【殲魔】冥越の桜・二咲
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/21 22:25



■オープニング本文

●風雲の調べ
 ギルド長大伴定家の机の上に積み上げられた文は、冥越解放に向けた布石として展開された作戦についての報告書である。喜ばしいことに作戦の多くは概ね順調に進んでいるというのだが、しかし。
「アヤカシに不穏な動きあり」
 報告に訪れた職員たちが、新たな報告書を取り出し、大伴の顔をじっと見やった。
「アヤカシが、不穏でない動きを見せたことがあるかの?」
「お戯れを……これをご覧下さい。各地で我々の動きに呼応しています」
 職員が懐から取り出した懐紙を開く。
 ここからは慎重に対策を講じなければならない。これらの報告書も、数名で手分けして情報の秘匿に努め、アヤカシに悟られぬようその影を警戒していのことである。
「うむ、ならばこちらも、次の一手を打たねばなるまい。開拓者たちには密かに連絡を取るのじゃ。アヤカシに後の先を取られてはならぬ。よいか、ゆめゆめ慎重にの……」
 柔和な顔に、深くしわが刻まれた。
 それから数刻後のこと。冥越での前哨戦となる依頼が数多張り出された、神楽のギルド。
 自らの力を振るうべき場を求めて依頼を眺めていたあなたに、見知った依頼調役が接触してきた。
―――依頼をお探しであれば、どうでしょう、あちらの個室でじっくり検討なさいませんか――


●緊急事態
 神楽の都の開拓者ギルドで、切羽詰まった声がする。受付のギルド員は、渋い顔だ。
「ちょいと、冥越の風信器の様子を見にいく。ついてきてくれんか?
先日、三つ直してきたんだが、その内の二つの音が拾えないんだ」
 風信器とは、全長十六間(約30m)の巨大な機械のこと。風信術を使う為の装置。
 ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、技師並に風信器を扱えた。
 元開拓者ゆえ、魔の森の中でも風信器を修理できる、数少ない人材でもある。
「はっきり言って、大問題だぞ。風信器は、神楽の都と冥越を繋ぐ、命綱だ。
情報網の要が使えんとなると…あとはどうなるか、お前さん達も想像がつくだろう」
 ギルド員曰く、開拓者ギルド本部で、何度も風信術のテストをしたらしい。
 自然の森の中にあったものは、問題なく周囲の音を伝えてくれた。
「精霊力が乱れれば、風信術は使えん。少なくとも、あそこの森には、精霊力の存在が確認されている。
問題は、二つの風信器。おそらく、周囲の瘴気が濃くなっているんだと思う」
 一つは、老木に偽装されていたが、魔の森の中で大きく壊されていたもの。
 もう一つは、忘れ去られた山里で、桜の大樹として封印されていたもの。
「もうすぐ、冥越の精霊門が開通する。それまでに直さなきゃならん。
風信器の位置は分かっているから、今回は飛空船で向かうぞ。時間との勝負だ」
 冥越の情報網が途切れた状態では、思うように動けない。大規模の作戦開始まで、あとわずか。
 慌ただしさを増すギルドに、人妖が飛び込んできた。遅れて、息を切らす巫女の姿が。
「弥次の旦那、桔梗(ききょう)殿を連れてきたでさ!」
 桔梗は、瘴気感染の治療の心得のある、巫女。先日の風信器修理の際に、同行していた。
「巫女の娘さん、急がして悪かった。事情は、与一(よいち)から聞いてくれたな?
