【急変】砂の台頭
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや易
参加人数: 20人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/22 20:51



■オープニング本文

●タイトウ
 理穴東部の魔の森。なぜか一部の大地は、広大な砂地に覆われていた。
 真ん中で、鎮座する巨大アヤカシ。器用にあぐらをかき、偉そうだった。
「小童(こわっぱ)、遅かったのう」
 巨大アヤカシの側に、山伏姿のアヤカシが控えている。しわがれた声は、待ちくたびれていた。
「鬼岩坊(きがんぼう)の爺さんが、せっかちなんだよ」
 ぶつぶつと文句を言う、隻眼の男。秀麗な容姿の吸血鬼、鑪の矢吹丸(たたらのやぶきまる)だった。
 吸血鬼は、うやうやしく片膝をつく。巨大アヤカシに一礼した。
「お待たせしました。食事をお持ちしております」
 右腕で、配下の不死系アヤカシ達に指示を。瀕死のエサ達を、引きずりださせた。
 巨大アヤカシは、気に入らぬと唸り声。山伏姿が、吸血鬼に文句をつける。
「今回は傷が多いのう…ヘタレとるし。御屋形様は、イキが良いものを所望じゃぞ?」
「爺さん、無茶だよ。御屋形様好みの志体持ちって、捕まえるの大変なんだからさ。
数は少ないし、抵抗するし。新しい配下を増やして、やっと四つだよ!」
 頬を膨らませ、言い訳する吸血鬼。巨大アヤカシの前であることを、忘れていた。
 巨大アヤカシは、手を伸ばす。エサの志体持ち一人を掴むと、口に放り込んだ。
 断末魔の悲鳴。骨の砕ける音。巨大アヤカシの口元から、鮮血が流れ出た。
 瀕死の志体持ち達は、戦慄する。次に喰らわれるは、自分の番か。
 絶望、恐怖、嘆き。エサの発する負の感情は、アヤカシにとって、極上の調味料になる。
「爺さんとボクの分も、持ってきたよ」
 吸血鬼は、得意げに背後を指差す。盲目的に従う集団。吸血鬼に洗脳された人々。
 巨大アヤカシは、身体を揺らした。大地から岩が伸び、檻を成す。エサを閉じ込めた。
「今は、乳飲み子を食べたい気分じゃのう」
 山伏姿の催促に、吸血鬼は檻の母親に命ずる。抱えた赤子を、差し出すように。
「ほれ、ワシに渡すんじゃ」
 山伏姿は、泣きやまぬ赤子を受け取った。嬉しそうに左足へ噛みつき、食いちぎる。
 丹念に咀嚼し、飲み込んだ。柔らかい肉は、口の中でとろけて美味い。
「ねぇ、心臓は、ボクにちょうだいよ。良いよね?」
「構わぬぞ」
 吸血鬼は、赤子の胸に、右手を付きたてる。心臓をつかむと、引きずり出した。
 盃のように口元に傾ける。まだ拍動する、小さな心臓。滴る血を飲んだ。


 二体の巨大アヤカシの出現。理穴東部で、魔の森を生み出す者たち。
 氷を操る者は「氷羅」、砂嵐を起こした者は「砂羅」と名づけられた。
 二体の大アヤカシに対抗するため、人々は二手に分かれる。武天と朱藩の援軍も。
「武天軍は、飛行するアヤカシ撃退に尽力してくれやすか。
あたしたちは興志王さまに従って、南方の氷羅に向かいやす。ご武運を」
 朱藩軍の飛空船が、空に浮かび上がる。飛空船の甲板から、朱藩の若き臣下は手を振った。
 見送ったギルド員は、開拓者に視線を向ける。左腕に握る弓は、理穴の民の証。
「儀弐王さまが、前線に赴かれた。俺たちも後を追うぞ!」
 熱く語られる声。理穴東部生まれのギルド員、栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)の決意。
 説明してくれたのは、ものすごく単純な作戦だった。
「魔の森に突っ込んで、アヤカシをぶっ飛ばす。それ以外に、何があるって言うんだ?」
 巨大アヤカシに負ければ、理穴東部は魔の森になる。ギルド員の故郷の温泉郷も、その一部に。
「砂羅と鬼岩坊は、お前さん達に任せた。俺は矢吹丸を追う。
…すまん、矢吹丸だけは許せないんだ。命を賭けてでも、この手で倒したい」
 理穴の危機を救うには、巨大アヤカシを倒すしかない。でも、ギルド員は同行できなかった。
 吸血鬼は巨大アヤカシたちと別行動をしていると、報告が届く。
「だから、頼む。俺の故郷を救ってくれ!」
 深々と頭を下げる、ギルド員。弓を持つ手は、固く握りしめられていた。


