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■オープニング本文 「…母ちゃん! おいら、帰ってきたよ、帰ってきたってんだ!」 片方の角が折れた、白骨死体。仁(じん)と呼ばれる修羅の子は、物言わぬ母親を抱きしめた。 ●修羅と桜 冥越にある、焼け野原の修羅の隠れ里。そこは、十四才になる修羅少年の故郷だった。 十一才のときにアヤカシに襲われ、全滅した隠れ里。あのときのまま、時間が止まっていた。 飛空船は、隠れ里の外れに着陸する。修羅少年が、強く願った場所へ。 若葉の茂る、大きな桜の木。その近くで、母が待っていると言って。 同行した開拓者達は、いくつもの白骨を運んできた。隠れ里中から、角のある修羅たちの亡骸を。 「…ちゃん、…父ちゃん!」 ある白骨の前で、修羅少年は泣き崩れる。黒い一本角を持つ頭蓋骨を抱きしめた。 ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、養い子の後ろに立ちつくす。 「…猫族の嬢ちゃんたちは、死者の心は月に行くと言っていたな。まぁ、俺は大地に帰ると思っているんだが」 長い沈黙の末、養父は言葉を吐きだした。 「俺の仲間たちの遺灰は、理穴の大地に埋めた。若木の根元で、緑の森の行く末を見守ってくれている」 十四年を経て、ようやく決着したギルド員の過去。死後も宿敵の吸血鬼に操られた仲間たちの話。 「…お前さんの気が済んだら言ってくれ。ご両親は、同じ墓に弔ってやりたいからな」 養い子から視線を反らし、ギルド員は立ち去る。入れ替わりに、ギルド員の相棒がふよふよとやってきた。 「仁坊ちゃん。修羅の一族は死後、どこに行くでやんすか? 我は知りたいでやんす」 人妖のすみれ色の瞳が、修羅少年の若葉色の瞳を見つめた。涙目のまま、修羅の子は答える。 「おいらも知りたいってんだ。母ちゃんは『死んだら桜になる』って言ったてんだ。 でも、誰も桜になって無いってんだ。父ちゃんも、母ちゃんも、里の皆も、骨のままってんだ!」 巫女の母から、幼いころに聞いた言い伝え。でも、目の前にあるのは白骨ばかり。 「…そうでやんすか」 肩を落とし、修羅少年から離れる人妖。与一(よいち)は、うわごとのように呟く。 「坊ちゃん、我は死んだら、瘴気に還るでやんすよ。月にも行けず、大地にも帰れず、花にもなれないでさ」 いつもと違う人妖の口調に、修羅少年は視線を上げる。人妖は、空を見ていた。 「親父は『人は死んだら、魂が三途の川を渡ってあの世に行く』って言ってたでやんすよ。 あの世は『天国』と言う所で、空に浮かんでるらしいでさ。花が咲き、鳥が飛ぶ、美しい所って聞いたでやんす」 人妖は制作者の形見の符が入った、胸元のお守りを握りしめた。悲しみに満ちた声を絞り出す。 「…与一さ、天国…って所に行きたいの?」 修羅少年は、言葉を選びながら尋ねる。 「天国は、『アヤカシが居なくて、平和な所らしい』って、親父は笑ったでやんす。 アヤカシが居ないなら、瘴気も無いはずでさ。我は親父の魂と同じ所に、行けないでやんす」 陰陽師だった、ギルド員の親友。陰陽師が可愛がった息子は、人妖としての運命を嘆いていた。 「…魂? 与一さ、『魂』て、何ってんだ?」 聞き慣れない言葉に、修羅少年は疑問を投げかける。 「親父に寄ると、目に見えないモノらしいでやんす。心の親戚みたいなものって言ってたでさ」 「…訳わかんないってんだ」 「我も良く分からないでやんす」 修羅少年と人妖は考え込む。いつの間にか、少年の頬の涙は乾いていた。 ●小さな儀 隠れ里の修羅たちを埋葬し終えた、翌日。ギルド員は、ギルド本部からある報告を受けた。 往年の開拓者は、腕組みをする。難しい顔で考え込んだ。 