白梅の里と桃包の宴
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/05 19:56



■オープニング本文

●白梅の里
 白梅の里は、朱藩の山里。梅を特産品とする、小さな里だった。
 現在、白梅が咲き誇る季節を迎えている。里の入口にも、裏山の頂上にも、満開の花。


 去年の七夕、白梅の里に赤子が生まれた。小梅(こうめ)と名づけられ、元気に育っている。
 まだ立ちあがりは出来ないが、一人で座ることを覚えた。小さな手で拍手する芸当をしてくれるらしい。
「本当に小梅ちゃんは、かわいいんですよ!」
 従兄夫婦に生まれた赤子を、自慢するサムライ娘。真野 花梨(まの かりん)は拳を握る。
 ここは、開拓者ギルド本部。真っ白な虎しっぽを揺らし、不思議そうな顔をする猫族が話しを聞いていた。
 真っ白な虎の新妻は、ギルドの受付に視線を向ける。敬愛する夫に尋ねた、素朴な疑問。
「喜多(きた)様、人間の赤ちゃん…と申しますの? どのような生き物なのですか?」
「えっと…、人間も小さくて丸かったと思うけど…。僕たちみたいな耳としっぽは無かったはずだよ」
「まぁ、しっぽがありませんの!?」
「ほら、『人間』って、しっぽ無いから。たぶん、無いんだと思うんだけど。
…でも、もしかしたら小さい時はあって、大きくなったら無くなるのかもしれないね」
 真っ白な虎の新妻は、故郷の泰国では箱入り娘。ものすごく、世間を知らない。
 新婚の若手ギルド員、おもいっきり考え込んだ。虎猫しっぽが、滅茶苦茶に振られている。
 猫族とは、泰国の獣人の総称。九割が猫か虎の獣人の為、そう呼ばれていた。
「生まれた時から、小梅ちゃんにしっぽはありませんよ! 獣人じゃないんですから!」
 考え込む新婚猫族たちに、天儀育ちのサムライ娘は叫ぶ。
「まぁ、もしかして、耳もありませんの?」
「耳はあります、生まれた時から人間の耳が! 花月(かげつ)さん達みたいに、獣耳じゃないですよ」
「そうなんですか。実は僕、人間の耳って、変形したり毛が抜けて、ツルツルになるんだとばかり思っていました」
「生まれつきなのですわね。私も驚きましたわ」
「耳もしっぽも動かさずに、どうやって感情表現するのか不思議だよね、花月」
「ええ、本当ですわ、喜多様」
 真剣に言い放つ、虎猫ギルド員。まんまるになる、白虎の新妻の瞳。
 サムライ娘、思わず天を仰いだ。異文化と言うか、異種族コミュニケーションは難しい。
 ぐっと、拳を握り直し、視線を前に戻す。ため息と共に、言葉を吐きだした。
「…喜多さん、花月さん。一緒に従兄の家に行きますか? 一度、『赤ちゃん』を見といた方がいいと思います」
 サムライ娘、心配になった。のんきな新婚夫婦の将来が、心配になった。
「従兄には、私が連絡をしておきます。だから、安心して訪問して下さい」
 ここで、新婚夫婦を逃せば、今後の生活に支障が出る。そう、判断した。
 瞬時に思考を巡らせる、サムライ娘。一つの提案をする。
「花月さんは、天儀の習慣を知りませんよね? 従兄の家に勉強に行きましょう。
まずは花見、梅の花見を。それから、桃の節句を教えてあげます」
 新妻は感嘆の声を上げる。嬉しそうに、真っ白な虎しっぽが振られた。
「喜多さんは、従兄の家で桃饅頭を作ってくれませんか? 泰国の料理は珍しいから、白梅の人々も喜ぶと思います」
 二つ返事で引き受ける、若手ギルド員。実家は料亭、お安い御用である。
 桃饅頭こと、桃包(タオバオ)。桃の実の形に似せて作る、あんこが入った泰国の点心料理。
 偶然、雛まつりの日にご馳走になった食べ物を、サムライ娘は覚えていた。


 旅は道連れ、世は情け。ウキウキした若手ギルド員夫婦は、あちこちで言いふらす。
 後日、噂話を聞きつけた開拓者達は、道中の護衛を申し出る。
 もちろん、目的は梅の花見。相棒と共に、白梅の里に訪問することになった。


