厄星堕つるとき その壱
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/24 20:52



■オープニング本文

 何故自分達は追われているのだろう、と娘は考えた。
 村がアヤカシの群れに襲われた。だから村人の一人から避難を促され、病床の母の手を引きながら聞かされた避難場所とやらに行った。
 しかしそこには村人も、そこで合流して村人達を守ってくれる開拓者もおらず、何時の間にか母と二人でアヤカシの群れから逃げ回ることになってしまった。
 そう、最初は村人達もアヤカシに襲われて約束の場所にいることが出来なくなったのだろう、もしくは何かの手違いで少し違う場所に来てしまったのかもしれない、逃げ回っていれば村人達と合流できるはずと思っていた。
 そして崖の上まで辿り着いたとき、娘はようやく気付いた。
 自分達は囮として捨てられたのだと。
 蟻か百足か、蟲を醜悪に凶悪に歪めた蟲の群れが顎の牙をカチカチと鳴らしていた。じりと後ずされば、崖下の激流に小石が落ちていく。少しでも隙を見せれば蟲達は自分達に喰いついてくるだろう。いや、もう僅かな時間でもたてば、隙の如何に拘らず間違いなく襲い掛かってくる。
 娘は母の身体を支えた。例え自分の身が生きながら喰われようとも、母だけは守ってみせると考えていた。しかし。
「逃げなさい。あなたなら川に飛び込んでも生きていられる」
「母さん!? そんな、諦めちゃだめだよ、二人で逃げよう!?」
「ダメよ、このままだと二人とも殺されてしまう。あなただけなら丈夫な身体を持っているから逃げられるわ。だから、ね。行きなさい!」
 その叫びと同時に、娘は崖の下へと突き落とされた。
「かあ、さ‥‥!」
 必死に手を伸ばした。しかしその手は何も掴むことなく、怒涛の奔流に呑まれていった。
 最後に娘が見たものは。
「‥‥いで、‥‥‥わ」
 届かない言葉と笑顔を我が子に向けた母親と、母に襲い掛かる黒い霧のようなアヤカシの群れだった。
 何故自分達がこのような目にあわなければならないのだろう。
 母と子二人の暮らし、病床の母の分は丈夫な身体を生まれ持った自分が働いてきた。村人達に迷惑などかけていないはずなのに。
 憎い。
 自分達を囮として扱った村人も。助けに来てくれなかった開拓者も。
 全てが憎かった。
 娘の心がアヤカシよりも黒い何かに染められていく――‥‥。



 それが数年前に行方不明になった母子の顛末だ。



「えっと、砦の修復ですか」
「ええ。開拓者の方々に頼みたいのはその修復している大工の護衛なんだがね」
 砦、と聞くと仰々しいものを想像するかもしれないが、あまりそうではないらしい。
 数年前に村がアヤカシに襲われてから、自衛の手段の一つとして山道に自然を利用したそれを建てたそうだ。どちらかというと物見小屋の役割の方が大きいらしい。
「それでも結構役に立っている部分もあってね、今までにも何度か助かってるんだよ‥‥でもこの間、誰かが火をつけたみたいでね。迷惑な話だよ。どうせ何処かの旅人の不始末なんだろうけど、このままだとアヤカシに喰われちゃうでしょ。だから開拓者さん達に頼みたいと思ってね。大丈夫、砦が必要つっても絶対アヤカシが来るわけじゃないんだからさ」
「なるほどー。ではここの書類に必要事項を書いてください」
 受付はにっこりと村の代表者に書類と筆を渡した。



 受付は知らない。
 この男は自分の村を救うために、ある母子をアヤカシの群れの中に捨て置いたことがあるなど。


■参加者一覧
当摩 彰人(ia0214
19歳・男・サ
樹邑 鴻(ia0483
21歳・男・泰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
菫(ia5258
20歳・女・サ
宗久(ia8011
32歳・男・弓
エメラルド・シルフィユ(ia8476
21歳・女・志
シグルド・E・フォール(ia8853
23歳・男・弓


