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■オープニング本文 日々の生活を賭けて戦うのは開拓者だけではない。 そこはまさに戦場の名を冠するに相応しかった――‥‥! 「お、おきゃくさーんこれ以上は勘弁してくださいよー!」 「何言ってるのよ、あと十文は値引きしてもらうわよ!」 「そういってもう百文もおまけしてるじゃないですか‥‥これいじょうは無理、無理ですっ!」 悲痛な叫び声に追い討ちをかける勇ましい怒声。 あちらこちらで数字の遣り取りが行われる、そうここは青物屋、新鮮な野菜を売りさばく店だ。 この街の奥様方は強い。何にってそれは勿論、おまけしてもらうことにだ。この店だけでなく、魚屋や米屋も悲鳴をあげざるを得ない。まあ、売れていないわけではないので、ある意味嬉しい悲鳴なのだが。 「おやっさーん、明日の大売出しの白菜もってきましたよー」 「おう、まさ、ありがってこった!」 明日は年に一度の白菜祭だ。祭と言ってもこの店でやっているだけだが。 市場を通さず農家と直接遣り取りをすることを思いついたこの店の旦那が、定期的に安値で大量に売り出したのだ。街の奥様方は大喜びだ。今年で三年目、去年不作だったぶん、今年の白菜はいつもの二倍の量だ。 「さあて、気合いれていくぞ!」 店の旦那が届いた荷物を抱えようと腰を屈めたときだ。 ぐきっ 「‥‥‥‥っう〜〜!」 「旦那‥‥?」 ふいに黙り込んでしまった店の旦那を怪訝そうに窺う農家のまさ。 「こ、腰がっ!!」 「だ、旦那早く店の奥へ!」 腰を押さえたまま蹲ってしまった旦那に肩を貸しながら、なんとか雅は旦那を布団に寝かせることに成功した。 すぐに街医者を呼んだが――‥‥。 「ぎっくり腰ですね」 となんとも冷静に診断されてしまった。 「ぎっくり腰くらいなんでぇ、明日は客が待ってるんだいてててて!」 「旦那、無理しちゃいけませんぜ」 起き上がろうとした旦那が再び腰を押さえて寝込んでしまう。 「そうですよ、ぎっくり腰を甘く見てはいけません。下手すると麻痺する可能性もあるんですよ」 こんこんと医者が窘めた。 「とりあえず一週間は安静にしていてくださいね」 「そんな、一週間もしたら野菜達がしなびてしまう! なんとかならないんですか、先生!」 「なりませんね」 「‥‥やぶ医者」 「んだとこらぁ!」 現在大変お見苦しい場面が流れております。しばしお待ちください。 「‥‥それで、明日の白菜祭はどうしましょうか」 何故か傷だらけになっているまさが旦那に尋ねた。 「うーん、白菜はもうあるし、さすがに一週間は保存しきれねえ。だけど俺が動けるかと言ったら‥‥そうだ、こんなときの開拓者だ!」 「そうですね、開拓者ですね!」 記録者がこの者達に告げることが出来る言葉など何一つないが、もし一つだけ言わせてもらうのなら。 開拓者は便利屋じゃないぞ、たぶん。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
朧 焔那(ia1326)
18歳・女・巫
瑪瑙 嘉里(ia1703)
24歳・女・サ
一ノ瀬綾波(ia2819)
17歳・女・サ
琴月・志乃(ia3253)
29歳・男・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
葉隠・響(ia5800)
14歳・女・シ |
■リプレイ本文 ■祭の夜明け前 「うわあ、もうお客さんこんなに来てますよ」 店の鎧戸を僅かに開けながら、一ノ瀬綾波(ia2819)が呟いた。琴月・志乃(ia3253)も隙間から見える奥様の群れに「これは難儀そうやなあ」とぼやく。 「今年で三回目だからな。ある程度は期待されてるんでぇ、いてててて」 「ご主人は無理をしないで寝ていてください、ね」 様子を見ようと起き上がってきた旦那、たけを瑪瑙 嘉里(ia1703)が諌め、奥の床にそっと就かせた。隣のまさも「旦那、無理しちゃいけませんぜ」と窘める。 「白菜を持ってきた。これくらいでよいのか?」 白菜の入った箱をどっかりと積み上げながら北条氏祗(ia0573)が尋ねてきた。