【遊島】秘境探検隊・温泉
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/30 17:14



■オープニング本文

●御猫様
 神楽の都の開拓者ギルド本部。ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、早口でまくし立てる。ギルド受付の様子を伺いながら。
「…でな、女房の実家が、ご隠居を送って来たんだ」
 ギルド受付の上で、ふわふわの座布団に座る猫又。年老いても劣ろえぬ、毛づやが自慢。三毛猫しっぽを優雅に揺らす。
「これ、弥次さん。出立はいつになるのですか? 妾は待ちくたびれましたよ」
「ご隠居、もうちょっと待ってくれ」
「そなたは、そればかりではありませんか」
 気分を概したのか、三毛猫しっぽが一度大きく振られる。取り繕うように、人妖が猫又の前に進み出た。
「ご隠居、坊っちゃん達も一緒でさ。初めての泰国渡来でやんす。入念な準備が必要でさ」
「準備、準備と、話ばかりではありませんか。実行はいつするのですか?」
「明日だ、明日には出かける!」
「分かりました、明日までは待ちましょう。嘘をつけば…分かっておりますね?」
 猫又は、優雅に目を細めた。もう一度、大きくしっぽをふる。
 ギルド員と人妖は顔色を変えた。この二人、猫又のご隠居に頭が上がらない。
「猫又のばーちゃん、すごいってんだ! おいら達がいくら頼んでも、とーちゃんは旅に連れて行ってくれなかったのに」
「あい、とーたん、めーっびゃっか!」
「ほっほっほっ、困ったときは、いつでも妾を頼りなさい。そなた達はお初(はつ)の子。妾にとって、かわいい孫ですからね」
 ギルド員の息子、仁(じん)と尚武(なおたけ)は、尊敬の眼差し。呉服問屋の招き猫又は、上品に笑う。
 ギルド員の妻のお初(はつ)は、呉服問屋の元看板娘。招き猫又のご隠居は、お初が生まれる前から呉服問屋に飼われている。
 ギルド員とその相棒の人妖・与一(よいち)など、ご隠居から言わせると若造だ。
「これ、与一さん。開拓者の皆様のお茶が冷めておりますよ。
早く、急須をお持ちして差し上げなさい。お客さまを待たせるなど、商売人の風上にも置けぬ行為ですよ」
 ご隠居は、目を光らせる。さすが呉服問屋の招き猫又、人妖は急いで空を飛んだ。
「これ、弥次さん。きちんと依頼の説明をして差し上げなさい。
今の説明では、妾にも、理解出来ませんよ。お客さまを何だと思っているのですか?」
 世間話に興じるように見えて、ご隠居は耳にも注意を配っていた。さすが呉服問屋の招き猫又。
 背筋を正したギルド員、一気にまくし立てた。
「た、泰国の南部の無人島の内陸部、森や山の調査を頼みたい。火山島だから、温泉があるかもしれん。
旅行を兼ねて、俺の家族も一緒に行くが、気にしないでくれ。ギルド員の俺が、現地で情報をまとめる役割になっただけなんだ。
一応、俺は元開拓者の弓術師だ、戦闘の心得はある。下の息子は、志体持ちで俺の跡継ぎだな。
上の息子は、修羅でシノビだ。お前さんたちが良ければ、調査隊に入れてやって欲しい。
女房は一般人だが、俺の相棒の人妖と、あそこの猫又のご隠居が守る予定だ」
「これ、弥次さん」
「す、すまん! ご隠居と女房と下の息子は、俺と相棒が全力で守る!」
「まぁ、よろしいでしょう」
 猫又に気を使うギルド員も、なかなか珍しい光景だろう。
「お客さま、妾からもいくつかお願いがあります。
一つ、妾の孫たちと一緒に、楽しい思い出を作ってください。
一つ、娘婿殿の故郷は、温泉郷にございます。できれば、温泉発見の報を。
一つ、同行されます相棒の皆様共々、お怪我をなさらず、お過ごしください。
以上、宜しくお願い申し上げます」
 ギルド員の実家は、温泉郷にある。呉服問屋の招き猫又は、深々と頭を下げるのであった。


■参加者一覧
神町・桜(ia0020
10歳・女・巫
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
黒葉(ic0141
18歳・女・ジ
御堂・雅紀(ic0149
22歳・男・砲


