鍛練学科、交流!温泉合宿
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/25 14:36



■オープニング本文

●泰大学の鍛練学科
 「国家武拳士」と言う者がいる。アヤカシに対抗する、泰国の兵士たち。
 国家武拳士になる為には、国家武拳士試験を突破しなくてはならない。
 試験突破を目指す者は、泰大学の「鍛練学科」に入学してくる。
 ここは、泰拳士の技を極めるための学科。いわば、士官学校的な意味合いを持つ、兵士訓練所だった。
 泰大学に入学すると、学部ごとに寮生活となる。鍛練学科の寮は「鍛練寮」と呼ばれた。
 鍛練寮の一つを任された新任講師は、関 漢寿(せき かんじゅ)。半分、天儀の血が混じっているらしい。
 泰拳士としては、脂の乗った三十五歳。口元に生やした、ハの字型のちょびひげが特徴の先生である。
 今年の鍛練学科の入学者には、双子の開拓者が含まれていた。猫族(にゃん)と呼ばれる、泰国の獣人。
 虎猫泰拳士の猫娘。伽羅(きゃら)は、将来の国家武拳士を、真剣に目指している。
 白虎吟遊詩人の虎少年。勇喜(ゆうき)は、双子の妹に懇願され、押し切られる形だったが。


●内気な子虎とおてんば子猫
 ある日、双子はちょびひげ先生に質問をする。
「がう。先生、質問です。お水の嫌いな相棒と一緒に戦うの、どうやったらいいです?」
「にゃ。兄上の猫又、お水嫌いです。お魚一緒に捕まえたいのに、できないのです」
「おやおや、難しい質問ですね。勇喜君、伽羅君、どうして魚が必要なのですか?」
「がう、もうすぐ『母の日』なのです。勇喜、天儀にいるとき、お友だちが教えてくれたのです♪」
「にゃ、『母の日』、母上にありがとう言う日らしいのです。伽羅、お友だちから聞いたのです!」
 目をキラキラさせる双子。世の中には、『母の日』なるものがあるときいた。
「母上、贈り物あげるのです。お魚大好きなのです!」
 声を揃える双子達、基本的に猫族は魚が好き。白虎獣人の母親も、例外ではない。
「それはそれは、良いことですね。でもどうして、猫又君も一緒に連れて行きたいのですか?」
「がるる…藤(ふじ)しゃん、猫又の母上居ないです。勇喜の母上、藤しゃんの母上です」
「にゃ。藤しゃん、後から家に来たから、伽羅たちの妹なのです。兄上の猫又だけど、妹なのです」
「なるほどなるほど、猫又君は『藤君』と言う名前ですか。勇喜君と伽羅君にとって、大事な家族なのですね」
「がう!」
「にゃ!」
 揃って、しっぽを振りまわす双子。ちょびひげ先生は、ひげをさすりつつ思案する。
「そうですよねそうですよね…、猫又君は水が嫌いですよね」
「がう。藤しゃん、お風呂好きだけど、海入るの嫌いです」
「にゃ。藤しゃん、お風呂好きだけど、川入るの嫌いです」
「おやおや、温泉好きな猫又君ですか。どこかに魚の住む、温かい水があれば一番いいですね」
「がるる…温泉の海です? 温泉の川です?」
「にゃ!? 勇喜しゃん、勇喜しゃん、温泉の川です!」
「がう♪ 伽羅しゃん、伽羅しゃん、温泉の川です!」
 双子は以心伝心らしい。双子にしか分からない、不思議な会話をする。
「先生、温泉行くです! 温泉川行くのです♪」
 ちょびひげ先生を見やり、声を揃える双子。白虎しっぽと虎猫しっぽが、嬉しそうに踊った。


