【解放】朝廷と八丈島
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/31 23:13



■オープニング本文

●桜紋事件
 天儀歴九九五年。まだ英帝の時代であり、武帝(ぶてい:iz0321)が弟と共に皇太子と呼ばれていたころ。
 冬のある日、朝廷に対する忠誠の篤さで知られた「楠木」氏が、突如として謀反を起こす。遭都で檄を飛ばし、軍勢を集めた。
 その決起文は「朝廷の過ちを正すため」というもの。英帝の退位と皇太子(現武帝)の流刑を求めた。
 この決起に朝廷内部は一時混乱するが、藤原保家(ふじわらのやすいえ)をはじめとする朝廷三羽烏は即座に行動を開始。
 大将軍の地位にあった大伴 定家(おおとも さだいえ:iz0038)も、開拓者らをはじめとする寄せ集めの戦力で反乱軍を奇襲し、瞬く間に打ち破る。
 追い詰められた楠木氏は自刃して果て、一族郎党は厳しく処断された。
 一方、乱の直後には武帝の弟である平安親王が熱病によって急逝する。
 英帝は武帝に皇位を譲り、三羽烏の一角である豊臣氏は隠居して孫娘雪家に派閥を継がせ、大伴は逃げるように朝廷中央を去ってギルド総長へ就任。
 やがて、英帝も数年で病を得て崩御した。


●春を目指し
――尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――「浪志組」が動き始めた日、東堂・俊一(iz0236)は大判定家の前でこの言葉を誓った。
 言葉は浪志組の理念となり、この言葉の元に多くの同志が集った。けれど数か月後、東堂は自身が計画していた回天計画(後に『大神の変』と呼ばれる事件)――を試みる。
 この計画は浪志組と開拓者の手によって阻まれ、東堂と彼に賛同した同志等は遠島処分として小さな島と共に儀もろとも隔絶された。
 これが『大神の変』の概要である。そして今、東堂が隔絶されている儀の解放を願う運動が起きているのだが――
「反対意見も多数、か。まあ当然の流れだな」
 そう零すのは浪志組局長を務める真田悠(iz0262)だ。彼は寄せられる報告を耳に、渋面のまま腕を組むと長く重い息を吐いた。
「詳しい事情を知らねぇ民に幾ら説明した所であの人は重罪人だ。極刑を免れた事にも疑問の声が上がったってぇのに儀を開放するなんざ反対意見があって当然だろうよ」
「でも東堂さんはっ」
 思わず身を乗り出した司空 亜祈(iz0234)に柳生有希(iz0259)の視線が飛ぶ。
「彼が回天計画を実行するに至った経由は判明されたが、それとこれとは別だ。民が如何考えるかが第一である事は間違いない」
 柳生の言葉に亜祈の耳がしょぼくれたように下がる。そして素直に腰を据え直した姿を見て、真田が全員の顔を見回した。
 東堂は幼い頃、父と想い、師と仰いだ楠木が数多の陰謀に呑み込まれ死を選んだ事が許せなかった。其処に追い遣った人物も、何もしなかった朝廷も、彼にとって復讐の対象でしかなかった。
「俺の考えは変わらねぇ。前に誰かが言ってたそうじゃねぇか。『東堂さんは天儀の昔を知る人だ。きっと、将来の天儀にとって、必要な人になる』ってな?」
 ニッと笑った真田の目が亜祈で止まる。それを受けて再び耳を上げた彼女に言う。
「嘆願書の件はこのまま継続して行う。森や儀解放に反対の連中に関しても継続して説得を行え。良いか、労を惜しむな! 俺達はあの人に恩義がある。死ぬ前に返すくらいの気概は見せて見ろ!」
 そう喝を入れた真田に、柳生は呆れたように目を伏せ、亜祈は嬉しそうに瞳を輝かせたのだった。