■リプレイ本文

「無人島でひたすら温泉探しの、湯煙ツアーなのです!」
 ルンルン・パムポップン(ib0234)は、可愛らしく拳を突き上げる。後ろで何やら派音が。
 通りすがりのヤッサン・M・ナカムラだ。Mは何の略だろう、ナイス「ミ」ドル?
 53歳のおじさま羽妖精は、背中の羽を動かしていた。バタバタと。
「美容と慰安の為にいざ温泉郷へ、なのです!」
 ルンルンの可愛らしい願いは、おじさま達の願いに書きかえられる。
『温泉か…こう、お饅頭を食べながら、くいっと一杯』
「熱燗か…良いな」
「おっ? 俺も分かるぞ、その気持ち!」
 ヤッサンに、月瑠と弥次が呼応した。天儀酒やら、古酒やらが荷物から登場。
 もちろん、ルンルンの味方もいた。小柄な身体が、勇ましく鬨の声を挙げる。
「ふふふふふっ。温泉があるというのであれば探さねばなるまい!」
 巫女袴「八雲」を着こんだ神町・桜(ia0020)は、燃えていた。
「もしかしたら万が一、豊胸効果があるかもしれぬしの!」
『や、無いんじゃないかにゃー…』
 瞳を細めながら、相棒の仙猫・桜花は言葉を紡ぐ。のんきに毛づくろいを始めた。
『きっとないから諦めて日向ぼっこでも…みにゃ!?』
「この口が言うたか!」
 桜は容赦なく、桜花の頭を叩いた。ついでにヒゲを引っ張る。
『暴力反対にゃ〜!』
 爪で応戦しながら、桜花は全身の毛を逆立てていた。老猫の御隠居は、目を細めて若い同族を見守る。
 表情の変化が乏しい、海神 雪音(ib1498)も。目元は、少しだけ緩められていた。
「皆さん、お久しぶりです…そちらのご隠居は改めてよろしくお願いします」
 久しぶりに会った疾風に、尚武は不思議そう。雪音の相棒の駿龍は、空龍に進化したようだ。
「…仁が良ければ…一緒に疾風に乗って、空から調査しませんか…?」
 茶色い瞳が、仁を見下ろす。雪音は、空の旅に誘った。一瞬輝いた、仁の表情。
 だが、急に口を結ぶ。顔を横に振って、申し出を断った。
「姉ちゃん、ゴメン。おいら、森を歩くってんだ」
「…そうですか…」
 若葉色の仁の瞳。視線の先には、龍に興味を示す、尚武の横顔があった。
「…調査が一段落着いたら、尚武にも疾風に乗ってみないか誘いますね…」
「うん! 尚武さ、喜ぶってんだ! おいら、皆と行ってくる」
 雪音が続けた言葉に、大きく頷く仁。桜花の招きに応じ、桜の背中を追いかけって行った。
「…気をつけて…」
 フェザーピアスを揺らし、雪音は手を振る。仁が見えなくなってから、相棒を見上げた。
 鳥の羽の御守りを付けた疾風が、雪音に顔を近づけた。何事か鳴く、耳打ちするように。
「…そうですね…」
 疾風の意を汲んだのか、雪音は頷き返す。軽く口角を上げながら、招き猫又に視線を向けた。
「…ご隠居、お孫さん達はどうですか…?」
『妾の孫達は、良い子で安心致しました。皆様のおかげでございます』
 離れて暮らしている分、招き猫又も心配だったらしい。三毛猫しっぽを、大きく揺らした。

