おばけだぞー
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/03 21:35



■オープニング本文

「よってらっしゃい、みてらっしゃい! 古今東西の珍しいアヤカシが揃っている‥‥かもしれないよ!」
 ある街の片隅、道行く人々に大声を投げかける男がいた。どうやら見世物小屋をやっているらしい。小屋の入り口には「地獄へようこそ」などと少し感性を疑う文句が殴り書きされた看板がある。
「まじで!? 強いアヤカシいる?」
 興味を持った子供の集団の中の一人が声をかけてきた。
「いるいる! もしかしたら大アヤカシもいるかもね」
「大アヤカシがいんの!? よーし、俺が倒してやるぜー!!」
「俺が倒すんだってば!」
 男に数文の入場料を払ったあと、ぴーちくぱーちくと騒ぎながら子供達が見世物小屋の中へと入っていった。
 ――だが。
「なんでぇ、大アヤカシどころかケモノ一匹もいやしねぇぜ」
「もふらならいたぞ?」
「もふらなんて見てもつまんねーよ!」
 出てきた子供達の顔が不満だらけだった。その中の一人が入り口の看板にげしっと蹴りを放つ。
「あ! 何をしやがる、壊れるだろ!」
「うっせー! こんなつまんねーとこ壊れちまった方がいーんだよ!」
 余程つまらなかったのか、「地獄へようこそ」と書かれた看板に次々と子供達の拳や蹴りが入った。
「こ、このくそがきども――ッッ!!」
「わー! 怒ったー!」
 男が拳を振り上げると子供達は散りぢりにその場から走り去った。


「うう‥‥せめて一回くらいは驚かせてみたい‥‥」
 とんてんかんてん、割れた看板を直しながら男がぼやいていた。確かにあの子供達はむかついたが、見世物小屋の中をみたら仕方ないかと思ってしまう。小屋の中は美的感覚の乏しい男の手によって作られたアヤカシの絵や、ウサギや犬、もふらくらいしかいない。
「ご主人たま、お腹すいたもふ。今日も醤油かけご飯もふ?」
 小屋の中からもふもふと小さな仔もふらが出てきた。
「ごめんよ、もっふー‥‥実はそうなんだ。せめてアヤカシの一つでも捕まえることが出来たら‥‥」
「ご主人たまには無理もふよ。それにアヤカシと一緒になんか暮らしたくないもふ」
「俺もアヤカシの世話をするのはいやだなぁ」
 それに幼い頃みた見世物小屋には本物のアヤカシはいなかったはずだ。だけど本物かと思える程の絵や像が幼い男の心をつかんでいった。それ以来、自分も同じように誰かの心をつかみたいと見世物小屋にのめりこんでいった。結果は今のように散々であるが。
「アヤカシと戦っている開拓者なら世話できるかもしれないけどさすがにずっとは‥‥そうだ!」



「‥‥というわけで、開拓者の皆さんの力を借りたいのです。開拓者の皆さんなら本物のアヤカシを見たことあるでしょ? だから本物の怖さを知っていると思って。それにいろんな技を使えると思いますのでそれでなんとかなりませんかね」
 ギルドの受付で熱く語る男がいた。
「一回だけでいいんですか? ご商売なら続けて驚かせることを考えた方が‥‥」
「いいんです。そろそろ実家に帰ってこいって親父も言っているから‥‥だからこそ一回くらいは驚かせてみたいんです!」


■参加者一覧
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454
18歳・女・泰
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
橘 楓子(ia4243
24歳・女・陰
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
鶯実(ia6377
17歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓


■リプレイ本文

 手を借りたいと言われてもとりあえず現状を知らなければ貸せるものも貸せない。
 ――というわけで、開拓者達は依頼者信松の開く見世物小屋へとやってきた。
 だだっ広い部屋の中にいくつかの下手くそな絵とウサギと犬。そして仔もふらのもっふーが「いらっしゃいもふ!」と尻尾をもふもふさせながら出迎えてくれた。
「これは‥‥見世物小屋、というより『ふれあい動物広場』という感じですね‥‥」
 遠慮しながらも神楽坂 紫翠(ia5370)が率直な感想を言う。だがもっと言葉に衣を着せないものがいた。
『うわ、下手くそな絵〜』
 橘 楓子(ia4243)の朋友、鬼百合のいきなりの言葉だ。信松が「がーん!」と見るからにショックに震えていた。
「いきなりそんなこと言ったらかわいそうでしょ。でも、ま、これじゃあ馬鹿にされるのも無理はないわ」
 鬼百合をめっとたしなめる楓子だったが、無意識の追撃が信松の心を抉った。
「そ、そんなこといわないでくださいいぃ〜」
 だーっと信松の目から滝のような涙が流れる。
「ま、まぁイメージや思いが形や言葉に纏まらないのはもどかしいものですよねー」
 カンタータ(ia0489)が内装を眺めながらなんとか信松に追い討ちをかけないような感想を口にした。その言葉でなんとか持ち直したのか信松がぐわっとカンタータの両手を握り締めてきた。
「そうっ、そうなんですよぅ! 俺、子供のときに見たあの見世物小屋を再現したくてっ‥‥でもやればやるほど何だか違うものになっていくんですよ‥‥どうしてですかねぇ?」
 そんなに熱く語られても‥‥と内心で汗を流すカンタータ。
「うーん、やっぱり本物を見たことがないから、でしょうか」
 あごに人差し指をおきながら紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は考えてみた。ちなみに彼女の朋友のもふ龍は先程からもっふーと「よろしくもふ☆」「こちらこそもふ」ともふもふもふもふ交流を深めている。
「だから自分達が手伝うのですが‥‥自分達だと‥‥かなり怖くなると思いますよ」と紫翠が苦笑する。その隣ではミヅチの雫が何を考えているのかよくわからない様でふよふよと漂っていた。
「せっかく手伝うのですし目的の子供を脅かすだけってのはね〜。俺の朋友は炎龍だけだから宣伝にでも使うよ」
 鶯実(ia6377)の朋友は炎龍だ。今は小屋に入らないので庭で待機している。
「しかし本当に本物を連れてこなくていいんですか?」
「ええ、いいんです。‥‥だって本物怖いじゃないですか」
 それもそうですけどねーと紗耶香は呟いた。
「見世物と頭で解っていても、驚くものは驚くものだ」
 淡々とからす(ia6525)が語った。
『そうでござるよ。拙者も時々道行く人に驚かれるでござる』
「それはちょっと違う」
 朋友地衝のボケにからすがぽこんと突っ込みを入れた。
「さぁて、アヤカシと戦う開拓者の本気、少し見せてやりますかぁ」
 のんびりと気ままに鶯実は宣言した。



 昼時の街の通りは買い物客で賑わっている。からすと地衝はそこを歩いているが、道行く人々がちらちらと視線を投げかけてきていた。人妖ほど珍しいものではないが目をひく存在ということに変わりはない。
「街中歩くと時々子供が群がるよね」
『拙者、そんなに珍しいものでないでござるに』
 特にからすの言葉どおり、ときどき子供がぽこぽこと地衝の鎧を叩いていった。動いて回って音が出るものはいつだって子供の憧れの存在だ。
 見世物小屋の増改築はどんどんやってくださいとは信松の言。しかし材料がなくてはそれも出来ない、ということでからすとその朋友、地衝は万商店や鍛冶屋に出向くことにした。売れない壊れた武具や精錬に失敗した武器をもらうためだ。
「原型が解る物から損傷が酷い物まで頼む」
「はいはい、いっぱいありますよ〜」
 ごそっと鍛冶屋がくず鉄の塊を出してきた。欲張った強化の末の様々な元アイテムだ。百個集めれば開拓者の怨念で何かを呼び出すことが出来る。うん、嘘だ。
 ついでに万商店で
「骨の模型なんかを取り扱ってるとこ知らない?」
 と尋ねてみたが商店の主人は首を振った。
「うーん、そこまで需要があるもんじゃないですからねぇ。普段から取り扱うとなるとちょっと‥‥」
「そう。なら仕方ないね」
 からすが店を出ると入り口で待っていた地衝が声をかけてきた。
『カンタータ殿が木片や布を集めていたでござる。骨を作るつもりとか』
「ならば早く戻ろうか」
 がらがらと荷車をひいてからすと地衝は帰途についた。