●午後の飲茶
 屯所の一室で、副局長の柳生有希と九番隊隊長の司空 亜祈は、午後の飲茶を楽しんでいた。
 女子会に巻き込まれた、局長の真田悠。黙って、お茶をすするばかり。
「そうそう、昨日、大伴 定家さんに、桜紋事件のことを聞いてきたわ」
 白虎しっぽをゆらしながら、のんきに報告する虎娘。その一言に、局長は盛大にむせ込んだ。
「ごほ…ごほ…、大伴さまに?」
 口元を押さえつつ、虎娘を見やる局長。ギルドの総大将ともなると、簡単に会える人物ではない。
「ええ、ギルド員の兄上に頼んでもらったの。ほら、私って、藤原さんの更迭の件で、大伴さんと面識があったでしょう?」
 当時、護大派の古代人が、天儀朝廷の保守派に裏から手を回そうとした。それを察知した、藤原保家は最後の腹芸を企む。乗せられたのが、虎娘だった。
「天儀の反乱の話を聞きたいって、お願いしたのよ。泰国で起こった反乱と比べたいって言ったら、少しだけ話してくれたわ。
…反乱の鎮静に当たるときは、当たる側は凄く心を砕くのよ。そこは天儀も、泰国も、変わらないわね。
それから『罪を憎んで人を憎まずと言うのは簡単だけれど、全員が実行するのはなかなか難しい』という意見は同意するわ」
 虎しっぽを揺らす虎娘、ぬるくなったお茶をようやくすする。
 思い出すは、泰国の反乱。泰国の長である天帝に会ったことがあった。作戦会議の席での謁見。
「あとは『東堂さんの封印についてどう思うか』も、聞いてみたの」
「なんておっしゃったんだ?」
「困った顔して、『流罪であると同時に保護でもある。無為な戦で命を落とすのは、もう止めにせねば』って」
 桜紋事件の後味の悪さ。今でも鮮明に思い出すことができる、古強者の嘆息。
「しばらく沈黙して、『嘆願書を出すつもりなら、武帝さまに謁見できるように取り計らおう。ただし、嘆願書は、民も納得できる内容にする必要がある』と言ってくれたわ」
 虎娘の台詞に、湯のみを置く局長。ギルド総大将の言葉に、自然と背筋が伸びる。
「真田さん、有希さん、天儀の人が納得する内容って、どんなもの?
それから武帝さまに会うときって、どんな振る舞いをするのかしら?」
 副局長は眼光鋭く、虎娘をみやる。天儀の生活には慣れたが、天儀の考え方にはまだ慣れぬ娘を。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
ナキ=シャラーラ(ib7034
10歳・女・吟
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●望む者
 伏せられる、白銀狐の耳。ゆっくりと振られる、白銀狐のしっぽ。
『天儀歴一〇一五年 桜月
八丈島・嵐の門解放についての嘆願』
 用意された部屋に籠っていたアルマ・ムリフェイン(ib3629)。嘆願書の内容を反芻する。
 軽く息を吸い込み、気合を入れる。もうすぐ謁見の時刻だ。
「万人に一番近く、受け入れて貰える嘆願か…しっかりしないと」
 浪志組隊士監察方としても。武帝・東堂の二人と、民の未来の可能性を願う一人としても。


「前に聞いた反対派の不安を軽くしていく事が大切、かな…?」
 ケイウス=アルカーム(ib7387)は、紙の束に目を通す。先日、亜祈に協力して集めた、浪志組の意見。
 アルマは、自分の考えを箇条書きにした、嘆願書の草案を指差す。
「まずは東堂さんを始めとして、彼らを慕う民の声、孤児の保護、アヤカシ退治等を行った実績の収集だね」
「神楽の都の治安維持や合戦で、浪志組がどれだけ貢献してるか、って事はいまさら言うまでもねぇ位だ」
 あぐらをかき、偉そうに腕組みする、金髪少女。強気なナキ=シャラーラ(ib7034)は好戦的だった。
「それもこれも、東堂俊一の建策と求心力があったればこそだ」
 腕組みを解き、畳を叩く。十才のナキだが、れっきとした浪志組隊士だ。
「あたしも元スリだが、隊士の中には、浪志組って受け皿がなければ今でも裏稼業にいたんじゃねえかな、って奴が結構いるぜ。
毒蛇か鬼瓦みてぇな御面相の奴らが、だんだら羽織着て、迷子の道案内したり、婆さんをおんぶして家まで送ったりしてんだぜ?」
 あっけらかんと経歴を披露するナキ。アル=カマルの貧民出身ゆえか、現実を良く見ている。
「東堂の前に、こんな真似のできる奴がいたか?
悪人を取り締まるだけじゃなく、悪事に走らねえように、『真っ当な、誇りに出来る様な職』を与えてくれたって訳さ」
 浪志組に入れば、衣食住に困らない。悪人面でも、人様に感謝される仕事が出来る。
 人生の更生に一役買っていると、ナキは主張した。
「東堂という人には会った事無いけど、為政者によって恵まれぬ境遇に貶められた子供達を育てる、慈愛の心に溢れた、高潔な人物なのは知ってるよ」
 両手を机につきながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)は紙を覗きこんだ。
「大神の変も、『英帝に切り捨てられて自害し、桜紋事件の首謀者の汚名を着せられた楠木氏の復讐』であり、『その責は英帝と、桜紋事件の処理をした者達にある』って事もね」
 何気なく発せられたリィムナの声に、ナキは眉を寄せる。何か考え込むように。


