【夢々】相棒と南国と温泉
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/01/21 20:17



■オープニング本文

※このシナリオは初夢シナリオです。
オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


●初夢
 すぐ隣にあるかも知れない、舵天照にとてもよく似た、平行世界。
 どこかで見たことある風景と、どこかで見たことある人々。なぜか地名も、人物も、舵天照の世界と全く同じ。
 一つだけ違うとすれば、「相棒たちは全て意思を持ち、擬人化できる技法を持つ」こと。擬人化の技法は、年齢も外見も自由自在。
 開拓者と出会って朋友となった日から、グライダーさえも擬人化して、絵を描ける。
 練力切れで宝珠に引っ込む管狐も、擬人化すれば勝手に動き、お買い物を楽しめる。
 言葉をはなさない鬼火玉も、擬人化すれば自由に人語を操れ、開拓者と歌い踊れる。
 食べることができないアーマーも、擬人化すれば、美食家に変身することもある。
 不自由があるとすれば、翼をもつ者や、空中に浮く人妖などは、空を飛べなくなること。
 でも開拓者と一緒に過ごす日常は楽しくて、不満は浮かばない。
 これは舵天照に似た、不思議な世界の物語。開拓者と相棒たちの、日常の一幕。


 神楽の都で、開拓者と擬人化した相棒は悩んでいた。年末年始の過ごし方である。
 受付ギルド員たちの会話が聞えてきた。それぞれ、実家に帰省するらしい。
 開拓者は興味をそそられ、会話に加わった。


●南国の青い聖夜
 垂れた虎猫耳が特徴の若手ギルド員、喜多(きた)は言う。四才の三毛猫獣人を抱っこしながら。
「僕らは泰国の実家に里帰りするんです」
「あんな、あんな、浜辺で『くりすますぱーちー』するんやって!」
「故郷の泰南部は、一年中暖かいですからね。海に潜って、魚を獲ることもできるんですよ」
 三毛猫獣人は、ギルド員の飼い子猫又の藤(ふじ)。小さな子猫又でも、きちんと擬人化できるのだ。
「勇喜(ゆうき)の家、料亭なのです!」
「伽羅(きゃら)の家、石窯があるのです!」
 白虎しっぽと虎猫しっぽを揺らす、ギルド員の双子の弟妹。嬉しそうに教えてくれた。
 双子の頭をなでる白虎娘。姉の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は詳しく説明を。
「うちの子たち、母上の『くりすますけーき』を待っているのよね。
開拓者の皆さんが石窯を作ってくれたおかげで、ジルベリア料理も作れるようになったの♪」
「てやんでい! ちゃんと、料理の手伝いしないと『けーき』は食べれないぜ?」
「がるる…お手伝い嫌です!」
「うにゃ、遊びたいです!」
 子供達に渇を入れる、大柄なダークエルフの青年。白虎娘の相棒の甲龍、金(きん)が擬人化した姿だ。
「はいはい、遊んできていいから。勇喜は海で泳いで、お魚も捕まえるのかな?」
「がう! 勇喜、たくさん潜れるようになったのです♪」
「伽羅は裏山かしら? 畑の苺やマンゴーや、バナナも採ってくれば、ケーキの飾りにできるわね」
「にゃ♪ 伽羅の苺畑、とっても甘く育ってるのです!」
 長兄と二番目は苦笑する。14才の双子の弟妹は、まだまだ遊びたい盛り。
「うちは…うちは…」
「俺っちと『ぱーちー』の準備するか?」
「うん、金はんと一緒に行く!」
 ダークエルフの青年の声に、猫獣人は三毛猫しっぽをふった。
「あ、皆さんも泰国に遊びに来ます? ジルベリアのように、白い『くりすます』じゃないですけど」
 南国で過ごす、青い年末。海で海水浴や、裏山で苺等の南国の果物狩りが楽しめそうだ。
 料亭に頼んでおけば、浜辺で泰国とジルベリア料理も食べられそうである。


●温泉郷の雪見正月
「うちは一家で温泉だな。雪国の理穴にあるもんだから、温泉くらいしか楽しめるもんがなくてな」
 呻り声をあげる、ベテランギルド員。栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)の故郷は温泉郷である。
 入れる温泉は、山の中腹にある露天風呂。それから、水着を着て泳げる温泉川らしい。
「とーちゃん、とーちゃん! おいらと雪合戦するってんだ!」
「とーたん、とーたん! ちょり、ちょり、ちょり!」
 ギルド員の息子たちは、口々に希望を叫ぶ。ギルド員の顔が引きつった。
 兄の修羅少年、仁(じん)は14才のシノビ。7才の弟の尚武は、弓術師見習い。
 雪合戦にソリ遊び。四十路を越えた父親は、息子たちの体力についていけない。
「…坊ちゃん達、腕白でやんすからね。我でも、ついていくのが大変でさ」
 狩衣姿の青年は、すみれ色の瞳を細める。ギルド員の相棒、人妖の与一(よいち)が擬人化した姿だ。
「仁様、尚武様。お父様にわがままを申して、困らせてはいけませんわ。
日々、ギルドのお仕事で忙しいのですから、ゆっくり休ませてあげませんと」
 やんわりとなだめる、ギルド員の妻。母親のお初(おはつ)の声に、しょんぼりする子供達。
 開拓者でもある上の息子は、ハッと閃く。
「…とーちゃん…もしかして理穴でも、ギルドの仕事するの?」
「いや、仕事はせんぞ! 仕事は! 父さんは雪遊びより、温泉にだな…」
「温泉?」
「久々に『温泉茹で』を村の友人と、たらふく食いたいんだ」
 温泉郷の名物は、沸騰直前の源泉で食材を茹でる「温泉茹で」だ。鍋料理も、できるらしい。
 源泉の湯気を利用した「温泉蒸し」も、美味だと言う。
「とーたん、とーたんのおちょもだちとあちょぶの? ぼきゅもいきゅ、あちょぶ!」
 下の息子は、泣き出た。抱きつく息子をかかえ上げ、弱り果てる父親
「あー、お前さん達。俺の故郷に遊びに来ないか? 温泉があるぞ、雪もあるぞ。
だから、頼む! 新年会の間、息子たちの面倒を見てくれ!」
 開拓者の方を向き、懇願するギルド員。泣き顔のまま、幼子が開拓者を見上げる。
 子守りついでの雪遊び。温泉郷で過ごす正月も、悪くは無いか。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 慄罹(ia3634) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / 海神 雪音(ib1498) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736


