珍味と戦え!
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/26 23:17



■オープニング本文

●とある怪しい定食屋

 開拓者と云えど、もちろん腹は減る。
 だが今日の昼に限ってどこの店も満席であった。
 いや、ここより戻れば席の空いた店もあっただろう。だが、もう少し先に行けばより美味な店があるに違いない、などと考えてしまい、そしてとうとう‥‥その定食屋以外に存在する店はこの近辺にはなかった。
 空腹も頂点に達しようかとした今、選択肢はこの店しかなく、仕方なく入ったその先には髭の店長が笑顔で迎えてくれた。右手には肉切り包丁が鈍い輝きを放っている。前掛けの赤い染みは豚か鳥のものだと信じたい。
「アイヤーいらっしゃいませアル!」
 壁のメニューには「飯」「肉」「麺」「店長のおすすめ」としか貼られていない。
 客はたった今入ってきた開拓者達以外にはおらず、店の奥の厨房からは酸っぱいような苦いような甘いような怪しい臭いが漂ってくる。入り口付近にある猫の置物は客寄せのお守りのつもりかもしれないが、逆の効果を発している気もしないでもない。
 ちなみにこの店長に「肉とは何の肉だろう」と尋ねれば「肉は肉アルよ!」としか返ってこない。
 しかも口調は商売のための演技らしい。ただ怪しいだけである。

●一応食事を終えて

「あなた達開拓者アルね、実は頼みたいことがあるアルよ」
 食事が終わったのを見計らって、店長が目の前の空いた席にどっかりと腰を下ろした。
 出された食事は個性的な味付けであったが、まあ、それなりに美味かった。ただ実際に口に入れても何の材料を使っているのか判らなかった。あまり気にしないほうが今後の精神的健康のためかもしれない。
「ある魚を釣ってきてほしいアル」
 魚などという真っ当な食材を使うことに驚きだ。
「その魚は大人五人くらいの大きさアルよ。水の底からいきなり現れて動物を襲うらしいアル。今度の新メニューに使いたいアルよ」
 やはり真っ当ではなさそうだ。
「行ってきてくれるのならさっきの食事サービスにするアルよ。とくにヒレが美味らしいアルね。あまり傷つけないように宜しくするアルよ」

●さて海にやってきたわけだが

 店長は港に船を用意してるアルよ、私ってば優しい依頼主ね、などと言っていたのだが、確かに船は用意されていた。
 見た目は普通の猟師が使う船だ。開拓者が全員乗っても沈むことはないだろう。
 ただ、ばさばさと風に揺れる「珍」と書かれた大漁旗が目立っていた。嫌な程に。
 帰りたくなってきたのは気のせいではないだろう‥‥。


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
七里・港(ia0476
21歳・女・陰
遠藤(ia0536
23歳・男・泰
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
水津(ia2177
17歳・女・ジ
奏音(ia5213
13歳・女・陰
廻里(ia7315
25歳・男・志


■リプレイ本文

●港にて
「ああ、それは鮫だな。おめぇさんたち鮫を捕まえるだか」
 胡坐をかきながら休憩している漁師に話しかけているのは三人の開拓者だ。全員が女性であったため、傍から見ればどこか誤解されそうな情景だったかもしれない。
「ええ。もしよかったらその鮫を捕まえるコツを教えてはくれませんか?」
 漁師に話しかける七里・港(ia0476)の隣で、小さな奏音(ia5213)が紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)をじっと見つめていた。今日はこの前去った夏がもう戻ってきたのかと思えるほどの暑さで、普段は厚い着物の下でよくわからない紗耶香の身体の線を認識することができた。
「‥‥おっきぃの〜」
 七里もかなり魅力的な女性であったが、紗耶香のそれは鞠とか鏡餅を連想させる。果たして自分はどの程度成長するのだろうか。そのままでいてほしいと願う輩もいるかもしれないが、それは奏音の考え知ることではなかった。
「やあ、荷車借りてきましたよー」
 港の端から呼びかけてくるのは遠藤(ia0536)だった。荷台を後ろから支えているのは水津(ia2177)だ。荷台の上には保存用の氷が乗っているため、少し重そうだ。
「この荷車なら‥‥大人五人の大きさの魚でも乗せることが出来ると思います‥‥」
 水津が荷台の影におどおどと身を隠しながら言った。
「ところで、他の方はどこにいますか?」
 荷車を覗き込む紗耶香から視線を逸らしつつ遠藤が尋ねた。
「俺はここにいるぜ。牛の面のおっさんと元気な嬢ちゃんは船の方だ」
 ひょいと身を乗り出してきたのは廻里(ia7315)だ。その口には煙草が銜えられている。
「煙草なんか吸うと健康に悪いですよ」
「煙草は頭の回転を良くするんだぜ。それに死なない程度に吸ってるしな」
 諌める遠藤に対し廻里は飄々とした態度をとった。遠藤が何か言おうと思ったところで漁師が声をかけてきた。
「あんた、船の上じゃ煙草はご法度だべ。船が燃えてしまうだ」
 廻里はこの依頼を出来るだけ早く終わらせることを心の中で誓った。
「ま、死なない程度に頑張りますか!」



