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■オープニング本文 ●海のアヤカシ ここは、泰国の南部。一年中、半袖で暮らせる土地柄。 温暖な砂浜で、途方に暮れる虎猫獣人が居た。ずぶぬれになった子猫又を抱えて。 「藤(ふじ)、良い子だから暴れないで」 「嫌や! うちの首飾り、取り返すんや!」 「ダメだよ、さっきみたいに溺れたら困るでしょ」 「嫌や、あのアヤカシ倒すねん!」 押し問答を続ける二人。近寄りがたい雰囲気を発している。 「喜多(きた)はん、離してや!」 「痛っ!」 窮猫、飼い主を噛む。子猫又の鋭い牙が、虎猫獣人の手に突き刺さった。 「こら、藤は泳げないでしょ! もう…おてんばなんだから」 三毛猫は、痛がる飼い主の腕から飛び降りた。一目散に海に向かって、走って行く。 ため息をつく、虎猫獣人。ふっと後ろを見る。ようやく、近くの開拓者に気が付いた。 「あ…もしかして僕の依頼を受けてくれた、開拓者の皆さんでしょうか? お待ちしていました!」 明るくなる、虎猫獣人の顔。どうやら依頼人らしい。背筋を正すと、開拓者に向き直る。 「早速ですが、状況を説明しますね。あっちの海を見て貰えば、すぐ分かるのですが…。 ご覧の通り、水母姫(くらげひめ)と海草人形(かいそうにんぎょう)に占領されました」 水深の浅い海に、美しい女性が浮かんでいた。水母姫と呼ばれる、アヤカシ。 女性の周りで飛びはね、踊っている海草。これも、アヤカシ。 「依頼書の通り、あのアヤカシ達を退治して貰いたいんです。浜辺近くに居るせいで、漁も出来なくて。 あ、海は遠浅になっています。アヤカシたちの居る所は、立ち泳ぎしないといけない深さですね。 近づくのでしたら、漁師さんたちが小船を出して、協力してくれますから」 開拓者が来る途中に見た、肩を落とした猫獣人たち。漁に出られない、漁師たちのようだ。 「水母姫が、司令塔と考えられます。中級アヤカシですね。 全長は三間(約5.5メートル)と大きく、海の中の下半身はクラゲに似ています。 攻撃は、知覚攻撃に優れています。魅了、混乱、睡眠には、注意を。 やっかいなのは、体力回復ですね。開拓者の練力を奪い取る、特殊能力もあるみたいです。 水辺の戦いが得意です。が、陸上でも、それなりには戦える相手のようです」 虎猫獣人の説明に、唸り声がもれる。中級アヤカシだけあって、少々手強そうだ。 「海草人形は、下級アヤカシです。砂浜で輪になって踊る、ふしぎな特徴を持っています。 警戒すべきは、再生と増殖能力ですね。欠片だけでも残すと、あっと言う間に増えますから」 えらく詳しい説明に、首を傾げる開拓者。虎猫獣人は、軽く笑う。 「僕は開拓者ギルドの職員なんです。今は休暇中で、実家の料亭を手伝っているんですよ。 もうすぐ誕生日の弟妹が、『キスを食べたい』って、ワガママ言いましてね」 長兄の責任感から、幾須子魚釣りに来たらしい。魚好きな、飼い子猫又を連れて。 ●猫の事情 「喜多はん、喜多はん、波がザブンゆーたー!」 「はい、お帰り。泣かない、泣かない」 説明が終わった虎猫獣人の背中に、子猫又が飛びつく。再び、ずぶぬれになっていた。 飼い主は、泣きじゃくる子猫又を捕まえる。胸元に、抱きかかえた。 「基本的に、猫又は水が嫌いですからね。うちの子も泳ぎが下手で…」 「お風呂はへーきや!」 「負け惜しみだけは、一人前なんです」 金の瞳で見上げる、子猫又。虎猫獣人は、苦笑しながら頭を撫でた。 「藤。もう首飾りは諦めよう?」 「嫌や、嫌や。あれ、喜多はんがくれたやん! 家族の証ゆーたもん!」 「でもね、首飾りを取り返そうとして、藤が居なくなる方が僕は悲しいよ」 にゃーにゃー、自己主張する子猫又。飼い主は三毛猫を見下ろし、静かに告げた。 「あ、僕らの事は、気にしないでください。首飾りは、また買えば良いだけですから」 虎猫獣人と子猫又が乗っていた船は、突然アヤカシに襲われた。子猫又は技法を駆使して、飼い主を助ける。 そのときの乱戦が元で、海の中に首飾りを落とした。今は、水母姫の腕輪にされているらしい。 「…うちの首飾り」 子猫又の金の瞳から、涙がこぼれる。琥珀の首飾り、金の瞳とお揃いの色。 料亭に貰われてきたとき、飼い主が首に着けてくれた。歓迎の花言葉を持つ、藤の名前と一緒に。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
