【急変】砂の足音
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 16人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/02 23:06



■オープニング本文

●アシオト
 ここは、理穴東部。うごめく、魔の森。アヤカシの群れの中で、秀麗な男が立っていた。
「仰せのままに。エサはもう少々、お待ちください」
 うやうやしく、片膝をつく。右手を大げさに、胸の前にあてた。
「え…アナタが出られる!? ボクが信用ならないと?」
 男は驚きの表情を浮かべた。右の深紅の瞳が、眼前の影を見上げた。
 巨大な影。男を踏みつぶすのは、簡単な程の巨大な足。
「ああ、物見遊山ですか。楽しいと思いますよ♪
大昔と違って、ボクに傷をつけるほどの人間が居ますからね」
 くすりと笑う男。右手で、包帯を巻いた左眼を撫でる。
 十九年前、左の眼球はつぶされた。とある、弓術師によって。
「小童(こわっぱ)、また足元をすくわれても知らぬぞ?」
「うるさいな。どうやろうと、ボクの勝手だろう!」
 しゃがれ声が、あきれた口調を紡ぐ。隻眼の男は、山伏姿の人物を睨みつけた。
「小童、ワシが鑪(たたら)のあだ名をつけてやったと言うに。こりとらんのう」
 油断から、隻眼になった男。山伏姿が戒めのために、不名誉な二つ名をつけた。
 でも、男に「反省」の文字は無い。あるのは、「復讐」の二文字。
「あの人間に執着するのは、構わんが…今度は助けぬぞ?」
「うるさい、うるさい!」
 山伏姿の忠告に、男は噛みつくばかり。まるで駄々っ子だ。
「小童、忘れたか? 左腕を失い、消滅しかかったじゃろう」
 隻眼の男は唇をかむ。十年前、左眼を奪った弓術師に、後れをとった。
 瘴気が霧散し、崩れ行く体。追われ、魔の森に逃げ込む。
 最後の力を振り絞り、幻影を見せた。追ってきた弓術師を、何とかあざむく。
「ご安心を、今度は負けません。まず、人間どもを食らってから、戦いますから!」
 隻眼の男は、巨大な影を見上げる。己が主に向かって、宣言した。


 魔の森を遠目に睨む、理穴軍。じりじりと戦線を下げられていた。
 湧き出るアヤカシの群れ。あちこちで伝令が入り乱れていた。
「透明で、薄っぺらいアヤカシ? そんなもんは、見たことないぞ!」
 弓を手にした、ギルド員。尋ねられ、素っ頓狂な声をあげた。
「確かに、鑪の矢吹丸(たたらのやぶきまる)とは、十年以上戦ったが…」
 朝焼け色の瞳を細めた。栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、唸り声をあげる。
「矢吹丸は、吸血鬼だ。あいつの配下なら、不死系アヤカシのはず」
 隻眼の中級アヤカシ。個の強さを求める吸血鬼種にしては、団を操る、珍しい存在。
「魔の森からくるアヤカシの中には、不死系が混じっているんだろう。気をつけろ。
ああ、感染能力を持つ。食らった人を、同じ不死系アヤカシに変えるアレだな」
 吸血鬼は血を吸う。血を吸われ殺された者は、不死系アヤカシとして完全な支配下に置かれた。
 不死系アヤカシ…例えば、屍人や屍狼、食屍鬼も似た能力を持つ。殺された者は、不死系アヤカシへ。
「矢吹丸が指揮するなら、理穴軍の志体の無い者を、まず狙う。確実に、自分の戦力を増やすはずだ。
その隙に、未知のアヤカシを投入…。邪魔な志体持ちを、混乱に乗じて狙うだろうな」
 透明で、薄っぺらいアヤカシ。神出鬼没で、突然、襲いかかってくるらしい。
 まず、足元がキラキラしたとか。先に丸いモノが、飛んできたとか。
 報告は噂の域を出ないけれど。
「後ろの巨大なアヤカシも気になるが…今の理穴の戦力じゃ、そこまで手が回らん。
武天や朱藩の援軍を、待った方がいいだろう。飛空船で目指していると、情報が入った」
 乱れつつある、理穴軍の戦線。他国からの援軍の報が、辛うじて士気を保っていた。
「今は勝つより、耐えきることが先決だ。味方が来るまで持ちこたえれば、活路は開けるはず」
 ギルド員の声に、力がこもる。アヤカシの軍勢は、戦う者たちの体力を奪っていた。
 人間には、休息が必要だ。だが、アヤカシには不必要。
 不眠不休の三日間が、幕を開けようとしていた。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 胡蝶(ia1199) / 羅轟(ia1687) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / 和奏(ia8807) / エルディン・バウアー(ib0066) / デニム・ベルマン(ib0113) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 海神 雪音(ib1498) / 杉野 九寿重(ib3226) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / リィムナ・ピサレット(ib5201