■リプレイ本文

●南国のブルークリスマス
 見覚えのあるしっぽに、慄罹(ia3634)は瞬きする。眼鏡「ライトフレーム」を押し上げて、再確認。
「お、双子達とはいつ振りだっけか?」
「がう? 勇喜と雪遊びしてくれた、お兄しゃんです!」
「にゃ? 伽羅にチョコケーキ届けてくれた、お兄しゃんです!」
 元気に振られる、双子達のしっぽ。二年前のバレンタインの出来事を覚えていた。
「おれもいる!」
「にゃ? どこです?」
 足元で、自己主張する人妖。小さな体の相手を伽羅は見つけられない。
 慄罹の相棒は、即座に擬人化の技法を使った。十二才の少年が現われる。
「サイも一緒だ、宜しく頼むぜ」
 慄罹は才維(サイイ)の肩に手を置きながら、双子に笑いかける。
「ゆうき、きゃら、久しぶり!」
「がう! 才維しゃん、お久しぶりなのです♪」
 片手を上げ、にかっと笑う才維。二年前、一緒に雪遊びした相手を勇喜は覚えていた。
 しばらく談笑する、才維と勇喜。近況報告やら、年末の予定を話している様子。
「りーしー、ゆうきの家に行こうよ。おれ、りーしーのエビシュウマイ食べたいな」
 才維は武術に関しての師である慄罹の事を、『りーしー』と呼ぶ。
 勇喜の実家が海の近くとか、泰国でも南部の方にあるとか、聞きだしたらしい。
「そう言えば南国って初めてかもしれねぇ。三十過ぎて海ではしゃぐ気はねぇが…温かくていいな」
 慄罹も泰国出身らしい。が、泰国は広い。特に北部の方は、天儀と同じように雪も降る。
 二年前に料亭にお邪魔した時は、チョコケーキの配達依頼で滞在時間は短かったし。
「りーしー! 海行きたい!」
 才維は、考え込む慄罹の服を引っ張る。擬人化しても、相変わらず少し発言は幼く、やんちゃな所も健在だ。
「よし行くか」
 慄罹の決定に、才維の歓声が上がった。
 擬人化した他の相棒を眺めていた无(ib1198)。懐の宝珠から、玉狐天のナイが顔を出した。
「そういえば、どっちなんだ?」
 无が、それまで気になっていたことを聞いてみる。祖父の「元」研究対象の尾無狐に。
 不思議そうに首を傾げる、ナイ。呻り声をあげ、意味が分からないと首を左右に振る。
 祖父が思い出して教えるまで、无はナイが人語を喋れることを知らなかった。
 人語は使用せずとも、なんとなしに无やその周りと意思疎通できたため、人間の言葉を発するのは苦手なのだ。
「ナイの性別は?」
 无の質問の意味が分かったと、鳴き声を上げるナイ。擬人化の技法を使い、人の姿をとる。
「私は、どちらでもなれますよ」
 青みがかかった短めの髪、水色の瞳で无を見上げる。ナイの今の印象は、女の子だろうか。
「歳は?」
「いくつか分かりません」
 无眼鏡を外して、相棒をじっと観察してみた。直感を働かせるときは眼鏡を取る癖がある。
 見た目は若い。と言うより、容姿を含めて无の妹のように見える。
「…性別不明、年齢不詳のままか」
 軽く息を吐きだし、眼鏡をかけ直す、青龍寮生。
「ナイはどっちに行きたいんだ?」
「両方行きたいです!」
 水色の瞳をかがやかせ、主張。頭に飾った霊鳥の羽根が、期待するように跳ねた。
「まゆき、まゆき! こゆき、ふじちゃといっしょがいー!」
 右隣では、白猫しっぽをふりふり、三才児が主張する。白猫獣人は、青い瞳で主人をみつめてた。
「はいはい、泰国にお邪魔しましょうね」
「うん♪」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、擬人化した相棒の頭を撫でた。子猫又の小雪は、まだまだ甘えん坊だ。
 四才児の三毛猫獣人が、小雪を見つける。嬉しそうに、片手をあげた。
「あ、小雪はんや!」
 喜多の抱っこから解放してもらい、小雪を目指して駆ける藤。
「ふじちゃ、ふじちゃ、こゆきもたいこくいくのー」
「うち来るん?」
「いくの♪」
「なにして遊ぼう…追いかけっこでもする? あ、うち、家の手伝いせなあかんのや!」
「こゆきも、てつだったげる!」
「ほんま!? おおきに♪」
 手を取り合った子猫たちは、しっぽをふりふり。小雪の友の御守りも、ゆらゆら。楽しげに相談を始める。
「せやったら、小雪はんのできること考えなあかんな」
「こゆき、おりょーりてつだいやる! ふじちゃのいえ、おりょーりつくるところなのしってる♪」
「えー、小雪はん、料理はめんどいで?」
「こゆき、おりょーりできるよ? まゆきのおりょーり、ずっとみてきたもん!」
 四才児は、心配そうに三毛猫耳を伏せる。舌足らずのまま、自己主張する三才児。
 白猫耳としっぽをピンと立てた。肩甲骨までのまっすぐな黒髪を揺らし、胸を張る。
 小雪はようやっと乳離れした位で、真夢紀に貰われてきた。二年以上、真夢紀と暮らしてきた自信。
「まゆき、まゆき! こゆきも、おりょーりできるよね? できるよね?」
「はいはい、泰国に行ったら、小雪も手伝いしてね」
「うん♪」
 子猫達のやり取りを見守っていた、真夢紀。甘えて来る小雪の頭を、笑いながら撫でた。
「藤ちゃん久しぶり♪」
 明るい声がした。猫大好きな神座亜紀(ib6736)が、四才児によってくる。抱きつこうとした。
「あらあら、二人とも随分重くなったわね♪」
 紅い瞳に黒髪の美人が、ひょいと藤と小雪を抱き上げた。亜紀の視界から、四才児が消える。
 見上げれば、神座早紀(ib6735)の相棒の鋼龍。擬人化したおとめが、嬉しそうに抱きかかえているのだ。
「おとめずるい!」
 亜紀は、叫ぶ。三人姉妹の末っ子にとって擬人化した子猫達は、妹分としてもよい遊び相手なのだから。
(おとめは相変わらず子供好きだなぁ)
 三人姉妹の二番目は、末っ子の心知らず。早紀はにこやかな笑みを浮かべ、相棒を見守る。
「お姉ちゃん、なんか言ってよ! 早紀ちゃん!」
 亜紀は二番目の姉に助けを求める。相棒を止めて欲しいと。思ったことを口にする早紀。
「いいお見合い相手が決まりそうですよね」
「お見合い!?」
「見合いだと!?」
 亜紀の声より、さらにでかい叫びが響いた。大柄で強面な青年が、口を開けて放心している。
「はやて、どうしたの?」
「…何でもねぇ」
 変に反応する亜紀の相棒。擬人化した空龍のはやては、首元の白き羽毛の宝珠を弄くりだす。
「何でも無い事ないと思うんだけど」
「うっせいな、何でもねぇよ!」
 しつこい主に、ついつい怒鳴りつける。亜紀がまだ子供である為我儘な要求も多く、手を焼く部分もあるのだ。
「…ごめん」
 相棒の変貌に、怯える亜紀。怒鳴り声に子猫達も、しっぽを膨らませて怖がっている。
「あらあら、怖かったのね。あっちに行きましょうか」
 気を利かせたおとめが、子猫達を抱いたまま移動する。はやてに落ち着くように目配せを残して。
「はやてらしくありませんね」
 早紀が妹の相棒に声をかけた。盛大に落ち込む相手。
「…俺らしくなかったかもな」
 前髪をかき上げ、はやてはため息をつく。天儀の冬のように、心は凍てついていた。


