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■オープニング本文 ●ある建築家の屋敷 彼は素晴らしい建築家だった。おまけに前衛的な感性まで持っていた。なんと家自体に罠を仕掛けることによって防備を固めようと考えたのだ。 ‥‥まあ、それが若干やりすぎな面があったりして。 不心得な侵入者どころかただの訪問者まで撃退してしまったのだ。気付いたときには屋敷の住人さえも追い出し、二度と敷居を跨げなくなってしまった。 今屋敷の中にいるのはただ一人。変わり者の建築家だけだった。 彼の齢は七十。いろいろと心配な年齢でもある。 ●開拓者ギルドにて 「えっと、家の中で遭難しているかもしれないおじいちゃんを助けてほしいと‥‥?」 家の中でどうやって遭難するんだろう、あ、そういえばこないだ箪笥に足の小指をぶつけて思わず床に転がったら、柱に頭をぶつけて、そのあと箪笥の上に飾っておいたもふらさまの置物が腹に落ちてきたときはこのまま家の中で死ぬんだわ、って思ったわね、などと。やや夢想家気味の受付はぼんやりと考えてしまった。 「あの、どうしました‥‥?」 「はっ! い、いえ、なんでもありません! えっとそれでどうしておじいちゃんは家の中で遭難を?」 「実は祖父は建築家でして、我が家も祖父が造ったものなんです。でも祖父はその‥‥ちょっと、人に理解されにくい、というか排他的、というか‥‥とにかく前衛的な感性を持ってまして‥‥家に罠を仕掛けるのが趣味なんです」 「家に? 罠?」 「はい、家に罠です」 家に罠を仕掛けておいたら兎か狸でも捕まるのかしら、兎と言えばこないだ食べたジルベリア風の兎の丸焼き美味しかったわ、また食べにいきたいけどあれ結構高かったのよね、給料日まで待つしかないわね〜、と再び受付の脳内で別の世界が展開されはじめた。 「あの、大丈夫ですか‥‥?」 「はっ! 大丈夫です! お金ありませんけど結構うまくやってますよ!」 「あの、本当に大丈夫ですか‥‥?」 「大丈夫です! うちの開拓者達は実力派揃いですよ!」 「‥‥」 依頼人が心配しているのはおそらくそこではない。 「祖父はもう七十になる年齢なんです。もし万が一のことが起きていたらと思うと‥‥」 「それは迅速に対応しなければなりませんね。ところでおじいちゃんは何日家の中から出てきていないのです?」 「‥‥もしかしたら一週間以上祖父の姿を見ていないかもしれません」 「それは‥‥もう万が一のことが起きているかもしれませんね」 「‥‥そのときは、そのときで」 受付は依頼受付の心覚えに『救出対象の生死問わず』と書き残しておいた。 |
■参加者一覧
青嵐(ia0508)
20歳・男・陰
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
煉(ia1931)
14歳・男・志
幻斗(ia3320)
16歳・男・志
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
八散(ia5515)
19歳・女・志
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓
ジョゼット(ia7841)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 下町の一部にその屋敷は建築されていた。 三階建てとは云え、見た目は普通の屋敷だ。なのに非常に入りたくないのは何故だろう。(一部の開拓者を除く) 出来れば中に入らずに済ませたかったのだが、外からどんな呼びかけをしても返答のへの字もなかった。既に万が一の可能性が起きている可能性も考えてみたのだが、外回りを調べているときに壁から生えている金筒から煙がもくもくと出ているのを見つけてしまった。竈か何かだろう。平穏無事でこの屋敷の中ですごしているらしい。開拓者達は頭が痛くなってきたような気がした。 「わなやしき ぼーけん! おじーちゃん みつける! がう!」 