降る災厄
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/09/28 19:07



■オープニング本文

 太陽が喰われてしまった。
 そう思うほどの大きな影だった。
 地面に落とされた大きな影に、村人は雨雲だろうかと空を見上げた。
「な、なんだ、あれは……!」
 黒く赤い色が空を覆っている。
 いや、そう思ってもおかしくないほどに恐ろしく大きな龍が空を飛んでいた。
 翼は胴体に似合わないほど小さいのに、ゆっくりと羽ばたき巨躯を支えている。
 大きな龍には大小様々なアヤカシが蚤のようについていた。龍の体が地面にじわじわと近づくと共に、悦び勇んだアヤカシ達が村人目がけて降ってきた。
 無力な村人が立ち向かうには酷すぎた。



 地獄というものはこのことをさすのではないだろうか。
 まず村人の上に降ってきた大小のアヤカシ。横から襲われれば別の方向に逃げればいいとすぐにわかるが、上からの奇襲など慣れぬ村人はどちらに逃げればいいのかわからず呆然と空を見上げ、頭を喰われた。
 ゴリュッ
 頭を喰われ村人の体が大きく揺らぐ。地面に倒れた村人の首の先では、頭よりも大きな蜘蛛が「キシシッ」とあざ笑うように顎を鳴らした。
「あ、う、うわああああああッ!」
 どこに逃げればなんて考える時間はない。村人は悲鳴をあげながらばらばらに逃げ惑った。
「は、ひぃっ」
 息も切れ切れになりながら走る村人の真上、迫り来る災厄があった。
「‥‥え?」
 彼が最後に見たのは地面を深く抉る大きな龍の爪だった。
 龍は足元に人間がいることにまったく気を留めず、重たい胴体をずしりと地面に寝かせた。
 金色の猫のような目が眠たげに周囲を見渡す。足元に人間がいることはわかっているが、体をひねってまで喰おうとは思わないようだ。彼はとんでもないものぐさだった。
 大きさから大アヤカシかとも思えたが、行動の鈍さはそこまで高い知能を感じさせない。おそらく上級アヤカシだろう。
 だが今の村人にはどちらであろうと関係のない話だ。
 とにかくこの突如降ってきた災厄から逃げ惑うことしかできないのだから。



「鉄錆丸、とギルドでは呼ばれています」
 真剣な表情でギルド員は語った。
「ここ数年は姿を見せることがなかったのですが、つい先程鉄錆丸と思われるアヤカシにある村が襲われました」
 ぺらりとギルド員は書類をめくりながら続けた。
「龍のような外見ですが非常に大きく、全長は普通の龍の約五十倍。気まぐれに人里に下りてきては人や龍などを食べ散らかします。もちろん討伐隊を組んだことはありますよ。ですが、開拓者が到着したときには飛び去っていることが多く、おそらく今回も‥‥」
 ギルド員は表情をひきしめながら開拓者達を見据えた。
「ですが、今回の依頼は鉄錆丸討伐ではありません。鉄錆丸自身も強大なアヤカシですが、厄介なのは彼の食べ残しを狙って体に憑いているアヤカシ達です。鉄錆丸は満足すれば去っていきますが、アヤカシの一部はその場に残り人里を襲い続けます。
 運良く街まで逃げることができた村人によれば、村の外れには洞窟があり何かあったときの避難場所となっているようです。
 開拓者の皆さんには村に残ったアヤカシの討伐、及び村人の救出をお願いします」


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
薙塚 冬馬(ia0398
17歳・男・志
柄土 神威(ia0633
24歳・女・泰
朧月夜(ia5094
18歳・女・サ
チョココ(ia7499
20歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
羊飼い(ib1762
13歳・女・陰


■リプレイ本文



「突如奪われた平和を少しでも取り戻せればいいんだがな」
 薙塚 冬馬(ia0398)が地面に落ちていたかんざしを拾いながら呟いた。彼の平穏は遠い昔、突然奪われた。亡くなった義姉の顔をかんざしに重ねてしまう。依頼は絶対に成功させなければならない。
「羽が小さいのに空を飛べるんでしたっけぇ。見てみたいよーな。戦うのも地獄絵図もごめんですけどぉ」
 羊飼い(ib1762)がその場の緊迫感にあわない間延びした口調で呟いた。
「たしかに、話に聞くほど巨大なら俺も開拓者として一度は見てみたいものだ。だが、今やるべきことは村人の救出。全力で挑まなければな、それにしても」
 朧月夜(ia5094)は村中において改めてあたりを見渡した。
「‥‥残っている村人がいるのなら避難を促すつもりだったのだが‥‥」
 考えていたよりもひどい状況に朧月夜の眉間にしわが寄る。
 生き残っている人間なんていやしない。
「まさに、災厄‥‥ですね」
 荒れ果てた村を見てエグム・マキナ(ia9693)が苦悶の声を漏らした。彼の手には逃げ出してきた村人に書いてもらった見取り図がある。だが見取り図には記されていないものが一つあった。
 村の真ん中に新しい道ができていた。
 それが本来の道でないことは潰れた作物やただの木屑と成り果てた農家、そして道に獲物がいないかうろうろと捜し求めるアヤカシの姿が示している。
 新しい地獄道から小鬼の集団が興奮しながら姿を見せた。口はしには布の切れ端、喰ったばかりの誰かの着物がひっかかっている。
「賽は振られた。さぁ、勝負と行こうか」
 冬馬は小声で呟き、片頬をあげてにぃっと笑った。構えられた刀の切っ先がアヤカシに向き、闘いが始まった。