その白菜の周りではロウザ(ia1065)が瞳をきらきら輝かせながら周りをくるくると走っている。 「わ! はくさい いぱい! ほーさく! ほーさく!」 「はくさい〜とっても〜おいし〜の〜♪ 奏音は〜がんばって〜いっぱい売っちゃうの〜」 奏音(ia5213)も嬉しそうに微笑んでいる。開拓者と云えど少女だ。戦いだけを好むわけではない、このような店の真似事は少女が好むところだ。 「うむ‥‥」 朧 焔那(ia1326)が静かにその気持ちに同意する。屈強な見た目からはわかりにくいが、彼女もまた乙女の心を持つ一人である。 「ただいま! いったん戻りました!」 今朝店の旦那に挨拶をしてから何処かに行っていた葉隠・響(ia5800)が裏口から顔をひょっこり出してきた。 「あ、おかえり! そちらは順調ですか?」 綾波の問いに響はにっこり笑顔で「ばっちりです」と返した。そしてまた「いってきます!」と旋風のようにぴゅうと何処かに駆けていった。さすがシノビというか元気な娘である。 「それで白菜にオマケをつけたいと思っているのですが、何かありませんか?」 嘉里の提案に旦那の眉間に皺が寄る。 「オマケねぇ、なんかあったかな」 「あ、それなら人参とかどうですかい? 白菜と一緒に持ってきてますぜ」 悩んだ旦那の横からまさが口を出してきた。まさは右腕と頭に包帯を巻いている。何があったか語ろうとはしないが今日の手伝いは無理だろう。 「だけどよ、白菜全部のおまけにするには足りねぇぜ?」 「それならまとめ買いをしていただいたお客様だけってことでどうです?」 更なる助言に旦那が「なるほど」と頷いているその時、ロウザはじーっと白菜を見つめていた。白菜の匂いをくんくん嗅げば、土の匂いに混ざり新鮮な甘みを持つであろう芳香が鼻腔をくすぐった。 「あじ しらべる! これ だいじ!」 味見と言うがおそらく我慢できなくなっただけだろう。ロウザの手が白菜の一つに伸び、その葉を一枚ぺりりと剥ぎそのまま口の中へと‥‥。 「ふぉおおお! あまい! うまいぞ! まさ! はくさい おいしいぞ!」 「お〜うまいか、それはよかったなぁ‥‥ってロウザつまみぐいしたんか。あかんでそれは」 一瞬納得しかけるが、すぐに志乃はロウザを叱り付けた。 「わはは! ごめん だぞ!」 「ああ、一枚くらいなら大丈夫さぁ。それに予備もあるしな‥‥おっとそろそろ時間だな」 旦那の言葉に開拓者達の表情も引き締まる。 今、アヤカシとは別の戦いが始まる。 ■開店! 回転、白菜祭! 「ねえねえ白菜こっちにくださいよ、二株ね!」 「あ、は〜い、ただいま」 あたふたと綾波が白菜を二株抱える。 「こっちにもちょうだい! こっちは三株ね! あとおまけもちょうだい!」 「は〜い、わかりました〜」 奏音がその小さな腕の中に白菜を三株抱えようとし、二株抱えたところで「は、はわわ〜」ころんと後ろに転がろうとした。 「危ないで。重いんは男に任せとき」 その背中を志乃が支え、奏音の顔を覗き込み、にんまり笑いかけた。 「ありがとう〜ございます〜」 奏音もその顔を見上げ、ほんのり微笑んだ。 開店後、白菜の売り上げは好調だった‥‥いや好調すぎた。 白菜を五株以上購入した客には家までお届け、と言うのが女性である奥様方の心を鷲掴みにした。おまけの存在がそれを加速させたのは言うまでもないだろう。 「志乃さんその白菜荒縄で縛ってくださいな。あ、綾波さん地図を書き写していましたよね。それを氏祗さんに見せてあげてくださいな」 いつもは寡黙という程ではないが、物静かな心象をくれる嘉里が快活に仲間に的確な指示を出していた。しかし奥様方の群れの奥に何かを発見したらしく「あら?」とそちらの方向を注視する。 そこには両手を挙げ精一杯己を主張している子供がいた。白菜の陳列されている台に寄りたいらしいが、獣の勢いの奥様達に完全に負けてしまっている。 「あらおつかいかしら?」 身を屈め視線を合わせてくれた嘉里に、子供は手を挙げて喜びを表現した。その手には小銭が握られている。 「あのね、あのねっ! はくさいひとつくださいな!」 