勇猛果敢に爛々とロウザ(ia1065)が板張りの廊下を進んでいた。「慎重に行きましょうよ〜」と只木 岑(ia6834)が諌めているものの、聞こえてないのか「どーした? おいてくぞ!」と手を振ってくる。あまり効果がない。岑は現在『薔薇姫と突撃隊 参上』と墨書された旗を抱えていた。この班で行くと決めたときに決定した名前は『突撃隊と薔薇姫』であったはずだが、旗の文字の理由を尋ねると恥ずかしそうに「‥‥大きさ順です」と答えてくれた。 「興味深いお宅ですね‥‥いたっこんなところに罠が! 皆さん気をつけてください!」 「それはただの柱だよ?」 壁に激突しないように注視していた幻斗(ia3320)が柱の角にがつんと頭をぶつけた。隣で見ていた雪斗(ia5470)が心配気に声をかける。 「なだこれ?」 廊下を裸足で進むロウザの足が、板張りの一部を思い切り踏み込んだ。腐っているわけではない。明らかに何かが発動するものだ。がごんっ! と大きな音を立てて床板がぱっくりと真っ二つに裂けた。 「わぁあーっ!」「いきなりかぁっ!?」「おー♪」 雪斗と幻斗とロウザの三重奏が響き、床に突如開いた穴へと落ちていった。 「だ、大丈夫ですか?」 用心していたため難を逃れた岑が穴の底を覗き込み声をかけた。 「ろうざ わな みつけた! えらいか?」 「み、見つけたんじゃなくて発動させたんだよ、いてて‥‥」 はしゃぐロウザの下で雪斗が非難の呻き声をあげた。その下では幻斗がきゅうと目を回している。 すぐさま岑が荒縄を落とした。あらかじめ八散(ia5515)が全員分の荒縄をギルドから借り出していてくれたため助かった。カラクリ技師でもある彼女は、現在別働隊として屋敷に侵入しているはずである。彼らも同じような目にあっているのだろうか。何故かこちらにだけ罠を発動させやすい人員が揃っているような気もするが‥‥まあ、罠を発動させておけばそのぶんあちらの方も動きやすくなるだろう。たぶん。 「あそこ だれか いるぞ!」 森の生活で視力が鋭いロウザが目聡く天井の梁にいる何者かの姿を発見した。一番下でのびている幻斗以外の開拓者達が天井へと視線を集中させる。そこでは小柄な翁がにやにやと開拓者達を眺めていた。 「ひょーっひょっひょっひょっ見つかってしまったのう」 「あ、あなたがこの家の建築家のじーちゃんですか?」 恐る恐る岑が翁に声をかけようとした。が。 「そうじゃよ泥棒さんたちよ。わしの作った屋敷で退治してくれるわ」 ぶう、と開拓者達に尻を向けて屁を放ち、老人とは思えない嫌な素早い動きで天井の一部の板を引っ繰り返し、その中にひょひょひょと消えていった。 一方その頃、もう一班の開拓者達はというと。 「さて、どんな罠やカラクリがあるでしょうね?」 青嵐(ia0508)が床や壁に耳を当て、叩きながら歩を進めることで慎重に探索している。中の反響音を調べることで罠を回避しようとしているのだ。事実これでいくつかの罠が発見できた。 落とし穴に飛び出る槍、ばねのように外に放り出される仕組みまであった。廊下が迫り上がり、開拓者達を奈落へと(外ではあったが)弾き出そうとするときはさすがに焦った。追記しておくと最初は二階から忍び込もうとしたのだが、そこは窓ではなかったうえに無理矢理忍び込む輩を裁断する仕掛けまであった。恐ろしい。 「無事でいてくれると良いが‥‥しかし何てはた迷惑な」 煉(ia1931)も同じように慎重に調べながら苦笑している。まだもう一方の開拓者達の惨状を知らないので苦笑だけで済んでいるのかもしれない。 「生活痕は見つけたから‥‥おじいさんは無事だと思うの」 淡々とジョゼット(ia7841)が語る。人形のような白魚の手であったが、ひたひたと壁に触れる手付きは開拓者のそれだ。 感情表現に乏しい八散がぴくりと何かに反応した。 「‥‥そこ」 八散がまっすぐ指差す先では床の一部が捲れ上がろうとしていた。何か罠の出現か、それとも別の何かであろうか‥‥開拓者達は警戒しつつ何者が飛び出てくるか身構えた。 飛び出てきたのは白髪が僅かに生える翁の頭であった。 「ひょ?」 