大淀 悠志郎(ia8787)
25歳・男・弓
誘霧(ib3311)
15歳・女・サ
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
アーディル(ib9697)
23歳・男・砂
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
ラフィーネ(ic0730)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●事件や! 時は少しばかり、遡る。開拓者が神楽の都から、泰国へ移動しようとした頃。 ラフィーネ(ic0730)は、名もなき相棒の駿龍に、留守番を頼んだ。 港を離れようとして、大淀 悠志郎(ia8787)と出会う。霊騎の泡影の世話帰りらしい。 連れ立って、開拓者ギルドに向かう。道中で、アーディル(ib9697)と一緒になった。 自然と依頼の話になる。三人は先日、同じ依頼を受けた。牛肉運びの護衛だったが。 「海辺にアヤカシの集団とは。漁に出れないのは、困るだろう」 アーディルは腕組した。チュウヒの羽毛をまとった耳が、小さく羽ばたく。 家に置いて来た相棒、猫又の桃浪に、魚のお土産を頼まれたし。 「海の上…は、対処が難しい…ですね。でも、漁師さ…困ってます…し…」 人との会話が苦手な、ラフィーネ。狼耳を伏せながらも、懸命に話しかける。 「まぁ、アヤカシは、面白いだろうが。自分は、気に入らないね」 黒い瞳をゆがませ、悠志郎は皮肉る。『面白いか』『愉しめるか』が、悠志郎の行動原理ではあるが。 三人が開拓者ギルドについたとき、元気な声が聞えてきた。 「漁師さんを困らせるアヤカシ達を、やっつける!」 誘霧(ib3311)の声。相棒の迅鷹、兎羽も大きく羽ばたき、鼓舞する。 少し離れた場所では、Kyrie(ib5916)が、メイスの素振りをしていた。相棒の土偶ゴーレム、†Za≠ZiE†と。 「…壊し屋になった時の事を思い出しますね!」 イメージトレーニングの相手は、海草人形。ジルベリアの片手棍が、空を薙ぐ。 素振りする二人を、小首を傾げて見守る神座亜紀(ib6736)。相棒のからくり、雪那も首を傾げている。 「戸隠 菫だよ、よろしくね」 軽く背中を叩かれ、亜紀は後ろを振り返った。戸隠 菫(ib9794)と相棒の羽妖精、乗鞍 葵が並んでいる。 今回、相棒達はお留守番。開拓者はお見送りされながら、精霊門に入って行く。 礼野 真夢紀(ia1144)が、精霊門をくぐろうとした瞬間。白い塊が、飛び込んだ。 「まゆき、おさかなつれてって!」 舌足らずの声に驚く、真夢紀。子猫又が、白猫しっぽを揺らしていた。 ●網、おもろいな? 「…そんなわけで、小雪がついてきました」 てん末を話す真夢紀は、ため息ばかり。相棒を抱き上げる。 「ふじちゃのたからものとりもどすの!!」 舌足らずながら、意気込む小雪。大事な友達の藤が、泣いていた。 「水母姫…厄介な相手ですが…」 櫂を手に、Kyrieは燃える。小さな将来のレディが泣いているのだ。 「必ず打ち倒し、藤さんの首飾りを取り戻しましょう」 優雅に藤の前足を取ると、目の前で約束した。 「藤の大事な首飾り、取り返してあげるの!」 叫ぶ誘霧は、外界から隔離されて育った。見るもの全てが珍しく、毎日が輝いて見える。 