【浪志】英雄に贈る果実
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/20 19:31



■オープニング本文

●猫娘の苺畑
 とある泰国の衛兵たちと、一緒に植えた苺の種。
 「花が咲いたら、お花見しよう。実がなったら、一緒に食べよう」
 もう果たされない約束。永遠に叶わぬ願い。


●心の傷
 泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれる。ほとんどが一年中温暖な南部に住んでいた。
 泰国の首都の朱春から少し離れた所に、猫族が経営する料亭があった。
 料亭の子供達は四人で、下の二人は双子である。
 双子の兄は勇喜(ゆうき)。内気な吟遊詩人の白虎少年。
 双子の妹は伽羅(きゃら)。おてんばな泰拳士の虎猫娘だった。
 いつもは賑やかなはずの食事風景。双子は、静かに朝ご飯を食べていた。
 料亭の飼い子猫又が、猫娘の膝に飛び乗る。お節介な性格の藤(ふじ)は、双子を心配していた。
「泣いとるん? 元気出してや?」
「勇喜、泣いてないです」
「伽羅、元気ないです」
 虎少年は手を伸ばし、子猫又を撫でた。ふわふわの毛並み。
「二人とも、今日はどないするん? お出かけやったら、うちも連れてって欲しいで♪」
 ゴロゴロ喉を鳴らしながら、三毛猫しっぽが揺れる。目を細める、子猫又。
 虎少年の手が止まった。猫娘は口を結び、黙りこむ。
「…勇喜、大守さまの館行くです。キョンシーなった皆様、もうすぐ埋葬です。きちんとお別れ言うです」
 少し前、双子達の町は曾頭全に占領された。町を守っていた衛兵たちは、半分が殺される。
 衛兵たちは、瘴気の影響を受け、キョンシーになった。曾頭全に利用され、手下にされる。
 だが、開拓者によって、町は取り返された。キョンシーも含め、アヤカシは討伐。
 正確には、キョンシーだけ棺の中でいる。動きを止める道士の符を額にはり、動けない状態にしていた。
 道士の符をはり、棺に納めるのが、泰国におけるキョンシーの一般的な埋葬方法。
 泰国を治める春王朝が、曾頭全との戦いに勝利した報を受け、ようやくキョンシー達の埋葬が決まった。
「…皆、ええ人やったで。うちらと、よう遊んでくれたもん」
「がう。伽羅しゃんも一緒に、最後のお別れするです」
「うにゃ! 伽羅は行かないです!」
 しんみりする子猫又と虎少年。猫娘は、声を張り上げる。
「皆様、嘘つきです、嘘つきです! また伽羅と遊んでくれるって、言ったです!
うにゃあ…ひどいです、約束破ったです! 伽羅の苺畑、今度、一緒に行ってくれるって言ったです!」
「伽羅はん、泣かんとって。うちも悲しいなるで」
「がるる…二人とも、泣いたらダメです」
 猫娘につられ、子猫又も泣き声をあげる。虎少年は視線を伏せるばかり。
 今まで平和だった泰国。身近な人が殺されるなんて、考えられない出来事だった。
 …それも、人の悪意によって。
 十三歳の双子と三歳の子猫又。子供たちが心に受けた衝撃は大きい。


