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■オープニング本文 ●ファッションショー「神楽・コレクション」 最近、開拓者ギルドに張り出された依頼には、心躍らせるものが多い。 原因は多分、どこからともなく伝わった伝説。 『六月の花嫁は、幸せになれる』 美しい衣服に、楽しそうな結婚式。年頃の娘は、もちろん憧れた。 依頼書を眺めていた、とある開拓者は言い始めた。依頼を全部合わせれば、世界中の衣服が集まるのではないかと。 人づてに広まりゆく、小さな独り言。どんどん、大きな噂話に変化していく。 噂話は、神楽の都を巻きこみ始めた。なにやらファッションショーが、開催されるようだと。 気を利かせたギルド職員たちが、依頼書の片隅に一筆書き加えた。 ―――美しい装いと共に、心躍るひと時を。 ファッションショー「神楽・コレクション」開催中――― ● 神楽の都の開拓者ギルド。依頼書を覗きこむ、白虎獣人の娘がいた。 「まぁ、『ふぁっしょんしょー』ですって。なにかしら、兄上知ってる?」 「ええとね、大勢の人が綺麗な服を着て、美味しい物を食べたりする集まりらしいよ」 「そうなの? きっと、世界中の人が集まる、お祭りなのね♪」 虎娘の質問に、ギルド受付係の虎猫獣人が答える。 「巡邏の帰りに寄ろうかしら、綺麗な服なんてワクワクするわ♪」 「ダメ、絶対ダメ! 浪志組の制服で行くのは、ギルド員として絶対許さないからね!」 「なんで、巡邏についでに、見物に行ったらいけないのよ? あんなに楽しそうな依頼なのに!」 「あのね、浪志組の制服は目立つの! 会場のお客さん達が警戒して、楽しめなかったら、どう責任取るつもり!?」 「邪魔しないわよ、ちょっと綺麗な衣装を見たいだけだもの!」 「じゃあ、巡邏当番休んで見に行ったら?」 「隊長の私が簡単に休める訳無いでしょう!? 兄上のバカ!」 白虎しっぽを膨らませる、白虎娘。司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、浪志組という組織に籍を置く。 浪志組は、神楽の都における治安維持を担う組織。これでも、虎娘は九番隊の隊長であった。 兄と口喧嘩し、負けて帰ってきた虎娘。浪志組の屯所で、自室に引きこもる。 食事も拒否して、部屋の片隅で膝を抱えた。ギルドで見かけた依頼を、思い出していく。 「…花嫁衣装、見たかったわ」 ある依頼は、新縁の中で模擬結婚式を挙げるもの。「門出の彩り」とうたっていたか。 結婚式は二の次で良いとして、年頃の娘としては、やっぱり花嫁衣装に興味がある。 その依頼では、天儀やジルベリア、泰国などの花嫁衣装が着られるらしい。 「…きっと、相棒の衣服も綺麗よ」 それは犬系の神威人、来風(らいか:iz0284)が出した依頼の事。 小さな羽妖精から、大きな龍まで、とにかく相棒を着飾ろうと言うもの。 そこでは、アル=カマルの婚礼衣装に似せた物まであるらしい。ふっと、虎娘に浮かぶ素朴な疑問。 「…ジルベリアや、アル=カマルって、どんな国なのかしら?」 泰国出身の虎娘。現在暮らす天儀については、多少知識がついて来た。 でも、他の国については、何も知らない。少し考え、部屋を後にする。 しばらく歩き、目的の人物を見つけた。同じ浪志組の隊士を。 「ちょっと、お聞きしたいのだけれど。