 巨大なアヤカシによって作られた新しい道のもう片側、別の開拓者達が姿を見せていた。彼らは別行動で村の中のアヤカシを殲滅するつもりだ。
「アヤカシ風情が入り込んで良い場所じゃないんですよ、この村は」
 巫 神威(ia0633)がアヤカシの前に飛び出しそうになる体と感情を抑えるために両腕で体を固く抱きしめた。神威の村はアヤカシによって滅ぼされた。
 血の気が失せるほど握りしめられた神威の腕にそっと触れる存在がいた。
「仁一郎‥‥」
 神威の恋人、柄土 仁一郎(ia0058)だった。
「時間が経てばその分、避難している者達の心身に負担がかかる。なるべく早く、掃討してしまわねばならんな」
 口調は仲間に語りかけるものと同じであったが、目は優しく恋人を案じていた。早く殲滅するのは村人のためだけではない。
 少しでも彼女の哀しみを癒すことが出来るのなら。
「ま、女性に優しくするってのには賛成だけどね。できるなら噂の巨大アヤカシにも空気を読んでもらってご登場しないことを願うだけだ」
 竜哉(ia8037)が空を見上げながらぼやいた。
「鉄錆丸とかどうでもいいのですが‥‥」
 チョココ(ia7499)が淡々と呟きながら周囲に警戒の視線を投げた。敵は弱いが数だけは多いと聞く。囲まれないように気をつけなければいけない。
「強いものに寄生して欲を満たすやり口は気にいらねぇな。そんじゃま、かるーく全滅といこうか?」
 薙刀をくるりと一回転させる竜哉。彼の眼前には新しい獲物を見つけて喜びに顎を鳴らす大蜘蛛達がいた。
 竜哉はすっと身をかがめた。なぜかがめたのか知ろうともしない蜘蛛の一匹が好機とばかりに飛びかかってくる。
「そーれッ!」
 薙刀の柄によって蜘蛛が高く長く打ち上げられた。蜘蛛は遅れて迫ろうとしていた群れの中に落ち、群れの統率を少し乱してくれた。
「真っ当な『剣術』はこの際抜きだ。お前達は全て、冥府(タルタロス)の果てまで墜ちていけ」
「もう、支援くらい待って攻撃してほしいです。‥‥≪神楽舞・攻≫」
 白羽扇を両手に構え、チョココは巫女の舞を踊った。すでに行動した竜哉でなく、神威に。
「‥‥行きます!」
 好機を逃してはならない。竜哉によって乱された群れの先頭へと神威は一瞬で走りこんだ。瞬脚だ。
「はぁッ!」
 蜘蛛達が顎をこちらに向けた瞬間、神威の脚がその顎を蹴り割った。チョココの強化を受けていた攻撃はアヤカシの甲殻よりも硬い。アヤカシは自分が喰った村人と同じ運命を辿りながら瘴気に還った。
 続くように仁一郎も走りこんだ。敵に包囲されて身動きできなくなる前に、道を作らねば。仁一郎の投げた手裏剣が胴体に深々と喰い込み、蜘蛛は「ぎぃい!」と金切り声をあげた。打ち漏らしだけは防がなければならない。
「数が多い。確実に減らしていくぞ」
 仁一郎が仲間に向かって叫んだ。一撃で屠られるほど弱い。弱いからこそ数に油断してはいけない。
「‥‥長期戦になりそうですね」
 チョココはこっそりとため息を吐いた。