■参加者一覧
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
御陰 桜(ib0271
19歳・女・シ
レティシア(ib4475
13歳・女・吟
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●匂草
 忍犬が修業を積み続けると、闘鬼犬になることが出来ると言う。
 人懐っこい黒白の子しばわんこ、忍犬の雪夜が目指す先。先輩しばわんこの桃は、闘鬼犬であった。
『山中で修行というのも良いですね』
 桃は主の御陰 桜(ib0271)を見上げ、流暢な言葉を紡いだ。
 闘鬼犬の中には、人語を操るものが居る。桃自身は一般人を驚かせない様に、人前では喋らないようにしているが。
『あんっ♪』
『雪夜は「おでかけたのしみ〜」と申しております』
 しっぽをふりふり、雪夜が吼える。真面目な桃は、きっちり通訳。
「合戦とかで大変な時こそ、息抜きが大事よねぇ♪」
 桜の飾りのついた相棒用襟巻を揺らし、桃は立ち止まる。無言で主を観察。
(どちらかと言うと、桜様は息抜きの合間に仕事をなさっているのでは?)
 真面目な桃は、軽く頭を振るう。首筋の毛色の違う部分が揺れた。桃の花に似た毛並みが。
『あんっ?』
 雪夜が不思議そうに覗きこむ。桃は笑って見せた気がした。
『なんでもありません、参りましょう』
『あんっ♪』
 甘えん坊なわんこは、しっぽをはち切れんばかりに振った。
 神座亜紀(ib6736)は黒髪を大きくなびかせながら、話しこむ。
「白梅の里や小梅ちゃんの事は前にお姉ちゃんに聞いた事があるよ。一度行ってみたかったんだ」
 ほんわかした雰囲気の、擬人化猫ぬいぐるみ「にゃんすたー」を抱きしめる。
「里に行ったらボク、小梅ちゃんと遊ぶんだ♪」
 お土産の人形、気に入ってくれるかドキドキしていた。
「しらさぎも赤ちゃんの扱い知らないわよねぇ」
 赤い瞳の上級からくりは、またたきした。ふわふわの真っ白な髪が、ふわふわと踊っている。
 礼野 真夢紀(ia1144)は考えた。十六〜十八才に見える、美人さん顔の相棒を見ながら考えた。
(小さい子に触れ合う機会ってなかなかないけど…お姉様結婚したら赤ちゃん生まれる訳で)
 何故か基本思考が七〜八才程度より、上に行かないからくり。二人の姉を持つ真夢紀を、心配が支配する。
「しらさぎ、梅の花見に行きましょ」
『マユキといく。うれしい♪』
 真夢紀の視界で、ふわふわの真っ白な髪が、ふわふわと踊る。龍の外套と一緒に、くるくると回転した。


 山里の入口には、一本の白梅の木が立っている。海神 江流(ia0800)と上級からくりの波美も里に足を踏み入れかけた。
 波美の足取りが止まる。不思議そうな声を出した。
『この木…主の剣と同じ香りがするわ…』
「【白梅香】の事か」
 足を止めた相棒に気付き、江流が振り返る。額に結んだ深い青色、海の色の布と共に。
 白梅香とは、志士の技法。武器に梅の香りと白く澄んだ気を纏いつかせ、触れた瘴気を浄化させる、江流の技。
「それが梅だよ。見るのはじめてだったっけか?」
 江流の言葉に、小首を傾げる波美。青みがかった黒髪が、不思議そうに揺れ動く。
 ゆっくりと瞼を開けた。深い色の瞳が現れる。江流以外にはあまり見せない、瞳が。
 白い花弁を見つめた。自分の目で、もう一度見直す。ぼそっと語った感想。
『主のイメージと遠いわ』
「…おい、聞こえてっぞ」
 どういう意味だと、軽く睨む主に、波美は微笑む。
 見つめる瞳は、少し意地悪な光を宿しつつ。笑い声は、実に楽しそうだった。
 濃い梅の香りに、レティシア(ib4475)は歓喜の声を上げる。
「みやび!」
『それなに?』
 ふよふよと寄ってくる、でっかいテルテル坊主。宮坂 玄人(ib9942)の相棒、人妖の輝々だ。
「天儀では、喜びをこう表現するんですよね?」
 すました顔で尋ねる、ジルベリア育ちのレティシア。感無量で、白梅の木にうっとり真っ最中。
「…天儀全域じゃないと思う」
 どう答えたものか、考えあぐねる冥越の隠里出身の玄人。良い答えを思いつかなかった。
「今度じいじ達も連れてきてあげたいね、ミルテ」
 相棒の忍犬が、足元からレティシアを見上げていた。白雪を彷彿させる、ふわふわの毛並みが風にそよぐ。
 レティシアはジルベリア北方の小村で、祖父母に育てられた。今は天儀人の祖父の日記を頼りに、旅に出ている。
「ミルテ、引っ張らないでよ」
 梅の匂いに夢中になる、レティシア。お目付け役のミルテが、春風の羽をくわえて、移動を促す。
 妹分の吟遊詩人は、集中すると、疲れは二の次で没頭する子。きちんと見守るのもミルテの役目だ。
「輝々、久しぶりの自由時間だ。楽しく過ごすぞ」
 白梅の木の前で、大きく背伸びをする玄人。相棒の人妖、輝々はふよふよと白梅の木に近づく。
 まとう人妖浴衣「花風」が、衣擦れを起こした。白色の清廉な地に、赤桃黄色の花柄が控えめながらも咲き乱る柄。
『これが梅の花……雪みたいに真っ白だ』
「梅全般の花言葉は“忠実”、白梅の花言葉は“気品”というらしいが……成程、花言葉通りの美しさだな」
『花言葉、知ってるの?』
「好きな花限定だけどな。因みに、桜の花言葉は“純潔”だ」
 青い瞳を真ん丸にして尋ねる輝々。桜関連の道具を密かに集めているほどの桜好きな玄人は、さらりと知識を披露した。