 料亭の厨房で、白虎耳が伏せられた。双子達の姉、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の獣耳。
 城壁の外に広がる裏山。そこにある、料亭所有の農園を、相棒の甲龍・金(きん)と見てきたらしい。
「伽羅の苺畑…どうも、夜叉カズラの巣窟になっているみたいなの!」
「えっ、あの食虫植物の!?」
 目を丸くする、四人兄妹の長兄。ギルド員でもある、喜多(きた)だった。
 夜叉カズラは、人を丸呑みする袋を持つアヤカシ。蔦を自在に動かして獲物を袋の中へ引きずり込み、消化してしまう。
「あの子たちが行かなくてよかったわ」
 泣きじゃくる双子と子猫又を心配した虎娘。妹が大事にする苺畑から、実を摘んできて、慰めるつもりだった。
「アヤカシの事、三人には言ってないよね? きっと見境を無くして、大暴れするよ」
「もちろんよ。ただでさえ、伽羅はなだめるのが大変なんですもの。
この間からずっと、『浪志組に入れて、悪い奴を倒すから』って、私に言うのよ」
 ため息をつく、兄と姉。虎娘は、神楽の都で浪志組に務めている。都を警備する集団に。
 末っ子は、姉の所属する浪志組に入ると言いだした。とにかく、悪党を退治したいと。
「兄上。私と金でアヤカシ退治して、苺を摘んでくるわ。キョンシーの皆さんに、お供えしなさいって。
それから、『人の心を守ることも、開拓者や浪志組の仕事』って、あの子達に言い聞かせるつもりよ」
 虎娘は、頭に付けた髪飾りに手を伸ばす。白い布地に、桃色の花が咲く髪飾り。
 八丈島へ封印された、浪志組隊士の家族から貰った物。宝物の一つ。
「分かった、苺畑は亜祈に任せるよ。アヤカシ退治なら、父上にも頼んだ方がいい?」
「ダメよ。今、父上が町から離れたら、大守さまや町の皆さんが不安にかられるわ」
 料亭の若旦那は、元開拓者の泰拳士。町の住民たちに、何かと頼られる存在でもある。
 曾頭全の占領事件は、若旦那が食材の買い出しの為に、町を離れた間に起こった。
「でも、一人は危ないよ。僕がギルドに…あ、うちのお客さんの中に、開拓者の人が居ないかな?」
「ギルドに依頼出すより、早いわよね。料理を運ぶついでに、声をかけてみるわ」
 長兄は身を乗り出し、料亭の店先を覗く。出来たてのカニ炒飯を手に、虎娘はしっぽを揺らした。


