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■オープニング本文 ●白梅の里 食い初めを祝い終えた赤子は、手足を振っていた。 懸命に手足を動かし、寝返りを打つ。ころんころんと。 ころんころん。ころんころん。 転がり、昼寝用の布団からはみ出した。母親の腕枕から抜け出す。 赤子は懸命に天井を見上げる。初めて迎える、秋の季節。 まだ言葉にできないが、『寒い』を肌で感じた。目に涙が浮かぶ。 大きな泣き声が聞こえ、母親が目覚める。人肌恋しい赤子は、伸ばされた手にしがみついた。 白梅の里は、朱藩の山里。梅を特産品とする、小さな里。田舎ゆえ、流通する品物は少ない。 「おりんは、子供用の布団がいると思うか?」 「それより、もっと大きな布団が良いのかしら? もっと大きくなるわよね?」 若い夫婦は、頭を抱えている。七夕に生まれた娘をみやり、父親の清太郎(せいたろう)は悩んだ。 母親のりんは一人娘の小梅(こうめ)を抱き、あやしている。 初めての体験、初めての子育て。祖父母の助言は受けるが、若い夫婦はそれでも悩む。 「…でかい布団を買うか。ツテに頼んでみる」 無骨な父親は、そんな言葉しかもらせなかった。 ●神楽の都 「布団か。女房に頼めば、何とかなるだろう」 若い夫婦からの依頼の手紙を読んだ、ベテランギルド員。奥さまの実家は、理穴の呉服問屋らしい。 「婚礼衣装のときみたいに、お前さんが取りに行ってくれるのか?」 「はい! あそこには、綺麗な着物がたくさんありますから♪」 「…一応、きちんとした依頼だぞ?」 「分かっています。布団も買って、清さんの家に届けますから。 あ、おりんさんと小梅ちゃんの着物も、買ってあげないと。新年に着る着物、何が良いでしょうかね♪」 きらきらと瞳を輝かす、サムライ娘。赤子の父親とは、従妹の間柄だ。 花梨(かりん)も、年頃の女の子。身なりに気を使う、青春時代真っ盛り。 「…そこのお前さん。すまんが、一緒に依頼に行ってくれないか?」 不安になる、ベテランギルド員。偶然、ギルド本部に居合わせた開拓者に、同行を頼む。 「よろしくお願いします」 礼儀正しく、頭を下げるサムライ娘。買った着物を、白梅の里の従妹夫婦に見せるつもりだった。 「そう言えば、理穴って、野菜や果物も美味しいらしいですね」 「おお、特に甘味がお勧めだな。樹糖なんぞ、儀弐王さまの御用達があるぐらいだ」 「えー! どこのお店ですか!? 教えてください、私も食べたいです!」 「ここだ、御用達は食えんかもしれんがな。それから、隣の店は栗ようかんが美味いぞ。女房の好物だ」 ふっと、思いついたサムライ娘、ベテランギルド員に尋ねる。理穴の温泉郷の出身者に。 ベテランギルド員のお国自慢に、拍車がかかった。筆を手に、理穴の首都「奏生」の地図を。 「おおそうだ、一息入れるなら、この茶店が良いと思う。饅頭が絶妙な味わいでな、俺は大好きだぞ♪ 土産なら、この店の落雁。ふわっとした口どけで、俺の息子が気に行っているぞ。それから…」 開拓者は待った、とにかく待った。饒舌なベテランギルド員の説明は止まらない。 「ざっとこんなもんだが、参考になったか?」 やりきった感のある、ベテランギルド員の笑顔。開拓者は、無言で頷くしかない。 「…理穴って、本当に甘味どころですね」 どっさり渡された、地図の数々。サムライ娘は、言葉少なに締めくくった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
常磐(ib3792)
12歳・男・陰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
