【猫族】望月―送神火―
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/29 19:34



■オープニング本文

●猫族
 泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれる。夏は、猫族が騒ぎ出す季節。
 八月五日から二十五日にかけて、月敬いの儀式を行うのだ。
 お月さまへ、秋刀魚を三匹お供え。祈りの言葉を贈る。
 月敬いの儀式は様々。その中でも、『三山送り火(さんざんのおくりび)』は有名だった。
 風習の終る、八月二十五日。泰国の首都「朱春」近郊にある、小高い三つの山に、火が焚かれる。
 月を敬う図柄の送り火。お月さまに見て貰い、喜んでもらうために、猫族たちは頑張る。
 それぞれ、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれた。代々、受け継がれてきた伝統もある。
 西の劉組は奇想天外、北の曹組は豪華絢爛、東の孫組は質実剛健だった。


●神楽の都にて
 開拓者の話が大好きな、十才の町娘。銭亀 八重子(ぜにがめ やえこ:iz0299)は、入口から開拓者ギルドを覗く。
 ポンと背中を叩かれた。ビックリして振り返れば、同い年の幼なじみが笑っている。
「よお、八っちゃん」
 大きな青い瞳と、墨を含んだような髪。鶴瓶 クマユリ(つるべ くまゆり:iz0298)だった。
「なんだい、クマやんか」
 町娘は、軽く息を吐く。地味な着物の胸元に手をやった。驚かせないで欲しい。
「聞いたかい、泰国で大きなお祭りだってさ」
 派手な着物を揺らす、鶴の獣人。クマユリは、呉服問屋の娘だ。
「なんか…猫がさんまで…さんなんとかやるって」
「さんの付くお祭り?」
 町娘は困った顔をする。幼なじみの言っていることが、分かりづらい。
「ほら、さん…さん…。とにかく…にゃんこが、さんまをやるんだよ!」
 呉服問屋の娘は、拳を握る。手を振りまわしながら、大きな声で主張した。
「もしかして、猫族の三山送り火(さんざんのおくりび)の事かしら? あなたたち、泰国に興味があるの?」
 上から声が降ってきた。十才くらいの娘たちは、不思議そうに見上げる。
 ピコピコ動く、白虎耳。ゆらゆら動く、白虎しっぽが目に入った。
「誰だい?」
 娘たちは体勢を変え、改めて振り返る。
「あら、ごめんなさいね。私は猫族よ。あんまり大きな声だったから、口を挟んでしまったわ」
 身をかがめる、虎娘。浪志組の制服をまとった、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)だった。
「ニャンコの送り火って、なにさ?」
 憶しない呉服問屋の娘、着物をフリフリ尋ねる。町娘は固まって、言葉が出せない。
「ニャンコって言うか…『猫族(にゃん)』は、泰国の獣人の呼び方ね。
天儀の獣人は、『神威人』って呼ばれるでしょう? それと同じよ」
 白虎しっぽをフリフリ、虎娘は答える。鶴獣人の呉服問屋の娘を見た。
「送り火は…『お月さまへお供えする絵』って言えばいいかしら。夜の山に、火で絵を描くのよ」
「どうやって、火で絵を描くの?」
 町娘も、ちょっと慣れてきた。幼なじみの後ろに隠れながら、虎娘に質問を。
「…口で説明するのは、難しいわね。実際に見るのが、一番分かりやすいのだけれど」
 伏せられる白虎耳、上手く答えられない。
「ねえ、どんなお祭りなんだい?」
「秋刀魚料理の屋台が、たくさんあるわよ。ご飯も、おやつも、秋刀魚が乗っているわ。
この時期は、うちの実家の料亭も、秋刀魚料理一色になるわね」
 基本的に、猫族は秋刀魚が大好き。とにかく、秋刀魚命!
「私は、旅一座の舞台を見る予定よ。屋台の隣広場で、即興の劇をやるんですって。
野外舞台の周辺からは、送り火が良くみえるのよ」
「クマやん、おもしろそうだね?」
「だね、八っちゃん♪」
 虎娘の説明を聞くに、楽しそうだ。町娘と呉服問屋の娘は、顔を見合わせる。
「そうね…行きたいなら、連れて行ってあげるわよ。開拓者の皆さんも、一緒に送り火見物に行くの」
 虎娘からの思わぬ申し出。はしゃぐ、十才の娘たち。
 家族の許可を取りに、町中へ飛び出したのだった。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 杉野 九寿重(ib3226) / 劉 星晶(ib3478) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 亞月女 蕗(ic0138) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 水芭(ic1046


