鍛練学科、憧れ!寮生活
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/21 19:42



■オープニング本文

●泰大学の鍛練学科
 春王朝歴、一五三三年。天儀歴に換算して、一〇一三年。
 泰国で国家転覆を狙った事件が起こる。後に【泰動】と名づけられし出来事。
 国家転覆事件は、開拓者たちの力を借りて、なんとか解決と相成る。
 いたく感銘された「春華王」は、開拓者達に恩返しをしたいと願った。画期的な恩返しを思いつく。
 泰国に置いて最高位に位置する、「泰大学」への入学を許可されたのだ。


 「国家武拳士」と言う者がいる。アヤカシに対抗する、泰国の兵士たち。
 国家武拳士になる為には、国家武拳士試験を突破しなくてはならない。
 試験突破を目指す者は、泰大学の「鍛練学科」に入学してくる。
 ここは、泰拳士の技を極めるための学科。いわば、士官学校的な意味合いを持つ、兵士訓練所だった。
 軍事上層部は【泰動】のおりに、兵士たちの力不足を痛感した。このままでは、泰国を守れないと。
 悩める所に下った、春華王の決定。これを受けて、軍事上層部は大きな決断を下す。
 今年からの鍛練学科に、「泰拳士以外の職業も受け入れる」「外部からの協力も積極的に募る」と。
 入学する開拓者に期待されるのは、「依頼と学業の両立」。学生の基本である。
 泰大学に入学すると、学部ごとに寮生活となる。鍛練学科の寮は「鍛練寮」と呼ばれた。
 鍛練寮の一つを任された新任講師は、関 漢寿(せき かんじゅ)。半分、天儀の血が混じっているらしい。
 泰拳士としては、脂の乗った三十五歳。口元に生やした、ハの字型のちょびひげが特徴の先生である。
 鍛練学科の合格者の中には、三人の開拓者が含まれていた。
 地元の泰国出身の獣人、猫族双子の十三才の兄妹。
 虎猫泰拳士の猫娘。伽羅(きゃら)は、将来の国家武拳士を、真剣に目指している。
 白虎吟遊詩人の虎少年。勇喜(ゆうき)は、双子の妹の猫娘に懇願され、押し切られる形で。
 そして、天儀から留学してきたのは、一本角の修羅少年。十四才のシノビの仁(じん)。
 魔の森に閉ざされし故郷の冥越を、いつかアヤカシから取り返すための力を欲して。
 入学の動機は、どうであれ。開拓者達には、泰大学の一年生として、新しい生活が待っているのであった。


●鍛練学科のちょびひげ先生
 今日は、鍛練寮の見学日。ちょびひげ先生は、鍛練学科の見学者を前に、色々と説明をする。
「ではでは、本日の見学会は、鍛練学科の寮生活体験になります。一泊二日、寮で生活してくださいね」
 見学者は、鍛練寮に興味ある開拓者や保護者と、開拓者ギルドの職員たち。
「はいはい、寮は二階建ての建物で、一階中央の広間が食堂です。食堂のみが、寮の西と東のどちらからも繋がっていますよ。
伝統的に西の範囲が女子部屋、東の範囲が男子部屋です。玄関は、それぞれ別々ですからね。
そうそう、風呂は寮にはなく、大学生共同の大浴場が敷地内にあります。もちろん男女別々ですよ」
 外の運動場の近くを通った時、修羅少年はあるものを発見した。興奮気味に指をさす。
「とーちゃん、桜ってんだ! お花見出来るってんだ!」
「つぼみが多いな、遅咲きの梅も半分散っているぞ。花見には向かんかもな」
「えー、とーちゃんと花見酒できないの!?」
 ベテランギルド員の父の言葉に、がっかりする修羅少年。修羅族は、お酒好きな者が多い。
 話を聞いていた猫族兄妹は、揃ってしっぽを揺らす。双子達の長兄と、二番目の姉の虎娘が口を挟んだ。
「そんなにお花見したいなら、花を咲かせましょうか?」
「うちの勇喜ならできるわよ。華彩歌が使えるんですもの」
 華彩歌は、精霊力によって花を咲かせる、吟遊詩人の技法。
「ほんと? 嬉しいってんだ! 酒笊々、使い放題ってんだ♪」
 酒笊々は、シノビの技法。望まなければ酩酊状態にならなくなる、便利な技だ。
「にゃ。仁しゃんが飲みすぎたら、伽羅が千鳥足教えてあげるです♪」
 泰拳士の酔拳の一種に、千鳥足がある。酔っ払いのように、覚束無い足取りで動き回る技法。
「いやいや、聞いたことのない技ばかりですね。先生は、酔拳の千鳥足ぐらいしか分かりませんよ」
 賑やかな見学者達。ちょびひげ先生は、移動しながらあごを撫でた。