ビシュタ・ベリー(ic0289)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●布団戦争 「花梨久し振りー。白梅の里に行くのも久し振りだなー」 羽喰 琥珀(ib3263)は、片手をふる。虎しっぽが踊り、犬歯が煌めいた。年単位で、ひさしぶりである。 「儀弐王さまの御用達樹糖? わざわざ買いに行かなくても、まゆ持ってますよ・ そうだ、清太郎さんご夫婦へのお土産に持って行こうっと」 「ほな、あたしのまだ開けてないんも、あっちで開けたげるわ」 礼野 真夢紀(ia1144)と神座真紀(ib6579)、さらりと言ってのけた。驚くギルド員。 「白梅の里への布団届け依頼ですかぁ…序(ついで)に、甘味も届けても良いかもしれませんよね」 「うふっ、おふとんを届けるだけ、かぁ…」 鎮守の守りを揺らしながら、真夢紀は考える。エルレーン(ib7455)の反応は違った。 「らっくちんな依頼だよぉ、おこづかい稼ぎにはもってこいだね!」 ぼんやり、おどおどな性格はどこへやら。軽く笑いながら、羽織「舞散桜」を着こむ。 「俺は服より甘味だな」 黒猫しっぽを揺らし、常磐(ib3792)は視線を上に。アナンシアハットの緑色の帽子の淵が見える。 緑の瞳は瞬きして考えた。眉間にシワを寄せる。姉に指摘される、癖。 「─――姉貴に何か買ってやるか」 常磐の懐で、御守「魂椿」が揺れた。椿の花言葉の一つは、控えめな優しさ。 「買いものに夢中になり過ぎて、布団を受け取り忘れた…にならないよう注意ですね」 柚乃、しめる所は、きちんとしめた。 天儀の文字が読めない、ビシュタ・ベリー(ic0289)。考えた。とにかく考えた。 「布団、どこ? これなに?」 柄入りの掛け布団に敷布団。柄を文字と勘違いし、盛大に悩む。 なにやら『まじない呪文』の入った、天儀の厚手服と推理。教養はないが、別の知識を大量に暗記しているし。 「露出、露出を上げる♪」 かけ布団を羽織り、一回転。留め具が無いし、背中が重くて動きにくいが、手足は外に出ている。 踊りの得意な芸人として、人眼を集められそうな服を探すのは当然だ。 ほら、店の中の人が唖然として見ている。後ろのエルレーンも、急いで口を開いた。 「てざわりがだいじ、なのっ」 「なに?」 不思議そうに振り返る、ビシュタ。布団を背負ったまま。 (※以下、同行していた花梨が、エルレーン顔(略称:エル顔)を交えて会話をお伝えします) 「手触り? 露出がもっと大事!」 寝むそうな黒目を見開き、ビシュタが主張する。 (:3[_]「ねこごちのためには、てざわりはゆずれないのっ」 エルレーンの真剣な黒い瞳が、手近な布団を叩く。 「これがいいの!」 布団を背負ったまま、ビシュタは外に出ようとする。判断能力が、おとぼけたようだ。 偉くかさばって、ヨロヨロしてたけど。慌てた羽喰 琥珀(ib3263)が止めに入る。 「なぁなぁっ! 敷布団はどうすんだ!? 布団は二つで一つだろ」 (*>д<)「…こ、これ、くださいっ」 「わかった。露出、露出を下げる」 「そうそう、それが敷き布団だぜ♪」 布団=天儀の外套と勘違いしたままのビシュタ。ようやく布団を脱ぎ去る。 (人д〃)「も、もう一組こっちもっ」 「あれ、買うのは一つじゃなかったか?」 (〃ω〃)「わ、私の自分のオフトゥン。あ、せっかくの年始年末だしぃ、かぁいい服、買っちゃおうかなっ」 琥珀の声かけに、エルレーンは真剣に返した。布団も大事だが、服も大事。女の子だもん。 「あたしも着物を一着新調しよかな」 店内を見渡していた真紀も、ぼそっと。 「いやな、毎年神座の本家で新年会があるねんけど、一応あたし次期当主やから出なあかんのよ。 一族総出やし、婆ちゃんのチェックも厳しいから、毎年着るもん苦労するんよね」 神座家は、代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族。祖母が母と父との結婚に反対だった為、真紀の一家は本家と離れて暮らしている。 「ちょうどええから、見立ててもらおかな」 「お買いものって、なんだか心踊りますよね。あれ買おうこれ買おう…迷うのも楽しかったり」 柚乃(ia0638)は。反物に視線を走らせた。神楽の都にある呉服屋の看板娘としては、興味津々。 「掘り出し物は見つかるでしょうか…まるで宝探しみたい」 柚乃の声に、花梨も頷く。るんるん気分♪ 「反物…色々あるんだな。