■リプレイ本文

●屋台は美味い
 劉組の送り火。
 サンマが空へ泳いで消えるたび月が満ちていき猫の目の色が変わる、動く送り火だった。


 神楽の都の開拓者ギルドで、大泣きをする子猫又が一人。
「きょねんはしらさぎいったの、ことしはこゆきいくー!!」
「…はいはい、でも依頼があるからね」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、ため息一つ。相棒の子猫又を、説得しようとした。
「いやー、ふじちゃといっしょがいー!」
 真っ白な子猫又は、一歩も譲らない。大粒の涙をこぼす。
 真夢紀の相棒、小雪の言う「藤(ふじ)」は、司空家の飼い子猫又だ。
「…あのね、藤ちゃんも行くなんて話は一言も出てないわよ?」
「でも、さいきんのおはなしは、きけるでしょ?」
「もう、進化しない子ね。小雪はお留守番よ」
「いやー、ふじちゃといっしょがいー! こゆきいくー!!」
 ぐしゅぐしゅの顔で、小雪は言葉を紡ぐ。シャックリまであげた。
 真夢紀は困った表情で、子猫又をだきあげる。家に連れて帰ろうとした。
「あの…藤も、泰国に行きますよ。僕らも里帰りしますから」
 ギルドの受付で、見かねたギルド員が声をかける。喜多(きた)は亜祈の兄で、藤の飼い主だった。


 待ち合わせ場所は、猫族一家の家。一番初めに来たのは、神座亜紀(ib6736)だった。
 猫好きな亜紀は、子猫又を抱き上げて御満悦。
 深藍色の髪は、太陽に透かすと青く輝く。海と共に生きてきた修羅は、片手をあげた。
「亜祈さん、久しぶりだ。元気だったかな」
 亞月女 蕗(ic0138)の陽州の実家は、漁業を生業にしていると言う。
「まぁ、蕗さんもお元気そうね♪」
「時間があればだが、一緒に食事はどうだろうか」
 白虎しっぽを揺らす亜紀。黒水晶のような漆黒の蕗の瞳が、楽しげに細められた。
「伏路だ。よろしく頼む」
「はふりであります。本日はよろしくお願いするであります」
 二人並んで、頭を下げた。八壁 伏路(ic0499)と七塚 はふり(ic0500)である。
「こちらは、家主殿であります」
「はふりは居候だが、妹のようなものでな」
 はふりは抜かりない、伏路をきちんと紹介する。頭をかきながら、伏路もフォローを。
「わしも護衛にきたわけだが、好奇心の方が先にたってしまうのだ」
「娘さんの護衛をするでありますよ」
 いきなり、不安なことを言い出す伏路。ジト目のまま、はふりがツッコミをする。
「心配無用、わしも祭を楽しませてもらうぞ」
 胸を張る、伏路。ジト目の子鬼さんは、修羅の子。はふりは、とりあえず殴ってみた。
「神座殿、妹さんたちと参加でありますか。よろしければ一緒したいものです」
 はふりは、交友相手の神座真紀(ib6579)をみつけた。亜紀の姉たちも到着。
 神座家の三姉妹は性格が違うが、とても仲が良い。
「亜祈さん誕生日らしいな。あたしら姉妹から、白虎晶をプレゼントさせてもらうわ♪」
 長女の真紀が、進み出た。亜祈の首元に、贈り物を飾る。白い虎の飾りがついた首飾り。
「亜祈さん、三人で考えたプレゼント、よければもらってくださいね」
「亜祈さん白虎獣人だから、プレゼントそれに合わせたんだよ♪」
 ほほ笑みを浮かべるのは、二女の神座早紀(ib6735)。末っ子の亜紀は、自慢げだ。
「ありがとうございます。とても嬉しいわ♪」
 嬉しげに動く、亜祈の白虎しっぽ。三姉妹も嬉しそうだった。
「八重子ちゃん、送り火一緒に見よう? クマユリちゃんもね」
 亜紀は手招きする。姉に、友達の二人を紹介した。
「よろしゅうね。ほんま、可愛いお友達やね♪」
「よろしくね」
 真紀と早紀は身をかがめ、ほほ笑みをうかべる。クマユリは、元気に笑い返した。
「八重子ちゃん、去年はボクも図案作成に参加したんだよ」
 亜紀は曹組の図案と、猫のお姫様のモデルになった娘の話をする。猫族兄妹の又従姉妹。
 黒シマを持たない、真っ白な白虎の娘。心臓が弱く、生きる事を諦めていた子。
 真っ白な白虎は、初めて見た送り火で、生きる希望を持った。もっと、世界を見たいと。
「花月(かげつ)さん、会えるかな?」
「…今年は、寝込んでるんです。僕が看病に行きますから、心配しないでください」
 亜紀の質問に、喜多は寂しげに答える。…喜多と花月は、恋人未満の関係。


