【殲魔】冥越の桜・一咲
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/19 19:38



■オープニング本文

 子供には、三人の親が居た。「仁」の意味を問う。
 産みの親は言った、「慈しみ」だと。
 名づけの親は言った、「情け」だと。
 育ての親は言った、「思いやり」だと。


●記憶
 桜の舞い散る季節。二本の角を持つ修羅の巫女は、幼子の手を引いていた。
 一本角の幼子は、桜の木を見上げる。母の大好きな花だと、子供心に知っていたから。
 優しく賭けられる声に、幼子は視線を前に戻す。遠巻きに眺めるのは、一本角の修羅のシノビの動き。
 巫女は、シノビに向かって声を張り上げる。表情を明るくしたシノビは、早駆で巫女に寄ってきた。
 幼子は上に向かって、両手を伸ばす。小さな体は軽々と宙を舞い、シノビの腕の中へ。
 巫女はシノビに、握り飯を渡す。代わりに、シノビは幼子に愛刀を預けた。漆黒の刃を持つ、忍刀を。


●約束
「とーちゃん、おいらに受けさせたい依頼って、何ってんだ?」
 泰国の学校に留学中だった、修羅少年。仁(じん)は、神楽の都に呼び戻されていた。
 一本角を揺らし、首を傾げる。若葉色の瞳が、不思議そうに受付のギルド員を見ていた。
「その前に、お前さんに確かめておきたいことがある。俺との約束を覚えているか? 男と男の約束を」
 ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、声を低くした。じっと、息子を見つめる。
「覚えてるってんだ」
 修羅少年は、姿勢を正した。口元を引き締め、真剣な眼差しで父を見返す。
「おいらが大きくなったとき。立派な開拓者になって、仲間と魔の森に乗り込めるようになったとき、冥越に帰る。
それで、緑の森の中に、父ちゃんと母ちゃんと里のおっちゃんたちの墓を立てるってんだ!」
 修羅少年の冥越の故郷は、十一才の時、アヤカシに寄って滅ぶ。生き残ったのは、ただ一人だけ。
 シノビの父が、火に包まれた里から逃がしてくれた。巫女の母が、最後の力で少年を蘇生させてくれた。
「よし。いいか、仁。お前さんはもう立派な開拓者だ、父さんが認める」
 ギルド員の朝焼け色の瞳は、満足そうだった。口元を動かし、次の言葉を紡ぐ。
「今から冥越に行ってこい。お前さんの故郷を、アヤカシから取り戻す第一歩だ」
 少年の黄色い髪が動く、修羅の母譲りの髪の色。修羅の父譲りの一本角と若葉色の瞳が、驚きを帯びた。


●風信器
「依頼の目標は、通信網の確立だ。今回は冥越に行って、現地に残された風信器を見つけ、復活させる」
 風信器とは、全長十六間(約30m)の巨大な機械のこと。風信術を使う為の装置。
 ギルド員によると、冥越の風信器は大部分が破壊されたらしい。もちろん、アヤカシに寄って。
 それでも、一部は破壊を免れた。生き残った人々は偽装と封印を施し、風信器を隠したと。
「どのような技法で、何に偽装されているかは、全く分からん。最後の通信で、偽装し封印すると報告があっただけだ。
封印を施した本人たちは、冥越で行方不明になったまま。…おそらく、脱出に失敗したんだろう」
 魔の森に飲まれた、冥越。同じようなことが、各地で起こったに違いない。
「すまんが、この子も連れて行ってくれ。息子は冥越出身なんだ。シノビの忍眼も使えるから、役に立てるだろう」
 ギルド員は、修羅少年に視線を向ける。養父を見上げた養い子は、素朴な質問をした。
「とーちゃん、おいら達が風信器を見つけた後、誰が修理するの?」
「修理も開拓者と相棒の仕事だろう? 俺の開拓者時代は、与一と一緒に風信器を組み立てていたぞ」
「旦那と我は、魔の森からの避難を手伝っている内に、自然と覚えたでさ。風信器も、引っ越し対象だったでやんす」
 昔を語り合う、元開拓者の弓術師とその相棒。聞いていた開拓者達の顔が、引きつって行く。
「…とーちゃん。おいら、風信器なんて直せないってんだ」
 楽天家の修羅少年だったが、さすがに俯き加減になる。
「何、できないだと? 開拓者なのにか!?」
 ピリッとした雰囲気をまとう、ギルド員。傍で聞いていた別のギルド員が慌てた。
「先輩、普通の開拓者は直せませんよ。僕の弟妹も開拓者ですけど、出来ませんから!
第一、ここのギルド内部でも、技師じゃないのに複雑な故障を直せるのは、先輩ぐらいです!」
 昔取った杵柄。元開拓者のギルド員が、特殊な経歴の持ち主であるらしい。