─流石に反物は買えないよな…学費も要るしな…」 蝶の模様が入った反物を片手に、葛藤する常盤。陰陽寮の玄武寮生だ。 「―――姉貴なら、自分で縫って何かに出来るだろうし」 葛藤した挙句、切れ端を分けて貰うことにした。頑張れ、白藤姉貴。 「おりんさんと小梅ちゃんの着物も良いけれど、お正月に降ろすのだったら清太郎さんの分も新調しないとバランスとれないですよ」 忠告する真夢紀は長姉に白、次姉に赤の反物を贈るらしい。姉様とちぃ姉様の分だ。 「何かカブキ者みたいなってまいそうやけど…それはそれで一族の連中をあっと言わせられるかもしれんね♪」 真紀の着物は即決した。 (婆ちゃんに、どやされそうやけど) と、心の中で呟きつつ。続いて、妹たちの着物選びに。 「上の妹は可愛らしい感じの。下の妹は健康的な感じのかな」 真紀の母が早世した為、妹二人の母親代わりでもあった。 「あぁ、父さんのもいるか」 真紀が年の割に、所帯じみていると感じる所以。男物の着物を見ていた、琥龍 蒼羅(ib0214)の近くに移動する。 「男の人って、どないな服を好むん?」 「俺はそう言った方面には疎いのでな」 真紀の質問に、蒼羅は少し言い淀む。外套を片手で広げて、視線を落とした。 「普段の服は、基本的に知り合いのやっている馴染みの店で買っている」 口調も変えず、蒼羅は言葉を続ける。滅多に感情を表に出さない。 「特に何も買わずに、見るだけで終わりそうだ。他者の意見でもあれば、参考になるのだが」 「…そうなんや? あたしの父さんは、ほっといたらいつまでも同じ服着とるしな」 「まゆも、男の人の着物はよくわかんないから、呉服問屋の店員さんに見立てて貰ったら良いかな?」 真紀と真夢紀は思案顔。分かんないものは、分かんない。 と、柚乃は蒼羅の胸元に輝くサザンクロスの飾りや、指にはめた叡智の水晶を見つけた。 「ああ、そっちのオシャレなんですね♪」 「…どういう意味だ?」 他者からの好意に鈍感な蒼羅。柚乃の言葉に、考え込むばかりだった。 ●甘味戦争 「あ、お土産を持って帰らないと…皆期待してお留守番してるから。 柚乃の一言。待ち合わせ時間を決めると、開拓者達は街中に散ってゆく。 「理穴の甘味の多さは話には聞いていたが。甘味好きにとっては、堪らない物なのだろうな」 蒼羅は、地図の量に驚いていた。表情では分かりにくいが、驚いていた。 「うふっ、甘いもの、私だぁいすき…いっぱい食べよぅ」 エルレーンは、こし餡派。つぶ餡には、がっかりモード。 「好みとしては団子、饅頭あたりであまり甘すぎない物だ」 蒼羅には、塩餡が合うかもしれない。 寝むそうで、斜にかまえた眼が再び見開く。本気で貧しい集落出身のビシュタ。高級甘味なんて、見たことない。 「ジャッカル獣人たるゆえんをみせてやる!」 いやしいだけだろ。そんなツッコミは要らない。ビシュタの隣で、ぐっと握りこまれる柚乃の拳。 「腹が減ってはなんとやら、ですっ。安心して下さい。スリが出たら『アイヴィーバインド』で拘束しますからっ!」 「よろしく!」 甘味大好き、柚乃。ビシュタと意気投合。トネリコの杖の先っちょが、地面をたたく。 我らの旅路を邪魔する者は、柚乃の魔法の蔦で捕えてみせよう。ビシュタの短剣で返り討だ。 「あんま、荒事はあかんで?」 真紀は困った表情を浮かべた。 「おっちゃんの地図は、かさ張るぜ」 琥珀のまっとうな意見。理穴ギルドで奏生の地図を貰い、甘味屋の場所を、全て書き写した。 面白い事や、楽しい事が大好きな琥珀。新しく作った甘味マップ片手に御満悦だ。 「その地図、一枚貰って良いか?」 常盤が手を伸ばした。アル=カマルの甘味地図並に、甘味屋巡りが楽しみ。 「とりあえず、ベテランギルド員が言ってた、栗ようかんと饅頭と落雁は押さえておくか」 「ギルド員さんお勧めの所は寄りたいですよね。栗羊羹、落雁はお土産に良いかも」 「よーし、それ買った!」 常盤と真夢紀と琥珀の会話はさらに続く。 「朱藩で、理穴の女王様にとってもよく似た、美人な人に教えてもらったんだけど…」 「新しく出来た店は、あのおっちゃん知らねーよなー」 真夢紀のクチコミ情報に、琥珀は納得。 