■参加者一覧
/ 志野宮 鳴瀬(ia0009) / 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 胡蝶(ia1199) / 羅轟(ia1687) / 九竜・鋼介(ia2192) / ルーンワース(ib0092) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / アレク(ib0692) / 透歌(ib0847) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 海神 雪音(ib1498) / 晴雨萌楽(ib1999) / 観那(ib3188) / 杉野 九寿重(ib3226) / アムルタート(ib6632) / 日ノ宮 雪斗(ib8085


■リプレイ本文

●小石の抵抗
 砂地の中にある、岩の檻。玻璃小石や不死のアヤカシ共が、守りしモノ。
 捕らわれ人は、動かぬ、動けぬ。未だに心は、アヤカシの虜なり。


「森の一面が砂地…」
 炎龍ローズに乗った、アレク(ib0692)の呟き。瞳孔が開いたのは、視力向上の技法の所為。
 でも、目が見開かれたのは、驚きのため。大アヤカシと配下達が潜む魔の森は、異質だった。
 砂地の上に、木が広がる。それは分かる。
 大アヤカシから、溢れでる砂。砂の源泉は、砂羅。
「目指すべき場を迅速に把握出来れば、遅れをとる事を避けられるだろう」
 思わず、ガラビア「サラーブ」を握りしめる。皆に伝えるためにも、地形を記憶に焼きつけなければ。
 空から、敵を探索する海神 雪音(ib1498)。駿龍・疾風に騎乗していた。
「…あそこに、敵の多い場所が」
 表情があまり出ない雪音。一点を指差す。鏡弦で捉えた、アヤカシが集中してる場所。
 駿龍も不思議そうに鳴く。やや高度を下げ、岩場を目指した。
「…あれは岩?」
 アレクには、岩の塊が見てとれた。穴だらけの変な岩の群れ。
 魔の森の中で、瘴索結界「念」を使う。志野宮 鳴瀬(ia0009)は、かなりの困難に挑戦していた。
 周囲の瘴気が濃くなる、アヤカシ把握が難しくなる。出来うる限り、大アヤカシ達の元へ急ごう。
 そんな鳴瀬の気持ちを引きとめたのは、アレクの報告だった。檻の中で正座する人々。
 微動だにせず、ずっと、座っているのだと言う。表情を宿さぬ顔のまま。
「捕らわれた方々は…掛けられた術の効果で、恐怖心も、まだ薄う御座いましょう」
 鳴瀬は弥次の言葉を思い出す。吸血鬼の魅了と、洗脳能力について。
「何より戦場では、避難さえも困難」
 感情を表に出すのが苦手な、鳴瀬。懸命に言葉を探し、思いを口にする。
「……助けたい」
 軍の将と相談する羅轟(ia1687)。檻の中の人々を、見捨てられない。それは、誰しも同じ。
 危険な戦場だが、戦力を裂く。救出部隊が編成された。


