虹の村、白き縁
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/11 23:01



■オープニング本文

●虹村
 とある朱藩の村には、虹があった。太陽があった。
 雨が降っても、かかる虹。曇り空でも、輝く太陽。
 以前、村はアヤカシによって滅んだ。朱藩の魔槍砲によって、弔いの炎が灯される。
 神楽の都から、太陽の花が持ち込まれた。墓参りした者たちは、虹を村の入口に掛ける。
 虹は、希望の架け橋になった。瘴気によって故郷を追われた、移住者たちがやってくる。
 村を見守るのは、ひまわりが生える、数多の墓。ひまわりの花言葉の一つは、愛慕。
 移住者の心にかかる、七色の橋。
 いつか帰るべき故郷に、持ち帰ると決めた、太陽の花。
―――これは、虹と太陽の村の物語。


●縁(えにし)
 何気なく、入った食堂。見覚えのある、ギルド員が居た。
 家族サービス中だった栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)と、会話が弾む。
「今度の連休は、朱藩の虹村まで行って、神楽の都に帰ってくる予定だ。
虹村じゃ、去年から綿を育てていてな。知り合い経由で、木綿を頼んだんだ」
「木綿がどうやって作られるか、子供たちに知っていただく、良い機会ですからね♪」
「あい、みょー♪ みょー♪」
 木綿と繰り返す、下の息子。尚武(なおたけ)は五才、もうすぐ七五三を迎える。
 母お手製のハレの着物には、虹村の木綿が使われた。もちろん、ギルド員たっての希望である。
「理穴のひいじいさん達には、先に着物姿を見せたからな。虹村の人々にも、見て欲しくなってな」
 栃面家の夫妻は、理穴出身。先日まで、長期の里帰りをしていたらしい。
「人間って、変な風習があるってんだ。綿なんて、全部一緒ってんだ」
 あんみつをつつきながら、上の息子はぼやく。仁(じん)は、修羅の養い子。冥越が故郷だ。
「あら、仁様は、木綿と真綿の違いは、分かりますか?」
「…分からないってんだ」
「あら、まぁ。綿の特徴を言えますか?」
「…言えないってんだ」
「じゃあ、お勉強に行きましょうね♪」
「ぐっ…かーちゃんの意地悪!」
「おい、仁。着物の事で、母さんには勝てると思うな」
 父子のやり取りに、くすりと笑う母。お初(はつ)は、呉服問屋の元看板娘だった。
「今の時期の朱藩は、海産祭(かいさんまつり)をしていると聞きました。私、そちらも、行ってみたいです」
「海産祭か? 新鮮な魚介類、海の乾物が多く扱われているな。塩も有名だぞ」
「我も、旦那と言ったことあるでやんす。踊りや唄を披露する、野外の舞台もあるでさ♪」
 妻の質問に、元開拓者のギルド員は軽く答える。相棒の人妖も、くるりと回転しながら教えた。
「まぁ素敵…、虹村の方々も誘って、お祭り見物はどうでしょうか? 大勢の方が、楽しいですわ」
「…分かった、朱藩の知り合いに頼んでおく。父親は源内(げんない)、息子は碧(あおい)と言うんだ」
 ギルド員の知り合いは、朱藩の臣下・白石(しらいし)親子。虹村の住人は、親子と同郷の出らしい。
「兄ちゃんや姉ちゃんたちも、海産祭に行くの?」
「いきゅの?」
 あんみつを食べていた兄弟が、開拓者を見上げる。問いかけに頷く、開拓者たち。
「尚武さ、楽しみってんだ♪」
「あい、にーたん。たのちー♪」
 兄弟は嬉しそうに、はしゃいでくれる。今年の海産祭は、賑やかになりそうだった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
レムリア・ミリア(ib6884
24歳・女・巫
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●屋台へ行こう
「お祭りなの〜」
 水月(ia2566)の気分は、上昇しっぱなし。お祭りと、美味しい物の予感。
 上級迅鷹、彩颯も気がそぞろ。水月の肩に止まったり、空を飛んだり忙しい。
 後ろの気配に、柚乃(ia0638)は振り返った。何かが、路地に逃げ込む。
 ちび忍犬の白房も、風の中の匂いをかぎ取り、何度か吼える。
 建物の影で、藤色が見えかくれ。頭隠して、しっぽ隠さず。
「八曜丸、またなの?」
 柚乃の呼びかけに、すごいもふらは方向転換する。建物の影から、金の瞳が柚乃を見上げた。
「留守番のはずよね?」
 八曜丸のもふら耳が、うなだれる。やんちゃな瞳は、悲しがる。
 こそりとついてきた相棒に、柚乃はため息。気持ちを切り替えた。
「子供達の遊び相手になって貰いましょ★」
 柚乃の明るい声に、白房がしっぽを振る。八曜丸はようやく、建物の影から出てきた。
「朱藩の海産祭か、楽しそうだな」
 羅喉丸(ia0347)は、歩きながら空を見上げた。肩の指定席には、上級人妖の蓮華が座っている。
「妾も行きたいのじゃ!」
「一緒に行くか」
 愛用の酒入り瓢箪、紫金紅葫蘆を抱きかかえる蓮華。羅喉丸の短い黒髪を引っ張る。
 ふっと、瞳を和ませる。と、羅喉丸は相棒に視線を向けた。
「虹の村の方々を連れての観光旅行…ね」
 レムリア・ミリア(ib6884)も、考え込んでいた。港に足を運び、甲龍の相棒を見上げる。
「あちらの村には、農業体験とか色々とお世話になっているし、私もご一緒しようかしら?
お祭りもあるようだから、子供達と一緒に見物するのも良い思い出になりそうね♪」
 レムリアは、あでやかな笑みを浮かべる。聞いていたブラック・ベルベットは、強く鳴いた。