「じ、爺さんかっ」「いきなり出てくるとは‥‥」 煉と青嵐が翁に駆け寄ろうとした。が、「いけない」と八散が二人を押し留めた。次の瞬間、一歩踏み出ていた煉の目の前を槍が複数通過していく。前髪が二三本持っていかれた。 「なんじゃ盗賊団のおでましか。この屋敷に忍び込んだのが運のツキじゃよ、ひゃほほほほほほ」 「違います僕達は」と青嵐が声をかけようとしても翁は止まらず、ひょほほひゃほほという謎の笑い声をあげながらどこかに跳び去っていた。専用の足袋を履いていたとはいえ、その動きは老人のそれではない。アヤカシではない、はず。たぶん。 「あら‥‥?」 ジョゼットが翁が出てきた穴からまた何者かが出てこようとしているのを発見した。すわ今度は何者ぞと用心していると、鮮やかな薔薇色の頭がひょこりと出てきた。ロウザだ。 「おじーちゃん いるかー?」 「あら、ロウザ」 「おー! おまえたちか!」 続いて幻斗も顔を出した。雪斗と岑の姿は見えないが、この穴の狭さでは二人が顔を出すだけでも精一杯だ。 「おじいさんがこちらに来ませんでしたか」 床から顔だけを出しながら首を傾げる幻斗。自然と見下ろす形になってしまいやや心持が悪い。 「来たけど、逃げられた‥‥」 苦い顔で煉が告げる。八散が廊下の奥をじっと見つめているのでそちらの方に行ったのだろう、ということは窺い知れる。ただこの屋敷の中でどちらに行ったということを知れてもあまり意味のないことだろう。 「‥‥まずは話を聞いてもらわないといけないわ」 ジョゼットの言葉に幻斗が深い溜息を吐いた。他の仲間とて同じような表情だ。 「お ここにも なんかあるぞ! さわる いいか?」 しかしロウザがそれを聞いたときには既に彼女の行動は終わっていた。 「ちょ、おま‥‥」 ロウザが壁にあった何かの突起物に触れたことに、一番早く気付いた煉の表情が引き攣った。開拓者達は反射的に身を引いたが、穴に嵌っている幻斗とロウザには無理だった。 ごごご‥‥とどこからか何かの音がする。 ロウザが押した壁の反対側の壁に穴が開いた。そして出てきたのは大量の水。侵入者を全て流してしまおうと勢い良く噴出してくる。このような仕掛けをどのようにして作るかなんて謎だ。しかも今はそのようなことを考えている場合でもない。 「ま、またですかぁっ!?」「こうずいだー♪」 幻斗は悲痛の叫びをあげながら、ロウザは楽しみながら穴の底へと流されていった。直後に「み、水!? なんで!」「無理です〜っ。支えきれませんっ」という雪斗と岑の悲鳴も聞こえてきたので巻き込まれたのは間違いない。 「無事だと、いいんだけど‥‥」 八散が仲間の安否を祈った。答えてくれるものは誰も、いない。 「話は聞いてもらいたいけど‥‥その前に捕まえたほうがよさそうね」 ジョゼットがふんわりと微笑む。落ちた仲間達は大丈夫だとどこかで理解っているのだろう。 「とりあえず忍耐強く説得しましょう。それが駄目なら‥‥そのときです」 大量の水流に流されてしまった彼らであったが、運良く‥‥運悪くかもしれないが先程の落とし穴にまた嵌ってしまっていた。 「きゅう‥‥」 またもや一番下で幻斗が目を回している。 「あはは! たのしい!」 落とし穴の一番上でロウザがはしゃいでいる。 「ロウザさん‥‥何か仕掛けを見つけたら今度は触らないようにしてくださいね‥‥」 ロウザの尻の下で岑がさすがに叱責した。岑と幻斗の間では雪斗が「く、くるしぃ」と泣き声を漏らしていた。 「わはは! ろうざ おこられた! さわらない わかったぞ!」 元気良く片手をあげて返事をするロウザであった。本当に大丈夫か少し心配である。 全員が落ちてはいたものの、穴から這い上がることはそれほど難しいことでもなかった。四人も穴の中にいれば当然のことであっただろうが。 「それにしても‥‥」 今まで最も悲惨な目にあった幻斗だからか気付くことがあった。 「これだけの罠にかかったというのに、拙者達は傷一つ負ってないんですよね」 「あ‥‥」 言われて初めて幻斗も気が付いた。確かに刃物が飛び出てくる仕掛けはあったが、そのどれも直前で回避できた。いや、回避できるように作られていたのだろうか。 