■リプレイ本文

●一日目
 午前中は、曇り空だった。深夜には、土砂降りに変わる。
 雨に打たれながら、武天の飛空船が到着した。


「昔、理穴の東部は、自然があふれていた。この飴湯の材料も、そこで採れたんだ。
…今は魔の森になってしまって、昔と同じ味の再現は難しくなったもんさ」
 飴湯をよこしながら、弥次は昔を懐かしむ。開拓者に渡された、栃面家の飴湯。
 たった一杯の飲み物。けれど、甘味どころ理穴の歴史の一端が、秘められていた。
「よろしく頼むわね」
「こちらこそですね」
 飲み終えた胡蝶(ia1199)は、犬耳を持つ杉野 九寿重(ib3226)に声をかける。笑みが返ってきた。
「援軍が来るまでの三日…私たちで戦線を維持するわよ!」
「もちろんですね」
 九寿重は、所属小隊の責任者の号令に頷く。胡蝶は背中を預けてくれた。
 会話を聞いた柚乃(ia0638)は、小さな握りこぶしを。
「開拓者にも、兵士一人一人にも…帰りを待つ者がいる。だから…」
 一人でも、多くの命を守りたい。持てる力で、尽力したい。
 飾り付けた不死鳥の羽根が、ふわりと動く。燃え盛る炎のように、赤く艶やかな羽根。
 どのように扱っても、一晩のうちに元通りとなる、不思議な羽根。人の心は、それ以上に強い。
「これは…生きる為の戦い…」
 紫の瞳は、前を見た。炎のように、情熱的な声音が響く。
「微力でも、手助けになれれば」
 柚乃は懐中時計を取りだした。精霊の力と瘴気の流れを、計測する力があると言う。
 未知なるアヤカシを求め、時計の針が動きだした。


「ふああ、おはよー!」
 おおあくびをしつつ、青い瞳をこする。リィムナ・ピサレット(ib5201)のお目覚めだ。
 十分、寝た。これで長時間休み無しでも、戦えるはず。四人姉妹の次女は、それなりにマイペース。
「三日間か…。此方の開拓者の人数から見ても、厳しい戦いになりそうだな」
 珍しいことだった。滅多に感情を表に出さない、琥龍 蒼羅(ib0214)にしては。
 僅かばかり、黒い瞳が細められる。思わず、口の中で呟くほどの状況。
「感染能力を持つアヤカシに関しては、事前に見分けられるのであれば優先して倒すべきだろうな」
 斬竜刀「天墜」を鞘におさめたまま、蒼羅は言う。抜刀術を得意とする身。
 遠くには、移動速度が鈍いアヤカシの集団。擦り切れた野良着は、元理穴の住民と察せられた。
「後は未知のアヤカシ、だが…。こうも数が多くては、心眼による探知も難しいかも知れんな」
 今から蒼羅が相手をする集団だけでも、百人近い。
「あたしは、真っ先に狙われやすいと思う。殲滅力や継戦力が共に高いから!」
 ピッと手を上げる、リィムナ。見上げる視線は、真剣だった。
「あ、戦場全域に、充分な数の松明や薪による篝火を用意しなくちゃ」
 思いついた意見も真剣。夜も徹しての戦いになるはず。
「戦闘は最低で十二時間は継続し…休憩は十二時間ほど取りましょう」
 海神 雪音(ib1498)が、会話に入ってきた。戦線に開拓者がいなくならないか、心配している。
「また戦況や身体の調子によっては…もっと休憩がかかるかもしれません」
 雪音の頭で、マギサークレットも心配していた。叡智を授ける石、黄玉が光っている。
「この格好で前線にいれば目立つでしょう」
 デニム(ib0113)は、己が装備を確かめる。囮を買って出た、未知のアヤカシをおびき寄せる。
 ふっと、視線を感じた。幾度か、またたきする。
 青い瞳が、遠慮がちに見上げていた。アーニャ・ベルマン(ia5465)は、弓持つ両手を下に降ろしモジモジ。
「あのね、私、どんなに困難な戦いでも、デニムがいてくれれば無事でいられる気がするんだよ?」
 おてんばさんの頬が、少しだけ染まった。どれだけ明るく活発でも、やっぱり女の子。
「行こう、デニム!」
 恋人にむけて、デニムは手を伸ばす。アーニャの手を包みこんだ。
「僕は一部隊に加えてもらい、最前線で戦います」
 シュタインバーグ家の次期当主は、きっぱりと言い放つ。民の盾となり正義を貫く、それが騎士だと。


