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■オープニング本文 ●緑野 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。神楽の都に程近い場所。 ケモノも、植物も、虫も、人も。皆等しく、自然の恵みを受ける土地。 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。 東の咲雪(さゆき)。子供たちが大好きなサクランボ、イチジク、ビワの果樹園。 南の燈華(とうか)。防風林の松とヒマワリ畑が広がり、人とケモノが共存している。 少し勾配が見られる、西の照陽(しょうよう)。ミカン、柿、栗が、自然の恵みを与えてくれた。 山になるのは、北の雪那(ゆきな)。イチョウ、紅葉、ケヤキがケモノたちの寝床になる。 それは、魔の森の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。 開拓者と移住者によって、土地が切り開かれた記録。 始祖の迅鷹の家族が、住み着いた記録。 父迅鷹の月雅(げつが)と、母迅鷹の花風(はなかぜ)が見てきた出来事。 子迅鷹の雪芽(ゆきめ)が愛する、山里の出来事。 ―――芽吹きの物語。 ●訪問者 空を、大きな飛空船が横切った。朱藩の人間たちが、緑野を見下ろしている。 「これは…空から見ると、見事なヒマワリ畑ですね!」 黄色い花が広がる大地。朱藩の臣下、白石 源内(しらいし げんない)は感嘆の声をあげる。 「我らが兄貴殿が、お力をお貸しになられた甲斐がありやす♪」 源内の嫡男の碧(あおい)も、ご機嫌だ。我らが兄貴殿とは、朱藩の若き国王の事。 実は、緑野は二年前まで、魔の森だった。アヤカシから、人々が取り戻した大地の一つ。 魔の森が自然の地に還るのは、容易では無かった。影ながら力を貸してくれたのが、朱藩の若き王である 最近、理穴で【急変】が起きた。『膨らむ瘴気』が魔の森を成し、理穴の国土を侵食した。 朱藩からの援軍として、臣下親子も理穴へ赴く。源内は元、空賊船の副船長だった。 二体の大アヤカシが牛耳る、魔の森。戦いぬき、ようやく勝利を手にした。 今は帰路の途中。朱藩の若き王も、空からこの地を見たに違いない。 と、緑野から、三羽の迅鷹が舞い上がった。飛空船に近づくと、威嚇の声をあげる。 「迅鷹たち、元気でござんしたか?」 「あなた達は、お変わりないようですね」 のんきに手を振る嫡男と、柔和な笑みを浮かべる元副船長。臣下親子は、何度か緑野に訪問した事がある。 二人を見つけた父迅鷹は、甲板に降り立つ。高らかに、歓迎の声をあげた。 緑野は、神楽の都と武天の首都を結ぶ街道沿いにある。道行く旅人や、開拓者が往来していた。 街道へ、急に大きな影が差す。ひょいっと顔をあげれば、珍しいものが空に見えた。 高度を下げて来ている、飛空船。もう少し頑張れば、神楽の都に着くと言うのに。 「ありゃ、飛空船じゃねえか。…低いな、何かあったのよ?」 しばし考え、木箱を背負い直した旅人がいた。商売道具の飴細工道具が、カタコトとなる。 物産飴屋と呼ばれる、流れの飴職人。大吉(だいきち)は、頭を掻いた。 「…もしかして、アヤカシか、急病人か?」 驚き、歩みが止まる飴屋。首元の大きな数珠と、ハチマチ頭に飾った迅鷹の羽が揺れる。 数人の開拓者も、同じように考えたのだろう。街道から逸れ、飛空船を追い始めた。 「怪我なら、治してやれるんだがよ。まぁ、行ってみりゃわかるか」 飴屋は、荒法師。諸国の霊山を巡って、独学で修練を積む、旅の武僧だった。 |
■参加者一覧
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
レムリア・ミリア(ib6884)
24歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●夏の来訪者 緑野へ向かう道中。大荷物を担いでいるフランヴェル・ギーベリ(ib5897)。 オリーブオイルや、希儀料理指南。各種調味料・レシピ・調理器具を運んでいる。 相棒の甲龍の背中も、荷物でいっぱいだった。空に居た相棒が、激しく鳴く。 「あれは理穴の戦いから帰還した船かな?」 飛空船が降ってくる。大きな、大きな飛空船が。 「もしやアヤカシが船内に出たのか…? 確かめないと!」 フランヴェルの声に、甲龍は大慌て。フランヴェルは相棒に荷物を預けた。 戦闘態勢を整える。甲龍に見送られつつ、来た道を戻り始めた。 「夏もそろそろ盛りが過ぎる頃合なのですが、まだまだ暑い最中ですね」 額の汗をぬぐいながら、杉野 九寿重(ib3226)も空を見上げる。飛空船がゆっくりと落ちていた。 「下降? 何らかの不意を感じたのでしょうか?」 犬耳が、ピンと立った。九寿重の足運びが早くなる。 「不時着ではないみたいですね?」 飛空船の高度の下げ方は、なだらかだった。レティシア(ib4475)は、マイペースに追いかける。 所属はどこだろと、船体の紋章を探した。まだ良く見えないが。 急いで着陸想定地点まで駆けつけてみれば、でっかい飛空船が居た。 先客の飴屋の大吉は、直立不動中。 九寿重は姿勢を正した。一礼し、礼儀正しく振舞う。 「大事無く良かったでしょうか」 拝謁したのは、朱藩の王様・興志王であった。視察で緑野に降り立ったという。 「王様は名物の食事を所望という事でしょうか?」 かくりと傾けられる、九寿重の頭。こくりと頷き、返事をする碧。 「なら私は調理の方を中心に手伝いますね、歓迎を振舞うですね」 「何を作ってくれやすか?」 「そうですね…」 ピコピコ動く、九寿重の犬耳。思案にふける。 「私が提供できる物として、肉混ぜ卵煮立たせをご飯に掛けた丼物は、如何でしょうか?」 「承知しやした」 武天の名物、肉を使った食事。九寿重の提案に、碧は一礼する。興志王に伝えに走った。 追いついたフランヴェルは、見知った顔を見つける。 「…源内さんじゃないか! 碧君も!」 やけにのんびりした雰囲気。有事では無いようだ。安心したフランヴェルは、笑顔で手を振る。 「丁度いい、良かったら緑野に寄らないかい? 色々準備してきたんだ♪ 何をって、生産物で色々な料理を試そうと思ってさ。緑野の発展に繋げたいからね」 フランヴェルの笑いに合わせて、【武炎】雷雲の根付が鳴った。からころと。 武州で作られている、少し風変わりな根付が。 「ええっ! 興志王がいらっしゃるのかい?」 源内の返事に、フランヴェルは我が耳を疑う。碧が指差す人物に、固まった。 「小隊の仲間から良い物を借りる事が出来たし、暑い夏に涼をお届けするのも良いかもしれないね♪」 ご機嫌麗しく、歩みを進めるレムリア・ミリア(ib6884)。緑野の入口へ、踏み込む。 数羽の鳥が、屋根の上で鳴いていた。迅鷹や雀たちと遊んでいるようだ。 「…ツバメ? 新しい住人が増えたようだね」 ディスターシャの胸元を押さえながら、レムリアは夏の眩しさを見上げる。 癖の無い白銀の長髪が、軽やかに踊った。切れ長で力強い瞳は、嬉しそうに。 「こんにちは。こちらの村でも、農業の実践研修をさせて貰いに訪問したんだけど」 鳥たちが遊ぶ家に、呼びかける。先日、訪問した時に知った、村長の家だった。 レティシアは、不思議がった。途中で見かけた集落とレムリアに、首を傾げる。 「この里あったかな?」 武州の戦いの時の地図を、思い浮かべる。この辺りは、大アヤカシが陣取る魔の森だったはず。 溢れんばかりの好奇心。足先は飛空船から離れ、集落に向いてしまう。 連なる黄色い花が、沢山見えた。花と戯れる、三羽の迅鷹の姿も。 と、母迅鷹が、レティシアを見つけた。低く鳴き、警戒の声を向ける。 三羽の迅鷹は、入口の方に寄ってくる。鋭くレティシアの動きを観察していた。 「あ、初めまして」 戸惑いつつ、バイオリン「サンクトペトロ」を取りだすレティシア。ゆったりと、心の旋律を奏でる。 精霊語による愛の詩。言葉の通じぬ相手にも意味が伝わるという、不思議な詩。 子迅鷹が、甲高く鳴いた。バイオリンの音色に合わせるように。 レティシアは少しだけ、歩みを進める。子迅鷹は、ちょっと引いた。 困り顔になったレティシアは、後ろに下がる。驚かせてしまったようだ。 短く鳴き、子迅鷹がちょっと前に出た。勇気を出して、もう一歩。 曲調が段々、陽気になって行く。子迅鷹の鳴き声も、元気に。 「こんにちは、迅鷹さん」 レティシアは、笑顔を浮かべる。友人に接するかのように。 長く鳴く、子迅鷹。レティシアの音色が気に入ったらしい。 気の早いトンボが、顔の側を横切る。流れる汗をぬぐいながら、レムリアは農作業を手伝っていた。 長の元へ、一人の緑野の住人が走ってきた。