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■オープニング本文 ●猫族 泰国の獣人は、猫族(にゃん)と呼ばれる。夏は、猫族が騒ぎ出す季節。 八月五日から二十五日にかけて、月敬いの儀式を行うのだ。 お月さまへ、秋刀魚を三匹お供え。祈りの言葉を贈る。 祈りの言葉は、さまざま。地方によっては、歌う所もあるとか。 とにかく天儀に渡っても、希儀に移住しても、猫族は「猫族らしさ」を維持していた。 天儀の神楽の都にある、開拓者ギルド。受付で虎猫しっぽを揺らす、ギルド員がいた。 「実家の月敬いの儀式ですか? 正座して、秋刀魚をお供えしますね。 それから、頭を下げたまま、祈りの言葉を。『月様、月様、守給、幸給』です」 垂れた猫耳を持つギルド員、喜多(きた)。尋ねる開拓者に、故郷、泰国の風習を説明する。 白い虎耳を持つ虎娘は、兄の言葉を引き継いだ。司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の説明。 「隣町の親戚は、立ったまま秋刀魚をお供えするのよ。その後、扇子を持って、自分をあおぐの」 「お祈りの言葉は、『招福来来』や。次は周りをあおいで、福のお裾わけをしてあげるんやって」 受付台に陣取る子猫又が、会話に割り込んだ。ギルド員の飼い子猫又、藤(ふじ)である。 「がう! 旅一座のおじいさまとおばあさまは、歌を歌うです!」 「にゃ♪ 歌姫だった母上が、教えてくれたです♪」 ギルド員の双子の弟妹も、会話に加わる。白虎耳の勇喜(ゆうき)と、虎猫耳の伽羅(きゃら)。 猫族一家の話を聞くに、月敬いの儀式は多彩らしい。遠くに思いをはせる開拓者。 「では、希儀まで飛空船の護衛を、お願いします。僕らも、調理のために同行しますから」 虎猫しっぽを揺らす、ギルド員。司空家は、泰国で代々続く料亭の家系。 開拓者が請け負った依頼は、料亭からの頼みだった。 今年の泰国は、秋刀魚豊漁。希儀へ移住した猫族に、届けられると言う。 ●希儀 飛空船は、希儀にやってきた。猫族の集落に無事到着。 開拓者の仕事は、終りだ。後は希儀での余暇を楽しむだけ。 何をしようか考えながら、道を歩く。遠くに猫族一家が見えた。 空で出会った鷲獅鳥と、親しげに遊びだす双子。子鷲獅鳥は、額に白十字を持っていた。 双子の視線は、姉におねだりしていた。虎娘は笑い、相棒の甲龍に子守を頼む。 空へ舞い上がる、子鷲獅鳥と甲龍。双子と子猫又を乗せ、遠くへ移動する。 と、ギルド員が弟妹を呼ぶ声がした。 「亜祈、居た! あれ、勇喜と伽羅は?」 「二人とも、遊びに行ったわよ」 「えー! アヤカシ退治を頼もうと思ったんだけど、勇喜が居ないんじゃ…」 「アヤカシ!? 勇喜の力が必要なの?」 「セイレーンが、集落近くの西の水辺に出没するんだって。ほら、セイレーンって、綺麗な歌声のアヤ…」 「あら、歌うアヤカシなの。だったら、私に任せて頂戴」 「亜祈一人じゃ…歌声に魅せられたら困るよね。だから、勇喜の歌の力を…」 「大丈夫よ、これでも歌姫の母上の娘なんだから!」 吟遊詩人の弟の力を借りたい、長兄。上の妹は、兄の言葉をさえぎる。 我が道を行く、虎娘の性格。言い出したら、なかなか意見を曲げない。 「待っていなさい、セイレーン。私の歌を聞かせてあげるわ♪」 虎娘は勇んでアヤカシ退治に出かける。複雑な表情で見送る、長兄。 一部始終を見ていた開拓者、ギルド員に駆け寄った。虎娘一人で大丈夫か、尋ねる。 「…助力の申し出は嬉しいのですが…巻き込まれる可能性を考慮すると…。 上の妹は、陰陽師なんです。たぶん、歌いながら、悲恋姫を発動するつもりなんだと思います」 苦悩の表情を浮かべる、ギルド員。