■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ


■リプレイ本文

●序
「そう、この前亡くなった人たちと……」
 雷鎚を振るった事は、記憶に新しい。しんみりするフィン・ファルスト(ib0979)の頭に迅鷹が止まる。
「了解ですっ、何とかしたげないとっ」
 ぐっと握りこまれるフィンの拳。ヴィゾフニルは、バランスを崩さないように、大きく翼を動かした。
「苺の収穫を一緒に…ですか。叶えられくて、残念でしたね」
 亜祈の話を聞き、劉 星晶(ib3478)は黒猫耳を倒す。猫族の黒猫獣人は、青い瞳を伏せた。
 不意に、幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失った過去が蘇る。
「代わりに一緒に…は、アヤカシが居るので出来ませんが、苺の実が少しでも慰めになると良いですね」
 相棒の上級鷲獅鳥、翔星の元へ足を運ぶ。温厚で、特に子供に優しい相棒。
「精一杯、頑張らせていただきます」
 風切の羽根飾を揺らし、翔星が主を出迎える。意気込む星晶に、「何事だ?」と言いたげにして。
「大切な苺畑なのでござるな…」
 話を聞いていた霧雁(ib6739)は、相棒の背中をなでる。猫又のジミーは、毛づくろいをしていた。
「拙者がアヤカシを駆除して、必ず取り戻すでござる」
 相棒の助力は見込めないと判断。霧雁は立ちあがり、律儀に食事代金を支払う。
 軽くため息がもれた。ジミーの食事代で、霧雁の家計は常に逼迫しているらしい。
「おい雁の字、誰が行かないといった?」
 低く渋い声が響く。キジトラ猫しっぽが、不敵に揺れていた。
「畑を荒らされるわけにはいきませんよね」
 柚乃(ia0638)の声が勇ましい。後ろで、もしゃもしゃと何かを食べる気配が。
「無事に奪還しましょうっ」
 振り返った柚乃に、クトゥルーは勇ましく頷く。提灯南瓜は食べかけの肉まんを握りしめていた。
 苺にも興味津々。お菓子を与えなければ悪戯を働くのが、提灯南瓜という妖精である。
 精霊はヒトより身近な存在である柚乃。甘味好き仲間の相棒に対する、突っ込みの要素はみられない。
「人が争った結果や…」
 眼鏡を押し上げ、芦屋 璃凛(ia0303)は軽くうつむく。璃凛の視力低下は、アヤカシによるもの。
 顔には、昔付けられた深い傷がある。でも、料亭の子供達の心の傷は、人によるもの。
「けど、弔うことも人にしかでけへんことやからな」
 璃凛の言葉を、亜祈はかみしめる。白虎耳を伏せ、そうだと頷いた。
 からくりの相棒、遠雷は冷静だった。二人の陰陽術師に声をかける。
「さっさと退治に行くぞ」
 陰陽獣符を手に、遠雷は入口に向かう。赤髪橙眼のからくりは、白虎の紋様を持つらしい。
「亜祈さんの頼み、引き受けたよ!」
 神座亜紀(ib6736)は、やる気だった。もしくは、殺る気?
「伽羅さんの苺畑に巣食ってるアヤカシは全部やっつけるよ!」
 相棒のエルのマントをつかんだ。蒸し饅頭を食べたがる提灯南瓜を強制連行。
「畑を傷つけないよう気をつけて攻撃するんだよ!」
 横暴な亜紀に、エルは蛍光落書でひそやかな抵抗を試みる。ミラージュコートに落書を施した。
 深夜に発光するコートの完成。亜紀が激怒するのは、また別の話である。
「…浪志は、あまりいい印象は抱いておりませぬ…規則破りの横行が目につきまするし…」
 月雲 左京(ib8108)は、それ以上口にしないが。慕っていた義姉が関わったり、重体になったりした。
「…亜祈様は、あくまで『親友』でございます…」
 白虎しっぽを揺らす亜祈に、きちんと宣言しておく。
「さりとて…子供達を泣かせる者は、それ以上に嫌いでございます」
 伸ばした左京の白銀色の前髪。その間から、修羅の角跡が見え隠れ。
 隣で物悲しげな、青い瞳。礼野 真夢紀(ia1144)は、離れた所にいる相棒を視線で追う。
『ふじちゃのいるとこいくの? つれてって!』
 そう言って、無邪気に笑っていた猫又。小雪の白猫しっぽは、うなだれていた。
「キョンシーの埋葬をすると聞いて、やってきました」
 真夢紀は、先日の街解放の作戦に協力していた。小雪が見上げて、主に告げる。
「まゆき、ふじちゃないてるから、いっしょにいたい」
 畑のアヤカシ退治話など、小雪の耳には入っていない。友の御守りを揺らしながら、懸命に願う。
 真夢紀は黙って、子猫又の頭を撫でた。藤にとっても、小雪にとっても、数少ない子猫友達だから。


●破
「踏み荒らしたくないですし、出来れば側道で済ませたいですが…」
 柚乃の目の前には、でっかい食虫植物が見える。畑の真ん中で居座るアヤカシ。
 畑に近づく前に、念のため瘴索結界「念」を使っていた。仲間たちに知らせた位置と相違ない。
 数人は、畑の中に入る必要があるだろう。飛べるものたちは、空に舞い上がり迎え撃つ態勢だ。
「くぅちゃん、行きますよっ」
 柚乃の掛け声に、提灯南瓜の表情が真剣になった。苺の為にお手伝いする気満々だ。
 首に飾った七星の数珠が、星の光を帯びる。深く深く、沈み込む音がした。
クトゥルーの吹いた亡者の笛は、アヤカシに混乱をもたらす。
「混乱させて、万が一暴れたら…その時は即お休みさせないと」
 今度は柚乃の髪飾りが鳴り響く。夢紡ぎの聖鈴、祈りを込めた手製の紐飾りが。
 紡がれる、力ある言葉。放たれる、夢の世界への道。
 動きまわる蔦が力を失い、地面に垂れ下がる。眠りこける夜叉カズラ。
「蔦で足を取られないよう注意ですね」
 ホーリーアローを放ちながら、柚乃は声をかける。なるべく苺を護りたい。
「ここで苺まで駄目になったら、双子ちゃんが可哀そうすぎです」
 なれぬ片手弓「美精霊」を手に、真夢紀は畦道から矢を放つ。弓が腕に固定されるため、付けているのが辛い。
 でも、今の双子の辛さに比べれば、いか程か。畑に入らず苺を護るための、真夢紀の心づくし。
「アヤカシが蔦振り回して苺を痛める前に、始末した方が良いでしょ」
 真夢紀に一番近い敵が、蔦を伸ばしてきた。空いた右手から、白霊弾を放つ。
「エル、体当たりだよ」
 提灯南瓜はふよふよと飛んだ。かぼちゃの突進、頑張った。夜叉カズラの身体が大きく傾く。
 その隙に、亜紀は力ある言葉を唱えた。傾きに耐えていた敵が、アムルリープ眠りこんだ。
 けれど、真横に転がってしまう。畦道に向かて、倒れてくれて幸いだ。
「無事、夜叉カズラを倒せたら、苺狩りだね」
 不動明王のお守りが激しく動いた。邪を払い、人々を導く力があるといわれる亜紀のお守り。
 前方に生まれいずる、聖なる矢。精霊の加護を受けた矢は、眠るアヤカシを黄泉へと誘った。

