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■オープニング本文 ●泰大学の鍛練学科 「国家武拳士」と言う者がいる。アヤカシに対抗する、泰国の兵士たち。 国家武拳士になる為には、国家武拳士試験を突破しなくてはならない。 試験突破を目指す者は、泰大学の「鍛練学科」に入学してくる。 ここは、泰拳士の技を極めるための学科。いわば、士官学校的な意味合いを持つ、兵士訓練所だった。 泰大学に入学すると、学部ごとに寮生活となる。鍛練学科の寮は「鍛練寮」と呼ばれた。 鍛練寮の一つを任された新任講師は、関 漢寿(せき かんじゅ)。半分、天儀の血が混じっているらしい。 泰拳士としては、脂の乗った三十五歳。口元に生やした、ハの字型のちょびひげが特徴の先生である。 今年の鍛練学科の入学者には、三人の開拓者が含まれていた。 地元の泰国出身の獣人、猫族双子の14才になった兄妹。 虎猫泰拳士の猫娘。伽羅(きゃら)は、将来の国家武拳士を、真剣に目指している。 白虎吟遊詩人の虎少年。勇喜(ゆうき)は、双子の妹の猫娘に懇願され、押し切られる形で。 そして、天儀から留学してきたのは、一本角の修羅少年。十四才のシノビの仁(じん)。 先日、故郷の冥越をアヤカシから取り返し、凱旋してきた。 ●泣き虫の子虎 神楽の都の開拓者ギルド本部。受付係の虎猫ギルド員の喜多(きた)は、猫耳を伏せた。受付に陣取る、双子の弟妹。 「勇喜、旧世界へ行きたいのです! 今度は、姉上の力になりたいです! またお留守番、嫌なのです!」 「ダメだよ、勇喜は弱いでしょ?」 「うにゃ…兄上も、同じこと言うです。先生も、勇喜しゃん弱いから『行っちゃダメ』言ったです」 白虎しっぽを膨らませ、虎少年は主張する。虎猫耳をペタンコにしたのは、猫娘。 「えっと、勇喜はとっさの状況判断力が弱いから、先生に止められたんだよね?」 「…がう」 「実戦を想定した、先生との模擬試合で負けたんだよね? 先生の攻撃、避けられなかったの?」 「…がう。先生、ちょこまか動くです」 「演奏止められたら、勇喜、役立たずだよね? なんで、殴られたくらいで手を止めたわけ? なんで、続けて相手を妨害する曲や、防御を上げる曲を演奏する根性を持たないの?」 「殴られたら痛いです。痛かったら、演奏に集中できないです!」 「じゃあ、旧世界には行けないね。あっちは瘴気の溢れる世界、アヤカシが強くなる世界だから。 いつ戦闘になるかも分からないよ? もしも仲間が居ないときに、一人で戦う事になったらどうするつもり?」 「がるる…兄上、イジワルです!」 長兄は冷静に問いただす。涙声で答える虎少年は、右目の上と、左の頬が腫れていた。 「うにゃ…兄上、イジワルです! 伽羅も思うです!」 虎猫しっぽを膨らませる、猫娘。双子の兄のために、長兄を睨みつける。 「伽羅は関係ないでしょう、勇喜の問題なんだから」 「関係あるです。勇喜しゃんが怪我したら、伽羅、怪我して無いのに痛いです。 今も右目の辺りと、左のほっぺが痛いのです。ジンジンなのです」 昔から、猫族の双子は不思議な事を言っていた。双子の片割れが怪我をすると、もう片割れもその部分が痛む。 それから、離れているのに何となく、片割れの居る方角を感じると。 ●子猫の名案 「勇喜さ、伽羅さ! 兄ちゃんとの話、すんだの?」 開拓者ギルドの入口で、元気な声がした。一本角を揺らす、修羅少年の姿。 友達の猫族双子に向かって、左手をふる。ちりちりと、鈴の音がした。 