告げる言葉に、レムリアも手を止める。 「興志王の視察? 一国の王らが、来るのかい?」 レムリアの目がまんまるになった。作業中の住民たちも、大慌て。 落ち着き払った長は、咳祓いを一つ。水路脇にある家々へ、歓迎準備の指示を出す。 ●緑の可能性 フランヴェルは張り切っていた。希儀料理指南を参考書に、しかめっ面。 「おもてなしの時間! これは頑張らないとね!」 肉の入手に頑張った甲龍は、遊びの時間だ。村の子供たちと、水場で戯れる。 「夏野菜のパスタを作ろう♪」 母迅鷹の前に、小麦粉やら、卵やらが並ぶ。あっという間にパスタ麺に。 鉄板には、オリーブオイル。まず切ったニンニクを炒める。 次に、ナスにオクラ、タマネギを入れれば完成は近い。 「こっちは、アル=カマルの肉料理・ドネルケバブだよ」 物珍しげな子供たちに、フランヴェルは説明する。 下味付けてスライスした肉を積み重ね、大きな串にさした。 「回しながら焙り焼きにするんだ。焼けたら削ぎ落としてあげるよ。 夏野菜、ソースと共にパンに挟んで食べたら、美味しいからね」 良いながら、フランヴェルは、パン生地をこねる。ヒマワリの種を練り込んだ 「目の前にあるヒマワリが、このパンに使われているんだ。油とかもね」 片目を閉じる、フランヴェル。ジルベリアの地方貴族出身ながら、開拓者生活で家事を身につけたようだ。 さり気なく、緑野産のヒマワリを、興志王に売り込んでいた。 「ただ石窯じゃないから、ちょっと美味しく焼くのが難しいかもね。虹村には、石窯があるんだけど…」 「虹村は朱藩の領土だ。良く知っているヤツがいるだろう」 興志王の瞳が、不思議な光を帯びる。察した源内が、柔和な笑みを浮かべた。 二人の詳しいやり取りは、開拓者には分からない。なんとなく想像はついたが。 汗水たらす、若き朱藩男児たち。緑野の一角にも、立派な石窯が作られる事になる。 「おい。こりゃ、どうやって作るんだ?」 待っている間に丼を食べ干し、興志王が尋ねる。九寿重は、腰かけた縁側から立ち上がった。 進み出ると、うやうやしく一礼した。浴衣「朝顔」が、風流に揺れる。 気品のある態度は、志士の士道そのもの。ついでに五人姉妹弟の筆頭は、物怖じせず人懐っこい。 「予め味付けして、火を通した細切れの肉を、木っ端切れにして…」 「木っ端切れ?」 「細かく打ち砕くことですね。それを刻んだ玉葱と合わせますね」 興志王の質問に、はきはき答える九寿重。母親より嗜みとして礼儀作法・家事一揃えを会得した甲斐がある。 「それから出し汁で軽く煮込んだ処で、卵とじへ。ご飯に乗っければ、汁の旨味が染み通りますね」 「ほう、格段に美味しいものになるって寸法か」 「良かったら、お代わりは如何ですか?」 「おう、くれ! 何杯でも、行けそうだ」 ほほ笑みを浮かべる九寿重。丼の中身は、どんどこ興志王のお腹に消えていく。 お褒めの言葉を頂ければ、嬉しい。それ以上に、食べ尽くしてくれる行為が嬉しい。 「以前伺った際には、美味しい料理を振舞って頂いたしね」 片目を閉じるレムリア。団子をくれた子供に、笑いかける。 「所属小隊長達から教わった、かき氷に関するレシピと道具さ」 アル=カマル育ちには、珍しい風呂敷包み。包みの中からは、手回し式かき氷削り器が覗く。 「朱藩の鍛冶屋が作ったかき氷削り器だって聞いたよ」 レムリアの言葉に、興志王は満足げに頷く。朱藩の臣下たちは、興味津々で氷削り器を観察した。 「そう慌てずに。暑い中、長旅やらお疲れ様です。まずは一息ついたらどうだい?」 レムリアは、臆せずに声をかける。氷霊結で作った氷を浮かべた水桶を、手にしていた。 水桶の中には、柑橘類の果汁や抹茶、甘酒を冷やした物が入っていた。 「こっちは、かき氷のたれの甘味さ」 麦芽水飴と赤ワインを軽く煮立てた物を指差す。もう一つ、とっておきの物を取りだした。 「これは麦茶用の焙煎した麦、つまり麦茶だね」 レムリアは笑みを浮かべながら、注ぎ分ける。冷たいのど越しが、石窯を作った者たちを潤した。 スイカを食べながら、レティシアは満面の向日葵を眺める。 「瘴気に侵された魔の森を、こうも変える事ができるのですね」 人とケモノが共存する地。人や、自然の強さを感じた。 レティシアは、集落の成り立ちを聞かせて貰った。臣下の親子も初めて聞く話が満載。 住民の半分は、魔の森になる前に、ご先祖が住んでいたと言う。 魔の森を焼き払い、植林し、水源を引き。