|
■オープニング本文 ●東房の戦い 遂に発令された東房開放作戦は、敵味方双方に大きな衝撃を与えた。 これまで、公には作戦の主目的は理穴だとされており、事実幾らかの前哨戦が展開されつつあったのである。 ところが神楽の都を発った各国の援軍は一路その足を東房方面へと向ける。 敵にはもちろん、末端の兵士たちも多くはこのことを知らされておらず、彼らは飛空船の船上で、あるいは精霊門を前にして本命の討伐目標を知らされたのである。我等の行き先は東房である、と。 『おのれ。小癪な真似を』 軍勢の動きがおかしい、と伝えられた目玉アヤカシがうなる。 『黄泉さまに直ちに報告を入れよ。人間どもめ、我等を欺こうというのであろうが、そうはいかん……』 黒い影が、ふわりと闇に溶けて消えた。 ●浪志組、【泰動】講座開催中 小春日和が続く、天儀の三月の気候。南国育ちの猫族兄妹は、ようやく泰国から天儀に戻ってきた。 四人兄妹の二番目は、白虎娘。司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、浪志組九番隊の隊長を務めている。 数か月ぶりに、隊長復帰の運びに。浪志組屯所の奥座敷で、元道場主の局長と対面した。 年頃の娘の会話は長い。さすがに、局長もうんざり顔。適当に聞き流す。 それでも気がつかないのが、虎娘の性格だ。長々と話し続ける。 「でね、泰儀って、精霊様が支えているのよ。黒の上に座して、白を支えているんですって! あ、黒って言うのは、泰儀の伝説じゃ大地の事なの。白は天空の事ね」 「……そうか」 「そうそう、泰国の天帝さまの持つ宝珠の鍵は、『泰儀の大地を動かす鍵』だったの。 神話だと、『天帝さまのご先祖さまが、「天」から授かった鍵』って、言われているわ。 文字通り、泰儀の鍵よ、鍵! もう驚きでしょ!?」 「……そうか」 「驚きと言えば『空』よ、『空』! 陰と陽が結合して、『空』になるんですって。 そうそう、『空』は天儀の言葉に聞こえないかしら? 泰国じゃ、『万物の道(タオ)』って呼ぶわ」 「……そうか」 「他にも、泰国と天儀じゃ、呼び方が違うのよ。『陰と陽』は、『瘴気と精霊力』の事なんですもの。 私が天儀の陰陽術を学んで無かったら、なかなか理解できなかったかもしれないわね」 「……そうか」 「あ、陰陽術の説明したかしら? 陰陽術って、瘴気と精霊力を反発させて、発動させるのよ。 反発の維持には、かなりの練力が必要なのよね。失敗したら、結合して『空』になってしまうんですもの。 あら、変ね? 『練力』も、天儀の言葉かしら? 泰拳士の父上は、『気』や『気功』って言ってたわ」 「……そうか」 「そう言えば、『空』を教えてくれた人ったら、不吉な事を言い残したのよ。 『陰と陽はゆっくりと結合していき、世界はやがて、再び「空」となるであろう。 また、それこそが「空の意志」でもある。全ては「空に還る」のだ』って」 「……そうか」 「その直後にその人の身体は、目の前で風化して崩れたのよ。その人に言わせると、『我が身は空に還った』って事らしいわ。 私に言わせると、『空』は失敗した陰陽術だわ。行使する力が消えた状態ですもの」 「……そうか」 「ねっ、『空』って、不思議だと思わない? 神話の鍵や、鍵を授けた天の存在と同じくらい、不思議だと思うのよ!」 「……そうか」 すでに同じ返事しかしない、元道場主の局長。虎娘の一方的な会話は、まだまだ続きそうだった。 ●ギルドの攻防戦 猫族四人兄妹の長兄は、喜多(きた)。虎猫しっぽを持つ、若手ギルド員である。 