 黒葉(ic0141)と御堂・雅紀(ic0149)の相棒は、アーマー「人狼」。
 黒葉は黒雷を可愛がっているし、雅紀は名付けに悩んでいるらしい。
「…しかし、アーマーケースが無いんじゃ、そのまま飛空船に乗せる訳にもいかんだろう」
 腕組みをして、弥次は唸った。二人の相棒は、留守番してもらうしかない。
 猫耳を伏せる、神威人。それでも黒葉はめげずに、隣を見上げた。
「んー…冬なのに随分過ごしやすい島ですね? 温泉も有るとか、ちょっと探してみましょうかねー」
「さってと。それじゃ、一丁やってみますかね」
 心の切り替えも大事。雅紀は短めの黒髪に、片手を添える。
 皇・月瑠(ia0567)は、黙々と旅立ちの準備をする。隣でふよふよ浮く、提灯南瓜。
『恐いのは顔だけですから、恐がらなくても大丈夫ですよ。噛み付かないので安心して下さい』
 月瑠を見上げて、固まったままの尚武に、提灯南瓜の天照は諭す。
 糸目で無表情が、月瑠の特徴。尚武を見て、一応、目元と口元を緩めてみた。
 尚武の朝焼け色の瞳に、涙がにじむ。幼子には、どっかのお化け屋敷にいる気分に。
『旦那様はどうぞそのままで、無理に笑わないで下さいませ。余計に恐いです』
 毒舌の提灯南瓜は、鋭く的確に主に突っ込みをいれる。これでも、主に誠心誠意使えるメイドだが。
 青藍のマントをたなびかせ、天照はふよふよと移動する。尚武の視界を前面に隠した。
 微笑を刻んだ笑顔のカボチャを、幼子に向ける。頭のナニーキャップが可愛らしい。
「すまん、息子が失礼をした。ほら、尚武、こっちに来い。肩車してやるから」
 気付いた弥次が、月瑠に詫びを入れる。幼子を手招きして呼んだ。
『旦那様、少ししゃがんでいただけますか』
 天照は考え、主にお願いをする。直後に、尚武の笑い声がした。
 請われるまま肩車をした、月瑠。妻に先立たれ、一人娘の成長を見守る父親の顔も持っていた。


 雪音の眼下に広がる、緑の森。茂みが多く、見通しは悪い。
「…疾風…温泉があるとすれば、湯煙や温泉の臭いがあるはずです…」
 主の求めに応じ、疾風は高度と速度を落とす。森から山までの地形は、大まかに把握した。
 次は細かな部分の探索だ。上空からの地図を待っている仲間に、届けなくては。
 弓を手にした雪音は、弦を弾きながら来た道を戻る。僅かばかり持ちあがる、眉毛。
「…アヤカシ…?」
 森の中に、数体の反応があった。鏡弦の結果も携え、雪音は砂浜に戻って行く。
「ふむ、とりあえず捜索範囲が広いのであれば、ある程度手分けは必要かのぉ? 後はアヤカシも警戒はしておかねばの」
 何としても見つけるのだと、気合を入れる桜。身体が微かな光を発っし、瘴索結界をはる。
 温泉より、日向でまったりしてたほうがいい桜花。行きたくない。のろのろ、のろのろ移動。
 桜が気合を入れ、相棒を軽く蹴飛ばした。凸凹コンビは、仁を連れて森の中に分け入っていった。
 月瑠の講習が始まる。題して、サバイバルの極!
「まずは飲み水の確保だ…行き倒れるぞ」
『真水の確保を優先するのでございます』
 探索をするには、まずは足がかりが無いと、どうにもならない。岩清水を手にした天照が、言葉を続ける。
「湯は湧き出す物…」
『故に、それが湧き出す所には、自然と流れが起きるのでございます。そして、湧き出した湯の周辺には…』
「硫黄泉なら…白く黄色い硫黄」
『塩化泉なら、塩の結晶が流れを縁取るのでございます。旦那様が教えて下さいました』
 言葉足らずの主を、天照が補足する。
「火山島だというのなら、ほかの温泉はきっと火山の方にあると思うのです!」
 風来の外套がたなびく。ルンルンの指先が、ピッと島の中央を指した。
「なので、ヤッサンに偵察で飛んでもらったり…」
『わしは腰痛持ちじゃ』
「湯は、何も山にばかり沸くものではない、海岸にも沸く」
 役に立つのか、立たないのか、分からない雑学を月瑠は教える。
 些細な地面の変化を、読みたがわぬようにと。這うように地面を観察する方法も、伝授だ。
「なら、私が高い木の上に登ったり、ルンルン忍法・超越聴覚で地面の音を聞いたり…」
「姉ちゃん。なんで、地面の音を聞くの?」
「水脈の流れは重要だもの。あっ、硫黄のニオイも重要かもです!」
 ご機嫌で、ルンルンと仁は歩いて行く。雅紀と黒葉は、別行動。
 温泉講習を受けた黒葉。軽く身をかがめた、あっと言う間に気の上に。
「水音を探して…匂いもちょっと特徴的だそうですにゃ?」
「黒葉、語尾」
「だって、今は主様とふたりっきりですにゃ!」
 黒葉曰く、主従関係以上、恋人未満の二人。二人だけの時は、素の口調に戻り語尾に「〜にゃ」が付くらしい。
「解った、解った。お前がそう言うなら良い」
 雅紀曰く、主従関係の二人。微妙な関係、微妙な距離感。
 各地を転々としてきた為、人当たりは悪くない雅紀。その代わり、素を余り見せないでいる。
 割と、どんな相手にも友好的なのが、黒葉。雅紀と契約を結ぶにあたり…。
「過去は過去、今は今、終わり良ければ全て良し…もう少し気楽に参りましょう?」
 と、言ったとか、言わないとか。今は、素が全開過ぎて、雅紀が押されていたが。


