【猫祭】楹月―送神火―
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/10 19:49



■オープニング本文

●猫族
 泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれる。夏は、猫族が騒ぎ出す季節。
 八月五日から二十五日にかけて、月敬いの儀式を行うのだ。
 お月さまへ、秋刀魚を三匹お供え。祈りの言葉を贈る。
 月敬いの儀式は様々。その中でも、『三山送り火(さんざんのおくりび)』は有名だった。
 風習の終る、八月二十五日。泰国の首都「朱春」近郊にある、小高い三つの山に、火が焚かれる。
 月を敬う図柄の送り火。お月さまに見て貰い、喜んでもらうために、猫族たちは頑張る。
 それぞれ、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれた。代々、受け継がれてきた伝統もある。
 西の劉組は奇想天外、北の曹組は豪華絢爛、東の孫組は質実剛健。毎年、三組は競い合っていた。
 だが、今年は違う。昨年、泰国に起こった国家転覆未遂事件は、猫族たちをも結託させた。
 誰が言い出したか分からぬが、泰国の春華王を讃える声が上がる。春華王…地元で天帝と呼ばれる長を讃える声が。
 三山送り火は、天帝も楽しみにしているらしい。だから、三組は協力体制を敷いた。
 西の劉組は、祈りの猫族を描く。まだ詳細は秘密だが、一部がぴこぴこ動く奇想天外らしい。
 北の曹組は、串刺し秋刀魚を。色鮮やかで、豪華絢爛にふさわしいそうだ。
 東の孫組が少しもめたらしい。西と北に合わせ、満月から三日月に変化する月なのだが、質実剛健から外れると。


●箱入り白虎の願い
 いつもと変わった三山送り火の噂は、天儀に住む猫族たちにも、届いていた。
「わたくし、今年も、送り火を見に行けますの?」
 真っ白な虎しっぽを揺らす、心臓の弱い娘。花月(かげつ)は、喜多(きた)と言う虎猫ギルド員の新妻だった。
「にゃ! 花月しゃんも、一緒に行くです♪」
「まぁ、楽しみですわね♪」
 虎猫しっぽを立てて、意気込む猫娘。伽羅(きゃら)は、喜多の末の妹に当たる。
 義理の姉と会話した猫娘。その足で、開拓者ギルド本部へ向かう。受付に張り付いた。
「兄上、兄上、依頼出してです。伽羅の依頼出してです!」
 猫娘の長兄は、開拓者ギルドの受付係。しつこい末っ子に根負けし、長兄は手を止める。
「はいはい、お客様の依頼内容はなんですか?」
「花月しゃんのおじい様とおばあ様、今年の三山送り火連れて来てです。
それから、美味しいお魚、いっぱい食べたいです。お刺身食べて、皆様と楽しみたいです♪」
 虎猫しっぽをふりつつ、長兄の顔色を伺う末っ子。小首を傾げ、緑の瞳で見上げる。
「…それ、全部は無理だよ」
「うにゃ! なんでダメです!?」
「一つ、白虎の大おじ様は、足が悪いからね。飛空船を使わないと、朱春まで連れて来てあげられないよ」
 猫娘と新妻は、祖父母の代で血が繋がる。旅一座の猫娘の祖父母と会える機会は、年に数回。
 でも、新妻の祖父は、歳の所為で膝を痛めており、長くは歩けなかった。
「二つ、この時期はどこの店でも、秋刀魚を買い集めるのに必死だからね。美味しいお魚はたくさん手に入りにくいんだ」
 長兄が説明する間に、猫娘のしっぽはどんどん垂れ下がる。ぺちゃんこになる、虎猫耳。
 猫娘の緑の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ出した。大泣きを始める末っ子。
 慌てて受付から飛び出し、末っ子をなだめる長兄。でも、猫娘の泣き声は止まらない。
「うにゃー、兄上、イジワルです! イジワルです!」
「ああもう、飛空船が無いと無理! 無理なものは、無理! 伽羅は空飛べないでしょ!」
 長兄、ついに怒った。末っ子に怒鳴りつける。ビックリして、虎猫しっぽが膨らむ末っ子。
「うにゃ…空飛ばないとダメです?」
「そう、空飛ばないと大おじ様迎えに行けないし、お魚も運べないでしょ。良い子だから…」
「空飛べたら、お迎え行けるです? お魚運べるです? 飛空船探すです!」
 目を真ん丸くした末っ子。長兄の言葉途中でギルドを飛びだす。
「コラッ、伽羅! 人の話は最後まで聞く!」
 急いで追いかける、長兄。ギルドの入口から外を見やり怒鳴る。が、末っ子の姿は既にない。
 ため息をつきながら、ギルドの受付に戻る長兄。騒ぎを見ていた開拓者が、話しかけてくる。
「あ…すみません、お騒がせしました。下の妹は、いつもワガママなんですよ。
なんの話題かって? 猫族の月敬い、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』です。
秋刀魚の屋台がたくさんでて、賑やかな祭りですよ。僕の祖父母の居る旅一座も、そこで演劇をする予定でしてね♪」
 朱春にある、猫の住処(にゃんのすみか)。その広場の一部を借りたのが、演劇の旅一座だった。
 大きなかがり火を囲み、観客を巻き込んだ即興演劇が、毎年の演目である。
「飛空船? ああ、飛空船があれば、天儀からも大量の魚を運べますからね。
実家の料亭は、演劇一座の弁当注文を受けていて、秋刀魚が足りないくらいです」
 秋刀魚弁当の予約で、料亭はてんてこ舞いの様子。猫娘の双子の兄、勇喜(ゆうき)は、忙しい実家を手伝っていた。
「今の時期、泰国で魚を確保するのは、大変なんですよ。どこの猫族も、秋刀魚は欲しがりますからね。
魚の余裕があれば、僕が最近覚えた天儀の握り寿司を、故郷の親戚に振舞えるんですけどね」
 虎猫耳を伏せながら、長兄は苦笑する。うなだれた虎猫しっぽは、本当に残念がっていた。