 泰国の猫族料亭の厨房に、娘たちは集まっている。
「まゆき、まゆき、なにつくる?」
 小さな足台の上に登り、作業台の上に顔を出す小雪。輝く瞳で、真夢紀を見上げる。
「まずは双子さんのお楽しみ、ケーキにしましょうか」
 少し考え込む、真夢紀。天儀以外の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能である。
 ケーキもクリスマス料理も、今までの経歴で色々作れるようになった。
「ケーキ作るのに、氷霊結は必須かしら」
 氷霊結は、巫女の技法。氷の精霊に働きかけ、水を氷に変化させる精霊術だ。
 ここは温かい南国。牛乳から作る生クリームは、簡単に溶けてしまいそうである。
「ひょーれーけつ? ケーキの何に使いますのかしら、早紀様は分かります?」
「えっ、氷霊結ですか? …クッキーは、こねた生地を休ませる為に使うのですけど…」
 小雪と同じ、真っ白なしっぽが不思議そうに踊った。真っ白な虎の花月(かげつ)のしっぽが。
 突然尋ねられ、早紀はビックリ。少し考えて説明する。
「休ませるのですか?」
 聞きつけたナイが、視線をあげる。目の前のジンジャークッキー生地は、まだこねている途中だ。
「花月さん、分からない事は直接聞くべきだよ!」
 姉の変わりに口を挟む、亜紀。料理の役に立つことは、何でも知識として知るべきだと。
 花月は一年前に結婚した、喜多の新妻。つまり、将来、料亭の若女将になる予定である。
「ほら、早く! ちゃんと聞かないと!」
 亜紀は、強引に花月の背中を押す。神座家三女は、研究者である父の血筋を、色濃く受け継いだのかもしれない。
「えっと、氷式冷蔵庫です。氷霊結を使用した氷を箱に入れて、食材が長持ちするようにするんですよ」
 長い黒髪を揺らし、花月を見上げる。実は食いしん坊の真夢紀。買い食いも好きで、美味しいと聞けば一度は必ず買いにいく。
 天儀の自宅には、氷式冷蔵庫が設置してある。買い込んだおやつも、入っているかもしれない。


 龍たちに乗せてもらい、海を目指す一行。金の背中から、勇喜が大声を上げた。
「才維しゃん、海が見えたです!」
「これが海なんだ!? りーしー、青いよ! 大きいね!」
 輝く水面を見つめる才維。すぐ後ろに乗る慄罹に、大声で話しかける。
「サイは海初めてだから、喜ぶんじゃねぇかと思ったが…おっと!」
 慄罹は慌てた。身を乗り出して、地面に落ちそうになった相棒を捕まえる。
「西瓜割りも出来たらやってもいいかもな」
「すいかわり? やろうよ、やろうよ!」
 膝の上に才維を座らせながら、慄罹は語りかける。本当の親子の会話のように。
 着いた浜辺で、一通りの海遊びを経験した。慄罹のお待ちかね西瓜割り、それから貝殻探し。
 少し疲れたのか、慄罹はまったり釣りを始める。真似していた才維は、大きなあくびをする。
 釣りは、すぐに飽きてしまった。退屈そうに視線を巡らすと、銛を担いで歩く勇喜と金とはやての姿が。
「どこ行くの?」
「がう、海で潜り漁するです」
 勇喜の返事に、才維の眠気は吹き飛ぶ。相棒狩衣「戦友」を脱ぎ捨てた。
「おれもやってみたい!」
「がう、いいです。一緒に行くです♪」
「こら、危ないだろ!」
 泳ぎは普通にできるとは言え、才維にとって初めての海。心配そうな慄罹に、はやてと金が頷く。
「子供達の面倒は任せてくれ」
「俺っちたちが、責任を持って連れて帰ってくるぜ」
「すまんが、頼む!」
 持っていた釣りざおを、慄罹に押し付けた才維。急いで立ち上がった。
「おれが一番おっきい魚取って来るから、りーしーは大船で待っててよ」
「気をつけて行くんだぞ! …俺はいい相棒に出会えて幸せだ」
 砂浜を駆けて行く、やんちゃな相棒。…否、息子を見送りながら、慄罹は楽しそうに笑った。


