【震嵐】春告姫とお日さま
マスター名：青空 希実
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| ■オープニング本文 ●緑野の春告姫 武天の武州には、魔の森の跡地がある。大アヤカシを倒し、人とケモノが共存する土地、緑野。 現在の緑野には、三羽の迅鷹親子が住んでいる。一番小さな子迅鷹は、雪芽（ゆきめ）と言った。 引っ込みじあんな、一人娘。花咲く季節が大好きで、春が来ると高らかに歌う。 緑野に住む人々から、春告姫（はるつげひめ）のあだ名を頂戴した迅鷹であった。 ●お日さま色のからくり 理穴の東部にも、魔の森が広がっている。去年の春から夏にかけて、大アヤカシと戦った場所。 大アヤカシを倒せども、瘴気をまといし森は健在。近隣の村に、ときおりアヤカシが出没する。 ある村の名主は、アヤカシに憂い、一体のからくりを手に入れた。金色の髪と瞳を持つ、十五才くらいの少女。 からくりは、名主の娘を主人として目覚めた。起動五日目にして、主人がアヤカシにさらわれる事態に。 感情を知らないからくりは、想いだけで動いた。小さな主人を探し、単独で魔の森へ。 開拓者に諭され、力を借り、小さな主人を救いだす。それは、想いを力に変えた、覚醒からくりの誕生。 小さな主人は、からくりに名前をつけた。昇る太陽、夜明けのお日さま「あさひ」と。 ●青い小鳥 緑野の春告姫と、お日さま色のからくりは、ひょんな縁で行動を共にしていた。 ギルド員の栃面 弥次（とんめ やじ：iz0263）が、あちこちの知り合いに声をかけた結果だ。 理穴東部で、魔の森の焼き払い。ギルド員に取って、故郷の一大事業。熱弁をふるう。 理穴地元の名主が、お日さま色のからくりを寄こしてくれた。緑野からは、子迅鷹が助っ人に。 そんなこんなで、子迅鷹とからくりは出会う事になる。 お日さま色のからくりは、大樹の根元に腰掛けた。うっそうと茂る魔の森で、遭難中。 『右足破損、これ以上は移動不可能です』 お日さま色のからくりは呟く、ふてくされるように。振られた右足は、膝から下が無い。 右足の太ももに、白い迅鷹が舞い降りた。春告姫は、悲しげに鳴き声をあげる。 『情報収集を開始します』 春告姫の頭を撫で、お日さま色のからくりは一枚の陰陽符を取り出す。開拓者から勧められた、陰陽術の人魂。 手のひらから、生まれたのは青い小鳥。辺りを飛び回り、青い小鳥は空に消える。 『アヤカシの存在なし、作戦成功。部隊は撤退できたと推測されます』 お日さま色のからくりと春告姫の居た部隊は、アヤカシの奇襲を受ける。 痛みを感じないからくりは、囮を務めた。人間たちを逃すため、アヤカシの真っ只中に。 単独行動の無謀な作戦。一人ぼっちのからくりを追うように、春告姫も部隊を離れ、現在に至る。 『あなたも、撤退してください』 からくりの金の瞳が、春告姫を見下ろす。翼を持つ迅鷹なら、一人でも生還出来ると。 渋る相手を両手でつかむと、空へ投げ飛ばした。春告姫は、慌てて羽ばたく。 『あなたに一つだけ、お願いしても良いでしょうか。私の嬢ちゃまに、戻れなくてすみませんと伝えて下さい』 ふっと、お日さま色のからくりは、口元をほころばせる。からかう口調で。 『冗談です。迅鷹は人の言葉をしゃべれませんよね。ご武運を』 金の瞳は、空から視線を反らす。からくりはうつむき、全ての機能を停止した。 春告姫は飛んだ。ひたすら飛んだ。泣きながら飛んだ。 迅鷹は、人の言葉を話せない。それでも、心から叫んだ。 ―――誰か、お日さま色のお姉ちゃんを助けて！ |
■参加者一覧
崔（ia0015）24歳・男・泰 
海神 江流（ia0800）28歳・男・志 
水月（ia2566）10歳・女・吟 
雪切・透夜（ib0135）16歳・男・騎 
レティシア（ib4475）13歳・女・吟 
ウルグ・シュバルツ（ib5700）29歳・男・砲 