●世間知らず子猫の冒険
「兄上、伽羅が『料亭に帰る』って、言ってきたわよ!」
 数刻後、ギルド員に食ってかかる虎娘の姿が。猫娘の姉、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)である。
「ちょっと、亜祈、落ち着いて。お使い頼んだだけだよ、『泰国に持って帰るから、お魚買ってきて』って」
「じゃあ、どうして飛空船に乗るっていうのよ!? 伽羅、私が答える前に『花月と港に行く』って、飛びだしたわ!」
「…飛空船? えっ、飛行船!?」
 長兄はやっと気付く。猫娘、「魚を買って、泰国まで届けるお使い」と勘違いしたらしい。


 長兄と二番目が慌てている頃、猫娘と新妻は港に居た。開拓者を捕まえる。
「伽羅たち、飛空船乗り方、分からないです。どうしたらいいです?」
「泰国に帰りたいんですの。お魚を運ぶと、夫に約束いたしまして」
 末っ子は、一人で飛空船に乗ったことが無い。いつも、兄や姉が搭乗手続きをしてくれていたから。
 体の弱い新妻は、外出経験が少ない。結婚前は、二人の兄から、よく外出を止められていたから。
「港ついたら、お魚、家に運ぶです。それから父上に料理してもらって、旅一座に運ぶです」
「その時、隣町のおじい様達も一緒に、運んでいただきたいですわ」
「お祭り楽しみです。伽羅の家の祈りの言葉は、『月様、月様、守給、幸給』なのです!」
「本当に楽しみですわね。私の生家は『招福来来』でしたわ」
 しっぽを揺らす、猫族の娘たち。末っ子同士、のんきに笑い合っていた。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 劉 星晶(ib3478) / 神座亜紀(ib6736) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108) / 花漣(ic1216


■リプレイ本文

●はじめてのお使い
「今年の送り火は、天帝様のために例年と趣向変えですか。これは見逃せません!」
 ぐっと拳を握る、秋霜夜(ia0979)。喜多から送り火の内容を聞いて、里帰りを決意する。
「父様と母様に知らせないと。お先に失礼しますね」
 霜夜の父は筋骨隆々の拳士、母は銀髪碧眼の楽士。きっと父ならば、穴場を知っている。
 母が歌にして、思い出を語ってくれるだろう。霜夜は嬉しそうに、ギルドを後にした。
「…楽しそうでございますね」
 一緒に話しを聞いていた月雲 左京(ib8108)。白い髪を傾けながら、破軍(ib8103)に視線を。
「チビ助だけで行って来い」
 同じ敵を狙う相棒は、不機嫌そうに答えた。
「…あちらの者は、素直でござませぬゆえ」
 大げさにため息をつく、左京。親友の亜祈に愚痴ってみせる。付き合いきれないと、破軍は背を向け、ギルドから出て行った。