「頼むぞ……」
 羅轟は甲龍・太白を軽く撫でた。甲龍が守るは、理穴の兵士。
 道を切り開くのは、開拓者の役目。道を維持するのは、兵士の役目。
「魔の森が燃えたって別に構わないけど…理穴の兵を巻き込む訳には、いかない」
 ルーンワース(ib0092)は、油断なく辺りを見渡す。しっぽを揺らす猫又、瑚珠を肩に乗せていた。
「そう」
 単語で話す、猫又。次の瞬間、全身の毛が逆立った。
「右、変」
 僅かに目が光り、一方向を睨みつけた。もう一度、猫心眼を。
「奥、檻。不死アヤカシ、たくさん」
 猫又の声に、緊張が走った。天然ぬこさま、通称「ルーン」も、きっちりスイッチが入る。
「…この技なら、檻に居る人達も味方も傷つけないで済むしね…兎に角、周辺の殲滅が最優先」
 ルーンは、聖杖「クロスセイント」を地に着ける。右手をかざした。
 前方に、矢のように鋭い氷の刃が生まれる。直進し、アヤカシに突き刺さった。
 小さく爆発し、広がる冷気。屍人の足を凍りつかせた。
「……これ以上……やらせん」
 伸び広がる、玻璃小石。羅轟は斬竜刀「天墜」を両手で握る。
 非常識なくらい、長大な刀身を備えた刀。常人離れした巨躯の羅轟は、軽々と扱う。
「立ちはだかる者……全て……斬り捨てる」
 巨躯は瞬時に移動した。先手必勝、一撃必殺。羅轟が模索する、新たな剣技。
 砂地に足が沈みこむ、足場が悪い。物ともせず、一歩踏み出した。
 腰から体をひねる。刀が轟音を起こしながら、横に移動していく。
 薄っぺらい壁を、次々と真っ二つにした。勢いのまま、身体を回転せる。
 斜め後ろの屍人を、切り裂いていく。羅轟の黒い瞳が細められた。
 屍人は、助からなかった人々の慣れの果て。これ以上、アヤカシの犠牲を増やしてなるものか。
「疾風、あそこを狙って下さい」
 空から、矢が飛んだ。檻の一部を破壊する、雪音の相棒の一撃。
 開拓者と兵士が保護に向かう。人々は動かない。鳴瀬は印を組んで、力ある言葉を放つ。
 目の前の一人が、淡い藍色の光に包まれた。精神で拮抗する、アヤカシの術と、鳴瀬の術。
 勝ったのは解術の法だった。
 我に戻った青年は、悲鳴を上げる。アヤカシに襲われた恐怖が蘇る。
「落ち着いて、避難をしてください」
 ほほ笑む鳴瀬、首飾「白憐」が揺れた。精霊の宿る小さな石が、埋め込まれている。
 心に平穏をもたらすと言う小石が、青年に見えていた。
「…恐らくは、今迄飲まず食わずか…」
 アレクは片膝をつく。アル=カマル風の冠「ウラエイ」も、少しばかり下を向いた。
 伸ばした手が、手が青白い光をまとう。大地の砂をすくい、皮の水筒に詰め始めた。
 こぼれ落ちる砂は、途中で輝きを帯びる。落下する雫に変わって行く。
 砂の雫。砂漠で貴重な真水を、砂から作りだすことができる技法。
「落ち着いて飲むと良い」
 アレクから、まず子供へ手渡された水筒。癒しの水が、喉を潤す。
 冠の額にあしらわれた、絡み合う二匹の蛇も見守った。無から有が生まれる伝承を、表現した装飾が。
 ビーストクロスボウを操る相棒の背から、雪音は玻璃小石を狙った。
 猟弓「紅蓮」の宝珠で、深紅が自己主張する。素早く放たれる矢は、燃える炎の如く、飛びだした。
 伸び広がる、玻璃小石。震え自身を切り離した。先端の鋭い破砕弾で、雪音を狙う。
「…上へ」
 避けようと、駿龍は高度を上げた。屍人に投げられた玻璃小石が、追ってくる。
 反転し、火炎を吐いた。雪音は眉を寄せる。全部倒すには、火力が足りない。
 突如、地表から噴火するかのように、炎が巻き上がった。残りの玻璃小石を飲み込む。
 地上で、ルーンが手を振っていた。人々は助け出した、遠慮はいらないと。
「…退路にアヤカシが居ます。…どこに居るかは…空から見えません」
 鏡弦を使った雪音、下の仲間に向かって告げる。ルーンは、焦る。
 きっと、玻璃小石だ。透明で小石に擬態する、やっかいなアヤカシ。
「足元、ぺったりキラキラ」
 猫又は、良い仕事をしてくれる。足元の見えにくい、玻璃小石の床を発見した。
 ルーンは相棒に感謝しつつ、力ある言葉を放った。
 渦巻く風は、猫又のヒゲを揺らした。ルーンの黒髪をなびかせる。
 更に激しさを増し、真空の刃を生み出した。
 空からの、見えないルーンの刃。競り勝った。透明な床を打ち砕く。
 急いで通りぬける人々。十数人の命は、救われた。