飛空船で一夜を明かした開拓者達。朝食の席でギルド員は、深々と頭を下げた。 「俺たちの依頼を受けてくれて、心から感謝する」 修羅少年も、養父の隣で頭を下げる。人妖も、ちょこんと頭を下げた。 「本来なら、ここで俺たちと一緒に一週間過ごして、依頼は終りなんだが…ちょいと事情が変わってな」 ギルド員の歯切れが悪くなる。難しい顔をしながら、息子をみやった。 「仁、本当にすまん。俺は一足先に、帰る事になりそうだ」 「えっ!? とーちゃん、なんで? おいらの里、案内するって約束したってんだ!」 「俺だって、父親としてお前さんの生まれ故郷を、もっと知りたいと思う。 だが、ギルド員としての仕事を、放棄するわけにはいかん」 …どこの家庭でも、見られる風景かもしれない。一緒の休日を願う息子と、仕事に生きる父親。 修羅少年を庇うように、人妖がギルド員に詰め寄る。襟元を本気でつかんでいた。 「旦那、見損なったでやんす! 坊ちゃんより大事って、何の仕事でやんすか!?」 「…昨夜、冥越の嵐の壁の一部を突破した偵察隊が生まれた。『新しい儀、発見』と」 現在、冥越に居る、ギルド員。新しい儀の調査依頼を担当するよう、お鉢が回ったらしい。 「新しい儀の空には、まだアヤカシの報告が無い。鳥の鳴き声の報告はあったんだが。 また、遠目だと島が二つあるようだ。真ん中は海なんだか、川なんだか…」 「アヤカシ居ないの!?」 「ああ。現時点では、居ないようだな」 ギルド員の話しの途中で、修羅少年の顔色が変わった。人妖を養父から引っぺがし、耳打ちする。 「与一さ。新しい儀は、きっと、天国の儀ってんだ! 島の真ん中に川みたいなのがあって、アヤカシが居なくて、鳥が居るってんだ」 修羅少年の言葉に、人妖はすみれ色の瞳を見開く。 「天国…、親父が居るでやんすか!?」 「…それは、わかんない。でも天国なら、桜になった母ちゃん達に会えるかもしれないってんだ」 離れて、ヒソヒソ話を続ける修羅少年と人妖。ギルド員は息子と相棒に、おそるおそる尋ねる。 「あー、お前さん達。怒ってるのか? そうだな、俺を恨むだろうな。 お前さん達を置いて、現地の調査に行く父親を許せとは言わん。帰ってから…」 「とーちゃん、現地調査行くの? おいらたちも、行くってんだ!」 「旦那が止めても、絶対について行くでやんすよ!」 気迫に満ちた、修羅少年と人妖の声。ギルド員は圧倒され、頷くしかできない。 右手で胸元のお守り袋を握りしめる、人妖。少量だけ残された制作者の遺灰と、理穴の植物の種が入っている。 「坊ちゃん、我は天国の土を持って帰りたいでさ」 人妖の願い。遺灰と種を、天国の土に埋めたい。今の家族と一緒に。 「おいらは、桜を探すってんだ」 修羅少年の願い。桜になった両親や、隠れ里の皆と、もう一度会いたい。 小さな願いと希望を携え、二人は頷き合うのだった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
マリサ・シュミット(ib8719)
17歳・女・吟
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●願い 「新しい儀、それもアヤカシの気配が全くない儀なんだ」 弥次の説明に、戸隠 菫(ib9794)の青い瞳が、瞬きした。清き白色の袈裟「清白」が、風に揺れている。 「鞍馬、頼んだよ。新しい儀の探索だ」 菫は相棒の甲龍を、飛空船に手招きする。甲板にゆっくりと着地する、鞍馬。 「あれ、仁君も与一さんも一緒なんだ?」 菫も飛空船に乗り込もうとしたとき、見慣れた人影を見つけた。手を振ると、与一がふよふよと近付く。 「お久しぶりでさ、希儀以来でやんすかね♪」 「二人とも久しぶりだなあ、本当に」 与一は、懐かしそうな視線を。