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■オープニング本文 轟々と季節からの風がうなりをあげた。 木々の枝葉は限界までにしなり、中心にある小屋は吹き飛ぶかと思うほどにギシギシと悲鳴をあげた。 その小屋の中に声も出さずにただがたがたと震える子供がいた。数は三人、手首には荒縄がきつく縛られている。足首にも縄の痕は見えるが用をたすのに邪魔だということでそこだけは容赦してもらえた。 明かり取りを閉めて暗くなった小屋の中には大柄な男が数人。その中の一人は誰よりも大きく筋肉ばかりのごつごつした体には無数の刀傷が見えた。おそらく彼がこの悪漢達の頭領なのだろう。 「ただいま戻ってきやした」 容赦なく風が吹き付ける音に紛れて小屋の外から声が聞こえてきた。 「おう入れ」 頭領らしき男の指示と共にやはり柄の悪そうな男が小屋の中に入ってきた。細身であるが余計な肉がついていないというだけで貧弱というわけではない。目は常に吊りあがっておりどこか狐を思わせる。 「村には伝えてきたか?」 頭領が狐目の男に聞いた。 「へぇ。ちゃんと三日後の夜、この山小屋までありったけの金目の物と食い物をもってこいって。あと生意気な奴が殴りかかってきたんで手と足を全部折っておきました」 「なんだてめぇ生かしておいたのか? そういう奴はなぁ、村人の前で少しずつ切り刻んでできるだけ苦しめて殺しておくのよ。そうでないと効果がないだろう?」 「へぇさすがは親分です。次からはそうします」 そう言いながら狐目の男は子供達の方を見てにやりと笑った。子供達は「ひっ」と小さく悲鳴をあげるとより血の気の失せた顔でお互いを守るように寄り添った。 「開拓者なんか呼んだらこいつらを殺すとも伝えておいたよなぁ?」 「それはもちろんでさぁ。開拓者なんか大勢呼ばれたら敵いませんから。まぁでもどうせ長居はできませんしね。三日後に村人が来たら一緒に‥‥くくっ」 不穏な会話を打ち消すかのようにただ轟々と風が吹いていた。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
空(ia1704)
33歳・男・砂
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
アルトローゼ(ib2901)
15歳・女・シ
マリアネラ・アーリス(ib5412)
21歳・女・砲
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 今夜も轟々と風がふいている。 もしかしたら近いうちに嵐が訪れるのかもしれない。 「‥‥わかりにくいったらありゃしない」 ざわめく山の木々の中、アルトローゼ(ib2901)が眉間を揉みながら小さくため息を吐いた。暗くてわかりにくいというわけではない。シノビであるアルトローゼにとって夜の闇は暗躍する舞台でもある。 問題は季節の風だ。強すぎてどこもかしこも怪しげに見えてしまう。思わぬところで練力を消耗してしまった。 「村の入り口には誰もいなかったけどね」 麓の村に訪れる直前、アルトローゼは村の周辺を調べた。 「連絡役がいればと思ったのだが‥‥杞憂ならばそれでいい」 今は山の中にいる伏兵を探すべきだ。アルトローゼは再び集中することにした。 「ヒト相手かぁ‥‥やりづらいなぁ‥‥」 そして僅か後ろからついてくる鴇ノ宮 風葉(ia0799)も周囲に聞こえないように小さくぼやいた。 「仲直りすることを前提に考えるから難しくなるのよォ。子供を人質にするような悪いコにはたぁっぷりおしおきしちゃいましょうねェ、ンフフ!」 小さい呟きであったはずなのに隣にいたセシリア=L=モルゲン(ib5665)が含み笑いながら答えた。どんな小さい音であっても今の彼女が聞き逃すようなことはない。 「んー、でもやっぱりこの風はねェ‥‥」 ンフフ、とセシリアは小さく含み笑った。 しかし掻き消されてしまえば意味はない。 