「おつかいえらいね、僕」 ふんわりと笑った嘉里は白菜を一株抱え、子供に差し出した。 「ありがとう、おねーちゃん! これで足りる?」 「ええ、足りるわ。毎度ありがとうございます」 元気よく走り去る子供に嘉里は小さく手を振った。 「なんだか昔を思い出しますね」 くつくつと笑う嘉里の胸中に五年前の思い出がよぎった。それは暖かく優しく、そして哀しくもあった。 「白菜三株やな? おおきに、ぺっぴんのおねーちゃん」 「お兄さんお世辞うまいんだからっじゃあ、あと三株買ってうちに届けてもらおうかしら」 「まいどありやでー」 朗らかに人当たりのいい笑顔を向ける志乃、口調のせいか商い姿が似合う。 「じゃあ志乃さん配達の方に行っていただけませんか?」 「おう、任せとき!」 片拳を振り上げ、威勢よく志乃は応えた。彼は後にそれを後悔することになる。 そう、まず配達に出ている氏祗の話をしよう。 「白菜五株だ。間違いないな?」 荒縄で縛った五株の白菜を抱え、氏祗はある民家の勝手口を叩いた。白菜の重さは然程辛くはないのだが、五株の大きな白菜に傷を付けずに運ぶというのはなかなか思ったよりも手を焼くことだった。 勝手口から出てきたのはよく肥え、いや恰幅のいい、いやいやとても豊満な熟年の女性だった。確かここの家は若い女性が購入していったはず、と氏祗はふと思い出した。おそらく娘か嫁なのだろう。 「あら、お兄さんいい男ね! お兄さんもお手伝い? ちょっとうちでお茶飲んでいきなさいよ、ねえ!」 「い、いや拙者は次の配達に戻らねば」 いきなりの女性の誘いに氏祗に、思わず後ろ足を踏んでしまった。太い指が氏祗の手首をわしっと掴む。アヤカシならば切り伏せればいい、だが目の前の存在はただの人間だ。 「いいじゃない少しくらい、あっ奥さん! ここにいい男いるわよー、一緒にお茶しましょうよ!」 更に女性は仲間を呼んだ。何処かのアヤカシのように増え続けていくのではないだろうか。 「白菜はここに置いておく! せ、拙者はこれにて! ごめん!」 僅かに見つけた隙に氏祗は女性の手を振り払い、元の道へと全速力で駆けていった。 「これは戦闘よりもキツやもしれぬ‥‥」 上級アヤカシと戦ったのかと聞かれるくらい憔悴した顔で商店街への通りに戻ろうとすると、脇の道から同じくやつれた顔をしている志乃とばったり顔を付き合わせることになった。 「‥‥あんたもかい」 その疲れ果てた声と表情から志乃も同じような目にあったようだ。多少着崩れているところを見ると、もっと悲惨だったのかもしれない。尋ねて傷跡を抉る真似はしないが察してみる。 「はぁ‥‥」 二人同時に溜息を吐いてしまった。 更に戦いは続く。 一方その頃、近場の配達から戻ってきた綾波と奏音が店番をしていた。 「ねえねえ、もうちょっとどうにかならないの、この値段。こんなにあるんだもの、一個や二個や十個くらいタダにしても大丈夫でしょ、ね?」 「じゅ、十個は多すぎますっ!」 奥様の強引な値下げ攻撃に綾波の笑みが引き攣る。 「じゃあ八個タダね、さすがおねーちゃん美人だから気前がいいわー」 「え、あたし美人ですか? そ、そんなこと‥‥って誤魔化されませんよ!?」 美人という言葉に思わず一瞬「タダにしちゃってもいいかも」なんて気分になるが、なんとか我に返った。「う〜危ない危ない」と両手で自分の顔を叩き、気合を入れなおす。 「奥さんだってすごい美人ですよ、旦那様は幸せですよねこんな美人の人と結婚できて! どうです白菜はお肌にいいと聞きますし、たくさん食べて旦那様を喜ばせてみたら?」 「えっやだぁおねーちゃんもうまいんだから、おほほ!」 女の戦い、またの名をお世辞の言い合いを繰り広げている隣では、のんびりと接客をしている奏音にも魔の手が延びようとしていた。 「ねぇお嬢ちゃん。お野菜って毎日食べるでしょ、そのお野菜が安かったらうれしいよね?」 「おやさいは〜やすく〜買えると〜うれしいの〜♪」 「そうでしょそうでしょ、だからおばさん安くしてもらえるとうれしいんだけど。おまけがついたらもっとうれしいな」 幼い少女相手になかなか強引な奥様である。その心は鬼かアヤカシだろうか。 