守るべきものは
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/18 21:44



■オープニング本文

●ある花火職人とその弟子
「親父の技は古いんだよ! 今は他の国の技術を取り入れるのはどこでも当たり前なんだよ!」
「へ、馬鹿いっちゃなんねえ。なんでもかんでも他所のものを取り込んでちゃ自分を見失っちまう。伝統ってのはほいほい変えていいもんじゃないんだよ」
 そこは代々伝統の技を受け継ぐ花火職人の作業場だった。その技は一子相伝。職人は生涯たった一人しか弟子をとらず、託される技はそれは精巧にしてより緻密、まさに芸術の名に相応しかった。その夜空に咲かす大輪の華は歴史に名を残す祭においても咲いたことがあるらしい。
 しかし今となってはその感性は古臭いと揶揄するものもおり、事実、現在持て囃されているのは、ジルベリアや泰国の技術を取り入れたものばかりだった。
 そして言い争っているのは今代の花火職人と、その技を受け継ぐ予定の若い弟子であった。
「伝統伝統って‥‥見てくれる奴がいなけりゃ守るもんも守れねえよ! 火薬の支払い、今月やっとだったじゃねえか。あっちこっちに借金してるの俺知ってるんだぜ‥‥親父のそんな姿見たくねえよ‥‥」
 若い弟子は拳を握り締めた。その拳は怒りか、悲しみのために震えている。
「‥‥この花火も俺の代でおしめぇかな」
「‥‥っ! この、わからずやめ!」
 若い弟子は憤りの言葉を投げ捨て、外へと駆け出していった。
「‥‥あの馬鹿息子めが」
 花火職人は弟子の、息子のことを振り返りもせず寂しい背中で、そうぽつりと呟いた。

●開拓者ギルド
「ここが開拓者ギルドってところかい」
「ええ、そうです。何か依頼したいことがあるのですか?」
 老人は初めて開拓者ギルドというものを訪れた。元来、人に頼ることを良しとしない性格である。何もなければ関わることもない場所であっただろう。
「いや、まあ‥‥ここは金がその、あまりなくても依頼を聞いてくれるのかい?」
「基本的にはそれなりのものを頂いていますが、中にはどんなに低くても請け負ってくれる方もいますよ」
「そいつらは変わり者って奴だろ、俺みたいなさ‥‥まあ、他に頼むとこもねえんだ。すまねえが頼まれてくれ」
 老人は初めて会う若い受付に頭を下げた。
「わかりました。それで依頼は?」


■参加者一覧
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
星風 珠光(ia2391
17歳・女・陰
箕祭 晄(ia5324
21歳・男・砲
橘 絢芽(ia6028
18歳・男・志
難波江 紅葉(ia6029
22歳・女・巫
新咲 香澄(ia6036
17歳・女・陰
千歳 永羽(ia7931
18歳・女・サ
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ


■リプレイ本文

 緩やかな山道が森の奥へと続いている。しかし左右を見渡せばのっぽの木々と大きな岩がごろごろしているだけだった。普通の人間ならばあえて踏み入ろうなどとは考えないだろう。
 その山道を一台の荷車が車輪を転がしていた。一人が先頭に立ち、二人が荷車の左右を支えている。荷物が大変重いらしく、その歩みは鈍い。いやそれより目立つのは先頭の一人が周囲を見渡し警戒していることだろう。荷物の中身が相当重要なものらしく、如何程高級であるのか想像を掻きたてられる。
 その獲物を見逃すほどこの山を根城にしている盗賊達は甘くない。
「おい、そこの人足」
 突然、岩の上から一人の男が現れた。濁った目で獲物である荷車を視線で姦す。身に着けている装備は気持ち程度の安物であったが、その得物は血錆で汚れきっていた。
 荷車を運んでいた人足達は怯えきっている。戦う術を持たない輩なのだろう、武器は持っているが構える様子はない。自衛のための刃だろう。もっとも今この場所では役に立っていないが。
「この山では通行税を頂くことになっている。ちなみに税率は荷物の中身全部だ」
 逃げ出そうとした彼らの道を塞ぐために、荷車の後ろの岩から、同じように目つきの悪い奴らが二人降りてきた。先に現れた男よりも装備が堅そうだ。サムライに近いかもしれない。こいつらが噂の盗賊なのだろう。
「ちなみに払えない場合は代わりに命を頂くぜぇ」
 べろりと抜身の刃を舐めながら盗賊達が距離を縮めてきた。小柄な人物が「に、荷物は置いていきますから‥‥」と怯えたように呟いた。
 先頭の統率者らしき女が観念したのか、一歩前に出て交渉を持ちかけてきた。
「荷物は渡すから私達のことは見逃してくれないかな。下手にここで騒ぎを起こして荷物がダメになったらあんたらも困るでしょ」
「よくわかってるじゃねえか。長生きするぜ」
 盗賊達としても何事もなく金品を得られればそれでいい、下手な傷を負う可能性は減らしておくに限る。
 どんなお宝が入っているものかと荷車の中を覗き込めば、そこには刀剣や防具の類が詰まっていた。鈍い光沢を放っているところを見るとかなりの業物だろう、と盗賊は考えた。
「ほう、武器商人だったか」
 全ての中身を奪っていきたいところだったが、重い荷物は足枷に成りかねない。盗賊達は適当に見繕っていくことにした。
「あれ、荷物全部もっていかないのかい」
 思わず口に出してしまった言葉に先頭の女が口を押さえた。後ろの二人も思わず顔をしかめた。
「ああ? 何を言っているんだ‥‥」
 訝りの視線を一人が向けたところで、荷車を嬉々として漁っている盗賊の後ろに二つの人影が現れた――‥‥。