「猫族のお祭り、今回で二度目の参加です」
 柚乃(ia0638)の足元は、浮足立っている。相棒のからくり、天澪は紫の眼をパチクリ。
「お揃いで猫耳カチューシャを着けましょ♪」
 柚乃は、ごきげんで飾りつける。天澪の頭にも、猫耳がくっついた。
 ついでに二人の猫耳の根元に、香水「バハル」を吹きつける。揃って、海の匂いをまとう。
「猫…海…?」
 天澪は、懸命に考える。好奇心が旺盛、不思議でたまらない。
「天澪、置いて行っちゃいますよ?」
 動かない相棒の手を取り、柚乃は野外舞台に向かう。
「今回は亜祈の親類が舞台を務めるという事でしょうか?」
「ええ、そうよ」
 杉野 九寿重(ib3226)の犬耳がピコピコ動く。楽しそうだ。
 前方では、クマユリと八重子が歩いている。右へ、左へ、楽しそうだ。
「おいら、アレ、見に行きたい!」
 クマユリが、九寿重の浴衣「紫陽花」を引っ張る。一本だけ伸びた赤髪が、元気に揺れた。
「あたいも行きたいよ」
 八重子も、遠慮がちに浴衣をひっぱった。期待のこもった、上目遣いで。
「はいはい、行きますね。二人とも、走ったら危ないですね」
 五人姉妹弟の筆頭は、面倒見が良い。九寿重は笑いながら、二人を誘導する。
 屋台に向かって、猫族兄妹と劉 星晶(ib3478)も歩いていた。
「この際なので、鶴瓶さんと銭亀さんには、秋刀魚の魅力を知って頂きましょう♪」
 ピコピコ動く、星晶の黒猫耳。泰国出身の猫族の一人として、使命に燃える。
「あ、何かあったら影縫しますので、御心配なく。あと、迷子保護とか」
 一応、護衛であることは覚えていた。遅れがちな八重子を気にかけ、足を止める。
 八重子の視線の先には、屋台にくぎ付けの子猫又達が。
 亜紀は、藤を抱えた。真夢紀は、小雪を抱き上げる。
「まあ、色々騒がしい天儀を離れた事ですし、このまったりとしたお祭りを楽しむ事にしますね」
 言いながらも、浮足立つ心。九寿重の犬耳が嬉しげに、天を指した。
「さあ、皆でまわりましょう♪」
 張り切って案内を始める亜祈を引き止める。虎耳元で、ひそひそ話。
「でも亜祈は相方が居るのですし」
「皆さんをほっとけないわ。それに二人きりは難しいわよ」
「ええ、邪魔に成らない様にしますよ」
 獣耳の娘たちは、素直に本音を言い合う親友同士。九寿重は微笑を浮かべた。