 柚乃(ia0638)の赤い額飾りが、微かに俯く。五歳の時に貰った宝物のお守りだ。
「私個人としては、儀の解放は賛成…なんですけどね。だって、かの大地や元より住まう生き物には何の罪もないですもの」
「八丈島は、住む自然の土地に近いと聞いたわ。いきなり沢山の人間が来たから、獣や龍は驚いたでしょうね」
「…もし、故郷が流刑地にされ、隔絶されたら? 私は嫌です」
 亜祈の言葉に、柚乃は何とも言えない表情。小さく拳を握りながら答えた。
 嶽御前(ib7951)は、手にした筆を走らせる。紙に書きつけた文字を見せた。
『皆が生き残り、より良い生活を送る』
「これが天下万民の目的と申し上げて反対する人々はいないでしょう。
この目的に合う内容であれば、程度の差はありますが『人々の納得する内容』です」
「人々は、何より日々の生活を脅かされるのを恐れます。アヤカシは勿論、凶刃持つ一般人相手でさえ、力なき者には脅威なんです」
 嶽御前は自身の考えた、大まかな方針を提示する。どう受け取るかは、人それぞれ。 柚乃は嶽御前に近いらしい。
「最大の反対理由は二つ。一つ目は、島で東堂さん達が何をして、何を考えているのかわからない事。
二つ目は、東堂さん達の意志とは無関係に、無辜の人々が犠牲になる争いの神輿に利用される事。
見方を変えれば、この危険を目的に合わせる形に整えれば、納得させられるとも言えます」
 黒光りする二本の角を持つ娘。修羅の嶽御前の言葉に、柚乃は頷く。
「争乱が起これば、治安が悪化し多くの血が流れる、いつ自分の身が危険に晒されるやもしれぬ。
大切なモノを奪われるやもしれぬ、だから…解放すれば、再び同じ事が繰り返されるのではと…拒む」
「私達が開かずとも、誰かが開いて密かに招き入れるかもしれない。
ならば先に、見える位置に置けば、何をしているかわからない不安は消せます」
「監察者は天儀側が信を置く者を選出してもらい、情報交換と内情の公開によって天儀側の不安を軽減したらどうだろう?」
 嶽御前から言葉を引き継ぐケイウスの提案は、草案のまとめに書き加えられた。


 少しずつまとまとまる嘆願書の草案。しばしの休憩を取るが、アルマとケイウスは休まない。
「えっと、『大神の変には私怨も伴ったけど、民と政を思う行動意図を伴い一概にないこと』だね。
それから『天儀において事件を繰り返さぬ象徴になる』で、良いかな?」
 アルマにとって、東堂は先生として敬慕する相手。導く者へ憧れを持つ、きっかけの存在。
「『東堂俊一は自ら縄につき、処罰を受け入れた。この行動は、この件を深く考え、同じ過ちを繰り返さないという意思の表れに感じる』も入れておこう」
 好意を持つ者の為や自分が本心から望む事の為なら、無茶も苦労も厭わないケイウス。
「でも、強制移住は困るよね? 東堂先生なら、きっと八丈島の生活基盤を築いているから」
「…そうだな。俺も、島側に不利なのは、書かない方が良いと思う」
 東堂の人柄を、よく知る二人。八丈島での暮らしぶりを、あれこれ想像する。
 セイントローブをひろげ、畳に転がるリィムナ。遠巻きに元気な二人を眺めていた。
「今やあたし達の活躍で護大は消滅し、有力なアヤカシ達も次々討ち取られている。
今なら、護大消滅の恩赦って事で、解放もしやすいしね♪」
「志体持ちは、人類の極一部に過ぎず。開拓者とて、力の使い方を誤れば…アヤカシと変わらないんです」
「解放するなら今でしょ、今!」
 のんきなリィムナ、超強気の発言だ。聡明で芯が強い柚乃は黙り込み、縁側から外を眺めるばかり。
「書類と睨めっこで疲れたでしょう、飲茶にしない? 目に良い菊茶と、強壮作用のある明日葉のふかし饅頭よ」
「いただくぜ!」
 医者の卵らしく、薬膳おやつを差し出す亜祈。ナキは嬉しそうに、饅頭にかぶりついた。
「菊や明日葉って、天儀にもあるのよね? 東堂さんの塾に通っていた子が、教えてくれたわ。
その子、うちの下の子達とお友達なの。今でも、お勉強を続けているのよ、偉い子よね」
 亜祈の話を聞きながら、嶽御前は菊茶に手を伸ばす。遠い八丈島でも、菊や明日葉が育っているかもしれない。
 遠い異国の菊の花言葉、あなたはとても素晴らしい友達。それから明日葉は、未来への希望。