 見世物小屋には『ただいま準備中』という札がぶら下がっている。トンテンカンテンとなにやら騒々しい。
「まずこの下手くそな絵をどうにかしなくちゃね」
「何度も言わないでくださいぃ〜」
 むんと楓子が筆を構えた。穂先には真っ赤な染料をたっぷりついている。
「えいっと」
 べちゃっと勢いよく染料が飛んだ。
『ご主人ご主人〜、こうした方がもっといいよ♪』
 横から鬼百合が小さな筆を抱えて赤い線をひいていった。
「あたしの方がよく出来てるわね。えいっと」
『そんなことないよ、こっちの方がいいってば。えいっ!』
 もはや目的を忘れてしまったかのように楓子と鬼百合は楽しんでいた。あわあわと信松がうろたえているが気にしないようだ。
 その横ではカンタータが木片をにらんで難しい顔をしていた。
「うーん、骨ってこういう感じでしたっけ。まさか本物を見るわけにはいきませんし」
「上出来だと思うよ」
 横から聞き慣れた声がかかった。先程まで万商店に出向いていたからすだった。
「あ、からすさん! おかえりなさい!」
 カンタータがからすに挨拶をする。
「うむ。くず鉄や壊れた武具をもらってきた。役に立つだろうか」
 ひょいとカンタータは荷車の中を覗き込んだ。
「それはもちろん! あ、アヤカシの絵もあるんですね」
「雰囲気作りに役に立つだろう」
 そしてそんな二人の横で。
「中身も‥‥塗って、おきましょうね」
 筆を片手に悪戦苦闘している紫翠がいた。美貌に染料が少し飛んでいる。普段の麗しい姿もいいがこちらも魅力的だ。
 そんな紫翠に染料を届けようと、口に小さな桶の取っ手を咥えた雫がやってきた。
「‥‥雫、その染料はこちらですよ」
「むきゅう!」
 いつものように雫が元気よく返事をした。当然染料の入った桶は‥‥。
 バシャッ!!
「‥‥雫‥‥」
「む、むきゅっ!」
 紫翠の膝元が真っ赤に染まった。雫は慌てて――その場から逃げ出したのであった。
 ついで、誰もが寝静まった夜。
「しーっ、出来るだけ静かにお願いしますよ」
 見世物小屋の裏庭、急設された幕の中でカンタータが囁いた。その中にはできるだけ小さく身を縮めたカノーネがいた。
「ご飯は準備しておきますからね。本気でお客さんに噛みついたりしちゃだめですよー?」
「きゅんきゅんきゅいッ!」
 問題はそこでないとばかりにカノーネがカンタータのローブを噛んだ。
「あっ、こら離してくださいって、もう!」
 カノーネは言われて素直に離した。だが寂しそうに「きゅう〜」と一声泣いた。
「寂しがりやさんですね〜。しばらく一緒にいてあげますよ」
「きゅいっ♪」



 ――そして全ての準備が整った翌日。
 街を歩く男の前にひらひらと一枚の紙切れが舞い落ちてきた。
「なんだこれ? 見世物小屋?」
 男が顔をあげるとそこには大きな翼をはためかせている龍がいた。どうやら騎乗している誰かがチラシを撒いているようだ。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。さあ、今度の見世物小屋は何かが違うよ、それを確かめるのは貴方の目ですよ」
 朋友炎璃の上で鶯実が声を張り上げた。撒いているチラシは先程作ったものだ。
「さてと、ただ声掛けてもしょうがないですしね〜‥‥。炎璃で少し脅かして‥‥」
 鶯実がそういいかけると炎璃が口を開きかけた。
「っと冗談ですよ」
 鶯実の付け加えの言葉に「ぎゅう?」と炎璃は鳴いた。まるで「違うの?」と聞いているようだ。
「あ、ちょっと炎璃、大変です。そこで降りてください」
 炎璃が主人の言葉に従い、翼を畳めて街中へと降りていった。そこでは買い物に来たであろう若い娘達がきゃあきゃあと騒いでいた。降りてきた開拓者の鶯実に興味津々のようだ。
「やぁそこの綺麗なお嬢さんたち。今お暇ですか?」
「暇だけど、お兄さんお仕事でしょ?」
「それはそうですけど、おっと‥‥ちょっと待っててくださいね」
 女性に誘いの文句を吐こうとした鶯実だったが、通りすがりの子供の集団を見つけて目的を思い出したようだ。龍を見ながらも行き過ぎようとした子供に声をかける。
「そこの子供たち、見てみませんか? 見世物小屋で、本物のアヤカシを」
「見世物小屋ってあのウサギとか犬とかもふらしかいなかった?」
 目標の集団で間違いないようだ。
「確かに以前はそうだったかもしれませんねぇ。ですがここに開拓者がいるでしょう?」
 そう言いながら鶯実は自分を指差した。
「ってことは本物いるんだ!」
 興味なさげだった子供達の目がきらきらと輝きはじめた。
「ふふ、ですからそれを確かめてみてはどうでしょうか」
「よぉし今度こそアヤカシ倒そうぜー!」
 だっと元気よく子供達は走り去った。
「最後ぐらい、盛況になって、楽しい記憶にしてほしいものです」
 その姿を見ながら鶯実は呟いた。
「さて、お待たせしましたね。ちょっとあなた達に聞きたいことがあるんですよ。あなたの好みの男性についてとかね」
 くるりと娘達の方向を向いた鶯実、自由奔放な男だ。