「兄ちゃん、あっちに水音がするってんだ」
 一本角を揺らし、仁が森の奥を指差す。シノビの技法で耳に捕らえた音。
「誰が、兄ちゃんじゃ! おぬし、おなごの区別もつかんのか?」
 ゲンコツ一番。桜は中性的な外見で、よく男の子に間違われる。
「ご、ごめんってんだ」
 頭を押さえつつ、仁は涙目。
「さて、桜花もキリキリ働くのじゃ」
『猫使いの荒いご主人様にゃね』
 仁王立ちで見下ろしてくる、黒い瞳。冷や汗をかきつつ、桜花は動きだす。
 指差された草むら。顔をしかめながら、仙猫はぼやいた。
『ここを捜索するにゃ? 我の綺麗な毛並みが汚れそうにゃ…』
「サボったら、後でお仕置きじゃぞ」
『…は!? い、行くにゃ! いけばいいにゃね!?』
 逆立つ桜花の毛並み。後ろに修羅より怖い存在がいる。仙猫は草むらに飛び込んだ。
「温泉発見じゃ! 早速皆に知らせぬとの♪」
 相棒の報告に、きらきらと輝く、桜の瞳。来た道を戻り始める。
『道が違うにゃよ』
「あっちであったかの?」
 温泉に目が行き過ぎて、全ての存在を忘れていた。仲間たちの居場所とか。
「むっ、アヤカシか! わしの邪魔をするものは、成敗じゃ!」
 草むらから音がした。薙刀を握りしめ桜は戦闘態勢に
「姉ちゃん、こっちにも温泉が…あぶないってんだ!」
 葉っぱを頭につけて、仁が顔を出す。間一髪、シノビは身軽に避けた。
「なぁ、あの姉ちゃんって、いつもアレなの?」
『温泉の魔力を得たにゃよ』
 仁は、桜花に向かってヒソヒソ話。遠い視線をしつつ、仙猫は語った。
「さて、では入るかの。どんな効能があるかはわからぬがっ」
 桜が浸かる時は、肩までしっかりとじっくり派。それから、効能も堪能して♪
『希望の効能はないと思うにゃが…』
 草むらでボサボサの毛並み。基本的に興味のない桜花も、身だしなみのために入浴。
「おぬし、皆に知らせてくるのじゃ!」
 仁に使い走りをさせ、桜は服を脱ぎ始めた。少し離れた所に、ルンルンがいるはず。
 で、同じころ、ルンルンも温泉発見していた。
「この季節に温泉は格別だもの、見張りのヤッサンも居るし、覗き対策もばっちりなんだからっ!」
 ルンルンの右手には、秘蔵の温泉入浴グッズ。左手には怒りの名を冠する大剣、グニェーフソードが。
『ちょっと待て、わしは入れんのか…うぉー、持病の腰痛が、腰痛が』
 ヤッサン、男泣き。実家に居る、お姑さんと二人の娘には、とても見せられない姿。
 帯「水鏡」を締め上げ、腰痛部分を保護する。…もしかして、腰痛ベルト?
「おっちゃん妖精、見つけたってんだ! この先にも、温泉があるってんだ」
 頭上の木から、ひらりと仁が降ってきた。桜に命じられた、伝言係の使い走りだ。
「温泉、温泉♪ 温泉地図を広げよう♪ 発見、探検、湯煙ルート♪」
 ルンルンは、無人島の地図を取りだす。自分の見つけた温泉と、桜のみつけた温泉を書きこんだ。