「訪ねる度に、立派になっているな…」
 虹村の入口に立ち、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は眼を細めた。
 目の前の広場では、先日、秋祭りが行われたらしい。と、手招きするご隠居を見つけた。
「皆、健勝のようで安心した」
 墓参りを済ませたウルグ。ご隠居の家で、握り飯をご馳走になる。
 相棒の宝狐禅、導は村の特産品に興味津々。天日干しの銀杏や、ヒマワリ油を手に入れる。
「栃面家の皆さんにお会いするのは久しぶりですね。そして、虹村に足を運ぶのはもっと久しぶりです」
 滅んだ直後の虹村。お墓参りした柚乃は、再び茂る緑を願った。
「皆さん、お元気そうでよかった…」
 茂る緑は尚武の着物に姿を変え、柚乃の前にある。神楽の都にある呉服屋の看板娘としては、嬉しい限り。
「わん?」
 白い犬耳を動かしながら、白房が人々を見上げる。初めて見る顔ぶれに向かって、軽く鳴いた。
 白房にとっては、会う人も見るモノも初めてばかり。尚武の晴れ着の匂いを嗅ぎ、もう一度鳴く。
「大丈夫。これからももっと、色んな場所へ、一緒に行けたらいいな」
 柚乃は白房の犬耳の先っちょ、少しだけ黒い部分を突いて笑った。


「やあ、みんな元気にしていたかい? ボクとLOはとても元気だよ♪」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は身をかがめた。虹村の子供たちに話しかける。
 甲龍のLOも大きく翼を広げ、ご挨拶。元気な返事が、返ってきた。
「海産祭…皆で楽しもう♪ そう言えば、朱藩は傾奇者が多いそうだね?」
 戦着流「風流」を着こなす、フランヴェル。生粋の朱藩男児、碧を見やる。
「心外な…最先端の流行でござんすよ!?」
 派手な女物の着物を肩に羽織り、碧は異議を唱えた。
「…こんにちは…さて、今日はゆっくり見て回って楽しみましょう…」
 挨拶を済ました海神 雪音(ib1498)は、羽妖精の手を軽く引っ張った。相棒が最初の迷子になりそうだ。
 雪花は人間の暮らしに興味がある。子供たちと一緒に、どこかに行ってしまいかねない。
「…疾風は連れて歩けませんから…」
 でっかい駿龍を見上げ、雪音は宣言する。疾風は、しょんぼり猫背になった。
「…後でお土産を買って来ますので…外で…」
 泣きそうな表情、じっと見つめる龍の瞳。雪音は根負けし、疾風の背中を撫でる。
「…預けられる所が…ありませんか…?」
 源内の口添えで、安州郊外に龍達の留守番先が決まった。お祭り仕様の魚料理付きである。