アル=カマルって、砂の国なのよね? 暑いのよね?」 唐突な質問に、面食らうエルフ。クジュト・ラブア(iz0230)は、二の句が告げられない。 「天儀の夏の砂浜みたいな感じなの? ぜひ、教えてちょうだい!」 なおも、たたみかける質問に、金髪エルフは頭を抱えた。 数日後。神楽の都の開拓者ギルドに、嬉しそうな虎娘が顔を出した。 「兄上、お休みくれたの! 依頼会場、見に行って良いわよね?」 「亜祈。どうやって、休み貰ったの?」 「毎日、屯所や巡邏で、『花嫁衣装や、綺麗な衣装が見たい』って、言っただけよ。 そしたら、『しばらく休みとって、家に帰ってもいい』って、皆さんが送りだしてくれたの♪」 「…そうなんだ、良かったね」 脱力する長兄、即座に想像がついた。妹は口喧しさに、浪志組から厄介払いされたのだと。 ●花の砂糖漬け 「すみませんが、妹のワガママ…いえ、依頼を聞いてもらえませんか?」 「あのね、ファッションショー『神楽・コレクション見聞録』を作ろうと思うの! ほら、最近、世界中の衣服を扱う依頼が増えているでしょう? 出来る限り会場を回って、関係者の話を聞きたいのよ」 白虎しっぽを揺らす、虎娘。普段着の白いチャイナドレス姿で、開拓者を待っていた。 「差し入れには、鮮花餅(シィェンファビン)を作ろうと思うのよ。作るのを手伝って、数が必要なの」 鮮花餅は、泰国の点心。バラの花の砂糖漬けの餡を、パイ状の皮で包み、揚げたお菓子。 「食べるときに、花の匂いが広がるのよ。結婚式会場にピッタリだと思うわ♪」 「僕らの実家は料亭ですけど…さすがに妹の言う数は、作りきれません!」 楽観的な妹に対し、長兄は悲観的だ。料亭の跡取り息子が、嘆くほどの量らしい。 「行き先? まずは鍋蓋神社よ、それから街中の…」 「待って、亜祈。昨日と違う事、言ってない? 行き先、違うよね?」 「違わないわ、追加したんですもの。ほら、あそこの依頼書、兄上見てないの?」 指差す先には、鍋蓋神社主催のファッションショーの案内が。神社の参道は、ランウェイに早変わり。 普通の部門から始まり、三部門で服装の個性を競うようである。もちろん神社なので、婚儀も可能と至れり尽くせり。 「街中はね、まだ秘密なんですって。お友達の二人が、秘密計画があるってことだけ、教えてくれたのよ」 虎娘の言う、お友達。一人は、鶴瓶 クマユリ(iz0298)のこと。呉服屋の娘で鶴獣人。 もう一人は、銭亀 八重子(iz0299)。開拓者の冒険譚が好きな町娘。 「…妹は相手と会話を交わして仲良くなれば、すぐに友達認定してしまう癖があるんです」 おおらかな虎娘の性格を、適切にとらえる長兄。兄の苦労、妹知らず。 「とにかく、鮮花餅作りを手伝って下さい。後で、飲茶もごちそうしますから。 希望があれば、泰国の衣装もお貸しますよ。うちの家族は裁縫好きですからね、家には衣装が溢れています」 遠い目をする、新婚の長兄。白虎の新妻は、今日も刺繍に精を出している頃だろう。 「あ、もしも依頼に参加している人が居たら、そのときの裏話も聞かせてちょうだい。見聞録に楽屋裏を載せるんだから!」 裁縫好きな虎娘は、野望に燃える。私的刊行物『神楽・コレクション見聞録』に向けて。 |
■参加者一覧 / 秋霜夜(ia0979) / 神座亜紀(ib6736) / 戸隠 菫(ib9794) |