●子猫又配達便
 神楽の都にある、開拓者ギルド。双子たちの長兄は、受付のギルド員である。
「僕の猫又を、理穴の温泉郷まで運んでください。そこで、僕の母と弟妹が待っていますので」
「なんや、温泉で魚捕まえるんやって。うち、めっちゃ楽しみやねん♪」
「ええと、温泉郷には『温泉川』と言うものがあるんです。『龍も入れる温泉』の触れ込みで」
 舞い踊る、三毛猫しっぽ。虎猫ギルド員の腕の中で、子猫又がはしゃいでいた。
「温泉郷の方々には、特別な滞在許可を頂きました。泰国にある学校から、研修合宿をさせて貰うんです。
僕の実家は料亭でして、母が合宿中の調理を担当する形で、同行します」
「あんな、勇喜はんと伽羅はん、鍛練学科に入学しとるねん。すごいやろ、すごいやろ!」
「すみません。藤にとって、僕の弟妹は、兄貴分と姉貴分にあたるもので」
 双子を自慢する、子猫又。飼い主のギルド員は、苦笑しつつ子猫又の頭をなでる。
「観光がてらに、僕の依頼を受けてくれませんか? 相棒と一緒に温泉川へ入るのも、楽しいと思いますよ。
温泉郷は桜が満開だと聞きました。山の中腹の露天風呂は、絶景だそうです」
「うちは温泉より、魚がええ!」
「はいはい、ヤマメとか、イワナとか居るみたいだからね。でも、獲り過ぎたらダメだよ?
温泉郷の人が困るからね、母上に上げる分だけにするんだよ」
「分かったで。せやけど、焼き魚が美味しそうやな♪」
「あー、あそこは温泉茹でが名物だから、鍋にしても美味しいかもね。
それに、蒸籠を使えば、温泉蒸しもできるはずだよ。点心作って、飲茶も良いんじゃないかな」
 食べ物に思いをはせる、子猫又とギルド員。温泉川に入るには、水着必須と開拓者に伝え忘れていた。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
煌 麗華(ib6482
15歳・女・巫
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182
17歳・女・騎
リズレット(ic0804
16歳・女・砲
花漣(ic1216
16歳・女・吟


■リプレイ本文

●それぞれの事情
 泰国の鍛練寮から、出発する一行。
「温泉に行くのはミーは初めてなのデス。とっても楽しみなのデスよ♪」
 花冠を頭に載せ、花漣(ic1216)は、はしゃぐ。今回の季節の花には、鈴蘭を選んだ。
「わ〜い、温泉だ、温泉! 超楽しみ〜♪」
 桃色の瞳を輝かせる、アムルタート(ib6632)。
「たくさん遊べるかな? かな!?」
 つま先立ちになると、くるくる回転。喜びの舞だ。パッと回転を止め、相棒の上級獅鷲鳥を見やる。
「イウサールも、連れてくよ! 温泉川で一緒に遊ぶの!」
 白銀の髪をなびかせ、相棒に駆け寄った。翼に頬ををうずめながら、話しかける。
「程よく温かいのかな〜? 楽しみだな〜!」
 賛同するように、甲高く鳴くイウサール。龍が入れる温泉なら、獅鷲鳥も入れるはず。


 預かった子猫又を抱き上げた、天河 ふしぎ(ia1037)。愛用の滑空艇・改弐式の星海竜騎兵に乗り込む。
「しっかり掴まってて、空の旅は空賊にお任せなんだからなっ…リズ、行くよ!」
 駿龍のスヴェイルの隣に佇む猫獣人、リズレット(ic0804)に声をかける。
「ふしぎ様と春の行楽に温泉旅行…、いえ、依頼でしたね…っ!」
 色白肌の頬を、桃色に染めるリズレット。猫耳の先っぽまで、桃色になりそうだ。
(ふ、ふしぎ様と一緒だと思うと、舞い上がってしまいます…っ)
 そっと胸元に置く左手。何度か深呼吸を繰り返す。
 子猫又を抱えたまま、器用に頬を掻くふしぎ。ここは、男としてビシッと決めないと。
「リズ、魚が好物だって聞いたから、一緒に行けたら喜んでくれるかなって思って…もっ、もちろん仕事もちゃんとこなすんだからなっ!」
「せや、猫は魚好きなんやで♪」
 恋人たちの雰囲気をぶち壊す、子猫又の声。
「猫又様ったら。お料理道具や着替えも、スヴェイルにお願いして運んで貰いますね」
 左手を口元にやり、リズレットはころころ笑う。きっと、楽しい旅行になるはずだ。
 恋人たちの恋路を遠くから見守る、金狐の獣人。煌 麗華(ib6482)の表情は、によによ。
(がんばれ〜)
 先の黒い狐耳がピコピコ動いた。心の中で、声援を送る。


