|
■オープニング本文 ●泰国の事情 「国家武拳士」と言う者がいる。アヤカシに対抗する、泰国の兵士たち。 国家武拳士になる為には、国家武拳士試験を突破しなくてはならない。 試験突破を目指す者は、泰大学の「鍛練学科」に入学してくる。四年間の大学生活。 ここは、泰拳士の技を極めるための学科。いわば、士官学校的な意味合いを持つ、兵士訓練所だった。 通常、泰大学は二月一日から後期試験が行われる。が、鍛練学科は、一月の冬休み期間から始まっていた。 試験会場は春華王(しゅんかおう:iz0089)の住まう、天帝宮内部にある。現役の兵士長たちが試験官を務めるのだ。 有望な人材を見極めるための試験。国家武拳士を目指す者たちの戦いは、一年生のときから始まっている。 神楽の都の開拓者ギルド。受付で、白虎獣人の娘と二人のギルド員が話していた。 「二人とも、お休み取れた?」 「うん、とったよ。武芸会、楽しみだね♪」 「おお、もちろんだ! なんせ、息子の晴れ舞台だからな!」 楽しそうな様子に、開拓者は声をかけた。興奮した虎猫ギルド員が答える。 「大事件ですよ! なんと、なんと今年は天帝さまが初日の武芸会をご覧になられるんです! あ、武芸会っていうのは、泰大学の鍛練学科の生徒たちの後期試験の別称なんですよ」 「天帝さまのおかげで、今年は初日の開会式だけ一般公開される事になったの。私の弟と妹がでるのよね♪」 「天帝さまが、天儀一武道会の影響を受けたんじゃないかと、僕らは推測しています」 嬉しそうに答える、猫族兄妹。泰国の春華王は、泰国民からは「天帝」と呼ばれて慕われていた。 「武芸会、皆さんも行ってみます? 開会式の特別枠で、演武や実戦に出場することもできますよ! 開会式では、天帝宮内部で行われる武芸会の『でもんすとれーしょん』を見せてくれるみたいです」 「今、ギルドに武芸会開会式に出場する開拓者を募る依頼が出されている。実戦の相手は、鍛練学科生になるが。 参加者お互いの同意があれば、開拓者同士で戦っても良いそうだな」 四十路のギルド員は、言葉が重い。実は修羅の息子が、鍛練学科に留学していた。 「出場するつもりなら、こちらの申込書を書かいてくださいね」 「演武に求められるのは、優美さよ。いかに華麗に技を魅せるかよ! 昔、実家で見せてくれたけど、歌姫だった母上の歌声にのせて演武する、父上の泰拳はとても素敵だったわ♪」 虎猫ギルド員は、にこやかに紙と筆をすすめる。虎娘は拳を握り、力説してくれた。 「実戦に必要なのは、純粋な強さです。相手の頭と胸に付けた皿二枚を、先に割れば勝ちです。 戦闘で自分の急所を守れないようでは、アヤカシとの戦いに勝てないと言う由来ですね。 もともと鍛練学科は、将来の国家武拳士を目指す場所です。泰国の兵士の卵が集う場所ですから」 虎猫ギルド員は厳しく告げる。泰大学の鍛練学科は、泰拳士の技を極めるための学科。 いわば、士官学校的な意味合いを持つ、泰国最高峰の兵士訓練所だった。 ●鍛練学科生の事情 試験を翌日に控えた、鍛練学科寮。真ん中にある食堂は、試験待ちの学生でにぎわう。 食堂の窓際に陣取り、丸いお月さまを見上げる猫族がいた。 猫族には、月を崇める風習がある。そして、死者の魂は月に行くと伝えられていた。 鍛練学科に在籍する、虎猫泰拳士。伽羅(きゃら)は、張り詰めた空気をまとう。 「伽羅、ぜったいに合格するのです! 『国家武拳士になれる』って、言わせるのです!」 猫娘の故郷を守り、亡くなった泰国の兵士たち。幼いころから遊んでくれた、大好きな英雄たち。 英雄たちの墓前で、誓った。将来、国家武拳士になり、英雄たちのように泰国を守るのだと。 「がるる…伽羅しゃんには、国家武拳士、難しいです。まだ詩経黄天麟、できないのです」 猫娘の双子の兄は、白虎耳を伏せた。吟遊詩人の勇喜(ゆうき)は心配する 「『五神の技を究めないと、泰拳士の奥義には近付けない』って、父上言ったです!」 