■リプレイ本文 ―――美しい装いと共に、心躍るひと時を。 ファッションショー「神楽・コレクション」開催中――― ●お料理見聞録 「へえ、鮮花餅?」 「ええ、甘いし、食べるときの匂いも素敵なのよ♪」 そんな会話をしながら、戸隠 菫(ib9794)が亜祈と共にやってきた。真っ白な虎しっぽを揺らし、花月が玄関へ。 「お帰りなさいませ、亜祈さま。お隣の方は、天儀の方ですの?」 小首を傾げる花月。菫のまとう、不思議な雰囲気。 「戸隠 菫だよ、よろしくね」 「わたくしは王 花月ですわ」 明るい菫の口調に、慌てて頭を下げる花月。泰国の衣装の下で、虎しっぽが申し訳なさそうに揺れる。 青い瞳で天上を眺め、菫は数瞬、迷う。花月に視線を戻した。 「そっ、東房国の安積寺で生まれたんだ」 「やっぱり、天儀の方でしたのね。その…わたくしの知る天儀の皆さまと、少々違う感じがしましたから」 「半分、当たりかな。両親はジルベリア人だよ」 遠慮がちに言う花月に、悪戯っぽく笑う菫。両親は天輪宗に帰依し、東房国の安積寺に移住したのだ。 天輪宗は泰国にも伝わりつつある、宗教。花月も知っている。話しの弾みかけた二人に、亜祈が声をかけた。 「二人共、続きは花餡を作りながらにしましょう」 亜祈と菫の引いて来た荷車には、砂糖漬けの花びらが入った壺が。壺を手にしつつ、亜祈は家の中に。 「あっ! 砂糖漬け、届いたんだ」 台所からは花月と留守番をしていた、神座亜紀(ib6736)が顔を出した。子供だけに、甘いものに目が無い。 「開けてみても言い?」 ワクワクしながら、亜紀は壺の蓋を取る。花びらが顔を出した。味見をして、うっとりとする。 そんな亜紀を見て、ころころ笑う花月。生家は料亭の隣町の商家、泰国の商人の父経由で取り寄せてくれた。 「おまたせ、これが鮮花餅よ」 「美味しそうだね」 壺を運び終えた亜祈が、朝作った鮮花餅を一つ持ってきた。菫の目の前で、四つに割ってみせる。 四人で山分けし、味見の時間。花餡の匂いと色を楽しみつつ、頬張る。 「作り方を教わって作るのも楽しいもの。それに亜祈さんのためならっ」 食べ終えた菫は、虹色の糸で編まれた水帝の外套を脱ぐ。金色の長い髪を一つに束ね、やる気満々。 くせのある長い黒髪を揺らし、亜紀は渋い顔。残念そうに、月の帽子が動く。 「ボクは料理出来ないから、お手伝いは無理なんだよね」 「わたくしも、お料理はできませんわ。喜多さまが、すべて作って下さいますもの」 「でも食べる方なら頑張るよ!」 「…実はわたくしも同じですの。鮮花餅、楽しみですわね」 「って、差し入れだから、食べちゃだめだよね?」 「まぁ、亜紀さまったら♪」 「あ、その花びらはこっちに置いて。それから花月さん、疲れたら遠慮なく言ってね」 「はい、気をつけますわ」 楽しそうな会話を交わす、亜紀と花月。砂糖漬けの花びらを、壺から取り出す手伝いをしながら賑やかだ。 「ただいま…生地の材料、買ってきたよ…」 玄関先で、重い物を置く音がした。小麦粉の入った袋を降ろす、疲れ切った喜多の声と共に。 「喜多さん、援軍到着ですー♪」 「ありがとうございます、本当に助かりました」 次いで、元気いっぱいの秋霜夜(ia0979)の声が聞こえる。小麦粉の入った袋を三つ、軽々と家まで運んできてくれた。 「喜多さん、荷物重かったの?」 「…はい、僕の力では一袋が限界でしたから」 玄関まで出迎えてくれた亜紀の質問に、力無く答える喜多。