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■オープニング本文 とある天儀のとある国のとある街のとある長屋。 どこにでもある一般的な風景に、ある一つの危機が訪れようとしていた――‥‥。 「ひ、ひどいたかりん! もう離縁してやるんだからぁっ!!」 「そ、そんなまこりん、待ってくれ!!」 ふぇ〜んと涙を流しながら一人の女が外に飛び出し、どこかに走り去った。彼女の名はまこと、近所では熱々と評判の夫婦の片割れ、だったはずだ。 もう片方である旦那のたかしは何かに打ち震えるようによろよろと出てきたかと思うと、その場にがくりと膝を落とした。妻を追おうと思ってもすでに姿は見えない。 「ま、まこり〜〜〜〜〜〜ん!!」 たかしには妻の名前を叫ぶことしか出来なかった。 「と、いうわけでまこりんの誤解をといてもらいたいんです!」 「誤解と言われましても‥‥」 うわぁまた来たよこいつ、ギルドの受付はげんなりした顔を見せた。だがそこはプロと言うべきか、次の瞬間にはにっこりと微笑んだ。でも目は笑っていない。 「それで奥様はどちらに行かれたのですか?」 「えっと、それは見失ってしまって‥‥」 「では依頼は奥様の捜索でよろしいでしょうか?」 などと事務的にも依頼の受付が行われようとしていたときだ。 「た、大変だ〜! オラの村に小鬼の集団が現れただよ、退治してほしいだよ!」 わたわたと慌てながら農民がギルド入り口から転がり入ってきた。 「急ぎのようですからこちらから受付ますね。それで、小鬼の数はどれくらいですか?」 「えっといち、にぃ、とにかくたくさんだ! あ、あと、どっかからやってきた娘さんが小鬼のいる方向に走っていってしまっただ! なんか『たかりんのばかー!』とか叫んでる妙な娘さんだったなぁ」 村人の言葉を聞いたたかしはその場で卒倒した。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
夏目・セレイ(ia4385)
26歳・男・陰
柊 真樹(ia5023)
19歳・女・陰
皇 那由多(ia9742)
23歳・男・陰
白梟(ib1664)
17歳・男・志
藤嶋 高良(ib2429)
22歳・男・巫
月見里 神楽(ib3178)
12歳・女・泰
観那(ib3188)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 村がアヤカシに襲われた、しかも一人の女性がアヤカシのいる方向に行ってしまったと聞いて開拓者達が集まったのだが。 「愛してる方が鬼に!? それは大変です! すぐに行きましょう!」 何かを勘違いした観那(ib3188)が慌てていた。 「違うよ、まだ鬼嫁にはなってないらしいよ!」 しかも柊 真樹(ia5023)が身もフタもない突っ込みを入れる。 「でも、こういう時に使ってこその龍だよね?!」 「そうですね。それに馬も借りれませんか? 急には龍を動かせない人もいるはずです」 真樹がギルド窓口に身を乗り出し、皇 那由多(ia9742)も彼女の言葉に言い添えた。 二人の勢いにたじろぎながらも、ギルド員はこう返してくれた。 「うーん、急ぐだけなら構いませんけどぉ、危ないところには出さないでくださいね?」 ギルド員が奥にいる係と共に、馬の貸し出し手続きを行う。だが村人が申し訳なさそうにおずおずと開拓者達に言い出してきた。 「龍というとあのおっきな鳥みたいな奴だか? この時期の作物は風に弱いものがあるだ、出来るなら畑の上では飛んでほしくないだ‥‥」 開拓者としても村の被害を増やす行為はしたくない。 どうやら馬も龍も戦いの場面には使えないようだ。 「それにしても喧嘩して向かった先に鬼ですか‥‥泣きっ面に蜂ですね。無事ならいいんですけど、少々心配です」 白梟(ib1664)の言葉に開拓者の誰もがうなずいた。 最良と思われる手段で村へと向かったので、村人はまだ村の外れに避難しているだけだった。馬と龍を村人に預け、開拓者達は村の中へと急ぐことにした。 「ぼ、ぼくもまこりんのところに、うぷっ」 たかしも馬に乗せて連れてきたのだが――馬酔いしていた。