 畑の風向きを確かめ、フィンは相棒に声をかけた。
「ヴィー、友なる翼を」
 青い鳥の羽の御守りが揺らめいた。ヴィゾフニルの姿は、光に変わって行く。
 フィンの背中に、光の翼が降臨した。ヴィゾフニルの翼色の光。
 空に飛び立つ。眼下に敵を収めると、一度急上昇し、降下に転じる。
「よーしよし、動かないでよー」
 フィンは長槍「蜻蛉切」の切っ先を、真下に向かって構える。降下速度がどんどん上がった。
 夜叉カズラは周りしか見ていない。頭上には無警戒。フィンが迫る。
「……今!」
 降下途中で、光の翼が消えた。長槍にまとわりつき、不思議な輝きを。
 槍は真上からアヤカシに突き刺さり、地面に串刺しにする。のたうつ様に蔦が暴れた。
 力比べなら負けない。フィンは細身ながら、かなりの怪力である。
 押し込み、競り勝つ。アヤカシは瘴気に戻り、霧散していった。
 右隣で、璃凛は蔦に足を取られていた。遠雷は限界突破を発動し、璃凛を庇う。
 何事にも動じない精神。身体が悲鳴をあげようと、遠雷は攻撃の手を止めない。
「遠雷!! 何しとるや、そんなこといつも咎めるくせに」
「解ってると思うけど…、無謀な事をすることだってするさ」
 自己犠牲的な部分は、からくりとしての性質なのか。
「マスターを抑えるのが俺の役目だ。ただ、守り切る為に行使するだけさ」
 周囲の蔦を薙ぎ払いながら、遠雷は淡々と言い放つ。璃凛は軽く、口元をゆがめた。
 言いたいことを押しこみ、別の言葉を。首元の白いリボンが特徴的な、雪豹が鳴いた。
 生まれた斬撃符は、蔦を根元から斬り落とした。遠雷はなんとか離れる。
「一気に片付けるで!」
 雪豹は、もう一度鳴く。大きく開かれた口から、霊魂砲を放った。
 柚乃が眠らせた敵に直撃。蔦もろとも、全てを瘴気に還していく。
 雪豹は璃凛のもう一つの相棒、守護猫人形「昴宿」だ。壊された白虎寮の廃材を利用して作られた、朱雀寮生の作品。