●課題で行こう
「はいはい、一日目は戦術ですよ。学科用の学舎、右端の講義室で勉強ですからね。
今日は難しいことはしません。皆さんの『座右の銘』について、書いてください」
「うにゃ…戦術なんて分からないのです」
 腰を落とした、ちょびひげ先生。動揺する猫娘と、目の高さを合わせる。
「『彼を知り己を知れば、百戦殆うからず』です。伽羅君は、この言葉を知っていますか?」
「知らないのです。先生、教えてです」
「いえいえ、自分で調べて、考えて下さい。自分の人生の糧にするんです。
個性を尊重しつつ、文武両道を目指す。先生は、そんな鍛練学科になればいいと思いますからね」
 ちょびひげ先生は多くを語らない。まだ理解できない猫娘は、難しい顔をする。
「…先生の座右の銘は『一期一会』です。すべての出会いと別れに、意味があるんですよ♪」
 人の良い笑みを浮かべると、ちょびひげ先生は立ちあがった。ついで、大きな拍手をする。
「はいはい、皆さん、二日目は実技の勉強です。外の運動場で…お花見でもしましょうか?
 勇喜君の技は面白そうですからね。お花見しながら、自己紹介をしましょう」
「がう! 勇喜、それなら自信あるです♪」
 内気な虎少年は、やけに元気になる。演奏しながら歌うなど、朝飯前。
「とーちゃん…じゃなかった、先生。攻撃する相手が欲しいってんだ!」
「いやいや、仁君の技に耐えられそうな的は、まだ準備できてないんですよ」
 お得意の打剣を見せたい、修羅少年。苦無片手に、キラキラした瞳でたずねる。
 ちょびひげ先生の表情が曇った。泰拳士以外の職業について、ほとんど知識が無いのが大きな理由。
「あら、攻撃用の的だったら、私の陰陽術で出してあげるわよ?」
 白虎しっぽを揺らす、保護者の虎娘。演武の仮想敵として、陰陽師の結界呪符「白」を使う案を。
「ではでは、皆さんの力を借りましょう。今日は、楽しい寮生活を体験して下さいね」
 自慢のひげを撫でる、ちょびひげ先生。新しい鍛練学科にとって、大いなる一歩だった。


■参加者一覧
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
クロス=H=ミスルトゥ(ic0182
17歳・女・騎
花漣(ic1216
16歳・女・吟


■リプレイ本文

●泰大学
 クロス=H=ミスルトゥ(ic0182)は、泰国ギルドで背伸びをした。
「ガッコは行った事ないけど、なんかもう先生つったらめちゃ怖で、厳しい人種しか知らないよねっ」
「ジルベリアから、荷物が届いているぞ」
「え、何? 父上から?」
 ギルド員から、衣装箱を受け取ったクロス。中に入っていた手紙を読み上げる。
「お前もジルベリア貴族の娘なれば相応の装いをせよ?
こいつは……うわーいっ! 動きにくそう! 鍛錬学科だよ、ここ!?」
 七人姉妹の末っ子は、悲鳴を上げる。ジルベリア淑女御用達、ドレスとカツラの宅配だ。
「こんなも――この様な身なりでよろしいで御座いますか? では、ごきげんよう……」
 でも、クロスは素直に身につけた。…うん、父上怖い。ガッコの先生より、きっと怖い。


