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■オープニング本文 あなたには、会いたい人が居るだろうか? 例えば、生き別れた家族、死に別れた恋人。 …会いたくても、会えぬ人。 もしも、会える方法があれば、再会を望むだろうか? 幻と、分かっていても。アヤカシと、知っていても。 ●赤桜の泣き幽霊 その昔、山賊に追われた親子が居た。親子は、一本の桜の下に辿りつく。 子は捕らわれ、人買いの元へ。親は血染めの桜の下に、捨て置かれた。 翌朝見つけたのは、紅梅の咲く里の者。ねんごろに弔い、親を桜の元に埋めた。 季節は巡り、桜の季節がやってくる。あの桜には、なぜか三本の桜が咲いた。 真ん中の一本は桜色。両脇の二本は赤色。 夜になると、赤い桜からすすり泣きが聞こえる。誰かの名を呼び続ける、夫婦の声。 道端の三本桜を、近隣の人々は恐れた。 異変はそれだけではない。近くの紅梅の咲く里では、神隠しが訪れる。 赤い花が咲く家の子は、一人、二人と減りゆくばかり。 それから毎年、春の季節には、神隠しが起こり始めた。人々は春を恐れ、里を捨て始める。 月日は流れ、幾星霜。高名な旅の僧侶が、春の紅梅の里にやってくる。 僧侶は不思議に思った。さびれた里、年寄りばかりで若者がおらぬ。 長老の昔話を聞いた僧侶は、桜の下に出かけた。数日、念仏を唱え続ける。 遂に、赤桜の下の泣き幽霊を鎮めた。桜の木は、一本に戻る。 紅梅の里に戻った、僧侶の勧め。里の紅梅の木は、白梅の木に植え変えられていった。 ●白梅の里 『子供が行方不明だから、探して欲しい。詳しい情報は、現地で』 緊急の依頼を受け、開拓者たちは精霊門をくぐった。朱藩の開拓者ギルドに出る。 「小梅(こうめ)ちゃんが、神隠しにあったんです!」 黒髪のサムライ娘は、開拓者を出迎えるなり、叫んだ。 「小梅ちゃんは、従兄の赤ちゃんです。この前の七夕に生まれたばかりの女の子で…」 目の前でまくしたてる、サムライ娘。真野 花梨(まの かりん)が、依頼主らしい。 「従兄の家に赤ちゃんを見せて貰いに行ったら、行方不明だって大騒ぎになっていました! おりんさん…あ、お嫁さんが言うには、部屋の障子を開けていたそうです。そしたら、目の前で庭の紅梅の花が咲いたって。 不気味だから、障子を閉めたそうです。移動しようと振り返ったら、赤ちゃんが消えていたんです。 驚いて外に清太郎(せいたろう)さんを…、旦那さんを呼びに飛び出たって。そしたら、紅梅の花が消えていたんです。 昔話の再来だって、里の長老が…」 興奮した依頼主は、支離滅裂だった。開拓者は辛抱強く聞き、長い話をまとめる。 『生後一月に満たない赤子が、連れさらわれた。 たぶん、犯人は赤桜のアヤカシ。根っこが本体で、地中を移動できる。 幻影を見せたり、根っこで攻撃してくる能力を確認済み』 あまりの詳しさに、唖然となる開拓者。聞けば、今年の春にも、子供が神隠しにあったと言う。 偶然、サムライ娘は、前回の神隠しの発生から救出まで立ち会ったとか。 おかげで、赤桜のアヤカシを思いつく。急いで、桜周辺を探した。 「アヤカシの居場所は分かりません。一本桜の所には、居ませんでした」 ならば、赤子をさらった里の近くに、アヤカシは居るはず。 里の近くは、山ばかり。サムライ娘一人では、手に負えぬ。 「早く、小梅ちゃんを助けないと。手伝って下さい!」 サムライ娘の声に促され、開拓者は移動を始める。 ―――行きましょう、白梅の里へ。 |
■参加者一覧