すまんが、もう一度、俺たちと冥越に行ってくれ。風信器の近くが、瘴気に満たされている可能性がある」
 ギルド員の言葉に、深呼吸をしながら巫女は頷く。人妖は、ギルド員の相棒だった。


「とーちゃん、こっち! この飛空船ってんだ!」
 飛空船の発着場に向かうと、一本角の修羅の子が手を振っていた。仁(じん)と言う、ギルド員の息子だ。
「お前さん達を連れてくる間に、息子に出立の準備をするよう頼んであったんだ」
 ちょっと照れながら、ギルド員は説明する。十四才になった養い子は、頼もしい開拓者に育ってくれた。
「仁、お前さんは火遁が使えたな?」
「うん、使えるけど。それがどうしたってんだ?」
「魔の森の中の風信器には、強硬手段を使う事になった。アヤカシを一掃したのち、魔の森そのものを焼き払う。
焼くのは、風信器の周囲だけだから、広くは無いがな。焼き払えば、一時的にでも、瘴気を散らすことが出来る筈だ。
現地の精霊力を保てれば、風信器は使えるようになると思う。今は開拓者が攻め入る間だけでも、動けばいいんだ」
 ギルド員の故郷は、冥越の西隣の理穴。昨年、大アヤカシを倒した理穴の魔の森は、焼き払いが勧められていた。
 過去の戦いの積み重ねが、現在の戦いに活かされつつある。
「焼き払った後、どうやって消火するの? 風信器やおいらたちが燃えたりしない?」
「…いいか、仁。全部、父さんに聞くんじゃない。自分で考えてから、聞くんだ。
俺の開拓者時代は、努力と根性で危機を乗り切ったもんだぞ。現地で頼れるのは、自分たちの力だけなんだからな!」
「ごめんなさい。おいら、分かったてんだ」
 質問する息子の肩に、両手を乗せるギルド員。往年の開拓者は、真正面から真剣に諭す。
 …丸投げしたとも言うが。そこは、あえて触れるまい。
 ふよふよと、人妖が降下してきた。おしゃべりな人妖は、巫女に話しかける。
「最後に行った風信器を、覚えているでやんすか?」
「はい、覚えていますけれど。どうしました?」
「我は一つ、不思議な事があったでさ。あの場所は、苦しくも、楽でも無かったでやんす」
「苦しくも、楽でも無い?」
 人妖の言葉に、首を傾げる巫女。はっきり言って、意味不明だ。
「最初の自然の森の所は、我は苦しかったでさ。魔の森のあの場所は、楽だったでやんす」
 言葉を選びながら、人妖は説明する。瘴気から陰陽師によって作られた人妖の、特徴と言うべきもの。
 瘴気の多い魔の森では、活発に。精霊力の多い清浄な場所は、活動が鈍るらしい。
「あの山里は、我に取って街中と同じでさ。つまり、瘴気と精霊力の調和がとれているでやんすよ」
「山里の風信器は、本来なら風信術が使えるはずなのですね?」
「そうでやんす。それが使えないのが、一番の問題だと我は思うでさ」
 巫女の表情がくもった。やっと、人妖の言いたいことを理解する。
 と、ギルド員が二人を呼んだ。飛空船の出発が迫っているらしい。
「おーい、お前さん達も、相棒と一緒に乗り込んでくれ。全速力で冥越に向かうぞ!
アヤカシは全て叩き潰して構わん。練力切れや傷の手当ては、ギルドが全面的に支援するからな」
 ギルド員の後ろに見える、大量の薬草と包帯。治癒の使える人妖と巫女の同行が、救いだ。
 ツッコムべきは、節分豆の山、山、山。…練力回復用だろうか。
 生唾を飲み込む、開拓者達。『ギルドが全面的に支援する』の意味を、ようやく悟った。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
からす(ia6525
13歳・女・弓
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●魔の森の風信器
「頑張って風信器を直したのに、通信感度が悪いなんてね」