すぐに青い顔で道ばたにうずくまってしまう。 「だ、大丈夫ですか? たかしさんはここで村人達と一緒に‥‥」 「い、いえっ僕も‥‥うぷっ」 白梟の言葉に「僕も行きます!」と答えるつもりだったが、たかしの顔色はすでに青白いを通り越して土気色になっていた。 たかしは避難中の村人に預けられることになった。たかしの様子はこれ以上見せられないよ! 「ねぇ、別々に行動するのはどうかな?」 と真樹が提案したのは、まことを保護するもの、アヤカシに対して囮になるもの、囮が引き付けたアヤカシに奇襲をかけるものに分かれることだった。 開拓者達は策に乗ることにし、それぞれが村の中へと散らばった。 まずは村の中。 見たところアヤカシはまだ訪れていない。だがいつどこから侵入しているのかはわからない、まことの保護に向かった犬神・彼方(ia0218)とセレイが油断なく周囲を見渡して警戒している。 「夫婦喧嘩は犬も食わないってぇいうが‥‥鬼にくわれちゃぁ元も子もないな」 犬神が周りを眺めながら呟いた。アヤカシに気付いたまことが出てくればそれでいい、もしもアヤカシだったなら懐の符と手元の槍で、と考えていた。 「まこりんさんが襲われてしまえばそれはもう悲劇です。さて、そんな悲劇は止めにまいりましょう」 ついでに夫婦の危機も、と隣の夏目・セレイ(ia4385)が犬神の言葉に付け加えた。 だがすぐに二人の耳に遠くからの悲鳴が届いた。 それよりほんの少し前。 村の外れ、小鬼が侵入してきたという畑の方面から村の中心へと向かっている二人組がいた。 「家族の仲が悪くなるのも、村を荒らされるのも世界の危機です!」 むん、と頭に頭巾を被りながら気合を入れているのは月見里 神楽(ib3178)だ。神楽は獣人だが、猫耳を頭巾で隠し尻尾を巻きつけることで村の子供になりきっている。 隣には同じように女らしく変装している観那がいた。上から軽く手で押さえている懐の中には都で買っておいた少し上等な肉がある。匂いでひきつけ、いざというときには投げつけておびき寄せるつもりだ。 二人はアヤカシをひきつける囮の役だ。 「鬼さんはどちらに言ったのでしょう‥‥」 観那がきょろきょろと周りを窺ったとき、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。かなり近い。 獣っ子二人は顔を見合わせうなずくと、その場に急いだ。 「きゃああああ!!」 中心で叫んでいるのはまことだった。四方八方をすっかり小鬼に囲まれている。赤い鬼とやらも三体見えた。 「た、たかりん‥‥」 喧嘩して飛び出したが、命の危機に呟くのは愛する旦那の名前だった。 「あっ、あそこです!」 観那がまことを指差した。最初に駆けつけたのは獣人の二人だ。遅れて犬神とセレイも姿を見せるが、全力で走って間に合うかどうかの距離にいる。 「いけません、このままでは!」 観那は鬼達に向かって懐のいいお肉を投げつけた。ああっ今日のおススメ、霜降り豚トロが空を舞った!! しかし鬼は舞い散る豚トロよりも近くのまことの方にじりりと距離をつめようとしていた。 やっぱ肉は新鮮なものに限るよね、できるなら生きてるやつ! ということらしい。 「あわわ、いけません!」 今度は神楽が小鬼の中心地へと駆け出した。あっという間にまことのそばへ。 自分よりも背の低い少女がどうするのかとまことが見守ると、神楽はまことの腰をがっと掴んだ。 「えっ。ひわっ!」 ぐおん、とまことの景色が歪む。神楽がまことをつかんだまま瞬脚の技を放ったのだ。気の波動により移動するため、まことは振り落とされることなく、遠くにいた犬神とセレイのいる場所まで運ばれた。 悲鳴をあげるかと思ったまことだが、どうやら最初に舌を噛んでいたらしい。神楽がまことを下ろしたときに舌を出しながら涙目になっていた。 「さて、まずはまこりんさんの安全を確保しなければいけませんね」 セレイは口を抑えたままのまことの背を押し、村の中へと急がせた。 そして鬼達の前にいる観那は、じり、と後ずさると 「きゃー鬼ですー!」 鬼達の前で元気よく悲鳴をあげた。おいしそうなまことはどこかに消えうせ、残っているのは二人のみ。