●蒼い海の上で
「わはは! うみ ひろい! でかいぞ!」
 船の上を物珍しそうに飛び回る野性的な少女はロウザ(ia1065)だ。開拓者全員と荷車が乗っても平気な大きさとはいえ、ロウザが移動するたびに船体がぐらぐらと揺れた。
「新鮮なのはわかるがここは海の上だ。危ないし皆にも迷惑だ。大人しくしているのがよかろう」
 はしゃぐロウザに戒めの言葉を与えたのは王禄丸(ia1236)であったが‥‥彼は牛の面に褌一丁という出で立ちだった。その手にはモリが握られている。「海の化物を相手にするのだ。それなりの恰好で挑まねばな」などと言挙げしていたが、今現在この船に訪れている脅威は鮫ではなく、この男自身なのは間違いない。
 紗耶香と七里は不自然に海を見つめながら「暑いですね」「そうですね」と意味のない会話を繰り広げていた。王禄丸の養女である水津は慣れているのか、それとも諦めているだけなのか、何事もないかのような顔で釣竿の準備をしていた。
 船に揚げられていたあの大漁旗は奏音の手により既に仕舞われている。
 船体のもう片側では遠藤が網の点検をしていた。網の縄には金属が織り込まれているので、獣を引き裂く牙といえど破れることはなさそうだ。しかし網の結びが少し緩いような気がした。
「うーん、ちょっと不安ですね」
 しかし今すぐに結びなおすような技術はさすがに誰も持ち合わせていなかった。
「鮫肉か‥‥あまり美味いとは聞かないんだが。‥‥ん? ヒレ酒が美味いのは鮫だったか? 河豚だったか?」
 何かを勘違いしている廻里はあまり鮫肉には興味がないようだ。しかし海の上は平穏そのもので鮫の姿は全く見えない。このままでは煙草が吸えない時間が増えるかもしれない。廻里はそれを想像すると今からでも不機嫌になれた。
 七里が船体にある荷物置き場から何かを取り出していた。
「あの〜‥‥それは〜なんですかぁ〜‥‥」
 のんびりとした声と共に奏音が七里の様子を窺った。
「これは撒き餌です。これを撒くことによって鮫をおびき寄せます」
「じゃあ〜‥‥奏音は〜人魂を使って〜海の中をみてみるの‥‥お魚さん、海の底に隠れているかもしれないの〜」
 奏音が取り出した符が小魚の姿になった。
「よろしくなの〜」
 小魚は海の中にひょこ、と飛び込んでいった。
「では私は『焔』を使って、より魚がおびき寄せられるようにします‥‥ふふふ」
 船上の火種は禁物であるが、水面ならば船が燃える心配もないので安心して使うことができる。だがそれよりも先程と違ってどこか攻撃的な表情を浮かべている水津が気になった。でも気にしてはいけない気もした。