「ああ、今年もこの日がやってきましたね」
 ぴこぴこ動く、黒猫耳。足取り軽く、劉 星晶(ib3478)は港を歩いていた。
 泰国の猫族にとって、月敬いは特別な意味を持つ。猫族たる星晶もしかり。
「にゃ? 星晶しゃんです!」
 聞き覚えのある声がした。星晶が足を止めると、伽羅が駆け寄ってくる。遅れて花月も。
「おや、伽羅ちゃん。どうしたのですか?」
 星晶の愛しい人は、伽羅の姉。未来の妹に視線を合わせるように、身をかがめた。
「伽羅たち、飛空船乗り方、分からないです。どうしたらいいです?」
「うん? 花月さんも、一緒なのですか?」
「泰国に帰りたいんですの。お魚を運ぶと、夫に約束いたしまして」
 花月にとって、星晶は初めてできた友達の一人。おっとりと、はなしかけてくる。
「奇遇ですね。俺も、泰国に帰る所です。一緒に行きますか?」
「ぜひ、お願いしますわ」
「にゃ♪ まずは、お魚買いに行くです」
 のんきにしっぽを揺らす、伽羅と花月。二人に引っ張られるように、星晶は市場に向かう。


「伽羅、なにしてるデスか?」
 桔梗と撫子を編み込んだ、花冠が不思議そうに傾いた。花漣(ic1216)の髪飾りだ。
「にゃ? 花漣しゃんです! 伽羅、おつかいの途中なのです♪」
 ピンと天を向く、虎猫しっぽ。伽羅の表情が明るくなり、駆け寄る。
「花漣ちゃん、お待たせ。お土産屋さんが…あれ、伽羅ちゃんと花月さん?」
 言いかけた声は、少し戸惑っていた。神座亜紀(ib6736)の黒い瞳は、パチクリしている。
 女の子が集まれば、賑やかになるのが世の常。自己紹介をしたり、世間話をしたり。
「花月さん、ボクの相棒の妹だよ」
 月の帽子を揺らしながら、同行人を紹介する亜紀。
「花漣いうデス。伽羅とは大学の同級生なのデス♪」
「まあ、そうですの。わたくしは花月と申します、宜しくお願い致しますわ」
 羽衣「九十九綴」がふわりとゆれた。からくりの花漣のおじぎにあわせ、花月も頭を下げる。
「皆様、どこ行くです? 伽羅たちは泰国帰るのです」
「ボク達も泰に行くから一緒に船に乗ろうよ」
 猫しっぽをふりふり、伽羅は尋ねる。亜紀の返事に、にぱっと笑った。


