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■オープニング本文 大アヤカシとの戦いは開拓者だけに限った話ではない。天儀に生きる全ての人間に脅威という名の傷跡を刻み付けていった。そして、まだ、脅威は去っていない。 そこはとある町医者の診療所。 「なんてことだ‥‥」 彼は片手で抱えることが出来るほどのやや小振りの壷を覗き込みながら嘆きの声をあげた。 「どうしました、先生?」 薬を取りにいったはずの医者が戻ってこないので、様子を見に来た助手が声をかけてきた。 「おお、実はみよさんの病気の薬が底をついてしまったのだ」 「みよさんの、ですか‥‥それは大変だ」 みよさん、と言うのは町に住んでいる一人の女性のことだ。かつては夫と子供二人の慎ましい生活を送っていたのだが、先の戦いの影響で夫を亡くしてしまった。悲しみが癒えぬまま幼い子供二人を育てようとしている。 そして彼女には大きな病があった。定期的に薬を服用していれば一般人と変わらぬ生活が送れるのだが、その服用を打ち切れば病巣はたちまち彼女の身体を侵しつくすだろう。その薬はこの医者が調合していた。 「あの薬を調合するには山に行かなければならないのでしたね」 「ああ、だが‥‥」 壷の中身は医者が管理している。薬の減少の量など把握して当然だ。一度は山にまで取りに行こうとした。しかしいつもなら平和だった山も、戦いの影響かアヤカシが跋扈する恐ろしい場所になっていた。医者は命からがら町まで戻ってきた。戦いが落ち着くまでには薬は足りるだろう、と一縷の望みを託しながら。 「戦いは終わったとはいえ、まだ残っているアヤカシがいると聞きます。先生一人では無茶です」 「だが、三日以内に薬を届けねば‥‥」 「ですが先生一人では‥‥そうだ、我々も開拓者を雇いましょう」 「お、おおそうだな! すまん私も冷静でなかったようだ」 命を救うのは医者だけの仕事ではない。そうだろう、開拓者諸君。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
氷(ia1083)
29歳・男・陰
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
莠莉(ia6843)
12歳・男・弓
チェシャ猫(ia7985)
19歳・男・シ |
■リプレイ本文 まだ朝の日も昇らぬ刻に出立したのに。何事もなければ昼前には薬草の群生地である山頂付近に着いただろう。だが襲い来るアヤカシはそれを許さなかった。 「しかし平和だったはずの山がなぜ‥‥」 北条氏祗(ia0573)が眼前までその牙を伸ばしてきた蟲のアヤカシを一閃に伏しながら呟いた。篠田紅雪(ia0704)がそれに無言で頷き同意する。心中では、焦る必要はないだろうが、あまり悠長に構えてはいられぬであろうなと考えていた。 露羽(ia5413)の放った手裏剣も確実に敵を討ち滅ぼしていく。しかしどれ程アヤカシを討とうとも、湧いて出る水の如く、次から次へとアヤカシが獲物を捕らえんと攻め寄せてきた。確実に敵を討つ技や、素早く身を避ける技を持つものはいくらかの練力を使わざるを得なかった。 「よお、アミーゴ、俺達は急いでいるんだ。今度遊びに来てやるから今日は見逃してくれないかなアディオス! ‥‥ってわけにはいかないか」 陰陽師の喪越(ia1670)は医者がアヤカシの集団に襲われないように背中に庇いながら移動していた。呪縛符で仲間を支援したいところだが、如何せん数が多すぎる。僅かに護りきれなかったぶん、怪我を負ってしまった医者を治癒符で癒すしかない。氷(ia1083)も練力を蓄えてはいるが、大型のアヤカシが出たならその力を放つだろう。けして物ぐさなわけではない、たぶん。 「お怪我はありませんか!?」 