菫の明るい口調も、笑顔も、変わらない。 「…そっか、二人の願いがかなうと良いなあ」 少し話しこんだ菫は、そう感想を漏らす。大篭手「獣王」を身につけた鞍馬も、身体の底から同意の鳴き声を上げていた。 「新しく見つかった儀を大冒険! 新しい儀か見つかったとあっては放っておけない、探検は空賊の浪漫なんだからなっ!」 キラキラした、緑の瞳。右手の拳を振りかざし、天河 ふしぎ(ia1037)は甲板から叫ぶ。 『ふしぎ兄と冒険なのじゃ♪』 隣には、左手の拳を突き上げる、上級人妖。天河 ひみつの表情は、イキイキしている。 「坊ちゃん、天国に行くでやんすよ」 人妖の与一が、仁に声をかけていた。振り向く、ふしぎ。仁の表情が気になる。 仁の顔を覗きこみ、冒険に誘った。修羅の子は、考えながら天国や、隠れ里の話をしてくれた。 「…これから行く場所が本当に天国かは分からないけど、仁が探す桜を見つけられるなら力になってあげたいな。 ひみつ、仁と与一の願いも、叶えてあげるんだからなっ!」 『分かっておるのじゃ』 ふしぎの声に、天河家では、家族同然の扱いを受けている人妖は頷く。愛称は、ひみつ。 一人っ子のふしぎが、兄妹を欲しがったがゆえに生まれたらしい、ふしぎの妹分。もちろん、ブラコンだ。 辺りを見渡す、吟遊詩人のマリサ・シュミット(ib8719)。紫の瞳の視線が、仁の若葉色の瞳とぶつかる。 「俺の名前はマリサ・シュミットっていいます。よろしくね、仁くん、与一くん」 ローレライの髪飾りが似合う、エルフの娘。黒髪を抑えると、にっこり笑った。 (…下手すると仁くんのほうが背が大きい?) マリサの内心は、身長差を確認する。マリサの方が年上だが、成長期の少年は侮れない。 「よろしくってんだ!」 「新たな儀の地形調査ですけど、個人的には仁くんと与一くんの願いを叶えることのほうが優先ですから」 頭を下げる仁に、マリサは言葉を続ける。そっと、背伸びをしながら。 「アヤカシのいない、天の国ですか。…素敵ですね」 劉 星晶(ib3478)は、自然と空を仰いだ。短い黒髪が、風にそよぐ。 「昔の俺が聞いたら、きっと行きたがったに違いありません」 上級鷲獅鳥の翔星が、無言で寄ってきた。星晶の隣に座りこむ。 黒猫耳を伏せ、星晶は相棒に寄りかかった。切なげに語る声。でも、青い瞳は穏やかなまま。 「天の国…か。本当に夢のようなお話です。…会えるなら、今でもちょっと会いたいですね」 幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失い、大切な人たちと別れてしまった。 「面白い物も沢山見たし、大切な人も出来たし…俺は元気だよって伝えたいです」 死に場所を求めてやってきた、神楽の都。其処での出会いが、自分を再び変えてくれたと。 腕組みした弥次は、仁と与一を複雑な視線で追っている。 「どうも、息子たちは天国と思っているらしい」 「…天国ですか…この新しい儀がそうなのであれば生きている私達が立ち入って良いものなのでしょうか…?」 海神 雪音(ib1498)の声音がいつもと違う。付き合いの長い弥次は、すぐに気付いた。 「あいつら、親に会いたいそうだ。無下にはできん」 「…仁と与一の願いを叶えてあげたいですが…とにかくまずは調査をしてみませんとね…」 ほとんど表面に出ない、雪音の感情。奥底にある心の動きを察し、弥次は頼むと頭を下げた。 「天の…国…」 柚乃(ia0638)の唇から、こぼれ落ちた単語。相棒の轟龍、ヒムカが視線を寄こす。 「未知なる大地。そこには何があるのでしょうか。 長く隔絶されていた場所は、それでもずっと存在していたのですね」 ヒムカを見上げながら、柚乃は呟いた。紫の瞳は視線を移動し、同行人へ。 「仁君と与一君の願い。