 泰拳袍「九紋竜」の裾が広がった。軽く吐きだされる呼吸。視線は、夜叉カズラを捕らえたまま。
「先手を取られると大変ですね」
 星晶の思わぬ方向から、蔦が狙ってくる。足元の畑に注意を配ると、一歩遅れてしまった。
 全身に満ちて行く、精霊力。呼吸と共に取り込み、自分の気と練り合わせていた。
「…今度こそ、大事なものを守れるように」
 一瞬の隙。蔦が絡みつきから、鞭打ちに変わる、ほんの少しの時間。
 星晶は動いた。身体を巡る気が、己を付き動かす。全身から黒い気が巻き起こった。
 蔦を避け、身体を回転。猫特有の動きで、夜叉カズラに迫る。押しあてた掌から、気を叩きこんだ。
「ジミーは猫心眼を使うでござる」
 超越聴覚で、頻繁に動く霧雁の猫耳。肩に居座る相棒に、命ずる。
 離れてと言ったはずが、なぜかここに猫又はいた。
「雁の字、誰に物を言ってるんだ?」
 首元の牙の御守りを揺らしながら、ジミーは言い返す。僅かに目が光り、襲ってくる蔦を捕らえた。
「おい、斜め左後ろ」
「分かったでござる」
 霧雁は蜘蛛蠱纏を発動させた。鑽針釘が蔦を華麗に切り裂き、敵を恐慌状態にする。
 激しく動く相棒の肩だが、ジミーは涼しい顔。さすが猫又といったところか。
「次は右斜め、前方だぞ」
「それは知ってるでござるよ」
 霧雁が耳なら、ジミーは目だ。不規則に空を舞う、礫。
 気心の知れた、相棒同士。軽口を叩きながらも、お互いに抜かりはない。
 後方で、狼の遠吠えのような声が響いた。太刀「童子切」を握りしめた、左京の咆哮。
 街道に向かった、一体の夜叉カズラの蔦が寄ってくる。刀を、腕をからみ取ろうとする蔦。
 薄紫色の宝珠「デイジーアイ」が空を舞う。全身を逆立て、夜汐は伸ばした爪で蔦を切り裂いた。
「夜汐、いいこで、ございます…!」
 左京の左腕は、蔦を掴み取る。腕に集う練力、力任せに引っ張った。
と、更に別の蔦が襲ってきた。袋の口を開き、左京を飲み込もうとする。
「『あれ』の口の中に…なるほど…」
 左京の瞳が、真剣な色を帯びた。夜汐に命じ、側から離れさせる。
「わたくしなどを食べるばかりに、お腹を壊しましょうぞ」
 微かに開いた口元。左京は笑っていた。牙のような八重歯が見え隠れ。
 夜叉カズラの蔦に身を任せ、袋の中に滑り込む。衣服の裾が少し溶けたが、気にしない。
 刀を側面に付き立てた。内部からの破壊を試みる。
 左京の眉間に、シワが寄った。思ったより、ぶ厚いようだ。
 苺を踏まないように移動していた星晶。黒猫耳を伏せる。
「これ以上は危ないですよね?」
 空に居る相棒、翔星に声をかけた。亜麻色の翼が大きく羽ばたく。
 翔星は速度を上げ、左京を飲み込んだ夜叉カズラに近づいた。
 容赦なし。爪を振るい、真空の刃を放つ。伸びる夜叉カズラの蔦が、いくつか吹き飛んだ。
「…中に居る人の被害が大変な事になりそうですが、溶けるよりはいいかなぁと」
 星晶はその隙に近づく。軽く掌を添え、浸透勁を叩き込んだ。
「…星晶様に意地悪をされてしまいます…!?」
 夜叉カズラが揺れ、内部の左京は焦る。四苦八苦しながら、刀で一直線に側面を切り裂く。


●急
「安全が確認出来たら、収穫♪ 収穫♪」
「もう大丈夫です」
 クトゥルーは、柚乃の周囲をくるくると回る。もう一度、アヤカシが居ないか調べた柚乃は頷いた。
「エルも遊んでないで手伝ってよ」
 苺狩りは初体験。提灯南瓜は、苺を突いては、すぐに離れる。
「沢山採って、伽羅さんに元気になってもらわないと♪」
 翔星の背中に備え付けられた竹かごに、亜紀は苺を入れていく。ジミーも参戦し…動きが止まった。
 色気より、食い気の霧雁。首に巻いた、おかしら様のスカーフの裾を背中側に追いやる。
 パステルピンクの髪を揺らし、お揃いの色の猫しっぽをフリフリ、しゃがみこんだ。
「苺はこの様に、へたが下になるように持ち、そのまま下に引っ張れば実を傷める事なく簡単に取れるでござる」
 相棒に実演してみせながら、苺の収穫を重ねていく。ジミーは、黙って苺畑の監督になった。
「夜汐、久方ぶりに、沢山食べれる気がします…」
 左京の膝の上で毛づくろいをする、真っ黒な子猫又。背中を撫でながら、ゆるりとほほ笑む。
「にに様と、一緒に食べとう御座いますね…」
 羽織「紅葉染」が衣擦れの音を響かせた。左京は苺に視線を落とす。あまり多く食べられないが。
「…わたくしは、にに様に真を申せますでしょうか…」
 色の違う、双眸。瞳に写すは、亡くなった双子の兄か、それとも死んだはずだった兄か。
「何も言えず、何も聞かず。妹など、おこがましい…」
 目を閉じ、ひたすら俯く。毛づくろいを終えた夜汐は、黙って左京の手をなめた。


