【踏破】小さな翼の伝令
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/02 21:17



■オープニング本文

 老獪な面持ちの男が茶を盆に歩み寄った。
 彼に気付いたその女性は、湯飲みに手を伸ばすと、ぬるい茶と湯飲みを両手で上品に包み込み、小さくすすって一息つく。
「計画の様子は?」
「ハッ、彼等は開門の宝珠の回収に成功し、次なる作戦として魔の島討伐を企図する様子に御座います」
「さようですか‥‥ふふ。思ったより動きが早いのね」
「投資については、いかが致しましょうか?」
「さて。どうしたものかしら」
 妖艶な笑みを浮かべる彼女を前に、老人は事務的な面持ちを崩さず、あごひげへと手を伸ばす。
「どちらが良いか、難しいところでしょう。投資対象としてはもう少し安全になるのを待ちたいところで御座いますな」
 うんうんと頷く女性。
「‥‥そろそろ、援助を考えても良い頃合かしらね」
 再び、湯飲みに口をつける。
「まだ危険性も御座いますが、宜しいのですか?」
「物事には勢いというものもあるしねぇ」
 先代である亡き夫道三は、何かを決断する時には、世の「機敏」を捕まえなくてはならないと彼女に説いた。
 それは、木製の算盤では計算できないものであったが、一方で、単なる冒険主義や投機では無く享楽的な発想の産物でもない。心の中に自分だけの算盤を構え、目に見えぬ木目を弾かねばならないものだった。
「ま、後は開拓者次第かしら」
 くすくすと笑みを浮かべ、三度、湯飲みに口をつけた。



 何をするにも資本というものは大切だ。食料がなければ力は出ないし、武器がなければ丸腰のまま戦わなければならない。
 新しい儀の話が本当であれば商人は喜んで首を縦にふるだろう。本当であればの話だが。
 特に万屋商店総元締、万屋黒藍が同意すれば多くの商人も賛同せざるをえない。
 しかし商人というものは不透明な話に乗ることを好まない。
 ここで無理を通せば、たとえ成功したとしてもその後の黒藍の立場を危うくする可能性がある。
 よって開拓者達は黒藍に味方できるであろう他の有力な商人の説得も行わなければならない。



「ええ、恐らく主人としても黒藍様が賛同すれば支えてくれると思いますよ」
 開拓者の一人が向かったのは大きな染物屋だった。開拓者が使うようなものはあまり扱っていないが、老舗の商店としてありとあらゆる場所に顔が利くという。
 店主は黒藍を孫娘のように思っており、女の身では何かと不便な商いを陰から支えてきた。
 だがその主人は一週間ほど前から留守にしている。何でもある村でとれる新しい染料の材料の交渉に赴いているとか。
「そろそろ戻ってくる頃とは思いますが‥‥」
 本来ならば昨日戻ってくる予定だった。ただ途中で道草をくっているだけならいいのですけど、と店員が言ったときだった。
 昼間は常に開けている店の入り口から白い鳩が入ってきた。人に慣れているのか、店員の膝にばさばさと降り立った。
「お前、しろじゃないか。吉兵衛様はどうしたのだ?」
 店員はしろの足に巻きつけられている小さな紙片に気付いた。慌てて紙片を広げ、書かれていた内容に顔を青ざめさせた。
「そんな、吉兵衛様、崖下に落ちてしまわれたのか‥‥!」



「しろは無事に店についただろうか‥‥」
 ある山中の崖の下、負傷した足を押さえながら吉兵衛は呟いた。しろは頭のいい鳩だ。伝書に使うために遠くに出るときは常に連れている。それだけではない、大切な友人ともいえる。
「さて誰か助けにくる方が早いか、それとも‥‥」
 喰われる方が早いか。
 口に出せば実現してしまう気がしてそちらの可能性を言うことはできなかった。
 吉兵衛が見る山の空では、ぎいぎいと獲物を探しもとめるアヤカシの姿があった。


■参加者一覧
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
煌夜(ia9065
24歳・女・志
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
盾男(ib1622
23歳・男・サ
月見里 神楽(ib3178
12歳・女・泰
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰


■リプレイ本文

 暗緑色の山々が天儀の地表に連なっている。
 霞がかったこの景色の中には様々な生き物が住んでいる。
 豊かな果実を求める動物や、それを餌とするケモノ。
 間を縫うように、狭い盆地の中に安全を確保しながら生きる人間。
 ――そしてそれらの命を狙うアヤカシ。
「シャッ!!」
 黒いカラスによく似たアヤカシが千代田清顕(ia9802)の眼を狙いすましてきた。
「スイレン、右だ」
 清顕が軽く手綱を振ると、駿龍のスイレンは胴体を右に傾けた。アヤカシのクチバシが清顕の頭すれすれの場所を飛んでいく。
「急いで救出しないと、アヤカシも待ってくれないからな!」
 焔 龍牙(ia0904)が槍の穂先でアヤカシを貫きながら、仲間に向かって叫んだ。
 別のアヤカシの的にならないように龍牙の朋友、蒼隼はすぐにその場から離脱。一撃離脱を主とした作戦にアヤカシ達が悔しそうにぎゃあぎゃあと喚いた。
「本当に上から探すのは難しいのね‥‥。見えないものに拘泥して速度を落とすのはもったいないわ」
 煌夜(ia9065)が手綱を揺らすと、炎龍レグルスはアヤカシの群れる真下へとついと向かっていった。危険ではあるが、アヤカシの群れている下に吉兵衛がいる可能性もあるのだ。
「吉兵衛さん大丈夫かな〜?」
 月見里 神楽(ib3178)が空から下の木々を見ながら呟いた。
 緑の雑木達は上や横へと思い思いに枝を伸ばしている。自然の法則とはいえ、これでは人一人探すこともままならない。
「う〜、お山に木がいっぱいで見えにくいね‥‥。こういうのを『骨が折れる』って言うんだよね? 吉兵衛さんも本当に骨が折れてるかも‥‥」
 一人心細く痛みに耐えている老人を想像してしまい、神楽の瞳に涙が浮かんできた。
「きゅうきゅいっ!」
 黙り込んでしまった神楽を奮い立たせるかのように、神楽の朋友、望月が強く鳴いた。
「うにぃ、『心配する余裕があるなら、探す方に回せ!』ってことかな? そうだよね、見つけてあげるのが先決です!」
「そう、見つけるのが先決。早く終了させなければ」
 神楽の言葉に同意するかのように奈良柴 ミレイ(ia9601)は呟いた。朋友の甲彦と共に山道を上からたどっているが、同じように緑が邪魔して見辛い。
 空を飛ぶ開拓者達はひとまずアヤカシの騒いでいる場所を重点的に探すことにしていた。
 アヤカシというものは命を好む。怪我をして動けなくなっている人間を見つければ真っ先に群れるだろうし、何より命を害する存在を放置する理由はない。
「う〜ん、崖、崖っと‥‥。あ、み〜つけた!」
 プレシア・ベルティーニ(ib3541)が村から辿っている山道の近くに崖を見つけた。むん、と甲龍のイストリアの上で符を取り出して念じる。
「よぉ〜し、燕に変身して、ボクに吉兵衛さんの居場所を教えてねっ!」
 符はツバメへと姿を変えると、崖下に向かってつう、と飛んでいった。ツバメの視界はプレシアの視界だ。吉兵衛がいることを願うプレシア。だが。
「‥‥この崖にはいないみたいだよっ」
 プレシアは次の崖を見つけるためにイストリアの手綱を握り締めた。



 開拓者がいるのはもちろん、空だけではない。
 山中を通る細く踏み固められた一本の道。さんさんと照りつける日の光は緑の木の葉にさえぎられて地面に格子模様を描くしかない。
 長い道のりではあるが、夏の日差しに体力を奪われることはなさそうだ。
「どうして崖の下に落ちたんでしょう?」
 鈴木 透子(ia5664)が鳥かごの中に入っている白い鳩に語りかけた。だが鳩は返事に鳴くこともせずに、ただじっと顔を見つめ返してきた。
 言葉がわかっていないだけなのか、慣れない人間に怯えているのかはわからない。
「鳥の言葉がわかればいいんですけどネー」
 盾男(ib1622)が鳩の方を見ながらぼやいた。
 今、確実に吉兵衛の行方を知るのはこの鳩しかいない。
「遮那王を連れてこれたらよかったんですけど‥‥」
 透子はギルドにおいてきた朋友の名前を案じるように呟いた。
 人の捜索ということで、嗅覚の優れる忍犬、遮那王を連れてくるつもりだった。
 だが遮那王は仲良くしていた別の開拓者の忍犬に夏風邪をうつされてしまった。すっかり鼻をやられてしまった遮那王は、朋友専用の医療所で身を休めている。
「上に、見えてるでしょうか」
 透子は掲げている旗をちらりと見た。空を飛ぶ開拓者達に自分達の場所を知らせるためだが、この枝葉の量では心もとない。
 透子は荷物の中から小さな鉄鍋と棒切れを取り出した。
「そ、それは‥‥?」
 おずおずと隣を歩く盾男が尋ねた。
「この音が吉兵衛さんに届けば、救出が近いことをわかってもらえるはずです。それに空を飛ぶ仲間達にも」
 返事をしながら透子はカーンカーンと鍋を鳴らした。眉一つ動かさない真面目な表情だが、はたから見れば何かの宗教に見えてしまう。
「アハハ、確かにそうかもしれませんネー」
 と返事をしつつも、少し距離をとってしまう盾男だった。