 思わぬ数に手間取っているのはこちらの開拓者も同じだ。
 余力を残しながらエグムは移動していた。思わぬ奇襲に即座に反応するためだ。
「どうにも、心配性と言いますか‥‥最悪の事態が頭をよぎりますね」
 ビシュッ! エグムの射った矢が一回り大きい鬼を貫いた。ジルベリア流の奇襲術に避ける術もなく鬼は瘴気に還った。それを確認して、エグムは空を見上げた。
 聞いた話によれば空を覆いつくすかと思うほど大きかったという。ならば現れる前兆は十分にあるはずだ。――現れないことは一番に願いますけどね、とエグムは心の中で呟いた。
 鬼の一匹が冬馬へと錆びた刃物を振り上げた。
「ぎぃぃい!! ‥‥ぎ?」
 仕留めた、と思ったのに冬馬はかすり傷程度しか負っていない。体を包み込む青い練力の光のせいだ。
「あの世に行っても悩んでな」
 いつの間にか鬼の背後に移動していた冬馬が返す刃を煌かせた。雪折。袈裟斬りにされたアヤカシの体が地に伏す前に瘴気に還る。
「あらかた片付いたら心眼の方、頼みますよ?」
 冬馬の後衛に立つエグムが声をかけてきた。
「ああ、忘れるもんかよ!」
 普段は冷静な冬馬の言葉尻が荒れている。戦闘に高揚しているのだろうか、攻撃的だ。
 後衛に控えている羊飼いが神経を集中させていた。
「えーとぉ、避難所はたぶんあっちの方ですねぇ‥‥うわ、こっちから行くとアヤカシだらけですよぉ」
 村の上空には羊飼いの放った符が燕の形となって旋回している。上から見れば村の被害もアヤカシの位置も一目瞭然だ。
「目的はアヤカシの殲滅だ! 避けていくなどという策は不要。鉄錆丸以外は滅するぞ!」
 羊飼いの連絡に、朧月夜は気合を入れるために叫んで答えた。
「んー、となるとできるだけアヤカシをひきつけた方がいいですよねぇ」
 羊飼いはごそごそと荷の中を漁った。取り出したるはブレスレット・ベル。腰につけると脚の動きにつられてしゃんしゃんと鳴った。
「これでアヤカシの寄せ餌になるかなぁ? きゃー! ‥‥でも虫けらに判断力がありますかねぇ」
 だが本能のままに動く下級アヤカシには効果があったようだ。音によって人間の位置を知ったアヤカシ達は羊飼いの方へと動き出した。
「バカが。目の前の獲物に気を取られて天敵のことを忘れるとはな」
 偃月刀が上段に構えられる。飛び掛ってきた小鬼の頭蓋に狙いを定め
 斬ッ!
 頭から二つに裂けたアヤカシは羊飼いを捕らえることなく塵となった。
「おぉ〜、ありがとうございますぅ」
「礼はいい。それよりも後ろからの攻撃にも気をつけろ」
「もちろん、わかってますよぉ〜」
 のんびりとした口調は不安であるが、符を取り出す表情は開拓者のそれだ。
「‥‥仲間に攻撃などさせはしない!」
 いざというときは盾になる覚悟を決め、朧月夜は刀の切っ先をアヤカシへと向けた。



「‥‥ハッ!」
 仁一郎の気合の反撃に蜘蛛の脚が数本、空中に散った。蜘蛛が地に伏せ体勢を整える前に神威の疾風脚によって蜘蛛は粉々になった。
 竜哉の型破りな戦い方にすっかり陣形を崩されたアヤカシはただの的でしかなかった。
 もうあらかたアヤカシは倒しただろうか。
「よくもまあ、こんな大量に‥‥」
 数だけは多いアヤカシに、チョココはある意味感嘆した。念のためにチョココは瘴索結界を張ってみた。
「もう、流石にいませんか」
「んじゃこっちも念のためと」
 竜哉は空の様子を確かめた。巨大なアヤカシが近づく気配はない。
「――――――ッッ!!」
 村の大地を震わせる咆哮が響いた。アヤカシがいたならば反応して敵意を向けてくるはずだ。だが向かってくるものは何もない。
「鉄錆丸ってヤツにも聞こえなかったようだな」
 竜哉は安堵のため息を吐いた。下級アヤカシならともかく、疲労した状態で上級アヤカシと戦うつもりはない。
「こちらに行けば避難所につくはずだ」
 村の見取り図を見ながら、仁一郎は経路を決定した。正直、アヤカシに破壊し尽くされているので見取り図が役に立たないときもある。
 それでも避難所らしき洞窟の前にたどり着いたのはこちらの開拓者だった。
「おい、大丈夫か! 助けに来たぞ!」
 奥にある鉄の扉に向かって竜哉は叫んだ。どこかから入り込んだアヤカシがすでに中の人間を食い殺してるのでは、と心配したこともあったが扉はゆっくりと訝しげに開き始めた。
 不安と、そして期待の眼差しの村人が顔を出した。
「怪我してる村人はこちらにどうぞ。回復を行いますよ。嫌でしたら別に構いませんけどー」
 チョココの申し出に数名の村人が前に出てきた。癒しの風の力により村人の傷が癒えていく。
「もし途中で巨大なアヤカシを見たら、慌てずに草むらの中に隠れてください。いいですね? こちらも発見次第笛で知らせますから」
 神威の言葉に村人達はこくこくとうなずいた。
 そんなことをしている間に、別行動していた開拓者達も避難所へとたどり着いた。
「敵は粗方始末した。落ち着いて村に戻ろう」
 仁一郎は皆に声をかけた。