 子猫たちが猫しっぽをブンブン振りながら、料亭に帰ってきたばかりの伽羅を捕まえる。
「おつかいいくのー!」
「まっとったんやで!」
「苺とマンゴーは、プリンに加工しても良さそうですから」
「寒天が足りそうにないんですよね」
 説明不足の小雪を、真夢紀と早紀が補足した。口元に手を当て、おとめはころころ笑う。
「あらあら、張り切ってるわね」
「また荷物持ちみたいだな」
 伽羅に頼まれ、裏山から果物を運んできた、无。苦笑いを浮かべた。
「おきがえもしたよ!」
 小雪は普段着の白の袖なしワンピースから、五分袖の薄桃色ワンピースに着替え済み。
「とってもかわいいですね♪」
 ナイに褒められ、小雪はご満悦。朋友友達のからくりが作ってくれた、お出かけ服なのだ。
「姉上、姉上! 伽羅も新しい服、欲しいのです!」
「お姉ちゃん、ボクも新しい服が欲しいなぁ」
 姉におねだりする、司空家と神座家の末っ子たち。
「いいわよ。伽羅のお裁縫の練習にちょうどいいわね♪」
「うにゃ!?」
「あ、泰国は刺繍が盛んでしたね。亜紀も一緒に習うといいですよ♪」
「えー!?」
「…亜紀しゃん、失敗です」
「…伽羅さん、失敗したね」
 買い出しの準備中だった、亜祈と早紀。末っ子たちは、こそこそと顔を見合わせた。


 出来上がった料理の数々。砂浜の海の家に、どんどん運ばれて並べられていく。
「最後のクッキーとプリン到着だ」
 早紀と亜紀とナイのクッキーと、伽羅と真夢紀のプリンが浜辺に届く。これは无と金が運んでくれた。
「てやんでい、つまみぐいするんじゃねぇよ!」
 子猫しっぽを揺らし、藤と小雪がお菓子に手を伸ばしかけた。金に怒られ、しょんぼりする。
「あらあら、くいしんぼうさんね。ケーキと一緒に最後の飾り付けしてからよ」
 ころころ笑うおとめ。今は、子猫達相手に母性本能が発揮されている。
 元は神座三姉妹の母、魅紀の相棒だった甲龍である。早紀がまだ小さかった頃、よく遊び相手になっていた。
「姐さん、俺も手伝うぜ」
 さっきからなにかにつけて、おとめの周りをウロウロする、はやて。早紀は小首を傾しげて見守る。
「りーしー、ヤシガニってやつも捕れたんだけど、これ食べれるかな? はさみとか絶対身が詰まってるよねー」
 でっかいヤドカリの仲間を二つ見せながら、才維は胸を張る。顔が全部隠れる大きさだ。
「料理は得意だから、任せてくれて構わないぜ」
 料理の腕はプロ未満主婦以上。蒸しても、茹でても美味しい南国の食材に、慄罹は思考を巡らせる。
「がう、はやてしゃんとお魚獲ったのです!」
 勇喜の指差す先には、海鮮鍋やら、刺身やら、所狭しとご馳走が並ぶ。
「あらあら、すごいわね」
「そ、そうか!?」
 おとめの賞賛を受け、真っ赤になるはやて。ぎこちない動きで、頭をかいた。
「はやて、どうしたの?」
 おかしすぎる。早紀は真面目な顔で、はやてを見上げた。真っ赤のまま、動きが止まる相手。
 しばらく沈黙し、ぐっと拳を握る。早紀をおしのけ、おとめの前に。口を開いた。
「おとめの姐さん、俺と結婚してくれ!」
 漢はやて、ここにあり。一世一代の告白。周りの時間が止まった。
 頬を赤くして、おとめはうつむく。小さな声で返事を。
「あらあら、私は貴方よりずっと年上よ」
 はやては二十八才、おとめは三十七才なのだ。
「それでも構わない。俺には姐さんしかいねぇぜ!」
 両手でおとめの手を握った。はやては、黙って返事を待つ。
「…お付き合いからなら…」
 僅かに顔を上げ、はやてをちらりと見る。が、すぐに目を伏せた。とても小さな声の返事。
「姐さんをぜってい幸せにしてやるよ。約束するぜ!」
 漢はやて、行動力もあった。おとめをお姫様だっこする。
 周囲が静まり返るなか、新婚の喜多が拍手と祝辞を上げた。
「おめでとうございます! 今日はお二人の記念くりすますぱーちーになりそうですね」
「喜多さん、ぱーちーじゃなくて、パーティだよ。 はやて、おめでとう! おとめの事が好きだっんだね」
 どうやらお付き合いする事になったと理解した、亜紀。驚いたが、相棒を祝う。早紀は拍手を。
「冷やかしたら、はやて、可哀想かな♪」
 亜紀は、姉の元へ。白猫の面をかぶりながら、こそことそ耳打ち。
「上手くいけばいいですね」
 早紀はおっとりと答える。男性嫌悪症の自分にも、いつかはやてとおとめのようになれる日が来るかもしれない。
「まずは祝杯だな」
 祝い酒を準備し始める、无。命の水と称するくらい、酒が大好きなのだ。
「乾杯!」
 ここは、青い海と青い空の南国。新しい恋人達の門出を祝う、ブルークリスマス。