■リプレイ本文

■一日目亥ノ刻
「んもう! もう少し寝かせてよね、寝不足はお肌に悪いんだから!」
「風葉の肌はいつも綺麗だよ、大丈夫」
 そろそろ次の日を知ろうとしている真夜中、悪態を吐いている鴇ノ宮 風葉(ia0799)を天河 ふしぎ(ia1037)が宥めていた。
「え、そ、そうかな‥‥」
 恋人のお世辞ではない本音に気を良くしたのかそれ以降今夜の襲撃についての文句が風葉の口から出ることはなかった。
 護衛を承っての初めての晩、可能性は低いだろうと言われていたアヤカシの襲撃があった。それは醜悪な知能の小鬼の集団だったが、流石に闇夜に紛れて襲撃するだけの知性はあったらしく、一層高い物見にいるはずのシグルド・E・フォール(ia8853)が最初に気付くことはできなかった。樹邑 鴻(ia0483)が小鬼の装備を揺らす音を聞いたので小鬼の夜襲を防ぐことは出来たが。
「それにしても我々がここに来てすぐに襲撃があるとは‥‥これは偶然でしょうか」
 菫(ia5258)が何かをいぶかしんだ。
「ま、誰かの陰謀だとしても俺達は護衛だけしてればいいんだよ、それが依頼なんだしさ」
 そんな彼女を茶化すように宗久(ia8011)が笑った。
「何を調べるにせよ、今の時間ではやり辛い。夜明けまで待とう」
 エメラルド・シルフィユ(ia8476)の提案に皆は頷いた。
 その話はまだ始まったばかりだ。

■二日目巳ノ刻
 昨夜に襲撃があったというのに村人達は農具を持って仕事に出ていた。特に村の中にまで侵入されたわけではないのだから当たり前なのだろうか。
「おうそこの坊主、こっちこい。兄ちゃんと一緒に遊ぼう」
 農道の脇石に腰掛けながら、シグルドが村の子供に手招きをした。
「でもおにいちゃん開拓者なんでしょ? 遊んでていいの?」
「俺は休憩中じゃから心配せんでもええ」
「そうなの? じゃあ何してあそぼっか!」
 人の遷り変りがあまりない農村の子供にとって、他所の子供は興味を引く存在なのだろう。ましてそれが人々を守る開拓者ならばだ。幾許の時間もたたないうちにすっかり子供はシグルドに懐いてしまった。
「夜にアヤカシ来たんだよね? 強かった?」
「ああ、あれくらいの小鬼なら一撃じゃ‥‥しかし砦があるってことはいつも襲われているのかい?」
「うーん、ちっちゃい奴なら時々来てるみたい。砦を越えることが出来ないみたいだけど。あ、でも僕がちっちゃい頃すごいアヤカシの群れに襲われたんだって。死んじゃった人もいるからあの砦が出来たんだよ」
「そうか‥‥坊主ありがとな」
 シグルドは子供の頭に手を置くとわしわしと撫でてやった。
 それからが妙な話だ。数年前のアヤカシの襲撃について尋ねようとすると大人達は、仕事があるから、昔のことだから覚えていないと明らかにはぐらかそうとしている。
「こりゃあ何か臭うわ‥‥」
 シグルドはごしと鼻を擦った。

■二日目未ノ刻
 冬とはいえ昼にもなれば少し暖かくなる。
 小屋というより柱の立派なものと言った方が正しいだろう、そんな物見のための場所で宗久がくぁと欠伸をした。食後であるので仕方ないのかもしれない。
 それを見咎めることなく菫が何事かを考え込んでいた。
「どうした?」
 見張りをしながらも大工から情報を得ていた鴻が菫の側にやってきた。
「いえ‥‥不審火とは聞いていましたが悪戯でこうも広範囲が燃えるものでしょうか。まるで砦攻めの後のよう、杞憂であって欲しいが、もしこれが知能を持ったアヤカシの仕業なら‥‥」
 臆病者だと笑ってもいいのですよ、と菫は軽く自虐した。
 しかし鴻はそれを一笑に付したりはせず「いや、その推測はあながち間違っていないのかもな。大工達が言っていた、誰かが火薬を使った可能性があるって。悪戯で火薬はひどすぎる、何者かが狙っているのかも‥‥」そして臆病であるのは開拓者として生き残れる素質があるってことだ、とも付け加えた。
「火薬、か‥‥ならば人間の仕業だろうが、しかし‥‥」
 ただの農村であるこの村を襲撃する意味がないのだ。賊の類だとしても砦だけを燃やし警戒を高めるのは愚策だ。
 まっとうな護衛で終わらない、開拓者としての勘がそれを囁いていた。

