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■オープニング本文 ●八丈島の封印 天儀歴一〇一二年、春。天儀において、「大神の変」と呼ばれる事変が起こった。 始まりは、浪志組発起人、東堂・俊一(iz0236)が計画した、回天計画。 大神大祭の例大祭に乗じて、起こそうとした乱。天儀を、朝廷を、すべてを、ひっくり返さんと。 しかし、反乱は起きなかった。主導者は、退いた。開拓者たちが、自らの意志で動いた。 開拓者たちの行動が、主導者の決意を翻したのである。 捕縛された東堂一派は「八丈島」と言う、小さな儀へ流刑に。八丈島への精霊門は、閉ざされる。 残された浪志組は、組織の再編に着手。筆頭局長に森藍可(iz0235)、局長に真田悠(iz0262)が就任して再出発した。 三年近い月日が流れた、ある日。大神の変を知る一人の隊士が、局長の真田に進言をする。 「八丈島の封印を解いてくれるように、朝廷へ嘆願書を出したい。 時代は変わった。古代人や、護大とも分かりあえた現在なら、八丈島の人々とも分かりあえるはず」 真田は、一つ返事で首を縦に振ったらしい。 しかし、真田派の副長、柳生有希(iz0259)は渋い顔をする。森をはじめとした、森派の理解が得られないだろうと。 実際、森は強烈な反対意見を表明した。良い家柄の出身でもあり、忠節や謀反云々といった事柄に対しては強い反発を見せる。 また、自分たちと一度敵となった相手を、そう簡単に許すことはできないと。 ●異国育ちの隊士 白虎しっぽを揺らす虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)。開拓者ギルド本部の受付でごねていた。 浪志組の制服を着たままの妹の話を、受付係の兄はあきれ顔で聞いている。 「私真田さんへ、『天儀の朝廷に八丈島の封印を解いてくれるよう、嘆願書を出したい』って言っただけよ。 真田さんは『分かった』って、首を振ってくれたわ」 「でも、副長の柳生さんは嫌がったんだよね?」 「ええ、『森さんが反対するだろう』って。確かに私の意見を言ったら、森さん、烈火のごとく怒っちゃったわ」 「…僕も『天儀の人なら怒る』って思うよ」 「とにかく、森さん達を説得しない事には、始まらないの。 真田さんは『浪志組の総意として、嘆願書を提出する必要がある』って言ったわ」 「そもそも、浪志組内部のことだよね? なんでギルドに依頼出すわけ、兄上頼るの?」 「だって、『森さんたちに認めてもらうには、下の隊士の意見も必要』って、有希さんが言うんですもの。 隊士たちの意見をまとめるのに、人手がいるのよ。お手伝いの依頼を出してちょうだい、兄上」 「あのね、僕の個人的意見だけど…、そういう依頼はどうかと思うよ」 「どうしてよ!?」 「だって、八丈島の封印って、天儀の朝廷に関わることだよね。わかる? 天儀だよ、天儀。泰国育ちの亜祈が、口出しできる問題じゃないよ」 白虎しっぽを膨らませ、不服そうな顔になる妹。これでも浪志組の九番隊隊長を務めている。 虎猫耳を伏せる、ギルド員。虎娘と兄は、天儀の西にある儀の出身だった。 「兄上の方が分かってないわ、泰国出身の私だから言うのよ! だって、天儀の人たち、誰も言いださないのよ!? 浪志組の人達ですら、『八丈島の封印を解いて欲しい』って、誰も口にしないの。 ずっと待っていたのよ。また再会できるって、ずっと待ってたんだから!」 「天儀の朝廷に、反乱を起こそうとした人達だからね。良い感情を持つ人は、少ないと思うよ」 「…実際に朝廷への反乱が起きたらどうなるかなんて、私達が一番よく知ってるわ。兄上だって、覚えてるでしょ?」 「覚えているよ。だからこそ、僕は反対する。天儀が泰国みたいにならないとは、限らないから。 反乱の首謀者を解き放つなんて…。また人が死ぬことになったら、どうするつもり!?」 約一年前に、泰国でも反乱が起きた。そのときの泰国は、国家転覆しかけた。 猫族兄妹の故郷も戦乱に巻き込まれ、親しい人達が殺される。多くの血が流れた。 「…兄上も、有希さんや森さんと同じこと言うのね。東堂さんたちは、反乱を起こすのを止めたわ。 自分の意志で、止めたのよ。もう二度と、反乱なんてしないわ。泰国みたいにならないわよ!」 「どうして、言い切れるわけ?」 「あら、真田さんと同じ質問をするのね。