 …即刻、依頼内容が変更となった。
「お前さん達は風信器を見つけてくれ。壊れていれば、俺と与一で直す。時間があれば、周囲の地形の把握も頼むぞ。
少しぐらいの故障なら、時間もかからんし、簡単なんだが。大きく破壊されていれば、放棄した方がいいかもな…」
「破壊されたやつは、とーちゃんにも直せないの?」
「代わりの機材があれば、直せる可能性はあるぞ。ただ、機材はかさ張る上、現地まで運ばにゃならん。
修理も時間がかかるし、必ず直せる保証もない。はっきり言って、危険な博打だ」
「風信器があれば冥越でも手堅く動けるって、とーちゃん言ったってんだ!」
「仁坊ちゃん、アヤカシにみつかると厄介でやんす。奇襲を受けたら、皆が危ないでさ」
「なんせ魔の森の中だ、アヤカシが強くなる。瘴気感染に供え、心得のある巫女も同行しれくれるが、治療の限界もあるからな。
情報網も大事だが、俺はお前さん達の命が一番大切だ。…ギルドとしては、風信器の数は欲しいがな」
 垣間見える葛藤。開拓者としての経験と、ギルド員の役職としての狭間。
「安全をとるか、風信器をとるかは、お前さん達の判断に任せる。冥越に入れば、頼れるのは自分たちの力だけだ」
 理穴経由で現地へ行くにしても、片道一週間。往復となると、二週間は見積もった方がいいだろう。
 練力切れや瘴気感染治療に関しては、ギルドが薬などを用意してくれるので、心配はいらないという。
 でも食糧や水は、現地調達できない。風信器の修理部品も、どう運ぶかも問題だ。
「それから、連れて行く相棒も、よく考えてくれ。与一は見ての通り人妖だから、瘴気の中でも平気で活動できる。
…まぁ、俺にとっちゃ、相棒は大切な家族だ。お前さん達の相棒の中にも、冥越が故郷のヤツもいるだろう?」
 はぐらかすような、ギルド員の声。悩み顔の開拓者の隣で、修羅少年は眼を閉じる。
(父ちゃん、母ちゃん、待ってって。おいら、もうすぐ帰るから)
 冥越は、実母の好きだった桜が舞い散る季節。実父の形見の忍刀を、左手で握りしめた。


■参加者一覧
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
真名(ib1222
17歳・女・陰
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●心模様
 天儀の北にある、冥越。春の訪れは遅いと言う。