双子達の父親は、料亭を営む泰拳士だった。猫娘は元開拓者の父から、泰拳を習った。 「うにゃ! 伽羅、そんな技使えなくても、奥義習得できるです! 絶破昇竜脚も、極地虎狼閣も、峻裏武玄江も、天呼鳳凰拳も、全部覚えたのです!」 「がう! 先生、『仙人骨を持つ武拳士なら、五神天驚絶破繚嵐拳を使えないといけない』って、言ったのです。 奥義覚えないと、伽羅しゃん、武拳士なれないのです!」 泰拳士の奥義と言われる、五神天驚絶破繚嵐拳。猫娘は、その習得を目指していた。 五神に打ち勝ち、練拳一致の心を会得せねば、その境地に達することはないといわれる技。 「…伽羅さは強いけど、すぐ逃げる癖があるってんだ」 「にゃ…逃げてるです!?」 「逃げながら攻撃するのが、伽羅さの戦法の癖ってんだ」 天儀から留学してきた、一本角の修羅少年。シノビの仁(じん)は、猫娘の隣に立つ。 「にゃ! 『ひっとあんどあうえい』が泰拳の基本です!」 「先生がみせてくれた詩経黄天麟は、逃げずに前に行く技みたいに見えた。今のままじゃ、難しいとオイラも思うってんだ」 「うにゃ…ひどいです! 勇喜しゃんも、仁しゃんも大嫌いです!」 同級生の厳しい指摘。虎猫しっぽを膨らませながら、猫娘は自室に逃げ帰る。 「…にゃー、にゃー、にゃあ!」 布団にもぐりこんだ猫娘。青い瞳から、涙がこぼれ落ちる。 どうして泣くのか、自分でもわからなかった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●武芸会 泰国の春華王は、身分を隠し、泰大学の芸術学科に在籍している。鍛練学科の授業を目にすることも多い。 大学が冬休みの現在、春華王は大学生では無く、「天帝」として皆の前に姿を現していた。 一番に舞台に上がった、梢・飛鈴(ia0034)。泰国南部の山林地帯の訛りが滑り落ちた。 「ほーう、天帝陛下の天覧試合…になるんか、コレ。こいつはちっと気張らんとナ」 漂泊を生き方とする山人の末裔は、恭しく天帝に頭を垂れる。 天帝以外、自分たちの上に何人の存在も認めない『上ナシ』の理念を無自覚の内に祖先から受け継いでいた。 「今日は、皆の鍛練の成果を楽しみにしています」 天帝のお言葉に、飛鈴と伽羅は深く一礼を。そして向き合う二人、試合開始の銅鑼が鳴り響く。 同時に飛鈴は、走り出した。警戒する伽羅の周りを大きく一周し、牽制の苦無をばら撒く。 「今回はキッチリ本気で手加減、容赦一切なしで勝負ダ」 真正面に戻ってきた、飛鈴。伽羅の逃げ場は封じた。限定された戦闘区域。 「そういや伽羅とは半年…ぶり…。さあて、そっちがどの位早くなったかナ? ちょっと攻めてみナ」 構えた伽羅は飛び出した。拳に白い気を纏い、いきなり極地虎狼閣を仕掛ける。 もふら面の奥で、飛鈴の黒い瞳が細められる。胸への攻撃をすんでの所で避けた。 (…半年でえらい強くなっとらんか、コヤツ) 飛鈴は、鍛練学科の温泉合宿に同行した記憶を辿る。川で遊ぶときの足取りは、かなり危うかった。 「さあて、あれからどの位強くなったか、見せてもらおうかイ」 「うにゃ!」 さらに踏み込む伽羅。右足は地を蹴り、放物線を描いた。右の拳は白い気をまとうのをやめない。 懐に飛び込まれない間合いを慎重に図り、飛鈴はわずかに退く。練り上げた気を、全身に張り巡らせながら。 飛鈴の胸を狙う伽羅の顎に、凄まじい蹴りをはなった。衝撃は頭の皿を木っ端みじんにする。飛鈴の奥義、雷斬脚。 突き抜ける衝撃に負けず、伽羅の全身は黒い気をまとった。反撃の蹴りは、飛鈴の胸をかすめる。 「足を使うのは結構。動きまわって的を絞らせないのも立派な戦術ダ」 後ろへ、飛びずさる伽羅。逆にゆっくりと歩を進める飛鈴。 「けどナ…拳士ってのは相手の懐に飛び込んで初めて真髄を発揮するんだゼ」 拳の道に関しては求道的な思想を持つ飛鈴。気迫に押され、伽羅は動けない。怯える子猫。 