口ごもりながら、低い声をもらす。 「だって、魅惑のセイレーンと、破滅の亜祈の歌声対決ですよ!? そんな、二人が居る戦場です。依頼外の事に、皆さんを巻きこめませんよ」 ギルド員の虎猫しっぽが、無茶苦茶に振られている。内心、妹が心配なのだろう。 「妹は物凄く、調子外れの歌を歌うんです。あの歌声を聞いたら、精神が灰色に燃え尽きますから」 虎猫耳をペタンコにして、言葉を続けるギルド員。やっぱり、妹が心配なのだろう。 「えーと、代わりに集落で猫族の皆さんと、月敬いの儀式に参加しませんか? ここの皆さんは、即興の祈りの歌を歌う地方の出身らしいです」 虎猫しっぽを膨らましながら、ギルド員は言葉を続ける。本音は、妹が心配なのだ。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
果林(ib6406)
17歳・女・吟
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
水芭(ic1046)
14歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●歌声は高らかに 「口ではああ言ってますが喜多さん、亜祈さんが心配なんですね」 道行く神座早紀(ib6735)は、言動の食い違う喜多を思い出した。 「それにアヤカシ退治は、我が家の使命でもありますし!」 白勾玉を握りしめ、早紀は宣言する。 「私は陰陽師としての初仕事でして。宜しくお願いします」 優雅に礼をする、ジルべリア青年。端正な容貌のKyrie(ib5916)だ。 「任せて、悪いアヤカシ達を、正義の空賊としては放っておけないんだからなっ!」 天河 ふしぎ(ia1037)は、背筋を伸ばす。風読のゴーグルが、頼もしく光を返した。 譲り受けた愛用のゴーグルは、ある船長との約束の証。 「吟遊詩人として、お方様から教わった素晴らしき音楽で退治して見せます!」 恋人の果林(ib6406)は幼少の頃、ジルベリア貴族の奥方に音楽を習った。 「あ、無事討伐出来たら、ふしぎさんと泳ぎたくて、水着と耳栓を用意しました♪ でも…、何故か不安な気が…」 狐耳が動く。周囲の仲間たちの言動が、心をざわめかした。 「歌声勝負ともなれば、お互いに被害が拡大しそうなのが不安ですね」 杉野 九寿重(ib3226)の犬耳が、伏せられる。 「星晶には、相方として色々期待したい処なのですが」 九寿重の視線が、劉 星晶(ib3478)に向く。亜祈の恋人へ。 「正直耳栓で防げるかどうかは疑問ですが、無いよりマシですよね。」 握りしめた、耳栓。星晶の黒猫耳と左手が、震えている。 「頑張りましょう。生きて月を拝む為に」 星晶の目は笑っていない。悟りの境地に突入している。 「亜祈…止めても聞きませんよね」 九寿重は青い空を見上げた。 「どっちの歌も凄いらしいね。…まぁ、なんとかなるでしょ」 水芭(ic1046)の視線は、希儀の空に向いた。泰拳袍「青龍玉」の裾が揺れる。 まとう衣装と同じ、青い空。慕う姉から譲り受けた、大切な衣服。 記憶喪失の水芭を助けてくれた女性からの、贈り物だった。 「…わたくしは忠告いたしました、後は知りませぬ」 月雲 左京(ib8108)の視線は、もう海辺へ向いていた。魔刀を握りしめ、駆けだす。 「最終的に敵を討伐すれば、問題ないので御座いましょう?」 戦着流「曼珠沙華」の裾がはためく。どこか、寂しい風情をかもしだしながら。 「貴方様の声とわたくしの声、どちらが魅力的でございましょうか?」 口を開くと、普段は隠した八重歯が見えた。角なき修羅は、咆哮を上げる。 荒々しき、狼の遠吠え。戦の民「修羅」にふさわしき声を。 