●風待草
「遊びに行こうと思うんだけど、面白そうな場所はあるかしら?」
 桜は里を散歩しながら、出会ったしらさぎ達に聞いてみる。里の子供に混じって、遊んでいた。
 裏山の頂上では、絶景が見られるらしい。山頂近くの岩場や、川の源流もほどよい遊び場だ。
「小梅ちゃんご一家と新婚さん達誘って、お花見出来るかな?」
 小梅の一挙一動に、盛り上がる面々。遠巻きに眺める、真夢紀は泰国産めろぉんと薔薇酒抱え、悩み中。
『あら、悩んでいるの?』
 隣から、波美が当。瞳を開け、盛り上がる面々を眺めていた。
「確か赤ちゃんって生まれて半年過ぎたら離乳食始めるんでしたっけ? 果汁を水で薄めたものもあげるとか聞いた記憶が…。
あ、お花見で梅の香り楽しむなら、お酒は梅酒が良いけど…薔薇酒なら色が綺麗だから」
 真夢紀はぎゅっとお土産を抱きしめる。懸命に考えて、考えて。…考え過ぎて、動けないでいた。
 相棒のしらさぎは、盛り上がりの中心に居ると言うのに。明るくほわほわした性格が羨ましいかも。
『母親に聞くのが、一番だと思うわよ』
 波美はさり気なく示す。真夢紀の憂い顔は、明るい顔に。青い瞳をきらきらさせ、移動する。
「道中言ってた小梅ちゃん一家か…赤ん坊に興味あるのか?」
『…主に子供が出来たら私が育ててあげる。というのも悪くないか、と思うの』
「今のところ予定ねぇぞ」
 江流は、お裾分けの薔薇酒をあおる。村の幼馴染みの家出お嬢の、お守り兼お目付け役で十分だ。
『…私が生身の女なら良かったのだけれど。ね』
 ふっと、沈み込む波美の声。球体関節の見える指先を、無意識に袖の中に隠す。
 硬く冷たい自分の体、からくりの身体。柔らかく暖かい、人の肌に憧れる。
「別にお前はお前のままでいいんだよ」
 江流はゆげの上がる、桃包を手にした。強引に波美の腕をつかみ、食べろと押しつける。
(いつかこいつが望むような綺麗な身体を、与えてやれるといいんだけどなぁ)
 波美が甘い蒸し饅頭を味わう姿は、人と変わらない。江流の開拓者生活、先は流そうである。