「腰が引けてるうちは、まだまだだナ」 言い切った飛鈴の全身から衝撃波が走った。泰拳袍「朱雀尾」の裾が、激しく波打つ。 詩経黄天麟を発動し、一気に間合いを詰める。次いで、黄金の光をまとった飛鈴の左足。 飛鈴の五神天驚絶破繚嵐拳は、胸の皿ごと、子猫を打ち砕いた。 同じころ、羅喉丸(ia0347)は決意をする。ハの字のひげを生やした人物に声をかけた。 「鍛錬学科にはちょびひげ先生が居ると聞いたんだが…」 「おやおや、私にご用ですか?」 「俺と戦えってもらえるだろうか? 全力の先生に挑みたい」 羅喉丸にとって、武とは、己の生き様を貫きとおすための力だった。『武をもって侠を為す』生き方。 だが、時折ふと思う。自分はどれだけ強くなり、自分の力はどこまで通用するのかと。 鍛練学科の教官ともなれば、本場泰国の中でも有数の拳士と思われる者のはず。 「はいはい、手加減は無用ですよ」 関 漢寿(せき かんじゅ)の言葉に、羅喉丸は深く頷いた。 ●異国情緒 「しかし、しばらく見ない内に三人とも強くなりましたね…私ももっと修練に励みませんと…」 伽羅の戦いを見終わった海神 雪音(ib1498)は、仁と勇喜の側に移動する。三人が入学した、一年前が懐かしい。 「…参加しておいて何ですが、演武と言った形で型を披露するのは経験が無いんですよね…しかもこんな大勢の中で」 少しばかり、憂いを帯びた茶色い瞳。雪音は、観客席を見渡す。 「まぁでも…これも修練だと思って、いつも通りにやってみましょうか…」 目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。表情の変化が乏しくても、全身から緊張の様子は伝わってくる。 その間も、泰国の建物の中で、北東に障害物に見立てた像が置かれた。それから、あちこちに的が置かれる。 「がう、雪音しゃん、出番です♪」 勇喜の先導、天儀の琴の旋律が響き始めた。ざわついていた観客席は、音に耳を傾ける。 ゆったりした和琴の音、ただ一つ。その中を、雪音が進む。ゆったりと。 身に付けるは、天儀の弓掛鎧「山伏」。握りしめるは、泰弓の乾坤弓。 本座に辿りつくと、天帝の座る脇正面に一礼を。的正面に向き直り、近的を見据える。 まず、二本の矢を手にした。足踏みから始まる、射法八節を披露する。 動作一つ一つを意識した動きに、観客席のギルド員は感嘆を。往年の弓術師すら唸らせる、優美さ。 次に矢を番えていない状態から、先即封を見せた。反対の斜め方向の近的を射抜く。 熟練の弓術師だからこそ可能な早撃ち。観客席から驚きと拍手がわき上がった。 少し早くなる旋律。雪音は軽やかに会場を駆け、北西の角に移動を。対角線上にある遠的を狙う。 体を巡る精霊力を五感に集中させた。望月。研ぎ澄まされた感覚のまま、遠い的を射る。 どんどん早くなる和琴の音色。風神のように、神風のように。 雪音は素早く会場を駆け、南西の角へ移動。立ち止り、キリリとした射法八節の動作を。 茶色い瞳が七色に輝きだした。瞳から、全身から、精霊力があふれ出る。無我の境地。 不意に和琴の音色が途切れる。薄緑色の気を纏って飛ぶ矢。障害物をすり抜け、北東の的を射抜いた。 静寂の中、天帝へお辞儀をし、退場する雪音。去っていく背中へ、割れんばかりの拍手が降り注いだ。 ギーベリ家の家紋が輝く全身鎧。ケニヒス・プレイトメイルに身を包んだフランヴェル・ギーベリ(ib5897)。 シールド「インターセプター」と殲刀「秋水清光」を手に、入場する。 ジルベリア式の挨拶に、観客席は興味津々だ。マリンバが、穏やかな曲を奏でだす。 フランヴェルは踊り始めた。金属の重さを感じさせない、剣舞。花から花へ、蝶が舞うように。 マリンバが止まった。サムライも、両足の踵を揃え、立ち止まる。 重厚な曲調に変わった。両手を広げる、フランヴェル。踏込みながら舞う。 盾と刀で翼蔽(よくへい)するが如く。親鳥が雛鳥を守るが如く。 