「猫族の月敬いですか?」
「にゃ、伽羅たちは、そこで使うお魚の買い出しなのです」
 相棒の子猫又、小雪をつれて、港に買い出しに来ていた礼野 真夢紀(ia1144)。魚を品定めする伽羅とバッタリ。
『ふじちゃは、おるすばん?』
「藤しゃんは、泰国に居るです。あっちに行かないと会えないのです」
 舌足らずな、小雪の声。伽羅の返事に、がっかりする。
『まゆき、まゆき。こゆき、ふじちゃにあいたいの! あいたいの!』
 駄々をこねる小雪の言葉で、真夢紀の泰国行きが決定した。
「出世魚欲しいです。子供から、大人まで全部です。泰国で、天儀の文化を広めたいのです!」
 伽羅の交渉術に、感心する亜紀。言葉巧みというか。
「…じゃあ、この布とそっちのイワシを交換いたしません? 泰国南部、本場の刺繍の施された布ですわ」
 色鮮やかな泰国の衣装を身にまとった、伽羅と花月。二人の猫族たちが、魚をみつめている。
(兄なら生真面目に、姉ならお色気で値段交渉しそうデスね)
 猫族たちを観察していた、花漣の印象。心の中でからくりの兄姉を思い出し、くすりと笑う。
「巫女の特権、氷霊結って知ってます?」
「存じませんわ」
「こうやって、氷で冷やしながらだと、長距離も運べます」
 真夢紀の使う、秋刀魚や魚を、新鮮なまま運ぶ方法。氷の精霊に働きかけ、水を氷に変化させる精霊術。
 外の世界を知らない花月にとっては、何もかもが珍しい。目の前で出来ていく氷に、大はしゃぎだ。
 星晶は、花月を見る。体調が悪そうな印象はない。買い物の間、倒れることはなさそうだ。
「にゃ。荷車借りてきたです、港に運ぶです!」
「俺が運びますよ」
『おさかな、おいしそう♪』
「おいしそうですね。じゃあ、俺が落とさないように、見張っていて下さい」
『うん!』
 氷の塊に包まれた、魚たち。星晶は、伽羅がツテで借りてきた荷車に積み込む。
 荷車に飛び上がる、子猫又。目を輝かす小雪は、星晶からお魚見張り番に任命された。
「ボクのお姉ちゃんも値段交渉でお店の人をよく泣かせてるけど、二人とも負けてないなぁ」
 荷車を見ながら、つい正直な感想を漏らす亜紀。姉達は、買い物の百戦錬磨だ。
「兄上と姉上、買い出し上手です。伽羅も、勇喜しゃんと一緒にお勉強したです!」
「先日、お兄さま達が訪問してくださいましたの。そのとき、お買い物を教えてくれましたわ」
 料亭の仕入れは、四人兄妹の仕事の一つ。伽羅は、兄姉の背中を見て育った。
 新婚の花月の家へ、兄たちが遊びに来たらしい。可愛い妹の為に、兄たちははりきったようだ。
「まゆも、姉妹でお買いものに行きたいですね」
「そう言えば、ボク達みんな末っ子だね♪」
「花月も末っ子なのデスね」
 ちょっぴり羨ましい真夢紀。亜紀と真夢紀は、三人姉妹の末っ子。花漣も兄と姉がいる。
「伽羅の兄弟は知ってるデスが、花月の兄弟はどんな人デスか?」
 素朴な質問をする花漣。興味を持ったのか、亜紀も花月を見上げる。
「上のお兄さまは、品質にこだわりますわ。下のお兄さまは、値段を見る方ですの」
 花月の生家は、泰国の商人の家柄。買い物について聞かれたと、思ったらしい。
「ミーの兄弟の話もするデスよ。兄は堅物で厳しく、姉は派手好きでツンデレデスけど、でも本当は二人ともとっても優しいのデス♪」
 頭に折々の季節の花で編んだ花冠を被っている、花漣。今日の花は、兄と姉が選んでくれたのかもしれない。
「ああ、そちらのお話でしたのね。上のお兄さまは、お花やお菓子のお土産をくださいますの。お父さまにそっくりですわね。
下のお兄さまは、色々な地域のお話を聞かせてくれますわ。おじいさまみたいに、とっても物知りですの」
 花月に寄ると、長兄は父親の、次兄は祖父の影響を、強く受けているらしい。
 ぴこぴこ動く真っ白な虎しっぽ。花月の視線は、真夢紀に向かう。
「まゆの所ですか? いつも文を交わしています」
 体の弱い長姉と、長姉を守る責務を負う次姉。大好きな姉たちとやり取りする手紙は、真夢紀の宝物だ。


「お魚を買ったから、飛空船に行ってお魚の運搬と二人の搭乗手続きだね。ボク達の分もお願いできるかな?」
「にゃ!」
「ボクはお手伝いするだけ。手続き自体は自分でやらないと覚えられないからね。二人とも頑張って♪」
「うにゃ!?」
「亜紀、結構厳しいデスね」
 搭乗手続きをする場所に連れて来て貰った、伽羅と花月。亜紀の言葉に、伽羅の猫しっぽが膨れた。
 花漣がぼそっと、感想を漏らす。亜紀は三姉妹の中では一番現実的な性格をしていることを、知っていたが。
 星晶も、真夢紀も、口出ししない。無言でやり取りを見守るっていた。
 伽羅と花月は、あちこちをさ迷いながら、頑張った。猫耳と虎耳を伏せた二人が、皆の所へ戻ってくる。
「大変なことが分かりましたわ。どの船も、空いている席がありませんの」
「うにゃ…次は五日しないと、乗れないです。お魚食べれなくなるです」
 飛空船は、満席だったらしい。予想外の事態に、伽羅はにゃーにゃーと泣きだす。
 おろおろしながら、伽羅をなだめる花月。真夢紀は奥の手段を出そうかと、迷い始めた。
「どうかしたのかな?」
 会ったのは、夢の世界だったかもしれない。真っ白な虎しっぽを見た、羅喉丸(ia0347)はそう思った。
 次いで、元気に動く虎猫しっぽを見やる。開拓者ギルドで、大泣きしていた子供だ。
 羅喉丸は、自分の飛空船を飛ばしてくれると言った。伽羅は一緒に、飛行船を飛ばす許可手続きを教えてもらう。
 花月も花月で、真夢紀に連れられていく。こちらも、奥の手、飛空船の離陸許可の手続きを。


●料亭へ
 伽羅から『姉上は天儀に居る』と聞いた、星晶。朱春の開拓者ギルドから、神楽の都へ風信器で連絡を取って貰う。
「えっ…伽羅ちゃん、亜祈や喜多さんに、伝えてなかったんですか?」
 風信器の向こうで、安心したような喜多の声がした。
「分かりました。責任を持って、家まで送り届けますよ」
 喜多と亜祈は、精霊門を使って泰国へ帰るらしい。護衛の依頼を出すと言う。
 後でわかったが、その護衛の依頼を受けたのは左京だった。破軍は巻き込まれる形で、泰国へ行くことに。