アヤカシの牙をその刀で切り伏せながら天寿院源三(ia0866)が開拓者の中心にいる医者を気にかけた。彼女は開拓者が背後から襲われないように殿を守り続けていた。 「道が開けました‥‥! 今のうちに!」 弓術師、莠莉(ia6843)の攻撃で進むべき前方のアヤカシが倒れた。遠距離攻撃に優れた莠莉の弓だからこそ、敵の中に道を作る。 開拓者達はその好機を逃さぬよう、更に山奥へと駆け出した。 さすがに山頂近くとなると木々の繁りも一層深くなる。慣れぬ子供が入ったときは迷子になりやすく、時々近くの村人が総出で探索に行ったようだ。それがこの山で起こる大きな事件だった、かつては。 今はアヤカシが跋扈する恐ろしい地帯になっていた。腕に覚えがなければすぐにアヤカシの餌食になる。以前薬草を採りにきた医者はその点では幸運と云えよう。 「実は姿はあまりよく見えていないのです」 医者が言うには、蔓で巻き上げられそうになったが、その蔓が荷物に絡んだため逃げることが出来たとか。 「姿をよく見ておけばよかった‥‥申し訳ない」 「いえ、それは確認せずに逃げてよかったと思います」 アヤカシのことを尋ねていた天寿院が、頭を下げた医者を宥めた。 「もしアヤカシの姿を確認しようとしていたら、お医者様がアヤカシの餌食になっていたかもしれません」 莠莉も続いて同意する。気休めの慰みではない。 「会話のお邪魔するようで悪いけどアミーゴ、いましたよ、お客さんたち」 いきなりその中に口を出してきたのは珍しく黙り込んでいた喪越だ。別に腹が痛かったわけではなく、彼は人魂を使ってこの先の薬草の群生地を偵察していたのだ。 「さぁて。先生はここで休んでてくれよ」 へらりと氷は笑い、まるでそこに散歩に行くかの如く薬草の、いや今はアヤカシが待つ奥へと向かっていった。半分ほどの開拓者が医者を護衛するために残り、他は氷と共に先に進んだ。散歩が日常で行うことならば、それは確かに散歩なのかもしれない。 なんと形容したものか。 この山の全ての雑草を内包したのか、人さえも捕えることが出来るだろう大きなうつぼや、全てに悪意を伸ばそうとする蔓、華という言葉が全く似合わない毒々しい花弁がそこにあった。悪意と殺意しかないその植物は勿論アヤカシ、我らの敵だ。 志士である天寿院が前に、シノビである露羽がそれよりやや後ろ、弓術師の莠莉と陰陽師の氷が、いや氷自身がこの呼び方を好まないようなので符術士と呼ぼう、とにかく二人が殿を守っている。 アヤカシの数はおよそ二体。およそというのは相手が植物型であるため個の区別が見た目で付きにくいからだ。 「此度はそちらと相手をする暇などないのですが――無粋な真似をする植物は駆除が必要のようですね」 莠莉が矢尻を凛と構える。開拓者達はじりじりとアヤカシとの距離を縮めながら―― 「行きますッ!」 気合の言霊を吐き、天寿院がその刀で一つの蔓がうねる塊を叩き斬った。うねる蔦がその液を撒き散らしながら悲鳴のようなものをあげた。だが現存する力もなく霧と化した。 獲物であるべき人間が牙を剥くなど許せないのか、途端に勢いを増したもう一体の蔓が、最も手近にいる天寿院を掴み取ろうと俊敏に足元に這い寄る。 「思うとおりにはなりませんよ」 しかし練力を使えばその攻撃も軽やかに飛退くことができた。 「こちらに踏み込んで来たのが」「運のツキです」 莠莉の放つ矢撃、それに露羽の手裏剣による剣撃がアヤカシにざくりと突き刺さり、個を保つことが難しくなったアヤカシが霧散。訪れる静寂。 開拓者達はそれでも刃を納めることはしない。 前後左右、天に地の全てに警戒の念を飛ばし、まだ襲い来るかもしれないアヤカシを探った。 しばらくの時間の後、開拓者達はこの場が僅かとはいえ、アヤカシからの脅威から逃れたことを知った。持っていた呼子笛で待機していた他の開拓者と医者を呼んだ。 最初医者は一人で採ると主張した。護衛である開拓者にそんなことまで任せられない、と。しかし。 