 眼を閉じていた、羅喉丸(ia0347)。思考の海から帰還する。
「透明で薄っぺらいアヤカシ…対策として、鳴子を用意するのはどうだ?」
 一計を案じた。透明であっても、鳴子にかかれば位置が知れるはず。
 休憩の間も、時間は無駄にしない。兵士と共に、鳴子を作って行く。
 和奏(ia8807)は、思考錯誤が苦手らしい。何割かは、ぼんやりした性格の所為。
 それでも、懸命に考えた。
「目に見えるものと、心眼でしか見えないモノがありそうですね」
 ゆっくりと傾げられる首。もの憂げに細められた、黒い瞳。器用な指先は、鳴子を制作して行く。
「前線にそって、横並びでムスタシュイルを仕掛けてみますよ」
 隣のエルディン・バウアー(ib0066)は、腰をかがめていた。鳴子が絡まないようにまとめて行く。
 材料も、人手も限られた中で、数本完成した。しかし、仕掛ける場所が難しい。
「人手は、いくらあっても足りない状況ですが、神は私達の戦いを見守っています」
 神教会の神父であるエルディンは、鳴子を兵士に手渡した。輝く聖職者スマイルと共に。
 聖職者の誓い。アヤカシに苦しめられている人を、助ける事が使命。
「鳴子等の設置を行うなら、手伝おう」
「救護所のまわりにも、仕掛けておくか?」
 无(ib1198)は、ひょいと視線をなげかけてくれる。羅喉丸は、頭を掻きつつ見渡した。


 羅轟(ia1687)は商用小型船起動宝珠を、不破 颯(ib0495)に手渡す。理穴軍と共に、乗り込むらしい。
 気を利かせた兵士が、颯の持つ小型宝珠砲を受け取る。宝珠砲を船に設置する作業中だ。
「味方さえ…越えれば…後は…敵のみ。ただし…商用船…敵接近時は…無理せず…後退」
「墜落はごめんさぁ、肝に銘じておくよぉ」
 会話を単語や熟語で済ませる、羅轟。空中移動砲台化していく船を、黒い瞳で見つめる。
「全く、望ましくない形の帰郷になったもんだ。暫くぶりに来たら、故郷がピンチとはなぁ…」
 口数少ない相手の視線を、颯も追った。颯は、理穴の武家の長男として生まれた身。
 颯の隣で、鷲尾天斗(ia0371)は、無意識に左腕をさすった。とある大アヤカシにやられた左腕がうずく。
「天気は僕に任せて」
 狐耳が動いた。アルマ・ムリフェイン(ib3629)は空を仰ぎ、瞳を閉じる。
 まぶたに、三日間の天気が映り込んだ。芳しくない、大荒れ予報。


