長した勇喜の姿を見させてもらいますよ…」
「がるる…おじいさま達は泰国しか、公演したことないです。でも、勇喜、必ず天儀行くです!
演劇も覚えて、仁しゃんや雪音しゃんに、泰国歌劇、見てもらうのです♪」
 勇喜は身にまとう、色鮮やかな泰国衣装服を翻した。歌いながら、軽やかな足取りで演武を見せる。
「…演舞ができるようになったのですか。勇喜は本当に頑張ったんですね」
「がう、卒業式で見せたです♪ 卒業式は、学校で学んだことを見せる場所なのです!」
 泣き虫だった子虎、四年間の鍛練の成果。雪音に褒められ、勇喜の白虎しっぽが嬉しそうに踊った。
「…仁は何をしたのですか?」
「おいらは、これってんだ」
 木葉隠と秘術影舞の併用技。木の葉の中で、仁の姿は見えなくなる。次に姿を現したときは、雪音の真上。
 天井から逆さまにぶら下がり、巻物をくわえ、印を結んでいた。天儀のシノビらしさ満載。
「…仁らしいですね…伽羅は?」
「にゃ! にゃ! にゃ!」
 極地虎狼閣の乱舞。突き出す拳は、黄金色の光を放つ。五神天驚絶破繚嵐拳を使った、伽羅の奥義でもあるらしい。


 謝恩会が終り、花漣は旅支度を整えた。不思議そうに伽羅が声をかける。
「にゃ? どこ行くです?」
「ミーは、旅立つのデス」
 泰国の町は、城塞都市である。夜になれば、町の入口の門は閉ざされてしまう。その前に出立したいと。
「伽羅、試験合格を祈っているのデス!」
 花漣は両手を伸ばし、伽羅の右手を握りしめた。強く、強く。
 ぺたんこになる猫耳。ぽろぽろと、伽羅の目から涙がこぼれる。
「にゃ…ありがとうです。花漣しゃんも、頑張ってです」
 左手で涙をぬぐう伽羅を見ながら、花漣は手を離した。一歩、二歩と、後ろに下がる。
 三歩目は、踵を返した。四歩目は走り出す。後ろを振り返らずに外へ
 遠くなる背中。聞きつけた学友と先生たちが、外へ飛び出す。
「花漣ちゃん!」
 ルゥミとリィムナの声は聞きとれた。他の皆も、別れの言葉を叫んでいるようだ。
 距離を取り、ようやく振り返った花漣は、右手を大きく振る。哀桜笛を取り出し、一曲だけ短い演奏を。
 桜が散るような、かすかな音色が皆の耳に届く。卒業式の日に皆で見た、桜の景色が蘇るようだった。
「…伽羅、ちょっと走ってくるのです!」
「勇喜、試験手伝わくて大丈夫です?」
 花漣を見送った伽羅、虎猫しっぽを立てた。双子の兄は、妹を見遣る。
「伽羅ちゃんは大切な友達だから、あたいが試験をお手伝いするよ!」
「あたしもっ!」
「ありがとうです♪」
 ルゥミとリィムナと連れ立ち、仲良く駆けていく虎猫しっぽ。後姿を見送る雪音の眉は、中央に寄った。
「…伽羅には、国家武拳士の試験、頑張ってもらいたいですね…。
開拓者として様々な経験を積んで来たのですから、きっと大丈夫ですよね…」
 雪音の眼前に、焼いた糠秋刀魚が差し出される。喜多が覗き込んでいた。
「これ、下の妹が焼いたんです」
「あの子のために、一緒にお月様に祈ってくれないかしら?」
 秋刀魚を手に笑う、亜祈。猫族には、月を敬う風習がある。
 八月のお月様に、秋刀魚を三匹お供えして、祈りの言葉を贈るのだ。
「…はい。祈りの言葉を教えてくださいね」
「月様、月様、守給、幸給よ」
 雪音の眉は、元の位置に戻る。喜多と亜祈と雪音。三人は一匹づつ、お月様に秋刀魚を捧げた。


●試験〜英雄との約束〜
 太守の館で、鍛練学科の卒業生たちは、年老いた泰拳士から一次試験の説明を受ける。
 老泰拳士の正体を知る先生は、内心驚いていた。崇山丹の仙人、直々の来訪。期待と不安が高まる。
「にゃ…僵屍の皆様と戦う試験なのです!」
「…相手は僵屍。体力無尽蔵だから倒すの難しいし沢山襲ってくるね」
「完全に倒しちゃうわけにはいかなそうだね」
「はいはい、リィムナ君。泰国を守ってくれた方々なのですから、敬意を持って戦って下さいね」
 伽羅とルゥミは考え込む。のんきなリィムナの声に、先生はハラハラ。
「如何に長く持ちこたえるか、を見るのかな。背拳は必須だね!
それから、一体だけに集中するんじゃなく、常に戦況を把握し、戦場を駆けてね」
「にゃ?」
「同時に接敵する数を最低限にして、死角から攻撃されるのを避けた方がいいね。
相手は毒があるんだよね…なら、攻撃を受ける事自体が危険。回避上げていこうね!」
「にゃ!」
「牙の攻撃だけは受けない様にしよう、怪我はリィムナちゃんが治してくれる筈だから!」
 困った顔の伽羅に、ルゥミが入れ知恵して行く。隣を指差した。
「伽羅ちゃん、危なくなったら一旦戻ってね。怪我したら、あたしが回復したげるっ♪」
 リィムナは護衆空滅輪で安全地帯を作成した。ルゥミも、そこで待機。持久戦に備える構えだ。
 鏡像が急行し、レ・リカル連射で回復。リィムナ本体は練力を節約する戦法である。
 試験開始と同時に、伽羅は飛び出した。後方に下がる学友たち。
「…ルゥミちゃん。伽羅ちゃんが囲まれそうになったら、鏡像複数にして、救援に向かわせるからっ!」
「あたいは伽羅ちゃんに、範囲から離れる様警告して、スパークボムで吹っ飛ばす!」
 リィムナとルゥミは二人で、物騒な内緒話。そのとき、前方で虎猫しっぽが大きく揺らいだ。
 伽羅は背後の僵屍の爪を避けようとして、首元がおろそかになった。右前面から、牙が迫る。避けきれず、しりもちを。
 ルゥミは慌てず、魔槍砲をマスケット「魔弾」に持ち替えた。空撃砲で僵屍の足を狙う。転倒させた。
「大丈夫、伽羅ちゃんなら、まだやれるよ! 頑張れー!」
「ありがとうです!」
 虎猫しっぽを振り、伽羅は立ち上がる。握りしめた拳は、黄金の光を帯びた。
 僵屍となった、憧れの英雄たちを睨みつける。乗り越えるべき存在を。
「伽羅、負けないのです。皆様に勝って、絶対、国家武拳士になるのです!」
 仲間や家族、先生に応援され、若き泰拳士は駆けだす。未来の英雄を目指して。