|
■オープニング本文 ●緑野 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。神楽の都に程近い場所。 ケモノも、植物も、虫も、人も。皆等しく、自然の恵みを受ける土地。 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。 東の咲雪(さゆき)。子供たちが大好きなサクランボ、イチジク、ビワの果樹園。 南の燈華(とうか)。防風林の松とヒマワリ畑が広がり、人とケモノが共存している。 少し勾配が見られる、西の照陽(しょうよう)。ミカン、柿、栗が、自然の恵みを与えてくれた。 山になるのは、北の雪那(ゆきな)。イチョウ、紅葉、ケヤキがケモノたちの寝床になる。 それは、魔の森の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。 開拓者と移住者によって、土地が切り開かれた記録。 始祖の迅鷹の家族が、住み着いた記録。 父迅鷹の月雅(げつが)と、母迅鷹の花風(はなかぜ)が見てきた出来事。 子迅鷹の雪芽(ゆきめ)が愛する、山里の出来事。 ―――芽吹きの物語。 ●おつかい=迷子発生 野趣祭(やしゅまつり)と言うのは、武天の主都「此隅」で行われる祭りである。 秋に肥えた野生肉が、多く扱われる市場。猪に、鹿、野鳥など様々な肉が出回る。 緑野の子供たちにとって、憧れのお祭り。共存する迅鷹たちにとって、初めてのお祭り。 開拓者につられ、一部の両親と全ての子供たちは買い出しに赴く。 大きな目的は、緑野を守ってくれる迅鷹への感謝だ。本来、迅鷹は肉食のケモノ。 緑野の迅鷹たちは、お米や卵を食べたりする。決して同居の雀や家畜を、食べようとしない。 たまには「ごちそうを食べさせてあげたい」と、緑野の子供たちは画策した。 麦蒔きを手伝いに来てくれた、ギルド員。栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)に、相談する。 訪れた野趣祭は、人込みだった。依頼を受けた開拓者は、はぐれないよう子供たちと手を繋いでいたはずだった。 手を振り払って突っ走るのが、好奇心旺盛な子供。六人中、三人が迷子になる。 慌てて迅鷹たちが空に飛び立ち、子供達をさがした。で、迅鷹夫婦は、成果を挙げられず、しょんぼり戻ってくる。 待てども、子迅鷹が帰ってこない。…どうやら、迷子が増えたようだ。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
カリク・レグゼカ(ib0554)
19歳・男・魔
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
レムリア・ミリア(ib6884)
24歳・女・巫
ミーリエ・ピサレット(ib8851)
10歳・女・シ
ヴァーナ(ic1329)
25歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●お祭りの始まり カリク・レグゼカ(ib0554)は、とんがり帽子をかぶり直した。相棒が見下ろしている気配。 「た、たまには外にでないと、ね」 大きく背伸びして、駿龍のナナイを見上げた。神楽の都で古本屋を営んでいると、室内にこもりがちになってしまう。 「お祭り?」 ヴァーナ(ic1329)は、ゆっくりと瞬きした。からくりの緑の瞳が、子供達を見下ろす。 「お祭りなら、賑やかで温かな雰囲気? 人がたくさん居る?」 ヴァーナは、ゆっくりと首をかしげてみせた。人間はこうやって、質問をすると聞いたことがある。 「私も行ったことないからね」 レムリア・ミリア(ib6884)は、小袖「春霞」に身を包んでいた。 「あそこの子供達も良い子ばかりだし、いい思い出にしてあげたいね」 相棒の甲龍、ブラック・ベルベットは神楽の都でお留守番。レムリアは、お土産の約束をしている。 「この地の方々には、何時もお世話になっているしね」 白銀の髪の中で、簪「早春の梅枝」が揺れる。癖の無いレムリアの長髪が、軽やかに光を纏って風にそよいだ。 