●岩の進撃
 山伏姿のアヤカシ。鬼岩坊は、武器を持たぬ。己が身一つ、それが武器。
 岩のような、ゴツゴツした肌。重鈍に見えるが、動きは電光石火の如く。


「…ごついおっさんには、興味ないわね」
 つんと顔を反らす、宝狐禅。柚乃(ia0638)の相棒、伊邪那だった。
 由緒ある良家のお嬢様は、答えに窮する。聡明で芯が強い柚乃だが、今はなんと答えたものか。
「敵が来ます」
 柚乃の声が緊張を帯びる。鬼岩坊も、こちらを見つけた。肌の色が金剛になっていく。
 とっさに、技法を放つ柚乃。空気を震わす、甲高い音。敵からの攻撃の勢いを殺ぐ術。
 眼前に、きらめくものを見つけたから。玻璃小石の罠を。
「うっは〜なんか凄いことになってる! …ま、派手に踊ればいい感じだよね♪」
 鷲獅鳥のイウサールの背中から、のんきに見下ろすアムルタート(ib6632)。ノリと勢いと直感のお気楽ジプシー。
(多分こいつら、俺と同じこと考えてんだろ)
 日ノ宮 雪斗(ib8085)は、ちらりと隣の観那(ib3188)をみる。頭上では、アムルタートの声。
 観那もねずみ耳を動かしながら、ちらりと隣を見上げた。ねずみしっぽが、ピコポコ動く。
「なら、やるこた一つだな。行くぜ」
 にっと口元をゆがめる雪斗。説明も何もせず、唐突に走りだした。
「なんかいい感じじゃね、あの二人!? 踊ろう! 一緒に♪」
 アムルタートの気分も最高潮。鷲獅鳥を駆り、急降下を始める。
 観那と雪斗の頭を、かすめるほどの低空飛行。鬼岩坊に捕まりそうで、捕まらないように動く。
「へいへ〜い! こっちだよコッチ〜♪」
 急降下突撃は、少々失敗だった。勢いがあっても、鬼岩坊の硬質化した肌に弾かれる。
 それでも、アムルタートは絶好調。軽い口調、軽いステップで地に降り立つ。
 自然な動作で、鬼岩坊に近づいた。観那に続いて、突撃開始。
「いくら群がろうと、烏合の衆じゃのう」
 鬼岩坊は、あきれた口調を紡ぐ。敵は弱いと侮った、ほんの一瞬。
 観那の姿が消える。赤い瞳は、転機を映していた。
 ふっと現れたのは、鬼岩坊の右足元、背中側。観那の気力が全身をめぐる。
 極めて高度な発勁。修練の末に獲得した、破軍。
「窮鼠を舐めないでください!」
 凝縮させた気を、更に拳に宿した。小さい体を活かした、低位置からの奇襲。
 下腿を狙い、鋭い突きを放つ。肌の色が変わる前に、攻撃を。
 鬼岩坊は観那に手を出せない。鉞を持つ雪斗が、前に迫っている。
 近づくアムルタートにも、気付いていた。視線で追うも、できた。
 雪斗と観那が、行動を邪魔する。前方の修羅と、後方のねずみ耳が。
「小童が!」
 鬼岩坊の右足は、観那に持って行かれた。後ろに重心を崩しつつ、雪斗の攻撃を受ける。
 紅い炎のオーラに包まれた鉞。雪斗は振り回し、重力遠心力を利用した一撃を。
 素手で刃を掴む鬼岩坊。ぎりぎり肌の色が変わるが、全身まで至らない。
 まだ、肌の色が変わっていない足の部分。観那の一撃に続いた、アムルタートの波状攻撃。
「ったく、アヤカシは大人しく魔の森に引きこもってろってんだよ…なあ、おい!」
 大鉞「金時」で、押し問答する雪斗。黒い二本角を揺らし、鬼岩坊に視線を。
 横薙ぎに振られた斧を、軽々と受けとめる相手。雪斗は舌打ちしながら、間合いをはかる。
「これでも捉えられるかい、デカブツさん!」
 紅の眼のような宝石が、ぎょろりと動いた。モユラ(ib1999)の指にはめた、呪術指輪「紅瞳」が。
 生まれいずる、小さな式。鬼岩坊の手足に組み付いて、動きを束縛しようとする。
「平和に暮らそうと必死にがんばる人達が、ここにゃ居るンだ。
大アヤカシだろうが何だろうが、そのジャマはさせないよ…絶対にね!」
 モユラの長く癖のある赤毛は、負けん気を携えていた。はるか遠く、避難所の人々を思いつつ。
「効かぬわ」
 鬼岩坊は式をまとわりつけたまま、雪斗の鉞を掴んだ。気迫だけで圧倒する。
 そのまま、空に浮く雪斗の足。観那とアムルタートの方に、投げ飛ばされた。玻璃小石も一緒に。
 伸びあがる小石アヤカシ。透明な壁が、三人と鬼岩坊を隔てる。
「鬼さんこちら、そっちじゃないよっ!」
 怯まない。モユラの役割は、隙を作ること。前衛の皆が攻撃をたたき込めるようにすること。
 呪縛符が掛からないなら、神経蟲一本に絞るまで。小さな虫型の式を召還した。
 式の発動と同時に、苦無を投げつける。時間差の奇襲。
「前回に仕掛けたおかげで、鬼岩坊の手の内がわずかに分かっている」
 羅喉丸(ia0347)の声が、前進する。モユラの横をすり抜けて。
「甘いのう」
 笑う鬼岩坊、足元に何かが広がっていた。伸びた玻璃小石が、羅喉丸とモユラを包む。
 思わぬ形で、瘴気に侵される二人。即座に、気力で耐えた。