戸隠 菫（ib9794）19歳・女・武 
宮坂義乃（ib9942）23歳・女・志 |
| ■リプレイ本文 ●序 海神 江流（ia0800）は、大きく背伸びをした。晴れやかな空は、魔の森の戦いを忘れるほど。 「今日の天気は晴れ…処により真っ白な子迅鷹が…ん？ 波美！」 遠くの空に子迅鷹が見えた。片翼を真っ赤に染めて。 江流は相棒の上級からくりに叫ぶ。一体の鵺が、子迅鷹を追ってきていた。 『また髪が火薬臭くなるわね…』 「後で風呂沸かしてやるから、集中しろっ」 普段は閉じられた瞳が開かれる。相棒銃「テンペスト」を構え、空を狙う波美。 銃に彫刻された、嵐のごとき音が響く。荒々しい銃声に、近くに居た者たちが気付いた。 「雪芽…！？」 空を見上げた、ウルグ・シュバルツ（ib5700）もその一人。 『おや、彼の地の迅鷹の子ではないか』 異質な気配を察し、懐から勝手に宝狐禅が顔を出す。紫の双眸を瞬かせる、導。 『鵺…我が物顔で飛びよって、いい気なものよのう』 不機嫌そうに、導の白い五尾が振られる。魔宝石「バジリスクアイ」が輝きを放った。恐怖心を呼び起こすような、冷たい輝きを。 『…ウルグよ、腕の見せ所であるぞ？』 勝手に焔纏を発動する、導。ウルグの防具に宿り、燃える炎のような光を散らす。 ウルグのツヤ消しの黒い銃身が、鵺を狙う。狙撃の際に用いられやすい、マスケット「サイレンス」が。 深く吸いこむ呼吸。止めた瞬間に、引き金を引く。 弾丸は一直線に飛んだ。雪芽の横を通過し、鵺の翼を貫く。 鵺は咆哮し、しっぽの蛇が鎌首をもたげた。牙を見せ、威嚇の表情を。 レティシア（ib4475）の口元が、動く。何かを思いついた。 「後ろですよ？」 不意に聞こえた囁き。思わぬ奇襲に、鵺は立ち止る。 声こそが、吟遊詩人の武器。春風の温もりと強さを感じさせる透明な歌声が、レティシアの持つ力。 雪切・透夜（ib0135）の黒い瞳も、空に険しい視線を。いつもは穏やかなマイペース屋さん。 「…ただ事ではない、か」 でも、今見せるものは、違う。大事なものを守ろうとする、騎士の表情。 一振りで取り出した手裏剣「無銘」を、空に向かって投げる。追随するのは、一本の矢。 「ヴァイス？」 『目標捕捉だ、問題あらぬよ』 白い騎士甲冑をまとったからくりが、弓を構えていた。透夜からヴァイス・リッターの名を贈られた相棒が。 水月（ia2566）も、空を見上げてびっくり。母親譲りの翠瞳を見開く。 「彩颯ちゃん、護衛を」 真っ白な翼を持った上級迅鷹が空に舞う。主の言葉を察した、水月の相棒。 あっという間に急上昇した。鵺を眼下に捕らえると、イヌワシのような爪を広げる。 鳴き声もあげず、急降下。スカイダイブをして、鵺を瘴気として霧散させてやった。 「雪芽、こっちへ来られるか？」 聞こえたウルグの声。雪芽は懸命に飛ぶが、限界だったのだろう。ついに空から墜落する。 レティシアは懸命に両手を伸ばし、なんとか抱きとめた。赤い翼が痛々しい。 「ねぇ、その迅鷹、まだ子供だよね？」 武僧頭巾を抑えながら、戸隠 菫（ib9794）が小走りにやってくる。珍しく、真ん丸な青い瞳。 「迅鷹の子供が魔の森で叫んでいる時点で可笑しいよな…。もしかしなくても非常事態発生か？」 『非常事態？ 僕も手伝うよ…！』 張り詰めた雰囲気の宮坂 玄人（ib9942）の隣で、小さく拳を握る人妖の輝々。実は、依頼で戦闘するのは今回が初めてである。 「えっと、雪芽ちゃんはですね…」 どこから説明したものか。言葉を選びながら、レティシアは紹介し始める。 菫の浄境で、雪芽の傷口は癒えた。それでも真っ赤な翼のまま、大きく泣き声を上げ続ける。 「ねえ、葵、あの子が必死になって伝えようとしている事分かる？」 菫は羽妖精の相棒、乗鞍 葵に視線を向ける。 「分かったら教えて貰えないかな。