「見た目は怖そうだけど、ミーリエの大切な相棒なのだ♪」 ミーリエ・ピサレット(ib8851)は、相棒を自慢する。真っ黒な体毛と賢げな深紅の瞳。 「吼えたり噛み付いたりしないよ♪ 愛想はあんまり…あれ?」 忍犬のクリムゾンの毛並みをなでながら、ミーリエは自慢する。振り返ると三歳児が居ない。 「大変なのだー! 誘拐魔や迅鷹専門の焼き鳥屋さんに捕まってませんように…!」 「おったぞ! おぬしら、自分の身長を考えた事がないであろう」 慌てるミーリエは、ひょいと羅喉丸(ia0347)に抱きあげられた。耳元で偉そうな声がする。 羅喉丸の相棒、上級人妖の蓮華の声。既にミーリエと三歳児は迷子になって、捜されていたらしい。 「のんびりいきましょー」 斜め後ろから、レティシア(ib4475)の声がした。レムリアの後ろに立っている。 羅喉丸に肩車されたミーリエは、レティシアを見下ろす形に。赤い瞳は、二度三度、またたきした。 レティシアは、レムリアの着物の袖をしっかり握りしめている。 「ミイラ取りがミイラになっても、まずいからな」 羅喉丸は、しみじみと言う。身長の低いレティシアも、人込みの中で遭難しかけた。 ウルグ・シュバルツ(ib5700)の相棒の鬼火玉。咲焔が見つけなければ、あやうかった。 妙に落ち着いた物腰のレティシア。迷子対策は我に策あり。 「ミルテの嗅覚で追跡すれば見つかります。かんぺきです!」 レティシアからはぐれないように、忍犬のミルテが寄り添っている。頼もしく鳴いてくれた。 「華やかであるな」 北条氏祗(ia0573)の青い瞳は、微妙な光を宿していた。ずぶぬれの衣服。 「しかしこの人混み、人探しとはなかなか難儀なことかもしれぬ」 天下無双羽織に通した右腕が、頭を掻く。自称「三嶋大社の武神」にも、悩みは湧くらしい。 「あわわわ、ど、どうしよう…っ」 同じくずぶぬれのカリクは、真っ青になっていた。樫木の杖を握りしめ、右に視線を。 続いて左に視線を。やっぱり、子供達はどこにも居ない。 「どうしようもない…か」 巻き込まれ体質のウルグ。こちらは、ずぶぬれの前髪をかきあげた。 六歳児は、悪戯っ子。盛大にやらかしてくれた。狙われたのは、鬼火玉の咲焔。 手に入れた水鉄砲を、咲焔にむけて狙い撃ったのだ。止めようとして、屋台の一角はてんやわんや。 気がつけば、相棒と子供達が姿を消していた。 「肉を扱う屋台を一つ一つあたるしかあるまいな」 歩きだした氏祗から、盛大なため息がもれる。 ●迷子捜索隊 「とっても人懐っこい龍だから、その…怖くないよ?」 カリクはお留守番の子供達に、駿龍のナナイを指差す。ヴァーナに後を頼み、迷子の捜索へ。 ヴァーナは、河乙女の竪琴を弾いた。澄んで透き通っているはずの音色が、やけに者悲しい。 一人で居ると、亡くなった主人を思い出す。裕福な老主人が手に入れた、歌う自動人形。 主人との別れ際に、ヴァーナは心揺さぶられる感情を覚えた。主人の死を心から悼む気持ち。 「あなたを失い、私は一人ぼっち…一人は寂しい…側に居ない事がこんなに悲しいって、知らなかった」 今は神楽の都で留守番中をしている、名もなき駿龍。相棒と一緒に居ても、ヴァーナの寂しさは埋まらない。 物思いにふけっていると、従者の外套が小さく引っ張られる。舌足らずな声が、懸命にお願いをしてきた。 「お姉ちゃん、お歌を歌って」 待っている子供達をあやすことが、今のヴァーナの仕事。無器用にほほ笑むと、竪琴を奏でた。 ミーリエの忍犬は、三歳児を追いかけた。でも、大人の足の群れに前方を阻まれて惨敗。 「クリムゾン、匂いを嗅いで再追跡なのだ!」 忍犬は諦めず、地面を嗅ぐ。クリムゾンの鼻は、子供達の匂いを辿る。 「子供達や子迅鷹ちゃんの外見は…」 エプロンドレスを揺らし説明しながらも、ミーリエの耳は迅鷹の羽音を探した。 懐中時計「オネット」で、時間を確かめる羅喉丸。集合の約束まで、まだいくらかある。 安請け合いをしない代わりに、一度約束した事は何としても果たそうとする性格。 「たまには『迅鷹にごちそうを食べさせてあげたい』だったな」 羅喉丸は、蓮華に再確認。