 乗り込んだ飛空船は、巨大アヤカシに近づいていた。
 光の向こうに見えた魔の森は、なぜか白っぽく見える。大地の色がおかしい、そう感じた。
「大アヤカシまで出張るとはなァ…クヒヒ、面白くなってきやがったぜェ」
 黒く変色し、全ての皮膚感覚を失った、天斗の左腕。包帯を巻かねばならぬ、左腕。
 それでも、まだ動く。誰かの悲しみを消せた時だけ、少し楽になれる。
「やってやらァ!」
 宝珠砲に、力強く乗せられる右腕。そっと添えた左腕が、後押しする。雄叫びとともに、発射される光。
「響鳴弓と月涙、どちらが効くかねぇ?」
 颯は泰弓「烏号」を引き絞る。まずは響鳴弓から。黒い弦から、矢が放たれた。
 弦は別離の際の鳴き声のように、矢は女性の声のように、悲しく響く。背中に突き刺さった。
 巨大アヤカシは、振り返る。飛空船を睨んだ。呼応するかのように、一本の太い岩柱が突き上がる。
「…って、反則だろぉ!?」
 岩柱が間髪おかず、砕けた。環を描きながら、降り注ぐ。
 後に「乾坤防陣」と名づけられる、巨大アヤカシの技法。飛空船は、鋭い岩石を避けきれない。
「退くんだァ!」
 天斗の声と共に、飛空船が急激に傾いた。損傷が激しい。味方の陣地に向けて、飛空船は速度を上げる。
 吹き荒れる風、激しく波打つ黒髪。急降下する船体に、颯は押しつけられる。
 それでも、弓を構えた。巨大アヤカシに向かって、矢を放つ。
 目標以外は、何も射ぬかない技法。月涙の矢は、船体を突き抜ける。
 直後、腹を震わす音が聞えた。颯、一矢報いる。


●二日目
 昼過ぎに、土砂降りだった雨が上がった。
 夜遅く、ぬかるんだ大地に、朱藩の飛空船が着陸する。


 アヤカシの前で、巨躯がそそり立った。重厚な金属音を響かせながら、羅轟が動く。
 酒天の鬼面頬の下から、くぐもった声がした。面頬は、「鬼」の如き形相をしている。
「前は…我が…受け持つ。援護は…よろしく」
 八尺近い身長は、戦場を良く見渡せた。兵士たちの盾となれる。
 低く静かな声。身体の奥底で渦巻く、闘志。理穴の兵士たちに、伝わっていく。
「千里の道も一歩から。行こう!」
 羅喉丸は先陣を切る。履いた理穴の足袋は、大地を踏みしめた。
 森林の中でも活動できるよう、設計された足袋。雨でぬかるんだ大地でも、踏み損なう事が無い。
 羅喉丸は、数多く持つ履物から、この足袋を選んだ。森の住民と呼ばれた、理穴の民が作り上げた足袋を。
 戦闘の始まり。羅轟の金属音が走りだした。弓をひく音が、後ろから聞こえてくる。
 一本、二本。矢が羅轟を追い越していく。離れた前方で、複数のアヤカシに突き刺さった。
「常に…多数で…敵一体を…集中攻撃し…倒す!」
 またたきする間に、巨躯が消えた。アヤカシの真ん中、数歩離れた所に現れる。
 もう一歩前へ。力強く踏み込まれる足。金属音が地面を揺るがす。
 短い呼吸、気合。羅轟を中心に、野太刀が丸く振られた。数多のアヤカシをなぎ倒す。
 ぬかるみに足を取られ、転倒する兵士。アヤカシの蹴りが襲い来る。
「大丈夫か?」
 落ち着いた声。アヤカシに繰り出される、掌底打ち、羅喉丸の背中が、転んだ兵士をかばう。
 今度は、自分が助ける番だ。子供のころ、アヤカシから羅喉丸を助けてくれた、泰拳士の背中のように。
 後方で紫色に淡く発光する符。胡蝶の手元から、符「幻影」が消えうせる。
 変わりに、手先が輝きだした。眼前で苦しむ兵士に、差し伸べられる。
「陰陽師の胡蝶、理穴軍の助勢に参戦するわよ」
 金色の髪が踊った。左右の耳の側で、蝶を模した髪飾りも踊る。
「私が前線に居る間は、誰もアヤカシに感染させはしないわっ。
…死傷者が減れば、感染によるアヤカシの戦力増加も防げる」
 天の邪鬼の胡蝶は、『善意は甘さ』と言い切る。でも、人の窮地を放っておけない。
 釣り上がった碧眼が、更にキリリとなる。気が利かぬ、近くの兵士に命令を。
「ちょっと、力を貸しなさい」
 兵士の足の傷は治療したが、軽い瘴気感染を起こしている。胡蝶一人では、運べない。
「味方がアヤカシに変化するのを見たいの?」
 慌てて他の兵士が肩を貸し、怪我した者を後方に下がらせた。救護所へ急ぐ。
 胡蝶も、一緒に下がる。練力が尽きた。瘴気回収で回復しなくては。
「…さっきの兵士は助かりそうですね」
 肩で息をする九寿重も、退いて来た。救護所へ、視線を向ける。胡蝶は軽く息を吐いた