「うにゃ…勇喜しゃん、弱いから旧世界行けないです。伽羅や、仁しゃんと行けないです」 ギルドの片隅でうずくまり、泣いてばかりの虎少年。虎猫耳を伏せ、猫娘は兄を慰めていた。 「勇喜さは、演奏さえできたら強いってんだ」 ぽんぽんと、虎少年の肩をたたく修羅少年。ちりちりと鈴の音がした。 「がるる…鈴の音がするです」 涙をぬぐいながら、顔をあげる虎少年。腫れた顔は、もっとひどいことになっていた。 「これ? さっき、万商店のくじで、ブレスレット・ベルを引いて来たってんだ♪」 左手首の腕輪をみせる、修羅少年。小さな鈴がついた、小さな腕輪だった。 「にゃ? 鈴です?」 緑の瞳を真ん丸くする猫娘。猫しっぽがブンブン振られた。 「勇喜しゃん! 鈴です、楽器です! これ使って、兄上と先生、ぎゃふんって言わせるです!」 ピンと天を向く、虎猫しっぽ。あくどい笑顔を浮かべた猫娘は、双子の兄に耳打ちをした。 ●子虎の挑戦状 後日、開拓者ギルドに貼られた依頼書。ため息をつきながら、虎猫ギルド員は説明する。 依頼人の虎少年は、開拓者を見上げる。顔の腫れが、まだひいていなかった。 「吟遊詩人の弟が、武術や戦術を習う学校に通ってるんです。弟を特訓してもらえませんか?」 「勇喜、先生に勝ちたいのです。勝って認めてもらわないと、旧世界に行けないのです。 旧世界、もう姉上行ってるです。伽羅しゃんや、仁しゃんと一緒に、姉上たちを助けに行くのです!」 「特訓と言うのは、弟が楽器の演奏を続けられるように、接近戦に馴らして欲しいと言うか…。 弟は撃たれ弱くて、酔拳を使う担任の先生の攻撃を受けただけで泣きだして、演奏の手を止めるんですよね」 「もう心配ないのです。ブレスレット・ベル手に入れたのです。手をふれば、演奏できるのです」 嬉しそうに両手をふる、虎少年。ちりちりと可愛らしい鈴の音がした。 「戦術も考えたです! 攻撃と補助用に重力の爆音です。防御は、共鳴の力場です。 それから、奥の手、夜の子守唄で相手眠らせるのです。練力と相談なのです」 指折り数える、虎少年。どれも、吟遊詩人の技法だ。 重力の爆音。重低音を叩きつけ、敵全体にダメージを与えると同時に動きを押さえつける術。 共鳴の力場。高い音によって共鳴現象を引き起こし、仲間一人に対する、敵からの攻撃の勢いを殺ぐ術。 それから、夜の子守唄。敵全体を問答無用で眠らせる術。 「…まぁ、弟も考えたようですから、もう止めません。特訓の方法は、皆さんにお任せします」 「先生との模擬試合、兄上も同席するです。 勇喜、強くなって先生と兄上、ぎゃふんと言わせるです!」 「えっと、兄上もぎゃふんなの?」 「がう、ぎゃふんなのです! 『勇喜、弱いから旧世界行けない』って言ったこと、謝らせるのです!」 「あははは…『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』か。勇喜は学校に行って、本当にたくましくなったよね」 腫れた顔のまま、長兄を見上げて睨みつける虎少年。泣き虫でも、虎は虎なのだ。 |
■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
アムルタート(ib6632)
16歳・女・ジ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
花漣(ic1216)
16歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●泣き虫 「やあ久しぶり、元気だったかい? 会えて嬉しいよ♪」 リィムナと共にやってきた、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。勇喜に向かって笑う。 「あら、勇喜くんは一難去って、また一難なんだ…。なんとか力になってあげないとね」 「今回も、宜しくお願いします」 戸隠 菫(ib9794)は頭を下げる喜多に見送られ、精霊門をくぐった。 泰大学の入口で、白銀の髪が風になびく。駆けて来る、アムルタート(ib6632)の姿。 「やっほー! なんか練習するって聞いたから来たよー♪」 右手を高く上げ、ぶんぶん振っている。遅れて、花漣(ic1216)とリィムナ・ピサレット(ib5201)の姿が。 鍛練学科に所属する三人は、一足先に帰ってきた伽羅と仁からあらましを聞いていた。 「課題は打たれ弱さ、かな。取り落とす事の無い楽器を選択したのは、良い考えだと思うよ」 「にゃ♪」 菫の言葉に、胸を張る伽羅。得意げに猫しっぽが泳ぐ。 「ブレスレットベルはいい考え♪ 普通の楽器だと、攻撃避けながら演奏するの難しいからね」 勇喜の顔の前にかざされる手。リィムナの全身が淡く輝く。 傷を癒す閃癒の光。またたく間に勇喜の怪我を治してしまった。 「勇喜君、さらにこれ♪」 リィムナは、手ぶりで靴を脱ぐように示す。いわれるまま、裸足になる勇喜。 グングル「エイコーン」を足首に飾りつける。それから、膝まで伸びる細身の皮靴ステップブーツを履かせた。 「敵の攻撃が激しすぎてベル鳴らすのも難しい時は、グングル付けた足を動かして回避!」 「がう?」 「自然に音が出るよね? つまり演奏継続しながら回避に専念できるわけ♪」 リィムナの提案に、勇喜は目を丸くする。考えたことも無い戦法だ。 「慣れてくれば、横跳びやバックステップしながら演奏できるよ!」 リィムナが指差す先には、つま先立ちで回転して見せるアムルタートの姿が。 「それから、詩人は楽器奪われると拙いから、予備を手首や服の下に隠すのも有効だよ。こんな風に♪」 服の襟を下に引っ張り、セイレーンネックレスを見せる。 「隠すのは得意なんだ♪ 今朝も濡れた布団を…って何でもない!」 言葉の途中で真っ赤になるリィムナ。天儀やジルベリアの頃のように、姉に見つかって、お尻を叩かれはしないけど。 「伽羅ちゃんは酔拳を使うのだね♪ お酒は初めてかい?」 「にゃ」 「なら、一緒に呑もう♪」 九月に十四才を迎えたばかりの双子、まだ飲酒の経験がない。フランヴェルは持ってきた酒類を見せる。 発泡酒、古酒、葡萄酒、ヴォトカに天儀酒。近場で買ってきたつまみも、一緒に並べた。 「ありがとです! これ飲めば、強くなれるです♪」 「それにしても…立派になったね♪」 嬉しそうに揺れる、猫しっぽ。伽羅の様子を見ながら、フランヴェルは目を細める。 「初めて会った時の事、今でも覚えているよ…君を助けることが出来て本当に良かった」 「伽羅も覚えてるです、命の恩人なのです!」 十才の頃、伽羅は洞窟で絶命しかけた。足場の崩落とアヤカシとの戦闘で付いた傷が原因で。 伽羅を探し出し、助けてくれたのが、フランヴェルとアムルタートたちだ。 「勇喜の手合せ練習相手やる! ちゃんと殴り系の手甲と殴る系のスキル持ってきたからね! しっかり練習してだいじょーぶだよ♪ だから……」 アムルタートは、後ろを振り返る。めずらしく、桃色の瞳がつり上がっていた。 「伽羅はお酒飲んじゃだめー」 「にゃ!?」 