何とかしてあげたいと感じるもの」 『ちょっと難しいかな』 碧の瞳が、困ったように瞬きした。葵は風を司るとはいえ、言語の羽妖精では無い。 「…怪我は治ったんだな。…何か、あったのか？」 『健勝のようで何より…と言いたいところであるが、その様子は一難あったかの』 雪芽の翼を調べ、ほっとするウルグ。同化を解いた導が、五尾を揺らす。 「彩颯ちゃんなら……分かる？」 水月は相棒を見上げた。雪芽が必死に鳴く姿に、事態が差し迫ってると、何となく察する。 「何とかしてあげたいの」 水月に強い思いが湧き上がる。息を吸い込むと、軽やかな口笛を奏でた。 祈るような音色。少しでも、雪芽に落ち着いて欲しい。 泣きわめく雪芽の頭を、崔（ia0015）はゆっくりと撫でた。 「急ぎを伝えたいのは解るが…とりあえず少しいっとけ、ちっこいの？」 崔は澄んだ石清水を左手に汲みだす。月光も雪芽に向かって、甲斐甲斐しく鳴いた。 「必死で魔の森越えて呼びに来たんだろうし、即取って返すにしても、この子がもたなけりゃ話にならね」 二人に促されるまま、雪芽は水を口にする。崔は目元を緩め、月光に視線を送った。 純白の羽織を揺らし、江流は雪芽に語りかける。生真面目な声、毅然とした態度。 「何かあったんだろうけど落ち着け…助けが欲しいのか？」 江流の黒い瞳は、まっすぐに見つめていた。纏う白鳥羽織は、聖なる守りの祈りが込められている。 「まず、状況が不明だね」 伸ばした背筋。透夜も士道を使い、雪芽に語りかける。 ジルベリア出身のハーフたる、透夜。ここでも、家訓の『女性に優しくあれ』を一途に守っていた。 通訳の彩颯が甲高く鳴いた。鳥の羽の御守りを揺らし、何度も鳴いた。 水月は、相棒の鳴き声に耳を傾ける。 「雪芽さんは無理でも、彩颯ちゃんのいうことならわたしには分かる……の」 二人の付き合いは、彩颯が鷹匠の処に居た頃に遡る。年月と言う、絆。 「……ん。何処かへ連れて行きたがってるの」 母譲りの白髪が、大きく揺れた。水月の翠瞳が、年上の開拓者達を見上げる。 瞳は心を写す鏡。結ばれた口元と共に、決意を物語る。 「…分かった、連れて行ってくれ。ただ、この辺りは危険だ。前に出たり独りで動くことは、なるべくしないで欲しい」 『なに、近場の相手は任せてくれて構わぬよ。後々焼き払うのであろう？』 「導は各所で一時的に喚び出す」 ウルグの決定に、しぶしぶ宝珠に引っ込む宝狐禅。練力の都合があるから、仕方ない。 「友人が困っているなら、力になってあげたいから」 まっすぐな視線。レティシアの青い瞳は、どこまでも純粋だ。 「雪芽ちゃん、どの方角へ向かえばいい？」 抱えたままの子迅鷹に、目線を合わせた。暖かな口調で語りかける。 雪芽は応えるように、翼を広げた。子迅鷹の額の宝珠は、とある魔の森の方を向く。 レティシアは、雪芽を空に離した。傍に付いていたい気持ちを抑えて。 「ミルテ、一緒に頑張ろう」 足元に話しかける。真っ白なしっぽを振り、相棒の忍犬は大きく鳴いた。 「ま…お前の仲間の緊急事態じゃほっとけなかろ、なあ月光？」 崔は、右の人指し指で眼鏡を押し上げる。緑の瞳が、相棒を見た。 灰白色に煌めく、二枚の羽根。うら若き娘、迅鷹の月光は、甲高く鳴く。 「月光は…雪芽の傍に、な？」 崔の言葉に、月光は翼を開く。首元の白の魔鏡を光らせながら、空に。江流も相棒に指示を出した。 「波美、雪芽を見失うなよ。人形祓を使っても良い、守ってやってくれ」 波美は瞳を見せる事を苦手とするからくり。それでも目を開いて、主を見やった。 『あら？ 珍しいわね。 「お前、下手に美人してるから生身の人間より手がかかるんだよ…頼むから無理すんな…」じゃないのかしら？』 驚いたように、青みがかった黒髪が揺れる。儚げな顔立ちが、涙跡のように見える頬の筋が、何かを訴える。 「頼んだからな」 『…分かったわ』 真剣に念押しする、江流の声。再び瞳を閉じた波美は、一言だけ答えた。 