「本場泰国の月敬い、楽しみだよ」
 水芭(ic1046)も浮足立っている。
「この前、亜祈さん達と希儀でやった月敬いも面白かったからね」
 かがり火を中心に、歌い踊った。焼いた秋刀魚の美味しさ。
 羅喉丸(ia0347)は、上級人妖の蓮華を連れてきた。相棒は酒が友達。
「泰国の酒はあるだろうか?」
「とっておきの白酒があるわ」
 薫り高い白酒。蓮華の瓢箪徳利(ひょうたんとっくり)に、亜祈は酒を入れる。
「宴会の乾杯に使うお酒なのよ」
「飲むのが、楽しみじゃのう♪」
 蓮華は、瓢箪徳利を大事にしまう。送り火の頃まで、寝かせておこう。
 子猫又達が、真夢紀と亜祈を見上げる。猫しっぽは、左右へゆらゆら。
「小雪の為に、秋刀魚で出来るお八つがあるなら調べておきたいんです。
…去年のバレンタインで「チョコ掛けたお魚作って」なんて言われたしねぇ…」
「あったかい食べ物が、好きだったわよね。さんまのすり身入りのカリントウは、どうかしら?」
 亜祈が研究中の天儀のおかし。今は無いので、揚げたての骨せんべいを真夢紀に手渡す。
「柔らかいものなら、食べられるかもしれないですね」
 真夢紀は、骨せんべいを子猫又達に差し出した。腹ぺこ子猫たちは、かぶりつく。
「熱すぎて食べれんで!」
「こゆきへーき♪」
 うなだれる、藤の三毛猫しっぽ。嬉しそうな、小雪の白猫しっぽ。
 …猫舌も、十人十色らしい。


 祭りをそぞろ歩き。伏路の下駄「天占」がカラコロ鳴る。
「ほう、祈りの言葉は自由かね。亜祈殿の祭のウンチクは、おもしろいのう」
 伏路の言葉に、クマユリと八重子も、コクコクと頷く。伏路は視線を動かした。
「そちらの娘さんは、開拓者の話が好きとお聞きしたが」
「うん、好き♪」
「わしも妙なアヤカシにはよく会うでな、お望みとあらば聞かせてしんぜよう」
「本当? 聞きたい」
 伏路の言葉に、八重子は表情を明るくする。後ろのはふりは、クマユリと会話中。
「買い食いでの食べ過ぎにも、気をつけるであります。お小遣いも」
「おいらのお小遣い、足りないかも…」
「まあなんでしたら、家主殿にたかればよろしい。自分はいつも、そうしているであります」
「たかるって何さ?」
 クマユリは疑問符を浮かべる。十才の子供には、はふりの言葉が難しい。
 はふりの耳に、伏路と八重子の会話が聞えてきた。
「右を見ても左を見ても秋刀魚、秋刀魚、秋刀魚だのう」
「本当にすごいね」
「百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ」
 秋刀魚料理の陳列会。伏路と八重子は、めまぐるしく視線が移る。
「懐に余裕があれば、端から食ってみたいものだのう」
 伏路の言葉を、はふりは聞き逃さなかった。改めてクマユリに教える。
「アレに便乗して、一緒に食べればいいであります」
 家主は、水とお菓子と本があれば生きていける、草食系男子。秋刀魚を数匹食べ損ねても、きっと大丈夫。
 食べ損ねて落ち込んでいたら、お弁当を買ってあげればいい。はふりにも、それくらいの甲斐性はある。


 野外舞台から、賑やかな音楽が聞えて来る。蕗の歩き方は、なんとも楽しげだ。
「私は舞台に飛び入り参加させていただこうと思うよ」
 深藍色の髪を揺らしながら、ウキウキしていた。蕗の目の前で競うように、子猫又たちが走って行く。
「他の地方の習慣を肌で感じたいからな」
 ご機嫌な蕗を、追い越す者たちがいた。子猫又たちを追いかける、真夢紀。
 それから、どっちゃりと秋刀魚料理を買った、はふり。懐を押さえて、ため息をつく伏路。
「本当に、こうして見ているだけでも楽しいよ」
 蕗は瞳を細める。故郷の陽州とは違う、泰国の祭り。
 修羅とはまた違う、猫族たちの祭り。秋刀魚がたくさんで驚いたけれど。
「陽州も、秋刀魚の季節かしら? 泰国と同じく、豊漁なの?」
 矢継ぎ早の亜祈の質問。白虎耳は、興味津々の様子。
「帰ってみないと分からないさ」
 蕗は、軽く笑う。実家の漁は、一年中忙しかったように思うが。
 今度、里帰りしてみるのも、悪くないだろう。
 蕗は眼をパチクリした。亜祈の双子の弟妹は、しっぽを揺らす。
「登場の音楽を吹いて欲しい?」
 オウム返しの蕗の言葉に、双子はこくりと頷く。
「あ、居た!」
 遠くで水芭の声がした。しっぽを膨らませた双子は、急いで蕗の後ろに隠れる。
「ほら、迷子になるから、勝手に走ったらダメだよ」
「…迷子ねぇ」
 水芭の主張は、ごもっとも。蕗は助けを求める双子に、苦笑した。