「ここが大学か〜!」
 はしゃぐ、アムルタート(ib6632)。つま先立ちで、華麗にターンをする。
「なんか色々やるんでしょ? お祭りとかお祭りとか! 楽しみ〜♪」
 ふわりと広がる、白銀の髪。金の鎖で作られたティアラ「フドゥラ」が、翡翠の輝きを放つ。
 風の精霊の加護を受けた、ティアラ。自由さを象徴する、ティアラ。
 家族全員ジプシーであり、生まれてからずっと家族と一緒に放浪生活しているアムルタートに、ぴったりの飾りだった。
 後ろを行く花漣(ic1216)は、手元の花冠を見つめた。泰国でも愛される、花海棠(はなかいどう)。
「泰大学の話を聞いたマスターが、ミーにこの花と入学を勧めてくれたのデス」
 主の神座史狼を思い出す。人形の自分を『家族』と言ってくれる、優しい学者を。
「大学に入学して、沢山勉強するのデス!」
 ひょいっと頭に花冠を乗せる。常に季節の花で編んだ花冠を被るのが、花漣の特徴。
「泰にもお国の学校があるんだね、知ってる顔も居てちょっとびっくりだよ」
 隣でフェアリー・レッドキャップのつばを持ちあげながら、モユラ(ib1999)はキョロキョロ。
 前方でしっぽを揺らす双子の猫族を見つけ、くすりと笑った。
「丁度自分の勉強が行き詰まってたところだし、あたいもちょいと見学させて貰おうかしらっ」
 膝上まで伸びた、長く癖のある赤毛も揺れ動く。黒い瞳が、物珍しげに大学の建物を眺めた。
「…走ると危ないですよ」
 海神 雪音(ib1498)が注意する側から、ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)と勇喜がこけた。
 ルゥミは伽羅の手を借り、元気に起き上がる。勇喜はアルムタートと仁に引っ張られ、助け起こされた。
 見守る雪音、すでに保護者の気分。



●一日目、戦術
「まずは自己紹介かな! ほら名前知らないし、名乗るぐらいはしないと失礼って…」
 アムルタートにそう教えたのは、『アニロリ』なる人物らしい。見学者たちは、名前を言い合う。
「で、語るの? …ザユーノメイ? なにそれ?」
 アムルタートの桃色の瞳が、不思議そうに瞬く。
「ザユウノメイ、というのは信条という事デスね?」
 特徴的な話し方をする、花漣。黒い髪を揺らし、先生に尋ねる。
「はいはい、そうですよ」
「ミーの信条は『己の欲せざる事を人に施すなかれ』なのデス。自分がされて嫌な事は人にしない、という事デスね」
 花漣は、えっへんと胸をはる。学者の主が教えてくれたのだろう。
「そしてミーの目標は開拓者として力を身に着け、マスターのゴソクジョ達のお役に立ってマスターへのご恩返しをする事なのデス!」
 開拓者足る、学者の娘達。その相棒のからくり達は、花漣にとって、兄と姉に当たるらしい。
「あたいの座右の銘は『練習する』だよ!」
 青い大きな瞳を閉じると、ルゥミはにっこり。
「あたいを育ててくれたじいちゃんの口癖は『練習しなさい』で、遺言でもあるんだ!」
 ジルべリアの北の山に住む老砲術士は、大雪の日の朝に庭で雪と遊ぶ赤ん坊を見つけたという。
「じいちゃんは毎日練習してたから、すごい砲術士になれたんだって!」
 老砲術士は精一杯の愛情と、自分が生涯で身に付けた技と智慧をルゥミに与えてくれた。
「だからあたいも毎日練習してるんだ! みんなも、一緒に練習しようね!」
 ルゥミは身長よりも大きな魔槍砲「赤刃」を、皆に見せる。炎の精霊力を宿す宝珠が、きらりと光った。
「よく分かんないけどね、とりあえず今を楽しく生きるんだよ〜!
自由であることってさ、自分がないとダメなんだよ? だから自分を知らなきゃ自由じゃないの!
自分を知り、自分の信じるままに今を生きる! これ大事♪」
 新たな儀への興味から開拓者になった、アルムタートの熱弁。
「あとは踊りがあればいいな! 自由と踊りが私の全て〜なんちゃって♪」
 つま先立ちになると、くるっとターン。お気楽に笑った。