「とにかく、あの子の指し示す方向に向かおう。一定時間毎に方角を確認しながら、ね」 菫は班分けの案を出す。後衛を前衛で挟むように組んで、少し間隔を開けて二班で進もうと。 「雪芽さんを先行させすぎると危険だし、あたし達の直ぐ上くらいにいてもらうね」 視線の先で、葵が移動していた。好奇心が強く、明るくて物怖じしない。 ちょこんと、雪芽の背中に乗って見た。碧い瞳を見開き、騎乗体験を満喫。 『そんなことしたら、ダメだよ。かわいそうでしょ？』 ふよふよと輝々が近づく。悪戯っ子を捕まえると、ぷうっと頬を膨らませる。 『えー、おもしろいのに！ …痛っ』 菫に軽く頭を小突かれ、しょんぼりとする羽妖精。雪芽の背中から、渋々降りる。 『えっと、僕の名前は輝々っていうの。大好きなのは青空とお日様だよ。よろしくね！』 雪芽の前に移動した人妖は、恥ずかしがり屋。だが、にっこり笑って、固まる雪芽の気持ちをほぐした。 ●破 「四季の匂いが感じられない森…この森にもまた春が訪れますように」 魔の森を寂しげに見渡す、レティシア。ジルベリアに居る祖母に習った礼儀作法と共に、静かな祈りを。 江流はサバイバルナイフで、傍の木に目印を刻んだ。さらに、透夜が白墨で書きこんでいく。 全ては帰り道のため。念には、念を。 「…争った跡？」 透夜は荒れた地面を見つけた。そこだけ、樹木が切り倒され、地面がえぐれている。 『なにかを木で押しつぶしたようだな』 えぐれた部分は、おそらくアヤカシが消滅した後。主を真似し、ヴァイスも推理した。 張り詰めた空気。魔の森の中には、アヤカシがいる。 ロングコートにコーラスベレー。オシャレな衣服を草まみれにして、レティシアは隊列の最前線を行く。 お供の忍犬は、更に土を塗りたくられて迷彩状態だ。と、レティシアの耳が、違和感を捕らえた。 「なにか音が…木のこすれる音にしては、大きいです」 匂いをかぎ取り、ミルテも立ち止った。白犬しっぽを立てると、唸り声を上げる。 レティシアは、後方に向かって手で合図を送った。開拓者達は従い、地面に身を伏せる。 前列に位置していた崔は、止まった。見上げた空には、迅鷹たちの姿。羽ばたきの様子がおかしい。 心がざわめく。五感が訴えるままに、右前方を見た。 遠くの木陰が揺れている。足の裏に伝わる感触、微かに揺れる地面。 「…右側に三体居るな」 心眼「集」を発動させながら、江流は注意を促す。波美の銃撃が一体の単眼鬼を捕らえた。 唸り声を上げながら、鬼が迫ってくる。江流の構えた太刀から、梅の匂いが漂ってきた。 鬼の刀をいなし、江流は前へ。波美は梅の匂いを宿した太刀が、胴に食い込む瞬間を見届ける。 髪の両側面で、枝垂桜の簪が優美に舞った。桜が好きな、玄人を象徴する一品。 弓を構えたまま、横に向けて走る。攻撃をすると見せかけ、相手の注意をひきつけつけた。 と、軽く眉をひそめる。木の根が邪魔だ、足場が悪い。それでも、駆け抜けるのは止めなかった。 「俺と渡り会う気か？ 面白い」 玄人の後頭部の黒い一本角は、修羅の証。戦さの民と形容される、種族の証。 いかなる危機にも怯まず、己を武器に戦場を切り進む者。 襲い来る敵を翻弄しながら、再び矢を放つ。単眼鬼に隙が生まれた。 崔は親指と人さし指を口元に当てる。響き渡る指笛の音。 「森の中だ、図体のでけえ奴より小回りが利く側に利が多い」 灰白色が降下してきた。月光は煌めく光となり、深緑色の泰拳袍「玄武礁」に宿る。 踏み込む足。姿勢を低くしつつ、急ぎ木の裏に。森に紛れた深緑色は、単眼鬼に向いて飛び出した。 垂らしたツインテールが揺れる。伸びあがる仕草で、蹴り飛ばした。 鬼も姿勢を崩しながら、大太刀を振り下ろす。崔は月の光をまとったまま、背転飛びで逃れた。 「腕力任せで突っ込んできたとしても…相手の得物を止める障害物になりゃあ隙が捻じ込めるしな」 上手く小枝を盾にしながら、着地する。