●舞台は混沌
 曹組の送り火。
 三日月に秋刀魚を捧げる猫のお姫様と、葉付き牡丹と舞い散る花吹雪だった。


「…ということで、余興をひとつやりましょ」
 柚乃の猫耳の側で、夢紡ぎの聖鈴が鳴った。天澪の首元で、聖鈴の首飾りが唱和する。
「踊りますよー☆」
 澄んだ鈴の音が、広がりゆく。二人の舞姫が、野外舞台に降り立った。
 右手で、薄布を持ちあげた。ミラージュヴェールの下から、柚乃の紫の瞳が魅了する。
 そのまま伸ばした左腕。掌を上に向けながら、小指から握られていく。誰かを呼ぶように。
「初めてのはずだが、どこかで見た事があるような気がするのも不思議だな」
 悩める羅喉丸。去年の夏、まどろみ中の出来事。
「やはり夢か、蓮華が大人の姿をしていたようだったしな」
 夏の夜、混沌とした夢。後ろから、ぽかりと頭を叩かれた。
「お主は何を言っておるのじゃ」
 羅喉丸の相棒、人妖の蓮華だ。屋台で買った老酒は、もう飲み干した様子。
「さっさと妾の酒を買ってくるのじゃ!」
 指定席の肩の上で、羅喉丸の師匠はわめく。酔八仙拳の達人にとって、酒は欠かせぬもの。
 やっぱり夢とは違う。今年の羅喉丸は、舞台に参加できないらしい。
「にゃんと♪」
 軽いステップを踏み、天澪は舞台の反対側へ。歩くたびに鈴が澄んだ音を響かせる。
 煌星のアンクレットを光らせながら、左足が持ちあげられた。
 天澪の身体が、ゆっくりと回転を帯びる。絢爛の舞衣が、ひらひらと、ひらひらと。
 舞姫が踊るたび、海の匂いがした。猫族たちは、海の底に居る感覚に捕らわれる。
 鈴の音だけが聞える。舞姫たちが近づき、回っては、離れる。
 ふっと、突然、柚乃の姿が消えた。ざわめく観客たち。
 霧の精霊の加護、ナハトミラージュ。
 一人きりになった舞台で、天澪は優雅に一礼をした。