決まってるじゃない、お友達だからよ。 東堂さん達は浪志組で一緒に過ごした、お友達ですもの。お友達を信頼するのは当たり前だわ!」 「…それ、亜祈の悪い癖だよね。ちょっと話した相手を、すぐに友達認定する癖」 虎しっぽをピンと立て、堂々と答える虎娘。兄は軽くため息をつく。 「兄上。お話しないと、相手の事はわからないでしょ? でも、お話すれば分かりあって、お友達になれるのよ。 まぁ、東堂さん達がこっちに帰って来たら、ちょっと有希さんや森さんと口喧嘩はするかもしれないけど…すぐに仲直りできるわ。 それに、東堂さんは天儀の昔を知る人よ。きっと、将来の天儀にとって、必要な人になるわ!」 「はいはい、わかりました。依頼を出してあげるから、皆の意見を聞くと良いよ。 天儀の現実を知るのも、浪志組の隊長には必要だと思うからね」 兄は深くため息をつく。おおらかな妹は、我が道を行く性格だと、改めて認識しながら。 |
■参加者一覧
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
无(ib1198)
18歳・男・陰
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●顔合わせ 「ルエラと申します。幅広い意見を求めると伺い参加しました」 従者の外套の胸元に片手を当てる、ルエラ・ファールバルト(ia9645)。軽く一礼を。 「まぁ複雑だろうね、双方」 无(ib1198)の懐から、玉狐天が顔を出す。肩に乗った尾無狐の首を撫でながら、最後にあった時の「カヨ」を思い出した。 創始者の経営する塾の子供達から、「婆ちゃん」と慕われる老婦人。孤児の子供達を案じながら、牢の中で寂しげに笑った。 「在るは根源か」 低い低い无の呟きに、見上げた尾無狐が一言鳴く。心配そうに。 「まぁ座して待ち、そして対話する。理解し問答や対話で心と既知と未知との循環を引出したいね」 尾無狐の頭をなで、視線を緩める无。尾無狐は安心したのか甲高く鳴き、懐の宝珠に引っ込んだ。 「俺個人の立場は、解放は是だね。ただ、意見収集のため、説得はしない」 无は答える。司書の仕事、史書編纂の為の材料にするつもりだ。大神の変後記として。 「八丈島にいる奴らが、本当はいい奴とかも信じられない」 憮然とした表情の笹倉 靖(ib6125)。喜怒哀楽は、はっきりしている。 靖の親友、ケイウス=アルカーム(ib7387)は無言。個人的には恩赦に賛成だ。 「謀反をしようとした奴が外に出る可能性があるということは、そいつの望む、望まざるに関わらず旗印にされる可能性が高い。 そいつが死ねば今度はいらん憶測を生む」 そこまで考えているのかと靖は、亜祈をみやった。 「示しもつかねーよ。本当はいい奴だから大丈夫って、一々説明しにいくつもりかい?」 「必要なら行くつもりよ。話しあいは必要だもの」 のんきな返事に、靖の片眉が動く。少し悩み、言葉を紡ぐ猫族の娘。 「…少なくとも、今の天儀の人は言いにくいことでしょうね。非難の的にされるもの、白い目で見られるもの。 私は天儀の人じゃないから、好き勝手言えるのよ。泰国人だから、まだ憎まれるだけで、殺されてないのだと思うわ」 国の問題は難しい。しっぽを揺らしながら、亜祈は回答した。暗殺されることも覚悟していると。 「外のほうが見えるとは、よく言ったもので」 眼鏡を押し上げつつ、言葉をもらす无。虎しっぽを揺らす、亜祈の後ろ姿に視線を送る。 「歴史を繋ぐ者の感想はさておき、当事者の声がないと動かぬも事実ですね」 无の意見に、劉 星晶(ib3478)は困ったような、苦笑するような複雑な表情を見せた。 「あれから三年ですか…月日が経つのは早いものですね」 顔の下半分を隠すジン・ストールの下から、くぐもった声が聞える。 「あの頃は亜祈絡みで奔走するばかりで…光陰は正に矢の如く過ぎ去るものですね」 星晶の青い瞳が遠くを眺めた。大神の変の頃、一連の事件が思い出される。 「東堂さん達とは殆ど関わりがありませんでしたが、一度話をしてみたいと思っていたものです。特にチェンさんとかですね」 星晶と同じ、泰国出身の「チェン」と言う名の偉丈夫。亜祈は彼に頼まれ、星晶達と一緒に育ての親への手紙を届けた。 「帰ってきてくれるならとても嬉しい事ですが、難しい話ではありますよね。…他の皆さんはどんな意見をお持ちなのでしょうか」 まとまらぬ自分自身の考え。