「私が道を作ります」
 玻璃小石に向かって、歌が広がりゆく。聖鈴の首飾りを身に着けた、柚乃の歌声。
 魂よ原初へ還れ。小さな銀の鈴が、歌に会わせて微かな音色を響かせた。
 羅喉丸とモユラを包む、透明な壁が崩れた。二人は束縛から解放される。
 透明な壁が細かく震え、一部が鋭い破片に。柚乃に向かって、破砕弾が飛ばされる。
「狙うだけ無駄よ!」
 凛とした声。柚乃を守り、共にある存在。宝狐禅によって、破片は叩き落とされる。
 その間に、柚乃は曲を変えた。歌に感応した精霊の力は、仲間たちに癒しをもたらす。
「ひゃっほーう♪ どんどんいくよ! いっちゃうよ〜♪」
 邪魔な透明な壁を破壊した、アムルタート。神甲「風神雷神」が暴れていた。
「俺の攻撃なんざ効くと思ってねぇよ。だが、精々苛立ちやがれ」
 アムルタートの後ろから仕掛ける雪斗。小馬鹿にした顔を向けてやる。それは合図。
 追い払おうとする、鬼岩坊の腕。アムルタートの中に眠る野生が、食らいつく。
 殺意を受け流しながら、右足を狙った。風が渦巻き、雷が奔る。
「あたいに、できること…」
 モユラの神経蟲は、一瞬を狙う。肌の色が元に戻る一瞬に、全てを賭けた。
 別の所では、六尺棍の先端が地に着く。てこの原理で体を突き上げ、観那は空に飛びあがった。
「微力ながら助太刀いたします!」
 観那の集落に唯一ある道場は、杖術だった。問答無用で杖術使いになった、ねずみ耳。
 身長より高い棍も、小柄な自分の身体も、最大限に活かす方法を知っている。
 遠心力も乗せた蹴り。鬼岩坊の横顔を蹴り飛ばす。
「なんとなく、そうしないといけないと思ったんです…なんでなんでしょう?」
 反撃を逃れ、着地した観那の声。うちあわせも何もなく、ただ本能に従っただけ。
 蹴り飛ばされた鬼岩坊。倒れる先には、羅喉丸が待ち構えていた。
「決着をつけよう」
 羅喉丸は瘴気感染した身体を、気力で奮い立たせる。一度約束した事は、何としても果たそうと。
 鬼岩坊の表面を硬質化させる、金剛鎧の技法。もしも体の内部まで完全に硬質化できないとしたら?
(内側より衝撃波を走らせて、砕く!)
 一つの賭け、立ち昇る気迫。羅喉丸の体が赤く染まってゆく。撃龍拳を着けた両腕も。
 天空を舞う、龍の姿を模した籠手。龍の瞳の宝珠が、輝きを増す。
 龍の頭が、敵を捕らえようとした。山伏衣装をひるがえし、鬼岩坊は避けようとする。
 モユラの神経毒が効いて来た。動きが鈍くなっている。
「いざ!」
 踏みしめた足は、羅喉丸の身体を前に押しやる。龍の頭は囮だった。本命はしっぽ側の腕。
 肩峰(けんぽう)が、鬼岩坊を撃つ。体当たりと共に、集中させた練力を叩き付けた。
 重厚な音がした。鬼岩坊の金剛の肌に、亀裂が入る。
 岩が砕ける音。山が崩れ落ちる音。
 そして、細かな砂に変わり、消え失せた。