でも、藤にとって首飾りの無い生活は、輝かない毎日になるはず。 「アーディルさん…藤さんの…頸飾りも…とり返さないと…」 オドオドしながらも、ラフィーネは懸命だった。顔見知りのアーディルの隣で、主張する。 少しだけ感じられる安心は、心の大きな拠り所。アーディルも、異議は唱えない。 事情は理解した。相棒が猫又である以上、他人事にも思えなかったし。 「藤さんも、喜多さんも、お久しぶり。うん、事情は聴いているよ」 菫は身をかがめ、藤の涙をぬぐった。数度、頭を撫でてやる。 「かけがえの無い物ってあるよね、うん」 菫の不動明王のお守りが、静かに揺れる。邪を払い、人々を導く力があるといわれていた。 「琥珀の首飾り、前に一度無くした奴だよね?」 猫好きの亜紀は、ずぶぬれの藤に、心を痛める。そっと抱きしめた。 「あの時、藤ちゃんが無茶したのも、それがとても大切な物だからだもんね」 二年前の同じ季節。藤は一人で首飾りを探して、一晩中戻らなかった。 亜紀を含む開拓者に保護され、怒られ。川の中の首飾りを見つけて貰った。 「絶対取り返してあげるから!」 力強い、亜紀の言葉。藤を泣かせるアヤカシなんて、許さない。 勇む亜紀、神座家三女。姉妹の中では、一番現実的な性格をしているはず。 「やれやれ…気持ちは解らんでもないが」 軽く肩をすくめる、悠志郎。矢筒から数本の矢を取りだす。 鏃(やじり)の後ろに包帯を巻き、ヴォトカに浸した。松明から火を取れば、簡易火矢になる。 「最優先すべきは、奴等の排除だからな。そういう話は勝った後だ」 満足そうに矢を見ながら、悠志郎は言葉を続ける。良くも悪くも、現実主義者だ。 「網の仕掛けと遠距離攻撃でおびき寄せ、かなぁ」 真夢紀は、海を見ながら考える。敵がいると分かれば、ためらわず陸にあがるはず。 「網を二重にして強度を上げ、脆い所は荒縄等で補強しとかないとな」 網を運ぶために、アーディルは同行。故郷はアル=カマルだ。荷物を背負って、砂浜を歩くなど造作ない。 ふっと、立ち止まって、砂浜に咲く花を見つめた。今は、植物学に知識が傾いている。 「道具は使い慣れた方が良いなら、網の購入先聞いて買いに行った方が良いかもしれませんよね」 真夢紀の地元は海に囲まれた島。漁師達の暮らしも良く知っている。ラフィーネも考え込んだ。 「流石に現役の網は、無理だと思うしね。あ、無ければ紐や縄で網を作ってみる?」 誘霧も、遅れて立ち止まる。視線の先には、縄で遊ぶ子猫又の姿があった。 「修理しても、漁の網に使えないほど傷んでいる網を…かな」 菫もちょっと考える。空を見上げた。 「罠に使うから買い取らせて貰う方向で。だってね、まず返せる状態じゃなくなっているよ、きっと」 あっけらかんとした軽い口調で、理由を添えた。 「網のある位置まで引きつけたら…浜から一気に網を引き浜の上まで…引き上げれたら…良いかな?」 ボロボロの網を継ぎ足す、ラフィーネ。一番の工夫は、両端に足した荒縄だ。長くのばす。 「引き潮の時に出来るだ…け沖の方へ。満潮になる時…刻に、水母姫への攻撃を開始…、浜への誘導を開始…です」 好奇心旺盛な、子猫又。じっと、ラフィーネの手元を見ていた。 「決行は日中だよ」 誘霧は引き潮に見立て、網を半円形に置く。子猫又たちが興味を示した。 「水母姫を釣る前に地引網の体で海中に沈め、海草人形を一網打尽!」 満ち潮に見立て、網を一気に引っ張る。真ん丸な目をして、藤の全身が逆立っていた。 聞いていた菫は、口を開く。軽く手元の荒縄を引っ張った。 「あたしは仕掛けのお手伝いをするかな」 菫は、荒縄を少し解して細くする作業中。穴が大きすぎる部分補修として使うのだ。 「海草人形は、やっぱり護法鬼童で焼いていくしかないかな」 変化をつけて、荒縄を引っ張ってやる。小雪の白猫しっぽが、ブンブンと追いかけた。 「状況を見て、危険な時は網作戦は中止するからな」 網を沈めながらも、アーディルは提言を忘れない。 