素早く拳を握った。両手が真赤な炎で包まれた。 「ま、やってみろって事じゃね？」 眼鏡の奥の瞳は、鬼を捕らえる。炎が鳳凰の羽ばたきのように、大きく広がった。 全てを焼きつくす。こだまする音は、相棒の月光の鳴き声の如く。 虹色が、水月に近づこうとした。彩颯の翼から放たれる輝き。 「彩颯ちゃん、雪芽さんの傍についてて欲しいの」 水月は首をふりふり、相棒にお願いする。雪芽が一人先走らないよう、抑えてくれるように。 「にゃーなの」 水月の指差す先に、真っ白な仔猫が現れた。『呪縛符』の式は、鬼の足元に甘えるようにまとわりつく。 鬼の視線が逸れた。水月はキッと鬼を睨む、無言で怒っていた。 懐から、太陽針を投げつける。陽光が凝縮して作られたと言われる暗器が、鬼の目を潰した。 同時に、小さな矢が単眼鬼の足を執拗に狙う。相棒弓「白樺」から放たれる、葵の矢だ。 体格差もなんのその。とても気が強くて、そう簡単に自分を曲げない性格。攻撃方法も同じ。 その隙に、菫はウィングド・スピアを構えた。心の対話、己のうちに潜む精霊に力を願う。 不規則に揺らめく金の髪、ジルベリア出身の両親から貰った髪色。全身を巡り、両腕から伝わり、槍に宿る精霊力。 短い気合と共に、槍を前に突き出した。突き刺さると同時に巻き起こる嵐、強力な衝撃波。 単眼鬼は耐えようとした。できない、弾き飛ばされる。 アイギスシールドを構えた、透夜の側へ。不破の盾を手にした騎士は、揺るがない。 盾を押し出して、一気に距離をつめる。急接近する相手に、鬼はついていけない。 透夜が手にした武器。ほのかな水色の刀身に、聖なる精霊力が宿る。透夜は不意打ちを。 まず、太刀を構えた鬼の腕を狙った。切り取られた腕は、地面に落ちる前に、塩になって崩れ去る。 間髪おかず、ヴァイスは破穿撃を仕掛ける。鋭く穿つ刃先が、鬼の背中に。 悲鳴ともつかぬ声を上げ、鬼は暴れる。そして、瘴気となって霧散した。 ●急 子迅鷹の声が激しくなった。泣きわめく。 「雪芽さん、『ここ』なんだね？」 菫は空に向かって尋ねる。目的地に近いようだ。 「…おまえが伝えたかったのは、この子のことで間違いないか？」 うつむいたままのからくりが居た。見下ろしたウルグに向かって、悲しげに鳴く雪芽。 「必ず、連れて戻る。…もう少しだけ、抑えていてくれ」 雪芽の頭をなでるウルグの口調は、優しげだった。数人がからくりのスペアパーツを取りだす。 透夜は江流に修理を任せた。後ろで控える相棒に視線を送る。 「ヴァイス、あの子の事、気になるのか？」 『まあな。同じカラクリとして興味はある…。それが、他が為に命を張れる者なら尚更だ』 ヴァイスの声には、尊敬が含まれていた。自我の発達が著しい。 「…わたしは専門外で力不足なの」 ちょっと落ち込みの水月。でも、あさひの容体は気になる。ローレライの髪飾りを揺らし、透夜の背中から覗きこんだ。 「応急処置できる仲間がいてくれたことに、ホッとするの」 きらきらと、水月の表情が輝く。あさひの金の髪が、少し揺れた。再起動できそうだ。 かすかに軋む音がした。少しだけ動く指先、徐々に持ちあげられるモノ。 人で言えば、まぶただろうか。ゆっくりと、光が現れる。金の光、お日さまの色。 からくりが瞬きをするように作られたかなど、誰も知らない。けれども、あさひは瞬きをした。 『嬢ちゃま…？ もう起きる時間ですか？』 何度か目をしばたたかせる。薄ぼんやりした中で、小さな主を初めて見たときのように。 混乱する記憶、魔の森の中の出来事。金の瞳が見開かれる。 『琴音（ことね）嬢ちゃま！』 あさひは、一気に身を起こした。振り乱れる金の髪と、小さな主への想い。 と、真っ白な塊が突っ込んできた。雪芽があさひに突撃する、何事か賑やかに鳴きながら。 『あなた達は？』 『あの子に呼ばれたのだ。貴方を助けてくれと、な』 ヴァイスは雪芽の翼を撫でた。