志体持ちの開拓者と、志体の無いギルド員の差。 「時期なんで浜茄子(はまなす)のお花、仕入れてきました。餡にはこれも使って貰えます?」 「分かりました、僕に任せて下さい」 抱えた小麦粉の袋を、台所の床に置いた霜夜。背負い籠を降ろし、喜多に見せる。 濃い桃色の花が、籠の中からお目見え。海岸の砂地で咲く、色鮮やかな花びらが出番を待っていた。 「喜多さん、またお世話になるねー」 「いえ、こちらこそ。お世話になります」 花月から水を受け取る喜多。飲み干したころを見計らい、菫が声をかける。 「勇喜君は元気?」 「元気過ぎるくらいです。今年の春から、下の妹と揃って、泰国の大学に入学したんですよ」 「そっか、学生さんになったんだね」 喜多によると、双子の弟妹は、元気に学校生活を過ごしているらしい。 「ただ鍛練学科は、戦術を学ぶところですからね。内気な弟が泣かないか心配でしたけど、妹が泣く方が多いみたいです」 「勇喜君、お兄ちゃんしてるんだ?」 「はい、訓練が厳しくて妹が泣いたら、慰めて活を入れているみたいですね」 喜多の返答に、菫は笑う。泣き虫だった少年は、頼もしい青年に成長したようだ。 「さて、皮の生地作りは任せて下さいっ」 赤い紙紐を揺らし、旗袍「孔雀」の袖を腕まくりする霜夜。泰拳士の腕の見せ所だ。 「んしょ…んしょ…」 「すごいね、鮮花餅作れるんだ?」 生地をこねる手元を、菫が興味深そうに覗きこむ。気付いた霜夜が顔を向けた。 「はい。あたしの鮮花餅は、父さま仕込みなんですよ」 生地を台の上に一つにまとめると、拳を握る霜夜。連続で、正拳を叩きこみ始めた。 「えいっ、やぁっ! …母さまは、銀髪碧眼な生粋の泰国人じゃないので。やぁっ!」 短い気合を入れながら、霜夜は正拳でこね続ける。筋骨隆々の拳士たる父、直伝の生地作りだ。 「泰国の人は、皆、ああやって作るの?」 職人芸の霜夜の作り方を楽しみながら、菫は亜祈に尋ねる。 「そうね…うちの父上も、あんな感じかしら」 料亭の若旦那も、元開拓者の泰拳士。泰拳士の調理方法は、豪快らしい。 そうこうするうちに、生地が出来上がった。霜夜が切り分けながら、菫や花月に渡していく。 「次は成形ですね」 生地を受け取った花月は、霜夜の言葉に目をパチクリ。隣の菫は、飲み込みが早い。手際良く、花餡を生地の上に乗せて行く。 「沢山作っていると、お寺の行事の支度の時の事を思い出すね」 武僧としての下積み修行や、家庭での家事修行を通して、一通りの家事の腕は一級品なのだ。 「花月、さっき丸めた花餡を包むんだよ」 「…難しいですわ」 喜多の言葉に、花月はぎこちない手つきで鮮花餅を丸くする。 「ゆっくりで良いからね」 「はい、がんばりますわ!」 二人揃って、朱赤のバラの花餡を包みこんでいく。朱赤のバラの花言葉は、愛情。 「ご夫婦で寄り添ってお仕事してる姿は憧れるなー」 霜夜は二人のやり取りに、青い瞳を和ませる。両親も、こんな風に鮮花餅を作っていたのかもしれない。 「最後はどうやるの?」 「餡を皮で包んで…そっと押さえてまあるく丸く。そうそう、上手ですよ」 亜紀も、成形に挑戦中。餅を丸める要領で頑張ってみる。 丸められた鮮花餅を亜紀から受け取った、霜夜。最後に表面にナイフで筋目を入れる。 「できたー♪」 「こっちで揚げるから、私に頂戴ね」 二人は、油の入った泰国鍋の側で陣取る亜祈に、鮮花餅を渡す。