「運がいいんだか、悪いんだか‥‥」
 朧月夜が急にざわめきはじめた空を見上げてぼやいた。
 鳥達が一方向から逃げるように空を舞っている。その方向からは瘴気を含んだ風がごうごうと開拓者や村人達を包み込んだ。
 ピィィイ!!
 開拓者の鳴らす笛の音が響いた。恐怖に我を失いかけていた村人達が少し正気を取り戻す。
「さぁ皆さん。指示のとおりに」
 神威が村人達を草むらへと伏せさせた。もちろんその前に羊飼いが小石を「えーい」と投げてアヤカシがいないか確かめている。
「来なくていいんだが‥‥」
 仁一はが上空の巨大アヤカシを強くにらみつけた。姿はかなり遠くにあるというのに巨大な胴体がうねっているのがよくわかる。
「いざというときは、この身を餌にしてでも‥‥」
 朧月夜は信念を呟きながら刀の柄を握りしめた。もしものときは村人を逃がす時間を稼ぐために鉄錆丸の正面に立つ覚悟だ。
 ボタタタタ!!
 空から幾数もの黒い塊が村の方面に落ちていった。落ちてしまった下級アヤカシに気を向けることなく、鉄錆丸は彼方の空へと飛び去っていった。
「あれはもしかしなくとも、アヤカシか。‥‥こちらもかなり疲労しているんだが、仕方ない」
 長期戦に練力をかなり消耗した冬馬が、腰を下ろして休みたい自分自身を叱咤した。まだ闘いは終わっていない。
 必ず村人は守ってみせる、と心の中に誓いながら開拓者達は降ってきた災厄に剣を向けた。



 さすがにもう一度鉄錆丸が戻ってくる、ということはなかった。新たに増えたアヤカシも退治し、開拓者達は息を吐いた。
 村人の救出、アヤカシの殲滅という依頼は達成されたが村の復興に手をかす開拓者達もいた。
 アヤカシの喰い残しとなった遺体に冬馬は布を被せた。隣で仁一郎が冥福を祈った。
「俺達には、これくらいしか出来んのでな‥‥すまない」
 どんなに急いでも間に合わなかったことはわかっている。それでも自分達の無力を感じずにはいられない。
 ――こんな災厄、二度と降らせやしない。
 義姉が与えてくれた大切な髪紐に触れながら、冬馬は村人達、そしてアヤカシの牙に倒れてしまった家族の冥福を祈った。
 だが死んだ者もいれば生きる者もいる。
「皆さん、炊き出しが出来ましたよ」
 神威が湯気のたつ器を村人に差し出した。あらかじめ材料はギルドからもらっていた。暖かい食料に気がゆるんだのか、涙を浮かべる村人に神威は言った。
「場所と人がいれば、また村は息を吹き返すんですよ」
 運がいいことに村長は避難所近くの畑にいたので無事だった。
「どちらから飛んできました? 些細なことでも良いので教えていただけたら」とエグム。鉄錆丸の情報を集めてギルドに報告するつもりだ。
「ああ、よく覚えてるだ。西の空が暗くなっただよ‥‥くわばらくわばら」
「西、ですか‥‥。辛いことを思い出させてすいません」
 ですが、必ず鉄錆丸は倒してみせますとエグムは心の中に誓った。



「開拓者って剣にしかなれない根無し草ですよねぇ」
 帰りの道、羊飼いがしみじみと呟いた。
 すでに時は逢魔が刻。西に沈む太陽が赤々と森を地面を、天儀の山々を赤黒く照らしていた。それはまるで鉄の錆の色のような。
「そうだな‥‥剣にしかなれないと言うのなら、せめて武器も取れない人々のために戦いたい」
 隣を歩く朧月夜が答える。
「ですねぇ。自分達は掃除しかできませんし、この後は皆様にお任せしますよっと」
 村人達はとりあえず村に居残る道を選んだ。これから先によっては村の放棄もあり得るが、未来はまだ誰にも明らかではない。
「大丈夫、今の私ならあんな悲劇を繰り返させはしないわ」
 神威はすでに滅んでしまった自分の村に想いを馳せ、切ない顔を見せた。だが隣で微笑む恋人を見て静かに微笑み返した。