 泰国の町は、城壁都市が多い。伽羅や花月の故郷もそう。
「見てです、見てです。あれ、伽羅の家なのです!」
 羅喉丸の風の外套を、嬉しそうに伽羅が引っ張る。羅喉丸の持つ飛空船に乗せて貰った伽羅は、大はしゃぎだ。
「必要になった時にないようでは困ると用意したものだが、あれば便利なものだな」
 快速小型船起動宝珠が、誇らしげに光った気がする。待ちを見下ろしながら、羅喉丸は笑った。
 羅喉丸の飛空船は、料亭の町の外側に着陸する。
「にゃ。羅喉丸しゃん、ありがとうです♪ 兄上の言ったように、飛空船見つけられたのです」
 甲板で舞い踊る、伽羅の虎猫しっぽ。懸命に見上げる相手に合わせ、羅喉丸は腰を落とす。
 思慮深い黒い瞳は、嬉しそうな緑の瞳を覗きこんだ。静かに口を開く。
「喜多さんの話は、最後まで聞いておいた方がよかったのではないかな?」
「にゃ? 嫌です。兄上のお説教は、長いから嫌いです」
 悪びれもせず、堂々と言い放つ末っ子。羅喉丸の口から、軽いため息が漏れた。
「人の話は最後まで聞くものだ。…これがギルドの依頼だったら、大失敗していた可能性もあるからな」
 やんわり窘める、開拓者の先達。大失敗と聞いて、伽羅の猫耳がピクリと反応した。
「うにゃ…大失敗です?」
「情報不足は、命取りになる事もある。意味は分かるかな?」
 根気よく諭す、羅喉丸。去年の同じころ、伽羅の故郷の町は、国家転覆を狙う悪党に狙われた。
 伽羅は神妙な顔で、話を聞く。羅喉丸は、伽羅の故郷を助けてくれた恩人の一人だ。
 天儀の片田舎出身の羅喉丸。子供のころに村がアヤカシの襲撃を受け、開拓者によって助けられた経験がある。
 羅喉丸は、似たような経験をした伽羅に、子供のときの自分を重ね合わせたのかもしれない。
 助けてくれた泰拳士に憧れて開拓者になった自分を。記憶に残る姿に少しでも近づこうとした自分を。


 泰国の南部にある料亭。喜多と花月を前に、満面の笑みを向ける左京。
「…喜多様と花月様。遅くなりまして申し訳有りませぬ、お二人とも…お幸せに」
「遅いなんて、とんでもありませんよ。ありがとうございます!」
「左京さま達には、本当に感謝しておりますわ。初めて見た送り火は、大切な思い出ですもの」
 顔を真っ赤にして、喜多は大慌て。花月は真っ白なしっぽを揺らし、左京に頭を下げる。
 三年前まで、屋敷の外の世界を知らなかった花月。左京を始め、星晶や亜紀たちが、外に連れ出してくれた。
 初めて見た、三山送り火。それは、花月に生きる喜びと、世界の広さを教えてくれた。


「がう。兄上、そろそろ大おじ様、迎えに行く時間です」
 白虎しっぽをふりふり、勇喜が声をかける。自分の分担、秋刀魚のかば焼きは出来た。
「にゃー、まだ刺身で来てないです!」
「お料理と秋刀魚管理してると、そこまで手が回らないですの」
 伽羅と真夢紀の悲鳴。天儀から持ってきた魚をさばくのは、二人の役目だった。
「勇喜、お迎えに行ける?」
「花月と行ってきてちょうだい」
「…がう」
 喜多は餃子で、亜祈は月餅作り。料亭の内部は、戦場だ。察した勇喜は、開拓者たちに同行を願った。
「伽羅、また大学で会うデス♪」
「にゃ、またねです!」
 花漣は手をふり、お手伝いに忙しい伽羅に別れを告げる。亜紀と一緒に、羅喉丸の船に乗った。