それは恐らく相手も同じだろうが開拓者達には目的があった。 一刻も早く子供達を助けなければ。 暗い山道を強い風に吹きつけながら荷車を押す存在達がいた。 ルエラ・ファールバルト(ia9645)は風に飛ばされないように市女笠を深く被りなおした。ジルベリア人特有の髪の色が露わになれば開拓者だと疑われやすくなる。 「‥‥そろそろでしょうか」 ルエラは遠く視界に入り始めた小屋を睨みつけた。これより進んだ場所に人の気配が複数。待ち伏せとは山賊らしい。 バサバサと上から小鳥が降りてきた。小鳥は荷車の後方にいるマリアネラ・アーリス(ib5412)の肩に降りた。 「‥‥へェ」 小鳥が咥えてきた地図を見広げ、マリアネラは鮫のような笑みをにぃっと浮かべた。地図はそのまま荷車の中に身を潜めている風雅 哲心(ia0135)にも渡された。 立ち止まった荷車にただでさえ短い堪忍袋の緒が切れてしまったのか、頂上の方から男達がぞろぞろと連れ立って現れた。手入れがあまりされてない刀や血錆に塗れた槍に好感を持つ輩はいないだろう。 「村からやってきた奴だな? さぁその荷車を渡してもらおうか」 にやにやと下卑た笑いを浮かべながら山賊の一人は言った。 「子供達が無事なのか確認させてほしい」 市女笠の下からルエラは山賊に告げた。 「ああ? てめぇら立場わかってんのか? 荷物の方が先に決まってんだろうが」 「まぁまぁ、お兄さん。さっさと取引すませちゃって気持ち良い事しなぁ〜い? そう言ってるんだよォ」 荷車の後ろにいたマリアネラが前に出て山賊を扇情的に上目遣いに覗きこんだ。 「な、なんだ、そういうことならってお前ジルベリア人か。なんでジルベリアの人間がこんなとこに」 「細かいことは気にしないでさぁ」 「いいや、気にしますなァ、頭領」 その嘲笑うような声は山賊よりも後ろから聞こえた。 やせた狐目の男と誰よりも大柄な筋肉質の男。話に聞いていた頭領とその手下だ。狐目の男は刀、頭領は斬るより叩き壊す方が優れていそうな凶悪な斧を持っている。 「‥‥荷台の中に誰かいるんじゃねぇだろうな?」 「な、中に誰もいませんよ。確かめてみます?」 頭領の低い脅しの言葉にルエラは箱の蓋をずらしてみせた。覗き込まれてもそこには食料しか見えない、はず。だが奥には身を潜めてる哲心がいる。 「なぁにそこまでする必要もないでさぁ。近づいてばっさりなんて怖いですからね」 狐目の男は頭領の目配せに呼子笛をくわえた。 ――幾許か前の刻。 小屋の前に見張りの耳にコツンと何かの音が入ってきた。こんな風の日だから折れた枝が落ちたのかもしれない。だが念のため見張りは小屋の後ろを見てくることにした。 当然何もない。 思い過ごしだとしてもう一度見張りに戻ろうと山賊は踵を返した。 だが闇から生まれるように現れた、布に覆われた手が山賊の口を塞いだ。 「〜〜〜〜ッ!?」 「オ レ ニ サ ワ ル ナ」 後ろの存在を払い除けようとした山賊は殺気のこもった囁きに身を竦ませた。一瞬の隙の後、山賊は頚椎に一撃を落とされ意識を失った。 景色に溶け込んでいた空(ia1704)の姿が露わになった。続いてそばの茂みに隠れていた佐久間 一(ia0503)が倒れたままの山賊に猿轡をした。荒縄で縛り付けて茂みの中に隠す。ここに訪れるまでに何度かした行為だ。 (子供達の安否が心配ですね‥‥) 佐久間は声に出さずに人質のことを考えた。物音が聞こえるたびに心眼を使うつもりだったが風が吹く山の中では消耗するだけだ。予定通りに伏兵を倒すことができずに佐久間は唇を噛み締めた。 心眼で子供がまだ生きていることは知っている。だがその気配は弱りきっていた。 二人は無言で頷き合って小屋の戸口に向かった。中の様子は人魂で風葉が寄越した地図と佐久間の心眼で把握している。 戸が勢いよく開かれた。 「んなッ!?」 「外すわけには!!」 気力を込めた刀が大きく振るわれた。 ザザッ! 「がッ!?」 生まれた真空が子供のそばにいた山賊を薙ぎ払った。痛みに男は傷を抑えて倒れこんだ。