久しぶりに復帰した職場で、ベテランギルド員と言い争っていた。 「だから、おかしいだろう!? 吟遊詩人の弟さんを護衛につけて、どうするんだ!」 「全然おかしくありませんよ! 弟の音楽に乗って、他の人に戦って貰えばいいじゃないですか!」 猫族四人兄弟の三番目は、白虎少年。内気な吟遊詩人だったが、先日の泰国の動乱を経て、少し成長した。 三番目の勇喜(ゆうき)は、東房の現状を知り、長兄に頼みこむ。自分の音楽で、少しでも人の役に立ちたいと。 「依頼を何だと思っているんだ。東房は合戦の真っ最中なんだぞ?」 「……つまり、先輩は『今回、吟遊詩人は役立たずだ』って、言いたいんですね? 吟遊詩人ばかり来て、戦えない楽団ができる事を警戒しているんですね?」 「そうだ。補給部隊ってのは、戦線を維持する上で重要な部分だからな。他力本願は、断る」 「分かりました。自力でどうにかできれば、いいんですよね!?」 若手ギルド員の、冷ややかな視線。ベテランギルド員に背を向け、ギルドの奥に引っ込む。 十分後。ベテランギルドが絶叫した。戻ってきた若手ギルド員は、虎猫しっぽを不敵に揺らす。 「お前さんは、馬鹿か!」 「真面目ですよ。依頼人に風信器で交渉して、相棒の同行を認めてもらいました。 開拓者の音楽に乗って、相棒が戦う。この戦法のどこが悪いんです? まだ弟には相棒がいないので、上の妹の相棒、甲龍の金(きん)について行ってもらいますけど」 若手ギルド員の強行手段。本人が戦えないなら、確実に戦える者を連れていけばいい。 「吟遊詩人が戦えないなんて、誰が決めたんですか? 弓術師の先輩の独断と偏見でしょう! 泰拳士の演武を見たことありますか? 音楽に乗って、素晴らしい技を繰り出すんです。 『舞踏は武闘に通じる』と、僕は言い切れます! 吟遊詩人と甲龍でも同じと、信じています!」 熱血漢の若手ギルド員の主張。ベテランギルド員は、机に両手をついてうつむく。襲い来る、敗北感。 「この依頼は、僕が担当します。異論はありますか?」 「……無い」 若手ギルド員は虎猫しっぽを揺らし、意気揚々と依頼書を手にする。 『東房・稲郷平野の補給路、一部寸断。応援求む。 数日前、なだらかな平地部にて、食糧の荷駄隊が失踪。 捜索し、発見された隊の人夫には、圧死と衰弱とが認められる。 推測される敵は、ヒダラシと黒人形。相応の準備されたし』 若手ギルド員は、依頼内容を書き加えた。 『なお、相棒の同伴必須。今回の人夫には、志体持ちの吟遊詩人と甲龍を選出済み』 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
綺堂 琥鳥(ic1214)
16歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●舞☆踏 「なんだかオモシロイ事になってきてるね!」 叢雲・暁(ia5363)の赤い瞳が、依頼書を見つめる。足元の又鬼犬が、楽しげに吼えた。 「ビートに乗るよ! ハスキー君!」 NINJA装束「MURAKUMO」をまとった暁は、軽くステップを踏む。相棒と共に、ギルドの受付へ。 「ん、たまにはこんな依頼もいい…。…いいよね…?」 風光る季節。天上を見上げながら、綺堂 琥鳥(ic1214)は呟いた。 『変な方むいて、一体誰に聞いているの?』 相棒双刀を背負った羽妖精が、横から飛んできた。琥鳥の肩に座った珀は、尋ねる。 「…たぶん、空?」 金の瞳が、羽妖精に向けられる。不思議な感情を宿した、不思議な瞳。 『…そうなんだ?』 上手く返せない珀。額には、一筋の汗が流れていた。 