●温泉郷の雪見正月
 瓢箪徳利を腰に下げた、妙齢の女性が小首を傾げた。長い黒髪がサラサラと肩から流れ落ちる。
 女性の名前は、蓮華(レンファ)。羅喉丸(ia0347)の相棒の天妖が、擬人化した姿である。
 真剣に考え込んだ後、視線を上げた。相棒…否、弟子を見る。自称『羅喉丸の師匠』なのだ。
「羅喉丸。温泉じゃな」
「いや、南国のブルークリスマスというのも面白そうなんだが」
「温泉じゃ」
「子供達にあんな目で見られたら、断るわけにはいかないか」
 …師弟の心温まるやり取り。羅喉丸の温泉郷行きは、無事決定された。
 おなじく温泉の魔力に取り憑かれた者もいる。神座真紀(ib6579)の相棒の炎龍とか。
「やっぱり温泉だろ。うん、温泉だな」
 赤い髪に褐色の肌を持つ女性は、真紀のロングコート「Bell」を引っ張り訴える。
「ほむら、うちらは当主就任の挨拶回りがまっとるで?」
 代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族、神座家の長女。ついに祖母から当主の座を譲られたのだ。
「…オイラも泰国行きたかったんだぜ?」
 思いっきり機嫌が悪くなる、ほむら。真紀の妹二人は、相棒と南国に行くらしい。
「挨拶回り反対! オイラは断固として休暇を求める! おーんーせん、おーんーせん!」
 職務放棄し、労働闘争の構えを見せる。真紀と同い年の十九才には、見えない。普段の気難しさはどこへやら。
「分かった、分かった。ほな、年末に挨拶回りすませて、正月は温泉行こか。なんとか暇を作ったるわ」
「本当だな!? 温泉楽しみだな!」
 目を輝かるほむらに、やれやれと苦笑する真紀。機嫌が悪い相棒を宥めるのも、当主の仕事かもしれない。


 元旦の朝、一番に栃面家を訪れたのは、海神 雪音(ib1498)だった。擬人化した相棒の疾風を連れている。
「…明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「ご主人ともども、よろしくっす」
「おう、雪音達か。あけましておめでとう。こちらこそ、よろしく頼むぞ」
 出迎えた弥次も、玄関先で頭をさげる。部屋の中から、子供達の声がした。
「とーちゃん、もうお客さんが迎えにきたの?」
「とーたんのおきゃくたん?」
「仁、尚武、ちょうどいい。こっちにきて、お客さんにご挨拶するんだ」
 父親の声に促され、部屋から顔を出す子供達。玄関まで駆けて来る。
「これ、廊下を走ってはいけませんよ! お行儀が悪いですわ」
「ごめんなさいってんだ」
「かーたん、ごーちゃい」
 後ろから聞こえる、たしなめる声。肩をすくませ、兄弟は足を止めた。
 母親に謝りつつ、早足で雪音の前に来る。二人揃って、新年のあいさつを。
 すぐさま兄弟に手を引かれ、雪音と疾風は家の中へ。雑煮をごちそうになりながら、世間話に突入。
「…弥次さん、尚武と仁の面倒は引き受けます」
「新年会を楽しむといいっすよ」
「本当に助かる、頼んだぞ!」
「…尚武はどれくらい弓が上達しましたか?」
「おー、そうだな…もうすぐうちの射初めするから、見て行くか?」
 理穴は弓術師の国。弥次も、代々弓術師の家系。流鏑馬もできる庭で、一族揃っての射初めを行う。
「あっちゃ、あっちゃ!」
「尚武さ、上手になったってんだ」
 目を丸くして、さわぐ尚武。十メートルほど離れた的の、端っこを射抜く。
「…がんばりましたね」
「あい!」
 尚武はちっこい胸をはって、雪音に得意げな笑みを向けた。
「…尚武、ご褒美にソリに連れて行ってあげますよ。…仁は…」
「俺と雪合戦するっすか?」
「やるってんだ!」
 天儀風の着流しと羽織り姿で、囲炉裏にあたっていた疾風。いそいそと立ちあがった。
 空竜が擬人化した疾風は、やや高めの二十才の男。仁が飛びついても、ビクともしない。
「…疾風、どちらも怪我をしないように注意し、遊んだ後は風邪を引かないよう体を温めましょう」
「遊んだ後は温泉っすね、ご主人♪」
 ノリと口調は軽い疾風。でも、根は真面目だ。
 情の変化が乏しく、淡々した口調の雪音の本音を察し、ケラケラと笑った。


 明王院 千覚(ib0351)と相棒の又鬼犬。子犬のぽちも、ついに温泉郷に到着。
「温泉茹でって、どんな調理法でしょうか…ぽち?」
 家族経営の小料理屋兼民宿『縁生樹』では、若女将として修業中の身。千覚は気になってしかたない。
「あのあの、ちょっと遊びにいってきます!」
 柴犬しっぽが大きく振られる。七才児に擬人化したぽちは、荷物を放り出し、かまくら作りへ。
「ナニかおもしろいコトないかしらねぇ?」
 少し遅れ、枝垂桜の簪を揺らす御陰 桜(ib0271)が到着。闘鬼犬の相棒の桃(もも)と一緒に温泉郷へ踏み入れる。
 おそらく温泉郷訪問は、三度の飯よりも温泉が好きな桜の提案だろう。
「桜様、あそこでかまくらを作っておりますよ」
 桃の視線の先。おおはしゃぎする、ぽちの姿があった。桃のしっぽが、ピンと天を向いていく。
「ぽち、一人で遊ぶと危ないですよ!」
 おっとりした千覚は、ぽちに置いていかれオロオロ。宿泊施設の山小屋へ、荷物も運ばないといけないのに。
「見過せませんね…」
 肩で切り揃えられた黒髪と、黒目がちの瞳。柴犬獣人に擬人化した桃が現われる。
 闘鬼犬時の首筋の桃の花に似た毛色の違う部分は、桃の花の形の痣に変化していた。
「ここは私が一肌脱ぎましょう。一人で遊ぶと危ないですから。あ、桜様は温泉で温まっていてください♪」
 桃、柴犬しっぽが大きく左右に動く。返事も待たず、荷物を桜に押し付け…否、預けてかまくら作りに向かう。
「えっと…?」
「先に山小屋ね」
 おいてけぼりの千覚、戸惑う表情で桜を見やる。くすくす笑いながら、歩きだす桜。
 誰からきいた雪の歌。犬は喜び庭かけまわり、猫はこたつで丸くなる。