そうして、ようやく生き物が住める地になった。 「この地に関わった人達の軌跡に、じーんときちゃいます」 武州の戦いとして名高い、大アヤカシとの戦い。各地から救援が訪れる。 救援立役者の一人が、レティシアの近くにやってきた。かき氷を指差し、所望する。 「私、武州の戦いで旗下の魔槍砲部隊とご一緒した時から、興志王さまのファンです!」 本人の目の前であることも忘れ、レティシアから黄色い声が飛んだ。熱く、雄姿を語ってくれる。 「男として、当然の事をしただけだ」 かき氷を一口ほお張り、興志王は豪快に笑い飛ばした。朱藩一の伊達男は、気取らない。 「さすが兄貴殿でござんす!」 碧を初めとする若き臣下たちから、興志王万歳コールが巻き起こった。 「こいつは、美味いな♪ 次は、ジャムを上に乗せてくれ」 興志王は手を振って、臣下の万歳を治める。かき氷のお代わりを所望した。 レムリアのジャムセットが気になったらしい。ブルーベリージャムと悩んでいる。 「王や飛空船の皆さんは理穴の戦いでお疲れのはず、これはもう休養して貰うしか!」 レティシアは、張り切って腕まくりをする。レムリアから許可を得て、氷を削り始めた。 「美味しそうなトッピングですね」 何気ない、九寿重の台詞。ハイカラなジルベリアの言葉は、天儀育ちには摩訶不思議。 「そうだね…料理や菓子の上に、食材を乗せて飾ることって言えばいいかな」 パチクリする朱藩の臣下たちに、ジルベリア育ちのフランヴェルは教える。 「さぁて、どのトッピングにするんだい?」 くすりと笑みを浮かべる、レムリア。水桶に冷やしていた、白玉を見せる。 隣には、小豆を煮て作った粒餡(つぶあん)、漉し餡(こしあん)が鎮座していた。 ●始祖の伝説 入口で立ち止っていたのは、名残惜しげな、レティシア。何度も、緑野を振り返る。 「この地の幸せな未来を思い描いて、いつかそんな日が来ますように」 バイオリンで、華彩歌を奏でた。春から冬、そしてまた巡る、春の花を。 「緑野では過去より打って変わって、地道に開拓が推進されておりますね」 大吉は、九寿重の話に耳を傾ける。元・魔の森の話は、興味深かった。 「段々と開けて行くのが、目に見えて明らかな様子ですね」 九寿重が伸ばした腕の先に、月雅が停まる。これも又、開拓者が手を差し伸べた結果の存在。 「ここの発展が見えうる限りにおいて、力を尽くした甲斐が有ると何時も思いますね」 犬耳が嬉しそうに動く。視線の先で小さなイチジクが、興志王に献上された。 緑野に住まう子供と雪芽たちから。 「己の貢献が身に染みて判るので、更なる研鑽(けんさん)を励みたいのですが…」 気紛れに立ち寄れば、緑野はいつも違う姿を見せる。九寿重も置いて行かれないように、頑張りたいと。 「俺も、行くか。お嬢、元気でな。あ、今は花風か」 頭をかく大吉。花風は肩に止まると、何度も頭をすりつける。 昔、共に旅をしていた、名もなき相棒。野に放って、幾星霜。 今は、母親として、元気に暮らしていた。消息を知れただけで嬉しい。 緑野の子供たちに迅鷹の飴細工を渡すと、大吉は山里を後にした。 レムリアは、一枚の絵を手帳から取り出す。黄色と緑が広がる、朱藩の村の絵。 昨年、水車なる物を初めて見学したときの絵。源内が、一筆書き加えたものだ。 「何時の日か故郷、アル=カマルの地が緑に包まれた時に。これらの農業経験が役立つように」 祈りを込めて、レムリアは手帳に記録を綴る。暑さに強い植物と、その育て方を。 後ろの方で、フランヴェルは言葉を紡ぐ。興志王にだけ聞こえるように。 緑野に関わってきた者の一人として、頭を下げた。深く、深く。 「…いつか直接お会いして、繁茂の宝珠のお礼を申し上げたいと思っていたんだ」 一部の者しか知らない、緑野の秘密。今年の春に掘り返された、秘密。 埋めた土地で植物の育成を、ほんの少しだけ後押しする宝珠。朱藩でも、数個しかない貴重なもの。 一年間の約束で、緑野に力を与えてくれた。今は朱藩に戻されている。 「俺は貸しただけだぜ? 武天と朱藩の友好の印をな」 興志王の言葉に、フランヴェルは顔を上げる。伊達男は、ただ笑っていた。 『その日は、特別な日であった。朱藩の国王、興志王が視察に来られる。 興志王は緑野の夏の食事と、ヒマワリ畑を堪能された。生い茂る自然に、たいそう感銘を受けたと言う』 ―――当時を伝える緑野の記録には、夏の驚きが刻まれている。 |