 地上から定期的に金属と笛の音が聞こえてくる。仲間の鳴らす音だろう。
 空からも返事のように呼子笛を鳴らしている。
 まだ見つからないという返事を。
「意識があるなら聞こえてんだろうけどな。せめて大声でも出してくれれば」
「出せないほど弱っているか、それとも出せば危険だと思っているのか」
 清顕の繰り言に龍牙が言葉をかえす。
 山に訪れたときはまばらにしか見えなかったアヤカシの群れが増えてきていた。開拓者の気配にひきよせられたのだろう。どこにこれだけ隠れていたかと驚いてしまう。
「吉兵衛さんらしき音は聞こえないな‥‥ちっ、どきなよ。お前らに構ってる時間が惜しい」
 襲いかかってくるアヤカシに苦無を投げつけながら、清顕が周囲に耳をすました。
 清顕の耳はすでに練力を湛えていた。普段なら聞こえない小さな音も確実に聞き分けることができる。
 それでも聞こえないということは近くにいないか、もしくは龍牙の言うとおりアヤカシの存在に身を潜めているのかもしれない。
「むぅ〜、こっちの崖にもいなかったよ〜‥‥」
 プレシアがため息を吐き、イストリアが慰めるように小さく鳴いた。プレシアの本日三度目の人魂では吉兵衛を見つけ出すことができなかった。
「吉兵衛さんを連れて帰る途中に襲われても癪だし、そうでなくとも人を襲う存在を放っておく理由もないしね」
 できるだけ倒して帰りましょう、と煌夜がレグルスに語りかける。レグルスも同意するように一声鳴いた。
 アヤカシもそこまで愚かでないのか集団で動く開拓者達に積極的に攻めてこようとはしない。
 煌夜はレグルスの手綱をひき、仲間達から一人はぐれてみせた。好機と見たのかアヤカシの群れが動きだす。
「さて‥‥ひきつけるわよ、レグルス」
 戦いの場の外へ向かい、頭をクチバシで狙いすますアヤカシに煌夜が怯む様を見せる。アヤカシにとっては十分に逃げる獲物に見えた。調子付いたアヤカシがぐんと煌夜に向かってきた。
 中でもアヤカシの中心を務める大きな怪鳥が煌夜の胴体を貫くために加速してきた。
「いくわよ、紅蓮紅葉!」
 煌夜の刀が紅の燐光を纏った。
 ふ、と笑った煌夜が身を低くする。
 アヤカシが驚くように体勢を立て直そうとするが、すでに遅かった。
 ザンッ!
 紅葉のような光と共にアヤカシは切り裂かれた。
「しかし‥‥きりがない!」
 ミレイが長槍でアヤカシの胴体を薙ぎ払う。ぎぃいとアヤカシが悲鳴をあげてミレイに禍々しき爪を向けてきた。
「遊撃作戦なんだよっ、ゴーゴー!」
 だがミレイの後ろから望月の背に乗っていた神楽が空気撃を放った。攻撃の構えを崩せればと思っていたが、思わぬ直撃にアヤカシの体は急降下、そのまま森の中で瘴気に還った。
 確かにミレイの言うとおりきりがなかった。
「『焔龍』と『蒼き稲妻』の名にかけて、邪魔者は強制排除させてもらう!」
 龍牙の槍の柄が半回転、刃の切っ先が龍牙の体に対して平らになった。確実に狙い澄まされた一撃が鳥のアヤカシの胴体を貫いた。
 思わぬ足止めに開拓者達は焦る。
 吉兵衛が崖から落ちて一日以上たっているのだ、いつアヤカシが吉兵衛を見つけるかわからない。それにアヤカシに襲われなくとも手遅れになることもありえる。
 そのとき、清顕の耳に、警戒するようにひそめられた呼び声が届いた。