 飛空船は、巨大アヤカシの頭上を取った。
「精霊砲をたのむよぉ」
 武天の兵士と共に、颯は飛びおりる天斗を援護する。矢を複数つがえ、でたらめに放った。
 昨日食らった巨大アヤカシの岩柱は、続けて召喚できないようだ。砕けた岩を、片っ端から撃ち落としにかかる。
「邪ァァァア!」
 天斗は迷わず、飛びおりる。墜落など恐れない。懐の白き宝珠が、守ってくれる。
 構えた魔槍砲「アクケルテ」から、熱気が吹き荒れた。その砲撃は、死を意味すると噂されるほど。
 巨大アヤカシに、直撃した。頭を吹き飛ばすつもりだった。
 吹き飛んだのは、右耳。巨大アヤカシは、直撃の煙の中で、笑うそぶりを見せた。
 巨体を傾け、地面に腕を突き刺す。血管のように、身体の表面が波打った。
 再生する右耳。後に「吸根技」と名づけられる、巨大アヤカシの回復の技法。
「もっと遊ぼうぜなァ!」
 天斗は苛立つ。降り立ったアヤカシの頭に、魔槍砲を刺した。次いで宝珠銃を構える。
 ウィマラサースの発動。洗練された、無駄の無い動き。敵の攻撃は受けるのではなく、さばくもの。
 視界の隅に、反転し、戻ってきた飛空船が映る。颯によって、荒縄が垂らされていた。
「またなァ!」
 天斗は、荒縄に手を伸ばす。飛び移りついでに、巨大アヤカシの頭を蹴ってやった。


 刀「鬼神丸」から、風の刃がほとばしる。渦巻く風は、和奏を守っていた。
 黒い瞳は悩む。なぜか薄っぺらいアヤカシの接近が、分からない。
「五番区画に反応あり。至急、戦闘態勢を整えてください」
 エルディンの声が、警戒を促す。人魂でさがすも、无の目には引っ掛からない。
「どこにも居な…」
 突如、薄っぺらいものが広がった。包みこもうとする相手に、无は魂喰の式を。
 和奏は落ち着いて、恐るべき速度で刃を走らせる。北面一刀流奥義「秋水」の名のもとに、斬り伏せた。
「さすがです。人数が足りなければ、一人が二〜三人分の働きをしないとね。百戦錬磨の私達なら可能なはず♪」
 キラキラ聖職者スマイル。二人の連携に、つい激励してしまうエルディン。
「できるだけ数を減らしておければよいのですけど…」
「自分という枠を知るが肝心かもね」
 和奏の言葉に、无は憂い顔になる。
「私のムスタシュィルでは、分かるんですけどね」
 エルディンの魔法。侵入者の存在と、対象が瘴気を纏っているかを知らせる。
「心眼『集』との違いでしょうか?」
 和奏の技法。無機物に擬態したアヤカシを探る場合は、少々不利なくらいだが。
「新たな枠を得られるかね。やらないは枠の内、やれないは枠の外」
 眼鏡を外し、直感に頼ろうとする无。答えはあるはず。