 到着した温泉郷では、型の稽古に励む、先生と伽羅の姿が。
「フゥーム、懐かしきかなこの空気…ッテか?」
 鋭く観察する、黒い瞳。梢・飛鈴(ia0034)は、胸を強調するように腕組みする。
「アタシも昔はこんな所で修行したもんだガ…機会があれば別の鍛錬の風景も見てみたいもんダ」
 飛鈴は泰国南部、山林地帯出身の泰拳士。漂泊を生き方とする山人の末裔である。
 鍛練に興味を示す飛鈴を横目に、水鏡 絵梨乃(ia0191)は背伸びをした。
「ボクはあれこれ温泉を堪能させてもらおうかな。知り合いも多いみたいだから楽しみだ」
 目の前で羽ばたく輝鷹、花月の鳴き声も賑やかである。

●お魚捕物帳
「さて、そいじゃ温泉に入る前にちーっと揉んでやロカイ。だれでもいいから鍛錬したいなら相手になっちゃるゼ」
「にゃ!」
 飛鈴の声に、伽羅の虎猫しっぽが反応した。河原に陣取り、対戦開始。
「武器だろうが術だろうが自由に使わせるが、こっちは素手、スキル無しダ」
 警戒する伽羅の目の前で、深い藍色の篭手、アーマードヒットを外す飛鈴。
 隙を逃さず、虎猫耳は突っ込んだ。見守る先生の視線は渋い。
 深い藍色の篭手は、唐突に空を舞う。見物人の麗華の目の前へ。慌てて伸ばした腕の中に着地した。
 飛鈴の身体は、篭手と反対方向に飛んでいる。そのまま、温泉川の中へ。
「ふむ、ますます修行時代を思い出すもんダ」
 独りごちる。軽やかに伽羅の突きを避けた。
「うにゃ!」
 最大限ふくれる、虎猫しっぽ。川の流れを気にせず、一直線に立ち向かう。
「こーいう足場の悪いところは、足腰とバランス鍛えるのにちょうどいいからナ」
 川の流れに逆らわず、佇むのは飛鈴。足技で戦う戦法を主とするが故か。
 攻撃をことごとく受け流し、足元の水しぶきは最小限だ。蹴りあげる伽羅の足元は、大波が立つ。
「……手加減はするけど遠慮はしないけどナ」
 そろそろ頃合いか。突き出された伽羅の腕をつかむと、勢いを殺さず反転し、足払いを。
 飛鈴は容赦なし。温泉川に投げ飛ばされる伽羅、虎猫しっぽが宙に舞う。
 イウサールとのんびりしていたアルムタートの前方で、盛大に水柱が上がった。
「温泉は暴れちゃいけないの! 私、知ってる!!」
 目の前の相手に、きちんと注意するアルムタート。ずぶぬれの伽羅は、泣きだした。
 囁きのリボンをなびかせ、獅鷲鳥が割って入る。イウサールは、主をじっと見つめた。
「…伽羅たちの魚とるんでしょ? 手伝うよ〜!」
 アルムタートは凄まじく高い直感で、相棒の言いたいことを悟る。明るく笑うと、泣きじゃくる伽羅の頭を撫でた。