 かがり火から伸びる、三つの影。闇を潜り抜け、颯爽と舞台に立つ。
「謎の姉妹怪盗『猫目』参上や!」
 啖呵をきる、赤いレオタード姿。足元は、黒いストッキングで決められている。
 蝶を模したグレートマスカレードの正体。うさぎ耳付きスーツ、グラスラビッツをまとった真紀だった。
「ちょーちょ♪」
「うさぎはんや♪」
 真夢紀の膝の上。子猫又たちは、空気が読めない。小雪と藤は、口々に叫ぶ。
「そこ! 兎に蝶やろって、ツッコミはいらん!」
「姉さん、姉さん」
 真紀は、子猫又達を指差す。白猫の面をかぶった早紀が、真紀を突いた。
「ええか、うちらは悪党からお宝盗んで貧しい人に配る、いわゆる義賊いう奴やね」
 いたって男前な性格は、律儀に説明してくれた。今日は、白リボンにポニーテール頭は、お休みらしい。
「ボクは魔法で警備を眠らせたり、摩り替え用の偽物の宝石を作ったりする役だよ♪」
 黒猫の面をかぶった亜紀が言うと、シャレにならないのだが。
 三女は魔術師。眠らせるアムルリープとか、金属を偽物の宝石に見せるムザィヤフが使える。
 ついでに早紀は、お菓子をちらつかされても、付いて行くことはない。
 が、文をちらつかされると、付いて行かないこともなさそうな危うさを持っている。
「武辺な私ですし、舞台に飛び入りしても無作法なだけですし…」
「おいらも、舞台に行くんだ!」
 九寿重の主張など、クマユリは聞いていない。拳を振りまわす。
「あたいは、下で見てる」
 九寿重の背中に隠れる八重子。興味はあるが、ちょっと怖い。
「私たちは、ここで大人しく見物してますね」
 九寿重は八重子の手を引いた。舞台に飛び出すクマユリを、送り出す。
「世間の目はごまかせても、おいらの目はごまかせないよ!」
 ピシッと、怪盗姉妹『猫目』相手に、クマユリは決めポーズ。
「捕まえられるもんなら、捕まえてみぃや!」
 真紀はノリノリ。クマユリもノリノリ。お互いの動きを探る。
「頑張るですね!」
「クマやん、カッコいい♪」
 九寿重から応援が飛ぶ。観客として盛り上がる八重子は、小さく飛びはねた。
「姉さん、とても色っぽいです♪」
 追いかけっこを始める二人に、早紀は声援を送る。二人は、観客席に逃げた。
「…でも姉さんを厭らしい目で見てる男の人がいるような」
 早紀は疑心暗鬼に。うさぎ耳レオタードの魔力?
「私の姉さんをそんな目でみるなんて。息の根を止めるべきでしょうか?」
 全身から黒いオーラが沸々と。早紀は世界の誰よりも姉、真紀を愛していると自負していた。
「早紀ちゃん、大丈夫?」
「だ、駄目です。お芝居に集中しないと」
 亜紀が二番目の姉を心配する。はっとなる早紀。自分の頬を、軽く叩いた。


「じゃあ、行くよ」
 龍笛「黄龍」を手に、やる気を見せる蕗。その音色は、舞い立ち昇る龍の鳴き声の如く。
 元気いっぱい、猫族の双子が飛び出した。水芭や蕗一緒に、野外舞台にお邪魔する。
「今から、この舞台は私たちのもの!」
 かがり火をバックに、四人で決めポーズ。蕗の龍笛も、高らかに決め音楽。
「さて、今日はどんな悪事を働こうか?」
 風読のゴーグルを装着した水芭は、かなり乗り気だ。普段の依頼じゃ、絶対に経験できない悪役。
 耳うちしたげな双子に、水芭は身をかがめた。蕗も付き合う。
「ご飯の代わりに、おやつでお腹を満たしたい?」
「一月ぶんのお小遣いを、今夜だけで使ってしまいたい?」
 水芭と蕗のオウム返しの台詞。双子のちっこい野望に、観客席に爆笑した。
 髪を掻きあげながら、水芭は立ち上がる。双子のご要望なら仕方ない。
「その願い、許可しよう」
 ものすごく、親分に見えた。水芭は、見事に悪役の道化を演じる。
「ただ、お小遣いは止めた方がいいかもね。足らないんじゃないかな」
「大丈夫、あそこにお姉さんがいるから。新しく貰ったらいい」
「それは止めて頂戴! 二人とも、どれだけ食べるつもりよ」
 水芭の心配を、蕗は吹き飛ばす。指差された先で、青ざめる亜祈の姿。
 成長期の双子は、底なしの胃袋だ。ちっこい野望の食欲は、きっと屋台を喰らいつくす。
「…亜祈、ちょっと席をはずします」
 亜祈の隣で、舞台を見ていた星晶。そっと気配を消した。いつのまにか舞台下に移動する。
 黒猫の仮面をかぶる星晶。頭上の黒猫耳は、自前だけど。
 舞台の裾に、煙が立ち込めた。煙遁の中から、龍が飛び出す。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 少し落ち着けと友は言う!!」
 龍の影から舞台に降り立ったのは、星晶。…否、黒猫仮面。
「今年も参上です」
 闘布「舞龍天翔」をひるがえし、えらく自信満々の声。
「わがままな悪行、ひーろーとしては見過せません。暴飲暴食は、身体を壊してしまいますよ」
 黒猫仮面の言葉に、双子は言い返す。
「仕方ありません、止めてみせましょう」
 黒猫仮面は軽く跳躍し、空を舞った。闘布の龍を従えて。
 ひーろーは、闇に生きる者。夜空の住人なのだ。
 はふりは、舞台の乱戦に心躍る。自然と、立ち上がった。
「自分も泰拳士ですので、殺陣は得意であります」
「おいはふり、やんちゃをするでないぞ」
 伏路の言葉は遅かった。白い鳳が空を舞う。はふりのまとう旗袍「白鳳」が。
 観客席の脇を抜け、舞台上に着地する。煙は完全に晴れていた。
 黒猫仮面の側に、はふりは立つ。四対一は、四対二へ。
「助太刀も、おもしろそうであります」
 ジト目のまま、はふりは宣言する。瞬脚で、距離をつめた。
 反応したのは、双子の片割れ。亜祈の妹、虎猫の伽羅(きゃら)。
 虎猫しっぽを膨らませ、背面へ飛んだ。はふりの空気撃を交わす。
「もちろん、怪我をしないよう、手加減はしたでありますが」
「伽羅も泰拳士です。それぐらい避けられるです!」
 ジト目のまま、はふりは伽羅を見た。ピリピリとする空気。
「…どこからかかってきても、良いであります」
「にゃ、おやつのために負けないのです!」
 修羅と猫族。泰拳士たちの意地が、激突を始める。