 最初の印象が悪すぎたのか、勢いよく駆けてきた子供達も最初は不安げな顔だった。主にまたがっかりさせられないかという。
 だが中に入れば「おー」「雰囲気あるー」とわぁわぁ騒ぎ出した。
 中は紗耶香の提案で薄暗いものになっている。カンタータと紫翠が内部に衝立を置いたので以前のがらんとした空間でなくなっている。
「あれ、ここ道が別れてるよ」
「んじゃ別れて進もうぜ!」
 子供の集団が道と同じ二つに別れることになった。
 ――片方から描写しよう。
 てくてくと進んでいる子供達だったが。
「ひゃっ!?」
 子供の一人が悲鳴をあげた。
「なんだよ変な声だして」
「い、今足元をなんか触った」
「ゴキブリなんじゃない? こんなに暗いからさぁ」
「えーそれはある意味怖いなぁ」
 子供が騒ぎながら通り過ぎる物陰、「もふ龍ゴキブリじゃないもふ!」とぷりぷり怒るもふらを気付かれないように「まぁまぁ」となだめる紗耶香の姿があった。
「もっふーちゃん、そろそろ出番ですよ」
「もふっ」
 こそっと紗耶香は横にいるもっふーにささやいた。
「ん、あれ何だ?」
 子供の一人が指差した先がぽっと明るくなっていた。ごくっとつばを飲んで緊張する子供の前に現れたのは同じように緊張している仔もふらのもっふーだった。
「‥‥もふらかよ」
 期待はずれに子供達はげんなりする。が、灯りがぱっと消え次に現れたのは眉毛をちょっといやーな感じに変えているもふ龍だった。もちろん子供達にそれがわかるわけがない。
「うわっもふらの眉毛が嫌な感じに!」
「知ってるぞ、眉毛が嫌な感じのもふらはアヤカシなんだ!」
 アヤカシという言葉に他の子供達も悲鳴をあげる。ぴょいっともふ龍が子供に向かって飛んできた。
「わぁん!」
 もふ龍は子供の頭上を越えて暗闇の中に消えていった。子供が振り返ることなく逃げていったそこでは、紗耶香がもふ龍の頭を撫でながら「よく出来ました〜、あとでご褒美あげますね」と褒めていた。
「もふ龍お魚が良いもふ☆」
「もっふーも! もっふーもごほうび!」
「はいはい、もっふーちゃんにもあとで好きなもの作ってあげますね♪」
「わぁいもふ!」



 子供達が逃げてきたのは提灯が並んでいる細い通路だった。ぼろぼろの提灯が指し示す道に見たこともない気味悪い蟲が這っている。実は楓子の作り出した人魂だ。
「こ、この道どこに続いているんだろ‥‥」
「で、出口に決まってんだろ!」
 強がりを言う子供の前にぼうっと一人の女性が現れた。胸には赤子らしきものを抱いている。
「この子、お腹空いてるの‥‥何か食べ物ないかねぇ」
 数人がぶんぶんと首をふり、数人が懐から飴や干芋を差し出してきた。
『そんなんじゃ足りないよ‥‥おなかすいたよ‥‥』
「そう‥‥なら、お前達を食べちまおうか!」
 女性の胸の中の赤子が子供の集団に向かって飛び掛ってきた。顔は青白く――化粧した鬼百合なんだが、子供達を驚かせるには十分だ。
「にぎゃあああああ!!」
 悲鳴をあげて脱兎のごとく逃げ出す子供達。ちらりと後ろを確かめて母親の方の姿が消えているのを知ると、より早く逃げたのであった。
 そして子供達から見えない場所にある物陰では。
「ふふ、人に悪戯したり驚かせたりするのって、何でこんなに楽しいのかしら」
『ご主人、楽しそうだね。性格悪いよ』
 くすくすと楓子が忍び笑いしていた。
「あら、そういうあんただって楽しそうだったじゃない」
『べ、別にそんなことないもんっ! あ、新しい人間だ。お化けだよ〜、食べちゃうぞ〜!』
 返事とは裏腹に楽しそうな鬼百合だった。