 上級迅鷹の蓬莱鷹を肩に乗せ、意気込む、ルンルン・パムポップン(ib0234)。
 残無の忍装束が、華麗にはためく。暗闇に解ける、夜の色を宿して。
「仁くん、一緒にがんばっちゃいましょう! 蓬莱鷹ちゃんとルンルン忍法を駆使して、隠されている風信器を探しちゃいます!」
「忍法? 姉ちゃんも。シノビなの?」
「ニンジャです!」
 仁の質問に、ルンルンは即座に否定。ニンジャに熱烈な憧れを抱くシノビは、熱血に説明してくれた。
 ルンルンによると、真紅の迅鷹の蓬莱鷹は『忍鳥』なる相棒らしい。港の縁日の出店で買った、ニンジャ伝説三体の魔物の一つ。
「情報伝達の手段を確保しておくのは大事な事だもの、こういう作業はニンジャにお任せなのです!」
 ルンルンの言葉に、大きく翼を広げる蓬莱鷹。首元の緑の宝珠、魔宝石「オルロフの瞳」がキラリンと輝く。
 普段も頼りになる相棒なのだが。ニンジャと合体する事で、真の力を発揮する、すばらしい忍鳥である。
「いよいよ冥越に攻め込む、これは第一歩だね。それに仁君にとっては故郷を取り戻す戦いだもんね」
 錫杖「ゴールデングローリー」の先が、地面をたたいた。黄金色の杖の宝珠は、暖かい陽の光に似た輝きを放つ。
 神座亜紀(ib6736)は真っ直ぐ前を見つめた。隣では、戦闘態勢を整えたからくりの雪那がやる気になっている。
 アヤカシ殲滅は神座家の悲願。三姉妹の末っ子が、姉たちの背中から、ずっと学んできたこと。
 後ろの方で、茶色い目が瞬きした。海神 雪音(ib1498)の視線は、修羅の子の一本角を追う。
「冥越…仁の故郷ですか…」
 黒猫耳が伏せられた。劉 星晶(ib3478)の青い瞳は、じっと魔の森を見つめている。
「…仁君の故郷。そして天儀で生きる人々の、長い長い戦いの始まりとなった地…でしたか」
 星晶は、猫族と呼ばれる泰国の獣人。泰国には殆ど、魔の森が存在しない。
 天儀に渡ってきて、魔の森を痛感した。アヤカシを生み出し、強くする、魔の森を。
「あれ程押されていたのに…とうとう此処までやって来ましたか。
子供の頃、『死なない限り負けじゃない』って言われたのを思い出します」
 泰拳袍「九紋竜」の裾が、衣擦れを起こした。背中の九匹の龍の刺繍は、闘争心を携え天を目指す。
「生きていれば、また来れる。取り戻すのは、まだまだこれからですが…」
 幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失った、星晶の言葉は深い。軽く、仁の肩を叩いた。
「帰ってこれて良かったですね、仁君。さあ、お仕事頑張りましょうか。翔星も手伝ってくれていますからね」
「うん。おいら、やるってんだ!」
 荷鞍「泰山」を背中に装着した上級鷲獅鳥は、会話する二人に視線を落とす。
 荷物運びは専門じゃないが、どんと来い!と言う視線で。
「今すぐには無理でも理穴の時の様にいつか魔の森を退かせましょう…今回はその為の一歩ですね…」
 一つに束ねた髪を揺らし、雪音も振り返る。相棒の空龍、疾風はゆっくりと歩んでいた。
 背中には、宿泊道具や食料、風信器の資材等を載せている。翔星と並んで、今回の運搬係主力だ。
「お友達だもん、ボクも微力ながら協力するよ!」
『某も、お手伝い致します』
 膝まで届く、長い黒髪が揺れる。亜紀はとびきりの笑顔を浮かべ、仁を見る。雪那も頭を垂れた。
「皆、ありがとう。おいら、嬉しいってんだ!」
 照れ隠しに鼻をこすりながら、仁は笑い返した。同行する巫女、桔梗(ききょう)がほほえましく見守っている。
 真名(ib1222)は懐から、宝珠を探った。相棒の玉狐天を召喚する。次いで、桔梗の方に向いた。
 陰陽外套「図南ノ翼」がひるがえる。夜明けを思わす黒い生地の中で、紅い鳥が飛び立とうとしていた。
「真名よ。こっちは紅印、よろしくね」
 不思議な色合いの黒髪を揺らし、真名はほほ笑む。桔梗は挨拶を返した。
 一人離れた所に居るのは、宮坂 玄人(ib9942)。魔の森は歩みを止まらせる。
「俺にとっても、ここは始まりの故郷だ」
 玄人の枝垂桜の簪が揺れる。しゃらり、しゃらりと。
 冥越の隠里がアヤカシに襲われたとき、『義乃』は、あまりにも幼すぎた。
「どんなに変わってしまっても…」
 あの日の記憶、あの日の言葉。亡くなった兄の『玄人』の事が、強烈に胸を焦がす。
『玄人殿、私達の役目は…』
 羽妖精の十束が、静かに玄人の視界に入ってきた。相棒を見やり、玄人は軽く頭を振る。
「忘れてなんかいない。懐かしむのは全部終わってからだ。…そう、全部終わってから…な」
 玄人は刀と弓を握りしめる。開拓者になる際、不退転の覚悟として本名を捨てたのだから。