「破滅の歌声の通り名ですか…」 思い込みは恐ろしい。亜祈は元高位の吟遊詩人で、強力な魔曲を使うのだろうとKyrieは信じていた。 「セイレーンの魅惑の歌声も、亜祈さんの魔曲にも興味がありますね」 嬉々とした表情を浮かべる。左京の忠告も、どこ吹く風。 ふしぎ、立つ。果林と恋人同士になって初めての夏、一緒に海水浴に来たかった。 「もちろん歌で悪さするセイレーンの事も、許せないんだからなっ!」 まずは歌声の届かない遠くから、バダドサイトで水辺を偵察して、数と居場所を探る。 「果林の歌も、僕期待してるから」 ふしぎは、あえて耳栓をせずにGO。とっさの対処に困るといけない。 「たしか、あの歌声にはふしぎな効果があると聞きます」 セイレーンの特徴を思い出す果林。霊鎧の歌で、抵抗上昇を図る。 「もし惑わされても、私の楽曲で元に戻しますからね、ふしぎさん」 「ふっ、僕の心を動かせるのは、果林だけなんだからなっ!」 たとえ、歌声で魅了しようとしても構わない。側にいる恋人、果林の事を想って耐えきるまで。 砂浜に漆黒が登場した。ゴシック趣味全開のKyrie。かなり気合が入っている。 陰鬱の長外套を、頭からすっぽりかぶっていた。両手には、ダブル髑髏(どくろ)装備。 右手には、水晶髑髏「黒」。深紅の瞳宝珠を光らせ、時折かちかちと歯を鳴らす。 左手には、魔女の頭蓋骨。正体は古ぼけたしゃれこうべのように見える、カンテラだ。 と、セイレーンが魅惑の歌声を放つ。陰鬱に笑い、Kyrieは左手の頭蓋骨を掲げた。 「ほほう、セイレーンは中々見事な歌声…」 重厚なテノールが紡がれる。精霊力が、Kyrieを包みこんでいた。 「さて亜祈さんの歌声は…!?」 遠くで破滅の歌姫が、口を開いた。Kyrieは耳をすませる。 銀の瞳は、徐々に上方へと視線を移す。余りの凄まじさに、立ったまま白目を剥いた。 早紀の耳にも、破滅の歌声が届いた。耳を押さえ、へたり込む。 「以前亜祈さんが歌った時は、離れていたから解りませんでしたが…。こ、こんなにすさまじかったんですか!?」 驚愕し、すぐさま耳栓をする。これほど静寂を望んだことはない。 「な、なんですかこれ…。これは今度、亜祈さんにはみっちりと音楽のレッスンをしないといけません!」 果林も、亜祈の歌声の余りの凄さに、思わず耳栓を。 涙目になりながら、耐えるばかり。押さえた耳の上を、破滅が通り過ぎて行った。 海の方が騒がしい。 「敵の数は分からないけど、亜祈さんが歌で全体攻撃するつもりなんだっけ?」 水芭は耳栓を取り出した。忘れずに付けなければ。 「亜祈さんが集中して狙われないように、出来るだけ早く刀の間合いまで近付きたいな」 セイレーンの攻撃手段に、何があるか分からない。 「魅惑の歌声っていうのを、耳栓だけでどれだけ軽減できるか怪しいしね」 水芭はトントンと、自分の耳を叩く。 心眼で、大まかな散らばり具合を確認した九寿重。刀を持ち、砂浜を駆る。 岩場を目指した。耳栓のお陰で、セイレーンの歌は聞こえない。 「遠くは、私に任せるですね」 踏み切り、軽々と岩に降り立つ。漆黒の長い髪が、風になびいた。 顔横に構えられた刀から、風が生まれていた。渦巻き、一直線に進む。 数人のセイレーンが、岩場に集まっていた。一斉に、九寿重に視線を向ける。 「誰から、斬り伏せて欲しいですか?」 キリリとした眼差しを向ける、九寿重。刀に、紅蓮紅葉の燐光がまとわりつく。 九寿重が一歩踏み出せば、セイレーンは一歩下がる。魅惑の歌声は、恐怖の叫びに変わっていた。 しばらくして、Kyrieの意識が戻ってきた。 「…がはっ!? 今のは何ですか?」 両手の髑髏を砂地に降ろし、懐を探る。 「兎に角、耳栓が必要な様ですね…」 冷や汗と、動悸がする。額をぬぐいながら、耳栓をつけた。 