「旅は道連れ、世は情けか、天の巡り合わせは大切にしなくてはな」
 羅喉丸は、市場で弥次を見つけた。手を振り、声をかける。
「お互いに無事で何よりだ」
 少し前、理穴東部では、二体の大アヤカシとの戦いがあった。
 最後に別れたのは、戦場。無事に再会できた事を喜んだ。
「元気でやっていたかな」
「元気ってんだ!」
「あい!」
 羅喉丸は身をかがめ、栃面家の子供たちに声をかける。片手を突き上げる仁と、掌を打ち合わせた。
「羅喉丸の奴が世話になったようじゃな。妾か、妾は蓮華じゃ」
「よーたんと、ふきゅちあう?」
 栃面家の人妖は、天儀の狩衣姿。泰国の仙人みたいな格好をした蓮華に、尚武は不思議そうだった。
「仁クン、尚武クン♪」
 無邪気に手を差し出す、柚乃。手を繋いで歩こうと誘う。
「おいら、もう子供じゃないってんだ!」
 顔を赤らめながら、仁は逃げた。柚乃を置いて、虹村の腕白坊主たちの方へ。
 雪音は屋台を見渡した。雪花は、あっちにフラフラ。こっちにフラフラ。
 食べ物が多すぎて、行き先が決まらない。雪音に助けを求める。
「…海産祭の名物…なにがあるでしょうか…?」
 淡々した口調で話す雪音。表情が変わらないが、これでもかなり迷っているのだ。
「タコ焼きなどは、いかがでしょう。平野では、タコは珍しいはずです」
「あたしは断固、炭焼きでござんすね。串焼きの歯ごたえは、食べないとわかりやせんから」
 白石親子の答えは、てんでバラバラ。源内も、碧も、自分の好物を勧める。
「おやつにタコ焼き行きます。雪音も、食事に串焼きですよね?」
 待ちくたびれた雪花は、鶴の一声をあげた。虹村の子供達を誘い、勝手に飛び出す。
「…雪花…別行動はいけません…」
 牙の御守りを揺らす相棒を、雪音は追いかけた。
「リンゴ飴…イカ焼き…」
 子供たちの先頭を行くのは、水月だった。美味しそうな屋台やお店を見つけては、突撃していく。
 見た目とは裏腹に、かなりの大食娘。試食だけで、お腹が満たされる筈も無い。
「食べすぎやせんか?」
 見守っていた碧が心配する。振り返った水月は、左手を伸ばし親指だけ立てた。
 大丈夫、甘味は別腹。右手のみたらし団子が、お腹に消える。
「はいはい、離れたら迷子になるからね」
 レムリアの大きな声が聞えた。切れ長で力強い瞳は、困った視線を浮かべる。
 腕白坊主たちは、言う事を聞かず、てんでバラバラに走る。先導する雪花や水月を、誰か止めて欲しい。
 ついに、ハリセン「笑神」の出番だ。レムリアの手の中で、大きな音を立てる。
 びくりと、仁が立ち止った。腕白坊主たちも、恐る恐る振り返る。
「こら、はしゃぎ過ぎるよ?」
 悪戯が過ぎる子には、お仕置きが必要。レムリアの人差指が、仁のおでこをツンと突いた。


●ショータイム
 レムリアは財布「パイソンブラック」を手に闊歩する。お祭りで沸き立つ街に、虹村の子供たちは興味津々。
 ふと、イカ焼きが目に入った。天儀ではめずらしい、焼きそばもある。
「色々な味を楽しみたいからね…」
 レムリアと子供たちは、焼きそばを分け合いっこ。少しずつ味見をして、楽しんでいく。
 屋台の一角で、幼子の一人が泣きだした。転んで膝をすりむいたらしい。
「いたー、いたー、とーでけ!」
 心配した尚武が、膝をなでなでする。レムリアはしゃがみこみ、腰の革製ポーチを探った。
「医薬品ですか?」
 泣き声に気付いた雪音が、寄ってきた。興味ありげに、レムリアを見下ろす。
「小隊常備の救急胴乱だよ。何時でも診察・治療できるよう、備えは怠らないからね」
 レムリアは、素早く手当てをする。その手つきに、弥次とお初は感心していた。