 ふしぎは、風読のゴーグルをはずした。風のキャスケットと並べて、荷物の隣に置く。
 大空への夢と希望と浪漫は、しばらくお休み。今は、恋人と一緒に温泉郷を満喫することに心が傾いていた。
「リズ、準備出来た?」
 隣の山小屋へ、外から声をかける。扉の内側に、人の気配がした。
「ふしぎ様になら、その、べ、別に、か、構わないのですが…っ、人目もあるので…」
 内側からは、戸惑うようなリズレットの声。なかなか扉を開けてくれない。
「ヤマメとかイワナがいっぱい居るみたいだよ、僕、リズの為に沢山取っちゃうから!」
 美少女にしか見えなくとも、ふしぎは夢見がちな冒険少年。はやる気持ちは抑えられない。勢いよく、扉を開けた。
 生じた風が、リズレットの銀の髪を広がらせる。ジルベリア地方領主の父譲りの色。
 黒のレースで彩られた水着「モノトーン・プリンセス」が、良く似合っていた。
 ふしぎは笑顔で手を繋ぐと、リズレットを外に連れ出す。
「その、これは、で、デート…ですよね…?」
 小さな声。桃に染まる、リズレットの頬。水着のスリットから覗く足は、一歩を踏み出せない。
「えっ? 何か言…」
 小さな声が聞き取れず、振り返ったふしぎ。そのまま、硬直した。他の子達の格好に。
「ほぼ女ばっかりダシ、深く気にする必要もあんメエ」
「わたいのは、きんだんのすくーるみずぎというやつだな」
 赤いビキニの飛鈴、豊満な胸元を見せつける。隣で偉そうなのは、上級人妖の狐鈴(フーリン)だ。
「ふしぎ、花月も連れて来てくれたか?」
 更に後ろの絵梨乃が、ふしぎに問い掛けた。相棒は、雄輝鷹なのだ。
 ふしぎは頷くのみ。硬直した主な原因に、ろくな返事もできない。
 絵梨乃の姿と言えば、一糸まとわぬ状態。かろうじてタオルが前の大事な部分を隠しているのみ。
「み、み、水着は!?」
 顔を反らしながら、ようやく叫んだふしぎ。山小屋で着替える間、勇喜から温泉郷について色々教えてもらった。
「水着? ギルドで聞いてません」
 麗華は冷静に受け答えする。ふしぎはしどろもどろ、温泉川について説明する。
「あら、温泉川は混浴だったんだな。んー、水着って貸してもらえるのかな?」
 さすがに山小屋に引っ込む、絵梨乃。若女将の口利きで、温泉郷の湯あみ着を借してもらえることになった。


「ミーは藤を手伝い魚獲りをするのデス」
 釣りざおを興味深そうにみつめる、花漣。からくりの指先は、釣り糸に触れてみる。
「これをどうやって使うのデスか?」
 魚釣りは、初めて。勇喜に、竿の持ち方から教えてもらう事に。
「駄目元で小鳥の囀りを歌ってみるのデス。魚がよってくるかもしれないデス」
「がう♪」
 花漣は釣糸を垂れる練習をしながら、思い付きを。白虎しっぽを揺らし、勇喜も大賛成だ。
 三毛猫しっぽを揺らし、魚釣りを待っていた藤。釣り糸を垂らす前に、釣り針に餌を付ける作業がある。
 リズレットは、おっかなびっくり。ジルベリア地方領主の父と、猫系神威人の母を持つ、お嬢様の手つきは危うい。
「あ、ふしぎ様っ! そちらに…っ! きゃっ!!?」
「ごっ、ごめん」
 教えようとしたふしぎと、リズレットの頭がごっつんこ。慌てた二人は、更にべったんこ。
「何しとるん?」
「えーと…川、怖くないよ」
「リゼも頑張って捕まえてみようと、四苦八苦しております」
 真っ赤になった二人。子猫又の質問に、明後日の答えを返す。デートしているだけとは、言えなかった。