死んではいない。 小屋の中にいる賊はもう一人。 佐久間の背後から空が身を低くして走りこんだ。子供を盾にする暇もなく山賊は空の忍刀によって切り伏せられた。 「ヒッハハ、悪いコトッてなァバレた時点で二流、ギルドに討伐隊組まれてる時点で三流だ」 忍刀を鞘に納めながら空は含み笑った。 風は強かったが山賊のものと思われる悲鳴と物音が小屋の方から聞こえた。狐目の男は呼子笛を鳴らしたものの「ちっ」と舌打ちをした。頭領は肩に担いでいた大きな斧を下ろし開拓者を睨みつけた。 音を聞いたと同時に荷車に被せていた藁束が大きく舞い上がり、哲心が賊達の前に飛び降りた。 「手前ぇらの相手は俺たちだ。余計な真似なぞさせるかよ」 鞘から刀を抜きながら哲心は山賊を半眼で睨みつけた。 「ふざけんなよなぁッ!!」 簡単に挑発に乗った山賊二人が各々の得物を振り上げた。 哲心の刀が煌いた。 「あぐ‥‥ッ!」 ゴトっと刃こぼれした刀が地面に落ちた。賊二人は腕を押さえながら呻いた。どくどくと指の隙間から流れる血の量がけして浅い傷でないことを語っていた。 「こういう奴らは人質を自分たちが優位に立つためだけに利用しようとするだろうな。そんな奴らにかける情けなんざ欠片もねぇよ」 哲心は呻く賊達を冷たく見下ろした。その視線に一片の情けも存在しない。 「下っ端共が粋がってんじゃねーぞコラッ! 大人しくイかせてやろうってんだから感謝しろや!」 先程の情欲をそそる姿はどこにいったか、マリアネラが乱暴に、だが素早く銃を取り出し弾をこめた。 「いっちょくらいなァ!」 銃口を小屋へ向かおうとする山賊の膝に定め、マリアネラは引き金をひいた。 「ぎゃああああッ!」 膝を抱えながら賊はその場でごろごろと苦しみもだえた。 「手下の方はできるだけ瀕死程度に加減します」 ルエラが仲間二人に告げる。手下は悪人ではあるが頭さえいなければただのチンピラだ。更生の可能性だってある。 だが子供を攫い、激昂した村人の手足を折った狐目の男、そして山賊の頭領は違う。 「潰れて死にな!!」 肩に担いでいた斧を振り上げ、見た目にあわない素早さで頭領はルエラへと踏み込んできた。 「くっ!」 だがこんな隠そうともしない殺気、攻撃を見切るのは容易い。 ガギッ!! ルエラは盾を使い攻撃を受け流した。直撃はしていない。だが電撃の技を喰らったときのように腕がびりびりと痛んだ。 「そいつら連れてうまく動けると思うなよ!?」 呼子笛の音が周囲に響いた途端、どこにいたのか山賊達が現れた。囚われていた子供達が弱々しい手で佐久間の忍装束をぎゅっと握りしめた。 「だいじょうぶです。さぁ離れないようにして」 傷一つつけないためにも佐久間は子供達を背中に庇った。いざとなったらこの身を盾にしてでも守り通すつもりだ。 「おいおい、雑魚共がぞろぞろと夜中に連れションかぁ!? ヒヒッ!」 相手を嘲笑いながら空は現れた賊達の中心へ走りこんだ。 忍刀が血を纏いながら賊を蹴散らす。いきなりの遊撃に山賊達は反撃する間もなく刃に倒れた。 「まァ、瀕死まではイっとけ? ッヒヒ」 だが残った山賊達はまだ得物の切っ先を開拓者達に向けている。 個々の能力は明らかに開拓者の方が上。だが開拓者達は拘束されて弱りきった子供を守らなければならない。 どうすればいいのか。 「‥‥‥‥う」 賊の中の一人が膝をついて地面に伏した。 「お、おい、どうしたんだ!?」 「地味よね、この術‥‥あんた達がアヤカシなら、もっと派手にやるんだけどなー?」 茂みの中からゆっくりと現れた風葉が賊達を冷たい視線で睨め付けた。ちなみにこの眠りの術によりもう二人ほど山の中で眠り続けている。 ビシュッ 茂みの奥からのびた鞭が賊の武器を絡め取った。 「!?」 「ンッフフ! 武器が使えないんじゃどうしようもないわよォ! ンフ!」 セシリアだ。不意をつくような奇抜な動きはシノビが得意とするものだ。為す術を奪われた賊は「くそっ!」と呻きながら開拓者から距離を取った。 「こうなったら!」 弱者を狙って状況を変えるしかない。