 不思議そうに動く、長い黒髪。神座亜紀(ib6736)は、飛空船の操舵室から外を伺う。
「魔の森内のはともかく、山里のはこないだ行った時には悪くなる条件はなかったのに。一体どうなってるんだろう?」
「…一体山里の風信器に何があったんでしょうか…とにかく調べてみませんと」
 膝まで届く黒髪が、大きく揺れ振り返る。亜紀の視線の先には、海神 雪音(ib1498)がいた。
 揺れ動く、枝垂桜の簪。しゃらり、しゃらりと。
「あそこの風信器は誰かが封印した物…。尚更、使えるようにしなければな」
 宮坂 玄人(ib9942)の赤い瞳は、冥越の空を見つめる。
『乱れの原因。見つけた暁には』
「まだアヤカシだと決まった訳じゃないから殺気立つな」
 黒ずくめの禍々しい剣を携えた、上級羽妖精。十束はコウモリのような、漆黒の翼を動かす。
 殺気立つ相棒を諌める。後頭部の黒い一本角が下を向いた、玄人の瞳は空を見上げる。
 思い出すのは、失った故郷の風景。修羅たちが暮らしていた、冥越の隠里。
 『義乃』として笑っていた、幼き頃。亡くなった兄『玄人』や、再会した下の兄と過ごした日々の事。
 甲板でお茶を飲んでいた、からす(ia6525)。湯のみを桔梗に預けると、船体内部に戻るように指示する。
 飛空船に迫る、赤い翼。からすは冷静に、呪弓「流逆」の弦を引く。
 大ぶりな弓から、練力を込めた矢が放たれる。矢を警戒し、凶光鳥が回避の姿勢を取った。
 一直線に飛ぶはずの矢が、軌道を変えた。影撃の技法で捻じ曲げられた矢は、凶光鳥を射抜く。
「風信機も大事だが、船を落とされれば帰れないからな」
 淡々と赤い翼を狙った。次々と撃ち落としていく。
 一輪の薔薇の花を胸元に飾った、ロック・J・グリフィス(ib0293)。からすと共に、甲板を守る。
 魔刃を握り佇む姿に、隙は見当たら無い。漆黒の刀身の表面で、赤い線が脈動する。
「折角回復した通信手段の異常、大きな作戦も始まる前に捨て置く事は出来ないからな…」
 これでも、かつて空賊騎士と呼ばれた身。情報の大切さは、身に染みて分かっている。
 駿龍のJ・グリフィス3世号は仲間達を背に乗せ、甲板から飛び立った。目指すは風信器。
「龍よ、思う存分やるがいい」
『くぇぇ』
 ロックの声に、大きく口を開けた駿龍。火炎を吐き、空から魔の森を焼き払い始める。


(皆さん、どうしてるかな…)
 青い横髪を耳にかけながら、柚乃(ia0638)は冥越の空を見やる。以前、何度か修羅の隠れ里に赴いたことがあった。
(かの地をアヤカシより取り戻す、その為にも風信器を失わせるわけにはいかない)
 懐の中に手を伸ばせば、玉狐天の宝珠が触れる。
「いつか人々が安心して、往来出来る未来へ繋ぐ為にも…いざっ」
 ぐっと、手に力がこもる。玉狐天の宝珠を強く握りしめた。相棒を呼び出す。
 柚乃の周りをふわりと、精霊の舞衣が囲んだ。太陽の輝きを持つ舞衣の間から、お日様色の瞳が覗く。
 優雅に振られる、七本の狐しっぽ。青とも紫ともつかない淡い色合いは、柚乃の髪色に似ていた。
「あたしの出番かしら?」
「狐の早耳を」
 尋ねる伊邪那に、頷く柚乃。刹那、玉狐天の姿が煙と光に包まれる。
「右の方に、嫌な気配があるわね」
 頬杖をつきながら答える、伊邪那。不機嫌そうに振られる、狐しっぽ。
 雪音の瞳は、少しだけ細められた。僅かな変化だが、怒りをはらんでいる。
「…まずは周辺のアヤカシを殲滅させる事が先決ですね」
 甲板から飛び立つ、空龍の疾風。前回訪れたときに、周囲の地形も、アヤカシも、ある程度把握している。
 猟弓「紅蓮」を引き絞った。素早く矢を放つ。大怪鳥に向かって飛んだ。
「風信器を守らないと」