 さて最初に別れたもう一方の子供の方はというと。
「うわっ冷た!」
「ばっか、それこんにゃくだって」
 などときゃいきゃい騒いでいたが。
「なんだこれ‥‥」
 今は目の前に現れた白い物体に戸惑いを見せていた。
「ほら、どうせ布被って脅かすしか出来ないんだよ。あれ中に誰か入ってるんだぜ。さっきのこんにゃくみたいに驚かそうとしてさ」
「でもあれ‥‥浮いてる」
 一人がふらふらゆらゆらと漂う白い物体の足元と思われるところを指差した。確かに何もない。
「じゃ、じゃあ上から吊ってるんぎゃあああああぁあしいいいいい!!!!」
 強がっていた子供が悲鳴をあげた。別の子供が足元を見るとそこには――真っ白い着物に雪のような肌の長い髪を振り乱した妖艶な人間がいた。怖いほどに綺麗だとは言うが、これは綺麗だからこそ怖い。
「ぴぎゃああああああ!!!!」
 同じように血の気の冷めた子供達はだっと逃げ出していった。
「少し‥‥やりすぎました、かね‥‥?」
 その場にぽつんと残された幽霊――紫翠が反省の呟きを漏らした。先程の白い物体がふよふよと甘えるように紫翠に寄りそった。
「ああ、雫。‥‥自分はそんなに‥‥怖い、ですかね?」
「むきゅう?」
 主人紫翠が問いかけるも、布で視界が覆われている雫には何のことかさっぱりらしかった。



 わぁわぁと逃げる子供達の一人が何かに足を取られて転んだ。ぴんと張られた縄だ。
「大丈夫か!?」
「うん、柔らかいところに倒れたから‥‥」
 いつの間にか彼らは狭い部屋の中にいた。今はどこにいるのか。元が広い部屋とはいえあちこちを衝立で区切れば限りがあるはずだ。なのになぜか永遠に続くように思われた。
「や、やっぱり本物のアヤカシだったのかなぁ、あれ」
「開拓者のにーちゃんがいるっていってたもんね‥‥」
 バタンッ!!
 扉が閉まった音だ。子供達がびくっと身をすくめる。扉から何者かが入ってきたことに気付いたからだ。別れた仲間だろうか、別の客だろうか。それとも‥‥。
「ふっふっふ」
 そこには黒い着物の少女がいた。いや、その顔は怯える子供達を嘲笑うような化け猫じゃないか。――もちろんこれも仮面を被ったからすであるが、子供達が気付くわけもない。そろそろ正気度に判定が必要かもしれない。
 そして怯える子供達に安堵の暇はなかった。
 ギシギシ‥‥
 子供達のいる部屋の壁がぐらぐらと揺れ始めた。
「イタイ‥‥、イタイ、僕ハ看板〜‥‥」
「や、やだぁ〜〜〜〜!!」
 気の弱い子供が数人泣き出した。
「あ、足、足つかまれたぁっ!!」
 叫ぶ子供の足元に不気味な式が絡み付いていた。
「ふふふ、うまくいっているようです」
 カンタータが外でほくそ笑んだ。壁を揺らしていたのは彼女だった。呪縛符を放ったのも彼女だ。
「そろそろ出番ですよ、カノーネ」
 ぽんとカンタータは隣の幕を叩いた。
「ぎゃおう!」
 ずぼっと首を出した龍の頭、カノーネが吠えた。
「こ、このやろっ! 仲間には絶対手出しさせないぞ!」
 がたがたと震えながら子供のまとめ役らしき者が仲間をかばった。なんともたのもしい姿ではあるが、手を出されて間違って怪我をさせるわけにもいかない。
 雰囲気造りの一環と思われていた鎧の塊、その一部ががたがたと動き出した。
『立チ去レ‥‥立チ去レ‥‥立チ去レ!』
「う、うわああああん!!!!」
 刀を抜いた巨漢の鎧が子供に向かっていく。立ち向かおうとした子供も仲間を連れて逃げるので精一杯だった。
『やりすぎでござったかな』
「かもね。だが上出来上出来」
 巨漢の鎧、地衝の鎧を黒猫の仮面をとったからすがぽんぽんと叩いた。




「かんぱーい!! おつかれさまー!!」
 全て終わった夕の刻の頃。仕事を終えた仲間、そしてこれで店を畳む信松のお疲れ会として宴会が開かれた。料理を作って振舞ったのは紗耶香だ。
「お魚おいしいもふ☆」
「もふもふ、玉子焼きもおいしいもふ」
 もふ龍ともっふーが皿に鼻を突っ込んでもふもふもふもふご馳走を食べていた。鶯実が開拓者ではない見知らぬ娘を数人連れてきている。
「皆さん‥‥お疲れ様でした。ご主人も良い思い出、できたでしょうか‥‥?」
「はいっはいっあじがどうごじゃいましゅうぅっっ!!」
 紫翠の問いに信松が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で答えた。
「それにしても立派な罠でしたね。どこにいるのか教えてもらってなかったらわかりませんでしたよ」
 杯を傾けながらカンタータがからすに話しかけた。
「弓術師はトラップワークにも長けるものだよ」
 くすりと少女は妖しく笑った。