「…尚武、ソリをしますか?」
「あい、ちょり、りょり♪」
「俺たちは、雪合戦するっすかね」
「おう!」
 ソリを片手に、雪音は尚武を誘う。家の外に出た四人は、驚くはめに。
 いくつも作られたかまくらが、温泉川の道沿いに並んでいた。
「千覚姉さま、見てください! 見てください!」
「桜様、かまくら完成しましたよ♪」
 かまくらの前でしっぽを振る柴犬獣人たち。村の子供達と一緒に作ったらしい。
「たくさん作りましたね。じゃあ、七輪を持ち込こんで、お餅焼きましょうか」
「はい! 僕が運びます」
 愛くるしい外見のぽち。仕草も幼く、七輪を持ちあげようとしてフラフラする。
「危ないわね。お姉さんに任せなさい」
 桜は、可愛いものが好き。ぽちの頭をなでると桃と七輪を運びだした。
「すみません、ありがとうございます」
「気にしないでください、お安いご用ですから」
 恐縮する千覚に、桃はにっこりほほ笑む。ぽちを見ていると、弟分の又鬼犬を思い出してしまう。
「かまくらの中で、雪見もいいですね」
 七輪を置いてもらったぽち。しっぽをフリフリ、桃を見上げた。
「あたしたちは先に温泉に行くわね」
「桜様、もうちょっと遊ばないのですか?」
 桜色の髪をなびかせ、桜は言い放つ。しょんぼりする、桃の柴犬しっぽ。
「風邪をひくといけないわ」
「…わかりました」
 雪まみれの相棒を撫でる桜。自覚のあった桃は大人しく引き下がる。二人は一足先に露天風呂に向かった。
「雪合戦やろうぜ! 雪合戦する人、この指とまれってんだ!」
 かまくらの前にいる村の子供たちに混ざる仁。人差指を高く突き上げ、叫んだ。
「雪合戦? オイラもやる!」
 拳を突きあげ、ほむらも参戦の意志表示。大張りきりだ。
「心配やから、あたしも混ざるか」
 大きな白いリボンとポニーテールを揺らし、真紀は相棒の後を追う。
「指ってこっちだよな」
「姉ちゃん、そっちはおいらの角ってんだ!」
「知ってる、冗談だって。男だろ、冗談を笑い飛ばす度量は持つもんだ」
「ひどいってんだ…そんな姉ちゃんなんて、こうしてやる!」
 いたずらっこの笑みを浮かべ、仁の一本角をにぎるほむら。握られた本人は抗議の声を。
 大笑いして、ほむらは逃げる。ここに、雪合戦の火ぶたは切って落とされた。
「まったく、あ奴はいつまでたっても子供なのじゃから」
 かまくらの中で、蓮華のあきれ声。羅喉丸は仁たち子供にまざり、雪合戦で遊んでいる。
 義侠心に厚く、義理堅い泰拳士。子供たちに請われるまま、良き兄貴分となっていた。
 が、はっきり言って、子供の体力は底なし。雪合戦に根を上げた疾風と与一が、早々にかまくらに戻ってくる。
「お兄ちゃん、どうぞ」
 雪まみれで震える二人。ぽちが愛くるしい仕草で、お汁粉をさしだしてくれた。
「…疾風、もう戻ってきたのですか?」
 尚武をつれて、雪音もかまくらへ。先客に小首を傾げる。しみじみ訴える、二人組。
「…ご主人、弓術師は本当に容赦しないっすね」
「シノビの仁坊ちゃんは、手加減をしないでやんすから」
 常日頃から弓術を鍛える村の子供たちに、遠打を使えるシノビの修羅少年。的当ての精度は、恐ろしく高い。
 おまけに共通技術の埋伏りで、雪景色に隠れて待ち伏せされては、手も足も出ないのだ。
「ぽち、雪合戦にいきますか? お二人と交代しましょう」
 持ってきた七輪で、お餅を焼いていた千覚。従者の外套に手を伸ばす。
 柴犬らしい明るい茶髪を揺らし、ぽちは大喜びだ。首元の太陽のリボンを巻きなおし、気合を。
 いざ戦闘となれば、外見に似合わぬ勇敢で、ご主人様を身を挺して守ろうとする忠犬ぶりを発揮するワンコなのだから。
「えとえと、後で雪うさぎも作りたいです!」
「ぼきゅも、ゆきうーやりゅ!」
「雪うさぎですか? 皆と一緒につくりましょうね」
 外に飛び出したぽちは、上目遣いでおねだりを。一緒に出た尚武は、大喜び。千覚は、にっこりほほ笑んだ。
 七輪の上で焼けたお餅。食べ終わった蓮華は、満足そうにかまくらから出ていく。
「ゆき、いやー。ねーたん、たちゅけて!」
 悲鳴をあげながら、外に出た尚武が逃げてきた。蓮華の眼前で、こける。
「まったく、子供じゃのう」
 苦笑しつつ、尚武を抱き起こす蓮華。服の雪を払ってやった。
「あーと!」
 蓮華を見上げ、お礼をいう尚武。ついで、朝焼け色の瞳が、まんまるになって叫ぶ。
「ねーたん、うえちゃ!」
「うえちゃ?」
 舌足らずな尚武の発音。蓮華は眉をひそめ、オウム返しに尋ねる。
「ほむら、大人なんやから手加減したりや!」
 遠くで真紀の怒鳴り声が聞えた。が、遅い。大量の雪玉が空から降ってくる。
「どうだ、尚武さも、一緒に雪合戦するってんだ!」
 竜に戻ったほむらの背中から、二人の人物が顔を出した。片手をふりまわしながら、声を張り上げる仁。
「ちょっとやり過ぎたんじゃ…蓮華、なんでそこにいるんだ?」
 見下ろす羅喉丸の視界には、半分雪ダルマと化した尚武がいた。もちろん、蓮華も巻き添えに。
「…だから御前はアホなのじゃ」
 蓮華の泰服の胸元で、黄色の宝珠が静かに光を放ち始める。火の精霊の加護を受けた宝珠が。
 全身の雪を払いながら、静かに見上げる蓮華。空に居る弟子に、下に降りろと動作で命じた。
「おのれ、行くぞ羅喉丸。目にものを見せてやろうぞ!」
 酔八仙拳の達人としての実力、この世に知らしめるときがきたようだ。雪玉を握り始める。
 蓮華は羅喉丸より年上に見えるが、年齢を聞いてはいけない。野暮というものである。