 亜紀は、力ある言葉を唱えた。相棒の駿龍、はやての身長よりも高い鉄の壁が現れる。
「アイアンウォールで囲ったら、風信器に類焼しないよ」
 はやてに火炎を吐くように、手ぶりで示しながら亜紀は答える。頼もしき鉄壁を背にして。
 その隙に雪音の相棒の疾風は、強い風を起こす。次いで鋭い咆哮を上げ、火炎を吐きだした。
 空龍の龍旋嵐刃。風の刃と炎の嵐は大怪鳥を焼き、魔の森に届かんばかりの勢いだ。
 風信器を背に、玄人は立つ。口元からもれる、陰陽師の一言。
「…来い、火炎獣」
 片眼鏡「五芒」の留め具に付いた宝珠が光った。片眼鏡に浮かび上がる、五芒星の透かし。
 玄人の正面で、瘴気が渦巻く。生まれいずる、狼のような式。
 狼は身ぶるいをした、大きく口を開ける。次いで吐き出される炎、一直線に走った。
 アヤカシを巻きこみ、瘴気をまとった木を巻きこみ、炎は走り続ける。
 式は消えた、宝珠の輝きも消えた。それでも、炎は消えない。魔の森を焼きつくさんとする。
 自分の背丈より長い、トネリコの杖を握る柚乃。伊邪那の言う方向へ、視線を向ける。
 風信器を背に守りながら、仲間たちの所在を確認。安全を確かめ、力ある言葉を放った。
 柚乃のローレライの髪飾りが光った。空に浮かぶ、巨大な火炎弾の光を返して。
「行きます!」
 問答無用で叩きこまれる、メテオストライク。伊邪那の言う、嫌な気配の原因、アヤカシの一段に向かって。
「あら、やるじゃない」
 優雅に振られる、七本の狐しっぽ。頬杖の腕を変えながら、伊邪那は褒める。
 離れた所で、亜紀の錫杖「ゴールデングローリー」が傾けられた。杖で前方を指し示すと、力ある言葉を。
 黄金色の杖の宝珠は、暖かい陽の光に似た輝きを放つ。杖の示す先、魔の森の上に出現したのは、渦巻く炎。
 エルファイヤーは、カマキリ型のアヤカシを狙う。激しい炎で、魔の森ともども包み込んだ。


●閑話休題
「消化は任せて」
 はやてに乗り込みながら、亜紀は告げる。舞い上がる駿龍の背中から、ブリザーストームの輝きが降ってきた。
「私もお手伝いをします」
 自分の背丈より長い、トネリコの杖を握る柚乃。先端が頭上を指し示す。
 亜紀と反対方向の空へ、巨大な魔法陣が描き出された。激しい風と精霊力の雨が荒れ狂い、燃え上がる魔の森を薙ぎ払う。
 風信器の外側に向かって、広がって行った炎。頭上の魔法陣から、雨が降り注ぎ消火していく。
 松明を手にしたからすは、慎重に魔の森に近づく。魔法陣から外れた方向へ。
 燃え残った木を、松明で丁寧に焼いていく作業。一片の瘴気も残さぬために。
 二つに結んだ黒い髪が、不審そうに揺れた。黒い瞳を、燃え残った一角に向ける。
「シャオ、今回は延焼してくれた方が都合がいいから、どんどんやれ」
 相棒の管狐を召喚した。ちりちりと、鈴の音を響かせ、招雷鈴(シャオレイリン)が姿を現す。
 赤い眼が瞬きした、金色の狐しっぽを動かしながら。背後で降りしきる雨と風の音がする。
 招雷鈴が乗っかる鈴の音も、激しさを増していく。高揚する精神、はしゃぎだす管狐の顔。
 からすによると、悪天候であるほど、ちりちりと鈴を鳴らす管狐。故に、この名がついたとか。
『瘴気の森ナゾ目ざわりダ。我が焼き払ッテくれる』
 大きく口を開ける、管狐。口元に集まった炎が一直線に延び、燃え残った木に向かう。
 木の側に居た、蟻の群れを焼き始めた。招雷鈴の赤い瞳は、群れから外れた蟻を捕らえる。
 睨みつけた蟻に向かって、電光が飛んだ、飯綱雷撃で焼き尽くそうと。アヤカシは見敵必殺すべし。


 ちりちり鈴をならしながら、招雷鈴は移動を始める。身に着けた飯綱前掛も、ゆらゆらと。
 飛空船に戻ったからすから離れ、燃え残った木の側に辿りついた。生き残った蟻を確認すると、狐の嫁入りを。