「あたい、元々は陰陽師で、学問の道に入りたいって事で陰陽寮に入ったケド。ま、あんまり上手くは行かなくってサ」
 少しだけ俯くモユラの顔。陰陽寮を知らぬ先生に、天儀の五行にある青龍寮について、軽く説明を加える。
「それでジプシーになったりもして。でも、こうして悩んでる時に、『迷うも悟るも一緒なんだ』って、言ってくれた人がいて…」
 ふっと無意識に触れるのは、龍花だった。青龍寮の寮生であることを示すための硬貨。
「最近は、勉強だってありのまま好きにやっちゃっていいんだって思うようになったよ、うん」
 モユラ…『萌楽』は、顔を上げる。秘める心根は真摯で繊細。
「そんな感じかな? 上手く言えないけどね」
 苦笑しつつも癖のある赤毛は、楽しげに動いていた。隣で優雅に一礼をする、ジルベリア淑女。
「私も騎士の家系なれば、戦術として伝え聞く所によりますと、戦いに置いて必要なのは機を図り待つ事、そして迷い無く前進する事、と申します。
前進か拮抗か、退くなどとは御座いません……気の持ち様としてはですが」
 淑女は扇子で口元を隠しつつ、恥じらう。伏せ目がちの瞳はうるんでいた。
 猫かぶり中のクロス。全身全力で主張する。誰も、何も聞かないで欲しいと。
 最後の雪音は、一言一言確かめながら言葉を紡ぐ。淡々とした口調ながら、思いを込めて。
「…私の目標は弓術師として高みを目指す事…ですね」
 雪音はサムライの父と陰陽師の母を持つ。でも、才能の面ではどちらにも似なかった。
「…そして、いずれ後進を育てるための手伝いが出来れば良いと思っています」
 色々と模索した結果、弓術士に落ち着いた。その選択に、後悔などしていない。
 耳元で、鳥の羽根を模したフェザーピアスが揺れた。雪音の心も、鳥の羽根のように軽やかに舞う。高みを目指して。


●夜の自由時間
「あーっ! あの格好あっつかったよ!」
 衣服を脱ぎ飛ばし、くつろぐクロス。花漣は、カツラの無い頭を不思議そうに見つめている。
「…どちらへ行くのですか?」
「ん〜? 夜の宿舎をお散歩〜。中庭の夜桜が綺麗だったら、ちょっと一踊りしていこうかな♪」
 気の向くまま、足の向くままのアルムタート。雪音に問い掛けられ、お気楽極楽に笑う。
「あたいも行く! 武器の手入れ終わったよ!」
「じゃあ、一緒に散歩でもする? 探検だよ! 花見だよ!」
 クロスの背中に、ルゥミが飛び付いた。
「伽羅、勇喜、仁! ミーと夜桜見物行くデスね!」
 花漣は食堂の向こう側に向かって、右手を大きく振りまわす。三人組は、大喜びだ。