 それより一刻程前のことだ。
「おめさんがたが盗賊さ倒してくれるならそりゃうれしいけんろ‥‥」
「今後悪さできないようにするから、みんなの協力お願いします!」
 新咲 香澄(ia6036)が大きく頭を下げる。見知らぬ開拓者の一途な姿に、助けられるはずの村人がたじろいでしまう。
「協力ったってわしら戦うこともできねだ」
「山を根城にしてる盗賊について何か知ってる事があれば教えてほしいんだ。私達が退治してやるからさ」
 難波江 紅葉(ia6029)の言葉に、村人もどこかほっとした表情を見せた。彼らは戦いを好む性格ではないのだ。
 田畑を耕し、慎ましい暮らしを過ごしていたこの村は今、盗賊によってその生活を脅かされていた。突如現れた盗賊達が山道で荷物を奪ってくるというのだ。あちらとしても目的は金品だけらしく、荷物さえ置いていけば命を奪われることもない。しかし命あっての物種とは言うが、金品を奪い続けられればその命を支えることもできない。それに盗賊団を恐れて商人たちもあまり寄り付こうとしなくなった。
 開拓者を雇って盗賊退治を頼みたいところだったが、身銭を奪われ続けそれも出来なかった、と目の前の村人が疲れきった表情で語ってくれた。
「わかりました。ボク達に任せてください」
「でもわしら、金さもってねえだよ」
「心配するな‥‥これは開拓者の義務だ。ともかく花火職人が一人連れ去られたと聞いたが?」
 少し離れた場所から様子を見ていた橘 絢芽(ia6028)が問いを発した。
「ああ、あの人だか‥‥」
 村人が語るには、あの山道を越えたところには港があるという。外国製の火薬が届くというので案内役の村人と共に数日前に向かっていったらしい。しかし何時までたっても戻ってこない。そして数日後、案内役の村人だけが一人、這々の体で戻ってきた。花火職人はというと、荷物を奪われてなるものかと抵抗しているうちに花火職人であることをぽろっと漏らしてしまった。ならば火薬の扱いに長けているだろうと盗賊は彼を無理矢理連れていってしまった、という。
「今頃どういう目さあってるだか‥‥かわいそうだべ」
「‥‥‥‥」
 開拓者達も捕らわれの弟子の安否に憂いの表情を見せた。



 一方別のところでは。
「それにしても永羽君、晄君、香澄君と旅館『灯火』の顔ぶれが揃ってるなんて奇遇だねぇ」
 しみじみと星風 珠光(ia2391)が呟いた。その隣には子犬のような目をした箕祭 晄(ia5324)がいた。
「女将〜、これあげるぜぇ。使ってくれ。目には目を、爆弾には爆弾を、だぜぇ!」
 晄は珠光に焙烙玉を両手で差し出した。物騒ではあるが珠光に尽くすものらしい。
「依頼だけではなく、今後君にずっと持っていてほしい。俺から君への贈り物さ!」
「そんな台詞は彼女に言ってあげなよ。それとも晄君に口説かれたって彼女に言ってほしいのかい」
「うっ‥‥そ、それだけは‥‥」
「ふふ、冗談だよ。危ないものだけど結婚祝いとして貰うからね。あとで返してって言っても返さないよ」
 にっこりと微笑んで珠光はそれを受け取った。