 器用にマノラティで、鞭を扱う黒葉。木から木へと移動を続ける。ある一点で、木から飛び降りた。
「後は…昔の地面を探せばいいって聞いた事有りますにゃ」
 じっと、地面を見つめる黒い瞳。黒葉の耳を頼りにしている雅紀が頷いた。
「…ここ、か。ちょっと離れてろ」
 白く塗られた鋼鉄の銃身。魔槍砲「アクケルテ」を取りだす。集う練力、輝く宝珠。
 黒葉が猫の動作で、木の後ろに隠れる。背後を確かめた後、雅紀は前方の地面を狙った。
「弐式、溌雷!」
 魔砲「大爆射」を放つ。白き光線は、地面を大きく穿った。
 削れ、砕け、破壊される岩盤。少しばかり吹きだしていた温泉を、大きく露出させる。
「さ、折角見つけたんですし、入りましょうにゃー?」
 木の影から、黒葉が出てきた。嬉しそうに、猫耳がぴこぴこ動く。
「別に今すぐでなくても良いだろう。知らせに…」
「入りましょう、折角ですにゃー?」
 黒葉は、そっと雅紀の手を取った。上目遣いで、主様を見上げる。
「うっ…解った、入るから手を離せ」
 手を振り払えず、雅紀は折れる。ぶっきらぼうに、顔をそむけた。
 うるんだ瞳に、悲しげに伏せられた猫耳。「もしかして、黒葉、泣きだす寸前?」と、内心焦る。
「…おい、泣くなよ?」
「はいにゃ?」
 …残念ながら、雅紀は鈍感。黒葉のおねだりを、乙女心を、理解しきれていなかった。


「…この先にアヤカシがいます…」
 雪音の声に、ヤッサンが動いた。老体に鞭うち、よろよろと飛び上がった。
 よろよろ飛んでいたヤッサンが、動きを止めた。前方を伺いつつ、声をかける。
『ルンルンの嬢ちゃん、この先にはアヤカシが…』
「温泉を邪魔するものは、絶対に許さないんだからっ」
 シノビ改め、ニンジャは軽く頬を膨らませる。ぷんぷん怒っていた。
 ちなみに、ルンルンがニンジャに熱烈な憧れを抱くのは、偶然知り合ったある空賊船長の影響。
「温泉で美人度アップして、王子様ゲットだもの!」
 夢見がちな性格は、見よう見まねと思い込みで、シノビの技を自分の物にした。
「…はっ、ひょっとしたら常春坊ちゃんもめろめろに…きゃっ」
 きっといつか、白馬に乗った王子様…いや天帝様が、ルンルンを迎えに来てくれるはず。
『…いいか、交代で後でわしも温泉だからな』
 ヤッサンも、やる気だ。好物の温泉饅頭をもしゃもしゃ食べる夢は、誰にも邪魔させない。
 掲げた右手から、光る砂を振りまく。羽妖精の眠りの砂がアヤカシを襲った。
 ルンルンは軽やかに飛ぶ。大剣を手に宙を舞う姿は、重さを感じさせない。
 ふっと、花の香りが。気がつけば、アヤカシは真っ二つになっていた。


 仲間たちがアヤカシと戦っている頃、雅紀も戦っていた。黒葉と、温泉を入る順番で。
「殿方が先ですにゃ、主様が先ですにゃ!」
「お前が先に入れ、見つけただろう」
「主様が露天風呂作ってくれたですにゃ! 制作者が一番風呂ですにゃ!」
 黒葉は温厚だが、芯は強い。主従関係とか言いながら、雅紀を言い負かしそうだ。
「あのな、しつこいぞ」
「はっ…もしかして主様…、まさか…にゃ? まさかの…まさかにゃ!?」
 顔色を変えた黒葉、一歩下がる。信じられない目付きで、雅紀を見た。
「待て、何考えている!? 俺はそんなことしない!」
 鈍感な雅紀も、視線の意味に気付いた。頬が赤くなり、弁解に走る。
「自分のまだ知らない世界を見るって言ったですにゃ!」
「それは、開拓者になる理由だ!」
「だったら、主様が私より先に入るですにゃ」
 黒葉の提案に、雅紀は言い返せない。渋々、承諾した。


 楽しげなルンルン、頭上で羽音がする。疾風が、低空飛行していた。
 空龍の背中には、雪音はもちろん、腰痛持ちのヤッサンも乗っている。
『もうちょっと、静かに飛んでくれんか?』
 ヤッサンの腰に響くようだ。困った顔をして、疾風が鳴く。これ以上は無理。
『やっぱり、留守番しとくべきじゃったかのう』
 湯治目的のヤッサン。疾風の背中で、大きくため息。
 再び、疾風が鳴いた。大きく、強く。
『励ましてくれるんかい。そうじゃのう、温泉でわしは生まれ変わるんじゃ!』
 空龍とおじさま羽妖精に芽生える、熱き友情。ヤッサンは、とっておきの饅頭を取りだす。
 相棒のやり取りの間も、雪音は無言のまま。喜怒哀楽といった感情は、僅かにしか顔と言葉に出ないので。
 もちろん、表面に出ないだけで、感情が無い訳ではない。黙って、鏡弦を続けるだけ。