『真夢紀ちゃん、美味しそうだね?』
 玄人の家の前で行き倒れていた輝々は、興味津々。真夢紀の料理を空から眺める。
 桜たちが山登りをすると聞き、玄人に同行をおねだりした。お弁当が楽しみな身。
「お花見弁当の定番、鳥の唐揚です」
 ゴボウの千切り入り、鳥つくねを揚げた。それから、じゃが芋のすり揚げを一緒にお醤油で甘辛く味付けしたものだ。
「見栄えは今一ですけど美味しいんですよ。お醤油が下味だから、泰国じゃあんまりないでしょうし」
 にこにこと説明する、真夢紀。喜多の実家では、唐辛子が幅を利かせる事も多い。
「菜花は塩昆布を小さく刻んだものに、ちょっと橙の汁とお醤油合わせたものを混ぜてます。
あ、ワカメとヨモギは、早生の蕗と天麩羅に。筍の煮物は鰹節と一緒に煮た物にしましょう」
 と、しらさぎの声がした。ブンブン振られる、右手。
「マユキ、みてみて!」
 運よく、ツクシを見つけたようだ。…卵とじの具、決定である。
「輝々には、名産品の桃包も食べさせてやりたいな」
 玄人の目には異国情緒あふれる、桃の蒸し饅頭が映る。ただいま、蒸籠の中で出番を待っていた。
「可能なら『司空家の叉焼包』を食べてみたいな。前の合戦の時に貰ったものは…」
『玄姉ちゃん、大丈夫?』
 遠くに飛んだ玄人の意識。輝々がふよふよと移動し、玄人の目の前で手を振る。
 玄人は少し前、喜多の故郷を救うために、泰国に戦ってきた。そこで口にした肉まんが忘れられない。
「まぁ、心配なので俺だけ食べるさ」
『なんで?』
「輝々が食べすぎたら困るからな」
 てるてる耳飾りを揺らしながら、玄人は笑う。輝々をからかう意志は明白。
『ダメ、ダメ! 僕も食べるの!』
 金の髪を振り乱し、輝々は主張し続ける。恥ずかしがり屋だが、自分の意見は言う方だ。
 ぷぅぅと、小麦色の肌のほっぺを膨らました。命の恩人を、軽く睨む。
「冗談だ、一緒に食べるぞ」
 玄武は赤い瞳を緩める。怒った相棒の頭をかるく撫でると、叉焼包を指差し笑った。


「こんにちは、お邪魔します」
 金の髪を揺らし、おじぎをするレティシア。一目で小梅のファンになった。
 最初は控えめに、遠巻きに。知らない人が来たら、泣き出しちゃうかもと思って。
 一人でお座りする姿を見て、目をウルウル。小さな手を叩く仕草を見て、きゃーきゃー♪
 亜紀はブーツを脱ぎ飛ばし、急いで赤ん坊に接触する。
「ボクは亜紀だよ、亜紀姉ちゃん♪」
「まゆ姉ちゃんですよ♪」
 小梅を前に、張り切る亜紀と真夢紀。二人の姉を持つ末っ子たちは、年下の存在が嬉しくてたまらない。
 亜紀の相棒、提灯南瓜のエルがふわふわと空を飛ぶ。珍しがった小梅が、エルの帽子をぺちぺちした。
 それでも起こらないのは、さすが。亜紀に起こるなと、言いくるめられている。
 愛くるしい仕草に、人懐っこい笑顔。レティシアは我慢できなくなった。
「遊ぶご許可を、ぜひぜひお願いします!」
 まずは、座ったままの抱っこの仕方を習う。さすがに、立てって抱っこする勇気は持てなかった。
「さて、何をして遊ぼうか」
 小梅を前に、亜紀は考える。ふわふわ浮かぶ相棒を見て、思いついた。
「エルに怪奇現象でお手玉を空中に浮かばせてみようか。うーん、小梅ちゃんも怪奇現象で浮かばせられるかも。
あ、浮かばせるだけで投げちゃ駄目だよ」
 細かい制御はできないので、そこが難点か。万一に備えて、十分注意するつもりだったが、花梨に止められた。
「鞠を転がして遊ぶのもいいかな?」
 美しく色鮮やかな糸を巻いて作られている鞠を手に、亜紀は確認を取る。
「小梅ちゃんに蛍光ペンで落書きしちゃ駄目だよ!」
 鞠をうけとり、ふわふわと降下してくるエル。背中から、奇妙な友情で結ばれた相棒が
声をかけていた。
 ひとしきり一緒に遊ぶと、小梅の目が何度か閉じかけた。
「小梅ちゃん、おねむの時間ですか?」
 レティシアの声に、おりんが抱き上げる。小梅は母親の腕の中でまどろみかけた。
 と、おねむさんが他にも。遊び疲れた亜紀も、船を漕ぎ始める。
 花梨が敷いてくれた布団の上に、案内された。小梅を隣に、揃ってお昼寝。
「やっぱり赤ちゃん可愛いな♪ ボクも赤ちゃん欲しいな」
 小梅の小さな手を握りしめ、亜紀は小さな感想とあくびをもらす。
 レティシアは、琴を取りだすと、優しくつま弾きだした。流れる、安らぎの子守唄の旋律。
 朧げな記憶を頼りに、大切な宝物を歌い始める。母が聞かせてくれた気がする子守唄を。
 二人は小さな寝息を立て始める。白梅の匂いに包まれる、春の夢をみながら。