 話は現今に戻る。
 装備の充実に浮かれていた盗賊二人の後ろに二人の影が立ち、その無防備な背中に一撃を喰らわせた。
「ぐあっ!?」
 予想外の痛撃を受けた二人だったが、さすがに志体持ちであったのか倒れ伏すことはなかった。
 盗賊に奇襲攻撃をしかけたのは九法 慧介(ia2194)と瀧鷲 漸(ia8176)だ。
「お前ら開拓者か!」
 襲撃されていたのは自分達であったことに気付いた盗賊、身の軽さからシノビであろうと思われるものが標的として小柄な体格の人足、いや、香澄に刃を振り上げた。咄嗟に身を引くものの、身構えた右腕に血筋が出来てしまう。
「‥‥‥‥ッ!」
 しかし踏み込んできた敵の隙を逃すほど開拓者達も甘くない。
 一歩後ろに下がった香澄の代わりに絢芽が前に出る。そしてその後ろで紅葉が巫女の舞を踊った。神楽舞・攻は戦のための舞だ。絢芽に敵を倒すための力が湧いてきた。
 更に素早い相手に確実に当てるために、絢芽は刀を上段斜めに納めた。平正眼の構えだ。
「‥‥フッ!」
 ザシッ
 呼気と共に放った一撃は盗賊に確実な痛打を与える。
 盗賊は「ぐうっ」と呻き声をあげながら地面に倒れ伏した。死んではいないようだが開拓者から逃げることは出来ないだろう。
「くそぉ、おまえらッ!」
 仲間が倒された怒りではなく、生意気にも奇襲なぞ仕掛けてきた開拓者に激昂した盗賊の一人が、己に傷をつけた慧介に切りかかろうとした。だが、不意打ちで動揺した精神を隠せるはずもなく、軽々ひらりとかわされてしまった。隙だらけのその盗賊の首元に漸の長槍が突きつけられる。
 もう一人は仲間を見捨てて山奥へと駆け上ろうとしたが、その足元に鋭い矢尻が数本刺さった。
「ひ、ひいっ」
 どこかに姿を隠している晄の攻撃だ。その狙いを定める目から逃れることは出来ない。敵がわからぬ攻撃に盗賊はへろへろと尻をついた。



 いらない武具を囮として使ったのが不幸中の幸いだった。誰も荒縄を持っている者はいなかったが、代わりに持ち手が取れた鞭で盗賊三人を縛り上げた。錆びた鎖でないことを彼らは喜ぶべきだ。
 この場には先程まで姿の見えなかった千歳 永羽(ia7931)と珠光がいた。彼女達は荷車で武具と共に潜んでいたのだ。本来ならば荷物と共に盗賊の根城に潜入する予定であったが、万事上手くいくとは限らない。
 先程手傷を負ってしまった香澄だが、既に治癒符でその傷を癒していた。
「大丈夫かい? 残ったりしないといいんだけどねえ」
 香澄を案じる紅葉は自分の右腕を知らず押さえていた。袖に隠れて見えないが、大きな傷痕があるのだ。
「うん、そんなに深くないから。心配してくれてありがとう!」
 にっこりと香澄が微笑むのに紅葉は安堵の息を吐いた。
「せっかく狭い荷台の中に隠れていたのに失敗してしまったッス‥‥」
 いつもは元気な永羽がシュンとうなだれていた。
「まあまあ、俺としては途中で気付かれて、さっきより危なくなるよかいいと思うよ?」
 それは晄の本音であったが、彼が言うとどこか口説き文句のようだ。
「貴様らの根城はどこだ? 教えないのなら突くからな。生き延びたければ吐け。私も鬼ではないからな」
 盗賊の喉笛に漸の長槍がぴたりと突きつけられる。盗賊の首の皮膚が薄く裂けた。
「‥‥この山道の先の西の大岩の近くの滝つぼの中だ」
「嘘だったら戻ってきて殺すだけだからな?」
 慧介が珠刀をとんと地面に付いてその存在を主張させた。
「‥‥ここから東の山頂へ向かう途中にある山小屋だ」
 盗賊の苦々しい顔からそれが真実であるのが窺い知れる。
 開拓者達は盗賊達をそこらの木々に縛り付け、根城へと走った。