 招雷鈴は周りの大気から、水分を集め始めた。消火とアヤカシ退治を兼ねて、雨のように降らせる。
 相棒が離れている間、甲板に茶席を設けるからす。紅茶に緑茶、さまざまなお茶を準備した。
「豆だけだと口がパサパサするからね」
「…練力回復のためとは言え豆を食べ続けるのは少し辛いですが…そんな事言っている場合ではありませんか…」
 もそもそと咀嚼しながら、雪音も同意。疾風は豆の入った木桶に、顔ごと突っ込んでいた。
「しかし、よくこれだけ集めたものだな…」
 節分豆を食べながら、玄人は素直な感想を。練力を回復するのは大事だと心得ている。
 でも、炒った豆のパサツキ加減がなんとも、かんとも。無理やり飲みこみ、眉根を寄せる。
「こちらの方が好みだな」
 紅茶を選び、ロックは立ち上がる。今後の航路の相談をしに、弥次や仁と操舵室へ。
 瞬きを忘れた、柚乃の紫の瞳。思わず、節分豆を見つめ続けていた。
「ここまで大量に用意されているなんて…つまり」
 生唾を飲み込み、深呼吸。からすから緑茶を受け取りながら、真顔で言う。
「容赦いらず、ばばーんといけとそういうことですか。了解なのです」
 遠慮なく、玉狐天を召喚し続けられる。ツンで不言実行の相棒を。
「伊邪那、伊邪那♪」
「なんのご用かしら?」
 遠慮なく、玉狐天を召喚した。恋バナ好きな相棒を、乙女の集まりの中へ。
 おやつ感覚で豆を食べる、亜紀の姿。正直な感想を漏らす。
「節分豆が沢山あるのは有難いね」
 魔法をたくさん使う、魔術師としては。でも、甘いもの目が無いお子様としては、少々物足りない。
「瘴気が濃くなった原因…まさか」
 左手を顎にやりながら、玄人は考え込む。心当たりがあった。
「瘴気が濃くなったって聞いたから、瘴気の実の可能性も考えたが…杞憂で良かった」
 魔の森の中の風信器を眺めつつ、玄人は安堵する。頷く上級羽妖精の十束が、横に浮いていた。
「親木は始末されたらしいし、そんなの撒くより風信器壊した方が早いか。となると、山里もやっぱりアヤカシなのかな?」
 黒髪を揺らしながら、小首を傾げる亜紀。新しい節分豆を、隣のからすに取って渡した。
 ポリポリ節分豆を食べるからすの肩に、管狐が戻ってくる。がさりと渡された豆に、招雷鈴は一言。
『酒モ欲しいナ、酒モ』
 残念ながら、願いは聞き届けられなかった。


●山里の風信器
 やんちゃ盛りの仁。飛空船の甲板から、望遠鏡で山里を観察していた。
「とーちゃん、風信器の先が無いってんだ!」
「またなのか?」
 仁の声に、驚きを見せる玄人。少し前、玄人たちが修理に来た時も、先端がおり取られていたはず。
「…どうも、一筋縄ではいかんようだな」
 息子から望遠鏡を受け取った弥次は渋い顔。心配げな仁の頭を撫で、望遠鏡を返す。
「与一の言葉から推測すると、町中と同じ安定した瘴気と精霊力だった場所の瘴気が急に濃くなった…。
それはつまり、それだけ濃い瘴気を纏ったアヤカシが、その近辺を根城にでもし始めたのではないだろうか?」
 一輪の薔薇を掲げつつ、ロックは推測する。
「…風信器が破壊されているようなら、風信器を狙っているアヤカシがいる可能性もあるかと…」
 甲板から飛び立つ空龍。疾風は風信器を眼下に、上昇を始めた。
 背に乗った雪音は、弓を手にする。響き渡るのは、弾かれた弦の音。
「上に居ます」
 弦に集中していた雪音は、僅かに眉を動かす。アヤカシが近くに居る、頭上の雲海の中だ。
 からすの持つ、懐中時計「ド・マリニー」の反応は鈍い。弓に持ち替えた。
「鏡弦にひっかかるならアヤカシだろうね」
 弓を弾いたカラスは、相棒を呼び出す。雲海に隠れるアヤカシの元に向かわせた。
「シャオ、風信機は壊さんようにな。…そんなヘマはしないだろうが」