●春告草
 翌日は快晴。お弁当片手に、山のぼりへ。
 それは修行も兼ねて、追いかけっこしながら上る一行の会話。
「それじゃ出発するけど、桃は本気出してぶっちぎらないようにね?」
『分かりました』
 桜はお弁当をしまいながら、相棒に声をかける。
『あんっ』
 がんばるぞ〜と、雪夜はやる気満々。しばわんこしっぽが、はち切れんばかりに振られた。


「さすがに山頂の眺めは違うな…」
 相棒の後ろから、下を見下ろす玄人。白梅が咲き誇る山里を眺める。
 黒い髪を止めた髪留「梅花」が、ゆるく陽の光を受けていた。春の訪れを肌で感じる。
『玄姉ちゃん、絶景だね♪』
 ご機嫌な輝々。レティシアほど上手くないが、鼻歌を歌ったりしている。
 どこもかしこも、白梅一面。ところどころに、植えられた赤は紅梅だろう。
 玄人が感動に浸っている間に、輝々はふよふよと移動。真夢紀と会話を始める。
『ねぇ、ねぇ、お弁当まだ? 肉まんでもいいよ』
 ふわふわと、亜紀の相棒のエルも近づいて来た。お弁当の言葉に反応したらしい。
 どうやら、輝々も、エルも、花より団子主義の様子。
「これは筍ご飯…あ、わらびも一緒に刻んで炊いてますよ。こっちは、アサリを持ってきて作った、潮汁です」
 興味津々、真夢紀の手元を観察中。
「今の時期なら、きびなごの佃煮買っても美味しいです。ほら、あれですよ。お重の隅においておくと…」
 振り返りかけた真夢紀の後ろで、聞き覚えのある鳴き声が。
『あん♪』
 雪夜、佃煮を物色中。通訳の桃がいないけど、きっとこう言ってる「おいしい♪」って。
 幸せそうな鳴き声に、真夢紀は怒るのを諦めた。あとで、桃からカミナリが落ちるだろうけど。
「甘味は…ちょっと早いけど桜餅です」
 桜餅は二種類。まずは、桃色焼皮で餡子を包んだものを作る。
 それから、もち米に食紅でちょっと色を付けて、包んだものを。
 最後の仕上げに桜の葉も忘れずに。
「…輝々、性別を言ってみろ。自覚はあるよな?」
 あきれた玄人の声が聞えた。輝々の動きが止まる。便宜上は女の子の為、少年のような外見なのが悩み。
「がっつり食べる前に、食べる準備の手伝いだろう?」
 ふよふよと、高度を下げる輝々。桜が広げようとした茣蓙の側に降りて、手伝い始めた。


 お待ちかねのお昼ご飯。白梅の木の下に、茣蓙が敷かれ、その上に座った。
 桜のお弁当の中身は、わんこたちも食べられるように配慮したもの。桃と雪夜は、仲良く分けあった。
「たまに変わった酔癖のあるヒトとかいて面白いのよね♪」
「そんな人いるの? ここには、居ないよね」
 梅酒の味見をしながら、桜は軽く言う。宴会は好きだが飲むよりも、酌をして酔った様を見てる方が好き。
 お子様用の梅蜜を注いでもらった亜紀は、笑い返す。と、花月の高ぶった声が聞えた。
「喜多様、飲み過ぎですわ!」
 …居た。喜多の梅酒は、花月に取り上げられる事態に。
 あまりに酔っぱらうと、丸くなって寝てしまうから。虎猫だし。
「えっと…お母さん呼んでるーお腹空いたかな?」
 小梅の泣き声に、レティシアはオロオロ。妹分のレティを子守ってきたミルテは、ベテランの風格でダメだしする。
 ぐずりだした小梅を前に、母親は手際よく動き始めた。おっかなびっくり観察する花月。
「おしめの変え方、花月さんも一緒に覚えようよ。喜多さんとの赤ちゃんが出来た時の為にね」
 小梅の両足首を左手でまとめて持ち、空に持ちあげるおりん。右手でお尻をふいたり、中の布を変えたりする。
「お姉ちゃん達がよくボクのお締めを変えてあげた、って言うんだけど、お締め変えるのも大変なんだね」
 観察しつつ、亜紀はぼそりと言う。ふっと、浮かんだのは姉たちの顔。
「お姉ちゃん達に感謝しなくちゃね」
 亜紀は、姉妹の中では一番現実的な性格をしていた。