「立ち向かう相手こそ違えども、お医者様も闘っておられるのですね。お医者様にしか出来ない闘いを。そのお手伝いを少しでも出来たとあれば、こんなに嬉しい事はありません」 開拓者である天寿院が医者の手を取り、助力の申し出をした。 「ん、あれなんか怪しいかい?」 既に氷は採取に移ろうとしていた。 「人命が掛かるとなれば、急がねばあるまい」 続いての氏祗の言葉に医者も納得したのか「お願いします」と呟き、頭を下げた。 「よーし、ちょっと待ってろ‥‥」 氷はその場で胡坐をかき、瞼を閉じ、そして。 「‥‥‥‥ぐぅ」 「って寝るなアミーゴ! 寝たら死ぬぞ!」 喪越が氷の首元を掴みがくがく揺さぶる。ここは雪山じゃない。 「ぐえっくるし、ちょ、やめ」 その二人の頭をすぱこんと紅雪がはたいた。その目が「ふざけていると今度は叩き斬るぞ」と警告している。 「すいません‥‥」「おーう、チョメチョ‥‥あっすいません」 陰陽師二人が正座で反省。珍しい図が見られた。 咳払いをし、氷が改めて符を取り出した。その符がほんのり淡く輝いたかと思うと、そこには小さな仔虎がいた。 仔虎はほてほてと歩き、薬草らしき植物に鼻を擦りつけ、はむと銜えた。 「よーしいい子だ」 氷が薬草と共に仔虎を抱き上げた。仔虎はまた淡く輝くと役目を終えた一枚の符に戻っていた。 「先生、これが薬草かい?」 「え、ええ、そうです。でもアヤカシの影響でしょうか、ここらにはあまり生えていないようです」 「もうすぐ冬が訪れますね‥‥薬草、不足がないように持って帰りましょう」 露羽の微笑みに、医者も何処か安堵を覚え、共に微笑んだ。 しかし医者の言う通り、期待していたほど薬草はそこに生えていなかった。 開拓者達は医者を護りながら、山頂の辺りを彷徨うことになってしまった。 「むぅ‥‥なかなか地道な作業ではありますが、これも薬を待つみよ殿のために御座いますっ」 額の汗を拭いながら莠莉が呟く。 冬も越せるに十分だろうと思われる量が集まった頃、既に開拓者達は逢魔が時に踏み入ってしまったことを知った。 「目的は果たした、急いで下山するぞ」 「いや、待て。夜闇の中、行きに出たようなアヤカシが出ればさすがに護り難い」 氏祗の提案に紅雪が異を唱えた。横目で医者を窺ってみると「私なら」と言いかけてくる。 「お医者様に何かあればみよさんを助けることは出来ません。夜は危険です、出来るだけ安全なところで夜を過ごしましょう」 露羽の微笑みの提案に沿うことにした。 薬草を探している間にある程度安全な場所というものも見つけていた。 そこは大きな岩の近く。絶対に安全とは云い難いが、アヤカシの襲撃があってもそこならば耐え易いという判断だ。 持ってきた干飯を黙って齧る開拓者達。 夜の見張りは前半と後半に別れて行うことに決めた。 医者には一晩中休んでもらうが、この山の中で完全に休息を得るのは難しいだろう。 何事もなく朝になれば、と願ったが同時にそれが叶わぬことであることも知っていた。 前の班と交代して僅かに時が過ぎたときだ。 「――ッ!」 何者かの気配。その歓迎されない来訪者に露羽の表情が硬くなる。即座に反応出来るように己の刃を構えた。氏祗と喪越が眠りに入っている仲間達を叩き起こす。すぐさま覚醒する者もいれば。 「さっき寝たばっかなのにぃ‥‥ぐぅ」 「寝るな」 再度夢の世界に入ろうとする氷の頭を紅雪が小突いた。 「――――ヴゥゥ―――」 低い唸り声を連れ立ち、狼のような黒い塊が二つ程現れた。狼も確かに人間に脅威を与える。だが現今の場所、其れは狼よりも更に人間に敵意を剥き出しにしていた。何故なら其はアヤカシだからだ。 「耐久力はなさそうですが、ね‥‥!」 呟く天寿院は己の刃を鞘から抜き放ち、真直ぐに構えた。 「邪魔をするな、といって聞くはずもなかったな」 すう、と息を吸い込む紅雪。そして轟と練力を吼えた。その咆哮にアヤカシの敵意が全て紅雪に向いた。