残りの賊達が子供をどうにかしようと無理矢理佐久間の方に走りこんできた。 だがその前に現れた黒い長髪の少女。 「さあ、お楽しみはこれからだ。私を楽しませてくれ」 アルトローゼは薄く楽しそうに微笑んだ。 「くそがッ!」 勢いを消すこともできず賊はアルトローゼに狙いを定めた。賊が武器を振り上げる前に身を低くして駆けるアルトローゼ。 「ハァッ!」 そのまま繰り出された蹴りが賊の体勢を崩した。 ズザッ! アルトローゼの忍刀の一撃。赤い血が白い頬に数滴飛んできた。 「くそ、こうなったら!」 せめて一人だけでもと賊は最も露出度の高いセシリアに斬りかかった。だが相手はシノビである。 「ンフフ、当てることできたらご褒美あげちゃうわよん」 たゆん、と豊満な胸を揺らしながらセシリアは難なく攻撃を避けた。 「もう! タッチもできないなんて悪いコね、ンフ! おしおきしなくちゃぁ!」 やや理不尽なことを言いながらセシリアは鞭を振るった。その頬は興奮で赤く染まり目はギラギラと妖しく輝いていた。 「元同業者もどきとして悲しいぜ。てめぇらみたいなカス共がここまで大規模な組織を牛耳る事が出来るとはなァ」 ガォン!! 再びマリアネラの銃口が火を吹いた。 「あぐっ!」 また一人膝を砕かれて地面に伏した。 「いい加減に、諦めなさい!」 ルエラの太刀振る舞いに恐れをなした賊の一人が「ひぃっ」と悲鳴をあげながら山の中へ逃げていった。何人かの賊達も開拓者が仲間と戦っている隙に散り散りに逃げ出している。 敵も反撃しないわけではない。 狐目の男の素早い一撃に前にいたルエラが軽傷を負った。 運がいいことに頭領の重い一撃をまともに喰らった者はいない。 ――賊の中で武器を持ってこの場に立っているものが狐目と頭領だけになったとき。 「これで貴様も終わりだ。さぁ、貴様の罪を数えろ!」 哲心が刀を構えて頭領を睨んだ。 「こいつで終わらせてやる。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 抜き放たれた白身の刃が軌跡を感じさせない恐るべき速さで頭領に襲い掛かった。 逃げることはできない。 「ぐあッ!」 筋肉質の胸板に斜め一文字の深い傷が生まれ、頭領は流れる血を押さえてその場に膝をついた。 「はは、これは手厳しいですなぁ、頭領」 明らかに不利だというのに狐目の男はくつくつと笑った。 そして。 「ここは逃げるが勝ちってことで!」 自分の上司が危機だというのに狐目の男は山の中へと一人逃げ出そうとした。 ガゥン! 「どこにだ?」 その足もとにマリアネラの銃弾が埋まった。頂上からすべてを終えた開拓者達が援護に駆けつける気配もある。 「ハハハ、冗談でさぁ」 軽口を叩きながら両手をあげる狐目の男。言葉はわらっているのに口はひきつっている。降参ということだ。 倒された山賊達は荒縄で縛り付けられた。役人に突き出されて罪を償う予定だ。けして軽くない罪だ。 山賊の眼前に、仲間の回復を終えた風葉が腕を組みながら偉そうに立った。 風葉は山賊達を睨みつけ、目を閉じた。その体が淡く光り、光は山賊の傷を癒した。 「お、お前‥‥」 「あによ?」 睨む視線に山賊は何も言えなくなる。 立ち去る直前、風葉はぼそっと呟いた。 「‥‥今度はもうちょっと大きな悪事するか、小さな善行するか。とりあえず今日みたいなセコいことしてんじゃないわよ?」 彼女の言葉に賊達が何を思ったかはわからない。だが賊の中には涙を浮かべている者もいた。 そろそろ夜が明けて朝になる刻だというのに村人達は起きて開拓者と子供達の帰りをずっと待っていた。 「わぁああん!! おっかぁ!」 子供が母親に抱きつきその胸で泣いた。 「一人くらい抱きしめてみたかったけどこの格好じゃ無理かな」 派手というわけではないがアルトローゼの衣装には茶色く変色した血がこびりついている。それに山中に逃げた賊を追った際に土や枝で汚れてしまった。 (今は母の胸で安らぐといい) 泣き続ける親子を見てアルトローゼは小さく微笑んだ。 |