 カーンカーン‥‥
 鉄鍋の音が周囲に響く。
 崖らしきものが見えたときは透子の人魂の技により下の様子を窺い見ている。だが、どこにも吉兵衛の姿を認めることはできなかった。
「‥‥いますネ」
 盾男が背後の茂みに視線をよこしながら透子に告げた。
 開拓者達の背後の茂み、奥からわずかに枯れ葉を踏む音が聞こえる。そして低い唸り声。おそらく話に聞いた狼だろう。
 捜索の前に透子が村人から聞いた話では、こちらが武器を持っていたり複数であるときは襲い掛かってこないらしい。だが少しでも弱った素振りを見せれば隙ありとみなされ襲われる。
「今はいいかもしれませんが‥‥っ!? この道‥‥」
 急に透子がその場に跪く。踏み固められている道に残るほどの強い足跡、その先には急な斜面。
「そこに、誰かいるのか?」
 あまり大きくない声が開拓者達の足元から聞こえてきた。声を聞いた鳩がぐるぐると騒ぎ出す。
「吉兵衛さんですネ、大丈夫ですか? しろの案内でお迎えに参りました」
 盾男が崖下へと近づこうとしたそのとき。後ろにいた狼達がわずかに動く気配がした。
 わかっているのだろう、この下に怪我人がいることを。
「狙われてますね。助けに入ったら襲われるかもしれません」
 透子が茂み奥を睨みつける。
 開拓者二人ならば襲われることはない。
 だが吉兵衛を助け出そうと背後を見せれば。傷を負っている吉兵衛をひきあげれば。
 それはきっと狼にとって絶好の機会となるだろう。
「困ったネー‥‥。そうだ、おーいアルフ、久々の出番アル。ちゃんと働いてネ」
 盾男が片手をかざし、リングに朋友の名前を呼びかけた。リングがわずかに光ったかと思うと、その場に巨大な蛙、ジライヤが現れた。
『おっと、お呼びですか?』
 シルクハットにタキシードを纏った巨大な蛙がうやうやしく盾男に礼をした。
「狼がこっちを狙ってるアル。撃退はしなくていいけど、襲われないように見張っていてほしいネ」
『了解しました』
 盾男の命令にアルフレッドが茂みの奥を睨みつけた。突然現れた巨大な蛙に狼達が動揺する気配を見せた。
 やがて無理だと悟った狼達は悔しげに去っていった。
 改めて崖下を覗き込む。ここに来るまでに見た崖と同じように、崖に生えている木々のせいでよくわからない。
 透子が一枚の符を取り出した。符は小鳥の姿になり、崖の下へと飛んでいった。
 小鳥の見る先には足を押さえながらも助けを待つ老人の姿があった。彼がいたのは崖にわずかにできたでっぱりだった。もし少しでも落ちた場所がずれていたら、彼の命はなかっただろう。
 ほっとしつつも、透子はあることに気付いた。
 人一人座り込むのがやっとの隙間に、開拓者が下りても大丈夫だろうか。
 そんな彼らのもとに上から声をかけるものがいた。
「そこにいるんだな、手伝うぞ!」
 清顕だ。超越聴覚でさっきの吉兵衛の声を察し、駿龍で駆けつけてきた。
 縄を崖上から落とし、吉兵衛をひきあげる。
 狭い出っ張りと枝葉の上ではなかなか思い通りにいかない行動だ。
 盾男は上を飛び回るアヤカシに警戒の視線を投げ続けた。