これでとりあえず医者に牙が剥くことはない。 「獣の形をしているならば、狩りは僕の仕事でしょう」 練力で鷲と同じ目を得た莠莉が、確実にアヤカシの一体を射抜いた。 まだも人間を襲おうとする存在は天寿院が平正眼に構えた一撃で確実に仕留めた。 続いて氷の呪縛符が別の一体を地面に縫いとめる。 「動きは止めたぜっ」「助かる」 短く感謝の意を唱えた氏祗がアヤカシの眼前まで駆けた。そして斬とその存在を断ち切った。 「おうアミーゴ! またお客さんだよ!」 軽口を交えつつ、喪越が仲間達に警戒を促した。戦いの気配を察知したのか、何者かがまたこの場所に現れようとしている。人間への敵意を隠そうともせずにだ。 現れたのは鎧を纏った骸骨二体だった。元々は開拓者だったのかもしれない。 「だが今となっては人を襲う、我らの敵ですね‥‥」 悲しげに天寿院が呟いた。 「存在自体が、邪魔なのだ‥‥とっとと消えて貰おう」 元開拓者がではない、アヤカシそのものがだ。紅雪が刃を骸骨に突きつけ前に出でる。前衛に向くものは更に前に、後衛となるものはアヤカシの牙が医者に届かぬよう医者をその背中に庇った。 鎧の骸骨がその骨の手に握った錆びた刃を開拓者達に振りかざした。 「くっ」 避けきれぬと判断した天寿院の鎧が僅かに青白く光った。しかしその練力の働きも攻撃を完全に捌くには至らず、脇腹を押さえる破目になってしまう。 「大丈夫か!?」 待機していた氷が符を取り出し何事かを呟いた。傷が癒えたのか天寿院が氷に「ありがとうございます」と短く礼を述べた。 「容赦はせぬ、覚悟致せ」 こちらに攻撃をしたということは、こちらに踏み込んできたということ。大斧、鬼殺しを下段に構え、地を薙ぐ。起こる衝撃波が鎧も骸骨も両断した。 「おっと鬼さんこちら、捕まえたっと」 喪越の符が生きているかの如く舞い上がり、残る一体の脚に絡みついた。姿は可愛らしいのに恐ろしい力を持っているようだ、アヤカシの動きが鈍くなる。 そして刺さる手裏剣と矢尻。 「やりましたね」 「いや、まだです!」 同時攻撃が成功したことに喜びつつも、莠莉がまだその姿を留めているアヤカシを睨みつけた。 「ここは私が」 既に動けるようになっていた天寿院がその刀を振るった。 アヤカシは霧散とし、その場に静寂が戻った。 その夜もう一度アヤカシが訪れたが、氏祗の両断剣や紅雪の払い抜けで医者を護り抜くことが出来た。 やがて――東の空が白み始めた。 開拓者達は疲労に負けることなく、警戒の態勢で山を降りていった――‥‥。 慣れぬ戦いで疲労しているだろうに、医者は直ちに薬の作成に取り掛かった。 「すいません、私が健康な身体であれば‥‥」 まだ二十代かと思われる女性、みよが開拓者達に干飯を届けながら詫びの言葉を云った。自分のために今は危険な山で一晩過ごしたと聞き、せめて山で使った物品くらいは差し入れしようとしたのだ。 「いえ、これが私達の仕事ですから」 露羽は断ろうとしたが、みよは頑として受け取ってもらおうと「受け取ってもらわないと気持ちが治まらないのです」とその手に干飯を握らせた。結局、断ることは出来なかった。 「よーしアミーゴ達、俺と遊ぼうか」 「あそぼー!」「相撲しよう、相撲! 僕つよいよ!」 子供二人と戯れているのは喪越だ。あふたーけあも大事と子供の世話をするのを申し入れたのだ。記録者はあふたーけあという言葉は知らないが、あるといいものなのは間違いないだろう。 「じゃあお兄ちゃんが相撲よりももっといいものを教えて‥‥うおっと元気いいな!」 「おじちゃんだよ!」「お兄ちゃんは僕だよ!」 二人の元気有り余る男子の突撃に、喪越が仰向けに転がってしまった。 煙草を銜えながらそれを見ていた紅雪がふっと微笑んだ。 いつか開拓者の仕事はこのようなものだけになるかもしれない、と。 それはきっとアヤカシの脅威から逃れられた平和な世界なのだろう。 |