 弥次と桔梗を背後に守りながら、からすは相棒と空に声をかける。


「何かが潜んでいるのだとしたら、いきなり襲われる可能性もあるからな…偵察して置くに越した事は無かろう」
『くぇぇぇぇ』
「そうか龍よ、お前も何かを感じるか」
 グリフィス3世号が鳴いた。ロックは相棒の背中にまたがる。
 装着した風斬爪を閃かせながら、甲板から飛び立つ駿龍。流離(サスライ)の愛称の元、大空へ。
「龍よ、行き先は任せよう」
 グリフィス3世号は答える代わりに、大きく羽ばたくと、斜め上に向かう。
 隣や後ろで、雪音やからすが何か言っているようだ。鏡弦に反応があったのかもしれない。
 気合十分で、雲海に突っ込む駿龍。空は空賊の領域、ロックとグリフィス3世号の戦場。
 今は無き空賊団の先代船長より、ロックが譲り受けた龍。その心も、空賊気質を受け継いでいた。
 甲板に
 赤い翼に接近する、漆黒の翼。凶光鳥へ、十束は迫る。十束の左目の片眼鏡が、冷たい光を放った。
『二度と、貴様らが邪魔をしないようにしてくれる…!』
 デモンズソードを振りかざす、十束。禍々しさを宿した刃は、赤い翼を切り裂く。
 玄人の後ろに向かって、墜落して行く赤い鳥。抜き身の剣を構えつつ、十束は玄人の前に立つ。
(あの時に誓った。玄人殿を好敵手としてではなく、主として共にいる事を)
 一つに束ねた銀の髪が、風になびく。思い出されるのは、先日の修理のときの玄人の表情だった。


 飛空船は、山里に着陸する。雪音と疾風も、周囲を守りながら降下してきた。
 風信器をすり抜け、雪音の矢は飛ぶ。凶光鳥の額に突き刺さった。
「…こんな時に何ですが、私もやっと月涙を習得しました…」
 次の矢をつがえながら、雪音は言葉を放つ。往年の開拓者、弥次に向けて。
「…弓術師として高みを目指すのであれば、まだ修練が必要ですけど…少しは近づく事ができたでしょうか…?」
「何に近づくんだ?」
 雪音に投げかけられる、低い弥次の声。
「俺はお前さんの思うような、出来た人間じゃない。好き勝手に生きてきただけだ。
昔は殺された仲間の仇を討つために、開拓者を続けた。今は緑の森を取り戻すために、ギルド員を続けている」
 現役を退いた弓術師は、自嘲気味に笑う。雪音の表情は動かない。
「…そうですか…」
 黙って、深紅に塗られた弓の弦を引いた。深紅の宝珠が、強く輝く。
 生きる力を攻撃力に変える弓から、再び弓が放たれた。一瞬炎をまといながら、矢は飛ぶ。
 雪音の相棒の疾風が、凶光鳥に威嚇の火炎を吐き続けていた。炎の中に矢が飛びこむ。
 薄緑色の気を纏って飛び続ける矢。あらゆる干渉を無視し、障害をすり抜け、目標まで貫通する矢。
 赤い、赤い凶光鳥のくちばしを貫く。次いで翼に、数本の矢が刺さった。
「…出し惜しみはしません、全力で行きます…」
 耐えきれず、瘴気に還る凶光鳥。もう雪音の矢は、次のアヤカシに向いていた。
 生きる力を攻撃力に変える、深紅の弓。深紅の宝珠が、再び強く輝く。
 宝珠の光を反射する、雪音の瞳。サムライの父にも、陰陽師の母にも、才能が似なかった志体持ちの子。
 手さぐりで探し求めた、自分の可能性。今を生きる弓術師の視線は、ひたむきに前を見続けていた。


 魔刃「エア」とベイル「ホーリーガード」を構えるロック。雲海を眼下に、赤い翼のアヤカシと睨みあう。
 鋭い咆哮をあげ、凶光鳥は速度を上げた。金色の鉤爪が、ロックを狙う。
「龍よ、あれは無駄な努力だと思わぬか?」
『くぇぇぇぇ』
 鋭く咆哮する、駿龍。力強く羽ばたき、ロックを敵の元へ誘う。
 空賊騎士は、白い盾を掲げた。何かが前方に広がりゆく気配。
 迫るアヤカシ、グリフィス3世号と交錯する。瞬間、振り下ろした凶光鳥の金色の鉤爪が、見えぬ何かに阻まれた。