叶うといいね」 言いかけた柚乃は、首を振った。青く長い髪が、揺れ動く。綺麗な澄んだ鈴の音も響いた。 「ううん、どうか叶いますように――」 幸紡ぎの聖鈴。煌めく蒼い宝珠と、鈴蘭をモチーフにした可愛らしい鈴がついた、髪飾り。 鈴蘭の花言葉の一つは、幸福の再来。 「天国か…病死した兄上や、戦乱やアヤカシによって命を失った人々も、そこで幸せに暮らしているのかな。そうであって欲しいね」 しんみりした顔の、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。故郷は雪の国、ジルベリアだ。 地方貴族だったフランヴェルは、当主だった兄の死後、争いが起きるのを嫌い相続権を放棄。 以来、浮き草のような生活を送っているが、故郷の民たちの苦しみは忘れていない。 「二人の願い、叶えるよ♪」 金の瞳を細め、にっこり笑う。スーツ「シヴェルスク」から右手を伸ばし、仁の右手を強く握った。 透き通るような白地のスーツ。その麗しさは、フランヴェルの真心のように。 「 新しい儀の調査か。わくわくするね。どんな所なのかな♪」 いろいろな所へ出かけ独特な言葉を収集、研究するのが神座亜紀(ib6736)の夢。 「えっと…ムスタシュイルをかけて、侵入対策したでしょ。それから、出入口にはマジックロックで、鍵をかけてと」 着陸した飛空船の周りで、亜紀は忙しい。アヤカシがいるかもしれないら、念の為。 「だけどここが天国だと信じる仁君と与一さんの為に、アヤカシがいない土地であってくれたらと思うな」 『そうですね』 「それと、桜の木も探してみるよ。桜は日当たりが良くて水はけのいい場所に育つらしいから、そういう場所は自ずと限られるだろうし。 暗い場所があればマシャエライトで灯りを灯すね」 (どうか桜の木がありますように) 相棒のからくりの雪那は白い髪を揺らし、亜紀を見下ろした。祈りを捧げる小さな主を、優しく見守る。 「この飛空船着陸地点から、北東目指してぐるりと回りましょう」 マリサの隣には、荷物を背負った上級からくりのラウンダバウトが。お弁当に飲み物と、抜かりない。 「嵐の壁を越えたこの儀にも桜がありますように。出発!」 マリサと反対に、ラウンダバウトが無言なのは、仕方ないかも。主は、荷鞍「泰山」を着けさせようとしたのだから。 多くの物資を積み込んだ様子は、山に例えられるような装備。納得しがたい命令に、からくりは意見したらしい。 鞍馬の背に乗り込む菫。二つの浅葱色が、ゆったりと空へ舞い上がる。菫のまとう衣服の色と鞍馬の鱗のいろ。 「まずは、上空から観察して、地図を作製するのと、地形や植生の特徴を掴むところかな」 長い金髪を風になびかせながら、指折り数える菫。隣のLOに乗った、フランヴェルに声をかける。 「他の人と分担する範囲を決めて、被らないようにしないと効率が悪いね」 武僧としての下積み修行の影響だろうか。菫は役割分担を口にする。 「小さな儀という事だし、まずは儀の全体像を掴み、それから詳細な調査を行うのがいいだろう」 望遠鏡を取り出しながら、フランヴェルは頷く。 「予め集合時間を決め…」 「おーい、お前さん達。晩飯には戻ってこいよ」 下から、弥次の叫び声が聞えた。見下ろすと、仁と与一が飛び出していく所。 弥次に続いて、小さく眠たげな眼を開いたLOも鳴く。子供と遊ぶのが好きな鋼龍は心配していた。 仁が空を見上げた。目印の竜旗をなびかせるLOに向かい、手を振って返事をする。 「ご飯の頃、飛空船に集まって、調査結果を共有していくのがいいか」 「そうだね。あたしは、西回りで北上するよ。きみは?」 「じゃあ、ボクは東回りで」 フランヴェルは、青く短い髪の毛を掻きあげた。菫も軽く笑いながら、二手に分かれる。 「この儀の秘密、絶対掴んでみせるんだぞ!」 