「あれは十五歳になってから飲んでいいんだよ? アダルトな飲み物なの!」 両手を腰に当て、前のめりの姿勢になるアムルタート。伽羅を上から見下ろし一喝。 「それに酔拳は酔って強くなるんじゃないんだよ…あれは、表現力だ!!」 「ちょいと、伽羅ちゃん?」 騒ぎを聞きつけた菫も、やってきた。槍を片手にあきれ顔。菫は伽羅の顔を覗きこむ。 「酔拳は酔っているような動きで意表を突くのが持ち味なんだよ? 本当に酔っちゃったら戦えないよ?」 「うにゃ、痛いです!」 不意に菫のデコピンが襲ってきた。垂れ下がる猫しっぽ。 怒られたと理解した伽羅は、二人から逃げる。フランヴェルの背中に隠れた。 「…飲み過ぎて泥酔してしまうと、泣いたり笑ったり暴れたりした揚句、本人にはその記憶がない、等という事態も起こりうる。 中には…大人の男性でも、泥酔するとおねしょしてしまう事があるんだ…リィムナは今朝もしたらしいね♪」 フランヴェルは苦笑を浮かべ、説明する。最後はぼそぼそと耳打ち。 それから真顔に変わった。両手にアルコール度数の高い酒を掴み、伽羅に見せる。 幼い女の子が大好きなフランヴェル。下心など無いはず…多分。 「兎も角、自分の限界を知るのは大事だ。大丈夫、僕らも付いてるから、限界を知るためにも気楽に飲みたまえ♪」 「伽羅ちゃんが悪酔いしそうになったら解毒で治療したげる! フランさんが変な事するといけないし♪」 「おいらも付き合うってんだ! シノビには酔わない技法があるから、心配ないってんだ♪」 リィムナと仁は、からかい口調で声をなげかけた。 「うにゃー! 絶対、飲まないです!」 猫しっぽが最大限に膨らんだ、伽羅。隅っこに向かって、全力で逃げて行った。 ●先生たくさん 「ミーは関先生のような攻撃は出来ないので、特訓相手としては役不足デスが…」 両眼をつむり、考え込む仕草をする花漣。 「他の皆が相手する前に、勇喜のスキル効果をお試しする役くらいは出来そうなのデス」 花漣は両眼を開き、はじけた声をだした。黒い瞳にイキイキした輝きを宿して。 「先ずはミーが相手デス!」 明るく元気な花漣。哀桜笛を竹刀代わりに両手に握りしめた。勇喜に打ち掛かっていく。 「がるる…」 虎耳を伏せ、腰が引け気味の勇喜。左右の動きを織り交ぜながら接近する花漣から逃げようとする。 容赦なく、面を打ち込む花漣。桜が散るような音色を再現できると言われている横笛に、似合わない音がした。 頭を押さえ、しゃがみこむ勇喜。花漣は腰に手を当て、仁王立ちだ。 「ミーに攻撃されるようでは、後に続く皆の攻撃など捌けないのデス!」 「がるる…」 「…勇喜も自分にとって大切な物、それは人でも、信念でもいいと思うデスが、それを守る為に戦えば良いと思うのデス」 花漣が覚醒からくりになった理由。主たる神座史狼を、落石から守るためだ。 「ミーは実戦経験といえば、冥越へ続く精霊門での攻防で、古代人やアヤカシと戦った時くらいデス。 良いアドバイスもしてあげられないデスが、あの時は死にかけた『家族』を守るのに必死で、実力以上の力を出せた気がするのデス」 花漣の懐には、お守り「家内安全」がある。そのとき守った、主の娘がくれたのかもしれない。 主は人形の自分を…自分たちからくり三兄妹を「家族」と言ってくれる、優しい性格だった。 「強い思いはきっと力になると思うのデス」 「…がう!」 「勇喜君、ブーツで脛を蹴飛ばしたり、足踏みつけたりして反撃!」 リィムナの指示に、勇喜は従う。吟遊詩人が演奏しかしないと思うのは間違いだ。 妹の伽羅のマネをして、後ろ回し蹴り。