 花月の祖父を背負い、星晶は飛空船に案内する。花月が、ふかふかの座布団を準備して待っていた。
「みんな乗ったかな?」
「がう。大おじ様達も一緒に行けて、嬉しいのです♪」
「出発するぞ」
 飛空船の離陸準備をしていた、羅喉丸は声を張り上げる。楽しそうな花月の家族を見て、勇喜の白虎しっぽは踊った。
「注文のあった、羅喉丸しゃんのお弁当、お代はいらないのです。
お手伝いしてくれた、お礼なのです。どうもありがとうです!」
 勇喜は、父からの伝言を、羅喉丸に告げる。料亭の息子は、心から頭をさげた。
「花月さん、ボク達は用事があって、ここまでなんだ。送り火一緒に見られないのは残念だけどね」
「そうですの…今日は感謝いたしますわ、ごきげんよう」
 亜紀は、飛空船に乗り込んだ花月に手をふる。遠くなっていく飛空船を見送った。


●激闘!寿司屋台
 三山の点火まで、時間があった。猫族の住処の広場の入口には、霜夜の姿が。
「往く夏を惜しんで‥今宵は楽しく過ごしましょー」
 今日は天儀の浴衣「瑠璃」を着付けて、おめかし済み。耳元で花雫の耳飾りが色とりどりに煌く。
「その前に腹ごしらえ。お祭の秋刀魚は縁起物です♪」
 立ち並ぶ屋台からは、魚の匂いがする。どれほどの秋刀魚が、この場に集っているのだろう。
 楽しいこと、食べることが大好き。お財布を確認し、足取り軽く、歩きだした。


 霜夜の青い瞳が瞬きする。曲線を描くように書かれた文字の、のぼりを見つけた。
「…鮨と寿司?」
 天儀では見慣れた、寿司屋台だ。泰国の出店の隅っこに、あるようなものではない。
 物珍しそうに、暖簾をくぐる。うつむき気味の板前、垂れた虎猫耳が特徴的な人物が居た。
「いらっしゃいませ、ご注文はなんでしょうか?」
 人の気配を感じ、顔を上げる板前。にこやかな顔で、お客を出迎えた。
「あら? 喜多さんじゃないですかっ!」
「あれ、秋さん?」
 見覚えのある板前に、まんまるになる霜夜の目。虎猫しっぽをゆらし、喜多も不思議そう。
「どうしたんです?」
「実家の料亭の手伝いです。今日は、僕が天儀で覚えてきた寿司を、試験的に販売してるんですよ。
なんといっても、天儀料理の専門家のご助力も願えましたしね」
「まゆは、一昨年この祭りで寿司の屋台手伝いしましたの。握りでも色々提供できた方が楽しいかなと」
 喜多の紹介する先には、割烹着姿の真夢紀がいた。精霊のおたま片手に、付け合わせのお味噌汁を作っている。
 天儀育ちの真夢紀、意外に料理は得意。他国の料理にも関心が高く、泰国料理もその対象だったり。
「なるほど。売上はいかがですか?」
「それなりに売れています。話しの種に、お買い上げいただいている感じでしょうか」
「泰でも生魚は鱠で食べますけど、握り寿司は珍しいですよね」
 霜夜と喜多の会話の間も、不思議そうな顔をした猫族たちが、遠巻きに屋台を眺める気配がした。
「こちらの板さんの腕は、あたしが保証します」
 遠巻きの猫族たちに振り返り、わらう霜夜。さっそく、握りたての寿司をひとくちパクリ。


「秋さん、秋刀魚料理はどうでした?」
「現地で食べれないと悔しいから、司空家の糠秋刀魚を持参しました」
「わぁ、うちの商品じゃないですか! ありがとうございます」
 霜夜は厳重に包んだ荷物から、糠秋刀魚を見せた。嬉しがる喜多の虎猫しっぽ。
 さっそく真夢紀の持参した七輪で、炙り寿司になった。ネタに唐辛子が効いていて、泰国っぽい味。
「胃腸薬代りの梅干もありますよ」
「えっと…なにかできますか?」
 強化済の梅を取りだす霜夜。喜多は困った顔で、真夢紀に助けを求める。
「梅干しは叩いて、キュウリと一緒にして、巻き寿司にしましょうか」
 作り方が分からない喜多のために、真夢紀が手伝ってくれる。
「丸く巻くのが、難しいですね」
「さっぱりした味付で、おいしいですよ」
 嘆く喜多に、霜夜はほほ笑み返す。こっちは天儀っぽい味だ。
「じゃあ喜多さん、最後はお任せでお願いできますかー」
 両親を連れて来る間に握っていて欲しいと、霜夜は寿司詰めを注文する。
「…礼野さん、何が良いと思いますか?」
「任せて下さい。秋刀魚輸送の際に一部を下ごしらえしています。一夜干し・酢で〆、かば焼き風のタレ漬け、塩麹漬け、全部使いましょう♪」
 手際良く、真夢紀がネタを取りだす。新しく作った酢飯の味を確かめに、少し移動した。
「呼びに行く前に、これでも食べていってください」
 喜多は自信たっぷりに、イカ握りを差し出す。嬉しそうに食べる霜夜、途中で顔色が変わった。
 泣きながら咳こみ、水分を求める。三杯ほど、味噌汁の汁だけをお代わりした。
「喜多さん、わさび多過ぎです!」
「すいません!」
 涙をぬぐいながら、訴える霜夜。虎猫耳をぺちゃんこにして、喜多は小さくなってしまった。