■二日目戌ノ刻
 物見の小屋は砦を作る際に利用した仮小屋らしい。だからか隙間風と埃が部屋の中で軽い竜巻を作っていた。清潔という言葉からは程遠すぎる。
「‥‥にしても‥‥なんだこの小屋は‥‥いや、言うまい、これも試練だ‥‥」
 エメラルドは出来るだけ小屋の中を見ないように瞼を閉じ黙想することにした。しかしどこからか侵入する冷たい外気が集中力を削いでいく。
「‥‥掃除位するか‥‥貴公、そこの箒をとってくれないか?」
「俺はこのくらいの方が落ち着くけどねぇ」
 そして宗久は土埃の広がる板張りの床でごろりと横になり「良い風だ、懐かしい匂いだね」と呟いた。
「くっ、これだから男は‥‥」
「一緒にしないでほしいなぁ」
 雑巾をぎゅうと絞りながら鴻がぼやいたがエメラルドには聞こえていないようだ。
 エメラルドは腕をまくり、徹底的に汚い小屋と戦う決心をした。しかし彼女の奮戦でどうにか過ごし易い環境になったとき。
「ふう、これでどうにか」
「あ〜疲れた! 交代よー!」
「あれ、なんだか部屋の中が綺麗だね?」
 風葉とふしぎが次の仕事を告げにきたのであった。
「これも‥‥試練‥‥!」
 エメラルドは辛抱の言葉を噛締めた。

■三日目申ノ刻
 一日目の夜に襲撃があってからの来襲は未だなかった。やはりあの襲撃はただの偶然なのだろうか、そんな事を思い抱く者もいた三日目の夕の刻。
「ハハッ、あの子可愛いなあ」
 物見の小屋に立っている宗久が村とは反対の方向を見てにやと笑っていた。
「真面目にやってください‥‥ってあちらの方向なのですか?」
 偶然見咎めた菫が砦の向こう側、山道が繋がっている丘の上に人影がいるのを見つけた。どうやら娘のようだが、この距離で器量がわかる宗久も凄い。
「どうしたの?」
「あちらの方に人がいるようなのです。娘さんのようですが‥‥」
 気付いた風葉が話しかけてきたので、菫は娘の存在を見張りをしている皆に伝えた。
「なんでこっちにこないのかな‥‥もしかしたら動けない事情でもあるのかも。ちょっと行ってくるね」
「僕もいくよ風葉、君だけじゃ危ない」
 一時の見張りをエメラルドと鴻に任せ、風葉とふしぎは娘の元へと駆けていった。
 丘の上にいた娘は旅装束を着込んでいた。そして、ただじっと夕日に照らされ赤く燃える村を、それ以上近付くことなくみつめていた。その瞳から感情を読むのは難しいが、恩寵の類ではないことは確かだ。
「ここはアヤカシに襲われるかもしれないわよ、足でも挫いたの?」
「お前たちは‥‥開拓者だろうか?」
 質問に質問で返されたことにむっとしながらも風葉は答えた。
「開拓者だけど‥‥あなたは旅人? それとも私達と同じ」
「旅人ではない、だがお前達とは違う‥‥自分が守っているものの本当の姿も知らない愚か者とはな」
「なっ‥‥!」
「村まで来てもらうよ、いいね?」
 軽蔑の言葉に瞬間的に頭に血が昇る風葉。そんな彼女を後ろに庇いながら、ふしぎは娘に警告の言葉を告げた。
 しかしふしぎが娘の手を掴もうとした途端、娘が隠し持っていた短刀の刃が鈍く輝いた。
 咄嗟に身を引くものの、ふしぎの左の腕から血のしぶきが舞う。
「くっ!」
「ちょっと、アンタ何するのよ!」
 持ってきた弓ではこの距離での戦いは向かない。それでも風葉は恋人を守るためにふしぎの前に出た。
「私に復讐するか? ははっそのときお前は私と同じになれるだろうな」
「どういう‥‥」
 風葉が問いかける前に娘は後ろに跳び、丘の後ろにあった崖の下へと消えていった。二人が追ったとしても途中で見失う程の速さだった。
 風葉の神風恩寵でふしぎの傷は癒えたが、娘が残した蟠りまでは消えることなかった。