いつの間にか、ロング髪のセイレーンとの距離が縮まっている。 「穿て黒薔薇…我が敵を滅せよ」 Kyrieの手の中に、一輪の黒薔薇が咲いた。銀色の細い鎖が絡み付いた茎。 軽く口づけすると、敵に向かって投げる。隷役を施した斬撃符は、セイレーンをショートカットにした。 水芭は、打刀「氷嵐」を手にした。のびやかに動く手足。 「魅惑の歌声が耳に届く前に、私の刀がセイレーンに届けば大丈夫だよね」 歌声は無視。敵の懐に飛び込んだ。 「…物理攻撃は苦手みたいだね」 慌てたセイレーンは、殴りかかってくる。が、水芭は容易く避けた。 刀をしっかり握りしめる。素早く脚を踏み出し、一撃を喰らわせた。 「ふしぎさん、行きます!」 凛とした、果林の表情。軽やかなフルートの音色。強烈な雑音を、セイレーンに叩き続ける。 突然のスプラッタノイズに、魔性の歌姫はのけ反った。 「…さぁ、碇をあげろ、僕達の船出だっ!」 ふしぎは宝珠銃「レリックバスター」を構えた。計算された動きは、セイレーンの攻撃を掻い潜る。 左手の銃からは、立て続けに弾が吐きだされていた。距離を詰める。 右手に、霊剣「御雷」を握った。砂地に踏み込む足は、姿勢を崩しつつあった。 歌声が襲ってくる。 …実はふしぎを襲った歌は、破滅の歌姫の物だったが。 果林の曲が、ふしぎを鼓舞する。背中を押され、前へ一歩。 振りあげた剣は、歌ごと魔性の歌姫を真っ二つにした。 ●海水浴は青春です 一番に走りだす水芭の水着は、青色。普段の服と同じ、海と空の色。 波の中に、飛び込んだ。双子ははしゃぎながら、水芭に飛び付く。 後ろからの襲撃に、踏ん張るが体勢を崩す。水芭は、海へダイブ。 「こら、やったな!」 顔を上げた水芭は、驚く双子を掴み、もう一度海へ倒れ込む。 盛大な水しぶきが上がった。水面に浮きあがり、三人で大笑い。 「いくわよ!」 「油断大敵ですね♪」 亜祈の悪戯に、付き合う早紀。笑い転げる水芭と双子に、水かけを始める。 合戦の始まりだ。 「皆さんも来ませんか?」 白いワンピース水着の早紀が、浜辺に振りかえる。大きく手を振った。 手傘の下の面々は、愛想笑いを浮かべるばかり。 「そういえば希儀には、天儀には無い『綺麗な貝』とかあるんでしょうか?」 姉妹へのお土産にしようと考える、早紀。息を吸い込み、海に潜る。 青い海の中で、夏の光がおどっていた。 砂浜に刺した、鉄傘。サーフパンツ水着の星晶と漆黒のトランクス水着のKyrieが居る。 「色々ありましたが、無事に迎える事が出来てほっとしています」 心からの笑顔を浮かべる星晶。最大の試練は、くぐりぬけた。 「殺戮の嬌声は虚ろな花園に響く…」 Kyrieは、小さくぼやく。破滅の歌声の衝撃が残り、ぐったりしていた。 二人揃って、横になる。夜に備えて、昼寝をしなくては。 「…夏に負けてしまいそうで御座います…陽の下は、苦手でございます」 左京は夏バテ気味だ。先天的な白子は、夜の方が活動しやすい。 ふっと、気が付くと、帰り仕度をしている喜多が。そろそろ、調理に取り掛かるらしい。 「わたくしでは、お邪魔で御座いましょうか…?」 手伝いも、良いやもしれぬ。小首を傾げ、左京は助力を申し出た。 「…亜祈の秋刀魚の砂糖焼きは、勘弁して欲しいですね」 九寿重はついて行くか、双子の子守をするか葛藤中。亜祈は、ときどき塩と砂糖を間違うから。 仲間から離れ、二人っきりの海辺。艶やかな赤色が、砂地に映えた。ビキニ「マゼンタ」を見に着けた、果林の後ろ姿。 銀色の光のなかで、妖精たちが踊っている。フルート「フェアリーダンス」の音色の中で。 静かなる曲に導かれ、ようやく目覚めたふしぎ。第一声を発する。 「亜祈の歌で、まだフラフラする…」 介抱していた果林は演奏を止めた。