 雪合戦も一段落。かまくらで、おやつの時間だ。
「姉ちゃん、食べる?」
「うわ!」
 仁が差し出したおやつ。目にしたほむらは、かまくらから逃げ出した。何処かへすっ飛んで行く。
「なんやと思ったら干し柿やん。ほんま嫌いなんやな」
 おやつに視線を落とした、真紀。盛大なためいきをつく。ほむらの子供時代を思い出した。
 仔龍の頃、なんとはなしに食べた柿が腐っており、腹を壊してから柿が苦手になってしまったのだ。
「ほむら、もう柿はあらへんから、戻ってき」
 探しに出た真紀は、温泉川のほとりでいじける相棒を見つけた。無言の返事。
「せや、一緒に露天風呂でもどうや?」
「露天風呂!?」
 赤い髪を振り乱し、一気に振り返る。輝く、ほむらの瞳。
「そっか、温泉か。なら、帰ろうかな。温泉楽しみだな!」
「…ほんま子供みたいやな」
 ほむらは立ちあがる。苦笑しつつ、真紀も露天風呂へ。


 一足先に露天風呂を堪能していた、桜と桃。人気の無い温泉を二人占めしていた。
「やっぱり温泉はイイわねぇ♪」
「はい、日頃の疲れが溶けていく様な気がします」
 湯気の中に、髪を結いあげた桜の姿が浮かび上がる。芝犬尻尾ふりふり桃は、温泉につかっていた。
「長く入っていたいけど、湯あたりしないように気をつけなきゃね」
 桜は雪の中で冷やしていた手拭を持ちあげ、頭に乗せた。見ていた桃は、湯船のふちに腰掛け足湯に変える。
 くすくす笑い、桜は桃の隣に移動。いつものように、お腹もふもふを始める。桃が大好きな撫で方だ。
「去年はイロイロ頑張ってくれてアリガトね♪」
「あっ…んっ…」
 のぼせて赤く染まった頬のまま、くすっぐたそうに、身をよじる桃。いつもと勝手が違う。
「桃…わんこの姿に戻ってもらってイイかしら?」
「…はい? これでいいですか、桜様?」
 桜にいわれるまま、湯船から出て来る桃。擬人化の技法を解く。不思議そうに桜を見上げた。
「桃を労ってあげたいけど、人の姿だとイケナイコトをシてるみたいねぇ?」
 くすくす笑う桜は闘鬼犬の装備を丁寧に解いた。そのままを抱き上げ、膝の上に乗せる。
 思う存分、頭を撫でた。次いで、床におろしゴロンさせる、お腹をもふもふ始めた。
 濡れていつもと違う感触の毛並み。犬しっぽをふりつつ、桃は大喜びする。
「温泉にはいるぞ!」
 元気はつらつとした声が聞えた。ピクピクと反応する、桃の犬耳。
 桜の膝から飛び降り、洗い場に着地。じぃっと、脱衣所に視線を向ける。
「なんや、先客がおったんか。お邪魔するで」
 真紀とほむらが、風呂場に入ってきた。
「いらっしゃい」
 くすくす笑いながら、出迎える桜。桃は伏せの姿勢でしっぽをフリフリ出迎える
「あー、生き返るなぁ」
「ほんまやね」
 いい湯加減に、鼻歌を歌いはじめるほむら。気分良くなった相棒に、真紀はほほ笑み返す。
「桃、そろそろ温まらないと、風邪をひくわよ」
「あ、はい、桜様」
 洗い場にいる相棒に、桜は声をかけた。桃は湯船に飛び込み、犬かきで桜の側へ。
「そこは滑りやすいから気をつけるのよ」
「分かりました」
 擬人化した桃は、桜のマネをして足湯に。犬かきする様子を眺めていた真紀。二人を見比べる。
 ぼんっ!きゅっ!ぼんっ!のないすばでぃの十九才の桜。それから、十六〜七才のまだ幼さの残る顔立ちと体つきの少女の桃。
「ほんま、お二人は仲のええ姉妹みたいやな」
 三人姉妹の長女は、二人の様子をそう評した。


 山小屋の囲炉裏端で、千覚と遊ぶぽち。柴犬しっぽがしょんぼりする。
 千覚のお手製雪うさぎのお手玉で遊んでいたのだが、二つ以上は回せない。
「お手玉、難しいです」
「練習すれば大丈夫ですよ」
 千覚はゆっくりほほ笑む。しょんぼりするぽちの頭を、よしよしと撫でた。
「お待たせいたしました」
「イイお湯だったわ」
 露天風呂に行っていた桃と桜が、山小屋に戻ってきた。鼻歌を歌うほむらと、真紀も一緒だ。
 と、山のふもとから、栃面家の兄弟とふよふよ飛ぶ人妖の声が聞えた。開拓者と相棒達の視線が山道に向く。
「にーたん、ねーたん、ごはーいきょ!」
「とーちゃんとかーちゃんから、『お客さんを源泉に案内しなさい』って、言われたってんだ!」
「温泉郷の名物を食べて行くといいでさ♪」
 手を振る尚武と仁のお腹は、盛大に鳴っていた。


