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■オープニング本文 ●温泉へ行こう! 浪志組の屯所に、しっぽを持つ双子がやってきた。猫族(にゃん)と呼ばれる、泰国の獣人である。 「勇喜(ゆうき)と一緒に、温泉来て欲しいのです」 「伽羅(きゃら)と一緒に、温泉行って欲しいのです」 出迎えた隊士は、しゃがみこみ視線を合わせる。大人しい白虎しっぽの兄と、元気な虎猫しっぽの妹。 「えーと、司空隊長は今、居ないの知っているよね?」 「姉上、五行に行ってるです」 こくんと頷く、双子。九番隊隊長、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の弟妹になる。 「がう。姉上から、温泉の招待状預かったです。『浪志組の皆様に渡しなさい』言ったです」 「にゃ。姉上、『浪志組の皆様誘いなさい』言ったです。『とーじ』って、なんです?」 分かりにくい双子たちの言葉。答えられない隊士は、九番隊の隊士たちを呼んだ。 差し出された招待状と、双子の話を総合し、皆で考える。 「…司空さん、湯治に連れていくつもりだったんですね」 招待状には、温泉の行き先と、数人の隊士たちの名前が書かれていた。 五行の合戦で深い傷を負った者たちの名前が。 浪志組の庭で、カコンと鹿威し(ししおどし)の音が響く。 「…ふむ、言うておらんかったかのう? わしゃ、行くのが楽しみだったんじゃが。 止めるつもりなら、ギルドに言わんと。虎の嬢は、兄さんに相談しとったはずじゃ」 相談された隊医のご隠居先生は、のんきにお茶をすすった。 …湯治計画の発表を忘れていたことは、黙っておく。 隊士たちは招待状を持って、開拓者ギルド本部を訪れた。さすがに、急過ぎる。 「えー、浪志組の皆さん、知らなかったんですか!? 出発は明日ですよ!」 受付で虎猫しっぽを揺らし、猫族の青年は驚く。司空家の長兄の喜多(きた)は、ギルド員である。 「妹は五行へ行く前に、上の人や、隊医の先生と相談して決めたって、言っていたんですけど…」 日程とか、食材の手配とか、既に済んでいるらしい。恐る恐る聞く、ギルド員。 「まさか、中止しないですよね? 泰国からうちの両親や旅泰の親戚が、理穴を目指しているんです。 飛空船を準備するのは、大変なんですよ。皆さんの怪我に響かないように、移動する必要がありましたし。 それに、理穴の温泉郷の人々にだって、ちゃんと許可を得たり…いろいろ手間暇が必要だったんですから」 旅泰は泰国の交易商人だ。春の天儀では取れぬ、食材を運んでくれている。 猫族の住む泰国の南部は、一年中温暖な地域。天儀の初夏の野菜が、一年中採れるのだ。 そして司空家の実家は、代々続く料亭。元開拓者の若旦那は、天儀料理も作れた。 「あ、湯治に同行する皆さんも、募集済みなんですよ。ほら、後ろに居る方々です」 隊士たちの背中に、開拓者の瞳が向けられる。『温泉行きたい』と、懇願する視線。 開拓者は、猫族兄妹の相談を偶然聞いた。浪志組の医者と、泰国の薬膳医つきの温泉宿泊。 相棒の中にも、怪我人はいる。相棒の入れる温泉もあるなら、一緒につれていってやりたい。 ざわめくギルドの一角で、猫族の双子はのんきだった。しっぽを揺らし、ひそひそ話。 「がう、兄上と藤(ふじ)しゃん、お誕生日過ぎたです。温泉でお祝いするのです」 長兄の喜多は、四月二十六日が誕生日。二十三才を迎えた。 藤は、長兄の飼い子猫又。四月二十九日で、三才に。 「にゃ、父上や母上にも、早く会いたいのです。イワナ、釣ってあげるのです♪」 「がるる…花月(かげつ)しゃんたちも来るです。伽羅しゃん、忘れてるです?」 「伽羅、忘れてないのです! ヤマメも釣ってあげるのです」 白虎の又従兄妹も来る。双子にとっては、遊んでくれる兄貴分と姉貴分。 猫族は魚が好き。双子なりに、大好きな人たちへの贈り物を考えていた。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