 伽羅の左手を取るフィン。摘んできた苺を一粒のせて、話しかける。
「……衛兵さんたち、きっと伽羅ちゃん達と一緒にまた笑いたくて、街の人たちを守りたくて頑張ったんだよ。
だから、怒るなって言わないけど、お疲れ様って言ってあげて?
あの人たちは約束を守りたかったから……例え守れなくなるとしても、頑張ったんだから」
 フィンは伽羅の右手を包みこんだ。腰を落とし、視線を同じ高さにする。
「あと、憎しみに駆られて悪人やアヤカシの退治をするのはやめて」
 澄んだ声だった。決意を込めた声だった。
「……十中八九、大切な人を傷付けるから。あたしみたいに」
 フィンの目から、意図せずに涙がこぼれる。一つ、二つ。
 ゆがんでいく視界の中で、伽羅が眉を寄せた。手を伸ばし、フィンの涙をぬぐおうとする。
「ありがとう。何時までも、泣いてちゃダメだから……!」
 誰に言い聞かせたのか。フィンは、力強く言い放つ。
 伽羅を見る、亜紀の黒い瞳。亜紀には、どうしても言っておきたいがあった。
「ボクは人を殺した事があるんだ。石鏡にいた狂気の天才陰陽師。
彼女は確かに『悪』だったよ。自分の孫すら、実験道具にしたんだから。
…それでも…」
 亜紀の視線は、自分の両手に降りてきた。じっと掌を見つめる。
「その孫は彼女を殺すべきだと言った。でも本心はどうかな? 悪人にだって、愛する人はいるよ。
それは伽羅さんが兵隊さん達を思うのと、変わらないと思う」
 再び上げられた亜紀の視線とぶつかり、伽羅の緑の瞳が。
「開拓者も、浪士も、時としてそれを断ち切る覚悟がいるよ。それがないなら止めといた方がいい」
 亜紀は、はっとなった。神座家三女の亜紀は、姉妹の中では一番現実的な性格をしている。
「元気づけるつもりだったのに、ごめんね。でも、伽羅さんに哀しい思いはして欲しくないんだ」
 偽りない亜紀の本心。理想と現実のはざまで揺れた末の言葉。
「…人を守るは、開拓者では駄目なので御座いましょうか? …浪志でなくとも、人を守る事には変わりありませぬ」
「うにゃ…国家泰拳士になればいいです?」
 子供達を見やり、左京は尋ねる。伽羅は考え込むように、虎猫しっぽを揺らした。
 それは国家試験に合格し、泰国の兵士になる方法。亡くなった衛兵たちと同じ道。
「…考えて決めるのは、己でございますよ…」
 左京は視線を伏せて諭す。将来への答えは、伽羅にしか出せない。
「…亜祈さんには悪いんだけど…浪志組に入るだけが人を護る事には繋がらない、ってまゆは思う」
 黒髪を揺らし、真夢紀は見上げる。浪志組は「天儀の都を守る為の」組織だ。
「双子さんの出身地と都が同時に攻められた時、凄く困る事になると思うの。
まゆがあの組織に入らないのは『故郷を護る』のが最終目的だからだもの」
「故郷を護る目的は、同じだと思うわよ?」
 真夢紀の地元は、主産業農業の海に囲まれた島だ。真剣な意見に、小首を傾げて亜祈は答える。
「…亜祈さんは隊長だから、ある程度自由もきくけど。自由がきく開拓者が、ある程度立場に縛られることになるし」
 真夢紀の将来の夢は、ギルドの報告書記載係。依頼を受けてない時は勉強を兼ね図書館に行く事も多い。
「…今ね、浪志組で医術の勉強中なの。私、お医者さまになりたいから。
覚えているかしら? あのときの私は開拓者だったけど、何もできなかったのよ」
 二年前、双子が風邪をひいた時、真夢紀たちは看病の仕方を教えてくれた。天儀の民間療法も。
「戦いに勝っても負けても、そこに住む人の生活は続くわ。私は、戦いの後の事も護りたいの。
お医者さまになれば、開拓者でなくても、いつでもどこでも、役に立てると思うから」
 亜祈の所為で、浪志組の九番隊は、後方支援の性質を帯びつつある。志体無くとも、隊医に師事する者もいるとか。
 じっと聞いていたフィン。脳裏に過去の光景が浮かび上がる。
「故郷がヴァイツァウの乱の時に、敵の軍師が呼び寄せようとしたらしいアヤカシの群れの一部に突っ込まれたんです」
 フィンは、ジルべリアで騎士の名門と謳われた、ファルスト家の出身だ。一族総出で戦った。
「被害はこっちより遥かにマシですけど……二度と戦えなくなった人も、死んだ人もいました」
 青い瞳に張り付いた、二年前の戦乱の影響。勝利の裏にある、犠牲者の姿。
 フィンの原点は、そこにあるのかもしない。己の信じる道を突き進み、弱き者を助け、守る事を信条とすること。