護るべき者に一切傷を付けさせないという、意志を込めて。 高速打法のマリンバ。激しい曲調に変わる。 サムライは、天歌流星斬で斬り上げた。轟く衝撃波は空を震わせる。 空中で横に振られる、刀。裂帛(れっぱく)の気合いと共に、轟嵐牙を放った。 連射される、黄金の剣閃。全方位に広がる、フランヴェルの奥義。 最後は、天歌流星斬からの飛び蹴り。地を裂き、地面を抉った。 着地したサムライは、前を睨む。敵には容赦せず全力を以て倒すという、決意を込めて。 ●泰拳士の国 「…血が騒ぐな、まだまだ青いということか」 羅喉丸は籠手を握りこむ。白い光沢を持つ金剛覇王拳は、嬉々としているようだ。 銅鑼が鳴った。悟られないように地を踏みしめ、身構える。 「おやおや、八極天陣ですね」 僅かな変化を悟る関。こちらは構えを見せず、自然体のままだ。 よたよた歩みより、不意に転んだ。ぐらりと崩れるようにして。 羅喉は二歩、後ろに避ける。三歩下がる前に、関が起き上がった。 目の前をかすめ、羅喉丸の背後に。いつの間にか羅喉丸の頬は切れ、頭の皿にはヒビが入る。 「…酔拳使いか」 不規則な軌道、読めない手足の動きと酒の匂い。酔拳は、酒が入っていれば練力をくわない。 「我が全てを懸けた奥義にて挑もう、それを凌げば貴方の勝ちだ」 時間をかければ、羅喉丸には不利になる。切り札を見せるのみ。 右半身をひき、構えた。詩経黄天麟を発動、足元で不自然に土埃が舞う。 踏み込み、真武両儀拳による連撃を放った。玄武の亀と蛇の動きに基づく、千変万化する羅喉丸の玄い拳。 関は乱酔拳によるふらふらとした動きで、胸への攻撃を交わす。が、羅喉丸の最後の一撃が皿に触れ、横一文字に割れた。 最後の切り札。羅喉丸は気力を振り絞り、横に身体を倒す関の頭に拳を叩きつけた。 と、同時に世界が回転する。いつの間にか、関の灯籠崩を受けていた。地面に倒され、受け身を取る。 気がつけば、胸の皿に関の掌が乗せられていた。羅喉丸の心臓の上。 「いやいや、お強いですね。私の負けです」 先に二枚の皿を割られた鍛練学科の講師は、楽しげに笑った。 「天帝宮か〜。おねーさんと地下遺跡に入った時以来かな」 きょろきょろと、あちこち眺める蓮 神音(ib2662)。天儀の神代の巫女との冒険を思い出す。 泰国に伝わる、おとぎ話。天帝宮の下には、誰も知らない秘密の場所がある。 約一年前、その秘密の場所に、神音は探検に出かけたことがあった。 「やあ、皆たくましくなったものだね♪」 演武を希望したフランヴェルは、伴奏をしてくれた勇喜に近寄った。隣に仁と伽羅が佇む。 「あ、伽羅ちゃんだ! 三年位前に一度会った事あるけど、忘れちゃったかな?」 伽羅を見つけた神音は、大きく手を振り、駆け寄る。不思議そうな、伽羅の表情。 「おや? ボクと伽羅ちゃんが初めて出会った時のことを、忘れたのかな?」 「にゃ! 命の恩人しゃんです、ごめんなさいです!」 フランヴェルが助け船を。思い出し、虎猫しっぽを膨らませ、謝る伽羅。 「ちょっと小さくなったです?」 「伽羅ちゃんがおっきくなったんだよ♪」 救われた当時、十才だった伽羅。今では、神音の身長に近づきつつあった。 「勇喜君、仁君。伽羅ちゃん、どうも元気がないね?」 横目で観察していたフランヴェル。こそこそと、勇喜と仁に耳打ち。 「がるる…詩経黄天使えないから、泰拳士の奥義、会得できないのです」 「国家武拳士になれないって、落ち込んでるってんだ」 「詩経黄天麟か…」 通りかかった羅喉丸と飛鈴の耳も、フランヴェル達の会話が聞えた。もふら面を頭の上に持ちあげ、独りごちる飛鈴。 「五神天驚絶破繚嵐拳? あれ覚えても消耗が激しすぎて使い道がないんだガ…まあいいわ」 会場の隅っこで、うなだれたままの虎猫しっぽ。軽くため息を吐き、伽羅に近づく。 「ちゃんと詩経黄天麟も覚えておかんとだめだゾ」 悲しそうな顔で、伽羅は飛鈴を見上げた。伏せれられたままの虎猫耳。 