「現在分かっている冥越の地図、写させて貰いました」
 ルンルンは懐から地図を広げる。昔、冥越から逃げてきた人から聞き取りしたものも、書き加えていた。
「風信器、人だから分かる目印が何か残されてないかな? 紋章とか」
 ルンルンの言葉に、考え込む一同。
「形からして森の木に偽装してるのかな? 木を隠すには森の中って言うし」
 冥越の地図を見ながら、亜紀は小首を傾げる。事前に、風信器の在りかを調べてきた。
「もし術をかけられてるなら、それだけでも調査対象に出来るし」
 桔梗を見上げ、術視「弐」を願う。
「支柱が必要な時は、一応森だし、現地の木を使う方が効率的かな?」
「何とも言えん。冥越は魔の森だらけだろう?」
 亜紀の見解に、弥次は微妙な顔をする。冥越は未知の世界。
「自然の森も、いくらかはあったぞ」
 玄人が口を挟んだ。後頭部にある黒い一本角は、修羅の証。
 頭で枝垂桜の簪が揺れる。しゃらり、しゃらりと。
『大丈夫か? 慣れぬ職業で戸惑っているはず』
 十束は左目の片眼鏡を押し上げる。冥越へ来る直前、玄人は志士から陰陽師へ転職した。
 片眼鏡に映る、枝垂桜の簪。しゃらり、しゃらりと。
 十束は考える。どの本に書いてあったか、枝垂桜の花言葉は「永遠の愛」だと。
「平気だ、行ける。故郷に何があるのか…この目で見る為にも!」
 玄人の枝垂桜の簪が揺れる。しゃらり、しゃらりと。
 十束は思い出せない。趣味で読んだ、どの本に書いてあったか。枝垂桜の花言葉は「ごまかし」だと。
(…私が支えてやらねば!)
 決意する十束の頭の上で、ティアラ「フェアリーナイト」が風に揺れる。妖精の騎士が被ったという冠が。

●大樹の風信器
 僅かに残った自然の木々の中で、それは待っていた。天まで枝を伸ばす、大樹として。


 紅印は、きらめく光に姿を変え、真名に巻き付いた。数瞬後、銀色の狐耳としっぽを持った狐獣人の姿に。
「木を隠すなら森の中とも言うし…偽装は木や岩、洞窟の中なんて怪しいわよね」
 突発的な行動が多い、真名。洞窟の中へ、桔梗と共に挑んだ。
 その甲斐あって、奥底に不思議な岩を見つける。封印された風信器の一部かもしれない。
 ぱさりと動く、銀狐しっぽ。ぺたりと伏せられる、銀狐耳。狐獣人化した真名の素朴な疑問。
「これ、持って行けるかしら?」
 桔梗の術視に寄って、何かの術が施されたものとは判明した。問題は、その大きさ。
 試しに二人がかりで引っ張って見るが、びくともしない。桔梗は、肩を落とす。
「…厳しいです」
「じゃあ、諦めて次に行きましょう」
 あっさりとした物言いに、思わず隣を見やる桔梗。真名は狐しっぽを揺らした。
「ここにあるってことは、近くに関係する何かがあるはずよ。それを探しに行くの」
 真名は外套を広げ、キョトンとする桔梗の肩にかける。朱雀寮卒業生は笑った。
「もしもに供えて、これがあるし。あなたが一緒だもの」
 陰陽外套「図南ノ翼」は、五行にある陰陽寮、朱雀寮生によって開発された呪術武器。
 僅かではあるが、瘴気感染などから身を守ることが出来るらしい。
「さあ、行きましょう」
 外套がひるがえる。夜明けを思わす黒い生地の中で、紅い鳥の紋様が飛び立とうとしていた。