「守ってあげられなくて、ごめんね」
 震えるアーニャの声。クロスボウ「オティヌス」を持つ手も、微かに震えている。
 狙いが定められない。前方で殺された味方が、起き上がっていた。
 引きちぎられた頭、瘴気に侵された身体。首から流れる血潮は、まだ脈を打っており、吹きだす。
 現実が目の前にあった。不死系アヤカシに殺された者は、同じ不死系アヤカシにされる。
「キミ、泣かないの?」
 面白そうに、矢吹丸がアーニャを観察する。アーニャの青い瞳が、大きくなった。
 何を考えているのか分からない人は、近寄りがたい。アヤカシの考えなど、分かりたくもない。
「命に替えても、彼女に指一本触れさせはしません」
 凍えるほど、張り詰めた声がした。魔剣「ストームレイン」を構えたデニムが、走り寄る。
 矢吹丸とアーニャの間に立った。前日から降り続く雨が、抜き身の魔剣に大粒の滴を宿らせる。
 濡れた刀身に、嵐の風のような縞模様が、浮かび上がった。デニムの心の如く。
「前線で斃れた(たおれた)人…故人を救う為です」
 魔剣の宝珠が光を宿す。水の精霊の力を宿した宝珠は、雨にぬれて泣いていた。
 涙を飲んで、アーニャは矢を放つ。足に矢が突き刺さり、それでも歩みを止めぬ死体。
 デニムは盾を構え、一歩前に。押し返す。倒れる死体を上から抑え込み、魔剣で大地と繋ぎとめた。
「君に仲間を殺させないよ…ごめんね」
 不死系アヤカシを前に、アルマは歌う。バイオリンの音色に乗り、広がる音。魂よ原初に還れ。
「アヤカシを盾にしたって無駄無駄〜〜、私に認識されたら逃げられないんだから」
 極端に弾ける、アーニャの口調。直後、無我の境地に入った。
 無言のまま、矢吹丸へ矢を射る。薄緑色の気を纏う弓矢、月涙が放たれた。
「弓術師ね…」
 矢吹丸の額にしわが寄る。十年前、消滅しかかったのも、この技法が原因。
 障害物を、全てすり抜ける矢。矢吹丸は身をひるがえし、あえて左腕に受けた。
 避けられぬなら、犠牲は最小限にする。後で回復すればいい。昔のように。
「青龍・九寿重、ここに推参ですね」
 道場宗主の縁戚、九寿重が踏み込む。首魁を見つけた。左腕を狙う一刀が、矢吹丸に。
 散り乱れる燐光。紅蓮紅葉の明りを受ける。九寿重は、赤を纏っていた。
 ピンと立った犬耳が、赤く燃え上がっているように見える。雨さえ、蒸発させるかも。
 デニムの瞳は、矢吹丸を許さない。アルマの音が後押しする。
 死体を乗り越え、走る。走る。魔剣で横薙ぎに。
「興ざめだよ」
 声と共に分裂する、吸血鬼の身体。数多のコウモリが、雨空に舞った。
 アーニャの乱射が追う。だが、数が多い。本体のコウモリに逃げられた。


 リィムナの超越聴覚は、思わぬ声を拾っていた。仲間に聞いた会話を伝える。
『鬼岩坊(きがんぼう)の爺さん、がんばるね』
『鑪の小童、高みの見物か?』
『爺さんだって、玻璃小石(はりこいし)に任せてる癖にさ』
 しわがれた声と、若々しい声。気になる単語が、いくつも飛び交っていた。
「鬼岩坊に、玻璃小石…か」
 蒼羅の表情は揺らがない。淡々と刀に練力を込める。一気に振り返った。
 刀は、直線上の風の刃を生み出した。複数の敵を巻きこみ、細切れにする。
「抜刀両断、ただ…断ち斬るのみ」
 幾多の戦闘で磨かれた技術は、長大な刀身の斬竜刀をも使いこなす。一薙ぎで、数人のアヤカシが真っ二つになった。
 蒼羅はどんな状況でも、落ち着き払っている。冷静に戦況を見極めていた。
 ピクリと片眉が上がった。悲鳴が聞こえる。アヤカシが居ないはずの後方だ。
 矢吹丸の置き土産、魅了による兵士の操り人形。
「あっちで同志討ちをしてるよ!」
 見つけたリィムナは、急かせる。安らぎの子守唄なら、洗脳を溶けるはず。
「…俺は治療役の護衛を中心に行動する」
「分かりました…よろしくお願いします」
 後衛を守っていた蒼羅は、リィムナを従え後退に転ずる。雪音は弓持つ手を休めないまま、答えた。
「キラキラや丸いのに注意してね」
 勝気で強気なリィムナは、戦場から離れて行く。大きく手を振りながら、雪音の無事を願った。