『桜もじゃ』 ふしぎと声は、三角飛びを駆使して西に向かう。後を追う、秘密の声は、上から追っていた。 「待ってよ、ボクも探検にいくんだから!」 『お嬢様、忘れ物ですよ』 少し遅れて、亜紀の声。雪那は慌てて追いかけた。皆のお弁当と、亜紀のおやつを背負って。 「…此処がそうなのかはまだ分かりませんが、与一君と仁君の願いが叶うと良いなと思います。 頑張って探してみましょうか、桜」 「うん!」 少し身をかがめ、星晶は仁に語りかける。初めてであった頃と比べると、二人の視線の高さは近付きつつあった。 「さぁ、冒険の始まりなんだからなっ!」 『今の所アヤカシは見えないようじゃが、念の為に覚えたての技を使うのじゃ♪』 嬉々として、瘴索結界を披露するひみつ。兄にみせたくて仕方が無い、かわいい妹。 『…大変なのじゃふしぎ兄、間近に反応が!』 「ひみつ、それ与一なんだぞ…」 瘴索結界は、瘴気から敵を探るという性質上、陰陽師の式…人妖も反応してしまう。 ふしぎから説明を聞いたひみつは、目を真ん丸にする。物知りの兄を尊敬する眼差しを乗せて。 「姉ちゃん、意外と足速いってんだ」 「速いですよ☆」 仁の感心する声。天狗駆を使っていた柚乃が、偶然、追いついた。 「なんか見つかった?」 「人の生活痕は、今のところありませんね。仁君は?」 「無いって…あれ、豆腐?」 仁の間の抜けた声がする。ついでにぴーぴーと、鳴き声が。 「白い…水まんじゅう?」 柚乃の紫の瞳は、驚きを帯びていた。目の前の物体を凝視する。 ぷにぷに身体を動かしながら、それはあっという間に転がって行った。 「アヤカシってんだ!?」 「白羽根球かもしれません」 柚乃は素早く、手元の懐中時計に視線を落とす。アヤカシは確認されていないとはいえ、油断はできない。 精霊の力と瘴気の流れを計測する力がある、懐中時計「ド・マリニー」は、瘴気の反応を示さない。むしろ、溢れる精霊力を示している。 「もすかして、精霊?」 柚乃にとって、精霊はヒトより身近な存在だ。白い水まんじゅうは、大大大好きなもふら様の遠い親戚かも。 淡い期待を持ちながら、白い水まんじゅう探しを兼ねて、辺りの探索を再開する。 「…アヤカシは居ないとの事ですが、ケモノは居るかもしれません」 そう、仲間に伝えていた星晶。翔星を休ませる間、森の中を歩く。 ピクリと動く、黒猫耳。超越聴覚が、小さな小さな物音を捕らえた。 星晶の方にやってくる気配。黒猫は身軽に木の上へのぼり、月影で己の気配を殺して隠れた。 相手の住処に踏み込んだのは自分たちだし、出来れば傷つけたくはない。 ピーピー鳴きながら、ソレはやってきた。真っ白なソレは転がり、飛びはね、遊んでいるように移動する。 最後の一匹が通り過ぎたあと、スピリットローブを広げ、星晶は木から飛び降りた。 青い瞳は、真っ白なソレが進んだ方向を見やる。星晶はしばし考え込み、無言で相棒の所へ戻って行った。 夕食後、床に紙を広げて報告会。皆の集めた情報を元に、見取り図が作られた。 「便宜上、仮の地名があった方がいいだろうね。形に応じて分かりやすい地名を…ハート湖とかおむすび岩とか」 「ここが三途の川ってんだ」 「そこは湖だよ」 フランヴェルの言葉途中で、無邪気に仁が指差す、西の島の湖。亜紀が突っ込みを入れる。 続いて、仁と柚乃は言い争いを。昼間見た、白い物体について。 「豆腐ってんだ!」 「白い水まんじゅうですよ!」 二人のご飯は進まない。聞き取り調査中の弥次は、困り顔。 「…あれ、食べ物ではないと思いますよ。真っ白でぽよぽよで、杏仁豆腐に似ていましたけど」 泰国出身の星晶は、烏龍茶をすすりながら、昼間を思い出す。故郷の薬膳料理の一つを。 「お二人の話と総合すると、少し臆病なケモノのようです。