子供の興味を引くような肉を扱う屋台はあったかと。 「妾が先導しようぞ」 「蓮華、さすがに心配しなくても大丈夫か?」 「羅喉丸よ、失敬な。妾をなんと心得る」 「しゃべるお人形なのだ♪」 ミーリエの一言に、瘴翼を使いかけた蓮華は、ヘナヘナと墜落。 「あの子も、心細い思いをしているかもしれないから、急がなくてはな」 「…分かっておる」 風の外套を揺らし、苦笑を浮かべる羅喉丸。どこか、すねた仕草で蓮華は浮き上がった。 一方、レティシアのミルテは…。『肉!肉!』と、盛んに吼える。 「お肉は、後で買ってあげますから!」 地面に伏せをして、動かない。肉の暴力的な香ばしさ、『レティシア<肉』の構図に。 「お兄さん、ここいらをこう言う子供達が歩いていなかったかい? 一寸はぐれてしまってね…」 唐揚げのお店に入り、レムリアは尋ねていた。父迅鷹が肩に同行中。 「ありがとっ、後で見つかったら子供達と寄らせて貰うよ」 軽く手をあげると、レムリアは屋台を後にする。屋台行列の入口から近くと踏んだが、勇む子供の足は侮れない。 「見てないんですか…」 レティシアは、しょんぼり。ミルテは粘り勝ち。鳥の空揚げを買ってもらった。 こちらはカリクの提案で、お肉系の屋台やなおもちゃなどを扱う屋台から探す。ようやく衣服も乾いた。 「え、っと、せ、背はこの位で…子迅鷹は…」 口下手なカリクは、身振り手振りも加えて人に尋ねる。でも話すのが苦手だから、うまく通じない。 「かような迅鷹を探しておる」 同行する氏祗は、雪芽の似顔絵を描いた。片っ端から、屋台の店主に見せて聞いて回る。 「子迅鷹は…戻ってこないわけがあるのかも…」 「と、申すと?」 「た、例えば子供を見つけたけど、その場を離れられない状況とか、ね」 「…怪我をして居なければ良いが」 氏祗の問う視線に、カリクは答える。ウルグの言葉に、少し重苦しい雰囲気。 「えっと、じ、迅鷹が草食系雑食になるなんて、とっても…き、興味深いね」 母迅鷹の花風が、カリクの杖に止まっていた。金色の瞳が心配げに見上げてくる。 「この地の希望と、か、可能性を見た気がするよ。…緑野は素晴らしい土地になる…いつか絶対…」 カリクには緊張すると、どもる癖がある。でも、きちんと言い切った。 屋台の裏に抜けてきたレムリアと、レティシア。頼りのミルテがへばり、小休止中だ。人が多すぎる。 考え込んでいたレティシアは、おもむろにバイオリン「サンクトペトロ」を取りだす。 「何をするつもりだい?」 「前に、雪芽ちゃんにご挨拶したときの楽曲を弾いてみます」 きっと、迷子たちは不安を感じている。早く見つけてあげたい。そんなレティシアの思い。 待つことしばし、ミルテが顔を上げた。耳を動かし、何度も吼える。 「見つけたんだね! どこにいるか、案内しておくれ」 レムリアが聞くと、ミルテは力強く吼えた。と、微妙な鳴き声になる。 「えっと、雪芽ちゃんの鳴き声の近くで…『火事だ!』って、悲鳴が…」 レティシアは、演奏を止める。不安そうな表情で、小麦色のエルフを見上げた。 「大丈夫、私がついているからね。行くよ。 掌から毀るる砂の様に、大切な命をこぼす事無く救い上げるから」 レムリアの言葉と共に、雷雲の根付が静かに揺れた。武州で作られている、少し風変わりな根付が。 鬼火玉には、狼煙と言う技法がある。煙を上げて、遠くの味方に簡単な情報を伝えるのだ。 狼煙の色は、赤白青から選べる。子迅鷹を見つけた咲焔が上げたのは、白煙だった。 「本当にすまなかった。俺の監督不足だ」 深々と、頭を下げるウルグ。故郷のジルベリアの村では、面倒事にしばしば駆り出されてきた経緯を持つ。 咲焔の狼煙は火事と勘違いされ、混乱を呼んだ。人込みは押し合いへしあい…後は語るまでもない。 「人騒がせじゃのう」 「本人も、この通り反省している。許して欲しい」 蓮華に怒られ、今にも消えそうな、鬼火玉の炎。ちっこくちっこくなっている。 「メラメラが、ぼっぼっプシュ〜…状態なのだ」 ミーリエ、よく分からない解説をありがとう。 「…苦楽を共に、か」 ウルグはフェザーマントを揺らす。消えそうな鬼火玉を、軽く撫でてやった。 