 お昼ごはんは、釣れたて新鮮の川魚。河原で焼いて、丸かじり。麗華は、ご機嫌だ。
「美味しいですねぇ〜♪」
 双子に話しかけると、しっぽを揺らしながら返事してくれた。食べたら、料理中の母の所へ持って行くらしい。
 双子の笑顔を見ると、麗華も嬉しい。母の日の手伝い優先して、魚獲りをした甲斐がある。
「食べますか?」
 焼き魚の身をほぐし、藤にお裾分け。それから、狐鈴にもすすめる。
「やきざかな? ばっかおめー、さかないったらスシーだろー」
 妖の符を掲げ、断固主張する人妖。狐鈴は、藤に啖呵を着る。
「すめしをもて、すめしを」
「すめしって、なんや?」
 見上げる子猫又は、素朴な質問を。
「おめー、ほんとうにばっかだな。しゃりのことだぜ、しゃり」
 無類の寿司好き狐鈴。異国出身の子猫又に、天儀の知識を教え込んでいく。
「ちょいと魚取りでもしてみるか」
 お腹がすいた絵梨乃、雪水川に足を伸ばす。相棒の輝鷹が、魚を狙っていた。鉤爪を開くと、一気に降下。
 足元が水に浸かったと思うと、すぐに羽ばたく。しっかりと一尾のヤマメを捕まえていた。
「おー、やるもんだな」
 純粋に称賛を送る絵梨乃。絵梨乃が作った芋羊羹が大好きな花月は、気にも留めず魚を丸飲みしていたが。
 賑やかな中で、ただ一人、花漣の表情が浮かない。気にした先生が声かけをする。
「関先生、ミーの母親はミー達兄妹を作った人という事になるのデスかね?」
 花漣は神座家に仕える、からくり三兄妹の末っ子。黒髪を揺らし、先生の方を向く。
「ミーはその人の事を覚えていないデスが、一体どういう気持ちでミー達を作ったのか聞いてみたい気はあるデス」
 訪れる、寂しくて、哀しい気持ち。昔に亡くなったはずで、気持ちを知る術はもうないけれど。
「でもミーにはマスターという『父親』がいるのデス」
 羽織った、羽衣「九十九綴」が揺れた。純白の布は、陽の光に輝く。
「それはとても嬉しい事なのデス♪」
 花漣は、満面の笑顔を浮かべていた。


●温泉郷は鍛練場
 露天風呂に入ろうとした麗華の足元を、藤が駆け抜ける。狐しっぽにじゃれながら。
「ひゃあっ、尻尾ぉっ!?」
「うちとお揃いや!」
 二本しっぽの子猫又は嬉しがる。麗華は思わず二尾の狐しっぽを足の間から前に回して、抱え込んだ。
「ひゃ〜…お粗末なものをお見せして申し訳ありません」
 興奮した藤に、種明かしをする。先の白い大きなもふもふ狐しっぽに、同じような狐しっぽをつけるのが麗華流なのだ。
 麗華は片手に、憧れの極辛純米酒入りのお盆を。もう片手には、温泉を楽しみたい子猫又入りの桶を。
「こういうのも悪くないですねぇ〜♪」
 お盆と桶を湯船に浮かべながら、麗華は笑う。世の中には知識として知っていても、実際に知らない物が多い。
「アタシの青春…ずっと修行してた記憶しかないナ…」
 軽めの酒を持ちこんでいた、飛鈴。麗華にすすめられるまま、天儀酒を飲んでしまった。
「別に後悔はないけど、ちょっと考えるものがあるかもしらんナァ」
 頬を赤くし、口まで湯船の中に沈める。ぶくぶくと、言葉にならない泡が登った。
 絵梨乃の頬も、ほんのり桜色。山桜をのんびり楽しんでいた。
 なにか思う事があったのか、急に立ち上がる絵梨乃。リズレットを渾名で呼ぶ。
「リズ、背中流す!」
 世界一の酔拳使いを目指す絵梨乃。酒を飲んでも、泥酔はしない。ほろ酔い加減にはなるが。
「温泉に来たら、お約束みたいなものだ!」
 湯船からあがり、びっくりするリズレットの方へ移動を。ほんのり桜色の頬のまま、背中を洗い始める。
「あらあらあらあらあら…」
 麗華は両手で顔を覆ってしまった。指の間からリズレットの身体にふにふに悪戯する絵梨乃をバッチリと目撃する。
 温泉にハプニングは付き物。背中を洗っている最中の出来事も、お約束と言う事で。