●送り火は神秘
 孫組の送り火。
 写実的な猫と、サンマの絵が印象的だった。


 舞台から降りてきた水芭は、亜祈の隣に腰を降ろした。送り火も見てみたい。
「亜祈さんの誕生日、ちゃんとお祝いしないとね」
 青い衣装の懐から、ブルームーンを取りだす。青い三日月を。
「…これはお礼も兼ねて、かな。こんな私に、楽しい思い出をありがとう」
 開拓者となる以前の記憶を失っている水芭。出身も、過去も分からない。
 自分の中に、一つ増える。何もない記憶に、新しい思い出が加わる喜び。
「お礼を言うのは、こちらよ。ありがとうございます」
 亜祈は、白虎しっぽを揺らす。水芭は、友達が増える喜びをくれた。
「お芝居おもしかったよ!」
「あ、さっきのお芝居、普段はあんなカッコせえへんからね」
 真紀は普段着に着替え済み。クマユリに念押ししておく。
「そうそう、亜紀が三位湖の水を持ってるから、かき氷を作りましょうか」
 氷は、巫女の氷霊結にお任せあれ。早紀の提案に、八重子の表情が明るくなる。
「かき氷が出来たら、これをかけよう」
 儀弐家御用達の樹糖を亜紀は見せる。
「氷羅ってアヤカシと戦った時にもらったんだよ。そのお話、八重子ちゃんにしてあげるね」
「うん♪」
「アヤカシ話に夢中なっとったら、送り火終わってまうで」
 はしゃぐ亜紀と八重子に、真紀は苦笑した。
「あ、始まりましたよ!」
 点火される山を、早紀が一番に見つけた。声音が期待を帯びる。
「三組が揃う事でより見事になってるんですね。私達姉妹もそうありたいですね」
 早紀の言葉に、真紀は目を見張る。子供と思っていた妹は、立派に成長していた。
「せやな。早紀も亜紀も、これからもよろしゅうな」
 細められる、真紀の瞳。両手を伸ばすと、妹たちの頭を撫でた。