●変わる者
 謁見の間に現われた存在に、臣下はざわついた。武帝は慌てず、目を細める。
 座布団の上に堂々と座る、真っ白な猫又。首には赤いリボン。
 猫又は、『なーさん』を見上げる。ラ・オブリ・アビスで姿を変えた、柚乃であった。
 亜祈が嘆願書を手渡す。ケイウスは、八丈島の封印解除を希望している事を伝えた。
 嘆願書を読み進める間、武帝は表情を変えなかった。一番に声を投げかけたのは、アルマ。
「武帝、貴方は桜紋事件、そしてそこから始まった大神の変を今はどうお思いですか?」
 どうしても聞きたかった。公的なこの場では、返答を聞くのは無理かもしれないけれど。
(ねぇ、なーさん。今の君はもう生かされていた人間とは違う。もうどうでもいいとは思ってないよね。
変わった今、貴方はどう感じて、それを赦せるのかどうか)
 アルマは心の中でも、友人に語りかけながら。
 武帝は、しばし沈黙する。閉ざさぬ瞳は、宙をさまよった。
「心の整理はついていない、ここから先もつくかどうかは解らぬ」
 二度の瞬きする相手を、ケイウスは静かに見守る。リィムナは口を挟みかけ、止めた。
「元々東堂に何ら含むところはあらぬし、今さら憎しみが沸いてくるものでもないゆえ」
「民は、帝や貴族にいいように操られる家畜じゃねえ! 元より東堂に邪な心はねえんだ!」
 投げやりとも聞こえる言葉に、思わずナキは声を荒げた。嶽御前の左手がナキを制するが、聞き入れない。
「確かに東堂は大神の変を起こそうとした。それだって自分の野心からじゃねえ…むぐ」
「落ち着いて、陛下の御前だから」
 身を乗り出したナキは、ケイウスに取り押さえられた。
「親父みてえに慕ってた人が陰謀に巻き込まれて死んだぜ。復讐心てのは、心を曇らせちまうもんだ!」
 取り押さえられても、叫び続ける少女。謁見の間から放りだされそうになる。が、武帝が止めた。
「じっと考えてみたが、自分でも驚くぐらい感ずるところがあって、そう簡単に割り切れるものではなかった」
 武帝と、ナキの視線がぶつかった。皇太子時代、父に疎まれた帝。東堂とは対極の人生。
 憮然とした表情のまま、ナキは大人しくなる。首元の浄炎の首飾りをいじりながら。
「ただ、桜紋事件は無論、大神の変も、朝廷や神代…あるいはそれらに纏わる長い歴史と、過去の因縁に引き起こされたものであることは理解しておる」
 発せられた言葉に、柚乃は眉が動く。『なーさん』は、天儀の最高権力者なのだ。
 神代無く、帝の座にある武帝。皇統が本来備えていた『精霊の代弁者』という役割が果たせぬ者。
「ぶーちゃん、そろそろ、桜紋事件の真相を公表していいんじゃない?
当時、真相を公にすれば、武帝が神代を持たない事が知れ渡り、大混乱を引き起こす可能性があった訳だけど。
でも、どんな理由があるにせよ、一人の人間を陰謀で押し潰す事が許されていい訳じゃないっ!」
 武帝だから『ぶーちゃん♪』。お忍び遊びに付き合ったリィムナは、武帝をそう呼んでいた。
「真実を皆に明らかにし、楠木氏の名誉回復をした上で解放するべきだよ。
…当時、楠木氏1人に罪を背負わせた人達も、ようやく胸のつかえが取れるんじゃないかな」
 世界有数の開拓者として名を知られていても、出鱈目な強さを持つリィムナにも、出来ぬ事がある。
「全ての民に、真実を知る権利があり、それによって自分で物事を考え、意思決定するんだ。
…これからはそういう時代になると思うぜ」
 ナキは睨みつけた。途切れる武帝の声。謁見時間が終りに近づいていく。
「…八丈島の人達を受け入れるのが簡単じゃないのも、無用な争いが起きるのを避ける為っていうのも分かるよ。
でも今のままじゃ、天儀と八丈島両方の子孫に禍根を残す事になるかもしれない。
封印が長く続けば彼等の子孫も、過去に取り残されたままになってしまうよ」
 ケイウスは口火を切る。天儀の礼儀にならい、正座を貫いていたアル=カマルの吟遊詩人。
 異国の王への敬意は忘れない。とはいえ、堅い場は慣れず、つい素が出てしまった。
「陛下には、未来へ確執を残さない為にも、八丈島の封印解除と交流の許可をお願いしたい。
少しずつでも一緒に歩ける道を拓いて行かなきゃならないと思うんだ。これからの未来の世界の為にも!」
 普段なら、現在を楽しく過ごす事を好む。でも、今は先の事を案じていた。
 聞いていた嶽御前の白鳥羽織が、小さく衣擦れの音を。聖なる守りの祈りが込められている純白の羽織が武帝の眼にとまった。
「東堂さんは不穏な事を企む者達を探り、見抜き、行動の予見や先読みできる能力があります。
ならば謀反を企てる者達や計画を暴き、事前に芽を摘む為に活用すればいい。
企む側の思考のできる人材は貴重です。何かあった時の責任は…」
「私がとります。嶽御前さんが言うように、浪志隊は天下安寧を守る為の組織ですもの」
「まぁ、東堂さん達にも島で培い育んだ大切なものがありますから、後は当事者間の話し合いの結果次第ですかね」
 亜祈の言葉に、嶽御前は満足そうに笑う。軽く八重歯が見えた。
「…過去を断ち切って新たな未来を築いていく為には、ひとつの区切りがなければ前進できぬであろうな」
 武帝は伝え聞いていた。世界そのものであった護大さえ、自らを変えることを選んだと。
 そして、思う。朝廷や帝である自分自身が変化することができぬはずないと。
「八丈島へ使者を送る。貴公たちの言うように、当事者の意見も必要であろう」
 武帝の言に、臣下たちは驚く。謁見者たちは、深く頭を垂れた。