 疾風の背中から、仁と雪音は大地を見渡す。どこまでも続く魔の森だが、小高くなっている所もあった。
「…この辺りの地形は覚えましたね…記録しましょう」
 地面に降り立った雪音は、仁に地図の製作を頼んだ。でも、仁の様子がおかしい。腹減ったと。
「…あまり量はありませんが…疲労が溜まってきたときには、有効ですよ」
「ありがとう、姉ちゃん!」
 察した雪音、飴玉を取り出す。仁の掌に、いくつか乗せてやった。
「食事は、しっかり用意しました? おやつは三百文までですよ?」
 ルンルンは、仁へ確認。しょんぼりする、修羅の子。すぐに予算を越えたらしい。
「ボクのチョコレート半分あげるよ」
「じゃあ、この飴は半分子。おいらの月餅は全部あげるってんだ」
 亜紀と仁はおやつタイムへ。さりげなく、亜紀のおやつが増やされる。
「男の子は、ああじゃないといけないですよ。優しさが必要です♪」
 雪音の後方から、楽しげなルンルンの声がした。緑の瞳をキラキラさせ、子供達を見やる。
 ニンジャは、夢見がちな性格。いつか白馬に乗った王子様が向かえに来てくれると、言い切きれるほどに。
 無言のままの雪音。見守る茶色い瞳は、慈愛をたたえていた。


 疾風が再び空へ舞った。与一に指示され、雪那が翔星の背中に資材を乗せている。
 雪音は、猟弓「紅蓮」を手にする。深紅に塗られた弓の弦をはじいた。深紅の宝珠が強く輝く。
「…鏡弦に反応はありません」
 極力戦闘は避けたい。それは全員一致した答え。
「見つかって良かったね」
 封印されていた風信器の前で、亜紀はため息を漏らす。桔梗の術視が役にたった。
『旦那、封印の影響でやんすかね?』
 人妖の与一は、元気が無い。少しだけ精霊力を強く感じるらしい。
「雪那は弥次さんを手伝って、修理してね」
 精霊力があると言えど、周辺警戒は怠らない。亜紀は周辺にムスタシュイルをかけていく。
「アンタも食べるか」
 ときおり人魂を放っては、周囲を見張る玄人。キャンディボックスから出した飴玉を、退屈そうな十束に渡す。
 と、ルンルンが、斥候から戻ってきた。ジルベリア貴族の青年のような外見の十束が近づく。
『貴殿の好みにあうだろうか? 腹が減ったら、戦はできないぞ』
 ルンルンの手のひらに、飴玉が一つ乗せられる。じっと見つめる、十束の瞳を感じた。
「ありがとう♪」
 ルンルンは明るく笑うと、口の中に入れる。張り詰めた空気の中で、ほっとする甘さが全身にしみわたった。


 風信器の頂上で、黒髪が風にそよぐ。黒猫耳を動かしながら、周囲の地形を探る星晶。
 不意に、翔星が鳴いた。「邪魔はさせんぞ、木っ端ども!」と言うように。
 風をまとって空を翔ける、亜麻色の毛並。翼を大きく広げ、アヤカシの群れへ一直線に向かう。
「敵襲ですね」
 星晶、風信器の頂上で構えた。速攻を仕掛ける大怪鳥を、神出鬼没の行動力で待ちうける。
 巨大なクチバシが迫った瞬間、足は風信器から離れた。伸びあがる、黒猫の背中。
 泰拳袍「九紋竜」の裾が衣擦れを。背中の九匹の龍の刺繍は、闘争心を携え天を目指す。
 星晶の全身から立ち昇る黒い気。大怪鳥の腹へつま先が触れた瞬間、黒い気はそのまま吸い込まれる。
 軽やかに宙返りし、風信器に着地した時、大怪鳥は瘴気に還っていた。


●大破された風信器
 いびつな木々が立ち並ぶ魔の森。押し倒された老木は、ただ待っていた。


 ぴこぴこ辺りを探る、黒猫耳。周辺に異常が無いか探りつつ、移動する。
 油断できない。風信器があるはずの場所は、すでに魔の森におおわれていた。
「支柱が十六間(約30m)との事なので、分割しても一つ一つが相当大きい気がします」
 星晶は倒れた大きな物体を見つけては、忍眼を発動さえてゆく。仁も星晶と同じことをしていた。
「兄ちゃん、これ見て!」
 仁は星晶に声をかける、一本の朽ちた木を指差した。魔の森のいびつさを纏わない、不思議な木を。
「これは…」
 忍眼を使った星晶の声音が下がる。最悪の予感がした。