 ヤッサンが温泉を堪能している頃、雅紀も温泉を堪能していた。水着を持ってきて、正解だった。
「御背中、御流ししますにゃ?」
 露天風呂の中で、雅紀は硬直。後ろに気配を感じる。年頃の女の子の気配を。
「…ば、馬鹿、お前ここ、外…」
 慌てて振り返り、先ほどのケンカを思い出し。手で目を覆うが、しっかり見えた。
「…って、なんで用意してるんだよ」
 タオル姿の黒葉。目に焼き付いて離れない、豊満な体つき。
 雅紀は思ってもいなかった。こんな展開、思っていなかった。
 顔をそむけ、背中を背け。それでも、相手は近付いて来る。
「御背中、御流すだけですにゃ」
 煩悩は待ったなし。除夜の鐘と同じ、百八個。
 雅紀の中で、鳴り響く音。心臓が、早鐘を打つ。
(落ち着け…落ち着け…そういや連れて歩くときに水着は持っておけと、言ったはずだ。
…でも、持っていたっけ?)
 目に焼き付いて離れない、豊満な体つき。どう見ても、タオル一枚だった。
「にゃー!」
 黒葉の足元が滑った、雅紀に抱きつく。不可抗力の柔らかさが、雅紀の背中を直撃した。
「ぁ、待ってくださいにゃっ…、ぅー…」
 少ない理性を保つため、雅紀は立ちあがった。のぼせそうな身体を、必死で動かす。
「帰る。尚武の稽古をつけると約束していた」
 きちんと、黒葉は助け起こした。視線を合わせないけれど。
「もうですにゃ?」
 黒葉が悪乗りして抱きついたとか、タオルの下は水着「シェイプガール」を着ているとか。
 今の雅紀には、関係ない。というか、気付く余裕が無かった。


 気の向くまま、野生の勘の赴くまま。月瑠は足を進めて、砂浜に戻ってきた。
「喰えぬ相手に用はない」
 天照曰く、豪快な道中だったらしい。アヤカシ相手に、拳で粉砕してきたとか。
「生きるとか…喰うか喰われるかだ」
 山姥包丁を手に、月瑠は砂浜に陣取る。肥え太った野生の猪と熊が、戦利品だ。
 島の探索は、野生の本能を呼び起こした。漢たる月瑠の前では、単なる巨大な肉の塊に過ぎない相手。
「手を出すなよ、これは、俺の獲物だ」
 愛用の包丁一本を手に、月瑠は立っている。肉厚な山姥包丁が、ギラギラと輝いた。
 見事な腕前で、戦利品をさばきだした。尚武が真ん丸な瞳で、見守っている。
『此方のお菓子をどうぞ。うまくいけば、今晩は焼肉ですよ』
 さりげなく、お菓子を振る舞う天照。主の様子に動じぬ相棒は、のんびり観戦中。
『本当に旦那様楽しそうです♪』
 が、天照以外には、さっぱり心中が分からぬ巌顔。否、もう一人だけ分かっていた。
「あい。きゃお、わりゃってう♪」
 月瑠を指差し、尚武が天照に言う。子供の視線は、純粋だった。
 さばいてくれた肉鍋を食べながら、黒葉はご機嫌斜め。雅紀が尚武の稽古を付けている間ずっとだ。
「…ったく、解った解った。今度しっかりした温泉連れて行ってやるから」
 汗を拭きつつ、雅紀が戻ってくる。黒葉の頭を軽く撫でた。
「―分りましたにゃ…約束、ですよ?」
 雅紀の提案に、簡単に機嫌を直す黒葉。猫耳は、嬉しそうに動いた。
「ん、それじゃ、ご飯にしましょうにゃ?」
 作ってきた弁当を広げる、黒葉。御隠居や子供達にも、おにぎりを振る舞った。
 梅干しおにぎりを、かじりながら、雅紀は考え込む。疑問と黒葉のタオルの姿を想像中。
(もしかしたら、水着持っていなかったのかも…いやいや…)
「主様、どうしました?」
「…握り飯、美味いな」
 想像と全く違う回答を返す、雅紀。次は煩悩から逃げきれるか、不安だった。