「へっへー、面白そうな依頼だな」 金の瞳も、依頼書を凝視する。ルオウ(ia2445)の様子を、勇喜は不安げに伺っていた。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなー。俺は吟遊詩人じゃないけど、音楽にのって戦うのは得意だぜぃ」 視線に気付き、ルオウは振り向く。依頼書を指先で示しながら、ニカッと笑った。 「がるる…吟遊詩人が戦地に行くの変です?」 「あー、ぜんぜん変じゃねえと思うぜぃ?」 勇喜が不安を口にする。パチクリするルオウ。 「俺の師匠なんかは元が騎士なんだけど、歌い手に転職していまだに前線にでるしな!」 麗しき緑の瞳の女性が、ルオウのお師匠さま。紡ぐ言葉は、今も心を震わせる。 「冷静に状況を見極め奏でる調べは、司令塔にも流れを変える力にもなろう…」 静かなる声。背中に大きく刺繍された髑髏(どくろ)が、トランペットを背負う勇喜を見下ろしていた。 髑髏の外套をひるがえし、振り返った者。ロック・J・グリフィス(ib0293)の赤い瞳にぶつかる。 「今回は宜しく頼む」 ロックは、静かに一礼する。胸元に飾られた、一輪の赤い薔薇の花が印象深い。 「美しき調べに乗り、アヤカシを倒す!」 空賊たる、ロック。仕えしは、ただ己の信念に。 「勇喜君、お久しぶり、しばらく見ない内にすっかりたくましくなったね」 戸隠 菫(ib9794)の言動はストレート。ぎゅっと勇喜に抱きつく。褒めらた勇喜は、嬉しそうにしっぽを揺らした。 感動の対面を終えた菫。勇喜を開拓者達の輪に送りこむ。 「勇喜と一緒に依頼に出るのは久しぶりですね…しかし、無理はしないように…」 海神 雪音(ib1498)は、少しだけ視線を下げる。僅かに見開かれる、茶色い瞳。 表情の変化が乏しい雪音だが、驚いていた。空龍の疾風は主の様子を見て、面白そうに鳴く。 しばらく見ない間に、勇喜の身長は伸びていた。成長期の少年。雪音を越えるのも、時間の問題だろう。 「自分から前線に出たい言うた勇喜君の思い、無下にはでけんわな」 神座真紀(ib6579)は、ベテランギルド員を見る目が厳しい。 「吟遊詩人が戦えないというのは偏見だ」 情熱的にしゃべるのが、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の特徴。 「数々の支援スキルで仲間を強化し、経験を積めば、強力かつ対象選択可能な範囲攻撃まで行使できる様になる。 恐ろしくも、頼もしい存在さ!」 金の瞳に、険しい光を宿らせる。同じく、ベテランギルド員を睨んだ。 「ここは一発大活躍して、見返したらなあかんな。あたしらも頑張るから、勇喜君も頑張るんやで♪」 「がう!」 真紀は、勇喜の肩を軽くたたく。ピコピコ動く、白虎耳。味方を得て、俄然やる気だ。 「勇喜君、よろしく頼むよ」 優しく伸ばされる、フランヴェルの右手。勇喜の頭をぽんぽんと叩く。元気に動く、白虎しっぽ。 「金君もね♪」 視線を外によこせば、鋼龍が佇んでいた。相棒のLOが仏像の様な笑みで、金に挨拶をしている。 勇喜の様子を確認すると、菫は真剣な眼差しになった。若手ギルド員に尋ねる。 「名目は食料運搬の護衛だけど、実際には補給路を寸断している敵を誘き寄せて撃破する事なのかな? 大規模な輸送が出来なければ、前線を支えられないもの」 しばしの沈黙。ギルド員は、遠慮がちに告げる。囮役になる責任を、まだ弟は理解していないとも。 菫は、軽く頷いた。勇喜に対し、心配はいらないと。 ●武☆闘 「ヒダラシがいるって聞いたんで、荷車の中にでも置かせて貰うな」 あらかじめ買い込んだ食糧を、ルオウは荷車に並べる。相棒を呼びつけ、荷車を括りつけた。 「こっちは、俺の相棒。飛ぶのは苦手な分パワーはあるからよ、荷車は引くのはおまかせだぜぃ!」 破龍の背中を、軽く叩くルオウ。フロドは信頼の眼差しを向ける。相棒狩衣「戦友」を頼もしく揺らしながら。 「荷車一台増やそうか? 物資多い方がええやろし」 気を使う真紀の隣で、のんびりした声が聞えた。 『お休みですぅ』 「あかんで、春音。人夫さんの緊張を解す歌を、歌ってあげるんや」 フロドの引く荷車に乗って、お昼寝しようとする上級羽妖精。桜色の三つ編みを持つ、春の妖精。 相棒を捕まえた真紀は、頬をつつき起こす。小さなあくびをする春音は『歌』の一言に、大きく見開いた。 「勇喜君も一緒に歌ったらどやろか。緊張しとるかもやし、何かしてた方が気が紛れるやろ」 真紀の呼びかけに、白虎しっぽを揺らす勇喜。陽気な歌を、歌い始める。 『あいどる』なる二つ名を持つ春音が、勇喜の肩に。手拍子をして、歌を楽しんだ。 やけに凹んだ地面。荷車の車輪が入り込み、立ち往生してしまう。 困ったように、勇喜が唸った。アーマーケースを地面に置きながら、ロックは声をかける。 「こんな事もあろうかと、持ってきたX(クロスボーン)だ」 ロックはひらりと、現れた愛機に乗り込む。金属のこすれる音、Xが動き始める。 伸ばされた両腕は、楽々と荷車をつかんだ。ゆっくりと移動し、平らな地面に荷車を降ろす。 「何か来た…」 オーロラのヴェールが揺れた。七色が、ふわりと広がる。 琥鳥はゆっくりと道端を指差した。無表情のままで。 「あれは…鳥だ、飛空艇だ、いや、アヤカシだ…」 『考えるまでもなく、アヤカシそのものじゃない!?』 小首を傾げながら、琥鳥は少々考える。ゆっくり告げられる、言葉。 双刀を引きぬきながら、珀は叫ぶ。ヒダラシを見つけた。 「へっへー、おいでなさったなあ!」 ルオウは殲刀「秋水清光」に手をかけた。水のごとき澄んだ宝珠が、春の陽光を浴びる。 「勇喜! 景気良くたのんだぜぃ!」 地を蹴る。咆哮を上げながら、ルオウは敵の前に。 「激しいのがいいな」 片足を上げたルオウの赤い毛先が、緩く広がる。燃え始めの炎の如く。 軽く口角が上がった。速まる速度。踏み込む右足は、少し内側に向いて着地する。 「秘技、回転剣舞! 弐蓮!」 舞う様なステップで、ヒダラシの前に踊りこむ。クルッと反転する、身体と刀。まず、一撃。 間髪おかず、後ろの左足が背中側から前を目指した。更に反転し、一撃。 これぞ、身の軽さを身上としている、ルオウの真骨頂だ。 「疾風、飢餓睨みに注意して下さい…」 空龍から、鋭い咆哮が上がった。周りに渦巻く、風の精霊力。疾風の身体を取り巻いた。 左斜め下を目指し、疾風は降下して行く。左右に大きく動きながら、攪乱を。機動力なら負けない。 雪音は弓を引き絞る。埋め込まれた深紅の宝珠が、強く輝いた。 素早く放たれる矢。瞬間的に炎をまとう矢。一直線に飛び、ヒダラシの衣服らしきものを射抜く。 再び、鋭い咆哮が上がった。荒れ狂う風に、疾風が生み出す炎が乗る。風は炎の刃をまとった。 いくつもの炎の刃が、ヒダラシを切り刻み、瘴気に返す。疾風の龍旋嵐刃は、炎の嵐を思い起こさせた。 雪音の前方では、青い髪が風になびいていた。乾坤弓を手にしたフランヴェルは、上空から射抜く。 ヒダラシが空を見上げた。フランヴェルとLOは顔をゆがませる。急激に襲い来る、倦怠感。 「飢餓感染はやむを得ないが、睨みは食らいたくない」 主の意を汲み、LOは上昇する。