 吉兵衛がひきあげられた頃、空のアヤカシ達にも異変が現れた。
 下にいる人間にやっと気付いたというべきか。
 空の人間にはかなわない、ならば地面を這う人間共を狙おう、そう考えたのだろう。怪鳥の一匹が地上目がけて滑り落ちるように飛んでいった。
「そうはさせないんだよっ、おりゃぁ〜、斬撃符!」
 プレシアが符を放つ。見えない風の刃が怪鳥の翼膜を切り裂き、怪鳥が悲鳴をあげた。
「ボクの符だって、早く飛んでったら斬れるくらい痛いんだぞぉ」
 何かを勘違いしているプレシアが小さな胸をはった。
 アヤカシの変化に気付いたのはプレシアだけではない。
「離れた場所のアヤカシには、これが最善だ! 蒼隼、ソニックブームだ!」
 龍牙の命令に、蒼隼が翼を大きくはためかせた。
 巻き起こった突風が衝撃派をのせて地を狙うアヤカシへと襲い掛かる。
「ぎぃぃぃぃッッッッ!」
 不意をつかれたアヤカシに衝撃派は直撃。アヤカシの体がきりもみながら落ち、高くそびえ生える針葉樹の先に落ちた。生きてはいない。
「吉兵衛さん大丈夫かな? 望月君も心配みたい、皆様と頑張って助け出すんだから!!」
 神楽がアヤカシの弱点を突く強い一撃を放ちながら皆を激励した。望月も応援の気持ちを表したいのか元気よく翼をはためかせた。
「そうだな‥‥もう少しだ!」
 ミレイは槍の柄を強く握り締め、己に気合を入れた。



 空のアヤカシはかなりの数であった。だが空を舞う開拓者達にはかなわないことを知り、やがては散り散りにどこかに消え始めた。
 追うつもりはない。だがいつかは倒さなければならない。
「書き込みはこのくらいでいいだろうな」
 龍牙は筆を入れていた地図を乾かし、丸めて荷に放り込んだ。
 道や山の位置しか記されていなかった地図は龍牙が上から見てわかる範囲で書き込んでいた。後でギルドに返却するつもりだ。
「大丈夫ですか? もう痛みませんか?」
 透子は吉兵衛に治癒の符を使った。
 幸いなことに骨は折れていなかったため、治癒の符だけでも吉兵衛の足は歩くことができるまでに回復した。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう、お嬢さん」
「ほら吉兵衛さん、干飯で粥を作ったよ」
 清顕が湯気をたてる碗を吉兵衛に手渡した。
 ミレイも顔をぷいと横を向けながら梅干を渡す。どうやら恥ずかしいらしい。
「しろのお手柄だ。良い相棒を持って良かったな、吉兵衛さん」
 清顕が鳥かごの口を開けた。元気良くとびだした鳩が吉兵衛の肩にのり、ぐるぐると頭をすりつけた。
「君達が望んでいるのは‥‥新しい儀の話だね?」
 いつ話を持ち出そうかと思っていた龍牙が「驚いたな」と一言もらした。
「うにぃ、吉兵衛さんは神楽達の思ってることがわかるんですかぁ?」
 神楽が小首をかしげて尋ねてくる。
「いやいや、まさか。商人というものは噂を耳に入れるのが早いんだ。それにある程度は相手が望むものを察しなければならない。商売だからね」
「好印象の為に弱みに付け入るみたいで心苦しいですが‥‥」
 盾男が苦笑する。
「それが君達の仕事なのだろう。黒藍が賛同するのなら力を貸すつもりでいたが、私個人も後押しをしよう。それでいいね?」
「ええ‥‥はいっ!」
 煌夜が大きく返事をした。
 史実にはのらないだろう。だが時代を動かす力を一つ手に入れた、そう感じた。



 開拓者によって吉兵衛救出される。
 この報せは万屋商店総元締、万屋黒藍の耳にも届けられた。
 それと同時に吉兵衛からも開拓者に力を貸してほしいと書付が送られてきた。
 黒藍を孫娘のように思っている吉兵衛が、彼女に頼みごとをするということは稀だった。
「そう、吉兵衛さんを助けてくれたのね」
 いつかどこかで見た場面のように、一人の女性が盆の上にある湯飲みに手を伸ばし、茶をすすった。
 駆け引きを生業とする商売柄、開拓者達が一片の下心も持たずに動いたのではないということはわかる。
 だが新しい儀の話など存在せず、万屋黒藍を動かすつもりがなくとも彼らは動いただろう。
 開拓者というものはそういうものだ。
「さて、どうしましょうかね?」
 くすくすと笑う女性の感情を窺い知ることはできない。
 ただ打算も胸算もなく動く大きな流れに、憧憬を抱いていた。