安心したように、狐しっぽを揺らす。 「くすっ。寝顔、ちょっぴり可愛かったですよ」 左京の忠告を無視し、耳栓をしていなかった代償。ふしぎは、果林に膝枕をされていた。 「ありがとう果林…ちょっとかっこわるいとこ見せちゃったな」 頬を掻く、ふしぎ。 「果林、水着もよく似合ってるね…見とれちゃった」 心なしか、果林の狐耳が赤い。起き上がりかけたふしぎは、姿勢を崩す。 「ふ、ふしぎさん…あの…」 「はわわわわ…」 真っ赤になる恋人たち。何があったかは、お察し下さい。 「色々な意味で、すごい歌でしたね」 やや引きつった笑顔で、亜祈に話しかける早紀。浴衣「金魚」に着替えていた。 「亜祈、歌以外はできないんですか?」 まだ水着姿の九寿重。水着「モノトーン・プリンセス」のスリットから、おみ足が覗く。 「横笛が吹けるわよ」 「姉上、独奏無理です。合奏上手です。勇喜と練習するです?」 「亜祈、ぜひとも演奏の練習するですね! 今日は、音楽の専門家が沢山いるですしね」 九寿重は、ピンと犬耳を立てた。背すじを伸ばし、推し進める。 すべては、今宵の惨劇を回避するために。 ●猫族と月敬い 元気になったKyrie。調理現場を見学する。秋刀魚を大名おろしで、捌くつもりらしい。 取った身は、つみれや炊込みご飯に。残った骨は、揚げて骨せんべいにとの返事。 「私も秋刀魚を賞味したいですね」 双子がしっぽを揺らしながら、茶碗と箸を渡してくれた。 「浴衣が珍しいですかね?」 「そうかもしれませんね」 早紀の神楽舞が終わった。かくりと首を傾げる、九寿重。 抱き上げた小さな子たちが、浴衣「朝顔」を触ってくる。泰国出身には、天儀の衣服は興味深い。 浴衣「金魚」をまとった左京。去年、猫族からもらった、扇子『月敬い』であおぐ。 「今宵も、月は美しゅう御座いますね…」 ぼんやりと月を見上げ、童歌を口ずさんだ。 「――…♪」 遠き冥越、修羅の隠れ里。アヤカシの襲来により、失われた故郷。 いくら歌えども、重なる声は無き。双子の兄のモノも、里の幼子のモノも。 「左京はん、ごはんやで♪」 唐突に、背後から、子猫又が飛びついて来た。思わず、左京は身を反らす。 今は、「他人」と触れられる事が苦手だ。 「…一緒にお料理を頂きましょうか。お分けいたしまするよ」 左京の申し出に、子猫又は瞳を輝かせた。嬉しそうに飛びはね、道案内を始める。 一足先に、ふしぎはご満悦。果林に、秋刀魚料理を食べさせてもらっていた。 「はい、あーんしてください」 「あーん」 「また、来年も一緒に行きましょうね」 「うん♪」 箸で焼き秋刀魚をつかみながら、果林は笑みをうかべる。ふしぎは舌鼓を打ちながら、うなづいた。 きらりんと輝く、双子の瞳。食事が終わった水芭を発見した。 「一緒に歌って欲しいの?」 双子は水芭を捕まえると、たき火の近くに引っ張り出す。歌って踊って、大はしゃぎ。 見つけた果林と星晶が伴奏を始めた。残っている元気を使い切るつもりで、水芭も楽しむ。 星晶は、安堵する。とりあえず、亜祈は合奏なら、人並にできるようだ。 白虎しっぽを揺らす恋人と並び、秋刀魚を捧げる。大切な月敬いの儀式。 「にゃもにゃもにゃも。…皆が幸せでありますように、という祈りが篭っているんですよ」 星晶は、小声で祈りを。星晶自身にも、何と言っているのか分からない。 「…大きくなったら、ちゃんとした祈りの言葉を教わる予定でしたが」 伏せられる黒猫耳。星晶は幼い頃に、アヤカシの襲撃で故郷を失った。 「星晶…哭著?(星晶さん…泣いてるの?)」 亜祈が心配そうに、泰国の言葉で尋ねた。 「不要緊、現在大家在。(大丈夫です、今は皆が居ますからね)」 星晶は、穏やかな笑みを浮かべる。二胡の弦をはじくと、次の曲を奏で始めた。 |