●雲雀
 謁見の帰り道、亜祈は問うた。八丈島の使者に志願した理由を。
「あれから二年と…月日が経つのは早いですね。
私も少なからず関わってきたから…成り行きを見届けたいと思ったんです」
 柚乃は目尻を下げる。頭に飾った幸紡ぎの聖鈴が、澄んだ音を響かせた。その隣で、白銀狐耳が動く。
「本当の音を聞き逃さないように。僕が今、立つ、この場所から」
 組織と隊士らに愛着を抱くアルマは、即答。ケイウスは少し視線を落として答える。
「そりゃあ、流石に悩んだよ。…でも、何もしないで後悔するのは嫌なんだ。
東堂さんに会いたい気持ちはもちろんある。でも前に話し合って分かった、後々の確執への心配も本心だよ」
 視界の隅に、桜の木が映った。天儀は、あちこちに桜の木が植えられている。
「…娘の為にも、未来に残す課題は今から減らしていきたい」
 ケイウスは詩聖の竪琴を弾いた。奏でる華彩歌。アルマは謁見の間を振り返り、つぶやく。
「民の声も、先生達側の声も、当事者たる君の声も、大切なんだと僕は思ってる」
 桜が花開く様子は、『なーさん』にも見えているだろう。思い付き、パンの葦笛を取りだした。
 小鳥の囀りが、鳴り響く。音色にさそわれ、一羽の鳥がやってきた。
「ヒバリが♪」
 嶽御前の飛び抜けて明るい声に、柚乃は眼を丸くする。
「あ…そろそろ話し方を戻しますね。必要なくなりましたので」
「春、ですね」
 口元を押さえた嶽御前は、軽く咳払いを。柚乃は見て見ぬふりをした。
「別名は告天子だよっ!」
「へー、よく知ってんな」
 多方面で卓越した才能を見せるリィムナは、雑学博士。ナキは素直に感心する。
「そうだわ。柚乃さんの嘆願書、大伴さまに届けたわよ」
「ずずずいっと、ですか?」
「ええ♪ 急いで、依頼書を書いてくれるギルド員を、探してくれるみたいね。
ただ、桜の開花まで時間が無いから、間に合うかは分からないそうよ」
 亜祈に預けたのは、『今年もお花見をしましょう!』と書かれた嘆願書。
 その間に、春を告げる鳥は桜の枝にとまった。高く高く鳴く。
 帝の即位を天に告げると言われる、鳴き声で。


 のちに武帝は世界へ宣言する。
―――自らに精霊を奉ずる神代は無い。
朝廷と帝も、その役割を変えるべき時がきた。
どういう形になっていくべきなのか、答えは出ていない。
多くの人や世界と交わりながら、皆と共に考えていく―――