Kyrieが追加の漕ぎ手として名乗りを上げる。悠志郎の乗る船は、水母姫の攻撃の的になるだろう。 「一般人の方々は確実に状態異常に陥り、海上で立ち往生したまま戦闘する事を余儀なくされます」 皆が網を直し、引き潮で設置する間、ずっとKyrieは漕ぎ方を習い続けた。 「琥珀の首飾りがお気に入りになるようなら、宝石に惹かれるかもしれないし」 亜紀は、魔法で撒菱を宝石に変えていた。海の上へ出せば、一時間で魔法は解ける。 「おびき寄せ、これも使えませんかね?」 真夢紀の手元には、綺麗な簪や、キラキラした手鏡が。女の子の必須道具だ。 「状態異常になった人は…叩けば…正気に戻る…かな?」 己が拳と相談する、人見知りラフィーネ。少しオドオドする背中は、戸惑いモード。 「もしも私が正気じゃなくなったら、遠慮なく叩いていいから…!」 誘霧は覚悟を決めた。ぎゅっと、紫の瞳を閉じる。 「親にも、兄様達にも叩かれたことないけど」 だって、年の離れた兄弟に溺愛されて育ったもの。 「あたしは戒己説破でガードしつつ、護法鬼童で止めをさせるよ」 菫は、大丈夫と声をかける。真夢紀の解術の法もあるしね。 ラフィーネは乗り込んだ船で、必死に願う。上手く言えない、人見知りの狼。 「漁師さん…網を引いた勢いでそのまま…避難していただく…感じで」 言いたいことは、伝わった。はりきる、猫耳漁師。 水面は、キラキラ。手鏡でキラキラ。宝石でキラキラ。 「ほらほら、その首飾りより綺麗な宝石が此処にあるよ。欲しけりゃ盗ってご覧よ!」 「綺麗に着飾った自分の姿、女の子なら鏡に映して見てみたいじゃない?」 亜紀の見せる偽宝石や、誘霧の銀の手鏡に興味を示す、水母姫。フラフラと船の方にやってくる。 「遠距離からの威嚇攻撃は、専門の人にお任せするね。その代わり船の周囲は警護するから!」 誘霧は、お隣に手を振る。つまり、悠志郎が、頑張るしかない。 「さて、気付いてくれよ…」 波間を縫って、放たれた火矢。気付いた水母姫が、悠志郎を睨む。 「気付く前に倒されてくれるのが理想的なんだがね」 悠志郎は悪態をついた、気の効かない姫様に。 「俺も船と船頭役の護衛に回る」 海草人形が、船のヘリに立って踊ろうとした。アーディルはシャムシール「シームルグ」で薙ぎ払う。 薄く軽い造りになった刃。戦う様は、まるで舞踏の如く。 「陸に向かう準備を頼む」 「わっせ、わっせ…」 指示を出す悠志郎。舵取りは漁師に任せ、Kyrieは一心に漕ぐ。ひたすら漕ぐ。 速度を上げた漁船は、どんどん砂浜に近づいて来た。 ●うちの首飾り♪ 亜紀は、杖の栄光の手を陸に向けた。大きく掌を開いているような先端で、海草人形を指し示す。 空中に火球が生まれた。目に止まらぬ速度で、ファイヤーボールが飛んで行く。 船の針路上を一掃。欠片を残さないよう、一匹ずつ確実に燃やし尽くす。 「いい汗をかきました」 額をぬぐいながら、船を降りるKyrie。同行したり網引きを手伝ってくれた漁師を避難させる。 「相手は回復能力を有します、従って長期戦は不利…短期決戦でいきましょう」 水母姫に対峙するKyrieは、一斉攻撃を呼び掛けた。自分は呪本「外道祈祷書」をめくりだす。 よく響く重厚なテノールが、言葉を紡いだ。呼応するように、不自然な空気の揺らぎが発生する。 空気の揺らぎが近づくと、水母姫がのけぞった。体勢を戻し辺りを見渡すが、原因が分からない。 「呪いの一種ですから物理攻撃力は無い筈」 黄泉より這い出る者は、怨霊系の高位式神。呪いを送られた者は、血反吐を吐いてのたうち苦しむらしい。 「陸に上がってからが本番だよっ!」 刀「牙折」を振るう、誘霧。地断撃を放つも、攻撃が鈍い。 「壊れちゃったら藤、悲しむもんね…」 戸惑う口調。水母姫の右手首、首飾りがある部分へは攻撃を避けていた。 水際の攻防。這いつくばり、前進してくる水面姫。不定形の足は、大ぶりに動く。 