 温泉が終われば、あとは戦場へ出向くまで。
 水辺服を着た麗華は、温泉川の下流に陣取る。海人の着る衣装が、やる気を感じさせる。
 更に下流には、網を引っ張る相棒、甲龍の緋鞠茜(フェイジュチェン)の姿が。
「フェイ、いきますよ。しっかり押さえていてくださいね。それっ」
 麗華は川の真ん中の岩に、力の歪みを仕掛ける。水中に衝撃を発生させた。…思った以上の効果だった。
 温泉川の上流で、ゆったりと温泉に浸かる甲龍。能天気なろっくは、くつろいでいた。
 下流で響く壮絶な声に、ゆっくりと視線を向けてみる。ずぶぬれになった一行が見えた。
「ろっく、カモンなのデス!」
 主の花漣の声に、のっそり立ち上がる甲龍。あまり深く物事を考えないが、さすがに事態を察した。
 アルムタートと伽羅は、作業中。川下で石を並べながら、ダムを作っていた。
「イウサール、体大きいからね! 追い込み漁とか出来るんじゃない?」
 頃合いを見て、イウサールが動きだす。水しぶきを上げながら、川下りを。
 ダムに逃げ込む、魚の群れ。待ってましたと、アルムタートが最後の石を置いた。
「石で蓋しちゃえば生簀(いけす)の完成。とりほうだ〜い!」
「にゃ♪」
 拍手する、伽羅。ちなみに本日、アルムタートから習ったことは、ノリと勢いである。
 いよいよ、甲龍達の出番がやってきた。河原から主達が声を張り上げる。
「ろっく、龍蹴りを決めるデス!」
「フェイ〜いいですよ〜」
 ずぶぬれの前髪をオールバックにし、花漣は命じる。
 麗華はずぶぬれの狐しっぽを抱え、川の真ん中の岩を指差した。
 世の中には、岩を殴り、その振動で水の中の魚を気絶させ、獲る方法があるらしい。
 花漣と麗華が口を揃えて言うのだから、間違い無い。
 大きく飛び上がる、ろっく。岩のように固い甲龍の後ろ脚が、川の中の岩を蹴り飛ばした。
 美しい緋色の鎧を纏う甲龍も、空へ。頭骨が太陽の光を浴びる。体当たり時に利用する兜兼武器が。
 緋鞠茜は頭を下にして、急降下してきた。主人に害成す岩に、容赦なく頭突きを喰らわせる。
 甲龍二体の攻撃に、砕け散る岩、広がりゆく衝撃。次いで、浮かび上がる魚の姿。
 勝ち誇った花漣と麗華の声が、温泉川にこだました。