●幾刻かの時がすぎ
 海鳥がにゃあにゃあと海面を掠め飛んでいる。平和だ。鮫の姿はない。
 船頭では王禄丸が海の様子を仁王立ちで眺めていた。ばさばさと褌が風に揺れている。その横で水津が作った『焔』がゆらゆらと海面を照らしていた。王禄丸の褌もゆらゆらと揺れていた。
「ハハハ‥‥見て下さいこの輝き!! 焔が生み出す輝きが海に照り返されて‥‥なんと素晴らしい‥‥この光景には鮫ですら寄って来ざるを得ません‥‥」
 水津はうっとりと自らが作り出した焔の姿に魅了されていた。まさに『焔の魔女』の名に相応しかった。自称であったが。
 廻里はその焔を見ながら「煙草の灯が懐かしいぜ‥‥」と呟いた。彼の限界は三時間。時刻を計る機器はないものの、彼の体内時計がもうすぐ限界であると訴えていた。
「禁煙は健康の秘訣ですよ」
「禁煙は死なない程度にやるものだ‥‥このままずっと待つくらいなら飛び込んで探しにいく」
「そんな無茶な‥‥」
 遠藤が諌める言葉を言うものの、廻里は本気で飛び込むつもりのようだ。
「かり がまん ひつよう! しゅうちゅう だいじ!」
 釣竿の前で石像のようにロウザがじーっと待っていた。どうやら森における狩をしている気分らしい。
「お魚さん、来ませんね〜‥‥」
「でも、ほら見てください」
 変化がない釣竿に飽きてきた紗耶香に七里が海面を指差して示してみせた。
「海鳥がここにいるということはあの下には魚の大群がいるはずです。焔に引き寄せられたのでしょう。ここらに鮫がいるのでしたら、きっとそれを狙ってくるに違いありません」
「七里さんは物知りなんですね」
「あっ」
 奏音が珍しく驚きの声をあげた。
「お魚さんたちのところに〜大きな影が近づいてきます〜‥‥」
「来ましたか」「‥‥来たか」
 遠藤と廻里が同時に反応した。
「!」
 じっと見張っていたロウザが何かに気付き釣竿を握った。次の瞬間釣竿が海面に引き込まれそうになったが、ロウザが全力で耐え、続いて水津がその重量級の装備で竿を支えたため釣竿を奪われることはなかった。
 長時間二人で耐えられるものではなかった。だが、先程反応した遠藤と廻里が、続いて他の仲間達も集まって竿を握り締めた。
「わはは! さめ つおい!」
「うんしょっ、うんしょっ」
 奏音も小さな手で釣竿を握っていた。
 最も先に釣竿を掴んだロウザには鮫の動向がよくわかっていた。大きな影が牙にかかった針を外そうと右に左にと旋回している。ぐい、ぐいと引っ張られればそのたびに釣竿がぎぎぎと軋みをあげた。
「いと きれる! ゆるめる!」
 とロウザの叫びに紗耶香が慌てて釣竿の糸車を回した。急に緩められた力に鮫が油断する。
「私の恐怖を味わうがいい!」
 王禄丸がモリを放った。刺さることはなかったが赤い血が海面に浮かんできたので幾許かの傷をつけたのがわかった。
「みんな ひっぱる!」
 開拓者達の一つとなった力の前には傷ついた鮫も敵うわけがなく、大きな魚影が漁船へと近づいてきた。
「今です!」
 遠藤が魚影に向かって網を放った。勿論その際にはロウザが「んんんーっ!」と強力を発動させているので力足らずで竿が奪われることもない。
 魚影がすっぽりと網に納まった‥‥が。
「‥‥なんか二匹‥‥いや、三匹いないか?」
 網の下の魚影は三つ。撒き餌や焔に引き寄せられたのは一匹ではなかった。
「私の焔に惹かれぬ魚はいません‥‥でも魅力がありすぎるのも困りものですね‥‥」
「いけない、この網は!」
 遠藤が確認したとおり結びが緩かった。一匹程度なら捕らえることはできたかもしれないが、三匹もの動きを封じるほど強くはなかった。鮫達は捕まるまいとばたばたと身を捩り暴れまくった。網の結びが緩くなっていく。
「鮫さんにげちゃだめなの〜‥‥」
 奏音が放った呪縛符が釣竿に掛かった一匹を捕らえた。だが残りの二匹は網の隙間から逃げ出してしまった。
 残るは一匹のみ。ロウザが強力で水津が重装備で釣竿を支えているものの、時間がたてば難しくなるだろう。
「ちっ」
 迷わず海に飛び込んだ影があった。彼はいい加減恋しかったのだ。主に煙草が。
 相手は傷を負っている獰猛な魚だ。牙に針が引っかかっているとはいえ、噛まれたら腕や脚がなくなるかもしれない。運が悪ければ水中で無残に腸を散らすこともあるだろう。
 鮫と廻里の姿が水中に消えた。
 七里が安全祈願のお守りをぎゅっと握り締めて祈った。
 どうか無事でありますように。
 ぷかりと浮かんできたのは鮫の白い腹だった。続いて平気そうな廻里も水面に顔を出した。祈りが通じた、と七里はほっと胸を撫で下ろした。
「あなたはなんて無茶をするんですか!」
 遠藤が水面に向かって叱責の言葉をとばした。
「煙草が早く吸いたかったんでね‥‥死なない程度にやったから無茶じゃないさ」
「でももしものことがあったら」
「まあまあ、無事だからいいじゃないですか。それより早く鮫を引き上げましょう!」
 楽観的な紗耶香の言葉に周囲も同意した。
 開拓者たるもの、無茶をするぐらいが丁度いいのかもしれない。
「しまった。墨と紙を忘れてしまった」
 魚拓をとろうと思っていた王禄丸の呑気な声に皆が笑い出した。