 山頂近くになれば木々の群生もまばらになってくる。しかしもうすぐ日の入りか、空が薄く朱に染まろうとしていた。この場所にまで辿り着いて気付いたのだが、ここからなら山道を行く人影を観察することが出来る。盗賊にとっては都合のいい隠れ蓑なのだろう。
 そしてかつては村人の誰かが炭焼き小屋として使っていたであろう建物には、複数の人影を察知することが出来た。
「召還、炎を纏いし小鳥よ‥‥我が眼となりて全てを見渡しなさい」
 胡乱な者に気取られないように、珠光が召喚の言霊をひっそり呟く。小さな火の粉が生まれたかと思うと、それは炎を纏った小鳥になった。小鳥は翼をはためかせ、炭焼き小屋の窓近く、大きく張り出しているエゴノキの枝に舞い降りた。
「重装備の男が二人、軽装備の男が一人ってとこかねぇ」
 珠光の視界は現在、小鳥の視界と重なっている。その瞳が小屋の奥まった場所にうつ伏せになっている若者の姿を視止めた。後ろ手に縛られているが、肩が上下しているところを見ると息はしているようだ。
 その様子を珠光は仲間達に告げた。「生きてはいるようだけどさ‥‥」
「乗り込むか?」
 慧介が自分の得物を構えながら若干腰を浮かせた。
「出てくるまで待ったほうがいいと思うッス。仲間が戻ってこないなら不審に思うはずッスよ」
「それにもうすぐ日没だしね。不意打ちの好機を待とうさ」
 永羽の言葉に紅葉も同意した。開拓者達は気配を隠しながら盗賊達が何時出てきてもいいように移動した。
「さぁて‥‥本気を出すとするか」
 ぽつりと漸は呟いた。その笑みはどこか妖艶であった。



 岩のように待ち続ける頃四半刻。闇の帳はすっかり落ちてしまった。
「おい、なんであいつら戻ってこないんだ!」
「しくりやがったか‥‥? やられただけならともかく裏切る真似はしてねえだろうな」
「とりあえず様子を見に行こうぜ」
 がちゃがちゃと武具の音をたてながら盗賊達が炭焼き小屋の扉を乱暴に開け放った。
「なんだぁお前は」
 目立つように、あえてその身を晒している永羽に、盗賊が奇怪を疑う声を投げかけた。
「――――ッッ!!」
 それは声ではなく雄たけびだった。咆哮。練力で全ての敵意を自分にひきつける技だ。先に出てきたサムライかと思われるもの二人が自分の意思でなく、本能のままに永羽を切り結ぼうとした。
「召還! 九尾の妖狐よ‥‥眼前の敵を全て焼き払いなさいッ!」
「!?」
 突如現れた珠光の九尾の狐が、妖気を蓄えるかのように全ての尻尾を伸ばし、そして、一斉の火炎放射。目の前の永羽しか見えていなかった盗賊は無防備だった。それ故にその炎から逃れる術は、ない。
「ひぁああぁ!」
 情けない声をあげながら、燃え纏う己の火を消そうとその場に転げ伏した。
「ち、ちくしょう!」
 難を逃れた残りの盗賊が山小屋に駆け戻ろうとする。その目的とする場所には怪我をした花火職人の弟子が転がっていた。
「人質にはとらせないよ!」
 香澄の放った呪縛符が盗賊の脚を縫いとめた。絡みつく式から逃れようとするも、近くに控えていた慧介が盗賊の背中に一撃を与えた。
「く、くそぉ‥‥」
 盗賊達は全てが終わってしまったことを知った。



 盗賊から暴行を受けていた弟子の傷は紅葉が神風恩寵で癒した。山小屋にいたものも、山道に縛って放っておいたもの、盗賊は全てギルドの方に引き渡した。弟子が抱えていた荷物の中身は、火薬の弱点もわからぬ盗賊が適当に放置していたため、使い物にならなくなっていた。
 向かえた熟年の花火職人が開拓者達に大きく頭を下げた。
「大事な息子を助けてくれてありがとうございやす」
 弟子は、息子はそれに何を思ったのかはわからないが、胸に込み入るものがあったのはその表情を見れば理解った。
「当然のことだから頭を上げてくれよ。それより、俺は報酬よりも花火が欲しいなぁ。ダメかぁ?」
 幾人かの開拓者達も報酬はいらないと進言してきた。が、職人はその申し出に暗い表情を見せた。
「それが‥‥火薬はこの依頼のために全部質に入れてきてしまったんでさぁ。あったとしても一から作るには時間が必要でして‥‥受け取ってもらえませんかねぇ」
「俺からもお願いします。花火は‥‥花火はまた俺達が作ります」
 職人の横に並んで、その息子も頭を下げた。
 開拓者はこのとき、彼らが守るべきものの意味を言葉でなく、その価値のみで理解ったのだ。



 ある小さな村で祭りがあった。その年の豊穣を祝うささやかなものだ。
 その村で咲いた花火はある花火職人が弟子と共に作り上げたものだという。其の華は美しいだけではない。見たものの心を揺さぶるものだった。
 ああ、親子の絆とは何と美しいものだ、と。