 伽羅の手を引き、勇喜達と一緒に大守の館にやってきた柚乃。
 由緒ある良家のお嬢様で箱入り末娘は、料亭の末娘を心配する。
「伽羅しゃん、一緒にくるです。嫌でも、連れて行くです!」
 踏ん切りの付かない伽羅を、勇喜は叱った。問答無用で手を引っ張る。
「家族って、ええな…、うちのおとんもほんまのおかんも、姉さんの記憶の中にしか居らんし」
 見ていた璃凛は、狩衣「大極」を揺らしながら苦笑する。双子でも、やっぱり兄と妹なのだ。
「ああ、すまん…。うちの話なんてしとる場合やないな」
 遠くなる璃凛の視線。赤ん坊の頃に捨てられていた過去。陰陽術の師匠のお陰で、実の姉と再会できる。
「ほら、主も。もう死人かも知れんが、約束をかなえる所を見るんだろ」
「せやな。僵屍として蘇らんようにな」
 璃凛は遠雷に腕を引っ張られた。璃凛の心を察し、ずけずけと物を言う相棒に。
「今回の戦乱で亡くなった人々を弔いたく…」
 先日、柚乃が戦ったキョンシーたちが、目の前に居る。なんとも言えない感覚にとらわれた。
 棺を護る衛兵たちに、軽く頭を下げた。伽羅と一緒に、棺の前の祭壇に苺を供える。
「…悲しいなら、今は沢山泣いて良いですよ」
 黒猫耳は天を向いたまま。星晶が、伽羅の肩をたたく。
「でも、泣いた後は沢山笑ってください。衛兵さん達が、安心して眠れるように。
衛兵さん達は、皆の笑顔を守りたくて頑張ったのですから」
 星晶は、ジン・ストールを引き下ろし、口元をあらわにした。ほほ笑んで見せる。
「…伽羅ちゃんには、難しいかな?」
 尋ねてくる黒猫耳に、伽羅は首を振る。泣きながら、そんなことないと答えた。
「天儀の風習ですけど、お酒をお供えしようと思いまして」
 真夢紀は天儀酒と甘酒を、棺の前に並べた。小雪と藤が、ちょこんと頭をさげる。
「歌を歌っても良いですか?」
 柚乃は許可を得ると、聖鈴の首飾りを鳴らし、歌い始める。勇喜も琵琶を奏で始めた。
 吟遊詩人たちによる、鎮魂歌。ただ静かに、祈りを捧げて。