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
一之瀬 戦(ib8291)
27歳・男・サ
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●白梅の里 「おりんさんと清太郎さんの赤ちゃん、無事生まれたんやね」 神座真紀(ib6579)は、赤子の手を握る。 「子供を浚うアヤカシか。違う子を奪ったとて、代わりにはなるまい」 リドワーン(ic0545)は、庭に視線をやる。 梅の花が咲くのは、早春のはず。白梅の里で、紅梅が咲いていれば目立つ。 「いや、所詮はアヤカシ…子を失った親の真似事をしているだけか」 言葉が空に溶ける。今、花は咲いていない。 「生まれたばかりで、とんだ災難やったな」 真紀は、赤子の頭を撫でる。隣の修羅たちは賑やかだった。 「この前のような暴走は、するんじゃねぇぞ…と言ったはずだが」 「何の…事で御座いましょうか。覚えが、御座いません」 破軍(ib8103)の声に、月雲 左京(ib8108)はそっぱを向く。 「チビ助、聞いているのか?」 「鳥頭へ答える義務は、ありませぬ」 凄みを増す、破軍。左京は、軽く受け流すばかり。 「過去を映す、赤桜、か……」 「…其れでも、後ろは振り返らねぇ。信頼してるから、さ」 弓を強く握りしめるのは、天野 白露丸(ib9477)。一之瀬 戦(ib8291)は、恋人の肩を抱きよせた。 ●破軍 細々は俺の本分じゃない。本当に、手間がかかった。 地図に落とし込んだ上に、移動距離の計算。おまけに、行動半径の推察。 赤子を攫った理由は知らんが、幻覚を見せるアヤカシか…。 面白い…どの程度のモンか試させて貰うか…。 …と、発見した敵が一体のみは、青い狼煙だったな。さっさと狼煙銃を打ち上げるか。 別行動中のチビ助が、気付くだろう。さっさと来い。 口には出さんが、チビ助は俺が実力も認め、最も信頼している存在の一人だ。 …一応な。 まぁ、チビ助が足を引っ張っても、問題ないメンツだろう。 あっちの班の天野は、俺と同小隊員だしな。一之瀬は顔見知り程度で、よく知らんが。 桜の前に、アイツがいた。俺を家族の死から立ち直らせた、修羅の娘が。 「こいつが例の術か…知らなきゃ危ないが…解っていれば問題ない…」 俺が師匠から習ったのは、降魔の剣術。アイツは師匠の娘だった。 相棒が、霊剣「迦具土」が荒ぶったか?深紅の刀身が、警告を発しやがる。 俺に、口を開くなと。アイツに、隙を見せるなと。赤を、重ねるなと。 「どんなにアイツの姿を真似した所で、アイツが居ないのは俺がよく知っている」 …ふん。馬鹿らしい。茶番は終りにしてやる。自然と、薄笑いが浮かんだ。 「俺が殺したんだからな…」 チリチリと、頬の傷が痛みやがる。あのときの傷が。 アヤカシに操られたアイツを、俺の手で殺めたときの。 「で、だ…手前ェはやっちゃいけねぇことをした…その落とし前、払って貰おうか…」 俺は、相棒を振りあげた。アイツの幻影は、ほざきやがる。 あのときの言葉を。あのときの表情で。 一瞬の戸惑いを、誘いやがった。直ぐに一刀両断してやったが。 「チッ……面倒事ばかり引きやがる…」 何もかもが、馬鹿らしい。頬の痛みが、増してきやがる。 「おい、赤子の声が聞えるか?」 リドワーンは、反応したが…。神座は、微動だにしやがらねぇ。 「手前ェ、何が見えてやがる?」 チッ…幻影にかかったままか。 元凶は、あのアヤカシだ。『アイツ』の後ろにいた桜。 「力づくで引きずり出してやる」 俺は獣の様な笑みを浮かべて、幹を掴んだ。