●三山送り火
 父母を伴い、喜多の屋台に戻ってきた霜夜。周囲のざわめきを感じ取る。
「そろそろ送火です?」
「そうですね。…特別な場所へご案内しますよ」
 霜夜親子に手招きし、屋台の裏側へ案内する喜多。屋台の裏は、開けた場所だった。
「ここ、ものすごく見通しがいいんですよ」
 先客の真夢紀が、遅い晩ご飯を食べていた。霜夜は、寿司詰めを手に、隣に座る。
「賑やかに美味しいもの食べて過ごせるのも、平和なお陰です。あ、父様、『月様、月様、守給、幸給』って言うんですよ」
 両手を合わせ、天儀の流儀で食事の挨拶をする霜夜。父に、喜多から聞いた猫族の祈りの言葉を教えてあげた。


 席を外していた羅喉丸が戻ってきた。
「がう? どこ行ってたです?」
「飛行可能な区分を聞いていたんだ」
「お空飛んでも、大丈夫です!?」
 瞳を輝かせる勇喜。白虎しっぽがパタパタと振られる。
 羅喉丸自身、夜間飛行をして、空からの眺めを楽しみたかった。問題を避けるためにも、大事なこと。
「花月さん達を誘って、皆で一緒に行くかな?」
「がう!」
 羅喉丸の案内で、飛空船に乗り込む一行。朱春の町がゆっくりと眼下に広がっていく。
 朱春の夜景に、心奪われた。もうすぐ、三山送り火の時間。格別のひと時の予感がする。


 武僧頭巾の下から、紅い瞳が睨んでいる。破軍は不機嫌だった。
「わざわざ、人を釣れだして何の用だ…」
 破軍に背をむけたままの左京。手毬を胸元に遊ばせながら、ぼんやりと西の送り火を見るばかり。
 西の世界、太陽が沈む方向。死者たちが住むという、時間の始まり。
「いいかげんにしろ」
 黙り込んだままの左京に業を煮やす。破軍は肩をつかみ、無理やり振りかえらせた。
 夕暮れのような藍色地の浴衣「金魚」の裾があおられる。真っ赤な金魚の刺繍が、息を吹き返したように跳ねた。
「…っ」
 左京の闇夜のような黒い右目が、破軍の姿を認めた。次いで、緋色を宿した左目が、破軍をねめあげる。
 さっきまで両目に映っていたのは、双子の兄の姿。揺らめく送り火の向こう側の世界。
「覚えておいて下さいませ、彼の方の首を取るは、わたくし…!」
 双子の兄がくれた手毬を強く抱きしめ、言い放つ左京。幻想の世界から、現世に戻る意識。
 彼の方は、冥越八禍衆の一人。左京は、冥越の隠れ里出身だった。角を無くした、修羅の娘。
「わたくしの心にあるは、ただ唯一黒の彼の方。それ以外は…いりませぬ」
 アヤカシの襲来によって、失った故郷。一緒に生き残った双子の兄は、その後保護された人間の手により帰らぬ人となった。
 冥越を襲った、アヤカシの親玉達。常に頭から離れないその殺意と執着は、「恋心」だと左京は思う。
「グダグダ抜かす暇があるなら…来い、チビ助!」
 破軍は左京の腕を乱暴につかむと、歩きだす。引きずるようにして。
 とてつもない不愉快。ふざけたことを言う相手は、有無を言わされず、この場へ連れてきたくせに。
 物影まで歩を進めると、壁に投げつけるようにして左京を解放した。少しばかり身をかがめ、一歩前へ。
 左京は逃げられない。壁と破軍の間に挟まれる。顔の真横の壁に、破軍の右の拳が叩きつけられた。
「あの方への愛…貴方様には負けませぬ、邪魔させませぬ!」
「何を抜かすと思えば…」
 破軍の左手は、自分の顔半分を覆う。荒々しく上に移動し、頭巾をはぐった。あらわになる、修羅族の顔。
 額に生えた二本の角が、月の光を返す。鋭く、刺すような冷たい光を。
 破軍も、冥越の隠れ里出身。明るい明るい満月の夜、アヤカシに家族を皆殺しにされた。
 一人ぼっちの『御架月』を拾ってくれたのは、降魔の剣術に造旨の深い同族。精神的に支えてくれたのは、剣術の師匠の娘。
「愛だのなんだの関係ない…。戦いは殺るか殺られるか、それだけだ…」
 低く、ドスの効いた声。アヤカシに操られた師匠の娘を、自らの手で始末した『破軍』の声。
「ふざけたことを抜かすのならその首、『俺が』叩き切るぞ…」
 顔を合わせれば喧嘩ばかりの二人だが、信頼の裏返しでもあった。でも、今の破軍は、本気で言った。
「人の獲物にちょっかい出す暇があるのなら、テメェ自身を先に理解するこったな…」
 ゆっくりと、息をのみ込む音がした。破軍は身を起こすと、頭巾をかぶり直す。
 右手の拳は握ったまま、踵を返した。乗り気はしないが喧騒の方へ、歩き始める。
 手毬を口元まで引き上げ、左京は破軍の背中を睨みつける。後ろ姿が消えるまで、ずっとそうしていた。
 不意に、緊張が切れた。左京は背中を壁につけたまま、しゃがみこむ。手毬を抱きながら、うずくまった。
「…何を…」
 口の中で呟く言葉。破軍の台詞の意味がわからず、赤くなった顔を膝に埋める。
「何を…わたくしの事は…わたくしが、一番理解しております…っ」
口手毬を持つ手に力が入る。惜しそうに歯を食いしばった。口の端が切れるほどに。