他者の意見を集めれば、答えはでるだろうか。 ●咨詢 星晶が訪れたのは、九番隊の所。亜祈が信頼する隊士たちだが、口をつぐみ何も言わないそうだ。 「中には話したがらない人も居るかもしれませんので。夜春を使用して、少しでも好感度を上げておきます」 黒猫耳がぴこぴこ、世話焼きの性格がむくり。星晶が役を買って出る。 夜春は相手が術者に好意を懐きやすくなる、色仕掛けに類する術の一種。春香の術とも呼ばれる。 「ちょっとよろしいですか? 亜…いえ、隊長の代理なのですが。大神の変について質問が…」 先に部屋に入る星晶。泰拳袍「九紋竜」を着こんだ姿は、異国情緒満載。亜祈と同じ泰国出身と、一目で分かる。 何も知らない異国人として、まず大神の変について尋ねてみた。隊士たちの認識はバラバラだ。 「ありがとうございました」 頭を下げると、部屋を後にする。少し離れた所で待っていた、无の所へ。 超越聴覚で、残された九番隊隊士たちの声を聞きとる。創始者に対する意見が聞えてきた。 「せっかくなので森局長にも、直接話を伺いたい」 「ちょっと難しいでしょうね。今は怒っているもの」 无の提案に、亜祈は眉を寄せた。婆娑羅姫の異名を持つ、筆頭局長。色々な意味で、規格外の人物だ。 「森派の隊士たちは?」 「森さんと仲良しの人達は、あちらよ」 「初対面の為勝手はわからないが…酒好きそうなら飲みながら」 酒を命の水と称しすほど、酒好きな无。朱盃「金銀日月」を見せながら、うなづいた。 案内された先の隊士たちと、しばし酒を飲み交わす。お互いほろ酔い加減になったころ、无は切りだした。 「大神の変、八丈島の人々、八丈島の封印を解くことについてどう思いますか?」 「あの忌まわしい事件の!?」 「まぁまぁ」 左手を顔近くまで持ちあげ、しれっと受け流す无。まとう陰陽狩衣の襟もとで、龍花が存在感を示す。 「史書編纂中で、後記を執筆しようと思っているので」 「ああ、陰陽寮の?」 无はあいまいに笑う。図書館勤務をしており、書物整理と調査を行う司書調査員の草鞋を履く、青龍寮生だから。 匿名の取材と言う形で、酔っ払いたちの本音合戦が始まった。 靖とケイウスは二人組になり、あちこちを回る。 「俺の意見としては、ただ封印を解くなんてお断り」 「だからって、ずっと今のまま封印しておいていいの!?」 靖は開口一番言い放つ。親友のケイウスは視界の中に割り込んで来た。 「確かにあの時はそれが一番の方法だったけど、今は状況が違う。ずっと隔離しておく事だけが良い事だとは俺は思わない!」 ぶつかる、二人の主張。反対派と賛成派の主張。 どちらの意見も受け入れる姿勢を見せ、本心を話しやすい状況を作る狙い。 「気持ちの問題だけじゃない、国の問題だ。他人にどう思われるか、他人からどう見えるかってのも大事なんだよ」 「靖の言ってる事も分かる、天儀に住む人としてそう思うのは当たり前の事だ」 親友の言葉に、少し声を抑えるケイウス。アル=カマル中小部族の生まれだが、天儀を住処に選んだ。 ついムキになってしまったケイウス。大神の変に関わって、創始者を知っているから。 「駄目だね、頭では分かってたつもりだったんだけど…ごめん、靖」 「…ちくしょう、憎まれ役か。悪役みたいだな」 ひらひらと手を泳がせる靖。ゆらり風は、ごまかしはするけれど、嘘はつかない。 「俺たちのどっちに納得できるか、教えてくれ」 騒ぎを聞きつけ集まってきた、やじ馬隊士たちに靖の矛先が向く。 足音を立てずに歩くルエラと、おっとりした足音の亜祈。 「…ルエラさん、しっかりしているわ。私が聞くと、あいまいな返事しかもらえないの」 「方法の問題だと思います」 亜祈単独の成果は上々と言えない。ルエラが間に入るとスムーズになるのだ。 「…怒りはまた喜ぶべく、憤りはまた悦ぶべきも、死者はもってまた生くべからず。 皆で生き残り、より良い生活を送らせる。それが私の目的です」 歩みを止め、振り返った。ルエラの眼差しは、亜祈に向けられる。凛とした光を湛える、青い瞳。 「一般人と呼ばれる方々は、自分達が生き残りよい生活を送れるなら、誰のどんな方法でも、あまり気に留めません。 それができないなら誰であっても駄目ですが」 ルエラの胸元には、心眼の巻物が携帯されている。鋭い洞察力は、変化を見逃さない。 「八丈島に流された人達を戻すという行動で、どういう結果が起こると思いますか?」 