 超越聴覚を使える者が複数いると、なかなか面白いことが出来る。
「ニンジャイヤーに感あり、なんだからっ…ここはやり過ごしちゃいましょう!」
 斥候に出ていたルンルン。軽く言葉を発する。
「…近くに、アヤカシが居るようです」
 風信器を登っていた星晶が聞き取り、周りに伝える。ピリリとした緊張感、開拓者は戦闘態勢をとった。
「あっちにアヤカシが居るって、ニンジャの姉ちゃんが言ってるってんだ」
 同じころ。少し離れた所では、仁が真名に告げていた。
「ちょっと見てくるわ。待ってて」
 急速に薄れる、真名の気配。そのまま、偵察に出かけて行った。
 一人の言葉を、複数の場所で同時に得る。情報網の基本の使い方とも言えた。
「…行きます」
 雪音は深紅に塗られた弓の弦を引いた。深紅の宝珠が強く輝く。
 弓から離れた刹那、炎をまとう矢。先即封で先制しながら、火兎を狙う。
 鹿ほどもある、大きな茶色い兎。たまらず跳躍した。
 空に居た疾風が、火兎を見つけ降下してくる。物資の守りに専念中。
 鳥の羽の御守りを激しく揺らし、鋭い咆哮をあげた。集う風の精霊力、そのままクロウを振るう。
 斬られた火兎は姿勢を崩し、落下してきた。雪音は隙を見逃さない。
 再び、弓を引き絞る。黒いもやを纏った矢は、火兎を霧散させた。
 風信器を前に、大蟷螂(かまきり)が鎌を振りかざす。玄人の握る八又剣に変化が現れた、瞬時に行きわたる白い筋。
 鎌の付け根を狙い、振り下ろされる刃。篭手払で先手を打った。
 よろめく大蟷螂に、下から十束が迫る。羽妖精の身長を生かし、急上昇を仕掛けた。
『貴様は強いのか?』
 一瞬光が宿る、二本の剣。大蟷螂の腹から胸にかけ、太刀筋を付ける。
 大蟷螂の頭上に抜けると、急降下を。広がる銀髪、十束は冷たい笑みを宿す。
『俺の剣と勝負だ』
 青い右目は大蟷螂の頭に、剣が食い込むのを見た。
『…成敗』
 次の瞬間、赤い左目はアヤカシが霧散するのを見届ける。静かに剣を閉まった。


 唐突に、真名の声が聞えた。先行偵察から戻ってきたのだ。
「蟻の群れが、こちらに来ているわ」
 ナハトミラージュを使う元陰陽師のジプシーは、別の敵の存在を告げる。
 前方を見やる亜紀。小さな蟻の群れが見える。これもアヤカシ。
「雪那、行ける?」
『背後はお任せを』
 ギロチンシザースを構え、からくりは走る。鋭い白銀の刃を携え、亜紀の後方へ。
 力ある言葉を放った。黄金色の杖の宝珠は、暖かい陽の光に似た輝きを放つ。
 杖の先端を蟻の群れに向けた。勝利と栄光を導くといわれる杖から、吹雪が巻き起こる。
 広がる白は、一気に蟻の数を減らした。それでも、盲目的に行進してくる蟻たち。
「紅印、攻撃できる?」
 真名は相棒の名を呼ぶ、解かれる同化。玉狐天の三本のしっぽが、姿を現す。
 紅印の胸元で、前掛「陰陽狐」が揺れ動いた。天地陰陽と狐狸精の力を表す防具。
『はい、マスター』
 紅に揺らめく霊気。紅印は長い銀のしっぽを揺らし、蟻の群れを見下ろす。むき出しの敵意。
 身震いするように、しっぽを大きく振った。ほとばしる炎、大きく揺らめく紅。
 九本の炎は、地面を駆け巡る。四方八方に散ると、蟻を焼き尽くした。