理穴東南部の極狭い範囲で収穫されている、幻のサツマイモがあるらしい。 「あとあと、日持ちする甘味と言えば、甘納豆ないかなぁ? 冬の甘味と言えば蜜柑もありかな…」 真夢紀は食いしん坊で舌が肥えている。栗の甘納豆が好き。それから、干し芋、干し柿。名前を挙げれば、キリが無い。 「まずは落雁から行くか」 しびれを切らし、常盤は動きだした。 琥珀は買い物上手だった。手頃な値段で、その場で飲み食いできる店を探しだす。 「あ、この団子の餡子、くどくなくてすげー美味ーい」 「ん…何かこの饅頭、普通の餡と何か違う気がする」 「おー、このあんみつの白玉と黒蜜も絶品だなー」 「隠し味は、柚の皮ですかね?」 悩む、琥珀と常盤。真夢紀も、餡子を飲み込み推理。次の店へ出向く。 貿易都市でもある奏生、見たことないお菓子がいっぱいだ。 「へー、クリーム使ったどら焼きかー」 虎耳が、とても嬉しそうだ。琥珀は、どら焼きにかぶりつく。 「お、こっちは抹茶使ってんのか。あ、こっちは栗入り。こっちは…おっちゃーん、全種類くれっ」 水帝の外套が大きく動く。右手を掲げて、琥珀は注文を続けた。 待つ間に、常盤は隣の店へ移動。美味しかった店は、筆を取り出し手帳に記帳した。 「この飴美味しいな。─―色んな種類を買って行ったら喜ぶよな。きっと」 もごもごと、試食を重ねていく。気に行った味を、姉たちへのお土産にした。 ●白梅の里 「訪れるのは、初めてなんです」 「年初めに、真っ白な花が咲き誇ると聞いた」 柚乃は、緊張気味だ。蒼羅は昔の記憶を辿る。若夫婦との婚前旅行で聞いたか。 「…お子さん抱っこ…できます?」 柚乃は、どきどきしながら、尋ねる。りんは膝の上に、小さな赤ん坊を乗せてくれた。 「赤ん坊ってこんな感じなんだな…。何か小さくて壊れそうだ。 俺には小さい頃の記憶も本当の両親の事も思い出せないし、末弟だから興味があるんだよな」 ぼそっともらす、常盤。物心つく頃に、白藤に行き倒れている所を拾われ、神支那家の子になる。 「これ、贈り物だぜ♪」 琥珀はもふらのぬいぐるみを見せ、小梅の手に握らせた。真紀は立ちあがる。 「ほな、買った着物のお披露目やね♪」 明るく笑う、真紀。夏場に起こった小梅の神隠し事件は、もうこりごりだ。 「あ、梅干しある?」 分けて貰った梅干しを、琥珀は箸で潰す。お茶を注げば、梅干茶の完成だ。甘味片手に、着物披露会と行こう。 戦場において、時折無謀な捨て身の攻撃を図ることがある、エルレーン。一番に戦場に飛びこむ。 「…に、にあうかな…」 振袖を広げ、一回転。華やかで、色鮮やかなものを希望した結果、店員が見繕ってくれたもの。 流水の鮮やかな青生地に、桜の花筏が乗る。花筏の下には、飛沫が白い線を描いていた。 「評価は、元気な小梅ちゃんにしてもらおかな?」 真紀は燃え盛る炎のような、赤い布地。白い牡丹が、大ぶりの花を咲かせる。 愛刀・霊刀「ホムラ」も、光を受けると刀身が燃えているかのように煌く刀だった。 そう言えば、真夢紀が次姉に選んだのも、同じ反物だ。長姉を守る役目の次姉への贈り物。 「ろ、露出ない? なんか、苦しい」 ビシュタは固まっていた。天儀の着物は、帯で胸元を締め付ける。 黒生地に、小振りな菊の花が咲く。裾一面を覆い尽くしていた。 「これでも、緩い方ですよ?」 ビシュタに気付けを施した柚乃は、涼しい顔で告げる。 柚乃自身は呉服問屋で、うぐいす色の着物を試着していた。鮮やかな手毬が、たくさん跳ねている柄。 「いっぱい着せられた?」 「…少し疲れたな」 琥珀は、隣の蒼羅に尋ねる。清太郎の着物柄を選ぶために、蒼羅は着せ替え人形状態にされた。 藍染めの着流しから、紋付き袴まで色々と。 琥珀?格子柄の着流しに挑戦したよ、あと朱藩の最先端とか。もちろん、常盤も巻き込んで。 「おもしろかったぜ、なぁ?」 「全然」 琥珀の呼び掛けに、常盤は反物の切れ端を抱きしめ、断固主張。姉への贈り物、闇夜に舞う紫の蝶の柄は死守する。 「―――俺は姉貴に作って貰う。絶対!」 常盤は知らなかった。朱藩男児の流行最先端が、女物の着物だなんて。 |