菫の目の前で、鮮花餅が揚げられていった。 「神座さん、試作品の味見お願い」 ドキドキの菫は、手作り花餡第一号の鮮花餅を手に、亜紀の側に移動する。嬉しそうに、受け取る亜紀。 「ボクが食べていいの?」 「あー、先に食べるなんてずるいです!」 二回目の生地作りに取りかかろうとして、霜夜は叫んだ。楽しいこと、食べることが大好きで、亜紀に引けを取らない。 「秋さんにも、お願いしていいかな?」 「はい、もちろんです!」 菫はもう一つ鮮花餅を手にし、霜夜に渡す。亜紀といっしょに、食事前の大合唱。 「いただきまーす!」 熱々の生地に苦戦しながら、亜紀と霜夜はかぶりついた。バラの花びらが現れる。 「オレンジ色って、面白いですね♪」 「…これ、『無邪気』って意味だっけ」 餡を覗きこみ、笑う霜夜。飲み込み、亜紀の動きが止まった。薄オレンジのバラの花言葉を呟く。 ●差し入れ見聞録 「さあ、おしゃれして出かけましょー♪」 元気な霜夜の声がした。たくさんの鮮花餅をお土産として、いくつかの包みに分けていた。 「亜祈さん達には家から服を色々持って来たから、どれを着てもらおうかな? アル=カマルのはなくて申し訳ないけど」 花月の前で、亜紀は大きな風呂敷包みをほどいた。まずは、天儀の着物を手に説明して行く。 着物「黒霧」は、薄い布地の艶やかな黒い着物。裾元の揺らぎは、霧か霞の様に軽やかに見える。 呉服「雪梅花」は、肌触りの良い上質の白絹に、赤い梅の花の刺繍を施した着物。オシャレな一枚だ。 注染「源氏車」は、一枚一枚丁寧に染められており、職人の技巧が光る一品。藍の地に水色牛車の車輪が描かれていた。 「これはジルベリアの衣服だね」 菫は両親の衣服を重ね合わせて見たのだろうか。可愛らしいおしゃれ着、エプロンドレスに懐かしげな眼差しを。 ついで、ドレス「水姫」に視線を移す。胸元には小さな蒼色の宝珠があしらわれ、生地の表面は水面のように揺れていた。 「喜多さん、あれを着たらどうです?」 スーツ「銀の盾」を指差し、霜夜は勧める。袖口や襟元が銀で飾られた、上品な漆黒の上着を。 「花月には、これが良いかしら」 ワンピース「スプリング」を手にし、虎耳を動かす亜祈。春のやわらかな雰囲気は、「花月っぽい」と笑った。 秘密の街中は、花魁道中であるらしい。上の姉が出演する亜紀が、こっそり教えてくれた。 「お姉ちゃんはスタイルがいいから、何着ても似合うもんね。ボクもスタイルよくなりたいな」 相棒の羽妖精と一緒に出演予定の姉を、羨ましがる亜紀。数年後には、自分も姉のようになれるだろうか。 「花魁衣装の方は、どうなってるかしら?」 「ちょっと聞いて来るよ、皆はここで待ってて」 花魁道中のいきさつを知る亜祈は、ちょっと心配。同じく出演予定の菫は、関係者の控室へ姿を消す。 「お友達の八重子ちゃんとクマユリちゃんに、どんな塩梅か聞いてみようかな?」 「でも、花魁道中が始まるまで、待った方が楽しいですよ」 「そっか、亜祈さん達が楽しめるといいな」 待ちぼうけの亜紀、知りたがり虫がうずうず。霜夜の言葉に、眉を寄せて考え込む。 と、重い足取りで、菫が帰ってきた。…遠い目をして。 「良く居るんだよね、自分のセンスの悪いのに気づいていなくて、ダサいの押し付ける人…」 年かさの旅泰を思い出し、菫はげんなり。全ての旅泰が、センス悪いとは思わないけれど。 