貧弱な根っこが、抵抗しやがる。 馬鹿か? 俺に、敵う訳ないだろう。 文字通り「修羅」となって戦う、狂戦士に。 ●真紀 いつの間にか、周りは家に変わっとった。あたしの家に。 障子の向こうから、学者の父さんの声が聞える。…下の妹が無理言うて、父さんを困らせとるみたいや。 あっちの台所からは、上の妹の声がする。何の料理を、作ってくれとるんやろか? アタシはいつものように、襖(ふすま)を開けた。台所に居る背中に、声をかけたんや。 …母さんが、目の前におった。下の妹と並んで立っとった。 あたしが十年くらい、歳を重ねた背中。あたしとちごて、項の辺りで髪を束ねとるんやけど。 「ごちそうさん♪」 上の妹と、母さんが作ってくれた料理。ほんまに、美味しかったんやで。 父さんと下の妹は、賞賛しとったわ。あたしより「味付け上手」は、余計やけど。 部屋から見える庭に、桜の木が咲いとった。桜の幹から、誰かの声がする。 …破軍さんと、リドワーンさん? 何が見えるか聞いとるん? あたしの前におるんは、母さんやで。 えっ…か・あ・さ・ん? 二人きりの庭で、あたしは長巻「焔」を握りしめた。桜の前に立つ母さんに、聞いてみたんや。 「あんた、誰や? 母さんは、死んだはずや。あたしの為に、命を落としたんやから!」 母さんが、悲しげな顔になった。そないな顔、せんとって。 「悪いな。母さんがあたしを生かしたんは、あたしが母さんより強くなるって信じてくれたからや」 お揃いの白いリボン。艶やかな黒髪。 いつの間にか、母さんの真似をしとったんかな? 「なら、あたしは、それを証明せんといかんのや」 あたしの声は、震えとったかもな。 「…あたしは今日を生きる人が明日を諦めん為に、この刀を振るうんや!」 神座家は、代々、アヤカシ討伐を生業としてきた氏族。あたしは、次期当主になる。 母さんの為に、幻影なんかに負けてられんのや。 ●リドワーン かつて自らの手で殺めた女がいる。緑の瞳が印象的な女。 俺は、唯一無二の女だと思っていた。が、復讐のために近づいてきた女だった。 「盗賊から、足を洗った」 俺は何度でも告げる。桜の下に居る女の視線が、厳しくなった。 女の浅黒い肌は、アル=カマルではありふれたもの。無数の傷痕を持つ俺と同じ、ダークエルフ。 俺の肌を、真紀は小麦色の肌と揶揄した。花梨は、夏の肌色と揶揄した。 十代の娘の考えは、よく分からない。天儀の考えは。 あの女は、いくつだったか。もう忘れた。アル=カマルの女の年齢を。 「今度は何を言うつもりだ?」 俺は尋ねる。火炎弓「煉獄」で、女の心臓を狙いながら。 女が最後に残した言葉は、もう忘れた。女の野心は、もう忘れた。 痛覚を先天的に欠いている俺の身体が、初めて知った心の痛みと共に。 「数多の屍山血河を築いて這い上がる…これだけが、未来永劫変わらぬ俺の真実だ」 放った矢は、女の心臓に突き刺さった。俺は何度でも、何度でも…同じように殺すだろう。 ふっと、口にでた言葉に驚いた。 「生きることは義務と、自らに課している。生きるために殺すのか…殺すために生きるのか」 俺は、考える事を止めた。 もはや、どちらなのかも分からないし、考えることも無意味だ。 「早く乳を与えた方がよいな」 俺の保護した子供は、弱っていた。毛布に包み、花梨に託す。 先に戦闘離脱させ、母親の元へ向かわせた。陽動と伏兵に分かれる作戦は、功を奏したようだな。 破軍が桜を抑えてくれた、真紀も動きを取り戻している。花梨が抜ける隙は作れそうだ。 