 騎士の技法、スィエーヴィル・シルト。展開されたオーラの盾は、アヤカシの攻撃を受け流す。
 思わぬ展開に、凶光鳥は体制を崩しながら羽ばたく。ロックの赤い瞳は、隙を逃さない。
 漆黒の刀身の表面で、赤い線が脈動する。切っ先まで満ちゆく、精霊力。
「悪いが、この周りでうろちょろしていて貰っては困るのでな…早々にご退場願おうか」
 駿龍は大きく羽ばたく。魔刃を伸ばすロックを、赤い翼近くへ導いた。
 金色の鉤爪は、攻撃を受けとめようとする。が、魔刃の触れる部位が、白い塩になって崩れ始めた。
 グリフィス3世号は、前進する。ロックを乗せ、前へ。
 金色の鉤爪は、全て真っ白になった。赤い翼も、どんどんと白い翼に変わっていく。
『くぇぇぇぇ』
 駿龍は鋭く咆哮する。力強く羽ばたき、凶光鳥の後ろへ翔けぬけた。
 ロックの背で、風が起こる。風は後方の白い塩の塊を巻きあげ、空の彼方へ連れ去った。


 折られた風信器の先端。飛空船で吊りあげながら修理し、ようやく再稼働可能となる。
 柚乃は修理作業を終えた弥次の側にやってきた。ギルド員に質問をぶつける。
「遥か昔より存在する里ならば、其処が龍脈上にある可能性もありますが…。瘴気が地下から吹き出したとかは…?」
「…この里は龍脈と言うより、アヤカシ共が捕食のための餌場として放置していたという感じだな」
 柚乃と弥次の視線の先で、人妖の与一がふよふよ浮いている。地面近くに降下してきた。
「地面からの瘴気の増加は、感じないでやんすよ?」
 元気にもならず、へたりもしない人妖。以前と同じ、街中の感覚だと。
 柚乃は眉を潜め、懐中時計「ド・マリニー」を取り出した。時計には、精霊の力と瘴気の流れを計測する力がある。
「他に…瘴気も精霊力も消失したら…やっぱり風信器は使用できなかったりするのでしょうか?」
「分からん。そんな事例は聞いたことがない」
 柚乃の質問に、腕組みをする弥次。柚乃の時計は、山里に精霊力と瘴気の存在を示している。
「どのようにして、調和が維持されていたのでしょう。何かモノ? 力?」
 柚乃のローレライの髪飾りが光った。周りで薄緑色に輝く燐光が舞い散る。
 歌うは、時の蜃気楼。精霊が見てきた、山里の記憶を探る。
 まずは、前回修理した時間。それから、修理から現在までの時間。もっと昔…。
 繰り返されるのは、風信器の先端が凶光鳥に折り取られ、壊される場面。
「桜の木の影響…かもしれません」
 柚乃の疑問に、遠慮がちに答える桔梗。桜の木として風信器が封印される際に、大量の精霊力が使われたのかもしれないと。
 つまり、精霊力の塊が里の中心にあることで、周囲の魔の森から流れ込む瘴気と、調和を保っていたと推測された。
「調査結果を纏めてみた、今後同じ症状で風信術が使えなくなるかもしれないからな」
「おっ、すまんな、ものすごく助かるぞ!」
 ギルドへの報告書を差し出す、からす。弥次は、明るい声を上げた。
「そう言えば、お前さんの弓、理穴弓か?」
「そうだが、なにか?」
「いや、ちょいと懐かしいだけだ」
 からすの背中の弓を気にする弥次。クールに答えるからすに、理穴出身のギルド員は眼を細める。
 呪弓「流逆」。理穴東部の魔の森から逃れて都に移住した、「時紺斎」の手による一張りだ。
「よし、これで通信できるはずだ」
 弥次の声に、耳をすませる。空気を震わせ伝わってくるザワメキ、神楽の都の喧騒。
「今度こそ本当の本当に完璧だね!」
 仁の手を取り、飛びはねる亜紀。二人して、大喜びだ。
「これで、いよいよ攻め込む準備は万端だね♪」
 亜紀の言葉に、誰もが頷いた。玄人は風信器を見上げる、十束に向かって呟きながら。
「…もうすぐ、冥越の桜の季節は過ぎるな」
 次は夏がやってくる。新緑の茂る、緑の季節が近づきつつあった。