上から監察できた俺は、運が良かったのかもしれません」 その後、真っ白いケモノの名付けについて、しばらくもめた。開拓者ギルド本部の判断で、『杏仁豆腐』に決定。 仁は、名付けにしばらく文句を言った。が、星晶に連れられて杏仁豆腐を食べに行き、納得したらしい。 ●三途の川と天の国 雲すれすれの高さを飛ぶ、鞍馬。最初は北西に進んでいたが、途中から北東に変わった。 少し湾曲した海岸線を進む。真ん中の湖を過ぎ、島の先っぽまで到達した。 東の島が見える。東を睨みつつ鳴く甲龍、どうするか主に聞くように。 「大よその地形は把握したから、帰ろうか。帰りは超低空をゆっくり飛んで。より詳細な情報を掴むようにね」 素直な性格の鞍馬、軽く鳴くとゆっくりと高度を下げる。途中で、鳥の鳴き声がした。 目の前を横切る鳥。色鮮やかな羽に、菫はしばし目を奪われる。鳥が離れると、軽いため息をついた。 「…綺麗だったね」 風を受けて飛ぶ、色鮮やかな鳥。菫が教えを受けた、天輪宗の僧侶にも教えたいくらい美しい鳥だった。 「あ、書いておかないと」 紙を取り出すと、地図に記号をかく。別の紙には同じ記号と、美しい鳥が居たことを書き記した。 …極楽鳥のように優美に飛んでいたと。 「真ん中のあの川だか水路も、意味あるのかもしれないね」 「きっと、三途の川ってんだ!」 東西の島の地図を眺めるマリサの声に、拳を握る仁。与一から聞いた言葉が、忘れられない。 と、東の島の西側を探索していた、ふしぎの声が聞えてきた。 「おーい、皆、こっちにきて!」 『妾がみつけたのじゃ!』 ひみつは、慌てふためいている。…二人は、どえらいもんを見つけて帰ってきた。 ふしぎとひみつの見つけた入口は、不思議な入口だった。長い間、秘密にされきたような場所で。 『某が先に行きます』 物おじせず、入口に飛び込んだのは雪那だった。不思議な通路は、奥に進むにつれ、青い輝きを放つ。 「仁君、見て見て! あれ、魚だよね!?」 青い輝きの先、そこは水の底のようだった。雪那の後ろを行く亜紀の指差す先には、色鮮やかな魚の群れが。 「魚…ここ、水の中みたいってんだ」 呆けるような、仁の声。与一の声は、大きく弾む。 『水の中…坊ちゃん、きっとここが三途の川でさ! 親父の言ってた、川でやんすよ』 「三途の川? …そうか、あいつの言っていた『あの世』は、本当にあったんだな…」 弥次の目が、懐かしい色を帯びる。忘れかけていた親友の声が、脳裏に蘇って聞こえた 簡易地図を描く、ふしぎの姿。飛空船から眺めた、島の様子。人妖服「天香香背男」を揺らし、ひみつは尋ねる。 『ふしぎ兄、考え込んでどうしたのじゃ?』 「いや、新しい儀は本当に天国みたいな所だったら素敵だなって」 バダドサイトで、着陸地点周囲を調べてみた。緑の木々の間を、夏鳥が飛んでいるようだった。 『だったら、ふしぎ兄と思いっ切り遊ぶのじゃ!』 動くたびに、キラキラと金色に光る衣服。明星の光から糸を紡いで、織り上げた生地を使っているとされる人妖の服。 ひみつの心も、明星のように、輝きに満ちていた。 「上空より地形を調査しますね、簡易な地図の作成です」 青緑色の疾風の鐙に足をかけながら、柚乃はヒムカに乗る。ゆっくり羽ばたき、轟龍は空へ。 空から見えた東の島のには、大きな山が 「ヒムカ、待ってて下さいね」 山のふもとに着陸する轟龍。柚乃は相棒の背中を撫でると、飛び降りた。 足に宿る、精霊力。軽やかに地面を蹴る、つま先。空から見えた、生い茂る場所を目指して。 「…見て下さい…桜のようにみえるのですが…」 疾風が大きく鳴いていた。雪音がある木を指差す。LOが聞きつけ、二人の側に着陸。 「…この木、山桜じゃないかな?」 葉っぱを確認してたフランヴェル。LOが仁を呼びに空へ飛び上がる。 「桜の木だ…母ちゃん達、天国に来てたってんだ!」 