「何か理由があるのでしょうか‥‥でもそれを聞くためには」 あの翁を捕まえなければならない。 開拓者達の心はここでも一致した。 無事であると理解れば話は早い。 カラクリ技師である八散が罠を発見し、他の開拓者達が罠を解除もしくは破壊していった。水に流されていった仲間の安否は気になるところであったが、屋敷のあちらこちらで時々どっかんどっかん音がしてくるのを考えると、無事ではあるのだろう、と勝手に考えた。 そして彼らも気付いたことがある。 「この罠‥‥人を傷つけるように出来てない」 八散がわざと床にある罠を踏んでみた。鋭い針が隙間なく植えつけられた天井が落ちてくる。しかし何故か、一番背の高い青嵐の頭上僅かの箇所でぴたりとその装置は止まった。 「なるほど‥‥もしかしてお爺さんは」 「あっ!」 青嵐が何かに気付きかけたとき煉が目の前を猿のように動く翁の姿を発見した。即座に呼子を吹く。もう一班の開拓者達が沢山の罠にかかっているのなら、彼らもあの事実には気付いているだろう。 「こっち きこえたぞ!」 廊下の突き当たりにある掛軸の後ろから何故かロウザが顔を出した。あの後ろは壁でなく、どこかの部屋に繋がっているようだ。 「挟み撃ちだ!」 「おー!」 煉とロウザが今度の逃走こそ許すものかと翁に駆け寄った。そのとき。 「い、いててて‥‥」 翁がいきなり廊下に倒れ伏した。まさかこの瞬間に万が一のことが起こるなんて‥‥。開拓者達の間に緊張が走る。 「こ、腰が‥‥う、動けん」 そこまで万が一でもなかった。 からくり屋敷を舞台にした鬼ごっこはこれでようやく終わろうとしていた。 「おじーちゃん わな すごかったぞ!」 「わはは! そうかそうか! わしの罠は一流だ!」 寝台でうつ伏せになっている翁の隣でロウザがはしゃいでいた。湿布に使う漢方薬の匂いがつんと鼻を刺激する。 ぎっくり腰になった翁を連れて、開拓者達は現在町医者の診療所でだらりと一服していた。怪我はないものの、精神的に疲れていたのがロウザと行動を共にしていた幻斗と雪斗と岑だ。 「普通の家って素晴らしいですね‥‥」 「自分もそう思う‥‥それにしても酷い目にあった‥‥これは反省すべき‥‥かな‥‥」 幻斗と雪斗が町医者の一人娘が出してくれたお茶を啜りながら平和を噛締めた。 「あの、壊してしまってすみません」 己自身も疲労していたが、まずは謝罪すべきと岑が翁にぺこりと頭を下げた。 「ひゃひゃいいのじゃよ、また作ればいいのじゃからな!」 「カラクリは仕掛けだけじゃない‥‥人の心にも、物事の根底にも、必ず潜むもの‥‥仕掛けた本人にしか、解けないものもあれば、簡単に解けるもの‥‥あります‥‥」 「おぬしはカラクリ技師なのかの?」 こくりと八散が頷いた。伝えたいことはあるのだが、どう表現すればいいか解らず、戸惑ってしまう。 「あの罠は人を傷つけるために出来てなかった‥‥お爺さん、あなたは自分のカラクリを多くの人に見てほしかった。そうではないですか?」 青嵐がそう問いかけても翁は「さてどうじゃかのう」と鼻をほじるだけだった。この翁が素直に自分の思いを打ち明けるとは誰も思っていない。 「‥‥お孫さんも心配している。少しは年を考えた方が良いかと」 「‥‥それは悪かったのう」 煉の言葉に珍しく翁が反省の色を見せた。何故か町医者の飼い猫が「しゃー!」と煉に牙をむいているが、いつものことらしい。 「カラクリを見てもらいたいのなら、カラクリ技師の講師とかいかがかしら?」 「才能が埋もれる、というのは酷い損失ですからね」 ジョゼットの提案に青嵐が、他の開拓者達が同意した。 「折角の才能です。隠さずに後進の指導をなさるといいと思いますが」 「‥‥あのカラクリの作り方、教えてもらいたい」 八散の頬が少し紅潮している。未だ知らぬ知識を語ることが出来るかもしれないということに気持ちが昂ぶってきているのだろう。彼女にしては珍しいことだ。其れ程知識というものに魅力があるのだろう。 「成程、技師か。考えてみるかのう」 ある街のある屋敷に見習いカラクリ技師がわんさと訪れるようになるのはまた、別の話である。 |