 三角跳びを駆使し、魔の森の中を駆けるルンルン。深紅の迅鷹が、追随する。
 道なき道を踏破し、歩きやすい場所を探していた。今後の事も考えて、多くの人が進みやすい道を。
 行く手には、数本の木々が倒れていた。一本の木の幹に足をかけると、高く高く跳躍する。
「ニンジャ合体です、蓬莱鷹ちゃん!」
 残無の忍装束が、華麗にはためく。暗闇に解ける、夜の色を宿して。
 首元の宝珠を輝かせながら、迅鷹はきらめく光に変わる。ルンルンの背中から、光でできた翼が生えた。
 金の髪をなびかせ、しばらく滑空する。緑の瞳に映るは、広がる魔の森だけ。
 今は答えられない事を知りつつ、相棒に尋ねる。
「蓬莱鷹ちゃん、あの場所は、なんだと思いますか?」
 空飛ぶ相棒の背から見つけた雪音と星晶は、揃って口にした。遠くに円形の土地があると。
 ルンルン達が最終的に目指す場所は、魔の森を抜けた先にある。


●最後の風信器
 不意に開ける土地、忘れ去られた山里。中心には、一本の立派な桜が立っていた。


 修理された風信器を見上げる仁に、玄人は語りかける。
 十束の眼前で、枝垂桜の簪が揺れた。しゃらり、しゃらりと。
「俺の故郷にも桜が咲いていた。案外、桜が咲くくらい土壌は良かったのかもな」
 てっぺんの機材が折り取られ、壊された風信器。残された土台は、桜の大木として封印されていた。
 封印した者は、何を願って桜にしていたのだろう。推し量るしかない。
「…この風信器が、故郷を救う架け橋になる事を願う」
「おいらも!」
 玄人の心からの言葉に、仁は大きく頷く。羽妖精は静かに、二人を見守っていた。
 亜紀の黒い瞳が輝いた。手元の杖を放りだし、仁の手を取る。
「これで一歩前進だよ! よかったね♪」
「うん!」
 輪になって飛びはねる二人。風信器の根元で、笑い声が響く。
 地面に倒れた亜紀の杖を拾いあげ、弥次は苦笑い。雪那は無邪気な主の杖を受け取る。
「いくつになっても、子供は子供か」
『そのようです』
 ほほ笑み返す、からくり。腕の中で、黄金色の杖の宝珠は、暖かい陽の光に似た輝きを放つ。
 弥次の隣にやってきて、星晶が声をかける。猫族秘伝の糠秋刀魚を差し出した。
「帰りの夜営も、交代で見張りながらですね」
「おお、今度は俺も参加するぞ」
 焼き秋刀魚を食べながら、弥次は答える。聞きつけた仁が父を見た。
「おいらたちに任せて、休めばいいってんだ」
「お、良いのか?」
「うん。とーちゃんは、歳ってんだ!」
「歳だと!?」
 芋幹縄で味噌汁を作っていた雪音。思わず口元を押さえた。そのまま、肩を震わせる。
 親子の会話を、黙って聞いていたのだが。笑いすぎて、涙がにじんできた。
「…弥次さんは無理しない程度に…桔梗さんも見張りをせず、練力回復に努めてもらいましょう」
 目元をぬぐいながら、提案する雪音。疾風はビックリしつつ、主を眺める。そして隣の翔星に、激しく鳴いた。
 どうも、動揺しているようだ。普段は表情の変化が乏しい主を心配して。
 なだめるように翔星は鳴き声をあげる。空龍と鷲獅鳥のやり取りを見上げた、真名の素朴な疑問。
「…お父さんのお歳は、いくつなのかしら?」
「ギルドで、四十路とお聞きしましたけれど」
「ああ、初老なのね。それなら、無茶はさせられないわ」
 真名と桔梗の悪意のない会話。銀狐しっぽをゆらし、紅印が会話に参加する。
『ちゃんと休んで貰わないと。お年寄りは大事にするものだと、前にマスターから教わりましたよ』
 控え目で礼儀正しい男の子は、素直な玉狐天だ。聞こえてきた三人の声に、呆然とする弥次。
「言われちゃいましたね」
 哀愁漂う、弥次の背中。ルンルンが明るく声をかける。
「これでも飲んで、元気出して下さい!」
 できあがった味噌汁を片手に、温かい笑顔を浮かべていた。