「仁君、よかったね!」 感慨深く桜の木を見上げる仁。亜紀は両手で仁の手を取り、振り回す。 『…修羅の一族も、天国に来れるんでやんすね。でも我は…』 『与一殿は、魂に関心がおありになるとか。お嬢様の父君は「魂とは物質ではなくその者の生き様」だと仰いました』 悲しげな与一の声をさえぎったのは、雪那だった。からくりの声、人に作られし者の声。 『某や与一殿のように造られた存在だとしても、正しく生きればそれは清い魂になり、天国へ行けるのだと』 「ボクも父さんがそう言ったのを聞いた事があるよ。瘴気で出来てるとかからくりだとか関係ない。 与一さんの魂はきっと清いと思うから、天国へ行けるよ!」 既に母を無くした亜紀は、現実的な性格をしている。それでも、信じていた。雪那をくれた、父の言葉を。 「さて…持ち帰る土だが、植物を植える事を考えると、地力の豊かな土がいいだろうね」 木の周りを歩きつつ、フランヴェルは与一に視線を向けた。 「地力でやんすか?」 「植物が繁茂している場所の土を貰うのがいいんじゃないかな」 フランヴェルの言葉に、大きく頷く与一。樽に土を詰めるのを、手伝い始めた。 「こっちのズタ袋にいれてから、樽に詰めますか?」 マリサはラウンダバウトが差し出す袋を指差す。相変わらず、からくりは無言だが。 今日は、ご利益があるとかで、相棒しめ縄を首に巻かれそうになったから。 からくり仲間の雪那が、やんわり止めてくれたらしい。マリサはエルフだけに、天儀のしめ縄が珍しかったようだ。 「桜の木があれば、仁くんの願いがかないます。また、桜の木が大きく育つ土地の土ならば、与一くんの願いにも適う土でしょう」 桜の幹に手をやりつつ、マリサは歌を口ずさみ始める。髪飾りから、薄緑色に輝く燐光が舞い散った。 ゆったり広がりゆく声。桜が蕾を膨らまし始める。周囲にも、季節外れの花が咲いた。 次いで、歌うは小鳥の囀り。季節外れの桜をふしぎそうに見ながら、色鮮やかな鳥が寄ってきた。 菫が極楽鳥と思った鳥。それから足元には、ピーピー鳴きながら、杏仁豆腐の姿が。 マリサの歌に、誰もが聞きいる。花も、鳥も、開拓者たちも。 最後に紡がれる歌は、心の旋律。精霊語による愛の詩。 花を咲かせてくれた草木に感謝を。それから、天の国の動物たちの幸せを願って。 「…冥越の遺跡はこの儀を隠す為に封印されたのかしら? 春にまた来たいね」 ゆっくりとマリサは笑う。大きな桜が育つことができた場所。この儀にとっても、意味のある場所のはず。 帰りの飛行船の中で、開拓者たちはギルド員一家と話していた。 「…地域によって、人の死後の行先の言い伝えに違いはありますが…」 七色の光が雪音を包んでいた。オーロラのヴェールをまとったまま、仁と与一に話しかける。 「…桜や月や大地、いずれにせよ身近にあるものへの言い伝えがあるのは亡くなった人を忘れないようにする為…。 …そして残された人が亡くなった人を身近に感じられるようにする為だと思います…」 桜の木を背に、雪音は語り続ける。与一の土に、茶色い瞳は向いた。 「…亡くなっても傍で見守ってくれているのだと…私はそう考えます」 静かに、それでも力強く雪音は語る。黒猫耳を動かさず、星晶はしゃがみこんだ。 「…仁君のご両親や里の皆さんに似ているでしょうか?」 星晶は、仁の頭をなでる。修羅の子は泣いていた、声を殺して泣いていた。 「与一君が持って帰る土も、此処の土なら良く育ちそうですね」 お守り袋を握りしめ、与一は口を固く閉ざしている。すみれ色の瞳は、うるんだままで。 雪音も、星晶も、仁が弥次を「とーちゃん」と初めて呼んだ日を覚えている。 それから、与一が父親の仇を討った、理穴の戦いの事も。 神楽の都に帰ってから、天国の土に植えられる種は、桜なのかもしれない。 |