アーディルは身体を沈め、伸びあがった。砂塵の鳴き声は、大地の上でしか使えない。 地面から掬い上げるようにして、斬りつける。水面姫の視界に、砂埃を巻き起こした。 チュウヒのアヌビスは、後方に視線をやる。狼のアヌビスが走り込んだ。 ラフィーネの太刀「童子切」は、水母姫の右腕付け根を狙う。首飾りをつけた腕を。 「雷鳴剣…効くかな…」 太刀の黄色い宝珠が輝いた。小さな光が閃く。宿る精霊の力、雷の力。 一気に振り抜く、黄色い軌跡。斬り飛ばされた腕は、高く空を舞った。 「うちの首飾り!」 琥珀色は、空で太陽の光を浴びる。地面に、黄色い光が映った。 藤が飛び出した。黄色い光を追って。 不意に、炎の鬼が前方を駆けた。子猫又は驚き、立ち止まる。 「片づけ終わったら、首飾りを探そう、うん。皆で探せばきっと見つかるよ」 菫の声がして、藤を拾いあげる。横っちょから、海藻人形が三毛猫を狙っていた。 「簡単に落とされないよ、あたしは」 戒己説破を発動した菫は、片目を閉じる。藤を喜多の方に向けて降ろし、避難するように手で命じた。 「安心しろ、首飾りは確保したからな」 アーディルの声が、菫と藤に届く。花の名前を持つ、娘たちに。 水母姫の右腕は、瘴気に還る。砂浜には、琥珀の首飾りだけが残されていた。 ロングボウ「ウィリアム」を引き絞る、悠志郎。馬鹿正直に、真っ正面からやり合うなどしない。 「弓兵の本領発揮さ、理想やら騎士道なんて重苦しいモンはいらないね」 常に移動し、水母姫の無防備な背中を狙った。黒い瞳に宿した精霊力、水母姫の動きが手に取るように分かる。 ふっと、弓を持つのを止めた。振り返りざま、懐から出した匕首で山猟撃を身舞う。 「距離を詰めればいいとでも思ったか? こう見えても万一の切札は、用意しておくタチでね…」 悠志郎は不敵に笑った。匕首は、泰において暗殺専用に開発された短剣。遅れはとらない。 「燃やし尽くしちゃったら良いんでしょ!」 砂浜で、船の影に隠れていた真夢紀。神刀「青蛇丸」を頭上に掲げた。 土地神の加護を受けた、青黒い刀身を持つ刀を。 精霊力が満ち渡り、清浄なる炎が生まれた。海草人形を、次々と消し炭に変える。 真夢紀の実家は、土地神を祭る家。巫女の血筋は、争えない。 「まゆき、れんりょくなくなったー、おまめちょうだいー」 白い塊が、走ってきた。海草人形を狙い、黒炎破を仕掛けながら前進していた小雪だ。 「小雪、水母姫狙える?」 節分豆を貰った小雪。真っ白い体に、真っ白い光をまとう。針千本を仕掛けた。 「お掃除完了!」 誘霧がアヤカシ退治終了を告げる。砂浜に飛び散った、海草人形が一番の問題だった。 「良かった…」 Kyrieの端正な容貌に、笑顔が宿った。首飾りをつけた藤を何度も撫でる。 「…これを土産にするの?」 さしもの菫も絶句する。ラフィーネが差し出したのは、漁の網。 「私の所…きっと…喜ぶ…から」 ラフィーネの少しだけ、ほころんだ頬。相棒の駿龍のお土産にする気満々だ。 「…そこの元凶、飼い主はどうした?」 あきれる悠志郎の足元には、ラフィーネに網を勧めた藤の姿。三毛猫の視線を辿る。 「双子さんのお誕生日と聞きましたので」 二つのプリャニキを、真夢紀は喜多に預ける。ジルベリア名産の焼き菓子。 そんな二人の足元で、小雪は毛繕い中。とうとう、涙目になった。 「まゆき、まゆきー。うみのみずでからだべたべたするー。おふろはいりたーい!」 「小雪も、お風呂は嫌がらなくなったんですよねぇ」 真夢紀は、相棒を抱き上げた。お風呂に入ると、可愛いと言ってもらえるから。 「一緒にお風呂に入りたいよ♪」 亜紀は、藤に提案する。強制的に抱き上げると、藤共々喜多に催促を。 「新鮮な魚を買って帰りたいな。磯の香りを付けて帰ったら、ウチの猫又が『魚が食べたい』とか言うだろうからな」 そう言ったのが運の尽き。アーディルは、幾須子釣りと秋刀魚漁の手伝いをする羽目に。 |