軽やかに旋回すると、急降下へ転じた。背面から迫る。 集う、精霊力。鋼龍の黒曜石の様な鱗が、重厚さを増す。 広がる、後ろ脚。LOの鉤爪「鉄鷲」が、鋭さを増す。 狙うは、一体のヒダラシの頭。鉤爪でえぐりとり、握り潰した。 振り下ろされる、黒人形の腕。暁はツインテールを揺らし、空に逃れる。 「それじゃあイってみよ〜〜〜!」 あらわになる、太ももの絶対領域。NINJAの武器を振りかざし、暁は相棒に命じる。 白く輝く宝珠。ハスキー君は大きく顔を振り、忍犬苦無「閃牙」を飛ばす。黒人形の視線を反らすことに成功。 暁に続いて、黒人形に攻撃を仕掛ける真紀。咆哮を使いながら、音楽家たちに声をかける。 「ノリのええ曲一発頼むで!」 歯切れのよい、トランペットの音色。春音の妖精の唄が、同時に紡がれる。 「神座家の剣舞見せたるで。ノリノリで行こか!」 三拍子にのって、華麗にステップを踏む真紀。身長よりも長い、長巻「焔」を流暢に操る。 黒人形の踏みつけを、刀の峰に沿わせながら捌いた。不敵に笑う。 長巻の宝珠に、練力が込められる。構えは、示現流の二之太刀要らず。 「春音、『あいどる』の底力見せたりや!」 『お任せあれですぅ』 春音は蝶の羽を、おっとり広げる。透明感のある青い帯「水鏡」をなびかせながら、黒人形の頭の上に。 魅惑の唇から放たれる、投げキッス。それから、曲に合わせたフェアリーダンスで、黒人形を魅了する。 「コアがあろうがなかろうが、細切れにしてしまえば関係ないやろ」 大きな白いリボンが、一気に迫った。真紀の黒髪のポニーテールが大きく揺れ動く。 三歩目で、地面を蹴った。先手の一撃に全てを掛ける。 振り下ろされる長巻。軌道にそって、炎の軌跡が浮かび上がる。コアごと真っ二つにぶった斬った。 ●革☆命 めまいがした、鼓動が早くなる。強烈な空腹感。別のヒダラシが近くまで来ているようだ。 雪音はキャンディボックスを取りだす。空龍の疾風に手招きした。 「疾風……」 主の言葉を察したのか、龍は頭を下げる。大きく口を開いて見せた。 「甘さで空腹を誤魔化します…」 雪音は手にした箱から、飴玉を取りだした。疾風の口に、沢山の飴玉を入れてあげる。 そのまま、自分の口にも一つ飴玉を。箱をしまうと、オクノスの手綱を握った。 雪音を背に乗せ、疾風は羽ばたく。なるべく荷車から離れ過ぎないように気をつけながら、上昇した。 視界には、アヤカシの姿は無い。雪音は猟弓「紅蓮」を手にし、弦をはじく。 「右です…右にアヤカシがいます…あれは黒人形とヒダラシのようですね…」 鏡弦に反応があった。下の仲間に向かって知らせる。呼子笛の音色は、短く連呼していた。 さきほどの凹んだ地面は、黒人形の通った跡らしい。ロックはアーマーケースの宝珠に手をかざす。 「アヤカシの好きにはさせん」 広がりゆく影。伸びあがり、ロックの視線を上に向けさせる。 「前奏曲の調べに乗り、今立ち上がれX!」 愛機に乗り込みむ、ロック。荷車を背後に庇い、アーマー「遠雷」改が立つ。 右手に獣騎槍「トルネード」を。左手には、シールド「グラン」を。 「調べに乗り駆け抜けろ…ロック・ジャーニー・グリフィス、X、参る」 勇喜の演奏曲、騎士の魂が響き渡った。土埃を巻き起こしながら、Xは一気に迫る。 「…さぁX、俺と共に美しく舞うがいい!」 左の盾で、黒人形の腕を受け流した。鋭く踏み込こむ右足。右の槍が、黒人形の頭を貫く。 「その黒き塊は、この荘厳な曲の場にふさわしくない、速やかに退場していただこう」 曲の変化を敏感に捉えたロック。軽やかに繰り出される、騎槍の舞い。盾での受け流しも、見事だ。 