●三日目
 朝から強風吹き荒れた。ぬかるんだ大地は、乾かない。
 そして、魔の森に砂嵐が巻き起こる。


 救護所で羅喉丸は、大息を吐く。休憩ついでに、兵士を運んできた。
 柚乃の眉が寄せられる。兵士は虫の息だった。
「助かるか?」
「…確信が持てぬコトには、触れる気はありません…できないんです…」
 羅喉丸の問い。柚乃の薬草術を持ってしても、確率は五分五分だろう。
「それでも、望みはあります」
 柚乃の視線は、居合わせたアルマに問う。生死流転を使うから、その間に蘇生できるかと。
「聖歌にも蘇生にも、力を割けないのが歯痒い、でも、…せめて、出来る限りを尽くそう」
 狐耳が力強く動いた。たまたま、アルマも休憩中だった。偶然は、きっと必然。
「戦うのも大事だ、でも戦いはこれから」
 アルマの組紐「若葉桜」が大きく頷く。両端で、桜茶の茶殻が詰められた布製の桜花が弾んだ。
 敬慕する、浪志組の祖がくれた桜茶。志の桜茶。浪志組の色、黒と赤を編んだ組紐と共に。
「戦力としても、人としても、此処で貴方が命を繋ぐ意味は大きいよ」
 アルマは膝をつきながら、兵士に語りかけた。笑顔で鼓舞する。
 と、鳴子が響いた。救護所にアヤカシが接近している。羅喉丸が外に飛び出した。
「死中に活あり」
 羅喉丸は気力をつぎ込み、肉体を極限まで高める。素早い山伏姿の顔面に、三連撃を叩きこむ。
「やるのう、若いの」
 楽しげに笑う山伏姿。岩のような肌が変化していた。
 殴ったはずの羅喉丸、口元が引き締められた。固い。
 隙をついて、和奏の一刀も加勢に入った。たたらを踏み、後ろに下がる山伏姿。
「知らないアヤカシさんも、いらっしゃるようですし…鬼岩坊の爺さん?」
 ふっと、問い掛けてみる和奏。山伏姿は片手で顔を覆い、指の隙間から、じろりと見やった。
「ほう…ワシを呼ぶか」
 山伏姿に、動揺が見られた。今まで、人間から名を呼ばれたことはない。
「玻璃小石は、もう片づけましたよ。透明な小石に擬態するアヤカシですか、正体に悩まされましたね」
 和奏の後ろで、エルディンが口添えする。
「襲う時は伸び広がり、薄っぺらくなる…これでは、簡単に見つかりませんよね」
 大げさにエルディンは、講釈する。未知のアヤカシについて、種明かしを。
 図星だった。驚いた山伏姿の肌が元の色に。
 エルディンは精霊槍「マルテ」の先端を、山伏姿に向ける。槍の先端から、白い吹雪が巻き起こった。
 山伏姿は白の中に、閉じ込められる。羅喉丸と和奏は、走る。反撃は今しかない。
 好機が何度もあるわけがない。一寸先には、地に伏しているかもしれない。
「甘いのう」
 再び、山伏姿の肌の色が変わる。同時に玻璃小石を取り出し、投げつけた。
 透明なアヤカシの壁が、開拓者と山伏姿を隔てる。