「地中から逃走されにくいように、石が多目の場所に誘き寄せるのもいいかもしれない」 花梨の教えてくれた、山頂の岩場に追いつめる。それが早いだろう。 俺は強射「繊月」で、淡々と攻撃をこなす。慣れれば、アヤカシは単調な動きだった。 幻影と根による突き攻撃。攻撃時には必ず、根が地表に現れる。 俺は、自分の立ち位置を確かめ、矢をつがえた。そして、桜に告げる。 「幻影は、ただ獲物を捕食するために、反射的に見せるだけのものだろう?」 …俺と同じように、ただ機械的に。繰り返すだけ。 ●戦 狼煙があがった。俺は左京の頭を撫でて、言い聞かせた。 「…しつけぇ様だけど、気ぃ付けろよ」 つーか、背後に嫌な気配を感じた。 とっさに振りかえれば、もう一つの赤が居やがる。ご丁寧に桜吹雪をちらしていた。 回避は間に合わねぇ。愛しき恋人の鶺鴒(せきれい)に向けて、念押ししておく。 「左京は勿論、お前ぇも何かあったら必ず俺を呼べよ」 っま、言ったところで呼ばねぇのは、分かってんよ。 …もう幻覚にかかっているのか? 鶺鴒は、普段と明らかに違う言動をしてきた。 俺の頬に手を伸ばしながら…こっちが照れる言葉を放つんだ。 …まだ、素面(しらふ)か。一応、返しの言葉を贈っておくぜ。 「佳配と成る白き華に、花唇を吸い誓う。月の雫を掬う様に、月花が如き君を愛し抜こう」 その後の出来事は、俺と鶺鴒の心にしまっておこう。左京も、言うんじゃねぇぞ。 ちらちらと、視界の隅で動くヤツは何だ? 「邪魔な『赤ども』だぜ」 舌打ちしながら、呟いちまった。ありゃ、俺の過去だぜ。 世間じゃ、両親とかいうもんだな。…俺が捨てた存在。 「うっせんだよ」 呼ぶな、俺の名前を。イライラする。 思わず、大身槍「梅枝」を構えたぜ。決別したんだ、過去とは。 「黙りやがれ! 俺ぁ今此処に咲く白き華以外に興味ねぇんだ」 修羅の形相だっただろうな。俺は勢い付けて、突きを放っていた。 左京は、桜の根っこと仲良く手を繋いでやがる。完全に、幻覚にハマってるな。 「俺の大事なモン惑わせてくれた礼、きっちり返させてもらうぜ」 鶺鴒も、左京も、戦闘じゃあ頼りになる仲間だ。 …けど、其れ以前に俺にとっちゃあ、二人共大事な身内。 「赤に惑わされて、過去に奪われるなんざ御免だ…」 愛しき恋人と、妹の様に可愛がる愛しき存在。どっちも渡さねぇぜ。 鶺鴒が荒縄を引っ張った。根に打ち込んだ矢には、荒縄を巻き付けてたって寸法さ。 苦手な、力仕事させて悪かったけどよ。 後は任しておけ、地断撃で根をむき出しにしてやる。最後は、俺の一槍打通で貫くだけだ。 「左京、余所見してる暇なんざねぇよ」 お前ぇ等が見るべきは過去じゃあねぇ。今此処に居る、此の俺だ 「根は俺が潰す! 左京は赤子を、鶺鴒は援護しろ!」 隙がデカかろうが鶺鴒が援護してくれっし、赤子は必ず左京が救うさ。 赤子の泣き声が聞こえねぇのは、意外だが。 ●白露丸 行く手を阻むのは、もう一本の赤桜。私たち三人の前に、花吹雪が迫ってきた。 既に月雲殿が、桜吹雪に取り込まれてしまった。助けなくては。 「…戦殿。月雲殿を…。…私は大丈夫だ…。…離さないでいてくれるのだろう?」 花吹雪が、私を包みだした。戦殿が、焦っている。 「なら、此処が私の居場所だ」 私は左手を伸ばし、戦殿の頬をなでる。左腕の火傷跡が目に入った。 「…天でもなく、神でもなく、貴方に誓う」 右手も伸ばして、両頬を包みこんであげた。キョトンとする、愛おしい人。 「罪も傷も、全て貴方に見せよう。そして、ずっと共に在る」 戦殿を、心配させたくない。花吹雪に包まれながら、私はほほ笑んだ。 嫌いだ。私の心を、そして大事な妹の月雲殿の心を、かき乱す花は。 