■四日目卯ノ刻
 そこは村より南に下りた山の中。村の周辺とは違い険しい山々が並ぶ場所だ。飢えたアヤカシが跋扈するこの場所に好き好んで立入るものはいない。
 その山々が一層見渡せる崖の上にその娘はいた。
 開拓者が来るかもしれないことは予想していた。その鷹の目を掻い潜り、厄介な砦を破壊することは出来た。だが自分はそれをやらなかった。
「なぜ自分はあのようなことを‥‥」
 開拓者に気付かれる前にあの場を去るべきだった。今頃警戒の意識をあげているに違いない。
 しかしこの計画はもう中止できないところまで来ている。
 空からアヤカシの群れを見つけ、兎や豚を生きたまま放り込み、自ら傷を負いその血を空から落とし、アヤカシの群れを誘導してきた。
 生きた人間を得られないアヤカシはその飢えも最高潮に村の在り処をとうとう嗅ぎつけた。この群れを止めるには、そうあの時のように自分が囮になるしかない。
「これは復讐だ‥‥!」
 自分と母を見捨てた、村と開拓者と、そしてこの世界全てに対しての。

■四日目午ノ刻
 ふしぎと風葉が妙な娘と邂逅してその後、村人に娘に復讐されるような覚えはないかと聞いて回ったが、誰もそのことについて口を開こうとしなかった。
 アヤカシの襲撃は偶然でないのかもしれない、開拓者の誰もがそう考えた。だから緊急の措置として村人と大工には避難を促しておいた。
 そして分厚い雲の向こうの太陽が丁度真上に来ているであろう頃、見張りをしていた宗久は黒い霧を見た。
「ハハッ本当においでなすった」
 ガンガンガンガンッ!
 宗久の叩くけたたましい物見の鐘が鳴り響く。開拓者達は各々に武器を構えた。
 黒い霧、アヤカシの蟲の群れがぎちぎちと牙を鳴らしながら一直線に砦の方に、人間がいる方向へと押し寄せてきた。
「予想はしていたけど‥‥さすがにこの数は辛いかな‥‥!」
 鴻の拳が確実に大人の一抱えもありそうな蟲のアヤカシを捕える。だが鋼のような甲殻がそれを打ち抜くことを許さなかった。
「神の御許に行かせはせぬ、貴様らは塵へと還れ!」
 炎を纏った剣を構えたエメラルドが鴻と協力してアヤカシに止めを刺した。
「作業の邪魔はさせん‥‥!」
 先手で前に出ていた菫が、その顔面を狙い飛んだアヤカシの牙を斧で受け止めた。続いて片刃の大剣による迎撃が敵を打ち砕く。
 ふしぎは風葉の巫女の舞により風の力を得、脚の早い敵を確実に仕留めていく。
「おっと、あんたらは歓迎してないんだ。出て行ってくれ、と言っても聞かないかな?」
 蟲の脚と羽で砦を乗り越えてしまったものは宗久がその侵入を許さなかった。獲物を狩る鷲の目を得た宗久が弓を引絞り、確実に狙い撃っていった。だが物見の場所にいた彼は更なる異変に気付いた。
 空から光が降ってきていた。
「ちぃ、火矢か!」
 それは開拓者を攻撃するためのものでなく、後ろの砦を壊すためのものだった。たちまちに高く広く燃え上がる炎。
 突如低く飛んで現れた駿龍から降りてきたのはあの娘であった。その手には大きな弓が構えられていたが、投げ捨て短刀を構えた。
「お譲ちゃん‥‥なんでそんな悲しそうなん?」
 シグルドがそう思わず問いかけたくなる程、少女の瞳には悲哀が含まれていた。同時に全てを憎もうとする憤怒も抱いていたが。
「ちょっと‥‥あれはさすがにやばいでしょ」
 戦いの気配を察知したのか、それともこれもこの少女の仕業か、丸太のような鉄塊を抱えた鎧鬼が向かってくるのを風葉は見てしまった。その数三つ。行動も頭も鈍そうではあるが、その一撃を受け止めれば熟練の開拓者でも無傷ですむとは思えない。しかし回避すれば後ろにある砦は破壊される。
「村の人達にとって大切な砦なのに、何でこんな事するんだっ!」
 ふしぎの問いかけに少女は答えた。
「何故、だと? いいだろう教えてやる。そこの村人は四年前にアヤカシがこの村を襲ったとき、ある母子をアヤカシの群れの中に捨て置いたのだ、囮としてな」
 私はその捨て置かれた娘だ、と娘は吐き捨てるように言った。
 その事情は汲んでしかるべきものだ、しかし今はアヤカシを復讐に利用しようとしている。止めなければならない。
「大人しくしてくれ。余り手荒な事はしたくないんでね」
 鴻が樹咲拳の長男としての構えをとった。娘の俊足は達人の泰拳士のそれであったが、鴻の一撃はそれよりも更に速かった。攻撃でなく足元を崩すことに重点を置いた一撃に娘の体勢が崩れた。その隙を逃さずエメラルドが娘の体を押さえ込んだ。
 しかしその時だった。
 ドンッ!
 鎧鬼の鉄塊の一撃が砦に深く炸裂した。その一撃を身で受け止めていれば鎧ごと粉々になっていただろう、菫が悔しげな表情を見せた。
「馬鹿め、油断したな!」
 鎧鬼の方に気をとられたエメラルドは娘の解放を許してしまった。
「なかなかやるようだな、一人では無理ということか」
 娘が懐の呼子笛を取り出し吹くと、上空から再び駿龍が現れ、瞬の間にその脚にぶら下った。
「忘れるな開拓者! お前達が何を守り何と戦ったのかを!」
 旋風のように飛び去る娘だったが、その言葉はいつまでも開拓者の胸に刺さり続けた。