鹿島 紫(ic0144)
16歳・女・砲
鹿島 綾(ic0145)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●温泉へようこそ 「藤ちゃんのお誕生日のプレゼントに、おっきなお魚を釣るんだ♪ 雪那も手伝ってね!」 やる気だった。ミラージュコートを脱ぎ飛ばした、神座亜紀(ib6736)。 からくりの雪那は、律儀にコートを拾いあげる。同時期に三体作られた長男にあたるらしく、面倒見がよい。 対して亜紀は、神座家三女。年相応な、子供っぽい面を見せることもある。 「という事でボクは、伽羅さん達と釣りに行くよ」 長男のからくりと、末っ子の魔術師は相性が良いらしい。 雪那と腕を組んでもらいながら、雪水川に移動。亜紀はご機嫌。様々な未来を思い浮かべる。 「釣りは初めてだから、餌のつけ方なんかは、ちゃんと教えてもらわないと。雪那はできる?」 「いえ、教えて頂きます」 ギロチンシザーズを懐で揺らす、からくり。これを釣り道具と勘違いしていたことは、黙っておこう。 藤を膝の上に乗せ、亜紀はご機嫌。猫が大好きなだけに、鼻歌も出てくる。 「藤ちゃん、期待しててね♪」 「うち、まっとるで。ほんで、半分は亜紀はんにあげるねん♪」 亜紀も藤も、同じ四月二十九日生まれ。変な所で、意気投合する。 藤の三毛猫しっぽが踊った。雪那と一緒に、餌を取り付ける勉強が楽しみだ。 「俺が此処に来たのは、俺自身より陽淵の為だからな」 琥龍 蒼羅(ib0214)は、相棒の駿龍を見上げる。琥珀色の瞳の陽淵は、不思議そうに瞬きを。 「この間の合戦でもよくやってくれた、この旅行の間はゆっくり休むと良い」 龍の透き通るような、藍色の体に手を伸ばす。通常の個体に比べ、小柄な体。 特徴的な形状の翼は、高速飛行時には、一枚の大きな翼となり安定性を高めてくれた。 陽淵と蒼羅は、友人のような関係だ。先日の戦闘においても、優れた連携を見せた。 直接戦闘は苦手だが、小回りが利き側面に回りこめる龍。高い機動性を生かし、主の戦闘を支援する。 お陰で蒼羅は、細かな指示を出さぬとも、安心して刀を振るうことが出来るのだ。 「陽淵は空の上が好きだからな、俺の事は気にせず好きなだけ飛んでくると良い」 蒼羅は何度もなでながら、感謝を口にした。疾風の手綱を離して、自由の身にしてやる。 長大な翼をゆっくりと広げ、陽淵は離陸の姿勢をとる。羽ばたくたびに、砂が舞い上がった。 少しずつ胴体が上がるにつれ、蒼羅との距離が開いて行く。蒼羅は片手を上げて見送った。 「激戦だったからね、先の合戦は。ゆったりと寛ぐとしよう♪」 温泉川に足先を付ける、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。水着に着替え済みだ。 甲龍のLOは、先に温泉を堪能中。小さく眠たげな眼は、何度も瞬きを繰り返していた。 「眠むそうだね、LO」 苦笑しながら、フランヴェルは相棒の翼を撫でる。視界の隅で、子供たちが動いた。 「伽羅ちゃんや勇喜君、藤君も一緒にどうかな? 亜紀君も、おいでよ」 猫と虎の耳が、ピコリンと反応した。亜紀と雪那も立ち止る。 「LOも喜ぶよ♪ …もちろんボクもね♪」 ショートカットの青い髪を掻きあげ、フランヴェルは笑った。LOも、龍しっぽを振って招く。 「護峰、どこで休みますか。確か、温泉川が丁度良いのかな?」 甲龍の背中を撫でながら、鹿島 紫(ic0144)は放浪する。紫の瞳で、あちこち探していた。 「紫、こっちよ」 「りょーさん、見っけ!」 河原で、手を振る人物を見つけた。