「うにゃ…できないのです」 「使った後に気絶するという致命的なリスクを負った上で、『何のために戦うのか』。 それが分かった時、きっと使えるようになるだろうな」 「気絶は怖いのです!」 腰を落とし、諭す羅喉丸。伽羅のしっぽは、一気に膨らむ。 (おそらくあの体験から、攻撃を受ける事。そして戦いの中で意識を失い倒れる事に、恐れを抱く様になっているんだろう) フランヴェルの脳裏に、伽羅と初めて出会ったときの事件がよぎる。神音達が「命の恩 人」と呼ばれる理由。 戦いの最中、落盤事故に巻き込まれた子猫。敵に勝ったが、光さす天井は高すぎて登れない。 致命傷を負ったまま、一人遺跡に取り残された。絶望の淵から子猫を助け出したのが、フランヴェルや神音達。 「伽羅ちゃん、戦いには慣れたかい? 色々な経験を積んで、かなり強くなった自覚はあるが、ボクはまだ、戦うのが怖いよ。 多分、自分の強さとは関係ないんだろうね。誰だって怖いのだと思うよ」 膨らんだしっぽのまま、伽羅がフランヴェルを見やる。微笑を浮かべて答える、ジルべリアの貴族。 「でも、ボク達は一人じゃない。信頼し、命を預けられる仲間がいる。 ある時は傍らに。そうでない時でも、自分の身を案じ、いざとなれば命の危険を顧みず助けに来てくれる仲間がね」 金の瞳のサムライは、物事を自分の都合がいいように脳内変換してしまう。だが、今は真実を告げるのみ。 「友を、仲間を信頼し、心を落ち着けて前に踏み出すんだ! 仲間の支援ある時ならば、攻撃を受け、全力を出し切って倒れたとしても必ず助けてくれるのだから」 フランヴェルはそっと、伽羅の両手を包みこんだ。伽羅は無言だが、しっぽの膨らみが消える。 「もう一つ、奥義の先にこそ真理がある」 大きく頷きながら、羅喉丸は言う。五神天驚絶破繚嵐拳の先に、自分だけの奥義があると。 「ま、今のアンタならこいつを覚えさえすれば、自分だけの奥義も編み出せるだロ。精々頑張るこっちゃ」 (…あれも正直使い道に困る技なんだガ…) 飛鈴は、伽羅の頭をぽんぽんと叩いた。心の声は、胸の内にしまって。 「…麒麟」 呟き、うーんと少し考え込む、三つ編みの泰拳士。父譲りの赤毛を揺らし、神音は黙り込んだ。 「伽羅ちゃんは国家泰拳士を目指してるんだってね」 ビシッと指差す神音。実戦の相手に、伽羅を指名してきた。しっぽを立て、舞台に上がる子猫。 試合開始の銅鑼が鳴る。伽羅は早速、極地虎狼閣を使ってきた。 神音は、八極天陣で迎え撃つ。重い構えとは思えぬ、柔軟な回避軌道。 避ける。避ける。避ける。 しっぽを膨らませ、神音の懐に飛び込む伽羅。好機のはずだった。 静かな呼吸。左手と左足を前に出し、右手と右足を少し引いた態勢の神音。右手に黄金の光が宿る。 龍が動きだした。神音のまとう、泰拳袍「翔龍」に描かれた龍が風に乗り、天を目指す。 「これが五神天驚絶破繚嵐拳だよ!」 右拳を繰り出し、伽羅の胸の皿を割る。吹き飛ばされる、子猫。 「伽羅ちゃんにとって国家泰拳士って何? 自分の全てを駆けてでもなりたい物じゃないのかな? だけど神音に負けるようなら諦めた方がいい」 土埃の向こうで咳込む相手に、厳しく言い放つ。普段の明るさは、どこにもない。 「次は詩経黄天麟を使うから」 神音の足元から広がる、土埃。練気と渾然一体となって広がる、波紋。 己の全てを賭けてでも手に入れたい、護りたいという思い。神音が習得した、麒麟。 「伽羅、約束したのです」 土埃まみれで、伽羅は立ちあがる。英雄との約束。 全身の黒い気、峻裏武玄江頼りの反撃。詩経黄天麟には、詩経黄天麟でしか対抗できまい。 「神音も負ける気はないよ!」 左足が地を蹴る、身体が宙を舞った。右足が子猫の脳天を狙う。反撃は間に合わない、皿が砕け散る。 「絶対、国家武拳士になるのです!」 負けた。それでも、諦めない。子猫は右手を繰り出す。 黄金の光をまとった拳。伽羅の麒麟は、神音の胸に届いた。 |