もちろん花漣には当たらない。けれども、距離をとって、少し警戒する。 「そうやって、演奏の時間を稼ぐんだよ!」 「すごいのデス! その調子デスよ!」 「がう!」 リィムナの声に、手足を動かし続ける勇喜。花漣は、打ち込みを続けながら、激励した。 次の対戦相手、アムルタートはノウェーアを発動させる。高まる精霊力、精神を高みに誘う。 つま先でステップを踏みながら、ふらふらしたダンスを踊ってみせた。 「なんか酔拳っぽい!」 喧嘩殺法を組み合わせ、滝登りのように、下に滑り込んで突き上げたり、千鳥足のように動いてみたり。 「先生みたいってんだ!」 「たぶん酔拳じゃない? けっこーパチ酔拳じゃない!?」 仁の驚く声に、アムルタートは機嫌よく踊り続ける。高みに登った精神のまま、勇喜に向 かった。 勇喜の鈴の音が、眠気を誘う。唇をかみしめて耐える、ジプシー。凄まじく高い直感がそうさせた。 「進路に術かまされると、つらいの。避けられないの…でも近づいたら殴っちゃうんだからねー♪」 勇喜の妨害を物ともせず、ラストリゾートを発動するアムルタート。両手の神甲「風神雷神」の宝珠が輝きを放つ。 「ホワチャア!」 眼にもとまらぬ瞬速の一撃、風巻き雷が奔る。勇喜の身体は衝撃で後ろに飛んだ、地面にたたきつけられる。 そのままゴロゴロ転がった勇喜は、桜の幹に頭をぶつけた。動かなくなる。 「勇喜、死んじゃった!?」 アムルタートは桃色の瞳を見開き、踊りを止めた。 「がるる…アムルタートしゃんに負けたです」 垂れ下がる虎しっぽ。眠らぬ相手が居るとは、想定していなかったようだ。 菫は勇喜と視線を合わせる。軽く肩をたたき、次の手合せをすると告げた。 「ただ、あたし、アマガツヒと対峙して、鏡は護りきったけど、痛かったな…」 菫は旧世界の地の塔で戦ってきた。代償として、大けがを負ってしまう。 「子守唄を食らっても抵抗して撥ね退ける相手への対処も覚えて欲しかったし、全力で相手するよ」 片目を閉じて見せる菫。勇喜には、ちょうどいいハンデになりそうだった。 「いくよ!」 菫は宣言すると戒己説破印を結び、瞑目する。身の中を精霊力で満たした。 鍛練学科で用いられる、練習試合用の棍を握りしめた。全身から、気力がほとばしる。 勇喜の鈴の音が響いた。音の塊が空気を震わせ、迫ってくる。菫は無視して一気に突っ込んだ。 更に響く鈴の音、焦ったような音色。眠らせるか、守備を固めるか迷ったようだ。 隙は逃さない。振りあげられた棍は、勇喜の肩を打ち据える。衝撃で、尻もちをつく虎の子。 「それじゃあ、不合格だよ」 棍をどかさず告げる菫。ストレートで歯に衣を着せる事が無い言動は、勇喜の言い訳を許さない。 「意地でも落ちてられないの」 青い瞳は、じっと勇喜を見つめる。全身からほとばしったままの気力。 「負傷したって相手は待ってくれないし、それで止まったら、護りたいものも護れないんだ」 見上げる勇喜は、菫の懐から覗く、不動明王のお守りを見つけた。そして思う、菫の気力はきっと深紅の色だと。 邪を払い、人々を導く力があるといわれる深紅のお守り。鼻をすすりながら、勇喜は立ち上がった。 「勇喜君に関先生との立ち合いに慣れてもらう為、模擬戦相手務めるよ。 あたしも鍛錬学科だし、先生の間合いや癖はよく知ってる!」 最後の相手は、リィムナ。ラ・オブリ・アビスを発動する。 「がう? 先生なのです」 勇喜の目の前に居るのは、リィムナではなく、先生だった。 リィムナが使ったのは、記憶にある別の何かと同じ存在として周囲に認識させる術。 