紫は相棒を急かし、とてとて走る。 「遅かったわね」 くすくす笑いながら、鹿島 綾(ic0145)は出迎えた。 炎龍の晃雀は、待ちくたびれ中。しっぽの先を温泉川に浸けている。 「ねぇ、紫。今日は心行くまで、のんびりするとしましょうか?」 「明日は帰るもんねー。護峰たちには、ゆっくりして貰いましょうっ」 綾と紫が会話する間に、晃雀は温泉川に移動する。遅れて、護峰も川に進み出た。 でっかい龍二体、並んで座りこむ。器用にしっぽを動かし、全身にお湯を浴びた。 「私達は露店風呂に行って来るから。貴方達は、ここで寛いでいてね」 綾は赤毛をまとめながら、龍を見上げた。翼を動かし、晃雀は相棒に了解を送る。 「まず茹でられる源泉ですねー」 「源泉?」 「りょーさんと御風呂に入ってる間、温泉蒸しの餡饅を作って見ようかなって」 「あら、いいわね。やりましょう」 紫の提案に、綾は楽しげな笑みを浮かべる。紫は大切な相手、唯一呼び捨てにする相手。 「私とりょーさんのと、龍の分となので結構多めですねー」 紫は手を打ち合わせ、思案する。綾は大切な人、好意を込めてりょーさんと呼ぶ人。 同じ名字を持つ、紫と綾。二人の共通点は、角を失った修羅であること。共に冥越の出身であること。 違うのは、育ち。紫は人に捕らえられ、奴隷の様な扱いの中で育つ。そして、己の本当の名を忘れた。 綾は流浪していた所を、騎士系氏族に拾われる。養子として迎えられ、鹿島の姓まで与えられた。 「後は露天風呂にいきましょうっ。りょーさんの御背中、御流ししますよー」 「ん。それじゃ、背中をお願いしようかしら」 綾は赤毛を掻きあげる。まとうバラージドレス「フェニックス」のように、情熱的な深紅。 「まかせてください♪」 メイド服の裾を揺らしながら、紫は綾に飛び付く。 紫は同族に助けられ、自由の身となった。今はその恩人の従者として、行動を共にしている。 恩人に貰った、大切な名前と共に。 ●にゃんと泡展望 「花月さんと露天風呂に入るね。雪那は一応男の子だから、男湯に入ってね」 亜紀は、からくりに手拭を押しつけた。白虎しっぽを揺らす花月と手をつなぎ、脱衣場に向かう。 「約束の世界のお話だけど…希儀のお話がいいかな?」 「はい♪」 瞳を輝かやかせ、花月は喜ぶ。亜紀は花月の背中をこすりながら、さまざまな話をした。 「希儀にはヘカトンケイレスって、巨大な樹があったんだ。それに頭が幾つもある大きな蛇や、目が百個もあるアヤカシなんかがいたんだよ」 亜紀が言葉を紡ぐ度に、花月の表情が変化する。百面相は忙しそうだ。 「そうそう、希儀には変わったお料理もあるみたいだよ。喜多さんもきてるし、作ってあげたら?」 希儀料理指南書とオリーブオイルを、持ってきていた亜紀。花月に耳打ちした。 友達以上、恋人未満の喜多と花月。二人の応援をする。 断じて、亜紀が希儀料理を食べたい訳ではない…はず。 「…ふー、温泉にゆったり浸かるのは、最高だね♪」 フランヴェルは露天風呂の岩肌に、背中を預ける。桜色の山肌が、瞳に飛び込んできた。 「なにせ眺めも最高だ、可愛い子が一杯だからね」 瞳を閉じて、桜を思い出し、反芻する。フランヴェルにとっての桜は、山や周りに咲いている子たち。 紫は、ため息がもれた。洗った後、すべすべになった綾の背中。 「ぉー…」 湧き上がる衝動を抑えれない。うずうずと、人差指を伸ばす。 「―ぇぃっ!」 「ひゃわっ!? こ、こら、悪戯しちゃダメでしょっ」 裏返る綾の声。紫の指が、背中をなぞる。 「ふぇ?ぁ、ごめんなさいっ…すべすべでついっ―ひゃぅわ!?」 紫は、悲鳴を上げた。立ち上がると、綾の方が長身になる。 「ふふーふ、これは先程のお返しよ?」 勝ち誇った、満面の笑み。魔の人差指が、上から紫の背中を狙っていた。 紫は藤を洗うことを口実に、逃げ切る。そんな一部始終。 