一番近いのはもちろん、目の前の観那である。 頭の悪い小鬼達は目の前のおいしそうな人間にごふごふとヨダレを垂らした。 「さあ、こっちですよ!」 観那は村の外、鬼達が荒らしてきた場所を辿るように走り出した。 つかず離れず、鬼達と一定の距離をとる観那。 鬼達も目の前の獲物を逃してなるものかと追いかけてきた。鬼達の錆びた武器が観那を仕留めようと振りかざされるが、ひょいひょいと軽やかな足運びで傷一つつけることができない。 「へへーん、当たりませんよーって‥‥あれ?」 鬼達が急に立ち止まり、何かをごふごふと相談していた。そしてくるりと反転して村の方向へ。 「あ、あれ? こちらにこないんですか?」 観那が鬼達にぶんぶんと手を振ってアピールしてみるが、鬼達はちらりと恨めしげな視線を投げてくるだけだ。「どーせお前逃げるごふよ」と言ってるような気がする。 「村へは戻させませんよ!」 ガツンッ! 「ふごっ!?」 村の方向から現れた神楽が鬼の一体に攻撃、哀れな鬼は顔面をひどく地面に打ちつけた。 鬼達が反撃しようと武器を構えるが、神楽は姿勢をそのままに観那の隣に並んだ。瞬脚だ。 「鬼さんこちら、手のなる方へ♪」 神楽の挑発に鬼達は大逆上。武器を振り上げ、二人へと向かってきた。 一方、村の中を行く犬神とセレイ。 間を歩いていたまことが突然立ち止まり「戻りたくないですぅ」と呟いた。 「たかりんに愛されないくらいなら、まこりん開拓者になってアヤカシを倒しにいきますぅ!」 「ちょ、ちょっとまったぁ、あんたぁ、志体持ちじゃぁないんだろぉ?」 犬神が引き返そうとしたまことの肩を慌てて掴んだ。 「そうですけど、それは努力とか根性とか勝利でなんとか!」 「無茶言わないでください、‥‥ちっ、あんなところに」 セレイがらしくない舌を打った。開拓者達の前に数体の小鬼と、一回り大きい赤い鬼も一体現れた。 「よーし、ではさっそく‥‥」 まことが腕まくりをしてアヤカシの前へと歩き出す。 「だから無茶言わないでくださいってば‥‥そうだ、あの家の中から俺達の戦いを見学していてください。とりあえず見習いとして」 セレイが扉が開きっぱなしになっている農家の一つを指差してまことに告げた。 「はい! わかりました!」 まことはすぐに家の中に飛び込んでくれた。扉は閉めたので鬼を近づけさせなければまことは安全だろう。 「ここぉは一肌脱いできっちり仲直りさせよぉかぁね」 犬神がアヤカシに向かって薄く笑った。 「う〜、痛いです、強いのもらってしまいましたぁ〜」 少し涙目になりながら観那は走っていた。小さな額に大きなコブが出来ている。先頭を走る鬼の一撃を受け損なってしまったのだ。もしも鬼の武器が鋭かったら命はなかった。 神楽も無傷ではない。右肩を軽く叩かれている。 「もうそろそろだとは思うんですが‥‥」 呟きながら走る神楽達の斜め前に大きな茂みが現れた。ちら、と横目で確認しながら二人はその前を駆け抜けた。 と思う間に方向転換。何度か気をひくために攻撃はしたものの、向き合ったのは初めてだ。 鬼達もさすがに警戒してその場に立ち止まる。 「符よ、風になれ!」 茂みから現れたのは一枚の符。だが符は真空の刃となり鬼の一体を切り刻んだ。 「ごふ!?」 仲間が瘴気に還ったことで鬼達の間に動揺が広がった。 茂みから那由多、真樹、白梟が姿を見せる。さきほど斬撃符を放ったのは那由多だ。 「絶対に逃すわけには行きません‥‥!」 前に出るべきか? いや、相手は雑魚とはいえ数だけは多い。囲まれれば大打撃を受ける可能性だってある。 白梟が刀を構えながらじり、と小鬼達との間合いを測った。 「くらいなぁ、霊青打ぁ!」 犬神の槍の一突きに赤鬼の体が瘴気となって霧散する。最初は距離をとって戦っていたが、この場にいる開拓者はたったの二人。重い装備を身につけている犬神が自然と前に出ることになった。 「せめて前を任せているからには‥‥治癒符!」 セレイの放った符が犬神目がけて飛んでいく。ぺたりと貼りついた符が小鬼赤鬼にやられた犬神の傷を癒していった。 「ご、ごふぅっ!?」 残った小鬼は二体。 だが頭となるものをやられた小鬼達は、目の前の敵から逃げるために後ろへと慌てて駆け出した。 「あっ、逃げるなぁ!」 