「ほう、これは賑やかよの…祭とはこうであらねばな」
 ウルグの掌に、ちっちゃな導が乗っていた。特殊な召喚状態で、「ひょっこり」顔を出す。
「どうやら、退屈する心配もなさそうであるしの」
 舞台に視線を向ける導。筆を咥えて、絵を描く趣味を持つ。
「つぶされるぞ」
「我はあそこへは上がらぬよ」
 ちっちゃな導に、注意を促すウルグ。たいへん弱い召喚状態なので、誤って踏んづけられたら大変だ。
 柚乃はタンバリン「サンシャイン」を打ち鳴らす。ヒマワリの花のごとき打楽器が、目を引いた。
「海産祭を楽しもう♪」
 軽やかに、舞台に上がった柚乃。純白の女神の薄衣の裾が、ふわりと風に乗った。
「海に大地に精霊に、祈り食の恵みに感謝を込めて…」
 御結五十鈴をくわえた白房と、夢紡ぎの聖鈴を着けた八曜丸がお供を。
 相棒達の明るい鈴の音も、風に乗る。観客達の楽しい手拍子を誘った。
 柚乃の舞いを見ていた水月。瞳が嬉しそうに輝く。普段は物静かだが、舞台となれば話は別だ。
 歌や踊りは得意分野。月の光を集めて作ったと言われる、ムーンロードを身にまとう。
 黒夜布「レイラ」を肩にかけた。レイラは、夜を意味する言葉。
 月夜のジルベリア風歌姫は、舞台に進み出る。太陽の花の打楽器の隣に並んだ。
 柚乃の歌と舞いが、小さくなっていく。昼から夜に、移りゆく時間。
「爽やかな風と豊かな実りを」
 水月が終わるころ、彩颯が空から来襲した。大きな翼を広げ、水月にぶつかる。
 観客の悲鳴は、すぐに歓喜に。水月の衣装が、羽衣「天女」に早変わりしている。
 水月は笑う。プレスティディヒターノの技法で、隠す対象を変えただけ。
 韋駄天脚を使った彩颯は、きらめく光になっていた。水月の足首に、小さな翼が生える。
 金のチェーンを連ねたアンクレットが煌めいた。星空を歩くたび、華やかな鈴の音が響く。
 舞台を一周し、彩颯は迅鷹に戻った。レイラを翻し、水月は軽やかに舞い始める。
 聖歌の冠を着けた柚乃と揃って、二人の舞踏会。夜から朝の到来だ。
 彩颯は再び光に姿を変える。友なる翼で、水月に同化した。
 水月は舞台を蹴った。背中の翼で、空に浮かぶ。月夜の歌姫の時間は終り。
 柚乃の別れの舞いに応え、水月は歌いながら遠ざかって行った。


「おや、舞台があるんだね?」
「俺が預かろうか?」
「よし! 飛び入り参加してくるよ♪」
 隣の羅喉丸に、肩車した子供を任せたフランヴェル。レムリアに耳打ちし、舞台にあがる。
 舞台の上で、二刀を抜き去った。右手に殲刀「秋水清光」、左手に降魔刀。剣舞を行う。
 まず、突きだされる二刀。獅子の様に雄々しく、鋭い牙の如く。
 左足を軸に、右足を引いた。同時に上下に別れる刀、手の動きに身体の捻りが加わる。
 捻りは重なり、回転し、舞台を軽やかに駆け巡った。蝶の様に艶やかに。
 不意にフランヴェルの動きが止まる。観客席に投げかけられる視線。
 頷くレムリアは、サツマイモを投げた。二刀は柳生無明剣を繰り出す。
 と、藤色の風が。四つに断ち割られたサツマイモは、大口をあけた八曜丸のお腹に。
「…食べ物は、粗末にしたらイケないよ!」
 もふらの後ろで、ビシッと見得を切るフランヴェル。ハプニングも、舞台の内だ。
「…なに、余興はあの上でだけとは限らぬのだろう?」
 くつりと笑いながら、導は語る。ふわりと浮きあがり、ウルグの頭の上に移動。
「ふふ、これは筆も進みそうよの」
 フランヴェルの演武を見て、導は前足でぺちぺちと、ウルグの頭を叩く。楽しくて仕方ないらしい。