 送り火待ちは退屈だ。秋刀魚がかがり火の側で、あぶり焼きされている。
「猫…にゃんと…サンマ…?」
 天澪は懸命に観察中。なんでもかんでも、興味津津。猫耳飾りがズレかけ、慌てて治した。
「屋台巡りも、後々行きますからね」
 相棒は、猫耳の魔法にかかったようだ。柚乃は天澪の側にしゃがみこみ、一緒に秋刀魚を見る。
「そろそろ時間ですね」
 九寿重が、声をかける。誰ともなく、送り火の山を向いた。
「この彩りに、華やかさ、美しいですね」
 眼を見張る、九寿重。こういう厳かな催しも良いものだ。
 猫族たちは、静かに山を眺める。星晶は隣の亜祈に声をかけた。
「…そうだ。遅くなったけど誕生日おめでとう、亜祈」
 小首を傾げる虎耳。星晶は亜祈の右手を取ると、掌に贈り物を乗せた。
「楽聖のメダイユです。ひらめきや発想が得られるらしいですよ」
「まぁ、ありがとうございます。綺麗ね。お月さまみたいに、まんまるだわ♪」
「…亜祈なら、いつも閃いていそうだけど」
 嬉しそうに、金のメダルをつつく亜祈。星晶の呟きは聞こえない。
「あとは…そうですね。やっぱり、止めておきます」
 真顔で悩み、辺りを見渡し、星晶は葛藤する。亜祈が顔をあげた、不思議そうに覗きこむ。
 ふっと、星晶の顔が接近した。一年越しになる、送神火の吃驚のお返し。
「えーと、こういうのなんですが」
 黒猫耳が離れた。星晶は、軽く咳払いをする。
「…亜祈、大丈夫ですか?」
 無理。白虎は真っ赤になって、固まっていた。


「これが送り火か。きれいなものだ」
 屋台めぐりで、懐のさみしくなった伏路。秋刀魚をがまんして、山を眺めていた。
「家主殿、食べるであります」
 舞台から姿を消していたはふりが、戻ってくる。豪華なお弁当を手に。
「フルコースだのう」
「拳の友情の結果であります」
 はふりは、多くを語らない。ちょこんと正座した。
 伏路は改めて、秋刀魚料理に舌鼓を打つ。見上げた山には、三つの送り火が見えた。
「まゆき、きれー!」
 大騒ぎする子猫又を抱きかかえ、送り火を眺める真夢紀。
「去年と全く同じなのも、なんだか…来年用に、ネタ考えた方が良いかな?」
 なんだか、寂しい。真夢紀はあおいで居た団扇「朝顔」で、口元を隠す。
「まゆげしわ?」
 見上げる小雪が、不思議そうに尋ねた。
 猫族たちは、思い思いに、祈りの言葉を唱え始める。
「祈りの言葉が在るのか、なぜかこの言葉がすぐに出てきたな」
 羅喉丸は、大きく息を吸った。眼を閉じる。祈りの言葉が吐きだされた。
「月様、月様、守給、道給、かな」
 まとう龍袍「江湖」の裾が揺れた。江湖とは、権勢を省みず義侠を尊ぶ者。
 羅喉丸は『武をもって侠を為す』といった生き方を目指していた。
「道に迷い、闇に彷徨う事になっても、闇夜に道を照らしてくださらん事を」
 夢の中でも、祈った言葉。かがり火を前に、祈った言葉。
「殊勝よな。じゃが、安心するがよい」
 瓢箪徳利を傾けていた蓮華。手を止め、真顔になる。
「道に迷ったというのなら、妾が引きずり戻してやろう」
 いつかの台詞、夢と重なる言葉。夢でも、現実でも、蓮華は蓮華。
「羅喉丸。ほれ、酒を注がんか」
 視線を向け、呆けたままの羅喉丸。気の利かぬ弟子に、蓮華は声をかける。
 大事にとっておいた、白酒。今飲まず、いつ飲むのか。
「今年は、ゆっくりと送り火を見ながら楽しもう」
 羅喉丸軽い笑みを浮かべ、屋台で買った秋刀魚料理をみせる。これを肴に、二人で飲み明かそうと。


 天儀に戻ってきたクマユリと八重子は、肉まんを頬張りながら、帰路につく。
 猫族一家の実家は、料亭。開拓者たちと一緒に、司空家の叉焼包をおやつに貰った。
「クマやん、お土産いっぱいもらったね」
「やっぱり、にゃんこはさんまだよ」
 クマユリと八重子は、二種類の糠秋刀魚を貰った。糠秋刀魚は、秋刀魚を糠どこに漬けた保存食。
 クマユリの右手には、猫族秘伝の糠秋刀魚。八重子の左手には、司空家の糠秋刀魚。
 開拓者とお揃いのお土産。食べ比べるのが、楽しみである。