■四日目申ノ刻
 鎧鬼や残りの蟲は開拓者達の手によって瘴気へと還っていった。しかし火矢を放たれ、鉄塊の一撃を受けた砦の防護は明らかになくなった。その箇所に次の攻撃があればアヤカシの侵入を容易く許してしまうだろう。
 そして。
 娘との関係性を強く問えば、依頼主もやっと重い口を開き、それが真実であることを認めた。
「どういうことなんや、あの子とお母さん囮にしたゆうんは‥‥おどれらなんてことしとるんや! 襲われたって自業自得じゃろ! こんなんじゃあの子が可哀想やないか‥‥」
 激昂と悲哀の涙を流しながらシグルドは依頼主の首元を掴んだ。その右拳は男の頬を打ち抜かんと握り締められている。
「仕方なかったんだ‥‥近くにいるという開拓者と合流する前にアヤカシに追いつかれそうだったんだ。誰かが囮にならなかったら村人全員が死んでいた。だから、私がくじで決めたんだ」
「くじ!? くじなんかで命を選ぶだなんて‥‥神罰が下りますよ!」
 エメラルドも男に詰め寄った。
「下ってもいい! 全員食われるか、誰かが食われるかの違いだった、ならば私は多くを守れる方を選ぶ!」
「‥‥そのくじの中にはおんどれもいたんかい」
「勿論」
 シグルドは上げた拳をどこに振り下ろすべきか思いまどった。しかし結局答えは見つからぬまま床に撃ちつけることになった。
「‥‥くそっ」
 そして焼けてしまった門の前、赤く燃える空を鴻は見ていた。
 あの速さ、恐らく自分と同じ泰拳士なのだろう。だが彼女は自分達とは違うと言った。それは恐らく心根の問題で、彼女に深く根付いた闇を払うのは難しいだろう。
「もっと、強くならなければ‥‥」
 父を見返すため、そして、誰かを守り、傷つけないために。

 同じ空を見ていたことにまだ誰も気付かない。