つまり、リィムナが丸一日、周囲の全員からちょびひげ先生に見えると言う事。 「いっくよ! じゃなくて、『はいはい、行きますよ。勇喜君、かかってきなさい』だね」 竹の棒に見える、仕込杖「幽玄」を構えるリィムナ。その仕草は棍を構える先生そのものだった。 ●挑戦! 「張り切って勇喜の応援をするのデス!」 「みんなと一緒に応援してるね♪ ファイトだよー!!」 哀桜笛を左右にふりながら、はりきる花漣。隣のアルムタートに、応援の仕方を教えて貰ったのだ。 「先生達、ギャフン言うデスかね?」 「ん〜、言ったら楽しいよね♪」 少しだけ考え、つま先立ちになり回転するアルムタート。バラージドレス「アハマル」が大きく広がる。 情熱の心色に染められたドレス。ノリと勢いを大事にする、アルムタートの心を激しく燃え立たせた。 と、激しい音がした。ちょびひげ先生に蹴り飛ばされ、倒れたまま起き上がれない勇喜。フランヴェルは声を張り上げる。 「勇喜君、ボクとの模擬戦を思い出すんだ! 痛みを恐れるな! 敵を見据え、睨み返せ!」 直前まで、勇喜と接近戦を行っていた。殺人刀と呼ばれる殲刀「秋水清光」は、鞘に収めたままで。 「気合いだ! 叫んでみたまえ! うぉおおお!」 「がるる…」 「殴られたら泣くのではなく、怒れ! 自分を傷付けた相手に怒れ!」 泣き出しそうになりながらも、勇喜は起き上がる。どろまみれの虎しっぽ。 フランヴェルは剣気、猿叫を全力で放って相手をしてくれた。敵の気合いや気魄に気後れしない様にと。 「激情を演奏に込め、敵に叩き付けろ! 訓練を思い出せ! 気合いだー!」 「がう、気合なのです!」 涙をこらえながら、勇喜は横に走り出す。両手を大きく振りながら。 激しく鈴が鳴る。重力の爆音が立て続けに放たれた。フランヴェルが自分の身体を張って、受け止めてくれた音。 「特訓を乗り越えたのデスから、恐れる事はないのデス」 両手を口の周りに当て、声援を送る花漣。 「勇喜にとって大切な姉上のお手伝いをするのでしょう? ならその思いを力にするのデス!」 姉の居る花漣には、弟妹の気持ちが良く分かる。勇喜の心を揺さぶる言葉。 試合自体は先生の圧勝だった。でも勇喜は、先生の蹴りを三発避け、二発の攻撃をお見舞いする。 一発も当てられず、全ての攻撃を受けてしまった前回と比べれば、恐るべき進歩だ。 「勇喜、もう弱くないです! 先生と兄上、ぎゃふんです? ぎゃふんです!?」 「はいはい、先生はぎゃふんです、降参ですよ」 「あーもー、ぎゃふんだよ。兄上が悪かった」 泥だらけでピンと立つ虎しっぽ、勇喜は先生と長兄を睨む。苦笑し、負けを認める二人。 「やったー!」 「良くやったのデス!」 勇喜の両手を掴み、飛びはねるアルムタート。笑顔を浮かべた花漣が、後ろから抱きしめた。 「大丈夫! ちょびひげ先生なんか、簡単にやっつけられたでしょ♪」 「がう♪」 自信満々のリィムナの笑顔。試合開始前に、勇喜へ告げた言葉を繰り返す。 「旧世界に行っても、大丈夫かな」 菫の声に、力強く振られる虎しっぽ。虎耳も、得意げに動いている。 「やるじゃないか、勇喜君♪」 「がう、刀で斬ってくれたおかげです!」 勇喜の返事にフランヴェルはキョトンとなる。指差されたのは、腰の殺人刀だ。 人を斬れば斬るほど心穏やかになるという刀は、勇喜の泣き虫を斬ってくれたと言いたいらしい。 「皆で勇喜を胴上げしてあげたいと思うのデス」 花漣の一言で、勇喜の身体が長兄と先生に担ぎあげられる。鈴の音と共に、宙を舞い始めた。 |