「まさに天国…」 フランヴェルは、照れ隠しに口を湯の中につけた。ぶくぶく…ぶくぶく…ザブン! ざぶん?盛大に沈む、フランヴェル。走ってきた藤が、頭の上に飛び乗った。 「ちょっと、貴方、大丈夫!?」 綾は驚きながら、湯の中に溺れかけた藤を救い上げる。 「ぷはっ!」 フランヴェルは、慌てて湯の中から顔を出した。 「ダメですよー。温泉で走ったら、危ないんですからねー!」 藤を洗っていた紫は、一拍遅れてやってくる。 「紫、何をしたの?」 「わかりません。洗っている途中で、急に走りだしちゃったんです」 綾の質問に、紫も疑問符をつけたまま答える。異常事態に、オロオロ。 「眼が痛いねん!」 「危ないから、暴れないで。ほら、じっとしてね」 「ボクに見せてごらん」 綾の腕の中で、もがく藤。フランヴェルが、藤を観察する。 「…石鹸の泡が、眼に入ったんだね」 子供には、よくあること。藤は紫に洗ってもらう最中に、面白がって、じゃれついた様子。 「驚かさないでくださーい」 「全部洗い流すわ。紫、この子を持っていて」 へたり込む、紫。原因が分かって幸いだ。綾から、藤を預かる。 「良い子だから、じっとするのよ。ちょっと我慢しなさいね」 桶を手にする綾は、容赦なし。直後、藤の絶叫が響いた。 露天風呂から上がった、蒼羅はぽつぽつと語る。水を吸った頭を、軽く振った。 「釣りは、まあ…得意な方だ。開拓者となる前の修行の際、山等に行ったときは、現地調達して調理していたのでな」 「勇喜、お魚、釣れないのです」 しょんぼりした、勇喜の虎しっぽ。釣りの結果は、散々だったらしい。 蒼羅は少し思案する。視線を緩め、待っている相棒を見上げた。陽淵が見つけたのは、山中の桜。 「少し時間があるな、寄り道するか。一度花見に行くのも、悪くないからな」 蒼羅の声に、陽淵は返事をした。風に乗って、空の散歩を誘う。 興味を持った、勇喜。蒼羅は相棒に乗せた。龍は、二人と共に空に浮かび上がる。 「そう言えば温泉蒸し、という調理法があると言っていたが…釣った魚で試してみるのも良いかも知れんな」 「料理なら、任せるのです!」 「ふむ…陽淵も魚は好物だからな、明日は釣りに付き合うとしよう」 勇喜は言い切る、実家は料亭。少しだけ自信を持った、虎しっぽ。 楽しげな陽淵の声。蒼羅は、優しげな視線を向けた。 ●相棒と温泉郷 陽淵。蒼羅の駿龍。 琥珀色の瞳は、川を見下ろした。今宵は、蒼羅の楽器の音が聞こえない。 「陽淵も聞いて行くか?」 蒼羅は、音楽を好む。本職の吟遊詩人に勝るとも劣らない、演奏技術を持っていた。 ただ、歌は得意ではないらしい。今は、勇喜の歌に耳を傾けている。 「楽器を持ってくるべきだったな」 微かに、リズムを刻む、蒼羅の指。指にはめた叡智の水晶が、一緒に動いている。 瞳を細める蒼羅。陽淵の翼も、リズムを刻み、左右に揺れ始める。 蒼羅が楽しいのなら、陽淵も楽しい。 LO。フランヴェルの甲龍。 「エルオーは、Lucent Obsidianの頭文字の略だよ」 黒曜石の様な光沢のある、黒く滑らかな鱗。温泉川で遊びながら、フランヴェルは教えた。 伽羅は不思議そうに、虎猫耳を倒す。泰国育ちには、ジルベリアの言葉が分からない。 風読のゴーグルをつけ直すフランヴェルには、妄想癖があった。 物事を自分の都合がいいように、脳内変換してしまう。 「もう少し大きくなったら、きっと理解できるよ」 幸せそうに言う、フランヴェル。LOは、大きく翼を広げて同意した。 雪那。亜紀のからくり。 研究者である亜紀の父が、とある経緯で手に入れた一体らしい。 でも、おねだりの結果、亜紀のものになった。 「雪那、これ、上手く焼けないよ!」 月の帽子の先端の飾りが、ぶんぶんと激しく動いた。亜紀が普段やる、大人びた言動も形無しだ。 「もう少し、火加減を強くするんだ?」 料亭の飼い子猫又の藤。