「勝手にいなくなったら駄目なのだー!」 「皆が心配していた」 「わかった? じゃ、後で一緒にお祭り楽しむのだ♪」 腰に両手をあて、三歳児にぷりぷり怒るミーリエ。お姉さんぶって注意している。 四人姉妹の末っ子は、弟妹という存在に憧れるのかもしれない。 羅喉丸も、雪芽の頭をなでながら、共に注意する。 「あつあつお肉が一杯なのだ! 迅鷹さん達にも沢山食べてもらおうね♪」 泣きそうな顔で、頷く三歳児。ミーリエは、にぱっと笑うと、もう一度手を繋ぎ直した。 同じころ、五歳児と六歳児も発見される。煙に驚いて泣いていた。 「も、もう手を離してはいけないよ? 気になる屋台があったら教えてね」 怯える子供達に、カリクと氏祗は手を伸ばす。みんなと一緒に行こうと。 怒られると思っていた六歳児。おずおずと、カリクの手を握り返した。 ●祭囃子が聞える 「とびきり美味しそうなの、選んでね…そうだ、外で待ってる相棒の分も買おう」 いつの間にか、カリクの口調は淀みが無くなる。音吐朗朗。 「そう急がなくとも、料理は逃げないが…」 ウルグの肩車の上で、子供達は咲焔と一緒に大はしゃぎ。猪の丸焼きから、肉をきりわけて貰った。 咲焔は、ふよふよと高度を下げる。蓮華を覗きこみ、身体ごと傾げた。「食べないのー?」と言いたげ。 「遠慮はしておらぬぞ?」 羅喉丸の肩に座り、瓢箪を抱えた蓮華。主食はお酒であり、焼き肉は副食。 実に理にかなっている主張だ。咲焔には理解しにくい、大人の世界だが。 「野趣祭…相変わらずの活気だな。自然の恵みと…携わってきた者達に、改めて感謝しなければいけない」 銀色の瞳を細める、ウルグ。命を刻むものとして、子供達に説いて行く。 お肉大好きっ子のレティシア。ジルベリア北方の小村出身の楽師だ。天儀の味付けにも興味あり。 シャンテヒルト家の娘さんは、「色んな料理をちょっとずつ食べてみたい!」と御提案。 「ジルベリアでは、取り換えっこを『トレード』って言うんですよ」 ミルテのもふもふな背中に乗っかった迅鷹一家。レティシアや子供達と、お肉を交互に食べている。 迅鷹たちへ渡された、串焼き猪肉。開拓者達にも、振る舞われた。 「これは美味い!」 絶賛したのは、同じく肉好きの氏祗。軽く一本をたいらげ、ご満悦。 「こっちの燻製肉は、風味が良くなるだけじゃなく、保存も効く様になるから、お土産に最適なんだよ♪」 三歳児に説明する、ミーリエ。胸をそらし、えっへん! もちろん、姉の受け売りだ。 「兄ちゃん帰るの?」 五歳児の声に、氏祗は不思議な笑みを浮かべる。食後の休憩もとり、元気満タン。 「大山祇神との修行へと戻らねばならぬ」 『祇』と言うのは、土地神という意味の漢字。氏祗は相棒と共に、故郷を守っていたのだろう。 「兄ちゃんの相棒なに?」 「拙者の相棒は、走龍と申す」 悩める子供の頭を片手で撫でた。そのまま、氏祗は帰路につこうとする。 「兄ちゃん、忘れ物!」 子供達に押しつけられた包み。覗いた氏祗は、目元をほころばせる。大山祇神へのお土産であった。 あたたかな音楽が聞えていた。賑やかな声が歌っていた。 龍たちの待つ広場で、ヴァーナが演奏している。それは、子供達が全員見つかった合図の曲。 小走りで、追いかけっこをしているテンポ。ヴァーナが歌うはずが、子迅鷹が歌声を上げている。 続いてレティシアの肩に、雪芽が止まった。耳打ちするように鳴く。吟遊詩人は頷いた。 「あの、今度は私が歌います。お祭りの最後に歌って欲しいって、ギルドでお願いされましたから」 レティシアの回りを、薄緑色に輝く燐光が舞い散る。ローレライの髪飾りが光っていた。 ゆったりした曲調が広がる。レティシアの穏やかな声音に、雪芽の声も重なり合唱に。 ヴァーナの瞳が、驚きを帯びた。二人が歌うのは、祝いの歌。開拓者と緑野の人々が手拍子を送る。 「お祭り…本当に楽しい♪」 十一月二十日は、ヴァーナの誕生日。賑やかで、あたたかな世界が目の前に広がっていた。 『その日、迅鷹達は初めての野趣祭にでかける。同行した人々は確信した。 ケモノと人との絆を隔てるものは、何もないと』 ―――当時を伝える緑野の記録には、秋の思い出が刻まれている。 |