●珍味とも戦う開拓者達
 引き上げた鮫は水津の神風恩寵の力により生かさず殺さずということを体感せざるをえなかった。
「ふふ‥‥楽には死なせませんよ‥‥? 私の焔の輝きに飲まれたのが運のつき‥‥焔の魔女は楽な死を与えません‥‥ふふ」
 廻里は奏音が動きを鈍らせていたので鮫の牙の餌食にならなくて済んだ。彼は今陸に戻り、煙草の煙を思う存分肺腑の底まで吸い上げていた。
「生き返るねぇ‥‥」
「何もなかったからいいものの、もう少し考えてから行動してくださいね」
 七里がお守りを握り締めながら廻里を諭した。
「死なない程度だったからよかっただろ?」
「あたしが怖かったから許しません。仲間をなくす恐怖を女の子に与えていいんですか?」
「‥‥それは悪かった」
 その横では王禄丸が今回の鮫の動きについて考えていた。
「ふむ‥‥これだけ強暴な生き物が居るというのなら、海中の物の怪を百鬼夜行に加えることができれば‥‥」
 ロウザが気絶している鮫の口を覗き込みながら瞳を輝かせた。
「わ! さめ きば すごい! このきば あくせさり する!」
「この牙、アクセサリーになるんですか? 欲しいですね〜」
「てんちょうさんに〜頼んでみるの〜‥‥」
 アクセサリーという言葉に紗耶香と奏音も同じように瞳を輝かせた。開拓者と云えど乙女である。
 街に戻れば店長も瞳を輝かせた。別に乙女ではない。
「うひょー! これは新鮮な魚アルね! ヒレは干物にするアルけど、肉は唐揚げにすることが出来るアルね! 酒のつまみにぴったりアルよ。サービスね、食べていくよろし」
「では私は店長のお手伝いをします!」
「てんちょー! ろうざ おねがい ある! きば たべれない! ろうざに ちょだい!」
 紗耶香は手伝いの名乗りをあげ、ロウザが鮫の牙をねだった。
「わかったアル!」
 どこの挨拶かわからないが、店長が親指をぐっとあげて任せておけと身振りで示した。
 ‥‥やがて。
「さあ皆さん召し上がれ」
 美味しそうな湯気をたてる唐揚げがこんもりと盛られた大皿を両手に紗耶香が厨房から現れた。店長も後ろから何かを持ってきている。
「動物を襲う大人五人分の魚‥‥凶暴だからこそ、苦労して捕った魚はおいしいのでしょうか?」
 少しの不安と期待と共に口に含んだ鮫の肉は‥‥美味かった。どのように美味であったかは記録者はわからないが、その後この店が魚の唐揚げで繁盛することを追記するとかなり美味であったのは間違いないだろう。
「あの、店長さん、鮫の牙はどうしましたか?」
 調理を手伝っていた紗耶香であったが、鮫の牙は店長が途中で何処かに持っていってしまっていた。
「それならここにあるアルよ!」
 それは店長が持ってきていた白い水羊羹のような菓子であった。
「食べられないって言ったから食べられるようにしたアルよ! これを食べればお肌ぷるぷるの美人になれるアルね!」
 なんということだろう。固い鮫の牙であってもこの男の前では只の食材であった。
「あくせさり ない‥‥ でも びじん なれる ‥‥」
「‥‥おっきくなりたいの〜‥‥」
「お肌ぷるぷるですか‥‥」
「あたしも食べていいのでしょうか‥‥」
「‥‥焔の魔女は美しくないと‥‥」
 開拓者の女性陣は複雑な気持ちでその水菓子を食べたのであった――‥‥。