 羅喉丸の飛空船は、空に浮きあがる。花月の家族から、歓声が上がった。
「ご飯食べに行くです!」
「それじゃあ、ここは頼んだ」
 勇喜に誘われ、羅喉丸は甲板へ。船の高度を維持するために、亜祈と星晶は、操舵室に居残りを。
 …皆が、気をきかせてくれたようだ。でも、それに気付かないのが亜祈の特徴。
「また無事に祭に参加出来て本当に良かった」
「送り火綺麗ね。お月さまも、きっと喜んでくれてるわ♪」
 感慨深い星晶をよそに、パタパタ動く、虎しっぽ。操舵室の窓から送り火を眺め、亜祈は無邪気に喜んでいた。
「この先何が待っているのか分かりませんが、来年もこのお月様に祈れるように頑張ると致しましょう」
 星晶の目元が細められる。ジン・ストールに隠された口元のせいで、はっきり表情が読みとれない。
「ほらほら、東のお月さま、三日月に変わったわよ♪」
「…亜祈、聞いてました?」
「えっ、何か言ったの?」
「…来年も、このお月様に祈れるように頑張りたいと言ったんです」
「あら、そうなの? 星晶さん、口元に布巻いてるから、声が聞き取りにくいのよ。きっと」
 のんきに自分の意見を述べる、亜祈。星晶の心を知らず、口元を隠していた理由も知らず。
「…まあ、まずは目の前のお祭りですね」
 苦笑すると、ジーンストールを下にずらす星晶。送り火のせいか、頬が染まって見えた。
「のんびり楽しく過ごしましょう」
 亜祈を抱き寄せると、なにごとが虎耳にささやいた。


 飛空船は、着陸する。送り火は終った。次は屋台を堪能する番だ。
「今日はずいぶん、呑んでるみたいですね」
「…黒猫の旦那か」
 見知った姿を見つけ、足音も無く、近付く人影。ちらりと、星晶を見た破軍は、盃に視線を戻す。
「…呑むか?」
「頂きます。代わりに、酒の肴をどうぞ」
 ひたすら老酒をあおっていた破軍は、傍にあった瓢箪を星晶に投げてよこす。
 器用に瓢箪を受け取り、正面に座る星晶。お返しに秋刀魚の串焼きを手渡した。
「左京さんは? 一緒に来たんじゃないんですか?」
 星晶の質問に答えず、荒々しく、秋刀魚にかぶりつく破軍。まずそうに飲み込む。
「…戦場に余計なモノを持込む上に、自分の感情を理解していない馬鹿が…」
 破軍の苦々しい呟きに、黒猫耳を伏せる星晶。これ以上聞くのは、野暮だろう。
 星晶は、心の虚無を隠す方法を知っている。故郷を失って流れ着いた暗黒街で、身につけたから。
「泰国は、白酒もおいしいですよ。貰ってきますね」
 穏和な性格で、意外と世話焼きな黒猫。飄々と笑いながら、立ち上がった。