 開拓者が源泉に集まり、夕食の温泉茹でを作ろうとした頃。无とナイがようやく温泉郷に到着する。
「旦那と女将に知らせてくるでさ! しばらく坊ちゃん達を頼むでやんす!」
 雲海を越えてきた泰国からの来客者に、与一は大慌て。開拓者に兄弟を託すと、家に引き返す。
 人妖に呼ばれ、源泉にやってきた弥次とお初。栃面家の夫婦は、至極おどろいた。
「お前さん達、遠路よく来たな…」
「温泉が呼んでいましたから♪」
 弥次の言葉に、背すじを伸ばすナイ。今は少年の姿、无の弟のような外見だった。
「こっちは、温泉郷のギルド員に届けてくれと頼まれた」
「まぁ、本当にありがとうございます」
 恐縮しつつ、お初は頭を下げる。无の荷物は大きかった。泰の南国から、雪国の理穴に到着した食材の数々。
「これ、尾の部分に詰まった味噌が、とてつもなく美味しいんです! 『酒の肴になるから、絶対持って行く』って言ってました」
 お土産のヤシガニを指差しながら、ナイは力説する。酒の辺りで、視線は无に向いたが。
「それからこっちの、栗は泰国の名物なんですよ。あとは、珍しいだろうと苺や西瓜も…。
苺とマンゴーのプリンに、チョコケーキとか、お菓子もありますよ」
 ものすごく輝く、ナイの水色の瞳。箱入りクッキーに手を伸ばしかけ、ハッとした。
「あ、これは、『姉さんに渡して』と妹さん達から預かりました。白いリボンとポニーテールが特徴の女の人って…きみですね」
「…うちに?」
 ナイから、真紀に手渡される泰国のお土産。でっかい竹編みの箱。
「お姉ちゃん、何が入ってるんですか?」
 一メートルほどしかない身長のぽちが、鼻を近づけて箱の匂いを嗅ぐ。甘い匂いに、ぴこぴこ動く柴犬耳。
「あの…開けてみますか?」
 子犬の相棒を抱き寄せ、箱から遠ざけながら千覚は提案する。ぽちの柴犬しっぽがパタパタ振られていた。
「たいそうな包みですね」
 じぃと観察していた桃が、ぼそりと。桃の花にも、甘い匂いが漂ってきている。
 綺麗な布に包まれた中から、たくさんのクッキーが姿を現した。白い人型クッキーが、茶色いチョコ文字を抱っこして。
「千覚姉さま、あれは『でとう』です?」
「そう…ですね」
 身を乗り出したぽちは、箱の中を指差した。千覚は一つつまみ上げて悩む、たどたどしく書かれた文字。
「ふーん、妹ちゃんたちが…ねぇ♪」
「並べてみますか」
 くすくす笑いながら、桜がクッキーを覗きこんだ。気を利かせた桃が、籠の蓋に布を引いてくれる。
「はいはい! 兄ちゃん、お姉ちゃん、おじちゃん、おばちゃん、僕が並べます!」
 気配り上手で、お手伝いもきっちりできるぽち。柴犬しっぽをブンブン振りながら、右手を上げる。
「ぼきゅもやる!」
「尚武坊ちゃん、なんて書いてるか読めるでやんすか?」
「うー?」
 負けじと声を張り上げた尚武。与一の指差す文字が読めずに、しかめっ面で考える。
「『明け』『今年』ですね」
「ぽーたん、よめりゅ!?」
「はい」
 尚武の声に答え、利発そうに動く黒い瞳。ぴこぴこと頭の上の可愛いお耳を動かして見せる。
「よめにゃー、しりゃなーひりゃぎゃー」
「『読めない、知らないひらがな』って言ってるっすね」
 尚武との触れあいで、疾風はちょっと舌足らず言葉が理解できるようになったらしい。
「漢字です」
「きゃーじ?」
「僕が教えてあげます!」
「あい♪」
 ぽち、弟が出来た気分。ご機嫌でうさぎの縫いぐるみ型リュックから、苦無を取り出す。
 雪の上に、クッキーの文字を写し出した。二人仲良く、文字のお勉強を始める。
「ご主人、とにかく並べてみたらどうっすか?」
 僅かに目を細め、ぽちと尚武を見守っていた雪音。疾風に突かれ、意識を戻す。
 桃がいくつかのクッキーを片手に、布の上に並べだした所だった。

『明けましておめでとう 今年もよろしく みんなでおみやげ食べてね♪』

 浮かび上がった文字列。端っこに音符形のクッキーを飾れば、食べられる年賀状の完成だ。
「良い妹さんをお持ちですね」
 にこやかな笑みを浮かべ、桃は真紀を見る。照れ笑いを浮かべ、真紀は頭を掻いた。
「せっかくだから、お土産をいただきましょ♪」
 片目を閉じて、桜がお土産を手にした。色鮮やかな南国の魚を温泉茹でに。カニも、栗も源泉にぽっちゃり。
 源泉で茹だったヤシガニを、羅喉丸が引っ張り上げる。はさみを一本折ると、相棒に渡した。蟹をほおばり、頬を緩ませる蓮華。
「美味じゃのう、酒が進むというものじゃ」
 紫金の紅葫蘆を用いた瓢箪徳利を傾けた。泰国から届いた紹興酒は、みるみる減っていく。
 ほんのりと赤く染まった顔で羅喉丸をみやった。弟子は、瓢箪「大虎月吼」の天儀酒を飲んでいるようだ。
「こちらを選んでよかったじゃろ?」
「ああ、楽しいし、美味しいな」
「そうじゃろ、そうじゃろ♪」
 蓮華にすすめられるまま、紹興酒をあおる羅喉丸。蓮華は上機嫌で、朱春栗にも手を伸ばした。