●海の恵み
 目は口ほどに物を言う。お土産を選ぶのにも、味の確認が大事。
 きらきらと、水月の瞳が訴える。母親譲りの翠の瞳が、じっと見つめた。
「おいしそうなの〜」
 ヴィヌ・イシュタルの技法まで使って、試食をおねだりする。そんな水月の肩に、彩颯が停まった。
 白い翼が丁寧にたたまれた。羽毛の幻想的な虹色の輝きが、店先の魚に映り込む。
「…彩颯ちゃんも、新鮮なお魚もらえたら嬉しそうなの」
 普段から、言葉数が少ない水月。珍しく、長々としゃべる。
 相棒は、魚を見ていた。首元の青い鳥の羽の御守りと共に、魚を凝視していた。
「新鮮なのは、勿論美味しいのですけど」
 母譲りの白髪が、悩みを抱いて揺れる。お土産となると、やっぱり保存のきく物の方が良いだろう。
「でもでも…」
 はゎゎと、狼狽する白髪。お年寄りの皆さんには、柔らかく食べやすい物の方が良いかと思う。
「我らも、留守番に何か買うてやらねばの?」
「難しいな」
 導の声に、ウルグも土産を物色する。仏頂面のまま、視線を右から左へ。
「戻ってからいただくのに良さそうな、日持ちのするものと…あれじゃな」
 水月の肩に、導は移動した。声から察するに、何か見つけたらしい。
 フェザーマントを引っ張られ、ウルグは振り返る。水月が、お椀を手にしていた。
「塩に出汁の乾物も忘れてはならんの」
 しっぽを一本にまとめ、単尾を装う、世話焼き宝狐禅。目を細め、店主に言い加える。
「お代はそこのが払うでの」
「おい、導…」
 ウルグの遮る声は、聞こえない。導に勧められるまま、汁を飲み干し、水月は満足そう。
「素材一つで変わるとはよく言ったものよ。調味料とてまた然り」
「…俺の目で選ぶよりは確か、か」
 水月は、もう一杯おかわりする。手にしたお椀は、ウルグへ差し出した。
 軽くため息をつくウルグ。お人よしで巻き込まれ体質の若者は、ちびちびと海鮮汁を味わった。
「…そこの者どもも、参考にしてくれて構わんのだぞ?」
 翡翠玉「戒」を揺らしながら、導は虹村の民に声をかける。戸惑う住民たち。
「何なら、我が話ついでに村を売り込んでおくがの」
 導はウルグに視線をやり、村で貰った銀杏を取りださせる。
 口八丁。値下げ交渉なら、任せて欲しいと。


「お土産については、虹村では手に入らない物が良いだろう」
 右手に海の乾物、左手に塩。羅喉丸は両手を見比べ、悩む。
 虹村までの日持ちの問題もあった。海の乾物辺りがいいのかもしれない。
「妾は、これが食べたいのう。酒の肴じゃ」
「せっかくだからな」
 スルメイカを手に、頑張る蓮華。羅喉丸は笑いながらも、自分のお土産購入を忘れない。
 とある屋台の一点をみつめたまま、蓮華は動かなかった。
「蓮華、何が欲しいんだ」
 羅喉丸は瞬きしながら、寄ってくる。蓮華の視線を辿った。
「真珠と珊瑚の装飾品か、そういえば有名だったな」
 朱藩の特産品。市場でも、非常に高値で取引されることが多い。
 羅喉丸の故郷、天儀の片田舎では、なかなかお目にかかれないだろう。
 龍袍「江湖」の懐から、財布を出した。店主から、装飾品を買い取る。
「羅喉丸、いいのか?」
「たまにはいいさ。それに、いつも世話になっているしな」
 装飾品をつけて貰った蓮華は、遠慮がちに尋ねた。いつもの威勢の良さは、どこへやら。
 羅喉丸は、微笑する。黒い瞳に、優しいものを浮かべながら。
「新鮮な海の幸…あるのは食べ物だけ?」
 柚乃は眼光鋭く、品物を見比べる。お土産候補と睨めっこしていた。
「やっぱり湯のみなどの、実用性のある日用品がいいかなって思ったのですけど」
 流木の置物が目に留まった。花瓶風にくりぬいた物を一つ、お買い上げ。
「新鮮な魚…も、食べて頂きたいですけど…。お年寄り方様に美味しく栄養がつくものを…と思って」
 柚乃の脳裏に浮かぶ食べ物。評判のお塩、そして乾物。お出汁が取れる魚。
 アジに目をつけた。味がよいために「鯵」になったといわれるほど、うま味がある。
「これからの寒い時期、お鍋が美味しいですよね。保存食にもよさそうです?」
 叩いてつみれ鍋に出来るし、開きにして干しても良い。柚乃は腕まくりする。
 魚の鮮度を保つために、「氷霊結」の出番だ。
「…海産物は足が早いですから、お土産に持って帰るなら干物などの乾物が良いと思います…」
 尚武がアジの干物を見たがった。雪音は一匹買い求め、尚武に渡してやる。
 手を叩き、尚武は大喜び。海の匂いに、興味津々。
「…塩も有名みたいですから…この辺りもお土産には良いかと…」
 続いて、雪花が持っていた袋を受け取る。中身の真っ白な塩が、存在感を示していた。
「糠床用の塩、昆布、唐辛子類がいいんじゃないかな? 必要なら米糠もね。
秋を過ぎればすぐ冬だ、保存食を仕込むのはどこも同じだと思う」
 思わぬ意見を出したのは、フランヴェルだった。仁が不思議そうに視線で問う。
「…僕の生まれたジルベリアの冬は長く厳しいからね。保存食の確保がとても重要なんだ」
 ジルベリア貴族出身のフランヴェル。離れた郷里は、もう雪が舞っているかもしれない。