「帰りを待っている人に、会わせてあげられるわ。それから、変わった天儀を東堂さん達に見てもらえるわね」 ルエラの質問に対し、自分の考える良い結果を伝える亜祈。 「反対に悪い結果は?」 「森さん達の家出かしら、ものすごく怒っていたもの。それから東堂さんや、私の暗殺の可能性ね」 単純明快な答えに、ルエラは少々めまいを覚える。右手を頬にそえながら、助言を。 「悪い結果が起こると予想されるなら、それを抑えて戻せる方法を話し合いで見つけ出し、説明できるようにして答えを出して下さい」 「そうね…言い出した異邦人の私が、暗殺されずに今も生きているの。天儀が話し合いできる国になった、一番の説明だと思うわ♪」 「そういう事を言っているのでは、無いのですが…。もう少し意見を集めましょうか」 的外れの答えを、自信満々に答える泰国育ち。ルエラは眼を閉じ、軽く息を吐きだした。 「話聞かせてくれて、ありがとう!」 ケイウスは手を振り、やじ馬隊士たちに別れを告げる。きちんと礼も忘れずに。 「分かってはいたけどさ、やっぱり反対意見も多いね…。出るのは当然だろうし、それを今どうこう言っても始まらないけど」 メモ書きを見て、少ししょんぼりするケイウス。覚悟していても、実際に目にすると心は揺れる。どれも貴重な意見だ。 「東堂さんは、もう誰かを傷付けるような事はしないと思うんだけどな。…難しい、ね」 それでも、好意を持つ者の為や自分が本心から望む事の為なら、無茶も苦労も厭わない。 桜の枝を持つ創始者を、知っているから。大樹の成長を願う人の為だから。 「ほら、次行くぞ」 ケイウスのレインボウローブを引っ張る、靖。薄絹の七色の輝きが、ケイウスの視界で広がった。 ●討議 ルエラは、大きな紙を希望した。亜祈は、紙の束と筆記用具を持ってくる。 「まず意見が違うのは二つ以上の理由があります。目的の違い。意見となる認識の違い。 目的が違うのは価値観が違うからで、これが明確なら、あるのは交渉か説得か妥協です」 筆を手にしたルエラは、一枚目の紙に『私達の目的は何か』と書きしたためた。 「次に認識の違いは目的は同じでも、各自の持つ認識が違うから、情報を共有化すればすむ話です」 二枚目には『現在の状況は』と書き記す。 「この両方が正しく行われれば、情報を共有し価値観に折り合いをつけ、互いに協力し目的に沿う答えが出ます」 靖とケイウスが頷くのを確認し、三枚目に筆を走らせた。『どのような行動をとるか』と。 「それをふまえまして、皆様には、議論してもらいましょう」 四枚目に書かれた言葉、『結果どうなるか』。亜祈と一緒の意見収集中に、何度も見られた言葉達。 「封印有と無、それぞれの利害は何と考えるか?」 ルエラは筆を持ち、書記の構え。无が口火を切った。 「…個人の意見としては、会えるものなら会いたいですね」 目を閉じながら、星晶は言う。天儀の問題も片付き、もう乱を起こす心配も無いのではないかと。 「東堂さんのような視点を持つ人は、この先の未来に必要なのではないかと思う次第です」 少しだけ目を開けた。ルエラの書いた紙に視線を向ける。 「賛成派の心情も理解できなくは無いぜ。門を封印したままで、島の連中が何しているか解らないし、何か計画しても兆候が掴めないからな」 煙管をくゆらせる、靖。着崩した胸元から、桜染めのさらしがチラリと見える。 「…つまり、それの解消で反対でなくなると?」 无は確認をする。説得ではなく、ただの確認。 「理由は心情的なものなのか、立場的なものなのか、ただ怖いからなのか。中身が重要だ」 眼鏡を押し上げながら、无は淡々と告げる。靖の視線とぶつかった。 「事実と罪は消えないが、八条島の人間の子孫にまで罪は無い。 後々の確執を押さえ込むためにも、今から将来のことを見据えた何かが必要だな」 靖は煙管から紫煙を吐き出す。一つ一つ、妥協案を示しながら。 『物の持ち込み、持ち出し禁止。 私的な手紙や伝言の禁止。 以前保護された子供たちは近付くことを禁止。 監察者の任命権は浪士組以外が持つ。 監査日は七日から十日前に発表する』 指折り数えていたケイウスは、軽く肩をすくめる。 「…確かに、すぐ出て来ても大変なだけかも。これから受け入れる体制を作るとか、未来に向けての行動は必要だ」 「ま、意見が通ってからの、擦り合わせだな。前に進まにゃ、見えないものが多すぎる」 靖は再び煙管を味わう。紫の瞳で見上げる空は、まだ冬の色をしていた。 |