「ちょっとした実験試してみるか?」
 神布「武林」を拳に巻きながら、絵梨乃は花月に話しかける。鳥の羽の御守りを揺らし、花月は首をかしげた。
 水面に小さな波紋が広がる。絵梨乃のつま先から起こった波紋。
 つま先は数歩、水面を蹴って歩く。軽やかな絵梨乃の足首には、光でできた翼が生えていた。
 歩く速度は速さを増し、次第に駆けだす。大きく跳躍すると、華麗な泰拳を。
「いやいや…峻裏武玄江から絶破昇竜脚の繋ぎ、見事ですね」
 水面での演武に、先先も感心しきり。伽羅は真ん丸な瞳で魅せられていた。
「私達も、遊びにいこ! 踊るから、音楽やって!」
「ミーに任せるデス♪」
 華麗な演武は、アムルタートのダンス魂に火をつけた。花漣を誘う、ノリノリの返事。
「秦風だよ〜♪」
 羽織った服を脱ぎ捨てた、アムルタート。水着「豊饒」を見せながら、片目を閉じる。
「それと体拭いたり、かぶったりするタオル多めにもってきたよ!」
「がう?」
「備えあれば憂いなしってやつだよ! これ学校で覚えたんだよ、凄いでしょ!」
「にゃ!」
 背筋を反らし、胸を張るアムルタート。しっぽを振りながら、双子たちは後を追う。
「…露天風呂で一杯引っ掛けるのもありかナ。軽めの酒を持ち込んで、飲みながら浸かるとしよカ」
 飛鈴は狐のしっぽの汚れを気にする麗華に、誘いをかけた。飲み直しに出かけるつもりらしい。
「ふっふっふっ…ボクを置いてこうだなんて、そうは問屋がおろさないぞ!」
「うちも温泉行く!」
 絵梨乃が後ろから二人を捕まえる。藤も飛びつき、てんやわんや。
 ふしぎは、恋人に声をかける。温泉郷の外れを指差しながら。
「リズ、ちょっと、星海竜騎兵の整備に行ってくるよ」
 温泉郷の外れには、大紋旗を掲げた滑空艇が停泊中。料理を作って貰う間、そこで待つつもりらしい。
「行ってらっしゃいませ」
 ふしぎの姿が見えなくなるまで、手をふっていたリズレット。猫耳がピンと立った。
「ふしぎ様に、美味しい料理を振舞うのです…っ」
 川魚料理は、リズレットの最も得意とするところ。ぐっと拳を握りこむ。
 後ろの方で、透き通るような銀色の鱗が揺れた。リズレットの事を、娘のように思っている駿龍。
 スヴェイルが応援の咆哮をあげる。マグネットリングをはめた指が、リズレットと同じように握られていた。


 世間知らずな麗華。温泉郷の人から習ったリズレットの握り寿司を頬張る。
「美味しいですねぇ〜♪」
 新鮮なネタとシャリは、口の中で絶妙な絡み合いをみせた。ガリなる、生姜も甘酸っぱくて食感が面白かった。
「このネタ、新鮮で上手いナ」
「おい、しゃりは、ぜってーむささきにつけてたべんじゃねーぞ」
 無類の寿司好き狐鈴、こだわりは半端無い。飛鈴に握り寿司の食べ方と、専門用語を教え込もうとする。
「お味はどうでしょうか…? 美味しく出来ていればいいのですけど…」
「リズ、ほら、あーん…」
「あ、あーん…っ」
 心配そうなリズレットに、行動で返すふしぎ。モグモグごっくん。
「…あ、あの…ふしぎ様も…」
 リズレットの手から、ふしぎの口に料理が運ばれる。あーんには、あーんでお返し。
「りっ、リズの料理美味しいね」
 軽く頬を掻きながら、ふしぎは笑う。リズレットは、柔らかくほほ笑み返した。


 月が昇る頃、ふしぎは隣の山小屋を訪問した。
「リズ、散歩に行こう。夜は夜で、また違った景色が素敵だよね」
 星明りを頼りに、ふしぎとリズレットは二人で歩きだす。少し肌寒いが、繋いだ手は温かい。
「フェイ、わたくしたちも夜風に当たりましょう」
 ふしぎたちが出かけたのを確認すると、麗華は緋鞠茜の背中に。一足先に、河原へ送って貰う。
 河原に着くと、懐から横笛を取り出した。川の流れに乗せ、笛の調べが広がっていく。
「…折角だから、ちょっと座ろうか」
 どれぐらい歩いただろうか。ふしぎは河原を指差す。リズレットは頷くと、言われるまま隣へ。
 水の流れる音だけが、二人を取り巻いていた。小さな星明りを写した水面を、黙って眺める。
 いつの間にか、川の流れに乗って、横笛が聞えてきた。心穏やかな音色。
「あっ、笛の音」
「まぁ、素敵な笛の音…」
 ふしぎから、独り言が飛び出た。左手を胸に当て、聞き惚れるリズレット。
 ロマンチックな音色に心動かされるまま、ふしぎの両手はリズを抱き寄せていた。緑と銀の視線が、見つめ合う。
 静かに閉じられる、銀の瞳。星明りを写す水面で、二つの影は重なっていった。