「あ、差し入れの鮮花餅ある? ちょっと持って行くから、もう少し待っててくれるかな」 虚ろな眼差しで、鮮花餅のお土産を受け取る菫。相棒達の分も含め、多めに運んでいく。 「あの花餡は、何にしたの?」 「ピンクと赤のバラですね。白でも良かったかもしれませんけど」 亜紀の質問に、霜夜が答えた。白虎耳を動かし、亜祈が会話に割り込む。 「あら、白バラの花餡が残っているの? 私が持って行って良いかしら」 「どうぞ」 亜祈は残っていた鮮花餅を受け取った。嬉しそうに、関係者控室に持って行く。 再び待ちぼうけの亜紀。目を閉じ、懸命に花言葉を思い出す。 「ピンクは、『上品、愛を持つ、しとやか』でしょ。赤は『愛情、模範、貞節、情熱』だよね」 どうしても分からないものが、一つ。目を開け、霜夜に尋ねる。 「白って、何だっけ?」 「白いバラは『私はあなたにふさわしい』ですけど…この場合は『尊敬』の方でしょうね」 無理難題に挑んだ花魁に、白虎からの声援を。 ●花嫁衣装見聞録 後日、飲茶に招待された開拓者達。亜紀は黒髪を揺らしながら、霜夜と並んで先日訪問した会場の話をする。 「鍋蓋神社には、下のお姉ちゃんが友達の応援にいってたんだよ」 「ほうほう。お身内の方が、色々な依頼で参加されてたってことなのですか」 そのとき、亜紀が差し入れしたのは、帯紅色のバラの花びら入りの花餡。 「ボクもその人と知り合いだけど、師匠さんの事が好きなんだって」 紅い髪を持つ三つ編み少女は、義父兼師匠に恋しているらしい。 「ペアで結婚衣装を着るらしいけど…」 姉の友人は、短い丈のウエディングドレスを選んでいた。『師匠に選んでもらえば良かった』と愚痴ったのは、後の話。 「いつか本当に結婚出来たらいいよね♪」 思いが叶う事を願って、亜紀は、この鮮花餅を選んだ。帯紅色のバラの花言葉は、私を射止めて! 「あ、もう着替えてるよ!」 ちょっと遅れて、飲茶会場に到着した亜紀。残念そうな声を揚げる。 目の前には、ウェディングドレスを試着させてもらう、亜祈の姿が。 合同結婚式の一大事業に、三か月も携わっていた菫の発案だ。 「…とても、素敵ね」 プリンセスラインドレスから、マーメイドラインドレスに着替えても、亜祈は同じ台詞しか出ない。 「えへへ、これ、あたしも参加して案を出したんだ」 胸を張る、菫。二の腕まで隠す、純白の長手袋を亜祈にはかせる。 マーメイドラインドレスは、型紙を一から作った。特別な装飾はせず、袖や肩紐も無いのは、布地の表情を大事にしたからだろう。 亜祈の頭には大きな薔薇の刺繍が施されたベールを被せた。月と星がデザインされたティアラが留めてある。 「亜祈さんも、優雅に歩いて魅せなきゃね」 片目を閉じて、菫は笑う。ティアラの意匠も菫が提案したものらしい。 「ジルベリアの花嫁衣裳って、綺麗だね」 「後でわたくしも、着てみたいですわ」 喜多と花月が、虎猫と白虎しっぽを揺らし、亜祈の歩みを見守る。紅いチャイナドレスが、花月の花嫁衣裳だった。 「ねぇ、霜夜さんの鮮花餅、食べても良いかしら?」 周囲の感動をよそに、食べ物に興味を示す亜祈。料亭の娘らしい行動に、兄の喜多は苦笑するしかない。 「どうぞ、どうぞ。父さま仕込みの鮮花餅です。ご結婚される方々にも、お配りしたいですね♪」 霜夜が合同結婚会場に差し入れした、鮮花餅。本日皆で食べるものも、同じ花餡だ。 色鮮やかに砂浜で咲く花、浜茄子。花言葉は、幸せの誓い。 |