甘えるように、雪芽は頭をこすりつける。 「アンタ、なんて言うんだ？」 なんとなく落ち着いた相手に、玄人は大切な事を尋ねた。それは名前。玄人自身にとっては、思い入れのあるモノ。 開拓者になる際、不退転の覚悟として本名である「義乃」を捨てた。死んだ兄の名前を名乗る事を選ぶ。 幼少時にアヤカシに襲われて壊滅した、冥越の隠里を忘れぬ為かもしれない。 『あさひと申します』 「あさひ殿か、俺は良い名前だと思うぞ」 玄人の赤い瞳が、からくりを見下ろす。江流は、息を吐きながら立ちあがる。 「ここじゃ応急処置しかできんが…必ずあんたの主人のとこまで連れてってやるからな」 真っ白な子迅鷹が、あさひの肩に止まった高らかに鳴く。波美は珍しく目を開け、二人に瞳を向けた。 『私も前に一度「人形祓」を使って主に怒られたから…からくりが主を悲しませる様な事があってはいけないわ』 人形祓とは、自らの身体を盾とし、敵の攻撃から守る技法。からくりにとって、条件反射に近い。 『ふふっ…私の主はからくりには特別優しいのよ』 波美は、穏やかな笑みを浮かべて告げる。江流は出かける前に、波美に人形祓を使って良いと言った。雪芽を守れと。 『奮闘されたようだな…だが、倒れるのはココではあるまいよ』 ヴァイスも、あさひに語りかける。讃えることも忘れず。 『むぅ、アヤカシの気配が迫っておるな。我も一帯から独立した濃度の瘴気がないか探ってみるかの』 宝狐禅の声がした。導は呼び出していないのに、勝手に出てくる。 「場所が場所だし、相応に急ぐ必要があるな」 『瘴気はうぬらに力を与えるだけのものではないと、とくと思い知らせてやろうではないか』 透夜に向けて、導はくつくつと薄笑いを浮かべた。アヤカシ共に、魔の森に挑戦するように。 「それじゃあ、行くよ。ヴァイスは、訓練通りにね」 『諒解だ、主』 ヴァイスは、古風な口調を使う。甲冑とお揃い色の白銀の首飾りを揺らし、からくり騎士は頭を垂れた。 レティシアは、厚手の黒革コートを獲りだした。そっと、からくりの肩にかける。 「あさひさん、これをどうぞ」 友の御守りを揺らし、ミルテが何度も吼えた。レティシアの成長が、嬉しい。 レティシアの祖父とした、男の約束。レティシアの幼い時から兄的存在として、ずっと見守ってきた。 「助けられて良かった、うん」 不安定ながら、あさひは立ちあがる。見守る菫は、安堵の笑みを浮かべた。 「あたしのもう一人の相棒も、出会った時は誰かを逃がしたかのように激しい破損状態で活動停止していたんだよね」 常に明るいはずの菫の口調が、少し重くなる。早く、栗毛のからくりに会いたくなった。 「歩くのが、きつそうだな」 崔はあさひの前に回った。しゃがみこみ、背中を見せる。 「野郎連中で交代して背負えば良かろ、うん」 あさひを背負い、軽々と立ちあがった。優男のどこに、そんな力を持っているのかと、疑うほど。 一見強そうに見えない外見こそが、実は崔の一番の「武器」である。ふよふよと、輝々がやってきた。 『あさひちゃんは、お日様色の髪と目なんだね』 人妖浴衣「花風」を揺らし、輝々は笑う。次いで、後ろを振り返った。 玄人の心眼「集」が捕らえたのは、アヤカシが近づく気配。 『僕もね、お日様は大好きだよ…。だから近づけさせない……！』 ギュッと、火槍を握り込んだ。口を大きく開き、何かを叫ぶ。 声なき声。耳に聞こえぬ、輝々の心の声。呪声は、近づく単眼鬼に襲いかかる。 「あさひ殿と雪芽を守りながら、安全地帯に向かうぞ」 立て続けに放たれる矢。猫弓を構えながら、玄人は移動を促す。 「輝々、無理はするなよ。自分が無事でも相棒が無事じゃなければ喜ばないしな」 単眼鬼が振り下ろす大太刀を、玄人は篭手払で交わしながら言い放つ。 『うん、分かってる。皆で帰るんだ』 後ろに控えた輝々は、コクンと頷いた。あさひを小さな主の元へ、連れて帰るために。 |