 大地を揺るがす雄叫びが聞えた。魔の森の上空に、砂嵐が渦巻く。
「これは、なかなか激しいですね」
 无は口の中の砂を吐きだした。懐の宝珠に引っ込んだままの尾無狐に、呟く。
 隣では、咳こむ朱藩の兵士が。飛空船の甲板は、砂まみれであった。
「砂嵐でござんすか。これでは、前が見えやせんよ」
 宝珠砲を操っていた者は、涙目だ。碧(あおい)と名乗った、朱藩の若き臣下。
「敵の砂嵐は、一直線に進む…と。視界不良にも注意ですね」
 風読のゴーグルをかけていた无は、辛うじて視界を保っている。手帳に視線を落とした。
 新たな情報を書き加える。先ほどから、人魂と望遠鏡で観察していた甲斐があった。
 新たな巨大アヤカシの技法が、判明したのだ。「妨塵砂」と名づけられる。
「巨大アヤカシの正面に行かなければ、砂嵐は食らわないようですね。先行隊の退路確保に…」
 冷静に状況の精査を行う、无。図書館で書物整理と調査を行う、司書調査員だけのことはある。
「父殿、正面でござんすよ!」
 碧の声に、朱藩の飛空船が進路を変える。わざわざ、巨大アヤカシの真正面に向かった。
 飛空船の船員は、血の気が多い。船長をはじめ、元空賊たちは、空に命を賭けている。
「…覚悟を決めましょうか」
 无はため息をつく。強風が吹き荒れる空。各国の飛空船が、巨大アヤカシを包囲した。


「…行きます」
 表情の変化が乏しい雪音。思わぬ行動に出た。一番に焙烙玉を投げ飛ばす。
 淡々した口調で話すため、誰も予期していなかった。
 弧を描き、飛んで行く焙烙玉。羅轟と蒼羅から少し先の距離で、炸裂する。
 理穴の兵士の一部で、拍手が出たのは、仕方ない。空の上から、焙烙玉を落としていた兵士が原因。
「…さてと」
 雪音は、自分の弓矢に手を伸ばす。茶色の瞳は、更に真剣な色を纏った。
 矢を番えた際に、より強く弦を引く。高ぶる集中力を、矢に託して放った。
「…退け」
 羅轟は転んだ兵士を、無理な姿勢でかばう。アヤカシの群に、咆哮をあげた。
「アーニャ」
 追っていた小石が邪魔だった。デニムは、恋人の名前を呼ぶ。盾を構え、突っ込んでいく後ろ姿。
「デニムが頑張っているなら、私だって手伝いたいから」
 アーニャは烈射「流星」を放つ。道を切り開くこと。それが、今、できること。
「胡蝶、お願いですね」
 兜「香車」をかぶった九寿重も続く。前進しかできぬ将棋駒、香車。
 吶喊して行く犬耳に重なる。戦における不退転の決意
「助太刀するわ」
 右手に生まれいずる式。胡蝶の斬撃符が、風に乗る。
 式に切り刻まれ、霧散し始めるアヤカシの瘴気。息の荒い兵士の耳に、声が聞える。
「負けんなァ!」
 一つの号令が、戦場を鼓舞する。天斗の戦陣をうけ、前線は強さを増した。盛り返す。
「魂を砕いてあげるよっ! 食らえ鏖殺の交響曲!」
 敵は近付いていた。リィムナはフルート「ヒーリングミスト」を吹く。
 柔らかく優しい音色を奏でるという、木製の管楽器。似合わぬ、荒々しき曲が奏でられた。
 魂を原初の無へと還すといわれる楽曲。本来は荒ぶる神霊を鎮めるために、編纂された曲。
 霧の精霊の加護を受けたフルートの音色は、見えぬまま忍びよった。アヤカシの足元で膨れ、飲み込む。
「…やっと一区切りだねぇ」
 空から矢を射っていた颯は、張り詰めた空気を解いた。魔の森の砂嵐が止んでいる。
 各国の飛空船が帰ってきた。『巨大アヤカシとアヤカシの群れ、魔の森に撤退せり』の報と共に。