●砂の台頭
 巨大な大アヤカシ。砂嵐を巻き起こす存在。
 掲げた手から、砂がこぼれた。サラサラと、サラサラと。

「あれが砂羅…あれが燃えてる感じが炎羅。最初に討たれた、大アヤカシの兄弟なのかな?」
 フィン・ファルスト(ib0979)は考え込んだ。この場に居ない、羅轟の言葉が蘇る。
『炎羅の……模造品……か?』
 理穴軍では、兄弟大アヤカシと扱っているらしい。一部では模造との声もあがったが、大アヤカシとしては本物だった。
「これ以上やらせない……吶喊しますっ!」
 フィンはゴーグルをかけた、大事な砂嵐対策。鷲獅鳥、ヴァーユに騎乗する。
 砂羅を倒して、これ以上の侵攻を防ぐ。アヤカシの好きにはさせない。
「前回を考えると、風天に騎乗し戦うのが得策ですね」
 飛行船の甲板から、空龍は飛び立つ。无(ib1198)の声がした。
 无は直感が鋭く、ケモノや動物と何となく通じ合えてしまう。相棒なら、尚更。
(地面に近付かないようにしてください)
 空龍は、无の言わない部分も察していた。高度を保ちながら、空を行く。
「大アヤカシ、砂羅…か」
 駿龍・陽淵の背中で、琥龍 蒼羅(ib0214)は呟く。視界に巨大アヤカシを捕らえていた。
「砂嵐に対しては…一箇所、特に正面に固まらない用に分散する事で、多少なりとも被害を減らせる、か」
 駿龍に声をかけながら、斜めに進路を取る。前方で巻き起る砂嵐。
 必死で駿龍は交わそうとする。姿勢を傾け、辛うじて避けた。
「生半可な力で勝てるような相手ではない、普段以上に連携が重要になるな」
 珍しく、目が細められる。滅多に感情を表に出さない蒼羅の、珍しい仕草。
 轟龍の火之迦具土に乗った、鷲尾天斗(ia0371)。砂嵐を避けた隣の飛空船の理穴兵に、策を伝える。
「『吸根技』を封じる為、最初は両腕を狙うぜェ」
 何度か言葉をやり取りし、意志疎通を図った。そして、天斗は、イェニ・スィパーヒを発動させる。
 背中にはりつくように、姿勢を低くした。相棒との高度な連携が必要な、接近戦術。
 轟龍が吼えた。全身に炎のような気を纏い、突貫する。すれ違い様に、砂羅の腕へ魔槍砲を撃ち込んだ。
 甲龍・鋼の表面に、精霊力が集う。甲龍の鎧は、より強固になった。
「両腕を集中的に狙い、両腕を潰させてもらう」
 九竜・鋼介(ia2192)の指示に、目の瞬きで答える。言いながら、鋼介も盾を構えた。
 回避が間に合わない。出迎えの砂嵐に、甲龍は突っ込む。
「砂嵐! 私の後ろに下がりなさい!」
 胡蝶(ia1199)は、いくつもの白い壁を生み出した。砂羅の妨塵砂に、真っ向から対決する。
 杉野 九寿重(ib3226)は、胡蝶のお世話に。巨大アヤカシは、腕を大地に突き刺した。
「…足が!?」
 胡蝶は違和感を覚える、足が動かない。九寿重も気付いた。
「何かの根っこですね」
 いつの間にか根が、絡みついている。同時に急激な倦怠感。体力を吸われる感覚。
 吸根技の副効果。地に足を着けた者は、動きを阻害された。
「こわい敵みたいですけど、がんばりますね」
 清杖「白兎」を握りしめる、透歌(ib0847)。胡蝶の作った壁の後ろで、決意を新たにする。
 昔、氏族内政争で要らないモノとして扱われた。今は、自分を必要としてくれる人が居る。
 透歌の杖の先端で、宝珠が光った。さわやかな風が吹き抜ける。
 砂羅の嵐とは違う、優しい風。精霊の力を借りた、風。
 魔の森の中でも、精霊の加護はある。傷ついた者を癒していく風は、心を奮い立たせた。