三毛猫しっぽを揺らして、助言をする。素直に聞き入れる亜紀。 雪那は、苦笑をうかべた。亜紀の子供ゆえの我がままも、直るかもしれない。 護峰。紫の甲龍。 修羅にしては、膂力より器用さに長ける紫を眺める。料理など、お手の物の相棒。 「腹が減っては戦は出来ぬ、ですよっ!」 ドリームフェザーハットをかぶり、花月を応援している。希儀の料理が食べたいと。 実は、若干はらぺ子属性。好き嫌いは無く、美味しい物には目が無い。 「たぶん、ここは材料を混ぜるんですー。あとは蒸せば多分、だいじょーぶっ」 自信満々に言い放つ。作り方の分からない部分は、想像力を刺激する帽子にお任せあれ。 護峰は、源泉に向かう紫を見送る。どんな料理が出来るのか、護峰も楽しみだ。 晃雀。綾の炎龍。 相棒の綾は、面倒見が良い、柔和な性格のお姉さん。 そして、好物は甘味全般と言う、修羅。 「食べるなら、蒸し饅頭が良いわ」 サークレット「ダークネスレイヴン」を付けた綾は、妥協しない。不気味な雰囲気の冠が、後押ししてくれる。 「仕方ないわね…こしあんで手を打つわよ」 戦闘となると好戦的且つ、苛烈な性格が顔を見せる。料亭の跡取り、喜多に詰め寄った。 温泉蒸し饅頭は、晃雀も食べたい。甲高く鳴き、応援した。 ●魚釣りは豪快に 「今日は釣りかい?」 「はい。兄様たちが、先に準備してくれているんですの」 真っ白な白虎しっぽを揺らす、花月。双子に手を引っ張られている。 隣のフランヴェルの金の瞳は、どこか遠くを見ていた。 「ボクも小さい頃、兄さんと一緒に釣りに出かけたものだよ。懐かしい思い出だね」 ジルべリアの地方貴族のフランヴェル。当主だった兄は、亡くなってしまった。 争いが起きるのを嫌い、相続権を放棄した身。以来、浮き草のような生活を送っている。 「さて、釣ろうか! LOも釣るかい?」 温和で、人間の子供と遊ぶのが好きな龍。喜び勇んでやってくる。 「こう竿を持つ…口でくわえた方が早そうだね、LOは♪」 龍の煉獄牙を、外してやった。フランヴェルの殲刀「秋水清光」を使って、持ち方を教える。 「あーもー、釣れないよ!」 釣り糸を垂らしたまま、かんしゃくを起こす亜紀。隣の蒼羅は、三匹、四匹目と釣りあげているのに。 「落ち着いて下さい。根気です、根気です」 雪那は、なんとか亜紀をなだめる。初心者と経験者では、腕の違いは歴然だと。 頬をふくらませながら、亜紀は釣り針を見つめ続ける。藤が膝の上で、大あくびをした。 そよ風が吹き、桜の花びらが水面に落ちる。花筏は、のんびりと川下りを始めた。 「つまんないよ!」 「竿が!」 亜紀が再び叫んだとき、雪那の焦った声が聞えた。亜紀の竿が動き、水の中に引き込まれそうだ。 「亜紀はん、大物やで!」 藤は膝から飛び降りた。亜紀は立ち上がり、竿を引き寄せる。 …逆に引っ張られていた。亜紀はじりじりと川岸に、近づいてしまう。 「雪那、手伝って!」 悲鳴に近い声。雪那にささえてもらい、二人で竿を引く。確かな手ごたえ。 思いっきり、空中に引っ張り上げられた魚。 「やった♪」 亜紀の歓喜と、釣り糸が切れるのは同時だった。魚は水面に向かって、飛び込みを決行する。 とっさに雪那が動いた。手を伸ばし、突壊攻を発動。加速しながら、魚をつかみ取る。 「雪那、ありがとう♪」 釣りざおを握ったまま、亜紀は嬉しそうだ。腰まで伸びる白い髪を揺らし、雪那は笑い返した。 「ボクの食べたい料理のリクエストは、伽羅ちゃ…おっと、何でもないさ♪」 言いかけたフランヴェルの口が止まった。LOが、覆い被さってくる真似をする。 いろんな意味で、幼い少女が大好き。狙った獲物に過度のスキンシップを行う、危険な存在である。 「料理人の方にお任せするよ♪」 フランヴェルは、しゃがみこんだ。足元の藤に手を伸ばし、頭をなで、次に喉をなでる。 猫特有の、喜びの音が聞えた。