「赤い花…禍々しいな…。人を惑わす花、か…」 花びらが、目の前に集まってきた。次の展開は、私には分かっている。 「また、か。二度目ともなると、芸がない」 やはり、弟の姿をとった。…分かっていても、心は揺らぐものだな。 「悪いが、貴様に付き合っている暇はない。早々にどいてもらおうか」 私は、ロングボウ「流星墜」を弓弾くしかない。弟の頭に、狙いを定めた。 「…今、何と言った?」 弟が話しかけてきた。嬉しそうに、とても嬉しそうに。 「『祝言をあげたの? おめでとう』って、そう言ったのか?」 弟が、私を祝福してくれた。喜んでくれた。 「新しい兄…戦殿に会いたい…のか? 戦殿は、あっちに」 指差しかけた私に、戦殿が呼びかけた。私の本名を呼んだ。 『鶺鴒、どこに弟が居るんだ』と。 「…私は何を?」 涙が、頬を伝って仕方ない。目の前に居るのは幻。分かっているはずだった。 再び矢をつがえたけれど、…どうしよう。狙いが、ブレ始めた。 私の視界は、涙でゆがんだままだった。 だから、私は弟に約束したんだ。一矢を放ちながら。 「…今度会ったとき、戦殿を紹介する。それから、可愛らしい妹も」 お互い、生きて再会した時の約束を。 ●左京 わたくしは、ただひたすら惚けておりました。 「見事…赤い…桜の…色で御座いますね…」 魔性と申しますが…本当に、見惚れるような美しさで御座いました。 わたくしの緋色の左目より、赤く。まだなお、赤く。 そして、禍々しい色で御座います。 「桜吹雪…」 わたくしは、心奪われたので御座いましょう。幼少に戻っておりました。 今日は何をして、遊びましょうか? 繋いだ手の先におりますのは、わたくしの双子の兄で御座います。 「どちらを見ておいでですか…うきょう。わたくしは…此方ですよ?」 わたくしは、頬を膨らませてしまいました。よそ見をする右京が、悪いので御座います。 思わず、右京の着物の裾を握りしめました。 「な…何故、此のような事…っ!」 右京が、右京が、戦様を攻撃したので御座います。 「なにをおっしゃいますか? …うきょうに、刀を向けるなど…」 わたくしには、戦様の言葉を理解しかねたのも、事実で御座いましたが。 「うきょう? うきょう?」 幼いわたくしの戸惑いなど、戦場では些細なこと。時間は、無情に経ちまする。 目の前で、右京は消えたので御座います。赤い花吹雪となって。 その様は、わたくしの纏いし羽織「紅葉染」の柄のようで御座いました。 「わたくしは…何処(いずこ)に、行けば良いのでしょうか…」 右京。今、何処で御座いますか? 「抱きしめて、欲しいと思うことさえ…いけませぬのでしょうか…」 右京。どうして答えてくれませぬ? わたくしに、自覚はありませぬが…。後追いをしそうな顔だったので、御座いましょう。 戦様の言葉に、耳を塞ぎ、うつむきました。 「貴方は…優しすぎるので御座います…。」 わたくしは、逃げだそうと致しました。 兄のように、優しきお方。逃げるしか出来ませぬ。 「わたくしは、弱くなる…貴方様達の隣に…いると…」 うつむきながら、白露様の背中に隠れましたとも。 姉のように慕うお人から、視線を感じまする。 『月雲殿……確かに、此処にいる。私も、貴女も。此処に、在る』 振り返った白露様の両手は、わたくしの右手を包みこんでくださいました。 「お二人に…ご迷惑をお掛けするわけには…」 …わたくしは、うつむたままで御座いました。 心を、確りと持たねばなりませぬか? 最後に兄が残した「自害はしないで」という言葉に、囚われながらも。 |