「追うしかありませんね」 犬神は槍を握り締め、セレイは軽く肩をすくめてから走り出した。 「ハァッ!」 一歩前に踏み出た白梟が刀を振り下ろす。肉を裂く音と同時に小鬼の一体が瘴気に還る。 だが踏み込んできた獲物を逃す理由もなく、三方向から鬼の武器が白梟を狙った。 「くっ‥‥」 すかさず後ろへ跳ぶことで回避するが、避け切れなかった一撃が胴に打撃を与えていった。 囮であった二人も今まで温存していた力を使い、小鬼を瘴気へ還した。 残るは赤鬼二体。 数としては開拓者側の有利であるが、さすがに動きも攻撃も小鬼のそれより一回りも優れている。個別に見れば赤鬼と開拓者の力は同等だろう。 赤鬼の一体が那由多の方へと走りこんできた。見た目にも防御が薄そうな那由多を倒して逃げるつもりだ。 「そうは、させませんよ!」 剣先を見極め、体を流す。赤鬼のこん棒が那由多の左腕を掠った。だが受け流すのが那由多の本当の目的ではない。 「魂よ、砕けてしまいなさい!」 那由多が符を取り出すと、黒く厳つい鬼の手が赤鬼の胸元へと伸びた。ずぶ、と沈み込んだ手が何かを掴むと、鬼は「ぎひぃっ」と悲鳴をあげて倒れふした。再び起き上がる前に鬼は塵に還った。 「あと一匹だよねっ!」 真樹がふふふと含み笑いを漏らしながら赤鬼にじりと近づこうとした。 例え力が同等であっても三体一。不利なのはもちろん、アヤカシ側だ。 「ご、ごふ〜〜っ!?」 たすけておかーちゃーん! とでも言っているような叫びをあげて、小鬼は武器を投げ出して別方向へと走り出した。 「逃すわけには!」 小鬼の動向に目を配っていた白梟が小鬼を追いかけ、走り出した。 「逃がさないんだよっ!」 真樹が赤鬼を追いかけながら叫んだ。さきほどから式を使う機会を狙っているのだが、相手が全力で逃げるのでこちらも全力で追いかけなければならない。 白梟も共に追いかけているが事情は似たようなものだ。 「こんなところで鬼ごっこなんて!」 改めて追跡することにまで気を配っていてよかった、と思う真樹だった。小さいとはいえアヤカシ、一匹残らず殲滅する必要がある。 だが鬼を追う開拓者の前に、二匹の小鬼が新たに現れた。 「まさか仲間と合流させてしまうなんて‥‥」 もっと早く殲滅すべきだった、と悔いる白梟。 赤鬼と小鬼の表情がぱぁっと明るくなり、途端に悪そうな笑みに変わった。これで人間達に勝てるごふ! なんて思っているのかもしれない。だが――。 「おや、奇遇ですね。こんなところで」 小鬼の後ろから現れたのはセレイ、そして犬神だった。 「んー、つまり有利になったのは君達、じゃなくて僕達ってことですね」 にこりと那由多が鬼達に向かって微笑んだ。 というわけで開拓者の活躍により村を襲った鬼達は壊滅した。見つけたときは鬼に囲まれていたまこりんも、怪我なく保護することが出来た。 ――だが問題はあと一つ残っていた。 「まこりんはこの人たちと一緒に開拓者になりますー!」 「そ、そんなまこりん‥‥!」 がくりとたかしが膝をついた。 それより少し前に白梟が 「たかしさんにも悪気があった訳じゃないみたいですし、たかしさんも次こそはきっと覚えていてくれていますよ! だから許してあげてください」 と頼み込んでいたのだが、たかしが村の入り口で村人の綺麗なおねーさんに介抱されているのを見ると、ぷわわっと涙をためてさきほどの言葉を叫んだのだった。 「んー‥‥そうです。こういうのはどうでしょう」 那由多がたかしの耳にぼそぼそと何事かをささやいた。 ごくりとたかしが唾を飲み込み、何かを決心した。鬼が荒らした畑の中心へ歩き出し、真ん中で立ち止まる。 「まこりんっ! 僕は、君を愛している!!」 畑の中心で、愛を叫ぶ。 「たかりん‥‥っ!」 よくわからないシチュエーションがまことの琴線に触れた。まことはたかしに駆け寄り、夏の日差しよりも暑いラブシーンがはじまってしまった。子供には見せられないよ! 「式や龍で危機を演出、なんてことも考えていたけど必要なさそうだねっ」 と真樹が最年少の神楽の視界を手で覆いながら呟いた。 「めでたしめでたしの大円満なのです、かぁ〜?」 大円満ではあるがとりあえず神楽の問いに今、答えるわけにはいかない‥‥。 |