 陣羽織「桜舞流し」が大きく衣擦れを起こす。桜から立ち昇る、やる気の気配。
「追跡の訓練ね♪」
 主の言葉に、桃と雪夜はしばわんこのしっぽを振る。鬼役たちも、どんどんやる気に。
「行きのにおいに惑わされない様にね」
 軽やかに移動を始める、桜の足元。桜色の髪をなびかせ、山道を疾走する。
『六十数えて下さい、それから探しに行きますよ』
『あんっ!』
 桃の声に、雪夜は頭を低くする。地面の匂いを嗅ぎながら、出発を待った。ついに飛び出す。
『桜様の気配は分かりましたか?』
『あんっ!』
 岩影にもぐりこむ雪夜、真ん丸な瞳。嗅覚追跡を使って、主の痕跡をさがした。
『惑わされましたね』
 雪夜はしょんぼりと、もどってくる。口にくわえているのは、桜の耳飾り。騙された。
『私が行きましょう』
 座っていた桃は、すっくと立つ。本気を出した桃に、川の源泉に居た桜が見つかるのはすぐであった。


「喜多さんの桃包、楽しみだな♪ エルも待ちきれないみたいだよ」
 亜紀とエルが初めてであった時、おやつの取り合いで取っ組み合した事が懐かしい。
「花月さんはいつもこんなの食べられて羨ましいな。ボクもお菓子作りが上手な人と結婚しようかな♪」
 蒸籠に入れられる桃包と叉焼包を見学しながら、亜紀は子供っぽい面を見せる。
「やっぱ甘いのの合間にこういうのがあると嬉しいよな」
 山里の特産品、梅酒を手に入れた江流。ちびちびやりつつ、上機嫌。
 頼んであった叉焼包にも、手が伸びる。喜多と花月が、出来たてを届けてくれた。
 波美は桃包の手触りを確かめつつ、一口かじる。甘い白餡を味わい、飲み込んだ。次の一言。
『あなた達は…つがいなのかしら?』
 花月が固まった。言葉の意味が分からず、反応でき無いのが正解。
「何をナチュラルに失礼な事ぶっこいてるかな君は」
 荒ぶる江流の声。普段は投げやりな言動で、やる気をあまり表に出さないのに。
 新婚夫婦に平謝りする主の姿は、瞼を閉じたままの波美には見えない。愛想笑いする喜多の声が、場を治める。
『…間違えた…かしら?』
「間違ってはないけどね!」
 不思議そうな波美、猫玉が揺れた。江流の隣でそこはかとなく漂う、マタタビの香り。
『主は、そういう相手居ないわよね…』
「お前みたいなからくりの主人やってると結構忙しいんだよ」
 江流は軽くため息をついた。拍子に、八徳の数珠が音を立てる。
 人としての徳高きものに力を与えるといわれる数珠も、苦笑しているようだ。
『それじゃあ、恋人が出来るまでは私が代わりね』
 波美は桃包を食べながら、ころころ笑う。今日は、やたら機嫌がいいようだ。
 隣のレティシアは相棒を見下ろす。日頃頑張ってくれてるミルテを休ませてあげたくて、白梅の里に来たのだから。
 白いわんこしっぽが、大きく振られた。白梅の匂いを楽しんでいる。
 伏せしてくつろぐミルテを認めると、琴「花梨」を準備した。一弦はじく。
「ミルテも、一緒に聞くよね?」
 ある光景が脳裏に浮かんでいた。空から降ってくる、泡雪。薄く地面に降り積もる、淡雪。同じ発音なのに、違う雪。
 そっと掌に受け止めた雪は、ゆっくりと儚く溶けてゆく。春の優しき光と共に。
 雪の記憶は、白梅の花弁に変わる。枝に広がりゆく、白い春の記憶に。