「…岩が来る」
 蒼羅の声が、仲間に伝える。戦闘中も気を配っていたお陰で、砂羅の予備動作がつかめだした。
 一気に散開する龍達。集まっていたど真ん中に、岩の柱が立つ。
 砕け、飛び散る破片。環を描きながら、降り注いでくる。
「隙を作ります」
 壁から顔を出した、透歌。掌を砂羅に向けると、精霊砲を撃ちこんだ。
 狙うは、大きな岩。出来るだけ小さくする。そして、砂羅の足元へも、砲撃を。
「砂ですけど錆びるんですかね?」
 无から放たれた符は、泥濘(スライム)に変わった。砂羅の顔面から、伸び広がり、全身を包もうとする。
 まとわりつく、粘着物。こざかしい、開拓者ども。不機嫌な砂羅は、咆哮を上げる。
「…少しは錆びましたね」
 口を開けた砂羅に、変化が見られた。口の両端が変色し、咆哮と共に崩れ落ちる。
 泥濘はその間も、勢力を拡大していた。腕に、胴体に、粘着物が広がって行く。
 部分的に錆びる砂羅の身体。あちこちが、小さく崩れ落ちて行く。
「狙うならば、あそこです」
 无の声を聞き洩らさない。開拓者は動く。
「北面・仁生に居る、道場宗主の伯父様より、奥義目録『卯生』が届きましたね。
今の私なら、この武技を放つのは可能でしょうか」
 犬耳がピンと立てった。腰までの漆黒を揺らし、九寿重は野太刀「緋色暁」を構える。
「なら相手に不足は有りませんしね」
 駆けだした。地面から突き上げる岩が、頭上で砕ける。鋭い破片が、振りかかってきた。
 なりふり構わず、頬が破片で切れるのも構わず。九寿重は駆ける。
「目くらまし代わりだ」
 側面から、甲龍は回り込んだ。鋼介は砂羅の顔目掛けて、焙烙玉を投げ込む。
 爆発は、砂羅の気を反らせた。砂羅の視線は、空に向いている。
 地上には、興味が無い。付け入る隙が出来た。
 大きく翼を広げる、駿龍。瑠璃は不破 颯(ib0495)を背に乗せ飛ぶ。
 背後には、岩の柱が出現していた。風を捉えて、上昇を急ぐ。
 逃れるために、上空を目指す。颯は漆黒の弓、レンチボーンを握り直していた。
 頂上で平行に飛び、駿龍は滞空する。砕け散る岩を眼下に収めた。
 颯は荒縄付きの三本の矢を確かめ、一本を素早く番えた。弓矢に薄緑の気がまとわりつく。
「瑠璃…」
 颯が何か言いかけた。駿龍は最後まで聞かず、急降下を始める。
 駿龍は軌道を修正しながら、砂羅の後ろ側を目指していた。颯の狙い通り、首の付け根に突き刺さる。
 翼を広げ、駿龍は戦場を駆け巡った。颯の意志を組みながら、なるべく砂羅の背後を位置どる。
 遊びとしての賭け事が好きな颯。今は、真剣そのもので、賭けに臨むばかり。
 月涙で撃ちこんだ矢は、攻撃してくる砂羅の岩をすり抜けた。二本目、三本目の矢も、両肩に刺さる。
 荒縄の先端を握りながら、抜けないよう引っ張って見る。食い込み、簡単には抜けぬ矢。
 太い矢じりの両に、釣り針のように反った針が付いた特別製の矢。
「さて、こいつは置き土産だ。確かに渡したよぉ?」
 飄々と笑いながら、颯は荒縄を投げる。
「見事! 御美事だァ!!」
 無謀な漢が一人。隙を見て、轟龍から砂羅に飛び移る。魔槍砲「アクケルテ」を構えながら。
「首貰ったァ!」
 天斗は、白く塗られた鋼鉄の銃身を、砂羅の右肩に押しつける。狼の唸り声のような音が響いた。
 重心から蒼い炎が浮かび上がり、砂羅を撃つ。痛かったのか、巨大アヤカシが右肩を押さえようとした。
 天斗は、即座に場所移動を始めた。颯の投げた荒縄を掴むと、首元を一周する。
「さァて、これで砂羅の首を盗ったら『巨人殺し』と呼んで貰おうかねェ。火之迦具土!」
 荒縄を持ったまま、天斗は飛び降りた。器用に砂羅の左腕巻きつけながら、下を目指す。
 死から目を背けずに、前を見る。今まで救えなかった、命の為にも。
 呼ばれた轟龍は、砂羅の右腕を掴んだ。空へ引っ張る。体勢を崩す、砂羅の巨体。
(『火』の化身だった炎羅が『体』、『氷』の化身である氷羅を『心』とすると、砂羅の属性は『技』のはず…。
ならば、『心』属性での攻撃が優位となるわ!)
 めまぐるしい、胡蝶の思考回路。推測でも、試す価値はある。
「砂は水により散じる。その腕をへし折ってやるわ!」
 生まれいずるは、水の大蛇。地を這い、砂羅に迫る。
 大アヤカシが強大であることは、百も承知。なれど、陰陽師の意地にかけ相応の報いを与えたい。
「先ずは吸根技による回復を防ぐために、腕を集中して攻撃する」
 駿龍は速度を上げ、砂羅の左二の腕に一気に近づいた。蒼羅は、斬竜刀「天墜」に手をかける。
 蒼羅は姿勢を低くする。自身に迫る岩を紙一重で避け、すれ違い様に居合を放った。
 更に、砂羅の左肩にも、刀を振るった。恐るべき速度の太刀筋。
 反応する暇も与えずに斬り捨てる。北面一刀流奥義、秋水。
「『卯生』行きます!」
 九寿重の緋色の刀身に、桜色の燐光がまとわりつく。まどろみのなかに会った桜が、目覚めた。
 枝垂れ桜の花びらのような燐光。一の太刀は、砂羅の左手首に切りつけた。
 九寿重は地を蹴り、二の太刀で左肘を狙う。砂羅の腕を足場に、もっと高みへ。
 最後の太刀は、胴へ向けて放たれる。天をも、切り裂かんと。
 鋼介は握る太刀「救清綱」に、力を込める。柄から伸びた朱房と数珠が、激しく動いていた。
 甲龍は、右側面に抜けた。盾をもう一本の太刀に持ち替える、鋼介。
 二本の太刀が、炎をまとう。急降下する甲龍と共に、砂羅の右肩に斬りつけた。
 柳生新陰流、焔陰。そして、二天一流、二刀流の型の合わせ技だ。
「守りを重視して、隙があれば烈槍を仕掛けるんだ」
 伸びる巨大な手を掻い潜り、甲龍は離れる。雄々しく鳴くと、再び同じ場所へ、向かった。
 甲龍はよく知っている。アヤカシから人々を守るため強くなりたいと、日々修練に励んでいる鋼介を。
 普段はお気楽な青年の、真面目な部分を。だから、期待に応えたい。
 甲龍の背で、鋼介は太刀を振るい続ける。相棒と鋼介の絆も込めて。
 炎の二刀流。砂羅の右肩に、亀裂が入った。
 蝋燭のように煌めく宝珠。盾にもなる腕輪「キニェル」で、フィンは顔をかばっていた。
 翼を広げた鷲獅鳥は、砂羅の真上に。
 フィンの身体から、薄っすらとオーラが立ち上った。懐のお守りの宝珠を握りしめる。
 落下対策も、万全だ。長槍を立てらし、砂羅の右肩めがけて飛びおりる。
 己の信じる道を突き進み、弱き者を助け、守る事。騎士としての名誉と誇り。
 そして、誓いを胸に抱いて。聖堂騎士剣を放つ。
「一撃必倒……でえやあああああっ!」
 長槍に宿る、聖なる精霊力。うっすらと輝き、切っ先は鋭さを増す。
 落下速度を加えた、勢いのまま。右肩の付け根に突き刺さった。
 槍の挿入部、周辺が砂色から白色に変わる。塩に変わり、砂の右腕の付け根は崩れ落ちた。