「でもでも〜おおやすうり〜だから〜もっとやすいと〜おみせの人が〜こまっちゃうの〜‥‥」 いとけない少女が悲しげに俯く様は奥様の心をじくじく刺激する。更に奏音は「だから〜‥‥ごめんなさいなの〜」と潤んだ瞳で奥様の良心をずきゅーんと射抜いた。ここで追撃を加えるならそれはもう奥様じゃない。 「そ、そうよね、お店の人が困っちゃうよね」 「い〜っぱいかってくれたら〜ちょっとだけ〜おまけとかは〜できるかも〜なの〜」 「あ、あらそう? じゃあおばさんいっぱい買っちゃおうかしら」 恐るべし奏音。この齢にして人心を掌握する術を身に付けていた。無自覚なところがより怖い。 さて、朝からいない響が何をしているのかというと――‥‥。 「そこの青物屋で何かやってるみたいですねぇ。白菜祭って旗に書かれてましたけど知ってますか?」 商店街の魚屋の親父に響が朗らかに話しかけている。ちなみに青物屋の店先の旗は綾波が書いたものだ。 「ああ、今年もそんな季節か。なんか三年前から直接白菜農家から取り寄せて大安売りしてるみたいだよ」 うちもなんかやったほうがいいのかね、という親父のぼやきを聞き逃す響、いや今は噂屋お響である彼女が聞き逃すはずがなかった。 「白菜と言えば鍋ですよね〜お魚が安かったら鍋にしようかな〜って思うんですけど‥‥」 「なるほど、確かにそうだな。どうだい嬢ちゃん、この白身魚とか鍋に合うと思うんだけど」 「ごめんなさい、実はお財布持ってなくて‥‥それよりあそこの白菜持った奥さんに売ってみたらどうですか?」 「おお、じゃあまたの今度な! おーい奥さん、ついでに魚も買っていかないか? その白菜にぴったりの白身魚があるよ!」 親父が通りすがりの奥様に魚を売り込んでいる最中、響はこそっとその場から立ち去った。 「うまくいったかな」 早朝、旦那に挨拶をしてから響は白菜祭の噂を流し続けていた。ある時は先程のようにここらに引越してきたばかりの娘を装い、ある時は井戸端会議に何処かの新妻として紛れ込んだり。シノビとしての彼女はその術に習熟していた。 「えっと、魚屋に乾物屋、鶏‥‥他に白菜に合いそうなものは‥‥しかし少々お腹すいたなぁ」 食べ物のことを考えて腹が減るのは自然の摂理、この依頼が終わったら自分も鍋をつつきたいものだ、と響は店の様子を見るために一時戻ることにした。 「イラサイ♪ イラサイ♪ おいしい はくさい♪」 覚えのある楽しそうな声が耳に届いてきた。そちらではロウザが白菜を積んだ荷車をがらがら牽きながら自作の歌を口ずさんでいた。 「しゃきしゃき しんせ‥‥ おー! ひびきだー♪」 ロウザも響の姿を確認したのか、片手をぶんぶんと振り回して元気よく己を主張した。 「配達中ですか。調子はどうです?」 「ぼちぼち だぞ! でも ろうざ おなかすいた‥‥」 きゅうと切ない音がロウザの腹から聞こえてくる。 「私もお腹空きました‥‥どうですこれが終わったら皆で鍋にしませんか?」 「なべ! はくさい! ほかほか おいしい!」 もうすぐ一日も終わろうとしている。 ■祭の後にも楽しみはある 「‥‥おかえり」 ロウザと響を出迎えてくれたのは焔那だった。その逞しい筋肉質の腕には白菜が五株抱かれている。 「全て売り切れた。奥で休むがいい」 「やた! ぜんぶ うれた!」 焔那の言葉に全身で喜びを表現するロウザ、その場でぴょんぴょんとウサギのように跳ねている。 「あれ、でも今持っているのは?」 これから配達に行くのだろうか、と響の顔に疑問符が浮かんだ。 「商店街の魚や鰹節も今日は安かったらしい‥‥だからこれから鍋にする」 「鍋!」「なべ!」 余程空腹だったのだろう、鍋という言葉に反応した二人の腹から同時にぐううと最早何時も待てないと主張する音が聞こえた。 焔那はふ、と微笑んだ。女の母性反応を刺激されたのだろう、早くこの子達においしい食べ物を届けてあげたい、そう思っても当然だ。 だから。 「さぁて‥‥ならば早速獲物を捌かねばな‥‥!」 ぎらりと半月のよう歯を剥き出しにした笑みは、悪鬼のほくそ笑みでなく聖母の微笑みで、何故か背後に見える気の塊のようなものは殺気でなく愛情なんだと思う。そう思おう。 |