 栃面家に同行する羅喉丸。仁は海を知らぬ子供たちと、はしゃいでいた。
「港には、飛空船駐留基地があったはずだ」
 意味深い台詞を口にし、白石親子を見る。朱藩の臣下たちは、無言で頷いた。
 超大型飛空船「赤光」が係留されているかと言う、問い。見られると言う、答え。
「港に行って見るか?」
「行くってんだ!」
 仁の声をかわぎりに、子供達は走り出す。羅喉丸は背中を見送りながら、追いかけた。
 お留守番していた龍達を迎えに行く。LOと再会を果たしたフランヴェルは、相棒に相談を。
「子供達は海を見た事がないんだって」
 LOは小さく眠たげな眼を、更に細めた。首を降ろし、姿勢を低くする。
「ありがとう、さすがLOだね♪」
 さすが相棒だ。フランヴェルの言いたいことを察してくれる。
 尚武の様子を見ていた、虹村の子供たち。おっかなびっくり、LOに乗せてもらう。
「何より、LOが頑張ってくれる筈♪」
 フランヴェルの声に、LOは嬉しそうに鳴いた。人間の子供と遊ぶのが好きな龍。
「私も海をあまり良く知らないから、興味があるし…」
 アル=カマル生まれのレムリアは、相棒の首筋を撫でた。悩み声で、甲龍を見上げる。
「希儀じゃ、救護所の設営や救護活動で、海を見に行くどころじゃなかったし」
 段々小さくなっていく、レムリアの声。拗ねている気がする。
 黒曜石を連想させる、漆黒のブラック・ベルベット。騎士のような鎧は、優雅に頭を下げて見せた。
 ブラック・ベルベットの背中に、相乗りする子供達の分の鞍を準備する。
 少し大きめの子供が乗るから、一度に大勢は難しいが。
「…誰か…行きませんか…?」
 疾風の手綱を握りながら、雪音はあたりを見渡す。龍に乗っての遊覧飛行、準備中。
「あい、いきゅ!」
 元気いっぱい、手を上げたのは尚武。手を繋いでいた柚乃は、笑みを浮かべて雪音に尚武を任せる。
「ちょりゃ、ちゅご!」
 疾風の背中に、尚武は乗せて貰った。同席する雪音に「空、凄い」と話しかける。
 子供達を抱える様に乗り、フランヴェルは合図をする。LOの身体も、空へ舞い上がった。
「どうだい、海はすごく大きいだろう♪」
 澄んだ秋の空。眼下の水たまりは、虹村のため池よりも広い。
 ブラック・ベルベットも、海の上へ繰り出した。海を見下ろし、子供たちは大騒ぎ。
「海ってこんなにキラキラと輝くのね」
 大騒ぎする人物がもう一人。レムリアの癖の無い長髪が、風に大きくなびく。
 白銀の髪は、軽やかに光を纏っていた。水面のように、キラキラ輝きながら。


 余談だが。ウルグからお土産を貰った、留守番の鬼火玉。導の声に、炎を嬉しそうに揺らす。
「我の目も確かじゃろ?」
 咲焔の前に、かつぶしが置かれた。何度も飛び散る火の粉。
 分かりにくいが、器用に抱え込み、かじかじしていた。お気に召されたらしい。