菫が操るのは、滑空艇の伊吹。風宝珠で増強した愛機は、浅葱色に塗られている。 滑空しながら、荷車を中心に旋回していた。何かを見つけたのか、方向を変え、地面に降下していく。 天空に響く、激しいリズム。後方から聞こえてきた剣の舞。 「ヒダラシは、あたしが一番対抗しやすいよね。そっちは任せて」 素早く印を結ぶ菫。軽く目を閉じ、全身に精霊力をいきわたらせる。戒己説破を発動した。 滑空艇は、速度を上げる。加速して、突撃のそぶりを見せた。 ヒダラシの一体が、菫を睨む。と、前方に、炎が生まれていた。菫が仕掛けたのは、護法鬼童。 炎の幻影にかくれつつ、滑空艇は離脱を図る。伊吹の胴体末尾が、ヒダラシをかすめた。 「倒れるまで同じ事を繰り返すよ」 まだヒダラシは、睨みつけている。精霊力を浴びながらも、霧散していない。 節分豆を口に放り込み、菫は再び突撃を仕掛ける。ある意味、飢餓対策になっているのかもしれない。 だが、もう一体の黒人形が邪魔だ。LOはくるりと全周し、コアを探す。体内にあるようだ。 相棒から飛び降りながら、フランヴェルは笑みを浮かべた。歌う様に咆哮する。 「久しぶりに踊ろうじゃないか、死のメヌエットを!」 メヌエットとは、優雅に踊られる宮廷舞踊。ジルべリアの地方貴族である、フランヴェルにも、なじみ深い。 心揺さぶる音楽が聞えた。舞う様に、軽やかな身のこなしを見せつける。 騎士団の名を冠した、全身鎧。ケニヒス・プレイトメイルの胸元で、ギーベル家の家紋と宝珠が輝く。 「受けよ蝶舞剣爛!」 右手に握りしめた刀の柄でも、宝珠が輝く。水の静けさをたたえた、刀身と刃。 正面から接近する、ジルベリアのサムライ。左の盾で、黒人形の一撃を受けとめた。 袈裟がけに斬りつける。刀の切っ先が、幾つにも分身して見えた。柳生無明剣を打ち込む。 黒人形の外壁がはがれた。隠されたコアがむき出しになる。 滑空艇にまたがり、槍を掲げる菫。心の奥底を揺さぶる曲に、身を任せる。 全身を巡る、精霊力。己の内に宿る精霊を、呼び覚ます。 懐で激しく揺れ動く、不動明王のお守り。菫の背後に広がりゆく、炎の幻影。 火炎を纏った精霊力が人型を成す。一本の炎を手に、コアに迫った。 炎はコアに突き刺さり、激しく火花を散らす。瘴気と精霊力の激突。 砕け、灰になったのは、コア。とたんに黒人形は、砂人形の如く崩れ去った。 後方から威嚇の声が上がった。でかい敵に向かって、フロドが凄んでいる。 黒人形は癪に障ったのか、殴り攻撃を仕掛ける 荷車を括りつけていても、フロドの足取りは軽い。音楽にのったロデオステップで、軽やかに避ける。 その間に、ルオウが相棒の側に。全身に満ちる気力、一気に距離を縮めた。 生来の好奇心旺盛さが功を奏したのか、コアらしき位置を見つけた。横薙ぎの太刀で、黒人形の胴を狙う。 だが、破壊に至らない、黒人形の硬い身体が邪魔。前方に走り抜け、フロドと荷車を背中にかばう。 ルオウの目標は、天儀一のサムライ。正義の味方を目指して、全ての悲劇を無くそうと邁進する者だから。 からくりジプシーの全身は、曲に乗り始める。右手にダガー「ブラッドキラー」を構えた。 波打つ、茶色い髪と髪飾り。ひるがえる、青色のドレス。どこまでも、情熱的な踊りで。 「音楽あると気合倍増…。気合零なら、倍増しても零…」 琥鳥は変わり者だと言われる。自分の主が誰だったのかも、覚えていないからくり。 左手の鞭「インヴィディア」を、大きく震わせる。黒人形の右腕に巻き付けた。 反動を利用し、距離を詰めるはずだった。予期せぬ敵の動き、右手が振りあげられる。 