 勇喜の琵琶の演奏が響く。月明かりのもと、幻想的な花が咲いた。
「すっごく綺麗だね!」
 大きな赤いリボンが、後頭部で跳ねた。雪のような白銀の髪も、上下に跳ねる。
 あどけない笑顔を見せる、ルゥミ。祖父から貰ったのは、「雪の妖精」を意味する名前。
「泰の桜って、あんまりちゃんと見たことなかったと思うし、天儀の桜とは何か違うのカナ?」
 モユラの声に、猫族双子が答える。そもそも、お花見の習慣がないらしい。天儀に行って、知った文化だと。
「おやおや、交流会ですか?」
「泰大学の知識や技も見てみたいナ、滅多にない交流の機会だもの」
「はいはい、先生の十八番ですよ」
 モユラが寮に対しての意見を述べる。ほろ酔い気分の先生は勘違い、酔拳を見せ始めた。
 赤毛を揺らし、モユラは苦笑い。これも、勉強の一つかもしれないと。
「ミーは、まだ花を咲かせる事も出来ないのデス。でも頑張って勇喜に追いつくデスよ!」
 器用に細められる、からくりの瞳。次いで、ハッと、思い出した顔をする。そして、パッと笑った。
「実はマスターのゴソクジョ達から三人に『入学おめでとう!』とメッセージを預かっているのデス♪」
 くるくる変わる、花漣の表情。開拓者三人組と知り合いと言う、主の三人の娘達の影響かもしれない。


●二日目、実技
 小鳥の囀りを歌う、花漣。花々の周りに、小鳥が集う。
「ミーには兄様と姉様がいるのデス。マスターがミー達兄妹を再会させてくれたのデス!」
 手元のホーリー・ハンドベルから、涼やかで清浄な音色が響いた。
「ミーは吟遊詩人をやっているのデス。吟遊詩人になったのは歌や楽器、音楽が好きだったからなのデスよ」
 上手く集まってくれて、からくり吟遊詩人は大満足だ。
「ひゃっほいお花見だー! もうね、ガンガン食べてドンドン踊る!」
「…勇喜と伽羅が、頑張りました」
「炒め物は、あたい達も手伝ったんだヨ」
 お気楽ジプシーのアルムタートに、点心を見せる雪音。後ろで、泰国式鍋を見せるモユラが威張っている。
 猫族双子の実家は料亭。これからの鍛練学科において、泰国料理には事欠かないようだ。
 肉まんを食べたアルムタートに、向かう所敵なし。情熱の心が燃え上がる。
「踊る! 私、踊るよ! ついでにスキル見せちゃう!」
 バラージドレス「アハマル」のスリットから、片足がお目見え。桜のイメージを携え、艶めかしく動き始める。
 軽い足運びを見せるアルムタートは、うっすらと光をまとった。プレセンティ・トラシャンテで、光のアクセントを入れる。
 腰に巻いていた、黄金に輝く鎖を手にした。一振りで、金の鞭を展開する。
 不規則な鞭は、数枚の花弁を巻きこみながら、空へ。金と桜色の陽光を散らし踊っていた。


 美しさの中には、厳しさもある。猟弓「紅蓮」を引き絞る、雪音。
「…響鳴弓は、矢に『音』を封じ込める術と言えば分かりますか?」
 放った矢から、女性の声のような甲高い音が響き、白い壁に刺さる。
「…他にも弓術師には、アヤカシ索敵用の鏡弦を始めとした様々なスキルがあります。
…伽羅、先即封を経験してみますか? …出来れば先即封を潜り抜けて、私に攻撃を仕掛けてみて下さい」
 虎猫しっぽをふりふり、伽羅は立ち上がる。獲物を狙う、猫の眼差しで。
 雪音は、先即封での早撃ちを見せた。熟練の弓術師だからこそ可能な早業。
 負けじと、伽羅は雪音に迫る。猟弓に手を伸ばそうとした瞬間、大きく後ろに飛びずさった。
「…弓術師にはこういう技もあるんですよ」
 しっぽを膨らませる伽羅の前に、透き通った黒の刀刃が閃く。雪音の懐から飛び出した短刀。
 山猟撃はカウンター技だ。弓術師が遠距離攻撃しかできないと思ったら、大間違いである。
 完全につられた伽羅、しっぽが垂れ下がる。モユラが頭をなでて、慰めてくれた。
「あたい自身は『いかに目的を達成するか』だって思うよ。戦い自体はただの手段で、必ず相手を倒す必要はない、ってネ」
 戦いについては、いろんな考えがある。モユラは素早く印を結んだ。
 急激に薄れゆく、モユラの身体。しばし、時間が経過するのを待つ。
「九字護法陣で抵抗を上げてからナハトミラージュで消えて、ヴォラドールで誰かの武器を拝借する。
姑息な手だけど、これだけで問題を解決できたら儲けものでしょ?」
 不意に聞こえる、モユラの悪戯っ子の声。姿を見せ、先生の老酒入りとっくりを手に種明かしを。
「無用の争いや流血を、避けられるってことだからね。要はそら、大事なのは知恵と勇気ってことっ」
 驚く先生に、酔拳用のとっくりを返す。にこやかに、赤毛を揺らして。