ゴロゴロ喉を鳴らし、金の瞳を閉じてしまう。 「それから、お二人の誕生日を皆と一緒に祝おうか」 藤の様子に満足しながら、フランヴェルは上目遣いになる。喜多を見上げ、ほほ笑んだ。 「この魚は藤ちゃんにプレゼント、喜んでくれるかな? あ、喜多さんにはお酒をプレゼントだよ」 「ごちそうやで♪」 「楽しかったね♪」 亜紀が釣った魚は、その場で塩焼きに。雪那が藤に渡す。一緒に食べながら、亜紀はご機嫌だった。 紫と綾は、お酒と共に、露天風呂で一杯。二人っきりで、桜を楽しむ。 「芯から温まりますねーって言うと、何かお年寄りみたいですけども」 ほろ酔い加減の紫。急に無言になり、じーっと綾から視線を外さない。 「りょーさーんっ!」 大胆にも、立ち上がった。綾に抱きつく。 「えへへー、暖かいっ」 「ちょっと、紫!? 貴方、もしかしなくても飲みすぎていないかしら?」 湯船に沈みかけ、耐える綾。全身で、紫を受けとめる羽目になる。 「―ぁったか…ぁれ?」 綾に寄りかかり、ご満悦の紫。成り行き任せに、抱きついたまま。 「紫?」 茶色い瞳は、疑問を浮かべる。綾は、問い掛けた。 返事が無い。遅かった、紫はのぼせている。 「……まったくもう。やっぱりこうなるのね」 綾はお酒の入った桶を、遠くに追いやった。苦労しつつ、紫を湯船から引き揚げる。 夜釣りに出かけた勇喜は、蒼羅を見つけた。河原で不思議な姿勢を取っている。 蒼羅は眼を細め、雪水川の水面を見つめていた。目的は休養とは言え、居合いの鍛錬は怠るつもりは無い。 腹の底から、ゆっくりと息を吸い、吐く。刀の柄に手をやった。心を静め、水面を見つめる。 「はっ!」 水面に魚が跳ねた。蒼羅は小さな石を跳ね飛ばしながら、素早く地を蹴る。 流派などは無く速度を追求した、我流の抜刀術。構えすら見せない、自然体から放たれる技。 飛びあがった小魚は、着水する。水面に出来た揺らぎと、飛び散る水玉。 水の中の魚の視界に、一筋の光が見えた。刀の切っ先が、水面に迫る。 きらめき、砕けた光。小さな水玉の一つを、真っ二つに斬り裂いた。 「…やはり普段「天墜」を使っていると、普通の刀は大分軽く感じるか。その分速さは上ではあるが」 刀を振り切った姿勢のまま、蒼羅は呟く。普段の愛刀は、非常識なくらい長大な刀身を備えた野太刀。 本日、腰に刺したのは、刀「夜宵姫」。愛しい人の訪れを待ち続けた姫の心が、宿ったと言われている業者だ。 姿勢を起こし、鞘の中に刀を戻す。上を見やれば、陽淵が嬉しそうに旋回中だった。 遠くから、賑やかな勇喜の声が聞える。蒼羅の一部始終に、興奮したらしい。 「大切なのは毎日の積み重ね、丁度時間は充分あるのだからな」 蒼羅は、一言を大切に伝える。虎しっぽを揺らす、勇喜に向かって。 寝言。心地よい膝枕。 「んー…柔らか…」 「あら、漸くお目覚めかしら? 御姫様」 聞き覚えのある声に、紫は瞬きする。意識がはっきりしてきた。容赦なく、でこピンが襲ってくる 「まったく。アレほど、お風呂でのお酒には気をつけなさいっていったでしょう?」 「はふ、すみません…はしゃぎ過ぎましたー」 綾のあきれた声。額を押さえながら、紫は涙目になる。 「もう良いわ。源泉で蒸しておいた饅頭、たべましょう」 くすくす笑い、綾は紫を抱き起こす。後ろで晃雀と護峰が心配そうに、脱衣所を覗いていた。 慌てて、饅頭を取りに行く紫。名誉挽回しなくては。 「やっぱり、ほかほかが一番ですねー」 幸せそうに目を細めて、饅頭を取り出す紫。ゆっくり追い掛けてきた綾に、手渡す。 「ほら、護峰もお食べー?」 紫は緩やかに、餡饅を投げた。護峰は器用に、口で受け止める。 綾の左手の饅頭は、自分の口に。右手の饅頭は、晃雀に食べさせる。 「ん。やはり、こうして寛ぐ、ひと時というのは最高よね」 まだ湯気の上がる、蒸し饅頭。綾は幸福を噛みしめていた。 |