 砂羅の両腕は落とした、胴体にもヒビが入った。けれど、巨体は倒れない。
 何かが足りない。砂羅の様子を探っていた胡蝶は、少し離れた場所に見つけてしまった。
 砂地に散らばる骨、どす黒い血の跡。巨大アヤカシが、力を得た理由。
 激高する、胡蝶。心の赴くまま、符を構える。
「人間を…喰らったわね…!」
 胡蝶は強情で負けず嫌い。そして、人の窮地を放っておけない性質。
 指には、水の指輪があった。青い宝珠は、雫の形をしている。涙のような形を。
 生み出された水の大蛇は、砂の上の骨を通った。もう、涙を流せぬ白骨たちの上を。
 僅かばかり、血を我が身に取り込んだ。命の色を、砂羅の元へ運ぶために。
 水の大蛇は、砂羅の身体を、首を、締め上げた。心属性の陰陽術、蛇神。
 空から見ていた无は、眼鏡を外した。空龍の背で五行呪星符を構える。
 符の五芒星に、星の煌めきにも似た光が走った。呟き、あるものを召喚する。
「…ヨモツヒラサカ」
 黄泉より這い出る者。姿や声も無いが、確かにそこに居る式。死に至る呪いを送りこむ存在。
 決定打だった。砂羅の身体が崩れ落ちる。全身が砂にかわった。
 一本の砂嵐柱が生まれる。新たな技かと、身構える開拓者たち。
 砂嵐は、動き始める。そのまま天に昇っていった。
 どれだけ、天を見つめただろうか。ようやく理穴軍の飛空船が、砂地に着陸する。
 護大の発見と回収。大アヤカシ「砂羅」が、滅んだ証だった。