「もう無理!」
 高らかに空舞う、縦巻きロールのカツラ。その後ろを、ひらひらフリルの純白ドレス「ロイヤルホワイト」が追い掛ける。
「いええええええい! 騎士の流儀をお見せするぜい!」
 右手で愛剣を引きぬく、クロス。魔剣「レーヴァテイン」は、破滅を呼ぶ剣らしい。
「標的を見据え、まず待つ!」
 左手に盾を構えた。軽く息を吐く。赤い瞳は、燃える炎の色。
「しかるに、突撃!」
 盾を掲げると、身を守る姿勢を取る。そのまま、一気に突撃した。アヘッド・ブレイクという技法。
「そのまま殴る!」
 白い壁に向かって、盾を叩き付ける。先生もびっくり、シールドノックは盾を利用した格闘術である。
「打ち合いに乗ってきたら、しめたもんだよっ」
 不敵に笑う、クロスの口元。中性的な顔立ちと相まって、どこか少年を思い起こさせた。
「ぶった切る!」
 強烈な魔剣の一撃、とたんに消滅する白壁。
「……つまり、自分の得意分野に持ち込んだもんがちだよね。そこで負けたらしょうがないじゃん?」
 軽く肩を持ちあげる、クロス。不敵な少年の笑みは、無邪気な少女の笑みに変わる。
「そんな感じでよろしくぅ! あ、入学していい?」
「はいはい、よろしくお願いしますね」
 クロスは赤い外套をひるがえし、先生に振り返る。剣を収める仕草も、華麗な騎士の流儀で。


 最後は身長よりも大きな魔槍砲を構える、ルゥミ。
「砲術士のルゥミ・ケイユカイネンだよ! よろしくね!」
 ルゥミは自己紹介もそこそこに、白い壁を睨む。宝珠に充てんされる、練力。
「まずスパークボム! それから、ブレイカーレイ!」
 魔槍砲からほとばしる炎。壁にぶつかると、強烈な閃光を放ちながら壁をなぎ倒す。
 次いで、宝珠に限界まで充填した練力が、一気に解き放たれた。
 一直線に走る炎。横並びの三枚が、炎の中に消えうせる。
「最後に…ゼーレゲブリュルをぶっ放す!」
 地面に腹ばいになり、魔槍砲を構えなおした。目に捕らえきれぬほど早く、鋭い弾丸が放たれる。
 壁が砕かれた後に、軽い衝撃波を感じた。弾道から音が遅れて届いたのだ。
「どう、すごいでしょ! あたい入学するよ! 鍛錬大好きだから!」
 よっこらせと立ちながら、ルゥミはお腹に着いた土を払う。先生に向かって、きっぱりと宣言。
「先生に質問! あのね、私一年以上同じとこにいないことにしてるんだ〜。だから一年間だけ入学って駄目?」
「いえいえ、歓迎しますよ。休学届は、いつでも受け付けますからね」
 アムルタートの入学決定をききながら、ルゥミは魔槍砲を片づけに行く。広げた布の上で、もう一丁の愛銃と交換。
 とっておきのクラッカー大筒。刹那、大きな祝砲音が。
「みんな、おめでとー!」
 びっくりする面々に降り注ぐ、紙吹雪と光の粒。ルゥミは、あどけない笑顔を向けていた。