琥鳥の身体は、引っ張られ空に。眼下に黒人形を認めた。心配して飛んできた相棒に告げる。 「背後からの奇襲…行くよ…」 『真面目なんだか不真面目なんだか、分からない主だよ。相変わらず』 冷や汗を流していた、珀。変わらぬ琥鳥の返答、ひそかに安堵する。 双刀を構えた。満ちて行く、精霊の力。一瞬、刀が光を放つ。 流れるような動き。二本の刃が、黒人形のコアをあらわにする。 『踊りながらだと、なんか調子が狂うなー。でもフォローしないと!』 冷汗を流しながらも、音楽に乗り、勝手に動く珀の体。 視界の隅で、主の琥鳥が短剣で斬りつけるのが見えた。ルオウの後ろ側に着地する。 「さぁ、そろそろ曲の最後も近づいた」 左胸の真ん中に見える、黒人形のコア。ロックは狙いを定める。 輝く宝珠、みなぎるオーラ。雷鳴のような轟音がとどろき、Xが白い蒸気に包まれた。 アーマーが翔けると言うのは、想像しにくいかもしれない。けれども、Xは翔けた。 ロックとXは迫撃突を仕掛ける。足元に残る蒸気は、雲の如く地面を覆いながら。 「これでフィナーレだっ!」 右手に構えた騎槍は、コアを貫く。静かにロックの声が終りを告げた。 「春音? …疲れて寝てしもたようや」 両手で、春音を抱えた真紀。起こさないように、そっと抱き直す。 「勇喜君、ようやったな」 空いた片手を伸ばした。勇喜の頭を優しく撫でる。白虎耳が、くすぐったげに動いた。 「凄いよ、本当に見違えるほど成長したね。嬉しいなあ」 地面に降り立った菫は、勇喜を抱きしめる。ぎゅっと、ぎゅっと。ジルベリア人の両親がしてくれたように。 暗闇が怖くて、泣いてばかりいた子供は、もうどこにもいない。菫には、それが嬉しかった。 と、盛大に鳴る、勇喜のお腹。一つに束ねた茶色い髪が、空龍の背中から問い掛けた。 「まだ空腹ですか…?」 「がるる…おなか減ったです」 勇喜は育ち盛り。少し考えた雪音、疾風の背中から、地面に降り立つ。 ルオウたちと一緒に、荷車の隅に乗せさせて貰った品物を手に取る。 雪音の差し出したもの。豪華な重箱弁当に、美味しそうなワッフルがお目見え。 数種類の小瓶に詰め込んだ、ジャムも存在感を放つ。疾風の好物かもしれない。 「それ、うまそーだな!」 「ハスキー君は、どれが好みかね?」 興味を引かれたルオウや、暁も寄ってきた。白虎しっぽをゆらし、勇喜は大喜び。 「疾風と一緒に食べますか…?」 雪音は目元を緩める。腹ペコたちは大喜びだ。 「がう。にんじゃって、なんです?」 勇喜の疑問に、暁は余裕の笑みを。お座りしたハスキー君をお供に、人差指を立てて講釈する。 「NINJAといえば全裸で頸刎ね」 「がるる…」 暁は、シノビらしからぬ行動を取る事も多々ある一族出身。勇喜には難しいようだ。 ぼーっとしつつ、聞いていた琥鳥。水晶球を覗きこむ。 「売れないけど占い…。売らないから占い…?」 『どうでもいいけど、一体何を占ってるの。お客もいないこんな街道歩きながら』 珀が突っ込む。相変わらず、冷や汗をかきながら。 「当たるも脚気当たらぬも脚気…。…八卦だった…」 琥鳥は無表情なまま、仲間たちの未来を占ってみたり。ロックと勇喜の会話が見えた。 「勇喜。美しき調べは心を慰めもすれば、活力にも変わる、こういう趣向悪くない」 ロックは赤い薔薇を一輪、ぴっと掲げる。どういう訳か、一枚の葉っぱをちぎった。 「がう? …赤い薔薇の花言葉は、『情熱』です!」 葉っぱを受け取った勇喜、元気に答えた。空賊騎士は軽く口角を上げ、温かな視線を。 『無垢の美しさ』『あなたの幸福を祈る』 それが、赤い薔薇の葉っぱの花言葉。 |